21/01/14 01:38:20.41 amNO+BNe.net
>>334
視点をどこに置くかで物事や事柄さえも変わりますね
あらゆる解釈の客体は主体に含まれている、と考えるのは正しいのかもしれない
認識論や独我論は人間存在について語ることが基本だけど、読書そのものの性質が主体にせざるを得ない気がする
書く人間の目的は読んでもらうことであるし、読まれる意図を持たないならば日記と変わらない
もうそこで作者も作品も誰かの客体を演じることを目的としているような気がする
だから主体は読者である、と言い切ってしまってもいいとさえも思います
> 「ある作品が「永遠」なのは、さまざまな人に唯一の意味を強いるからではなく、ひとりの人間にさまざまな意味を示すからである。」