10/10/07 03:00:24 .net
「お隣、よろしいかしら」
席につき酒を頼むと、見覚えのある厚化粧の赤い服の女が声をかけてきた。
「……どうぞ」
素知らぬ顔で女に返事する。
「あらぁ、元気がないのね? ……マスター、いつもの頂戴」
前と同じ台詞、どうやらこの女、俺に気が付いていない。狙い通りだ。小奇麗なビジネススーツを借りてきて正解だった。
世間話、当たり障りのない話題、こちらが適当に相槌を打てば女は調子に乗って饒舌に語る。先週と同じ内容、芸がない。この前は酔っていたこともあり、この女と話が盛り上がってしまった。
「わたし、子供がいるの。だけどね……私のその可愛い娘は……。ねぇ、知ってる? 先天性……」
来た来た、この女その病名分かって言っているのかさえ怪しい。嘘なんだから当然か。同じ男に、同じ悩みを二度も打ち明けるその姿は、傍から見たらさぞかし滑稽だろう。
先週はすっかり踊らされてしまった。こんな女は報いを受けるべきなんだ。
厚化粧の女が診療費の話やら男が逃げた話やら、どんなに生活が苦しいか語り続ける。そうして、ハンカチを取りだすと、すすり泣き始めた。
さてとそろそろ頃合いか。さあ、これからだ。
「これ少ないけど。子供になにか買ってあげなよ」
おれは、数枚の紙幣をカウンターの上にそっと乗せた。女は紙幣の上にある俺の手に両手を重ねると、
「ありがとう……子供が待ってるから、今日はもう帰るわね」
などと、いけしゃあしゃあと大ウソを吐きやがる。俺がスッと手を引くと、紙幣をぐしゃりと握りしめ、目を涙で潤ませたまま「ほんとうにありがとうね」と、最後の一押し。金を掴みながらよくもまあ。
女は、ハンカチを目尻に押し当てながら店を出て行った。そんな女の後姿を見て俺は心の中でほくそ笑む。
(つづく)