18/08/13 23:26:41.91 K1HWEpwn.net
ゴーン、ゴーン、遠くから除夜の鐘の音が聞こえてきます。
私が二年参りをしようかと、家を出たのが三十分前であったのですけど、まだ神社に辿り着けていないのです。それなのに、寒空の下立ち止まって、見知らぬ男性と向き合っています。
「はあ。つまり、お兄さんは自分が殺人鬼だと言い張るわけですね? それだから、包丁片手にこのような暗がりで佇んでおられると?」
「そうだよ。恐ろしいだろう? 殺されたくなければとっとと逃げな」
私は腕を組みながらうんうんと唸ります。そうして、頭に浮かんだ不可解な疑問を指摘することに決めました。
「お兄さんは殺人鬼を自称するけれども、ちっとも私に襲い掛かるそぶりを見せないではありませんか。ばかりか、逃げるよう忠告すらしてみせる。余りに不可解です。……お兄さんは本当に殺人鬼なのですか?」
お兄さんの顔を見ながら、そのように言い放ちました。途端、お兄さんの顔は苦々しく歪みます。―なんとも幸の薄そうな顔です。その上気弱そうで、とてもではありませんが、殺人鬼の面構えとは思えません。
私には、お兄さんが嘘を吐いているように感じられました。では、何故嘘を吐くのか? 私の中である疑念が鎌首をもたげます。
「どうなのです? お兄さんは何故そのような振る舞いをなされるのでしょう?」
「……殺人鬼なりの拘りさ。美学というほど大層なものでもないけれど、まあ、言うなれば僕は偏食家の殺人鬼なのさ」
「はあ。偏食家……」
「うん。僕は美少女や美女しか手にかけないと決めているのさ」
「つまりそれは、私が美少女でないと、遠回しに主張しているわけですね? ぶち殺すぞ、自称殺人鬼」
「おっかないな。君もひょっとして殺人鬼なのかい?」
お兄さんが肩を竦めて見せます。
「君も? 君も、君も、ですか。……いいえ、その言葉は間違いです。だって、お兄さんは殺人鬼ではないからです」
「じゃあ、どうして僕はこんな深夜に包丁片手にぶらついているというのさ?」
「それは簡単なことです」
私はまるで探偵役を振られたかのように、気取って人差し指を立ててやります。
「それは、お兄さんが殺人鬼ではなく、自殺志願者だからです。違いますか?」
「ッ!」
お兄さんは苦虫をダース単位で噛み潰したかのような表情をなされます。
「自殺をする上で、他人が傍にいるのは都合がよろしくありませんよね? 邪魔をされるかもしれない。決死の想いで自らに刃を突きつけても、救急車を呼ばれ、一命をとりとめるかもしれない」
つらつらと語るにつれ、お兄さんの顔は尚一層歪んでいきます。
「……だから殺人鬼だと嘯いて、私を遠ざけようとした。当たっているでしょう? ふふ、どうやら私には探偵の素養もあったようです! いやー、知らなかったな」
私が陽気に笑っていますと、お兄さんはぶるぶると体を震わせます。
「……ああ、そうだよ! 俺は自殺志願者さ! でも、だからどうした!? 君には関係ないだろ! ほっといてくれ!!」
闇夜を震わせるような大音声。なんとまあ、近所迷惑なことこの上ありません。