21/12/11 20:12:40.99 zv0IggEr.net
0860 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 16:52:50
居間に掃除機を掛けていると、背後から娘の声がした。
「ママ、この子飼ってもいい」
振り返ると、外遊びから帰ってきた五歳の娘、結麻が段ボール箱を胸に抱えていた。
「そんなもの、どこから持ってきたの」
「家の前に置いてあった。ねえ、飼ってもいいでしょ」
「困った子ね。パパが猫アレルギーだから、うちでは猫は飼えないって前にも言ったでしょ」
「猫じゃないもん」結麻は口を尖らした。
「じゃあ犬なの」
「ううん」首を横に振った。
私は掃除機を止めて、ホースを壁に立てかけた。
「ちょっと見せてごらん」
段ボール箱を覗き込んだ私は、もう少しで悲鳴を上げるところだった。白いウサギに似た生き物が、赤い眼で私を見つめて、こう言ったのだ。
「やあ、久しぶりだね」
私はかつて魔法少女だった。魔法のステッキを使って変身し、世の中の悪を懲らしめていたのだ。でもやがて、そんな戦いの日々に疲れ果ててしまい、魔法少女を引退したいと申し出た。
「それは契約違反だよ」
ウサギに似た白い生き物、ジュウベエはそう言って、私の願いを一蹴した。そのとき私は自分の部屋のベッドに腰を下ろし、ジュウベエは本棚の上から赤い眼で私を見下ろしていた。普通の中学生だった私の前にある日突然現れて、魔法少女になるよう契約を迫ったのが、このジュウベエだった。
「契約に違反したらどうなるの」
「恐ろしい罰を下すことになるね。僕にそんなことをさせないでくれたまえ」
見た目の可愛さと裏腹に、ジュウベエには冷酷な一面があることを知っていた私は、その言葉に震え上がった。
「ねえ、私はもう充分戦ったでしょ。だれか別の女の子をさがしてよ」
「駄目だね。君ほど魔法少女の適性がある女の子は滅多にいないんだ。契約通り、君が18歳になるまでは魔法少女を続けて貰うよ」
とてもそんなには待てなかった。
「そう、なら仕方ないわ」私はベッドから立ち上がると、魔法のステッキを振って変身した。そして、魔法の力を使ってジュウベエを殺したのだ。
28:この名無しがすごい!
21/12/11 20:13:34.75 zv0IggEr.net
そう、確かに殺したはずなのに。
「生きていたのね」段ボール箱の中から私を見上げているジュウベエに、私は言った。
「生き返ったのさ。ここまで回復するのに、ずいぶん時間が掛かったけどね」
あのとき私は、ジュウベエの死体を細かい肉片に切り刻んで、トイレから下水に流したのだ。ジュウベエが死んだことで魔法の力を失ったステッキは、燃えないゴミの日に捨ててしまった。
普通の日常を取り戻した後も、私は長い間、罪悪感に苦しめられていた。戦いの日々に心が荒んでいたとはいえ、私はなんて酷いことをしてしまったのだろうと。でも大人になり、恋をして結婚出産、そして子育ての毎日に追われているうちに、いつしか自分が魔法少女だったことすら、今の今まで忘れていたのだ。
「ママ、どうしたの」結麻が怪訝そうに私の顔を覗き込んでいた。
「えっ」私は言葉に詰まった。この状況をどう説明すればいいのだろう。
「大丈夫。僕の声は君にしか聞こえてないから」ジュウベエがそう言ったので、私は少しほっとした。
「台所におやつがあるから食べてきなさい。この子はここでママが見ててあげるから」
私は結麻から段ボール箱を受け取った。
「飼ってもいいの」
「それは後で考えましょう。ほら行って。ちゃんと手を洗いなさいよ」
結麻が居間から出て行った後、ジュウベエは段ボール箱から飛び出して、床に降り立った。
「あの子は君に似て、魔法少女の素質があるね」
「あなたまさか、あの子を魔法少女にするつもりじゃないでしょうね。結麻はまだ五歳なのよ」
「僕がサポートすれば、五歳でも充分、魔法少女としてやっていけるさ」
「冗談じゃないわよ」私は憤然として言った。「結麻にそんな危ないこと、させられるもんですか」
「君は契約に反して、勝手に魔法少女をやめた。だから君の娘である結麻ちゃんには、その埋め合わせをする義務があるんだよ。契約書にも、ちゃんとそう書いてあったはずだ。だから、こうやって君の家を捜し出して、会いに来たんじゃないか」
「知らないわよ、そんなこと」
「じゃあ、どうするんだい。もう一度僕を殺すつもりかい」
「ああもう」私は身もだえした。「いったいどうしたらいいの」
しばらく沈黙が続いた後でジュウベエが、ぼそりと言った。
「他に契約を果たす方法が、ひとつだけ、あるにはあるけど」
「その方法なら結麻を魔法少女にしなくて済むのね」私は勢い込んで尋ねた。
「うん。まあね」 なんだか気乗り薄そうにジュウベエは頷いた。
そういうわけで私は今、再び魔法のステッキを振るって、この世の悪を懲らしめている。
人は私のことをこう呼ぶ。魔法熟女、と。
29:この名無しがすごい!
21/12/11 20:16:46.36 zv0IggEr.net
0899 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 18:13:49
明美と会ったのは社会人になって三年目のことだった。
駅前で彼女の声を聞いたとき、その圧倒的な表現力に痺れたものだ。
明美は週末になるといつも同じ時刻、同じ時間にやってきて路上ライブをしている。夜の闇に溶け込むその豊かな表現に足を止める人は多く、俺も観客の一員となることに妙な連帯感を持っていた。
そんなある日、ライブ終了後に明美から声をかけてきた。「祐二さんですよね?ライブ行ったことあります!バンドの解散ライブ素敵でした!」
確かにそうだ、よく分かったねと俺は曖昧な返事をする。
なんと、明美は俺に憧れてライブを始めたのだそうだ。たった五年でここまで上手くなるのか。俺はその情熱に舌を巻いた。
「もしよかったら、一緒に歌いませんか?」明美の提案で、俺も歌うようになった。
元々俺は高校時代バンドをやっていて、メインヴォーカルを務めていた。とはいえ、このライブは明美がメインだ。俺はハモりやユニゾンの下パートを歌い、脇役に徹した。
わああああああ!!
ライブの後の歓声が、街角に響く。夜の八時、歓楽街の近くにあるこの通りは、人通りも多い。反響する音に多くの人が振り返っていた。
どうやら俺たちは次第に話題になっているようで、誰かがライブを撮影し、その動画がバズっていたようだ。まるで知らない人たちから、動画を見たよと言われ俺たちは困惑しつつも嬉しかった。
そしてついに、俺たちにデビューの声がかかる。
「お二人の歌声、拝聴させて頂きました!」大手音楽事務所からのスカウトだった。明美と俺はついにプロデビューが決まったのだ。明美はユニット名を「AKEMI」と提案し、俺は同意した。
デビューが決まったと言え、ライブはいつも欠かさない。
どんどん増えていくギャラリーに、この後どうなっていくのかという不安とも期待とも言えない感情が芽生えていく。
ついに明日デビューライブを行うという日に、俺は明美に呼び出された。
「こうやって、憧れの祐二と一緒にデビューすることなんて、夢みたいだと思う」
俺は、本当に嬉しそうにはにかむ明美を見て、これ以上ないくらいの幸福感に包まれる。
「ね、今日……、泊まって……いかない?」
意を決したように恥ずかしがる明美をとても可愛いと思い、俺は頷いた。彼女の身体は綺麗だったが、お腹の辺りに傷があった。
恥ずかしそうにする彼女に、俺は誰にだって隠したくなるような傷はあるものさと慰める。
翌日の朝、俺は明美が目覚める前に彼女のマンションを出た。俺の心は暗い。ズルズルと続いてしまったこの関係。いつ切ろうと思っても切ることができなくて、結局ここまできてしまった。
もっと早く、打ち明けていれば違う結果になっただろうに。俺は過去に罪を犯していた。高校を卒業したあと、音楽の世界を目指さなかったのもそれが原因だ。
バンドをやっていた頃、俺はファンの女と遊びまくっていた。結果一人が妊娠。俺も彼女も高校生という立場であり、今結婚なんて考えられないと伝えた結果、彼女はショックで流産。その子とは音信不通になってしまった。噂で自殺したとも聞いた。
まさかそこまで思い詰めているとは思っていなかった。仲間に激しく責められ俺は即バンドを脱退した。バンドは別のヴォーカルを見つけて続いたらしい。
高校卒業後、俺は小さな工場に就職しそこで働いていた時、明美と会った。でも……やはり過去に犯した過ちは消えるはずもなく、明美のライブに出始めた後、時折脅迫めいた手紙が俺の部屋に届いていたのだ。このまま、明美と一緒にデビューしたら、すぐ過去のことが明るみに出て迷惑をかけるだろう。今の時代、このようなスキャンダルは命取りだ。明美はこれからなのだ。だったら、俺の行うことは一つだった。
俺は事故で喉に怪我をし歌えなくなり、明美一人でデビューする。そんなシナリオを思い描いた。そして、俺はナイフで喉をつき、病院に搬送される……。
喉をつき、声が出ないことを確認すると俺は横たわる。そして、喉に怪我をしたためデビューできない旨、メッセージを送った。
救急車を呼び病院に運ばれた俺。簡単な治療が終わりスマホを手に取ると、表示されたネットニュースの通知に目が行った。
【本日デビューの歌手AKEMI、予定通り、本日ソロデビュー!インタビューで、「脛に疵を持つ私ですが、全てが予定通り進み、ここに立つことができました!」と語る】
30:この名無しがすごい!
21/12/11 20:19:15.61 zv0IggEr.net
0907 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 19:48:16
「勇者様の凱旋だ!!」
町中に響く音楽と民衆の歓声が地鳴りの様に鳴り響く。金箔が散りばめられた白い馬車の中から、俺はぎこちない笑みを浮かべて群衆に手を振った。
俺の一挙一動で割れんばかりの拍手が舞い上がる。
「いやあ、まさか本当に魔王を追い返すとはな」
「俺はアレンの事を最初から信じていたぜ?」
「勿論、俺もだよ。アレンが魔王の正面に立った途端、尻尾巻いて逃げやがったなぁ」
俺と向かい合うようにして、二人の男が得意げな顔で会話を交わす。
彼らはギルド見習いの頃から苦楽を共にしてきた仲間だ。俺をリーダーとしたこのパーティは、人間の国に攻め込んできた魔王を追い返した。その功績が認められ、国王陛下から俺に『勇者』の称号が与えられたのだ。
「気を抜くなよ。魔王はまだ生きている」
「ああ。防衛ばっかしてられるか。こっちから乗り込んでやる」
二人が意気込む姿に、乾いた笑いを返した。来月、俺達は魔族の国に乗り込んで戦いの狼煙を上げる。今日は、防衛成功を祝う祭りと国王陛下直々の激励を頂くんだ。
これから王族や貴族の前に立つのかと、俺はキリキリと痛む胃を抑えた。
「アレン? 具合悪いのか?」
「緊張してて……」
「がはは!! お前はいつになっても、気が小さいな! 勇者はもっとドンと構えるもんだろ!」
「かも、ね……」
そんな会話をしていると、群衆の中から一際大きな声が上がる。
「アレン様のスキルは何ですか!!」
まだ幼い子供からの質問だった。
スキル。それは、生まれた時から一つだけ持つ固有能力の事だ。各種魔法に、賢者や鍛冶。テイマーもあれば、農業系だって。中には、掃除スキルなんて物もあるらしいけど。とにかく、多種多様。人間が魔物やモンスターと渡り合えるのは、このスキル持ちが大きく関わってきていた。
だからこそ、勇者と呼ばれる俺のスキルを知りたいのは当然のことだろう。
「あー、えっと……」
「悪いな、ボウズ! 人のスキルは聞いちゃいけねぇ。それが弱みになることもあるからだ! ギルドの常識だぜ、覚えときな!」
俺が返事を返すより先に、仲間がそう大声で返した。子供は少し残念そうな顔をしたが、それ以上聞くことを諦めたみたいだ。
どんなスキルか。言わなくても丸わかりな人もいるけれど、分かっていても言わないのがこの世界の礼儀だ。だから俺も、これほど長くいる仲間の本当のスキルは知らない。
「お。城が見えてきたな」
そうこうしているうちに、やっと城に到着した。
俺は顔を伏せ、深いため息を吐き出す。
「……絶対言えない……」
魔王と対峙した瞬間、魔王は顔を引きつらせながらこう言った。俺にしか聞こえない声だった。
『ちょ……タンマ……めちゃくちゃ腹痛い……』
そう言って、魔王は飛び去ってしまったのだ。
俺の生まれ持ったスキル、御都合主義展開(ラッキーボーイ)
何もしなくても、世界は勝手に俺の都合通りに進んでいく。
「何か言ったか? アレン?」
「何も」
聞こえていないのも、またラッキー。
俺、人生で一度も戦ったことないし。なんだったら剣も重くて持てませんけど。なんて……。
「言えるわけねぇや……」
31:この名無しがすごい!
21/12/11 20:20:18.22 zv0IggEr.net
912 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 20:14:22
風が窓の隙間から、ヒューッと音を立てて入り込む。冷たくて痛いその風は、付き合っていた澪と別れた僕には、犯した過ちへの罰が貰えたみたいで心地よかった。
「後悔しても、もう遅いか」
昔からこうやって落ち込むと、隣に座って話を聞いてくれていたのは、澪だった。
幼稚園の頃からそうやって澪に支えられていて、いつの間にか好きになっていた。
高校生になって付き合えた時は、嬉しさで狂いそうになる程喜んだ。
でも別々の大学に通う様になって、社会人になって。隣に澪がいなくなって。直ぐに行き場のなくなった好きの気持ちは、次第に熱を失っていった。『愛してる』や『好きだよ』が口から出なくなった。その代わり、喉元まで出掛かってくるのは『別れよう』の一言。勘のいい澪の事だから、もしかしたら薄々気づいていて、傷ついていたのかもしれない。
そして今日別れを告げた。澪は驚いて、次に小さく『うん』と呟いた。そうか、澪も冷め始めて居たんだな。最初は驚いていたけど、普段の顔に戻った澪の姿を見て、俺はそう思った。
「じゃあ、私帰るね」
最後に聞いたその言葉が、澪の声が泣いていた。急いで俺から離れようと帰っていく澪の姿がとても哀しそうで、沸々と好きが溢れ出す。
傷つけてごめん。ダメな男でごめん。今更気づいてごめん。思い出した気持ちと罪悪感、後悔はこれから忘れる事が無いと思う。忘れたく無いと冷たい風に吹かれながら思った。
32:この名無しがすごい!
21/12/11 22:25:28.99 I4EPn1ou.net
937 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 22:13:04
——殺害の動機についてですが、刑事さんのおっしゃる通り十四年前の出来事に関係していることは間違いありません。ええ、イジメの主犯格の伊藤美優紀、確かに私の娘は彼女に殺されました。
いえ、分かっております。法律上、あの事件は殺人とは認められていないということを。でもそんな事は、私にとってはもうどうでもいいのです。彼女の犯した罪の名前が殺人であろうと過失傷害致死であろうと、あの女の悪意がひなたを殺したことには変わりはないんですから。
復讐、というわけではないんです。いえ正確にいえば復讐があの女の娘、穂花ちゃんを殺した動機の全てではありません。むしろほんの一部です。殺人という一線を越える為に復讐という感情を利用した、というのが本当のところかもしれません。
私は苦しかったのです。
殺されたひなたが毎晩のように夢に出てくる、それも辛いことのひとつではあります。マスコミの方々が頼みもしないのに、どのようにひなたが死に至ったかこと細かに報道してくれたお陰で、私はその時の状況を克明に思い起こすことができます。中学二年生の女の子が氷点下10℃の寒空の下、素裸にさせられて遊水池に落とされる、あの女を含む同級生達が一部始終を撮影している。
助けてください、寒いよ、お母さん、叫びながら溺れる姿を彼女らはただ笑いながら眺めている。そんな夢を見るんです。そしてそれは現実に存在した情景なのでしょう。
私はひなたと過ごした地を離れ故郷に帰り、塾の講師をしながら生計を立てていました。事件も風化して私もひなたも世の中から忘れ去られ、ここ数年は穏やかな日々でした。それでも私は苦しかった。穏やかな絶望とでもいうのでしょうか。ひなたのいないいち日。寿命というノルマをただこなしているような日々に意味を見出すことができませんでした。
何故、私が苦しまなければならないのか。シングルマザーであったとはいえ、ひなたには愛情を注いで来たつもりです。人様に後ろ指刺されるようなことなどしてこなかったし、隠さなければならないような脛の傷もありません。それなのに何故? 毎日そんな事を考えていました。
私の前に美優紀が現れたのは去年の春のことです。女子少年刑務所を模範生として出所し、結婚をして子供も産まれた、と風の噂には聞いていました。でも私の住む町に居たなんて夢にも思いませんでした。小五になったばかりの穂花ちゃんを連れて、私の勤める塾を見学に来たのです。
私はひと目で渡辺美優紀だと気付きました。忘れる筈もありません。見学会の為に記帳した美優紀の文字、かつての美優紀の面影を存分に残した穂花ちゃんの顔。これらのことが私の気付きを確信に変えました。
運命の悪戯、というと陳腐に思えますがやはり私は運命というものを感じざるを得ませんでした。
それでも、この時までは殺人などといった大それたことを考えてもいませんでした。けれど私が穂花ちゃんを殺そうと決意したのは、この親子の幸福そうな笑顔を見たときでした。
何故、この女はあんなに幸福そうに笑えるのか、おまえ達にその権利はあるのか。
それが最初の想いでした。何故? 何故。
何故私は笑顔を失い、何故この女は笑顔を取り戻しているのか。何故私はこんなに苦しいのか。何故、あの女は幸福そうに笑えるのか。
考えがここに至った時、私は穂花ちゃんを殺そうと決意しました。
あの女に有って私に無いもの。それに気づいたからです。
つまりは罪と罰。それがあの女に有って私に無いものでした。だから私は苦しいのだ、理解をしました。
私には悔い改めるべき罪も、負うべき罰もない。償うべき何かも。
だから私は変われないのだ、だから私は苦しいままなのだ、ならば、罪を犯せばいい、苦しみ、穏やかな絶望のなか人生を浪費するのをやめ、勇気を持って穂花を殺すのだ。
そうすれば私は刑期を終え、罪を償ったあかつきにはきっと笑顔を取り戻し——
33:この名無しがすごい!
21/12/11 22:27:38.44 I4EPn1ou.net
「山さん、何読んでんすか?」
「ああ、シゲか。いやな、四年前俺が担当した殺人事件、判決が確定したからちょっと昔の調書を、と思ってな」
「新潟の女子中学生イジメ死亡事件のやつですよね。あれ、意外でしたね。地裁で無罪確定、遺族側は控訴せず、ですからね」
「ああ、心神喪失ってやつか? 精神鑑定が認められてな、一審は無罪。高裁で覆って、最高裁へって流れが普通なのにな。違和感しか感じないぜ、今回は」
「遺族側が復讐の連鎖を止めたって意見も見ましたけど、どうなんすかね」
「どうだろうな。罰という救済を取り上げる新たなる復讐の始まり、と捉えられなくもない。なんか、やり切れねえな。シゲ、今日は一杯だけ付き合ってくんねえか?」
「もちろんすよ、山さん」
34:この名無しがすごい!
21/12/11 22:29:09.38 I4EPn1ou.net
0940 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 22:18:32
「青山さんのことが好きでした! 付き合ってください!」
学校の屋上で、青山春香は同級生の男子生徒より想いを告げられた。
頬を赤らめ、緊張した面持ちで、彼は春香の答えを待っている。
あっさり断るつもりだった春香だが、彼の様子につい、言葉がすぐには出なかった。
人の想いを無下にすることが怖くなった。
春香はこれまで、他人と深く接することをとにかく避けてきていた。
相手の男子生徒に対しても特別な関心を抱いたことはない。
自分は他人に対して特別な関心を抱いてはいけないと、そう言い聞かせながら生きてきた。
しかし、そんな彼女だからこそ、こんなに真っ直ぐな感情を向けられたのは初めてのことであった。
その告白に対して想うことがなかったわけではない。気持ちが動かなかったわけではない。だが、受けるわけにはいかなかった。
「―ごめんなさい」
春香は顔を伏せ、呆気に取られる男子生徒を置き去りに、足早にその場を去った。
人の想いを無下にすることが怖かった。だからこそ、告白を受けるわけにはいかなかった。
彼女にはある秘密があった。
謝罪の言葉は、彼の想いを断ったことなのか、彼を騙して気を引いてしまったことに対するものなのか。
それは彼女自身にもわからなかった。
午後の授業も出席しないまま、春香は自身のアパートへと逃げ帰った。
無味乾燥な、何もない部屋。そこはおよそ生活感といったものの一切が排されていた。
何もない部屋の中央に、彼女は一人蹲る。
春香はいわゆる機械人形―アンドロイドであった。
春香は今の生活ルーチンと一般的な常識を頭にインプットされた状態で、それに従うようにして生きてきていた。
自分がアンドロイドだと気が付いたときは怖かった。
一般的な人間と同様に、人と触れ合いたい、普通に生きていたいという願望はあった。
けれどそれ以上に、他人と距離を詰めて、ただのアンドロイドであると発覚することが恐ろしかった。
失望されることが恐ろしかった。騙していたのかと、そう罵られることが怖かった。
いや、春香が人間でなくアンドロイドだと発覚すれば、わざわざ彼女に対してそんな感情を抱くことさえ、誰もしないだろう。
なぜ自分が作られたのが、自分の身分が保証されているのかはわからない。いつ崩れるとも知らぬ砂上の楼閣。けれど彼女は、自分が今以上に孤独にならないため、今の生活を守りたかった。
「この秘密は、隠さないと―」
◆
春香のいなくなった学校の教室では、銀色の細長い身体を持つ、奇妙な生き物が集まっていた。彼らの周囲には、ゴムで作られた人間の姿を模すためのスーツがある。
「青山春香は自分がアンドロイドだと気が付いている」
「やはり無理があったのだ」
彼らは遥か彼方、別宇宙からやってきた宇宙人であった。優れた技術を有している彼らは、遠い昔から地球を発見しており、そこに住まう人間達に恋い焦がれていた。
だが、長い長い距離があったために、辿り着いたときには既に、彼らの愛した人間達は核戦争によって滅んでしまっていたのだ。
辛うじて地球に残されていた、人間の思考を模したアンドロイドのデータ。人間に恋い焦がれていた彼らは、そのアンドロイドと共に、彼女の住まう場所となる人間の都市を再現したのだ。
「こうなった以上、青山春香に全てを明かすべきでは?」
「いや、人間の思考を模して造られた青山春香が望んでいることは、普通の人間社会に溶け込んで生きることなのだ。そして我らが望んでいることもまた、普通の人間社会で、普通の人間を模して生きる彼女と交流することにある」
宇宙人の提案は、即座に別の宇宙人によって否定された。全員の結論はすぐに一致した。
「この秘密は、隠さないと―」
35:この名無しがすごい!
21/12/11 22:54:56.35 19isEckM.net
0943 第五十八回参加作品 2021/12/11 22:49:08
どこかの皇族か、それも落ちぶれた、というのは、彼を初めて見た時の印象です。
そこは街の美術館で、名も知れぬ、熟れても売れてもいない木っ端のような気取り屋たちの住処でして、私は就職に失敗したから、仕方なく働いている事務員に過ぎませんでした。
その無精さは、初め絵画を見ている彼を見た時、場に合わぬその余りある麗しさ、芸術性から、彼を作品と見間違えてしまいったほどです。
彼のまず印象に残ったのは、そのしとりとした焦茶の短髪と、それが浅黒く濁りを帯びつつも艶のある肌に、境目無く溶け込んでいる様子でした。そして、すらりとした輪郭に、あどけなく蠱惑的な小さな唇、少女のように柔らかな瞳、眉毛、耳たぶが、その魅力を作っていたのです。
彼、十六、七ほどのその少年は、視線を奪われている私を見ると、近づきながら、日本語とも英語とも似つかない発音で「はろお、ないすとうみいとう」と口にしました。
しかし、私が立ち直れぬまま惚けた顔でいるので、彼は少し戸惑い、「こんにちは、あの、どうかしましたか、」と言って、私の手に触れました。
驚いたのは、その手の冷たさよりも、華奢で小柄な風に見えた彼が、近づくと私よりも目線が一つ上にあり、そして、その表情は子供のような無邪気さに加え、聡明さと、淫蕩さを含んでいたことでした。
私と彼とは、それから交流を始めました。
彼はあまり自分の素性を話したがらず、会話でも、一人称を殆ど使わずに喋るので、時々、誰の話なのか分からなくなることもありました。
しかし偶然でしょうか、私が彼への興味を失いかける度にひとつ、またひとつと彼は自分の正体を私に見せ、また私も魅せられ、関係は断ち切れず続きました。
彼は、数年前に母親と共に中東から来た、この国にはあまり馴染めておらず、孤独を感じている、と言いました。
そして、構ってくれて嬉しい、と私に色つきを帯びた頬で、健やかに微笑みました。
その微笑みを見た時、私は彼を、それこそ脛の傷までも含めて全て、自分だけの物にしたい、と半ば偏執的に思いました。
それからは早いものでした。私は彼の跡をつけ、その仔細を知り、彼の近くに引越しました。彼の個人的な領域に、勝手に踏み込むことに罪悪感と、気づかれた時の不安がありましたが、それ以上に、彼の元へ近づくことの幸福と昂奮が私を動かしました。
けれど、彼から跳ね返ってきたのは奇妙さでした。私は暇さえあれば彼の家を観察していましたが、彼は一度も学校に行かず、それどころか、まるで天涯孤独かのように暮らしていました。
そしてたまに、彼が外に出ると、暫くしてから私と同じ程の年齢の、お淑やかで美しい女性と共に帰って来くるのです。ですが、次の日には、彼は一人で家を出て、そして、二度とその女性は現れることがありませんでした。
それは、一回では済みませんでした。時には、私ですら知っているような高名な貴女すら彼の前に現れ、そしてまた、消えていったのです。
私は彼に騙されていたと思うものの、悪人だとはまず思いませんでした。それに、それでも良いとすら薄々感じていました。
なぜなら、私は彼の元に現れては消えていく麗女たちを見る度に、初めの困惑は姿を消し、ただ、羨ましさばかりが募るようになったからです。
ある日、私はこのままでは危ないと思い、彼と距離を置く事にしました。
しかし、彼はそんな事は露知らずに私の元へきます。そして、私がつれない態度を見せても、大した問題ではないかのように取扱います。その態度は、全く私を不健康にさせるに十分でした。
毎日、形而上の彼への想いと、形而下の理性が争い、私を苛んで、底なしの沼に融かしてしまう気がしました。
そうして朦朧とした私は、その日、普段彼が夢中になって眺めている絵画を始めて直視しました。
それは「異次元の色彩」という題名の抽象画でした。仄かに藍で染められた色紙に、深緑と、紅と、浅黄が、何かを型作るように塗りたくられ、その混じり度合いというのか、儚げなさというのか、怨憎を掛け乗せたようなのが、凄く、哀れげで。
……美しかったのです。
気づけば、彼は隣に立っていました。
横目を見ると、彼の目は洋墨を滲ませたように濁り、そこには深淵が広がっていました。
しかし、ちらと見える鎖骨やうなじは扇情的で、そして私の細い手にしっかりと指を絡ませて、なよやかにか細い声で「はろお、こんにちは、」と言って嬌笑するのです。それは、まるで客を虜にする遊女そのものでした。
そして私は、この妖艶に食い殺される宿命なのだ、と自認しました。
36:この名無しがすごい!
21/12/11 22:58:09.49 nClV46m/.net
0944 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 22:51:13
もし無人島に一つだけ持っていけるとしたら、何にしますか?
こんな月並みの質問を、話題のつきた飲みの席で誰かが始めたことはないだろうか?
俺は『帰りの船』と答えてその場を白けさせたことがある。
安心安全とは無縁の無人島での暮らしなんか、全く想像もできなかったから。
「……ここは?」
目を開くと汗が目に入って再び閉じる。手の甲で拭くと痛みが走った。
「大丈夫?」
すぐそばに体育座りしている女がいて、じっと俺を見つめていた。起き上がり、見回すと遠浅の海が広がっていた。通勤用のスーツが砂だらけだ。
「ずっと起きないから、死んでるかと思った」
くすり、と気怠げに女は笑う。大きめの作業服の中で体が泳いでいそうなほど小柄な女だ。よく見たら他にも人がいる。坊主頭で皆が同じような鼠色の作業服。全部で百人くらいか。
「私たち、デスゲームに巻き込まれたみたいだよ」
冗談めかして言った女の言葉をまさかと鼻で笑いながら返すと、
「小林翔太! 前へ!」
機械的な音声が響き渡り、皆に一斉に緊張が走った。群衆の中央に、山羊頭のマスクを被った男の映ったアクリル板が設置されていて、その周りだけぽっかりと丸くスペースがあいていた。そばに赤黒い物体が転がっているが、あれは、まさか死体じゃないだろうな?
「小林翔太。最終判決懲役六年。グレード35。希望する武器は?」
「はい、じゅ、銃でお願いします」
「承認」
回転音と共にドローンが飛んできて、小林の前に小さな黒い物体を落とした。よく見ると他にもあちこちにドローンが飛んでいる。それぞれカメラやら銃器やらが搭載されていた。
37:この名無しがすごい!
21/12/11 22:59:37.55 nClV46m/.net
もしかしてカメラでライブ中継されているのか? どこか安全な場所で、殺し合いを楽しむ誰かのために。
「優勝した二人だけが無罪放免。刑務所出ていいんだって。めっちゃ豪華だね」
「俺、受刑者じゃないんだが……ああ、そうか。俺がここにいるのは間違いなのか」
二十七歳省庁勤務。俺はここにいる脛が傷だらけの連中とは違う。電車で痴漢と誤解されて捕まったことがある。だが運よく無罪が証明されたから問題はないはず。
半数ほど武器が行き渡った。判決が重いほどグレードの数字が上がってる。凶悪犯ほど強い武器を貰えるシステムらしい。
「加藤マリア」
女の子がすっくと立ち上がる。グレードはなんと100でサブマシンガン。戻ってきた彼女はへへっと笑って、
「ただの横領」
うっとりとした目で黒光りする銃に指を這わせる。
「裏で数字弄ってる時だけ、生きてるって気がしたんだよね」
その艶かしい顔に、ヤバい女だと思いながらも背筋がゾクリとした。こんな所で変な性癖に目覚めさせないでほしい。
いよいよ俺の番になった。震えそうになるのを堪えながら山羊頭の前に立つ。
「初めまして。○○庁に勤めています塚野と申します」
「不起訴。グレードゼロ」
「え、あ、いえ、私はそもそも受刑者ではなくてですね―」
「希望する武器は?」
山羊のマスク越しに伝わってくる、にやにやした悪意の笑顔。俺に気付いた連中が好奇な目を向けている。
そうか、俺は噛ませ犬として呼ばれたのか。ゲームを盛り上げるための弱者として。
震えるかと思ったがそうでもなかった。それどころか怒りが沸々と湧いてきた。
悪人ほどいいモノが与えられる? なんだ、そのクソみたいなシステム。俺の働く社会そのものじゃないか。
カメラの向こうにいる奴らを睨みつける。
示してやる。脛に傷のない者が勝つ姿を。
「一億円」
「はい?」
「『一億円』ってのはグレードゼロの武器としてぴったりでしょ?」
「おいおい無人島バトルで金もらってどうするんだよ!」
大笑いの渦が起きたが、受刑者の何人かは俺を凝視していた。
そうだ、誰か気付いてくれ。
俺を相棒として選んで島を出れば、大金が手に入るということを。
「承認」
ドローンがきてスーツケースが一つ落とされた。
口座に、と言ったのに。これじゃ相棒じゃなくて獲物として選ばれるじゃないか。
「ちくしょう!」
開始十分前、と頭上のドローンが電子音声で告げると、銘々が無人島に散っていった。
血走った目の何人かが俺を取り囲む。かつてない高揚感が腹の底を抉った。
せめて一矢を、とスーツケースを構えると、すっと間に人影が入ってきた。銃口を奴らに向けたマリアはチラッと俺を見て、
「お兄さん、公務員って本当?」
「あ、ああ」
「ふぅん、結婚してくれるなら組んでもいいよ?」
返事の代わりに肩を抱き寄せる。キスすると、彼女は真っ赤になって袖で拭った。
「それではゲームスタートです!」
38:この名無しがすごい!
21/12/11 23:38:33.90 rJSRTxRu.net
0956 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 23:29:09
走れなくなった私は親友の彼氏と寝た。
どうしてそうなったかというと、走りすぎで脛が痛くなったのが始まりだ。
医者に見せるとシンスプリントと言われ、二ヶ月間運動が禁止される。それでも我慢ができずに走っていたら皆から怒られて、ついには家族からも走ることを禁止され、監視役がついた。それが幼馴染の智樹で、親友の由美の彼氏だった。
由美が同じ陸上部で智樹が野球部。私は律儀に部活が終わるまで待って、三人で一緒に帰ったりもする。だけど、自分が走れない陸上部を眺めるのは苦痛で、そして退屈だった。
耐えきれなくなった私は一人で帰るようになる。それを何回か繰り返しているうちに何故だか智樹も付いてくるようになる。
「ついてこなくてもいいのに」
なんてぼやくと、ニカッと笑ってこう答えられる。
「お前んとこの父ちゃんと約束したからな、それに由美も心配してたから放っておけねぇよ」
「あっそ」
空返事でも彼は気にするそぶりもなく私の後をついてきた。
気晴らしに最寄りじゃない駅で降りても律儀に後ろをついてくきた。面白くなかった。
彼の行動も、無為に時間を潰すしかない私も、走っている由美も、全てが面白くなかった。撒いてやろうと足に力を入れて走ってみるも、すぐに脛が痛み、智樹に追いつかれてしまう。そして怒られた。
それでも、少しだけ感じた風は気持ちよかった。
そうしているうちに一ヶ月が経って、走れないままの私にもやっぱり慣れてなくて、これがあと一か月続くのかと思うとゾッとした。
イライラが募っていく私は部活で走っている由美が妬ましくて、強く当たってしまう。始めは由美も流してくれていたが、甘えているうちに私と話してくれなくなる。それでも智樹は私を見張り続けていた。
「もうついてこなくてもいいんじゃないの?」
「目を離したら走るだろ」
「私なんかよりさ、由美の方が大切じゃないの?」
「大切だけど今は由美よりお前の方があぶねーだろ」
なんてことをいけしゃあしゃあというのがムカついて、喧嘩でもずればいいのに、なんて願う。すると、本当に喧嘩したらしく、私たち三人の間はギクシャクとなった。
そのことについて、智樹に責められる。
「自分がうまくいってないからって人に当たるなよ!」
「じゃああんたも野球できなくなってみればいいよ!」
「今お前のせいで部活行けてないじゃねぇか!」
その通りだった。なんの反論もできなくなった私は押し黙る。彼はそのまま続けた。
「お前のせいで由美とのデートもできないしさ!今日だって本当は!」
力強く肩を押されて私は尻餅をつく。
「埋め合わせ……」
「何が?」
「埋め合わせ、私がしたらいいんでしょ?」
「どうやって埋め合わせるんだよ」
「別に、ただ体を使うだけよ」
血走った目が、私を見ていた。
一週間が経った。私たち二人と一人はギクシャクしていた。
由美は部活で走りにいき、その間に私と智樹はセックスをする。セックスと走ることは全く似てもいない。ただ、疲労感と苦痛が残ることだけは同じだった。
二週間が経って。足の痛みはほとんどなくなっていたが、以前ほど走ろうとは思わない自分がいた。由美とも仲直りをして、私たち三人は表面上だけ元に戻る。三人で帰り路を歩き、そして二人と一人に別れ、二人はセックスをする。何度肌を重ねても慣れることはなく、異物感だけが心と体にヘドロのようにへばりついていた。
さらに一週間が経って私は医者に行く。オーバーワークをすればまた再発すると脅されるも走ることが許可される。翌日には意気揚々と陸上部へと顔を出した。
久しぶりに足を動かして風を感じる。あれほど切望していた陸上だった。そのはずなのに、走ることが楽しくなかった。明らかに心と体が重く感じたのだ。
私が本調子をつかめないまま。高校最後の大会が近づいていた。
リレーの走者を決める選考会が開かれていた。四人いるうちの三人は決まっているも同然で、最後の一人は私と由美のどちらかだった。
純粋にタイムで決めることになり、私たちは促されるままスターティングスタートの姿勢をとる。その時、不意に由美と目が合った。彼女は負けないから、なんて闘志に満ちた顔つきをしていた。私は……。
私はどんな顔をしていたのだろうか。
先生が笛を吹く。地面を蹴る。だけど楽しくない。風を感じない。散漫な気持ちで走った私は大負けをする。
どうしたの、と彼女が聞いてくる。私は顔をうつ向かせながら呟いた。
「まだ、脛が痛い気がする」
39:この名無しがすごい!
21/12/11 23:40:07.77 rJSRTxRu.net
960 第五十八回ワイスレ杯 2021/12/11 23:35:31
「この餓鬼畜生! 老いさらばえた狗め! 地獄に墜ちろ!」
取り押さえられた男が、目を血走らせながら叫ぶ。儂はそれを無表情で見下ろした。
「連れて行け」
たった一言告げると背を向ける。後ろから罵詈雑言が繰り返し浴びせられた。
儂は構わず歩みを進める。
宮門から伸びる石畳の上を歩く。いくつかの宮の前を通り過ぎ、角を曲がり、また通りを抜けて目的地を目指す。
途中、途中行き交う女官、宦官、妃嬪までもが怯えた目を向けて来る。
無理もない。最も悪名高き宦官といえば、それはこの儂、趙貫に他ならない。
讒言で人を陥れ、官職を売り、皇帝や皇太后に媚び諂い、いやはや、その人生の何と血と罪に塗れたものだろうか!
先程の男の様に破滅させた人間は、数え切れない。
されど、どれだけ悪事に手を染めようが、いっかな良心の呵責が消え失せることもなかった。先程の男の叫び声が耳にこびり付いて離れない。
クク、何とも可笑しな事だが。儂ほど悪吏が似合わぬ性分の者もおるまい。しかし皮肉なことに、能力面での適正は図抜けていたのだ。
冷泉宮の前を通る。そこで一人の女と鉢合う。貴妃の明蘭だ。儂のことをじっと睨む。
その目の中に怯えの色はない。どこまでも清廉な眼差し。その眼光に淀んだ心が晴れるかのようだ。
「これは、これは、明蘭妃。如何しました?」
儂の猫撫で声に明蘭は柳眉を逆立てた。
「また、無辜の人を陥れたのですね」
何と直截な言葉か。呆れてしまう。腹芸の一つも出来ぬでは、危なっかしくて仕方がない。
が、皇帝の寵を得て、四夫人の一、貴妃となった今の彼女なら、早々その立場を脅かされることもあるまいが。
儂はニタリと笑うと、無言のまま明蘭の横を通り過ぎる。
明蘭、彼女に対する皇帝の寵愛ぶりを見るに、直に皇后となるだろう。そして、その時が儂の死期に違いあるまい。
明蘭の立后から僅か半月、儂は皇帝、皇后の前に引き立てられた。これまで儂が破滅させた者たちと同じく縄で縛られ、跪かされる。
明蘭はどこまでも清廉な瞳で儂を見下ろした。
「趙貫、何故それ程までに悪事を重ねたのです?」
何故、か。儂は七年前のことを思い出す。
あの日、新しく後宮に来たのは十四の娘だった。
欲、嫉妬、陰謀渦巻く後宮にあって、その娘は何処までも異端であった。まるで泥中の蓮のような娘であった。
しかし、外では美徳となるその気性も、ここ後宮では致命的な欠点だ。
瘴気立ち込める後宮で、清らかな娘が無事でいられる筈もなかった。
無垢な娘―明蘭を守るには、後宮で陰然たる影響力を持つ必要があった。そして、その為には罪を重ねる必要があったのだ。
儂は明蘭の顔を見上げる。
この女は夢にも思うまい。儂を罪に駆り立てたのが、老いらくの恋であったなどとは。
それを伝えるわけにもいかなかった。知れば、明蘭の心に影を落とすだろう。
儂はニタリと笑う。
「何故ですと? 愚かなことをお聞きなさる。権勢を欲するのに理由が必要ですか? ハハ! 宦官として権勢を極めたこの数年、思う存分楽しめましたぞ! 何もかもが儂の思うまま! 好き放題振る舞い、気に入らぬ者を始末して! ハハハ! ええ、そうです! 儂は悪事を存分に楽しんだのです!」
明蘭は柳眉を逆立てる。
「連れて行きなさい」
澄んだ声が響いた。
40:この名無しがすごい!
21/12/12 07:19:00.12 DyOUbtjK.net
0974 第五十八回ワイスレ杯参加作品 2021/12/11 23:56:44
「まだ首謀者は分かりませんの?」
煌びやかな調度品に囲まれた応接室で、ミラシュカ伯爵令嬢の濃い緑色の喪服は際立っていた。
「えぇ、生憎……」
そんな彼女と相対するヘンリックは、痛ましげに目を伏せながら、まじまじと彼女を観る。高く結った白銀色の髪をすっぽりと覆う黒いヴェールは鼻まで垂らされており、表情は窺い知ることができない。しかし、老若男女、様々な貴族と対面してきたヘンリックが察するに、背筋を伸ばしてソファに座るミラシュカ嬢は、社交界がしきりに噂するような『まだ成人を迎えたばかりにして婚約者を毒殺された悲劇の令嬢』では決して無い。彼はそう確信していた。
「なにぶん先のエーリング侯爵―ヘルナン氏には、政敵が多かったので」
「えぇ、存じておりますわ」
反応を伺うヘンリックに、ミラシュカ嬢はさして感じることも無いように応じる。そう来るか、と、ヘンリックは多少気に掛けながら次の言葉を探す。
ミラシュカ嬢とヘルナン候は婚約者という関係だった。しかし、両家で婚約を取り決め、王城へ報告し、周囲への根回しを終え……そして、大々的に公表するというパーティーで、ヘルナン候は毒殺されたのだ。
ただ、ヘルナン候には良からぬ噂が多かった。立場にものを言わせてうら若き令嬢を手に入れた、とは、これも社交界の噂であり、ヘルナン候とミラシュカ嬢が爺と孫ほどに歳が離れていたことも噂に拍車をかけていた。
ただ、ヘルナン候は多数の貴族に影響力を持っていた。一大派閥の主でもあった。そんな大貴族の毒殺で社交界は大いに騒ぎ立った。
その混迷を鎮めるために、ヘンリックは王城から差し遣わされ、いろいろと調べ回っていたのだ。
「……では、アンブロウ子爵は?」
ミラシュカ嬢の突然の名指しに、ヘンリックは少々驚きながら答える。
「かの家は、御当主が急な病で。招待状に返事すら出来ないほどであったらしく」
「では、キルスロイ公爵」
「敵対派閥ですが、公爵が自ら手を下すとは思えませんな。そも、下手人らしき者を潜り込ませた様子もありません」
「ドゥテナ男爵はどうかしら?」
ふむ、とヘンリックは顎に指を当て考える。立て続けに毒殺犯として怪しげな候補を上げるミラシュカ嬢に違和感を覚えたのだ。
(どうかしら、とは? さて、犯人を捜し当てたい……という訳ではないのか)
そうして、上目遣いにミラシュカ嬢を見ながら答える。
「……毒が問題ですな。手に入れることができるような経済状況ではなかったかと」
そこでヘンリックが知る限りでは始めて、ミラシュカ嬢は、まぁ。と小さく、驚いたような声を出し、芝居がかった調子で続ける。
「よほど高価な毒でしたのね。それほどの恨みを買っていた、ということかしら?我が婚約者殿は」
「まぁ、そういうことでしょう」
ヘンリックは調子を合わせながら、ミラシュカ嬢のヴェールの奥と目を合わせようとした。
「例えば、そう、例えば。男女の仲を引き裂いた、とか。あったかも知れませんな」
そう、言い終わるより先に、ミラシュカ嬢は口元に手を遣り、ふふふ、と優雅に笑う。
「あぁ、そんなこと。たしか、あったのかもしれませんわね。婚約者という立場柄、何かと、いろいろと、見ることが多かったのですよ、わたくし。」
「なるほど」
なるほど、と重ねて呟きながら、ヘンリックは目を閉じた。
(なるほど、ミラシュカ嬢が首謀者か)
しかし、ヘンリックにとっては犯人が誰かなどは大した問題では無いのだ。ヘンリックが命じられたのは、騒乱を鎮めることだ。
エーリング侯爵の派閥はヘルナンの死亡で瓦解しかけている。寄り親を失った貴族たちは他の派閥に散るだろうが、いったい何処の誰ならば、自派閥の主を毒殺したかもしれない者が混ざり込んでいるかもしれないのに、受け入れるだろうか。エーリング派閥の内ですら、既に犯人を捜すための探り合いが始まり、存在しない罪を暴き合う……内乱に発展しようとしているのに。
「自殺、という可能性もありますな」
ヘンリックが深く考え込むようにして俯きながらそう言えば、ミラシュカ嬢は明らかにうろたえ、ヴェールが小さく揺れた。
それが一番手っ取り早く事態は収束するのだ。
41:この名無しがすごい!
21/12/12 09:09:26.26 nZ4dgNCs.net
「あれ、おかしくね?」
「何で?」
「ほら、最近クリスマスソングが流れ来ない」
「あっ!」
「TVCMもスーパーも百貨店もクリスマスの飾りはしてるのにどこもクリスマス商戦が冷え切ってる」
「そういえば」
「クリスマス商戦でこけると経済は重症になると言われてる。まさに『脛に傷』なんだ」
「でも、お、お正月商戦もあるから」
「この国でお年玉で買おうってCM,見たことあるかい?ほとんどないぞ」
「それどころか今年はケンタッキーのCMすら流れてこないんだい?」
「あっ!」
そう、クリスマスと言えば竹内であった。
「スキー場のCMも久しく見ない」
「時代が時代なら『JR SKI SKI』と宣伝するはず」
「そうだった」
「「衰退国日本!」」
42:この名無しがすごい!
21/12/12 16:56:47.41 +wHKUyx7.net
「こ、殺す? 本当か」
「そりゃそうだ。占いの結果なんだから」
「たかが占いでそう言われたぐらいで殺すのか。考えられん」
「ばばあの占いは当たるんだよ」
平治は言った。
「キチガイの所業だぞ。殺さなくても他に方法があるだろ」
「平治、それ以上言うならお前を殺す」
平治は黙り込んだ。辺りを静寂が支配する。
「どうやって殺すんだ」
佐吉が問うた。
「それについては俺に考えがある」
リーダー格の次郎が言った。
「俺と太郎は以前、隣の村の孝太郎を殺した」
「それは知ってる」
「酔わせて、首を締める。麻縄で」
「やるのか、本当に?」
「平治、心配するな。心持ちだ。怯んじゃいかん。決して怯むな」
縄をかけ、思いきり引く。
「があ……ぐっ!」
「すまん、これも村のためなんじゃ」
「ぐっ……ゆ……許さん……絶対に……お前達を……戦争……戦争じゃ……」
赤黒く鬱血した顔が紫色になり、死神か悪鬼羅刹かという凄まじい姿に、皆息を呑んだ。
やがて力をなくした旅人は、ぐったりと崩れ落ちた。
「やったか?」
「ああ」
毒々しいまでに赤く染まった顔は、恨みを孕んだ眼差しをこちらに向けている。睨まれているかと思い、太郎は少し心を乱したが、すぐに落ち着きを取り戻した。
佐吉が言った。
「飯が食えねえよ」
平治が何か呟いた。
皆理解していた。
人を一人殺すということは、非常に精神力を消耗する。体力も。
本当に、大変なことだ。
やるなら、復讐されない方法に限る。
一人ずつ一人ずつ殺していって、敵を排除して……それでどうなる?
どうなるものでもない。
平治の胸に、悲しみが去来した。
43:この名無しがすごい!
21/12/15 11:56:48.78 cGDUdPMB.net
一つ目
> 皆理解していた。
> 人を一人殺すということは、非常に精神力を消耗する。体力も。
> 本当に、大変なことだ。
> やるなら、復讐されない方法に限る。
> 一人ずつ一人ずつ殺していって、敵を排除して……それでどうなる?
> どうなるものでもない。
> 平治の胸に、悲しみが去来した。
平治は殺しをためらっていた人間
その人間が殺すことによって復讐するということを具体的に想像することは考えにくい
「皆理解していた」イコール皆同じことを考えたという意味だが、
その中には殺しをためらった平治もいる
平治がこんな考えを持つということは普通に考えたらおかしい
二つ目
>「ぐっ……ゆ……許さん……絶対に……お前達を……戦争……戦争じゃ……」
これを言ってるのは「旅人」
戦争ってのは複数人対複数人
隣村の住人ならこのセリフはあり得るが、一人で旅してる人間が言うことは考えられない
間違い しかも結構致命的な間違い
三つ目
>「すまん、これも村のためなんじゃ」
>「ぐっ……ゆ……許さん……絶対に……お前達を……戦争……戦争じゃ……」
ここだけ口調が変わってる
絶対にあってはならないミス
ということで、リーマンも境界知能ということが分かる
こんな分かりやすい間違いを見逃していたら作家としてはやっていけない
ワイはせっかく出した俺の問いに答えないという、最低の行為をした
なので、俺は「境界」「境界君」という名前をワイにプレゼントする
元々お前が無視したのが悪い
44:この名無しがすごい!
22/01/08 07:04:49.44 X2zN5OVI.net
【悲報】2100年の世界GDPランキング、日本終わるwww(イギリスLANCET調べ)
【2100年予想(2020年統計予想)】
※人口予想は国連統計
1位 アメリカ(人口:4億2060万人)
2位 中国(人口:10億8560万人)
3位 インド(人口:15億4680万人)
4位 韓国(人口:8440万人)
5位 ドイツ(人口:5690万人)
6位 フランス(人口:7900万人)
7位 イギリス(人口:7710万人)
8位 オーストラリア(人口:4140万人)
9位 ナイジェリア(人口:9億1380万人)
10位 カナダ(人口:5080万人)
・・・
20位 日本(人口:4050万人)
URLリンク(www.thelancet.com)(20)30677-2/
45:この名無しがすごい!
22/01/14 16:52:25.48 0Sq7Ru2V.net
へえ
46:この名無しがすごい!
23/06/17 20:54:02.60 RMSuLamt1
力による━方的な現状変更によって都心まて゛数珠つなき゛て゛クソ航空機飛は゛して騒音に温室効果カ゛スにコ口ナにとまき散らして莫大な温室効果
ガスまき散らして氣候変動させて海水温上昇させてかつてない量の水蒸気を日本列島に供給させて土砂崩れに洪水、暴風、猛暑、森林火災、
大雪にと災害連發させて住民の人生を破壊どころか殺害しまくって静音が生命線の知的産業を根絶やしにして住民の権利強奪して私腹を肥やす
強盗殺人を繰り返している世界最惡の殺人テ口組織國土破壊省齊藤鉄夫ら公明党議員個人をあらゆるネ夕を駆使して積極的に各個撃破しよう!
例えば,ボヰスレコ―ダ━を持ってテ□組織公明党のポスタ―を貼ってる住民に「公明党議員って物とか色々買ってきてくれていいよね』
『と゛んな物買ってきてもらったの?』『私も買ってきてほしいんだけと゛創価学會に入らないとダメ?』とかそんな感し゛て゛話しかけてみよう!
容易に選挙買収の証拠を得られるのて゛.検察に告發しよう!大抵ジシ゛ババ住民なわけた゛が、公明党か゛やってるのは年金減らしてそれを財源に
ミ二バンやら乗って裕福な暮らししてる孑が居る税金泥棒世帯にさらに税金給付しようとしてるわけだがセコヰヱサて゛大損してて滑稽だよな
創価学會員は,何百萬人も殺傷して損害を与えて私腹を肥やし続けて逮捕者まで出てる世界最惡の殺人腐敗組織公明党を
池田センセーか゛口をきけて容認するとか本気て゛思ってるとしたら侮辱にもほどがあるそ゛!
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47:この名無しがすごい!
23/08/04 01:54:36.61 2YNsXniEn
民間航空騒音集団訴訟の機運が高まってるか゛.騷音に繋か゛るものは全部反対して徹底攻撃.航空機を阻害するものは全部擁護の姿勢が大切な
反対)全航空機,全公務員,少子化対策.自閉隊.米軍駐留,曰米同盟.観光文化芸術等ヘの支援.スポ━ツ,万博.自民公明,銃刀法
賛成〕人口減少,遷都.曰本列島縦断クソ航空機姦国との國交断絶,航空機撃墜.金正恩のミサヰ儿,習近平の氣球,環境活動家の破壊活動
世界最惡の殺人組織公明党国土破壊省の強盜殺人の首魁斎藤鉄夫らテ口リス├に乗っ取られたクソ政府か゛、力による━方的な現状変更によって
鉄道のз0倍以上非効率なクソ航空機飛ばしまくって莫大な温室効果カ゛スまき散らして氣侯変動.曰本どころか世界中て゛災害連發させて大量
殺戮することて゛私腹を肥やす強盗殺人を繰り返しているわけだか゛.悪の権化みたいなこいつらが□シア非難とか寝言は寝て言えって話た゛よな
石油無駄に燃やして工ネ価格から物価にと暴騰させて騷音で住民の生活に仕事にと破壊して憲法1З条25条29条と違反しまくってる惡質
テ□リスト航空関係者個人を迫害したり,バ力チョンをハ゛力にして差別したり,ルフィやプ─チンを擁護したり,て゛きることは何て゛もやろう!
創価学会員ってもはや宗教的に信じてるのは教養のない年寄りハ゛ハ゛ァくらいて゛.公明党を通し゛て他人の権利を強奪したり
税金泥棒するための利権組織ってのが実態た゛そうた゛な,他人の人生を破壊することて゛私腹を肥やしてる現実に恥を知れよ
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