【偶像の】柄谷行人晩年ひっそり見守りスレ【黄昏】at BOOK
【偶像の】柄谷行人晩年ひっそり見守りスレ【黄昏】 - 暇つぶし2ch153:吾輩は名無しである
22/10/24 14:48:08.83 CZ/osioH.net
「マルクスその可能性の中」では、
1空間的に離れた場所どうしの価値体系の差異から
剰余価値(柄谷は「利潤」と言い換えている)が生じる、
そして、
2時間的な隔たり(これは現在と未来の隔たりということだ)による価値体系の差異から
剰余価値が生じる、としていた。
1は、商人資本形式のイデオロギー、2は金融資本形式のイデオロギーといえるだろう。
かつてジジェクはアントニオ・ネグリについて「じつは資本主義者に過ぎない」というような評価をしたものだったが、
おなじようなことで、柄谷行人とは、マルクス主義を隠れ蓑にした資本主義者なのではないか。

154:吾輩は名無しである
22/10/24 15:04:09.31 CZ/osioH.net
「資本論」2巻では、
売買費用(時間)、簿記費用、は全くの空費、
保管費用は、ほとんど場合が在庫の保管であるとして、
それついては空費とし、
運輸費用は、迂回的な運輸については空費、
このようになっていると思われる。
上記のものが、「資本論」的には、
純粋流通過程の一環ということになるのだろう。

155:吾輩は名無しである
22/10/24 15:09:21.05 CZ/osioH.net
≫船荷証券は単なる書類ではなくて、有価証券だ
マルクス的には、有価証券は、いわば架空資本の化体物としての証書だから、
単なる書類にすぎないのではないか。

156:吾輩は名無しである
22/10/24 15:16:45.58 CZ/osioH.net
≫世界の貿易貨物のコンテナ化が大いに世界の生産を促した
その「コンテナ化」は、グローバルな協業体制、国際的な社会的分業の一環といえるのだから、
「資本論」で生産過程に属さないとされる「迂回的運輸」ではないだろう。

157:吾輩は名無しである
22/10/24 15:20:13.57 i7oDcN0W.net
>柄谷行人とは、マルクス主義を隠れ蓑にした資本主義者なのではないか。
こんなの今更すぎるっしょ
何を当たり前のことを

158:吾輩は名無しである
22/10/24 15:28:28.45 IpAQVGek.net
>>151
剰余価値と利潤は違うんじゃない?
剰余価値というのは、あくまでも人間自身の再生産に必要な価値を差し引いた残りの価値、という意味じゃないの?

159:吾輩は名無しである
22/10/24 15:32:38.33 CZ/osioH.net
ところが、柄谷行人「マルクスその可能性の中心」では、
剰余価値=利潤としていたわけですよ。

160:吾輩は名無しである
22/10/24 16:58:30.41 z+dFfHIe.net
>>153
>>マルクス的には、

つまり、現実の話でも、柄谷的でもない話ですかね。

>>154
>>その「コンテナ化」は、グローバルな協業体制、国際的な社会的分業の一環といえるのだから、

海運自由と言われる業界でグローバルな協業体制と社会的分業ですか?

161:吾輩は名無しである
22/10/24 17:00:47.06 IpAQVGek.net
>>157
なんか変な人だなw

162:吾輩は名無しである
22/10/24 17:16:46.68 CZ/osioH.net
社会的分業(the social division of labor)とは、社会的総労働が社会のさまざまな産業部門や種々の職業に区分され、細分化された個々の職業に個々人が専門的に従事することである。社会的分業はすべての商品生産の一般的基礎をなし、人々の協働によって社会的生産の維持・発展が可能となる。
マルクス的には、この社会的分業も、協業の一環なのですよ。
協業というと一か所に集まってやる、という一般的理解があるかもしれないけれども、
地理的に離れた場所での協業もあるのです。
マルクスにしても、協業における場の共有というのは、
交通手段と情報伝達の問題として考えていた。
そして、分業はすべて協業なのだといっている。

163:吾輩は名無しである
22/10/24 17:24:55.00 CZ/osioH.net
>>159
変なのはわたしではなく、柄谷行人でしょうね。
>>157
「しかし、貨幣のあるところには、必ず商人資本がある。それは人間に利潤を求めようとする性質があるからではない。交換が利潤(剰余価値)を生みだすような必然的根拠があるところでのみ、そのような”人間性”が発生するにすぎない。さしあたって、G-W あるいは W-G’ のいずれをみても、剰余の発生する余地はない。あるとすれば、詐欺である。しかし、一時的な詐欺は資本ーー自己増殖する貨幣ーーの持続的根拠ではありえない。すると鍵は、W-G と G-W’ が時間的・場所的に切りはなされているということにしかありえないのである。つまり、貨幣が価値を表示するたんなる価値尺度ではなく、いわば不透明なテクストであるということでしかない。」
(柄谷行人『マルクス その可能性の中心』1978)

164:吾輩は名無しである
22/10/24 17:53:48.62 CZ/osioH.net
>>158
所有権は物権だから(大陸法系と英米法系では少しニュアンスが違うということはあるが)、法律的にも、
有価証券のやり取りにかかわる所有権の移転においては、
その所有権の対象は有価証券という書類(権利の化体物)であって、
それに表示されている権利(債権)ではないですね。
そして、ペーパーレスになって電磁的方法で債権の内容を記録するようになれば、
有価証券という物権の対象はなくなると。

165:吾輩は名無しである
22/10/24 18:07:47.82 CZ/osioH.net
162の訂正
質入証券、抵当証券などは、担保物権を表示するから、
×それに表示されている権利(債権)
〇それに表示されている権利(債権等)
と訂正。

166:吾輩は名無しである
22/10/24 18:14:10.16 CZ/osioH.net
162の訂正
×所有権は物権だから
〇所有権及び占有権は物権だから
×所有権の移転
〇所有権の移転や占有の承継

167:吾輩は名無しである
22/10/24 18:32:03.75 CZ/osioH.net
162 再度訂正
債権としたところは、すべて財産権と訂正。
株券や信託受益権やその他のことを、すっかり忘れていました。

168:吾輩は名無しである
22/10/24 19:00:46.70 FsdJNHSp.net
財産権には物権も債権も含むよね
債権等請求権〈証券化されたもの含む〉くらい?

169:吾輩は名無しである
22/10/24 19:21:30.30 CZ/osioH.net
ようするに162の書き込みの趣旨は、
有価証券を所有・占有するという場合、
その物権の対象は、物である書類であって、
その書類に表示されている権利ではないということですよ。
もちろん、これは形式的な話ですけれど。
そして、マルクス理論的には、有価証券というものは、
あれやこれやの数字が記載されている帳簿などと
似たような、いうなれば紙とインクの染み(など)をその実体とするものということになるでしょう。

170:吾輩は名無しである
22/10/24 19:43:22.45 IpAQVGek.net
>>167
言葉も画面の明暗だったり空気の波だったりするだけだから、無意味な存在ということだね?

171:吾輩は名無しである
22/10/24 19:51:59.57 CZ/osioH.net
とうぜん言葉に意味はあるだろう。
マルクス的には、有価証券が表示していること、つまり、書類に書かれていることが無意味なのではなく、
それは価値実体ではないということだろう。
まして、価値実体でないものを表示している書類は、
たんなる紙だということだろう。

172:吾輩は名無しである
22/10/24 20:02:17.09 z+dFfHIe.net
>>169
お前の正体はジャネット。
いい加減な言い繕いがお前の特徴だ。

173:レディー・ジャネット
22/10/24 20:32:49.17 CZ/osioH.net
正確に言っているつもりだけれどね。
有価証券それ自体に価値があると思うようなのが、
典型的な物神崇拝だろう。
木でこしらえた像に神霊が宿っている、というのと、
文字の書かれた紙に価値実体がある、というのはおなじようなことだ。

174:吾輩は名無しである
22/10/24 20:36:40.82 IpAQVGek.net
>>169
言葉に価値(実体)があるなら、有価証券にも価値(実体)があることになる。
両方とも、慣習や法という特定の共同幻想の中ではじめて実体をもつということになる。
どちらも、異なる共同幻想の世界では、まったく無価値だ。

175:吾輩は名無しである
22/10/24 20:43:00.18 IpAQVGek.net
実は貨幣も同じだ。
それ自体では、ただの紙だったり金属片に過ぎないものが、特定の共同幻想の中ではあらゆる商品と交換できる価値(実体)を持つ。

176:レディー・ジャネット
22/10/24 20:43:30.80 CZ/osioH.net
言葉に価値(実体)がある、とは書いていないだろう。
わたしは、柄谷行人のマルクス読解とじっさいにマルクスが書いていることを
照らし合わせて、ここはこれこれなんではないの、というようなことを書いているだけなので、
柄谷のマルクス読解は~ということで、マルクスは~と書いている、
あんたの~という批判は違うのではないか、
というようなことを書きこんでもらわないとしょうがないのだ。

177:吾輩は名無しである
22/10/24 20:44:10.33 z+dFfHIe.net
>>171
お前はボケてるんだよ。
マルクス的になったり、柄谷的になったり、
現実的になったりの全部をごっちゃにしてる。
しかも、ボケてるのに他人を騙そうとかw

178:吾輩は名無しである
22/10/24 20:46:08.79 CZ/osioH.net
>>173
そう思うのは勝手だが、それはマルクスとは違うし、
柄谷とも違うだろう。

179:吾輩は名無しである
22/10/24 20:52:15.36 z+dFfHIe.net
>>176
統一教会信者で、柄谷のマブダチで奴隷のジャネット

180:吾輩は名無しである
22/10/24 20:57:54.14 z+dFfHIe.net
>>171
有価証券そのものが売買の対象になった時代もあるし、
その慣習は後進国では今でも横行する。
お前は適当なことを言ってるだけ。

181:吾輩は名無しである
22/10/24 20:58:38.13 z+dFfHIe.net
>>178
有価証券→船荷証券

182:吾輩は名無しである
22/10/24 21:02:37.56 z+dFfHIe.net
>>162
>>そして、ペーパーレスになって電磁的方法で債権の内容を記録するようになれば、
有価証券という物権の対象はなくなると。
船荷証券の電子化は電磁的技術の問題ではない。

183:吾輩は名無しである
22/10/24 21:42:57.29 CZ/osioH.net
有価証券の電子化のための施策というのは、
たいていは、電磁的方法による記録を、
法令上、有価証券に準ずるものとして取り扱いうるようにすることだ。
およそ船荷証券についてもそうである。
商法(船荷証券等関係)部会資料 法務省
第2 考えられる検討事項の例
1 電磁的船荷証券記録の法的位置付け
電磁的船荷証券記録の法的位置付けを考えるに当たり、①電磁的船荷証券記
録は、商法上の「船荷証券」そのものであるとする考え方と、②電磁的船荷証券
記録は、船荷証券そのものではないが、船荷証券が発行された場合と同等の法律
関係を認めるという考え方があり得る。

184:吾輩は名無しである
22/10/24 21:46:39.32 CZ/osioH.net
≫有価証券そのものが売買の対象になった時代もあるし
いまがもっともそうではないの。
株や債券を売買しているだろう。
価値実体の有無と、売買の対象であるとかないとかというのは、
マルクス的には、別のことなのですよ。

185:吾輩は名無しである
22/10/24 21:54:42.67 CZ/osioH.net
182
×株
〇株券

186:吾輩は名無しである
22/10/24 22:15:43.42 IpAQVGek.net
>>174
>言葉に価値(実体)がある、とは書いていないだろう。
君が言葉に価値(実体)はない、と考えるなら、貨幣にも価値はないことになるが?

187:吾輩は名無しである
22/10/24 22:17:28.30 IpAQVGek.net
>>176
少なくとも、マルクスは貨幣を価値(実体)であると考えていたが?

188:吾輩は名無しである
22/10/24 22:18:36.18 IpAQVGek.net
>>181
有価証券が紙であろうと電子的な記録であろうと、価値(実体)は変わらない。

189:吾輩は名無しである
22/10/24 22:19:31.56 IpAQVGek.net
>>182
マルクスの言う価値(実体)とは、交換価値のこと。
資本論ぐらい読んでおいてくれ。

190:吾輩は名無しである
22/10/24 22:34:44.52 CZ/osioH.net
「資本論」では、抽象的人間労働が凝固したものが「価値実体」となっているけれどね。

191:吾輩は名無しである
22/10/24 22:37:36.70 IpAQVGek.net
>>188
資本論読んでないの?
それを交換価値というんだよ。

192:吾輩は名無しである
22/10/24 22:48:14.92 CZ/osioH.net
≫有価証券が紙であろうと電子的な記録であろうと、価値(実体)は変わらない。
「資本論」信用論
「架空資本の形成は,資本還元と呼ばれる.規則的に反復される所得は,いずれも,平均利子率に従って
計算することによって,すなわち,この利子率で貸し出された資本がもたらすであろう収益と
して,計算することによって,資本に還元される。(中略)この証券の資本価値は,純粋に幻想的なものである」

193:吾輩は名無しである
22/10/24 22:51:01.94 IpAQVGek.net
>>190
その引用がどう関係すると?
有価証券は利子が発生するか否かに関わらず、価値(実体)はあるんだぞ?

194:吾輩は名無しである
22/10/24 22:57:22.77 CZ/osioH.net
御説では、有価証券は価値実体に等しい交換価値のとおりに売買される、ということでいいわけですか。

195:吾輩は名無しである
22/10/24 23:02:35.36 IpAQVGek.net
>>192
そうだよ。
利子分が揺れ動くのは、市場の評価。

196:吾輩は名無しである
22/10/24 23:13:08.86 CZ/osioH.net
有江大介は、「資本論」の冒頭において
「交換価値の共通物と抽象的人間労働の凝固とが根拠なくただちに商品価値として同一視されている」
なにゆえかといえば、
「ここでの実体規定それ自体は、最終的な点において論理の帰結として示され
ているのではなく、(中略)いわば定義的に言明されているに過ぎない」
からだと述べている。
私もそうだと思う。
「定義的」というよりは「仮設的」というほうがいいような気もするが、
それはニュアンスの違いにすぎないだろう。

197:吾輩は名無しである
22/10/24 23:16:38.61 IpAQVGek.net
>>194
交換価値とは、互いの使用価値の交換。
交換をするときの基準が、(抽象的な)労働時間。
資本論の基本中の基本。

198:吾輩は名無しである
22/10/24 23:16:42.84 CZ/osioH.net
>>193 すると、バブルなんてものはありえないことになるだろう。 有価証券の価格には、つねに合理的な根拠がある、ということになるのだから。



200:吾輩は名無しである
22/10/24 23:17:35.13 IpAQVGek.net
>>195
× 交換価値とは
〇 交換とは

201:吾輩は名無しである
22/10/24 23:20:25.34 IpAQVGek.net
>>196
なぜ?
バブルだろうと恐慌だろうと、有価証券の価格が変わるわけじゃない。
利子の大小は、たんに需要と供給の関係(と、本当は政策)による。

202:吾輩は名無しである
22/10/24 23:27:33.17 CZ/osioH.net
≫なぜ?
≫バブルだろうと恐慌だろうと、有価証券の価格が変わるわけじゃない
すると、株券の異常な価格高騰というのは、バブルではないのですか?

203:吾輩は名無しである
22/10/24 23:31:58.05 IpAQVGek.net
>>199
株価は市場で決まる。
法的に有価証券には違いないが、事実上価格の決められていない有価証券。
無額面の株もある。
市場というのは賭場のことだから、大儲けすることもあれば大損することもある、というだけ。

204:吾輩は名無しである
22/10/24 23:35:31.95 IpAQVGek.net
もう寝るから、またあした。

205:吾輩は名無しである
22/10/24 23:45:57.41 CZ/osioH.net
「資本論」信用論では、貨幣請求権や債務証書は、自己価値のない「幻想的なもの」(「資本論」)
すなわち架空資本だとされている。
たとえば、国債は、「将来に納付された国税にたいする支払指図書」(同上)
つまり国に対する貨幣請求権の表示された証書であって、それ自体は無価値な「純粋に架空な資本」ということである。

206:吾輩は名無しである
22/10/24 23:55:36.61 CZ/osioH.net
202
「純粋に架空な資本」は、
「純粋に架空な資本」(同上)

207:吾輩は名無しである
22/10/25 00:25:29.74 KX2/LHrY.net
×納付された
〇納付される

208:吾輩は名無しである
22/10/25 01:18:45.59 KX2/LHrY.net
×信用論
〇信用と架空資本

209:吾輩は名無しである
22/10/25 04:08:37.61 KX2/LHrY.net
>>152
訂正
×在庫の保管
〇商品在庫の保管

210:吾輩は名無しである
22/10/25 10:35:02.09 DoISXtQs.net
>>202
貨幣自体が、特定の共同幻想の世界でしか価値を表現できない。
有価証券も同じこと。
国家自体が幻想の産物であり、法も幻想という意味で、使用価値のないものはすべて幻想によって価値が担保される。

211:吾輩は名無しである
22/10/25 19:05:10.95 KX2/LHrY.net
共同幻想というと吉本隆明的
物神崇拝といえば柄谷行人的
ふつうにマルクス主義的に、イデオロギーないしイデオロギー形態といえばいいのではないの。

212:吾輩は名無しである
22/10/25 19:17:30.47 BAvUElyl.net
柄谷行人カルトやその信者達をを出来るだけ早く葬らなければならんわな。

213:吾輩は名無しである
22/10/25 19:22:24.50 DoISXtQs.net
>>208
マルクスは幻想の共同性と言ってる。
共同幻想というのは、その言葉を日本語としての熟語にしただけ。

214:吾輩は名無しである
22/10/25 19:24:51.39 BAvUElyl.net
時代は構造主義やポスト構造主義からはっきりと、離れ始めたということ。
柄谷、蓮實、浅田、中沢、岡崎、磯崎、島田、奥泉、その他が全部、用済みだ。

215:吾輩は名無しである
22/10/25 19:26:00.16 DoISXtQs.net
>>208
イデオロギーも幻想には違いないし、国家も法も特定のイデオロギーによって成立している、という言い方もできる。

216:吾輩は名無しである
22/10/25 19:28:58.16 DoISXtQs.net
>>208
国家や法をイデオロギーとして概念化すると、取りこぼすものが多い。
イデオロギーというと、どうしても特定の集合の特定の意志という面が想起されてしまう。

217:吾輩は名無しである
22/10/25 19:33:38.30 KX2/LHrY.net
マルクスが「資本論 信用と架空資本」で述べていた、
貨幣請求権や債務証書などは、自己価値のない「幻想的なもの」
というのを踏まえた私の書き込みの内容に対して、
でたらめな言いがかりをつけていた人が、
半日後には↓のようなことを書きこんでいるのだろう。
≫貨幣自体が、特定の共同幻想の世界でしか価値を表現できない。
≫有価証券も同じこと。
書きこむ前に、すこし文献を紐解くとかしたらいいのではないか。

218:吾輩は名無しである
22/10/25 19:39:53.88 KX2/LHrY.net
≫特定の集合の特定の意志
「特定の意志」というのはなんのことかわからん。
イデオロギーというのは観念形態だから、普通の意味での意志というのとはまたちがうわけだ。
イデオロギーが「特定の集合」のものだと思われてもべつにいいわけだよ。
マルクス・エンゲルス的には、資本主義社会の支配的イデオロギーは、ブルジュワイデオロギーなのであって、
特定の集合、つまり、支配階級、それ階級的権力の元であり、階級的利益にかなうものである。

219:吾輩は名無しである
22/10/25 19:42:50.43 DoISXtQs.net
>>214
デタラメはあんただよw
架空の意味も幻想の意味も分からず、労働の価値が何を意味するのかも全く理解していない。
なにより、価値と価格の違いが理解できてないんだからw

220:吾輩は名無しである
22/10/25 19:43:53.48 KX2/LHrY.net
たとえば、日本には、金融商品取引法というものがあるが、
これはとうぜん、金融資本主義のイデオロギーにもとづく法である。

221:吾輩は名無しである
22/10/25 19:43:57.41 DoISXtQs.net
>>215
とりあえず、ドイツ・イデオロギーでも読んどいてくれ。
書いてあるから。

222:吾輩は名無しである
22/10/25 19:46:12.02 DoISXtQs.net
>>217
法はすべて幻想によって成立している。
そして、その法が適用できる範囲を国家と呼ぶ。

223:吾輩は名無しである
22/10/25 19:52:29.91 BAvUElyl.net
ジャネットをまともに相手にしてはいけない。
ジャネットはただの知能障害の虚言癖ありと、
忠告しておく。

224:吾輩は名無しである
22/10/25 20:08:38.35 DoISXtQs.net
>>220
たしかに。
ここまでとは思わなかったが。

225:吾輩は名無しである
22/10/25 20:12:39.29 KX2/LHrY.net
知的障害というのは、こういう人のことを言うわけだよ。
196吾輩は名無しである2022/10/24(月) 23:16:42.84ID:CZ/osioH>>198
>>193
すると、バブルなんてものはありえないことになるだろう。
有価証券の価格には、つねに合理的な根拠がある、ということになるのだから。
197吾輩は名無しである2022/10/24(月) 23:17:35.13ID:IpAQVGek
>>195
× 交換価値とは
〇 交換とは
198吾輩は名無しである2022/10/24(月) 23:20:25.34ID:IpAQVGek
>>196
なぜ?
バブルだろうと恐慌だろうと、有価証券の価格が変わるわけじゃない。
利子の大小は、たんに需要と供給の関係(と、本当は政策)による。
199吾輩は名無しである2022/10/24(月) 23:27:33.17ID:CZ/osioH>>200
≫なぜ?
≫バブルだろうと恐慌だろうと、有価証券の価格が変わるわけじゃない
すると、株券の異常な価格高騰というのは、バブルではないのですか?

226:吾輩は名無しである
22/10/25 20:15:45.20 KX2/LHrY.net
学問板なんだから、あまり無意味に荒らさないでもらいたいわけだよ。
あなたは哲学板マルクススレも荒らしているだろう。

227:吾輩は名無しである
22/10/25 20:16:59.96 BAvUElyl.net
>>222
全てはお前=ジャネットの負け惜しみでしかない。
昨日でケリはついてる。

228:吾輩は名無しである
22/10/25 20:29:57.51 DoISXtQs.net
>>223
あんた、マルクス板にも来てるの?
出されたソースも読めない、日本語が通じないあの人?

229:吾輩は名無しである
22/10/25 20:34:04.83 BAvUElyl.net
中島みゆきじゃないけど、時代が柄谷に反してる。
こっちはストーンズのtime is on my side.

230:吾輩は名無しである
22/10/25 20:35:53.26 KX2/LHrY.net
哲学板マルクススレは、ちらちら見ますよ。
書きこみませんけれど。というか、哲学板にはこの3か月くらい書きこめないのですよ。

231:吾輩は名無しである
22/10/26 00:49:46.09 p+U7kRjJ.net
お前が荒らし認定されてるから書き込めないんだろう
自覚したまえ

232:吾輩は名無しである
22/10/26 02:27:12.05 q/+ES7x3.net
Bushman's Secret - The Khoisan and the Secret of Hoodia
上はドキュメンタリー映画である。題名で検索すれば動画がでてくる。
ファイトマーム、ファイザー製薬、ユニリーバ、これら大手製薬会社が
(柄谷行人が好きな狩猟採集民の)サン族(ブッシュマン)にやったこと、いまもやっていること、
それは、わたしとしては原始的(本源的)蓄積というべき略奪・詐欺だと思うけれども、
柄谷理論的には、等価交換ということになるだろう。
柄谷という人は、つまりはそういう手合いなのだ。

233:吾輩は名無しである
22/10/26 02:29:34.08 q/+ES7x3.net
wiki サン人
保護区域内においても、自生するフーディアなどの薬用植物の採取や、オリックスなどの動物の狩猟が違法とされ逮捕される事例が相次いでいる[4]。フーディア製品の商品化にユニリーバ社などが取り組み高い利益をあげているが、地元への還元はなく社会問題になっている。

234:吾輩は名無しである
22/10/26 03:17:32.54 q/+ES7x3.net
平田清明「経済学と歴史認識」
「本源的蓄積は,資本家的生産および蓄積の歴史的前提であると同時に,
この資本家的生産および蓄積過程の論理的前提である。しかもその過程それ自体のなかで,
たえず再生産される前提なのである。…前史は本史のうちに展開しているのであり,
前史の構造は,本史の構造として生きているのである。
「(資本論 本源的蓄積章にも)いわゆる原蓄論を越えた記述が存在するのを,
ひとは容易に見いだすことができる。」

235:吾輩は名無しである
22/10/26 03:24:20.22 q/+ES7x3.net
柄谷行人「マルクスその可能性の中心」英語版序文
[『資本論』はスミス、リカードら古典経済学の「労働価値説」を受け継ぐものだと見なされているが、宇野は『資本論』では、生産よりむしろ交換が重視されていること、また、資本はその本性において商人資本であることを強調したのである。]

236:吾輩は名無しである
22/10/26 03:25:59.48 q/+ES7x3.net
宇野弘蔵「経済原論」
「(商人資本的形式においては)安く売る者と高く買う者との間に入って,いわば社会と社会との間に割込むことによって利潤をあげるのであって,その価値増殖は社会的に一般的根拠を有するものではない」

237:吾輩は名無しである
22/10/26 03:28:45.82 q/+ES7x3.net
「宇野は『資本論』では、生産よりむしろ交換が重視されていること」(柄谷)
「(価値の実体は)あらゆる社会に共通なる社会的労働共同体」(宇野弘蔵「経済原論」)

238:吾輩は名無しである
22/10/26 03:57:53.52 q/+ES7x3.net
大澤真幸「資本主義のその〈先〉に」第12回資本主義的主体
「しかし、資本主義が成立する直前に、あるいはその初期に、本源的蓄積のようなことが起きていたとしても、資本主義が展開しているときに常にすでに、それが効果を及ぼしていると解釈するならば、本源的蓄積は、「資本主義」という現象についての説明に一貫性を与えるための、神話的な追補のようなものだと見なさざるをえない。つまり、本源的蓄積は、経験的・歴史的事実というより、説明の空白部分を埋めるための幻想のようなものではないか、との疑いがかかるのだ」

239:吾輩は名無しである
22/10/26 04:06:13.53 q/+ES7x3.net
土佐弘之「過度な採取主義の行方 資本の攻勢的外部をめぐる政治」
「はたして搾取と収奪や採取は、どのように違うのか。マルクスに近い理解に基づいて説明すれば前者は合法的な形で「自由な」労働を通して行うものであるのに対して、後者は時には非合法的な暴力をまじえて土地などの生産手段を強奪するものということになるのだろうが、両者は事実上、連続したスペクトラムの中にあり、現実には自発的な契約労働と強制による使役との間の境界は曖昧で、何処で分節化するかは政治的駆け引きの中で決まることだ。現代社会における問題の一つは、法の支配の空洞化(例外状態の常態化)とともに同意と強制の間の線が見えにくくなっていることで、「ヘゲモニーなき支配」といった形での強制の比重がより大きくなっていること、つまり搾取の問題もさることながら収奪の問題がより深刻化してきているということであろう。」

240:吾輩は名無しである
22/10/26 04:08:37.81 q/+ES7x3.net
柄谷行人は「マルクスその可能性の中心」においては、土佐氏のいうような「搾取」すらないとしていたのである。
>>161

241:吾輩は名無しである
22/10/26 04:12:56.80 Bg5aYbrY.net
真夜中に発狂してて草

242:吾輩は名無しである
22/10/26 04:19:54.26 /gxeVIrC.net
ひたすら引用してエビデンスwとにらめっこしているマヌケを見ていると詰め込み教育の弊害を思い知らされますなあ
そこらじゅうにいる偏差値教育のせいで自分を賢いと勘違いしてしまった要領の悪いバカですなあ
天地がひっくり返っても東大に行けず早慶止まり、というタイプですなあ

243:吾輩は名無しである
22/10/26 04:22:03.18 q/+ES7x3.net
236訂正
×攻勢的
〇構成的

244:レディー・ジャネット
22/10/26 04:26:35.50 q/+ES7x3.net
こんな朝方に5チャンネル上でいやがらせをしてくる人がいるということにはおどろくよ。

245:吾輩は名無しである
22/10/26 04:39:05.26 MdE0PyBN.net
俺の朝の日課は、世界の海運ニュースに目を通すことだが、その後で哲学板の柄谷スレを見たら、「マルクスの物神」が問題になってて、彼らスレ民に手に負えそうになかったので、ここで俺が解説。何しろ、俺はチカコ―を読んでないので。
簡単に言えば、マルクスにはfeticismとiconolatryフェティシズムと偶像崇拝の区別が出来てなかった。この点で日本語のウィキは役に立たない。
前者は、ペットなどの動物一般や人間仕様に出来た実用的な物に向けられる。家やオフィスや船舶は実用範囲を逸脱して巨大や豪華でない限り、フェティッシュである。
後者は人間を超越した存在に向けられるもの。柄谷などカルト教祖もそれに属する。
チカコ―の読者の大方は柄谷の著書が主な知識源になってる視野の狭い人達だから分からないことを自分たちで解決できない。

246:吾輩は名無しである
22/10/26 04:50:57.73 q/+ES7x3.net
「feticismとiconolatry」は、前者はアニミズム的自然または自然物崇拝的
後者は(神ををかたどった)偶像崇拝的だというような宗教史学者などはけっこういる。
しかし、柄谷行人本人がほとんど区別していないので、
ファンが同様なのもしょうがないしょう。

247:吾輩は名無しである
22/10/26 05:35:00.68 q/+ES7x3.net
柄谷行人「力と交換様式」
[私の


248:考えでは、それは次のようなことを意味する。アフリカ人のフェティシズムが氏族社会を形成する交換様式Aに もとづくのに対して、偶像崇拝は国家や資本を形成する交換様式BやCにもとづく。 『資本論』でマルクスがいうフェティシズムは、後者のような偶像崇拝である。] すると、柄谷の言う「普遍宗教」による偶像崇拝の禁止は、 交換様式Ⅾに基づくのということになるのだろうか。 そうであれば、「探求Ⅱ」で、 アマルナ革命について、あたかも「国家の揚棄」を目指したものであるかのような 古代オリエント史やエジプト史の専門家が読んだらあっけにとられるような ことを書いていたのもふしぎではない。



249:吾輩は名無しである
22/10/26 05:57:17.22 q/+ES7x3.net
243訂正
×(神ををかたどった)偶像崇拝的
〇多神教的

250:吾輩は名無しである
22/10/26 06:59:07.13 MdE0PyBN.net
偶像崇拝的なものは、柄谷や東浩紀らがファンのためにする、著書へのサインだよ。浅田が受け取りを拒否した出版社の編集者たちの名刺も偶像崇拝の一面だ。
偶像崇拝の概念は西欧に発してて、建築や公道に面した豪邸の門につけられる表札や、豪邸そのものなどにも当てはまる。
東西の文明の寺院建築や、寺院建築を持たない宗教との比較においての偶像崇拝など多岐にわたる。
ジャネットその他日本人の思ってるのとは全然、範囲が違って大きい。
文学でも、石川淳の奇人伝などは典型的にiconoclastic反偶像崇拝的であり、偶像崇拝の適応範囲は広い。
ジャネットや柄谷スレの阿保馬鹿どもが今から付け焼き勉強しても無理だ。

251:吾輩は名無しである
22/10/26 07:07:40.13 MdE0PyBN.net
>>246
>>偶像崇拝の概念は西欧に発してて、建築や→
>>偶像崇拝の概念は西欧に発してて、

252:吾輩は名無しである
22/10/26 07:23:37.24 MdE0PyBN.net
まあ、というかw柄谷のフェティシズムは罠なんだよ。
それよりも、フェミニズムの新しい動きに注目してた方が実用的だろう。
新しいフェミニズムというよりむしろ、新しいマティリアリズムの誘導灯になってるのが、
アライモスやバラドらのエコ・フェミニズムだろう。これによって、マティリアリズムは
フォルマリズム、構造主義、ポスト構造主義らから離陸し始めた。エコやアンビエントに
構造は無いのだ。
フェミニズムをきっかけにしたドンパチに唯物主義者達は備えた方が良い。取り敢えずは
水上文責任編集の「文藝」に注目。

253:吾輩は名無しである
22/10/26 07:26:40.13 KYaQ/OjX.net
スカスカの言説厨とジャネット、どっちもこの世界に無用だろ
黙ってこれまで通り細々と生きていけよ

254:吾輩は名無しである
22/10/26 07:38:03.59 MdE0PyBN.net
>>249
俺が細々なら、お前は今すぐ死ね。

255:吾輩は名無しである
22/10/26 08:18:36.91 MdE0PyBN.net
>>249
お前はとことん間抜けだな。
5chで書き込んで、偶像になることを夢見ろwww

256:吾輩は名無しである
22/10/26 08:19:53.31 tm27E2Kh.net
細切れ、小間切れ、小間使いと表記するが
細使いと表記しない

257:吾輩は名無しである
22/10/26 10:53:55.96 1Xs/OJSL.net
言葉の定義を理解していない人が多いんだね。
言語ゲームという概念は、いまだに哲学や思想の大前提にしないといけないね。

258:吾輩は名無しである
22/10/26 11:41:47.02 VXouYk0E.net
ド底辺がなぜふんぞり返るのか謎だわ
ド底辺がド底辺の頭でいくら語ったところで一発逆転なんかないから
誰も認めてくれないド底辺でしかない自己を必死で肯定しているだけ
頭の中の現実と外の現実をすり合わせられないまま死んでいくだけのゴミ

259:吾輩は名無しである
22/10/26 11:47:12.72 1Xs/OJSL.net
>>254
気の毒にな。
鏡を見てしまったのか・・・

260:吾輩は名無しである
22/10/26 12:29:47.31 MdE0PyBN.net
>>253
>>言葉の定義を理解していない人が多いんだね。
そんなのは文芸誌のライターにも見られる現象だろ。
そこで書いて行くことに意味が無いことはない。
君の視野が狭すぎること、日本の偶像崇拝研究のレベルの低さ、
偶像崇拝の研究の歴史の無さとか、原因は一杯あるよ。
日本でよく使われる偶像崇拝とconolatryは同じではない。だから、
iconolatry には新しい訳語が必要なんだが。
大体が君如きが何を言ってるのかとwww

261:吾輩は名無しである
22/10/26 13:59:05.93 q/+ES7x3.net
柄谷行人が偶像崇拝というのは、「iconolatry 」ではなくて、
「idolatry」こちらのではないの。
フロイト「モーゼと一神教」、もともとは出エジプト記
その黄金の仔牛のイメージだから。

262:吾輩は名無しである
22/10/26 14:32:30.51 1Xs/OJSL.net
>>256
翻訳バカっているんだね。
いくら単語を弄り回しても、まともな意味にたどり着くことはできない。
資本主義は誤訳だとか、剰余価値は増殖価値とするべきだとか、何年かごとに単語君が出てくる。

263:吾輩は名無しである
22/10/26 14:32:58.11 MdE0PyBN.net
>>257
柄谷に聞けば良い。

264:吾輩は名無しである
22/10/26 14:43:38.90 /9Vg4RXK.net
デモクラシーはイズムではないが民主主義と訳されている

265:吾輩は名無しである
22/10/26 15:00:16.83 MdE0PyBN.net
>>259
悪いが俺は柄谷の本を読んでないから推測で言ってる。
>>258
翻訳バカって何を指すか明確に示すこともしないで、
偉そうなことは言えんだろ。
翻訳書というものが存在してるんだから、問題が起きるのはしょうがないが、
出来るだけベターな翻訳を探す必要があるだけ。

266:吾輩は名無しである
22/10/26 15:35:28.48 q/+ES7x3.net
柄谷ファンはどうもそう思わないようだが、
わたしは意外と、柄谷交換様式論を「その可能性の中心」で読んでいるんですよ。
たとえば、原遊動性Uの「共同寄託」というのは、
じっさいには交換様式Bであるプーリングのことだろうが、
それではあんまりなので、
A、B、とは違うものだという人類学者もいないこともないシェアリングのことだと解せないわけではない、とうことで、
柄谷はシェアリング+互酬が交換様式Aのもとだといっている、と、
そう理解したわけです。

267:吾輩は名無しである
22/10/26 15:48:06.80 q/+ES7x3.net
[アフリカ人のフェティシズムが氏族社会を形成する交換様式Aに
もとづくのに対して、](「力と交換様式」)
「遊動論」では、狩猟採集遊動民は、氏神を祀ってたことになっていたのに、
原遊動性Uでは、交換様式Aもないわけだから、
(多くの宗教史学者のようにアニミズムをフェティシズムが宗教形態をとったものと理解すれば)
どうもそれすらないことになりそう、
というのもすごいね。柄谷節の聴かせどころなのでしょうか。

268:吾輩は名無しである
22/10/26 15:48:53.69 q/+ES7x3.net
×それすら
〇アニミズムすら

269:吾輩は名無しである
22/10/26 15:49:20.15 1Xs/OJSL.net
>>261
例をあげといただろw

270:吾輩は名無しである
22/10/26 15:56:28.31 /9Vg4RXK.net
「可能性の中心」の漱石論で、生産様式・蒸気機関に注目してたようだが

271:吾輩は名無しである
22/10/26 16:08:06.41 q/+ES7x3.net
やっぱり、柄谷節炸裂は、近年では↓だろうな。
「人々は実際に経済的にも平等であった」(「哲学の起源」25ページ)。
「イオニアの諸都市がどのようなものであったかを示す史料はほとんどない」(同42ページ)
有罪、しかし証拠はほとんどない、と法律家や陪審員が言ったら、病院に行った方がいいと思うのが、
常識的だろうが、柄谷節はそんな常識はものともしない、と。

272:吾輩は名無しである
22/10/26 16:13:37.89 /9Vg4RXK.net
単行本?文庫版の表紙が黒いが
古代ギリシャで、平等に相当する言葉があっても、それが問題にされてなかったのでは
どこでも奴隷がいたみたいだし

273:吾輩は名無しである
22/10/26 16:15:06.17 q/+ES7x3.net
>>266
柄谷行人の考えのまとめ方はむかしから、じっさいには、基本が生産様式論的なのですよ。
ようは普通にマルクス主義的なのです。
それを受け狙いで奇をてらった逆説的なことをしようするから、
ちぐはぐな事になるのだと思いますね。

274:吾輩は名無しである
22/10/26 16:15:15.84 /9Vg4RXK.net
生きてる間、交換様式+霊話に付き合わされる

275:吾輩は名無しである
22/10/26 16:25:05.41 /9Vg4RXK.net
生産様式は、古典古代、アジア的、封建、工業(19世紀)と
通時的に遷移した話で
交換様式は、各様式が、共時的に存在し、
通時的に様式間の遷移もあるという話のようだが
それで?という感じ
大袈裟に言ってた、国家・資本・ネーションの結合も同様

276:吾輩は名無しである
22/10/26 17:02:53.39 q/+ES7x3.net
ポランニーも、「共時的に存在」の線でしょう。
また、ドゥルーズ=ガタリのコード化、超コード化、脱コード化、
だって「共時的に存在し」ているということだったし、
アミンは、アジア的生産様式を貢納生産様式と言い換えて、
それを実は封建と近い、とし(ドゥルーズ=ガタリが、超コード化とひとくくりにしたのと似ている)、「共時的に存在」とした。
ほかににもそういう人はいたでしょう。
ちなみに、神権政治体制下のアジア的貢納と封建をひとまとめにするのは、
理にかなっていると思う。
古バビロニア→ペルシャあたりをみると、
神官領主がだんだん武人領主に変わっていく様子がわかる。
そもそも、日本語の封建制と言う言葉にしても、周王朝の封建制からきているわけだが、
周は分類するとすれば、アジア的生産様式でしょう。

277:吾輩は名無しである
22/10/26 17:07:32.51 /9Vg4RXK.net
柄谷の元ネタ、有難う
柄谷への貢納
柄谷の力と交換様式
収奪か

278:吾輩は名無しである
22/10/26 22:54:04.16 MdE0PyBN.net
柄谷の交換の関連では、ヘロドトスがreciprocity互酬を思考の中心に置いていたということも、
柄谷のソースかも。実際にイソノミアで柄谷はパイオニオスの名前を出してたと思う。
ヘロドトスはヘルモティモスによるパイオニオスへの去勢の報復はreciprocity互酬の境を超えて
ると言ってたような。確かに報復された人数が多いのは分かるが、そうではなくて去勢のやり方
が度を超えていたのではないかと推測する歴史学者もいる。竿だけを切るのか、玉だけを切るのか、
或いは両方かという話。

279:吾輩は名無しである
22/10/26 23:07:31.83 MdE0PyBN.net
>>274
パイオニオス→パ二オニオスpanionios

280:吾輩は名無しである
22/10/26 23:18:48.06 q/+ES7x3.net
柄谷行人の「交換論」は、そんな奥深いものではなく、
カール・ポランニーの説の粗雑な焼き直しだと思いますよ。

281:吾輩は名無しである
22/10/26 23:28:37.91 q/+ES7x3.net
「交換の四角形」とその混成態
—市場社会を乗り越えるための試論
小 田 亮
ところで、小田亮は、柄谷交換様式論の文化人類学の知識のいい加減なところを、
一所懸命(だいぶ無理をしているところも多いような気がする)おぎなってあげている感じだ。
影響力のおおきな思想家がいろいろと宣伝してくれるのは、マイナーな分野の専門家にとっては、
やはりありがたいのでしょうかね。
小田氏の「レヴィ=ストロース」(ちくま新書)は、むかし読んでよい本だと思ったわけだが、
上記の論文については、ちょっと残念なかんじがしました。

282:吾輩は名無しである
22/10/27 15:25:46.79 wF+PFXAY.net
>>276 証明しないと、たんにやっかんでるだけじゃんと
言われてしまうかと。
ちなみにカールさんは「霊」とは言わなかったのでは。
いずれにせよチカコーは、「(統制的)理念」と言っておけば
いいところをわざわさ「霊」なんて言うんで、はなじらみます。
オンタイ、昔も星占いとか、ブタに生まれ変わるとかどうとか
言ってましたよね。炎上商法的な発想かとも思いましたが、
どうもそうではない…

283:吾輩は名無しである
22/10/27 16:06:58.27 d0Y4LUVl.net
小田亮は、↑の論文の「交換の四角形とその混成態」について
すでに1994年に論文を書いていた。
小田の説のほうが、柄谷交換様式論のネタの一つなのかもしれない。
しかも、小田は、シェアリングに関してもそのときから論じていたようだから、
「共同寄託」などと雑なことをいっている柄谷交換様式論よりも
理論的にも正確なものだったと思われる。

284:吾輩は名無しである
22/10/27 16:34:35.98 d0Y4LUVl.net
霊 ドイツ語ではGeist。

285:吾輩は名無しである
22/10/27 17:01:13.46 d0Y4LUVl.net
「資本論」第2版あとがき(新日本出版社)
弁証法がヘーゲルの手のなかでこうむっている神秘化は、彼が弁証法の一般的な運動諸形態をはじめて包括的で意識的な仕方で叙述したということを、決してさまたげるものではない。
弁証法はヘーゲルにあっては逆立ちしている。神秘的な外皮のなかに合理的な核心を発見するためには、それをひっくり返さなければならない

286:吾輩は名無しである
22/10/27 19:02:52.49 d0Y4LUVl.net
2021年1月、作品社より刊行
柄谷行人著
『ニュー・アソシエーショニスト宣言』―「世界変革への“新たなる宣言”!」
「世界変革への新たなる宣言」とはすばらしい。
バイデン大統領でさえここまで大上段に構えたことは言わなそうだ。
柄谷行人は、アメリカ合衆国大統領なんか問題ではない
たいへんなものすごいとてつもないかけはなれた超大物なのだろう。
ただのセカイ系の先駆者などということは断じてなく、本当にそうなのである。

287:吾輩は名無しである
22/10/27 19:13:05.27 pLCOCd1B.net
>>282
大人物とかw
いや、バイデンしろただの政治家だぞ?
安倍と変わらない程度の知能しか持ってないだろ。

288:吾輩は名無しである
22/10/27 19:24:45.24 d0Y4LUVl.net
日本の文芸評論家よりはアメリカ大統領のほうが重要人物なのではないの。
日本国元首相にしても、文芸評論家よりは、かけ離れて重要な人物だろう。
これは5ちゃんねらーよりは柄谷行人のほうが重要な人物だというのと
同程度には世間並みの意見だと思うよ。

289:吾輩は名無しである
22/10/27 19:31:46.27 d0Y4LUVl.net
≫安倍と変わらない程度の知能しか持ってないだろ。
この「知能」というのがどういうものなのかわからないが、
学業成績ならば、中央官庁や裁判所や大病院などに行けば、
柄谷行人よりも良かっであろう人は、そう珍しくもない。
黒田日銀総裁のほうが、柄谷行人よりも、
学業成績は数段よかっただろう。
ましてや、浅田彰なんぞが、「黒田バズーカ」に文句をつけるなんて言うのは、
なんともおこがましい、ということになる。

290:吾輩は名無しである
22/10/27 20:40:14.85 pLCOCd1B.net
>>284
生活に影響する、という意味では柄谷より、アメリカ合衆国大統領のほうがの方が影響力は強い。
日本の生活であれば、アメリカ合衆国大統領より日本国総理大臣の方が影響力が強い。
個人の生活であれば、日本国総理大臣より家族の方が強い。
そのくらいは理解してくれよ。

291:吾輩は名無しである
22/10/27 20:42:32.37 pLCOCd1B.net
>>285
安倍元首相より、柄谷の方が頭はいいだろう。
だから安倍同程度に見えるバイデンより、柄谷のほうが頭はいいんじゃないかと思う。

292:吾輩は名無しである
22/10/27 21:09:53.88 d0Y4LUVl.net
柄谷行人は「世界変革への新たなる宣言」をしたわけだ。
その「世界変革」というのは、最終的に国家と資本とネーションの変革
なのだろうから、
世界の人々の生活に影響の及ぶ変革だろう。

293:吾輩は名無しである
22/10/27 21:29:03.95 wF+PFXAY.net
>>281
「神秘的な外皮のなかに合理的な核心を発見するためには、
それをひっくり返さなければならない」ってのは、
単に「神秘的な外皮をひっくりかえして合理的な核心を
発見しなくてはならない」ってことなんじゃないの?
しらんけど。
とまれマルクスは「物神」を、「共産主義という幽霊」と同じく
純然たる比喩として言っている。おそるべきlitearalistだよ、柄谷は。

294:吾輩は名無しである
22/10/27 21:31:14.40 d0Y4LUVl.net
柄谷行人「力と交換様式」
「その中で、重要なのはフェティシズムと偶像崇拝の区別である。
通常、それらは同一視されている。
しかし、偶像崇拝が神への屈服であるのに対して、
フェティシズムは神への攻撃である、とマルクスはいうのだ。」
「通常、それらは同一視されている」
同一視している宗教学者なんてみたことないけれどね。
柄谷はどういう人を指して言っているのでしょう。

295:吾輩は名無しである
22/10/27 21:35:45.33 d0Y4LUVl.net
wiki
シャルル・ド・ブロス
博識と実証精神に富むド・ブロスは、1760年に匿名で『フェティシュ諸神の崇拝』を刊行し、その中で人類最古の信仰形態をフェティシズムと命名した(fetico=護符の意味)。この著作のドイツ語訳版はのちにカール・マルクスの目に止まり、フェティシズムというアイデアが彼の理論形成におけるキー概念の一つとして流用されることになる[1]。
ビュフォンやルソーと同時代のド・ブロスは、18世紀当時としては最新の研究方法であった比較宗教学の立場から、当時のアフリカ大陸やアメリカ大陸に残存する原初的信仰について研究した。そしてその土着信仰をフェティシズムと命名し、およそつぎのように特徴づけた。これは本来の宗教以前のもので、本来の宗教の出発点である偶像崇拝(Idolatrie) が存在するよりも古い。宗教でないフェティシズムと宗教の一形態である偶像崇拝との相違は決定的で、例えば前者においては崇拝者が自らの手で可視の神体すなわちフェティシュを自然物の中から選びとるが、後者においては神は不可視のものとして偶像の背後に潜む。つまり前者ではフェティシュそれ自体が端的に神であるのに対し、後者においてフェティシュはいわば神の代理か偶像かである。

296:吾輩は名無しである
22/10/27 21:39:51.30 d0Y4LUVl.net
wiki
呪物崇拝
このフェティッシュという概念は、1757年に、西アフリカの宗教と古代エジプトの宗教における魔術的位相を比較研究していた折に、シャルル・ド・ブロスによって造られたものである[10]

297:吾輩は名無しである
22/10/27 22:13:12.77 d0Y4LUVl.net
フェティッシュとは何か その問いの系譜
著者:ウィリアム・ピーツ
出版社:以文社
ジャンル:哲学・思想・宗教・心理
柄谷行人は、好書好日で↑の本の書評をしていた。
たぶん読まないで書評をしたのではないか。

298:吾輩は名無しである
22/10/27 22:32:14.60 d0Y4LUVl.net
コトバンク
呪物を示すフェティッシュの語源は、ラテン語の「人工的につくられた」という意味のファクティティウスに由来し、直接にはポルトガル語のフェイティソ(護符、呪物の意)から派生している。ポルトガルでは聖者の遺物や護符、呪符をフェイティソとよんで崇拝する民間信仰があったが、西アフリカの海岸地域で現地住民たちが木、石、歯、爪(つめ)、木片、貝殻などを毛髪などでくるみ、護符のように携帯して崇拝しているのをポルトガルの航海士たちがみて、これらを自分たちの民間信仰と関連させて、同じようにフェイティソとよんだことに基づいている。
[豊田由貴夫]

299:吾輩は名無しである
22/10/27 22:35:23.93 d0Y4LUVl.net
>>293
柄谷行人
〝フェティソ〟は、アフリカにあった言葉ではなく、ラテン語から作られた新造語であった。そして、それは、十五世紀に、ポルトガルの商人がアフリカ人と交易したことから生じた。彼らは、西洋人がガラクタと見なす物を得るために、アフリカ人がすすんで金を手放すのを見て、驚きあきれて、それをフェティッシュと呼んだのである。以来、一六世紀から一七世紀に、スペイン人、オランダ人が西アフリカに交易のために到来したが、その間にこの言葉が定着した。さらに、ド・ブロスがそれを一般理論化し、キリスト教でいう偶像崇拝と区別して、フェティシズムと呼んだ。
 本書が示すのは、フェティシズムが、アフリカあるいは未開社会にあったものではなく、それが西洋の商人資本主義と遭遇したときに見出されたということである。

300:吾輩は名無しである
22/10/27 22:39:25.28 d0Y4LUVl.net
なお、豊田由貴夫氏の専門は、
文化人類学・民俗学である。

301:吾輩は名無しである
22/10/27 23:43:03.11 pLCOCd1B.net
>>294
語源説のひとつに過ぎないということはないの?

302:吾輩は名無しである
22/10/28 00:42:08.97 IyvrBamW.net
それはありうるでしょうね。

303:吾輩は名無しである
22/10/28 00:58:16.89 IyvrBamW.net
[ポルトガルの商人がアフリカ人と交易したことから生じた。彼らは、西洋人がガラクタと見なす物を得るために、アフリカ人がすすんで金を手放すのを見て、驚きあきれて、それをフェティッシュと呼んだのである。]
(柄谷)
柄谷行人は、ガラクタと金(ゴールド)との交換からその言葉がうまれた、ということを言いたいわけでしょう。
しかし、通説は、戦国時代の日本の商人が、南蛮人の身に着けていた「フェイティソ」を
護符といったのと似たようなことだ、ということではないでしょうか。
それにしても、柄谷は、ガラクタと金の交換を、詐欺だとは思わないだろうか。
わたしは、新大陸に入植したヨーロッパ人が、インディアンから二束三文で土地を巻き上げたようなこととおなじく、
原始的(本源的)蓄積の詐欺だと思うのだけれど、
先生的には、きっと等価交換なんでしょうね。

304:吾輩は名無しである
22/10/28 01:02:48.21 IyvrBamW.net
×二束三文で
〇酒一瓶や日用品などと引き換えに

305:吾輩は名無しである
22/10/28 02:26:59.84 IyvrBamW.net
「資本論」
「アメリカにおける金銀産地の発見,原住民の絶滅と奴隷化と鉱山への埋没,東インドの征服と略奪の開始,
アフリカの商業的黒人狩猟場への転化,これらが資本制的生産時代の曙光を特徴づけている.
これらの牧歌的過程は本源的蓄積の主要な契機である.その後に続くのが,地球を舞台とするヨーロッパ諸国民の商業戦争である」

306:吾輩は名無しである
22/10/28 02:30:19.27 IyvrBamW.net
>>235
なにしろ、子分の大澤真幸がこうだから。

307:吾輩は名無しである
22/10/28 02:40:19.99 IyvrBamW.net
『世界史の構造』への軌跡、そして「日本論」へ―柄谷行人×大澤真幸

308:吾輩は名無しである
22/10/28 07:32:41.14 64zlZde3.net
柄谷ハローワークのお陰で柄谷の子分になったライターは多いだろ。
津原泰水には仕事を斡旋してくれる人も金を貸してくれる人もいなかった。
埴谷豊が花田清輝に向かって、「君には金を貸してくれる人がいないだろう」と、花田を憐れみながらも、
ややからかい気味に自慢したことがあったが、埴谷に金を貸してたのは武田泰淳だった。
津原への悪口ばかりの追悼文を書いた小谷野にも金はないww
誰かが小谷野に金を貸してやらないと、また死人が出るかも。

309:吾輩は名無しである
22/10/28 09:20:58.64 kCQlOl60.net
>>299
金というものは、それ自体では他の金属類に比べて大きな使用価値を持っているわけではない。
ガラクタに見えるものであっても、それなりの使用価値があれば、金と交換されるとしても等価(互いに相手のものの方に大きな価値を見出す)であると考えていい、という相対的な思考が必要なのでは?

310:吾輩は名無しである
22/10/28 13:22:24.82 64zlZde3.net
柄谷や東浩紀は 講演会で受け取るギャラのお返しに、入場者たちが持ち寄った柄谷or東本にサインしてるね。

311:吾輩は名無しである
22/10/28 13:23:59.96 64zlZde3.net
柄谷が偶像崇拝を語るなら、偶像としての自分の例から語るべきだろ。

312:吾輩は名無しである
22/10/28 16:06:26.27 IyvrBamW.net
柄谷フェティシズム論は、
超高額壷商法などしていたような教団にとっては、
けっこうなものかもしれない。

313:吾輩は名無しである
22/10/28 16:47:09.41 IyvrBamW.net
ところで、柄谷行人は、「帝国の構造」で、
ウィットフォーゲルの「水力社会論」の理論的枠組みを実質的には壊してしまったわけだが、
たぶんそれには、ウィットフォーゲルの中華人民共和国についての評である
(マルクスのアジア的生産様式論における停滞論に由来する)
オリエンタル・デスポティズム(東洋的専制主義)、こういう批判をどうにかして
覆したしたいという動機があったのだろう。
ちなみに、マルクスのアジア的生産様式にあたるものについて、
ヘーゲルは、政治的奴隷制といっていた。

314:吾輩は名無しである
22/10/28 16:52:06.26 IyvrBamW.net
>>55
>>56

315:吾輩は名無しである
22/10/28 16:58:40.44 IyvrBamW.net
「柄谷行人『帝国』論の隘路ーウィットフォーゲルとマルクスの間で」
石井知章 ちきゅう座
【さらに『帝国の構造』(青土社、2014年)では、前著『世界史の構造』では十分扱えなかったというヘーゲル「批判」をさらに徹底しておこない、<資本=ネーション=国家>という三位一体的構造を越えることが「帝国」概念の再評価として可能になるのだとしている2。だが、筆者の見るところ、それは「前近代的」帝国の概念を乗り越えるどころか、まったく逆に、ただたんにこの帝国のもつ「前近代的」性質を全面的に復活させる結果をもたらすだけのものである。それはいわば、ウィットフォーゲルのいう「アジア的復古」の正当化論そのものである。それ以上に、その「ヘーゲル批判」なるものも、筆者には、カントとマルクスという二人の言説の中間領域において、もっとも保守的(あるいは反動的)ヘーゲルを復活することに終始しているとしか思えない。そのことは、柄谷の「帝国」論をウィットフォーゲルとマルクスの間に位置づけることによって、より具体的に浮かび上がってくる。したがって、ここでは主に『帝国の構造』における柄谷の言説に内在しつつ、柄谷の「帝国」論をめぐる問題性を検討してみたい。】

316:吾輩は名無しである
22/10/28 22:55:15.92 kCQlOl60.net
>>308
資本主義の本質だよ。
妄想で需要を喚起していかないと、倒れてしまう。
資本の利益のみを追求する一輪車だからね。

317:吾輩は名無しである
22/10/29 08:05:58.48 yF0STuIT.net
insight and blindness。柄谷氏はたんに凡庸な左翼的言辞を
弄するだけでは埒はあかないと考えて「霊」といった言葉を
導入なさったのでしょうが、そんなことをして誰が喜ぶが、
氏は考えるべきでした。
霊はGeistである? ヘーゲルは『霊の現象学』を書いたわけでは
なかったでしょう。語の多義性というものをお考えください。

318:吾輩は名無しである
22/10/29 09:22:51.78 h4ZiyIQX.net
>>313
精神、魂、幻想、錯覚、他にもあるだろうが、どれもしっくりこなかったということだろう。
吉本隆明が上部構造とか精神という言葉には「手あか」がついているから使いたくない、と言ったのと同じ感覚だろう。
もっとも吉本の「幻想」はドイツ・イデオロギーからの採用だし、柄谷の「霊」はもっと手あかに塗れているということはある。
柄谷は、原始的心性の未知への恐怖と崇拝まで含めた、集合的な心的な状態を指す言葉を見つけられなかったんじゃないかと思う。

319:吾輩は名無しである
22/10/29 11:56:20.47 OpmM0erK.net
柄谷の最初期は漱石論に始まるが、漱石の夢十夜でも霊が登場する。埴谷豊の死霊も霊だが、
日本文学の伝統に沿っただけでは?日本霊異記にも多数登場する。雨月物語の菊花の契りでも死霊が出て
義兄弟と会話をする。西鶴諸国話の紫女の霊は色っぽい。
おぼろげながら、一応形のあるのが霊だろう。

320:吾輩は名無しである
22/10/29 12:46:46.14 h4ZiyIQX.net
>>315
柄谷の霊にも形がある?

321:吾輩は名無しである
22/10/29 13:13:21.37 OpmM0erK.net
>>316
18世紀末期から19世紀の初期にかけて、フェティッシュな絵画で有名だったヘンリー・フューゼリなどもよく幽霊の絵を描いてたようだが、デリダに「マルクスの亡霊」という皮肉な題名の著書もあるが、マルクスの場合はどうか知らないが、柄谷の霊には形があると思う。浅田彰が、幽霊のようなドゥルーズとデリダの会話を漫才の台本風に拵えてたが、柄谷にも浅田みたいな二次創作的感性があるのではないか?
柄谷は柳田は何々で、折口は何々だとかで、西洋の哲学者に例えていたw

322:吾輩は名無しである
22/10/29 14:42:29.66 OJ25Xv8B.net
「精霊」ということばであらわされるようなことは、
未開人のアニミズム的思考にもあるし、
キリスト教にもある。また、プラトン、アリストテレス以来、哲学でも重要な問題であった。
柄谷行人が「霊」「霊的な力」といったのは、
そのような哲学的伝統に則ったことによるのかもしれない。
ただ、たしかに、柄谷行人のいう「霊」「霊的な力」というものに、
「超感性界」「超感性界の作用」という観念論哲学的な含みがたいしてあるようなかんじはしない。
すると、大方の受ける印象はやはり、霊感商法のセールストークみたい、ということになるでしょうか。

323:吾輩は名無しである
22/10/29 15:05:56.23 OJ25Xv8B.net
Uの否定が、A、B、C、
その否定、すなわち否定の否定がD、
こう理解すれば、いちおう弁証法的だ。
そして、人間はある種の壷を霊的な力に促されて多額の金銭と交換する、
といえば変な宗教みたいである。

324:吾輩は名無しである
22/10/29 15:17:34.43 OJ25Xv8B.net
柄谷行人は、人に交換を強いる「霊的な力」は、
反復強迫やフェティシズムのかたちをとって現れるという。
フロイト的には、反復強迫もフェティシズムも、神経症の症状だ。
やはり神経症を患っている相手と売買取引のような「交換」をするときには、
とにかく気をつかわなければいけませんよ。

325:吾輩は名無しである
22/10/29 15:57:55.64 h4ZiyIQX.net
>>317
柄谷の霊にある形とはなに?

326:吾輩は名無しである
22/10/29 15:59:30.44 OJ25Xv8B.net
wiki
「十分の一税(じゅうぶんのいちぜい、英: tithe)とは、ユダヤ人やキリスト教徒等が宗教組織を支援するため支払う、ある物の十分の一の部分のこと。(一般に)自発的な寄付・租税・徴税として支払われる。什一税(じゅういちぜい)とも。
なお、アリストテレス名義の『経済学』第2巻や、『孟子』などにも見られるように、収入の十分の一を税として国家・共同体に納めるという仕組み自体は、イスラエル地域・ユダヤ人独特のものではなく、古代の地中海地域全般や、古代中国などでも広く行われていたものである。」
この十分の一税も、人々は霊的な力に促されて納めていたわけだ。
神殿や教会に納めるのだから。

327:吾輩は名無しである
22/10/29 16:00:08.93 h4ZiyIQX.net
>>320
柄谷は、北杜夫の株式売買の反復強迫も「霊的な力」と見てるの?

328:吾輩は名無しである
22/10/29 16:59:07.58 OJ25Xv8B.net
6 考える名無しさん sage 2022/10/26(水) 02:55:03.22 0
「力と交換様式」 序論 29ページ

フェティシズムは、時が経てば経つほど、
むしろ滑稽な倒錯性を示す比喩として受け取られるようになった。
『資本論』でマルクスが述べたことが単に揶揄的な比喩としてしか
受け取られなくなったのは、一つにはそのためである。
しかし、後述するように、『資本論』以後のマルクスは、
フェティシズムに関して肯定的となった。それは、
アフリカ人のフェティシズムと、近代西洋人すなわち
資本主義のフェティシズムを区別するようになったからだ。
それを示すのは、彼が最晩年に、
ジョン・ラボックの『文明の起源と人類の起源』について書いた摘要である。
その中で、重要なのはフェティシズムと偶像崇拝の区別である。
通常、それらは同一視されている。
しかし、偶像崇拝が神への屈服であるのに対して、
フェティシズムは神への攻撃である、とマルクスはいうのだ。
私の考えでは、それは次のようなことを意味する。
アフリカ人のフェティシズムが氏族社会を形成する交換様式Aに
もとづくのに対して、
偶像崇拝は国家や資本を形成する交換様式BやCにもとづく。
『資本論』でマルクスがいうフェティシズムは、
後者のような偶像崇拝である。

329:吾輩は名無しである
22/10/29 17:05:27.94 OJ25Xv8B.net
[『資本論』以後のマルクスは、
フェティシズムに関して肯定的となった。]
[『『資本論』でマルクスがいうフェティシズムは、…偶像崇拝である]
けっきょく、マルクスは、フェティシズム=偶像崇拝としたうえで、それに対し肯定的になった、
ということになる。
柄谷節というのは、まさしく文意の整合性を超越した域にあるものだ。

330:吾輩は名無しである
22/10/29 17:08:12.65 OJ25Xv8B.net
石塚正英著「マルクスの『フェティシズム・ノート』を読む」(�


331:ミ会評論社) 石塚は、「マルクスの原始フェティシズム理解―ド=ブ ロス著『フェティシュ諸神の崇拝』(1760)摘要〈1842 春〉の解明」(1988)で、マルクスにしても、ド・ブロスとおなじく、フェティシズムを宗教とみなしていなかった、という。そして、神にあたるものを、人間が作り、それを拝み、おしまいに壊す、というのがフェティシズムであって、その人工物を対象とする思考は、むしろ唯物論的である、という。それゆえ、原始社会の経済についてフェティシズムの概念を用いて説明することは、唯物史観に合致している、というのである。



332:吾輩は名無しである
22/10/29 17:15:06.53 OJ25Xv8B.net
フェティシュを思いちがいしてはならない。フェティシズムは神への攻撃である。(マルクス)
>>326

333:吾輩は名無しである
22/10/29 17:34:39.18 OJ25Xv8B.net
>>322
十分の一税の制度は、新バビロニアにすでにあったらしい。
wikiバビロニア
(新バビロニア時代)神殿には現代の学者によって「十分の一税」と呼ばれる税収があった

334:吾輩は名無しである
22/10/30 08:06:43.79 9omBb06k.net
「『資本論』は、したがって、物神が自己実現するにいたる全過程を、
ヘーゲル的論理に沿って書いたものだといってよい」(チカコp.15)。
でもさ、「物神」って「呪物」でしょ? しょせんは物体でしょ?
人間がそれをたんなる物体以上のものと思いなすんでしょ?

335:吾輩は名無しである
22/10/30 13:22:34.97 RDfkbA+v.net
>>321
柄谷のNAMを例に取ると、これは彫刻で言えば、modellingモデリングのようなものだと思う。
粘土を曲げたり、伸ばしたりで、マンネリズムの人体の彫刻の場合は、彫刻の本質が人体への
強制であり、実験の場であることが分かる。その例がGiambologna。
NAMの場合で言えば、人間を使った実験は、人体実験に限らず、必ず強制の要素があるという
ことだと思う。彫刻の場合で言えば、ポーズを強制された虐げられた人物像にはスピリットは
無い。その代わりに生気の無い霊があるということではないか?

336:吾輩は名無しである
22/10/30 16:07:22.18 NcPrSYnV.net
ヘーゲル哲学では、意識( Bewußtsein )が成長する段階では、
意識は自己の疎外( Entfremdung )と自己の形成( Bildung )を弁証法的運動の中に展開する
ということであった。この考え方は一貫していた。
しかし、柄谷行人は、マルクスが後期のヘーゲルから引き継いでいる人間存在の本質であるところの労働、
その「疎外」という考え方を全否定してしまっているわけで、
それでは弁証法的には、実はなりようがないのではないか。

337:吾輩は名無しである
22/10/30 16:24:23.36 NcPrSYnV.net
即自的(an sich)、対自的(für sich)、即自かつ対自的(an und
für sich)。
1即自的は、対立の未分化状態、2対自的は、対立した段階で、疎外というのはこの段階にある、
3即自かつ対自的は、対立が止揚(揚棄)された状態、
柄谷説的には、1が原遊動性Uで、2がABCで、3がDということになるだろう。
しかし柄谷説では、2のABC段階に、人間労働の疎外はないのだから、
3のD段階では一体何の対立が揚棄されることになっているのか。

338:吾輩は名無しである
22/10/30 17:16:50.41 NcPrSYnV.net
[フロイト・ラカンによる「社会的生産様式」を支えるメカニズムへの固有の洞察。決して誇張ではない、次のように主張することは。すなわち、「資本主義のなかの居心地の悪さ Das


339: Unbehagen im Kapitalismus」のほうが「文化の中の居心地の悪さ Das Unbehagen in der Kultur」より適切だと。というのは、フロイトは抽象的な文化を語ったのでは決してなく、まさに産業社会の文化を語ったのだから。強欲な消費主義、増大する搾取、繰り返される行き詰まり、経済的不況と戦争によって徴づけられる産業社会の文化を。] (サモ・トムシックSamo Tomšič: Laughter and Capitalism, 2016, pdf  蚊居肢訳) この種の論説もありなのかもしれないが、 しかし、柄谷行人の説は、トモシックとは違って、 「生産様式論」ではなく「交換様式論」であるし、 また、「増大する搾取」、この問題意識がない。 あるいは、問題意識がない、というよりも、「搾取」ついて考えることを柄谷は避けている。



340:吾輩は名無しである
22/10/30 17:58:28.36 9omBb06k.net
「高次の回復」という時の「高次の」ってところが
アウフヘーベンて奴なんじゃないの? すると確かに
ディアレクティックになっている…

341:吾輩は名無しである
22/10/30 18:32:27.56 NcPrSYnV.net
もともとマルクス・エンゲルスの史的唯物論では、
共産主義社会は、原始共産制の「高次の回復」だ。

342:吾輩は名無しである
22/10/30 18:37:30.23 NcPrSYnV.net
柄谷行人の言う国家・資本・ネーションの三位一体の段階に、
人間存在の本質の疎外がないのだとしたら、
揚棄されるべき対立それ自体がないことになるのではないだろうか。

343:吾輩は名無しである
22/10/30 18:43:09.57 NcPrSYnV.net
柄谷行人さんインタビュー『力と交換様式』絶望の先にある希望
人文堂
「マルクスの死後、交換様式Aから生じる観念的な力に注目した人物がいます。人類学者マルセル・モースです。
彼が未開社会に見いだしたのは、Aがもたらす〈霊的な力〉です。例えば、贈与された者は返礼しなくてはならない。
贈与と返礼を強いているのは、物に付着した霊的な力だとモースは言う」

344:吾輩は名無しである
22/10/30 18:49:24.17 NcPrSYnV.net
ドゥルーズ=ガタリ「アンチ・オイディプス」
≪現代人類学の偉大なる著書は、モースの『贈与論』であるよりは、むしろニーチェの『道徳の系譜』である。少なくとも、そうでなくてはならないだろう。
というのも『道徳の系譜』の第二論文は、「英国式の」交換や利益の考察をすべて消し去って、原始経済を〈債権者-債務者〉の関係における負債の用語で解釈しようとする試みの成功として、
他にないものであるからだ。交換や利益を心理学から消し去るのは、それらを構造の中に位置づけるためではない。ニーチェは、古代ゲルマン人の法や僅かなヒンドゥの法といった乏しい材料しかもっていない。
しかし彼は、モースのように、交換と負債との間で迷いはしない
(バタイユもまた、彼を導くニーチェの刺戟によって、迷いはしないであろう)。
登記、コード、刻印といった原始社会体の基本的問題を、これほど鋭い仕方で提起したひとは、これまでに存在しない。
人間は、強度的な胚種的流体を、つまり生物的-宇宙的な大いなる記憶を抑圧することによって、自分を人間として形成しなければならない。≫
≪この問いに対する答えは簡単である。それは負債によってである。≫
≪法の馬鹿らしさと恣意性、通過儀礼の苦痛のすべて、抑圧や教育のまったく倒錯的な装置、赤熱の烙印、残虐な仕打ち、
こうしたものは、人間を調教し、生身の肉の中に刻印し、人間に縁組を可能ならしめ、債権者-債務者の関係の中で人間を形成するという意味しかもってはいない。
債権者-債務者の関係は、債権債務のいずれの側においても、記憶に属する事柄である(未来にまで引きのばされる記憶である)。
負債は、交換が装う見かけであるどころではなく、大地的そして身体的登記からじ


345:かに生ずる効果であり、 この登記が用いる直接の手段である。負債は、まったく直接的に登記から生ずるのである。》



346:吾輩は名無しである
22/10/30 18:56:44.55 NcPrSYnV.net
ジル・ドゥルーズ「思い出すこと」
(聞き手:ディディエ・エリボン、鈴木秀亘訳、『批評空間』誌第II期第9号、太田出版)、p.11-12
[『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』はマルクスに、マルクス主義に 完全に貫かれた作品です。現在私は、自分を完全にマルクス主義者だと考えています。]

347:吾輩は名無しである
22/10/30 19:07:18.41 xdZschNa.net
>>339
そのころのドゥルーズって、これからマルクスを読むとか言ってなかったっけ?

348:吾輩は名無しである
22/10/30 19:27:32.47 NcPrSYnV.net
ドゥルーズは、これからマルクス論を書くと言っていた。
マルクスは、学生時代から読んでいたわけですよ。
そういえばむかし、ドゥルーズのマルクス論の遺稿があるとかいわれていたが、
どうなったのでしょう。

349:吾輩は名無しである
22/10/30 20:09:30.75 NcPrSYnV.net
>>333
柄谷行人「交換様式論入門」
「互酬交換の起源を説明できると思います。それは「死の欲動」を導入した後期フロイトの理論です。死の欲動とは、有機体(生命)が無機質に戻ろうとする欲動です。《生命実体を保存しこれを次第に大きな単位へ統合しようとする欲動のほかに、それと対立して、これらの単位を溶解させ、原初の無機的状態に連れ戻そうと努めるもう一つの別の欲動が存在するにちがいない》(『文化の中の居心地悪さ』、フロイト全集 20、岩波書店、p30)。私は、これは個人よりもむしろ社会構成体に関してあてはまることだと思います。人類は遊動的であったとき、「無機的状態」にあった。定住後に生じたのが、「有機的状態」です。そこに、不平等や葛藤が発生する。そのとき、「無機的状態」を取り戻そうとするのが死の欲動であり、それは先ず攻撃性として外に向けられる。」

350:吾輩は名無しである
22/10/30 20:31:06.13 xdZschNa.net
>>330
意味不明なんだけど?

351:吾輩は名無しである
22/10/30 20:32:24.20 xdZschNa.net
>>341
読んでいたのに、あのマルクス理解?

352:吾輩は名無しである
22/10/30 20:40:02.65 NcPrSYnV.net
≫あのマルクス理解?
それは、ドゥルーズが書いたもののうち、
どういうものを指しているの。

353:吾輩は名無しである
22/10/30 20:52:12.68 xdZschNa.net
>>345
主著を読んだ限りではマルクスの資本論についての言及がない。
マルクス主義については、いかにも解説本をうのみにしたような記述ばかり。

354:吾輩は名無しである
22/10/30 20:53:14.09 NcPrSYnV.net
ドゥルーズ=ガタリ資本主義論に関する覚書
―先行研究整理と課題抽出
原 一樹
短くまとめてあるから、荒らしにならないように、
書きこむ前に、こういうものに目を通したらよいのではないですか。
なお、「アンチ・オイディプス」は、バリバールのマルクス研究の影響がおおきいようだ。

355:吾輩は名無しである
22/10/30 20:56:02.98 NcPrSYnV.net
>>346
具体的に、ドゥルーズは~と書いているが、
マルクスは~だというのだから、わかっとらんとしか思えない、
というように言わなければ、なんのことやら、ということになります。

356:吾輩は名無しである
22/10/30 20:56:47.25 xdZschNa.net
読んだのは、差異と反復、意味の論理学、千のプラトー、アンチオイディプス、他少し。

357:吾輩は名無しである
22/10/30 20:58:56.46 xdZschNa.net
>>348
悪いが、いちいち引用するのはめんどくさい。
マルクスもドゥルーズも読んでいる人なら、例証しなくてもわかると思うんだが?

358:吾輩は名無しである
22/10/30 20:59:40.94 xdZschNa.net
>>347
なんで解説本を頼るの?

359:吾輩は名無しである
22/10/30 21:06:44.08 NcPrSYnV.net
>>351
いちいちばからしいので、これからは、レスしないでちょうだい。
「アンチ・オイディプス」
「極めて真実であるのは、本源的蓄積が資本主義の黎明期に一度生
じるのではなく、寧ろ永続し再生産されていることである。
資本主義は出自資本を広くもたらしていく。」
柄谷行人ー大澤真幸、などとは、ドゥルーズ=ガタリは真逆だ。

360:吾輩は名無しである
22/10/30 21:20:29.74 NcPrSYnV.net
「資本主義的生産過程は、それ自身の進行によって、労働力と労働諸条件との分離を再生産する。したがって、それは、労働者の搾取の諸条件を再生産し不朽のものとする。」
(「資本論」フランス語版)

361:吾輩は名無しである
22/10/30 21:21:20.38 xdZschNa.net
>>352
あまりバカのことを書かないように。
無知を晒してるだけだぞ?
その文章だと、「本源的蓄積」の意味をまったく理解してないし、資本主義経済での資本の蓄積は労働の搾取によるということも理解できていない。
資本論を読んでいないことがすぐにわかる。

362:吾輩は名無しである
22/10/30 21:22:15.71 NcPrSYnV.net
>>235

363:吾輩は名無しである
22/10/30 21:22:28.04 xdZschNa.net
>>353
引用していて、ドゥルーズとの矛盾にも気が付かないのかよw

364:吾輩は名無しである
22/10/30 21:24:01.09 xdZschNa.net
>>355
解説本を頼る癖が抜けないなw
その引用も、バカな内容だ。

365:吾輩は名無しである
22/10/30 21:25:22.89 NcPrSYnV.net
>>354
もうそういう5やんねる的な異常ないやがらせは
たいがいにしてもらいたいわけよ。

366:吾輩は名無しである
22/10/30 21:26:02.54 xdZschNa.net
>>358
どこがいやがらせ?
どんな被害妄想?
あたま大丈夫か?

367:吾輩は名無しである
22/10/30 21:28:19.35 xdZschNa.net
>>358
いやがらせだというなら、「本源的蓄積」を説明してごらん。
資本主義社会で資本がどうやって蓄積されていくのか説明してごらん。

368:吾輩は名無しである
22/10/30 21:36:04.63 NcPrSYnV.net
そもそも、ドゥルーズ=ガタリの「本源的蓄積」の理解は、
ローザ・ルクセンブルクなどのライン上のもので、
レーニン主義的なものではない。

369:吾輩は名無しである
22/10/30 21:41:06.50 NcPrSYnV.net
40年前の民青の読書会のメンバーとでもやりとりしてちょうだいな。
わたしには、今後レスしないで。

370:吾輩は名無しである
22/10/30 21:42:08.35 xdZschNa.net
>>361
マルクスでもないよw
ドゥルーズのマルクス理解は解説本によってる。
あなたと同じかな?

371:吾輩は名無しである
22/10/30 21:42:45.32 xdZschNa.net
>>362
あなたが僕にレスしなければすむこと。
僕のせいにするなよw

372:吾輩は名無しである
22/10/30 23:16:04.67 NcPrSYnV.net
フランス語版『資本論』をめぐる若干の話題について
桜井毅

373:吾輩は名無しである
22/10/30 23:27:54.77 NcPrSYnV.net
「原始的蓄積」論の諸類型 菊池壮蔵

374:吾輩は名無しである
22/10/30 23:37:55.27 xdZschNa.net
相も変わらず解説本頼みw
少しは自分のあたまで考えろよ。

375:吾輩は名無しである
22/10/30 23:38:46.15 xdZschNa.net
自分のあたまで考えるためには、まず資本論をきちんと読んでおけ。

376:吾輩は名無しである
22/10/31 02:05:16.06 HiAxbea+.net
柄谷「デリダもドゥルーズもサルトルに憧れていた」

377:吾輩は名無しである
22/10/31 02:17:13.02 6T8M7MwD.net
ドゥルーズ=ガタリ資本主義論に関する覚書
―先行研究整理と課題抽出
原 一樹
Choat 及び Goodchild の上記の認識は必要で適切なものであろうが、更に先に進まねばならない
だろう。まず文献学的研究としては、DG が参照する従属理論の代表者アミンの著作と DG 自身の
言説との共通性や相違点を再検討する必要がある。加えて事柄そのものとしては「本源的蓄積が絶え
ず再生産されている」という認識自体の妥当性と批判的意味を再考する必要があるだろう。ハーヴ
ェイは本源的蓄積過程について、以下のように言う。「<略奪による蓄積>という言葉で私が意味し
ているのは、マルクスが本源的蓄積として扱った蓄積過程の継続と拡充である。これには土地の商
品化や私有化、貧農人口の強制的追放、諸形態の所有権(共有、集団領有、国有等)の排他的な私
的財産権への転換、共有地への権利削減、労働力商品化とオルタナティブな土着の生産消費形態
の抑圧、(自然資源を含む)資産の植民地主義的・新植民地主義的・帝国主義的領有のプロセス・・・
が含まれる。こうしたプロセスを支援し促進するのに決定的役割を果たしているのが、暴力手段と
法的正当性を独占している国家である。現在も続くとされる本源的蓄積における国家の役割とは
何か、この点も探究する必要がある。

378:吾輩は名無しである
22/10/31 02:21:39.42 6T8M7MwD.net
ところが、柄谷行人の「子分」とみなす人が多いであろう大澤真幸は、
次のように、「本源的蓄積」それ自体を「幻想」だというわけだ。
大澤真幸「資本主義のその〈先〉に」第12回資本主義的主体
「しかし、資本主義が成立する直前に、あるいはその初期に、本源的蓄積のようなことが起きていたとしても、資本主義が展開しているときに常にすでに、それが効果を及ぼしていると解釈するならば、本源的蓄積は、「資本主義」という現象についての説明に一貫性を与えるための、神話的な追補のようなものだと見なさざるをえない。つまり、本源的蓄積は、経験的・歴史的事実というより、説明の空白部分を埋めるための幻想のようなものではないか、との疑いがかかるのだ」

379:吾輩は名無しである
22/10/31 02:36:33.01 6T8M7MwD.net
Bushman's Secret - The Khoisan and the Secret of Hoodia
このドキュメンタリー映画で、サン人(ブッシュマン)にたいして、
ハーヴェイのいう「略奪による蓄積」そのものことをやった会社の一つは、
コロナワクチン開発一番乗りの製薬会社である。

380:吾輩は名無しである
22/10/31 02:38:08.13 6T8M7MwD.net
×このドキュメンタリー映画で
〇このドキュメンタリー映画に描かれていることだが、

381:吾輩は名無しである
22/10/31 05:05:19.08 6T8M7MwD.net
塩沢君男は、サミール・アミンよりもずっと前から
アジア的生産様式は貢納制生産様式というべきだとしていたようだ。

382:吾輩は名無しである
22/10/31 08:39:49.49 dQGd3lif.net
マルクスや柄谷は仲買人やブローカーの存在なしに本源的蓄積や交換が成立すると思ってるのかな。

383:吾輩は名無しである
22/10/31 16:58:17.25 6T8M7MwD.net
>>375
趣旨がわからない。説明してください。

384:吾輩は名無しである
22/10/31 17:01:20.67 LcMqbmv2.net
そもそも資本主義っていうものはとんでもなくヤバイものであり
揚棄すべきだというところからチカコーに至る一連の著作が
発想されているわけでしょ? 

385:吾輩は名無しである
22/10/31 17:27:05.38 6T8M7MwD.net
柄谷行人は、揚棄という言葉を
弁証法に於けるような意味で用いている。
弁証法的には、揚棄されるのは、対立、もっと正確にいえば、
対立による矛盾だが、柄谷交換様式論では、何の対立があるのか、
よくわからないのですよ。
あるいは、「力と効果尿式」に、
「対立」「矛盾」にかかわる記述があるならば、その部分を引用してくれるとありがたい。

386:吾輩は名無しである
22/10/31 17:52:58.80 6T8M7MwD.net
生産様式論的「経済決定論」(重層的決定なども含む)ならば、生産力と生産関係の矛盾とその揚棄
その土台(下部構造)の発展によって上部構造も変わる、
という理屈だが、柄谷交換様式論だとそれがどうなるのか。
交換力と交換関係の矛盾なんでしょうか。しかし、交換力というのは、一体何のことだろうか。

387:吾輩は名無しである
22/10/31 18:03:39.78 6T8M7MwD.net
あるいは、「文化における居心地の悪さ」(フロイト)をどうにかしようとして、
代替的なもの(たとえば「物神」)を欲動の対象にし満足を得ようとするが、
それにもけっきょくは失敗し、そのあげく、
反復強迫症的な症状にみまわれる、
これが柄谷のいう「(反復強迫的に)むこうから来る」ものとしての揚棄
ということならば、その「居心地の悪さ」とは、いったい何のことを言うのか。

388:吾輩は名無しである
22/10/31 18:15:07.73 6T8M7MwD.net
>>379
講演 柄谷行人「交換様式と『マルクスその可能性の中心」
2019 文学界12月号
「具体的にいうと、下部構造とは「生産力と生産関係」です。生産力は人間と自然の関係からくるものであり、生産関係とは生産力に対応して生じる人間と人間の関係である。そして、生産力が増大すると、旧来の生産関係との間に矛盾が生じ、その衝突、すなわち、階級闘争を通して新たな生産関係が作り出される。こうして、経済的な土台の在りようが、観念的・政治的な上部構造の在りようを決定する、というわけです」

389:吾輩は名無しである
22/10/31 19:19:11.77 dQGd3lif.net
>>376
近年は竹中や電通で有名になった「中抜き」が問題とされてるが、これこそは仲買やブローカーの悪い面だと思うが。しかも中抜きが取引額の大部分を占めている。
欧州の東インド会社なども電通と似たような性格を持ってたと思うが、昔の中抜きの構造は中々、分ってないのではないか?
の巨大な蓄積が本源的蓄積を上回ってたかもw

390:吾輩は名無しである
22/10/31 19:23:58.33 dQGd3lif.net
>>382
>>の巨大な蓄積が本源的蓄積を上回ってたかもw
訂正→中抜きの巨大な蓄積が本源的蓄積を上回ってたかもw

391:吾輩は名無しである
22/10/31 19:29:37.69 6T8M7MwD.net
380訂正
×「文化における居心地の悪さ」
〇「文化の中の居心地の悪さ」
×を欲動の対象にし
〇に対象欲動をむけて

392:吾輩は名無しである
22/10/31 19:37:28.74 6T8M7MwD.net
巨額の「中抜き」には、たいがいドロドロとした裏があるだろう。
そういうのは、今現在も継続している、略奪や詐欺による原始的(本源的)蓄積に近いものだとか考えていいのではないか。

393:吾輩は名無しである
22/10/31 20:29:55.86 6T8M7MwD.net
ところで、エコ・マルクス主義というのは、
ようするに、緑の党の思想でしょう。

394:吾輩は名無しである
22/10/31 20:51:17.82 6T8M7MwD.net
The Baader Meinhof Complex (Der Baader Meinhof Komplex)
柄谷行人はむかし、
過激派だったようなのが、いまはエコロジー運動をやっている(笑)、
とかいって(記憶を頼りに書いたので微妙に違うかもしれない)バカにしていたのだが、
きっといまは宗旨替えしたんでしょうね。

395:吾輩は名無しである
22/10/31 23:07:48.79 LcMqbmv2.net
彼はまた「エコロジストは、正しいところが困る」
といった意味のことを言ってましたよ。これは記憶で
言っているんですが、彼はまた、これは今書き写すと、
「キリスト教にせよ、仏教にせよ、世界宗教というのは、
本当は怨恨から来たものではなくて、逆に、それを
否定するかたちで、つまり弱者の怨恨が生み出した権力と
しての『彼岸』とか『あの世』を、否定するものとして
出てきたと思うのです。あの世があるかどうかさえどうでも
よい。肝心なのは、他者に対する倫理性だということです」
と言っている(ダイアローグV。「マルクス」への転向)。
チカコーは理論的に後退している。もとい、破産した。

396:吾輩は名無しである
22/10/31 23:36:49.93 6T8M7MwD.net
その世界宗教について柄谷が言ったことは、
おぼろげながら記憶にある。
生産様式論的にはおそらく、世界宗教は、アジア的+古典古代的+封建的であるところの
貢納制生産様式(塩沢・アミン)が発展にともなって
生じた上部構造である帝国化した専制国家のイデオロギーとして出てきた、
ということになるのでしょうね。
柄谷行人は、「世界史の構造」では、普遍宗教は、帝国の支配の確立によって交換様式Cが優勢になったことで
解体された交換様式Aを回復させるものとしての交換様式Bとして出てきた、といっていたのではないかな。

397:吾輩は名無しである
22/10/31 23:45:56.80 Td78fx1A.net
>>378
効果尿式wwwwwww

398:吾輩は名無しである
22/10/31 23:53:04.07 6T8M7MwD.net
そのタイプミス、自分でも、いえている、と思って、それで訂正しなかったんですよ。
これから、柄谷効果尿式ということにしませんか。

399:吾輩は名無しである
22/11/01 00:13:35.11 C38Anvul.net
柄谷行人が「普遍宗教」というものは、
じっさいは、貢税(労役を含む)の納付先の一本化による中央集権化、
どこでもたびたびあった神官層や代官層(総督など)の封建的世襲領主化にたいする揺り戻しの王権強化、
それで出てきたのでしょう。

400:吾輩は名無しである
22/11/01 00:31:15.16 C38Anvul.net
うっかりしていました、キリスト教徒仏教は、392でいった「普遍宗教」とは
たぶん成り立ちがちがいますね。

401:吾輩は名無しである
22/11/01 01:01:52.05 C38Anvul.net
世界宗教は、
≫『彼岸』とか『あの世』を、否定するものとして出てきた
たしかに、霊や霊的な力、というのは、「彼岸」「あの世」のものというかんじですね。
≫後退している、もとい、破産した
というのは、そのとおりだな。

402:吾輩は名無しである
22/11/01 02:13:07.02 C38Anvul.net
柄谷行人「交換様式論入門」
「エンゲルスは一八四〇年代にイギリスにおける階級闘争
に注目し、そこから「史的唯物論」を着想したのですが、一八四八年ヨーロッ
パ中に革命運動がもりあがったとき、イギリスではいち早く階級闘争が終息し
てしまったのです。しかもそれは、チャーチスト運動が敗北したからではなく、
ある程度勝利したからです。その後、イギリスでは労働組合が合法化され、ま
もなく労働貴族と呼ばれるような人たちが出てきた。その後に出てきたのがフ
ェビアン社会主義(社会民主主義)です。つまり、イギリスにあった階級闘争
は、労働者階級の一定の勝利とともに消えてしまった。なぜでしょうか。
このとき階級闘争がなくなったのは、資本主義的生産関係が消えたからでは
ありません。闘争の結果、労働組合などによる賃金交渉が合法化された。交換
様式の観点からいえば、それまでの資本家と労働者の関係がBやAに類したも
のであったのに、それがC的になったのです。そこからふりかえると、チャー
チスト運動の激しい階級闘争は、「生産関係」や「生産力と生産関係の矛盾」か
らではなく、新たな交換様式がそれまで支配的であった交換様式にとってかわ
ろうとすることから生じたのだといえます。そして、そのことが実現されたあ
とは、労働運動は労働市場、すなわち、資本主義市場経済の一環となった。そ
れによって、一見して階級の闘争は続くにもかかわらず、「階級を揚棄する階級
意識」は消滅してしまう。」

403:吾輩は名無しである
22/11/01 02:24:15.69 C38Anvul.net
「このとき階級闘争がなくなったのは、資本主義的生産関係が消えたからでは
ありません。(中略)それまでの資本家と労働者の関係がBやAに類したも
のであったのに、それがC的になったのです。」
すると、チャーチスト運動が盛んな頃は、資本主義社会でありながら、
資本家と労働者の関係はB、A的だったということになるのか。
しかし、生産手段の所有者と労働者の関係が、B的ないしA的だったら、それは封建制の生産関係であって、
生産手段の所有者である資本家と労働者の関係がC的なのが、資本主義的生産関係なのではないのか。

404:吾輩は名無しである
22/11/01 02:34:38.53 C38Anvul.net
×それは封建制の生産関係であって
〇「経済学批判要綱」において封建制の生産関係とされたものであって(「資本論」では変更されている)

405:吾輩は名無しである
22/11/01 02:41:44.74 C38Anvul.net
×生産手段の所有者と労働者の関係
〇生産手段の所有者と農奴であるような労働者の関係

406:吾輩は名無しである
22/11/01 12:50:46.01 rLwO18Us.net
>>395
>>新たな交換様式がそれまで支配的であった交換様式にとってかわ
ろうとすることから生じたのだといえます。
形式や様式にこだわるあまりに、社会の流れを軽視し、自説の「交換様式」の一種に
主体性があるかのように書いてしまう、柄谷のカルトっぽさが出てる。
チャーチスト運動が消えたのは造船所の労働者達が海運ブローカーらに懐柔されたか
らだろう。それに伴って金属労働者達も多分日和った。
イギリスの資本主義の神髄は海運ブローカーを始めとするブローカーの存在だろう。
労働争議に介入するブローカーがいたに違いない。

407:吾輩は名無しである
22/11/01 14:49:44.91 C38Anvul.net
395は、ヴィクトリア朝時代のお話である。
イギリスの労働者階級は、いちおう「日の沈まぬ帝国」の宗主国臣民なのだから、
植民地から収奪したもののおこぼれにあずかれます。
原始的(本源的)蓄積の略奪・詐欺の分け前をもらって静まった、
わるくいえば、吠えていた犬が餌をもらって鳴きやんだ、
というのが、常識的な理解でしょう。

408:吾輩は名無しである
22/11/01 14:56:03.86 C38Anvul.net
「労働組合などによる賃金交渉が合法化された」(柄谷)
これがあってはじめて「資本家と労働者の関係」(同上)が、
「(交換様式)C的になった」(同上)というのだから、
それまでは資本主義社会ではなかったということですかね。

409:吾輩は名無しである
22/11/01 17:28:13.30 xV3LU5dK.net
>>401 少しばかりあげ足をとっているような…。
C「的」と言っているのだから。今でも社長と従業員が
主としてA的だったりB的だったりするところがあるじゃん。
そして主としてC的なところも。
交換様式の三分類という発想自体はいいと思う。

410:吾輩は名無しである
22/11/01 17:46:35.00 C38Anvul.net
「労働組合などによる賃金交渉が合法化された」(柄谷)
これがあってはじめて「資本家と労働者の関係」(同上)が、
「(交換様式)C的になった」(同上)
「労働運動は労働市場、すなわち、資本主義市場経済の一環となった。そ
れによって、(中略)「階級を揚棄する階級
意識」は消滅してしまう。」(同上)
労働運動は労働市場の一環となり、それによって交換様式がC的になった、
そして「『階級意識』は消滅」
というのだから、労働市場における交換様式Cの成立とともに、
つまりは、資本制生産様式の確立とともに、対立ないし矛盾は揚棄された、
ということになる。
だから、柄谷説では、もはや揚棄すべきものがないのですよ。

411:吾輩は名無しである
22/11/01 17:47:40.14 C38Anvul.net
>>331 
>>332

412:吾輩は名無しである
22/11/01 18:23:15.22 C38Anvul.net
柄谷説では、原遊動性Uにしても、みんなで和やかに争いも不平等もなく暮らしていた、
原父殺し(フロイト)のような恐ろしいこともなかった、
ということなので、考えてみると、反復強迫すべきものもないのです。
柄谷効果尿式論においては、揚棄、反復強迫、これらはいわば、
ちょいなちょいな、とか、よいとさよ、とか、はいーはいー、とかの、
意味のない掛け声みたいなものではないでしょうか。

413:吾輩は名無しである
22/11/02 00:41:17.39 gJLeODpW.net
「力と交換様式」で柄谷は、フェティィズムに内在しろ、
と主張しているのだ、と書きこんでいる方が哲学板柄谷スレッドにいる。
この「内在」について、超越すること、
「外部」に立った観点を持つのを断念すること、というふうに解するならば、
それなりに的を射た内容の書き込みだと思う。
資本主義社会におけるフェティシズムをイデオロギー体系だとして批判するというのは、
過去にマルクス主義者が、マルクス主義にしてもイデオロギーであるということを
棚上げしたあげく、ついには、マルクス主義だけは超越的な観点をもちうるのだと
錯覚したその過りを繰り返すことになるだけだ、ということではないか。
「フェティシズムに内在」することに賛同はしないが、
たしかに、そういう考え方もありうるとは思う。

414:吾輩は名無しである
22/11/02 00:48:02.12 gJLeODpW.net
×超越すること、「外部」に立った観点を持つのを断念すること
〇超越することの不可能をしること、「外部」に立つ観点を持つのを断念すること

415:吾輩は名無しである
22/11/02 01:07:41.93 gJLeODpW.net
404 訂正
×よいとさよ
〇よいとさ

416:吾輩は名無しである
22/11/02 07:16:16.19 AC/CUhit.net
>>406 おっしゃるところの「フェティシズムに内在せよ」とは
どういうことなのですか? それは「Aが高次元で回帰するだろう」と
という”予言”と平行するのですか? 

417:吾輩は名無しである
22/11/02 11:20:21.29 7VKFqd2T.net
フェティシズムに内在って結局現状肯定じゃねえの?
資本主義経済の支配者どもはそれやってんでしょ
末端のわれわれは条件的に不可能ってだけで


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