20/11/28 22:45:10.85 dC1/hNuR.net
ド田舎というわけではないが、少し走れば田んぼばかりのこの地方都市で若者が遊ぶ場所は少ない。
寂れたアーケード街を通りぬけながらのショッピング。
物心ついた頃既にあったボーリング場。最近、町を縦断するバイパス沿いに出来たゲームセンターや、お手頃感が売りで、日本に留まらず世界進出も果たした衣料品店が多少人気という程度のものだ。
下手くそな映画俳優の絵が壁一面に書かれたビリヤード場は ガラの悪い連中のたまり場になっていて、最近になって初めて入った。
観光地が近くに点在しているが、温泉、登山、神社仏閣に特別天然記念物のウォッチングスポット。
16、7歳の子供が嗜むにはいささかアダルトすぎる。俺達は日々、遊びのネタに飢えていた。
俺がこの高校に入学して以来、1学年上の先輩である須藤には可愛がってもらった。
入学当初、同学年と間違えて話しかけた須藤が先輩であると知った後も、辛うじて敬語と言う程度の物言いで接していた。須藤の正体を知るのに1週間とかからなかった。
他県ではあるが、この学校と最も近い距離にある高校と抗争が激化した時に、両方の首領格を半ばねじ伏せるようにして仲裁した男。
権力闘争への不自然な介入のせいで内外に敵が多数いる。しかし須藤の周りには、ナチュラルな風貌と飄々とした性格のわりに無駄に強い男が多かった。
須藤のグループに征服欲は無いが誰にも文句を言わせない雰囲気を持った孤高のコミュニティのように見えた。
「なぁ、有松裕也」
その日の放課後、教室で友達とウダウダと喋っていると須藤から電話が掛かってきた。
要件の方向性はわかっている、お願いごとだ。須藤は先輩であるにも関わらず、俺には高圧的な態度は取らない。
使い走りもあくまでお願いごとの形式を取る。まあお願いごとと言っても大抵の場合は年下である俺は了承せざるを得ないが、無理な要望は断る事が許された。
有松裕也とフルネームで呼ぶ時が須藤が俺にリクエストをよこすサインだ。
「今日ひなたと約束してんだけどさ、俺行けなくなったんだわ、お前ちょっと相手してくんね?」
「あのね、須藤君、それ何回目ですか?いい加減で愛想つかされますよ」
「へへっ、頼むよ」
「今度はちゃんとメールしといてくださいよ」
「オーケーオーケー」
「ほんとかなぁ」
「んじゃ頼んだぞ」
須藤に説教じみた事を言えるのは俺の特権かもしれない。危険ではないにしろ男子高校生にとっては脅威である暴力の部分を抑えこんでいる男だ。
ごく親しい人間以外は殆どの男子が畏怖していた。蜂須賀ひなたは須藤の唯一定位置にいる女、いわゆる彼女だ。
女好きで学校を問わずあちこちで遊びまわっては女を雑に扱う須藤も、蜂須賀には頭が上がらなかった。
蜂須賀と俺とは同学年の1年生だが、須藤との付き合いは中学二年の頃からのようだ。
白い肌と背中ほどまであるサラサラとした黒いストレートヘアが独特の雰囲気を作っており前髪パッツンの下からのぞくその美しい顔立ちのせいで、多少近寄りがたい雰囲気もあったが、女子連中には人気があった。
彼女と須藤との待ち合わせ場所は電話では聞かなかった。学校から数百メートル先のコンビニの一角にあるボックス席だと決まっていたからだ。
席が開いてない時は大抵立ち読みをしている。俺は店外からガラス越しにボックス席の前に立った。
蜂須賀は上目遣いにじろりと俺を見てしばらく睨むようにした後テーブルに倒れこんで横を向き、それまで飲んでいた飲み物のストローを指でいじり始めた。思わずため息が出る 。
俺は回りこんで店内に入り、テーブルにしなだれかかっている蜂須賀の後頭部を見ながら息を整えた。
「よっ、黒沼!」
某人気漫画の主人公の名前で呼ぶのは俺達のお約束だったが、この日ばかりは蜂須賀の機嫌が悪かった。
俺のジョークにぴくりとも反応しないし、最初のリアクションを見れば、須藤がメールをよこさなかった事は明白だ。
仮によこしてたとしても機嫌が悪い事に変わりはない。
俺はボックス席の対面に座って、蜂須賀の顔の前にあるカップを挟んで対面にゴロリと顔を転がした。
「ねぇひなちゃん、須藤くんさぁ、どうしても「もういい!」
蜂須賀は体を起こして背もたれに寄りかかったが俺はテーブルに伏せたまま固まった。
さてどうしたものか、須藤が友達のピンチを救うために盗んだバイクで走りだしたのはこの前使った。
大工の源さんが腰を痛めたので手伝いに行ったのも使った、本当はパチンコだけど。
須藤から殺していいと言われた親類はあと何人残ってたっけな。
俺はガバリと身を起こすと蜂須賀は手帳を広げていた。