【ばふり】蓮實重彦 X+4【P ◆.uKag/vUmY】at BOOK
【ばふり】蓮實重彦 X+4【P ◆.uKag/vUmY】 - 暇つぶし2ch2:吾輩は名無しである
20/06/30 18:00:47 t2+zjTw+.net
いちおつ

3:P ◆.uKag/vUmY
20/07/01 00:26:54 yuyxaw9d.net
>>1
クソスレ立てんなバカ!

4:吾輩は名無しである
20/12/05 09:11:45.22 tbgP946u.net
純文学5誌総合スレ嵐のP ◆.uKag/vUmY情報スレ2
スレリンク(book板)

5:吾輩は名無しである
21/03/25 08:25:27.31 wZMDPgy3.net
独居老人なのか?

6:吾輩は名無しである
21/03/25 23:23:09.27 qnLJJXmP.net
蓮實)これは当り前のことなんだけど、僕には、伝記的な事実に基づいた十九世紀のフランス文学史が書けますよ。資料を徹底的に調べたアメリカ映画史を書けますよ。しかし、それはあえて括弧に括って作品のレクチュールをやっているのは、何もテクスト論とやらを信仰しているからではなく、
映画史や文学史を書くという厄介を回避しているからでも、意味と出会うのを排しているからでもなく、そうしたいっさいをあえて括弧に括ることで始まる読みの方が絶対に困難かつ魅力的なものに思えるからです。
たとえば、四方田犬彦が、あるところで、『カサブランカ』という映画を、プロパガンダ映画だといっている。一見正しい見解に見えるけど、この種の言説が意味を持つのは、あれを本気で恋愛メロドラマだと思っている連中に対してだけであり、実は映画史的には嘘なんですよ。
あそこには、欧州の自由の戦士たちを救えといったメッセージがこめられてはいるけれど、それは当時のアメリカ政治の見解でも何でもない。むしろ、そうしたメッセージは、政府にとってみれば、出すぎた迷惑な話だったんです。
『カサブランカ』を製作したワーナー・ブラザースという会社は、亡命者と共産党員の巣であって、昔から政府に目をつけられていたわけで、欧州での大戦勃発直後にアメリカの参戦をうながすような映画を撮って、愛国者たちの反撥さえかっていたのです。
対独プロパガンダ映画といま思われている映画の半数は、実は、政府の参戦をうながすための映画人たちの意志表明にすぎなかった。『カサブランカ』も、そうした流れの中に位置している作品だから、政府の意向を反映したプロパガンダ映画ではない。
プロパガンダというなら、ハリウッドに隠れていた左翼系知識人による政府および国民へのプロパガンダがこめられているわけです。(……)
だから、『カサブランカ』は対独プロパガンダ映画というより、反米プロパガンダ映画なんです。そして、アメリカ映画史をちょっとでも本気で勉強していれば、四方田のような視点は出てこないんですよ。それでも、映画批評家になれるんです。
若手の批評家でも最初の部分に属する四方田犬彦でさえ、ハリウッド映画を基本的な知識を身につけていない。だから、括弧に括る部分が弱いんです。

7:吾輩は名無しである
21/03/26 01:05:56.88 H5nIUXYw.net
蓮實重彦って言えば映画批評家としてのほうが文学系統より有名なのに、何故か蓮實スレで映画の話する人少ないよね
映画はあまり見ないのかな?
自分は映画関係から蓮實を知ったんだけど

8:吾輩は名無しである
21/03/26 01:05:57.35 ykwx0URw.net
上は、おそらく「闘争のエチカ」からの引用だろう。

9:吾輩は名無しである
21/03/26 01:07:08.86 ykwx0URw.net
文学板ですから、文学関係の話をするのが当たり前ではないですか。

10:吾輩は名無しである
21/03/26 01:08:35.19 ykwx0URw.net
映画関係の板で蓮実重彦の話をしようにも、文学板でするほどには、
突っ込んだ話にはならないでしょう。

11:吾輩は名無しである
21/03/26 01:23:58.76 ykwx0URw.net
わたしは、この数年間、雑事に忙殺されていて、
文学・思想関係の本を読んでいなかったのですが、蓮実スレのおかげで、
忘れていた基本的なことを思い出して、たいへんよかったです。
とくに、ダンカンさんがドゥルーズの「シネマ」の「時間と運動」の話をしてくれたことで、
ネットで「シネマ」の関係論文を読み、フッサール、コーエン、田辺元、これらの「多様体の哲学」のことを、少々(もともと大して知らないので)
思い出しました。

12:吾輩は名無しである
21/03/26 03:03:04.87 ykwx0URw.net
×田辺元
〇田邊元+澤口昭聿

13:吾輩は名無しである
21/03/26 03:32:51.53 ykwx0URw.net
「実はドゥルーズ・ガタリの「多様体」の議論には「力」と呼べるようなものがないのである。」
(林晋)
目からうろことはこのことだ。林先生が言うのだから、ぜったい間違いない。
浅田彰やその他大勢のいいかげんな理解をうのみにして、
自分がドゥルーズの本を、いかにちゃんと読んでいいなかったか、
痛感しました。
といっても、ドゥルーズ的時間性=頽落的時間性という理解は変わらない。

14:吾輩は名無しである
21/03/26 12:17:35.10 5WBKTY0r.net
Koichiro Sukegawa
@Teika27
蓮實重彦先生の新刊『見るレッスン』を読む。いろいろと面白いが、『シンゴジラ』を「肝心のゴジラの存在感がない」とディスってるのは、蓮實先生の感性の限界を感じた。たぶん庵野は、完璧にワガママにあの映画を作ることを許されたなら、ゴジラを案山子かダミー人形で撮ったと思う。(つづく)
Koichiro Sukegawa
@Teika27
(承前)「在来線爆弾」とかをくり出し、「子どもののゴジラごっこ」を再現したのがあの映画。1stゴジラのごとき存在感のない「フェイク・ゴジラ」に、ある瞬間、崇高性が宿るのが魅力なのだ。『シンゴジラ』なんだから、ゴジラに存在感があるべきと考えるのは蓮實先生の誤解(この項、了)

15:吾輩は名無しである
21/03/26 15:53:51.36 BUa+d3JR.net
この役者では弱いとか、この人が主演なんておかしいとか
女性が映ったらやはり大写しで輝くように撮らなければならない(それだけのタマでなくても?)とか
蓮實は昔から古いと言えば古い。
しかし「存在感のないゴジラ」がそれはそれで作品に何かを与えていれば(耄碌しているとは言え)そこには気づく。
庵野にカカシをゴジラにしたい願望があるとは思えないが、昔の前衛やアングラ演劇みたいな「見立て」を映画に導入することが蓮實の古さより「新しい」とは思えない。

16:吾輩は名無しである
21/03/26 19:08:43.77 AEyL4x/U.net
>>14
どうやれば存在感でるのか。
そもそもどんな存在感なのか尋ねたら
ネチネチと長い無意味な文章を書いて逃げるんだろうな。

17:吾輩は名無しである
21/03/26 22:06:13.57 39YjCrBJ.net
蓮實も自作品にネットでフリーアクセスできるようにしろよ。
欧米のライターはそうしてる人が多いが、日本では殆どがやってない。
そしたら、俺が蓮實を思う存分批判してやるから。

18:吾輩は名無しである
21/03/27 00:02:21.05 HUHChB4j.net
>>17
ここのHPである程度本人が公開してるよ
URLリンク(mube2.jp)

19:吾輩は名無しである
21/03/27 09:47:08.41 VMG36v68.net
浅田彰
映画『シン・ゴジラ』で、小池百合子をモデルにしたと思しき女性の防衛大臣が極端なタカ派として描かれているのは、その点では先見の明があると言うべきかもしれません。
ただ、政治的アレゴリーを主軸とする映画にするなら、アーロン・ソーキンのレヴェルは無理としても、もう少しまともな脚本を用意し、一応それらしく演技のできる俳優を選ぶべきなので、防衛大臣役のみならず、
いずれは大統領を目指すというアメリカ人エリート女性を演ずる石原さとみなどはヤンキーが駅前留学でバイリンギャルになったつもりにしか見えない、これではまともな映画としては通用しません。
放射能怪獣ゴジラは、暴走した原子力発電所のアレゴリーであり、福島第一原子力発電所では注水による冷温停止に失敗して大事後を起こしたのに対し、映画では冷却剤注入によるゴジラの冷温停止に成功する。
ただ、動かなくなったゴジラは、東京駅の廃墟の傍らに立ち尽くしたままであり、日本はこの問題に直面し続けなければならない…。このストーリーは単純ながら効果的と言っていいでしょう。
ただ、左右の政治的対立による停滞を超えたプラグマティックなテクノクラート集団が、例外的事態に際して非常識とも思える大胆な決断を行い、事態の収拾に成功するという政治的ファンタジーこそは、
ファシズムなどを生み出した「維新」のイデオロギーであるということを、忘れるわけにはいきません。

20:吾輩は名無しである
21/03/27 12:24:54.40 3WgH1Ibh.net
>>19
論文をまったく書いてないくせに偉そうだな。
浅田の文章から映画愛を感じたことはない。
すべての言葉が過去に読んだことがあるからだ。

21:吾輩は名無しである
21/03/27 15:03:59.35 rps01wP+.net
「シン・コジラ」は見ていない。
原発反対もいいんだけれど、
太陽光発電問題のほうも、ちゃんと見てもらいたいです。
日本という国は、特別法はザル法化しやすいんだけれど(多くの場合は、裁判所が骨抜きにする)、
電気事業法なんてのも、かなりのザル法で、
再エネ特措法のほうは、もっとひどくて、ないも同然の条項が多いのです。
同法関係にことで、経済産業省の関係部局にちょっとした質問をしたら、
誰も答えられなくて、たらいまわしになって、大臣官房までいったことがありました。
また、そういう問題をさらにひどくしているのは、
中央官庁の役人が質問に答えないようになってしまったことです。
むかしは、ああだこうだと屁理屈こねても、いちおう答えなければならない、
という義務感だけはもっていたものですが、
いまは、答えに窮すると、キレてプツンと電話を切ってしまうような輩もいるような、
異常なことになってしまいました。

22:吾輩は名無しである
21/03/27 15:06:42.12 Sh9/+j7W.net
>>21
映画をぜひご覧なれば。
実学でまったく役に立たない御用学者がでてきます。

23:吾輩は名無しである
21/03/27 15:57:35.89 rps01wP+.net
浅田彰「疫病の年の手紙」
3月10日、京都で久しぶりに坂本龍一・高谷史郎・池田亮司らと食事をして(念のために言えば、白川沿いの小さな和食レストランの2階を借り切り、窓をすべて開け放って;そのあと4月になって坂本はニューヨーク、池田はパリの自宅に帰った)、「パンデミックは恐ろしい災厄で一刻も早い終息を願うが、オーヴァートゥーリズムから解放された静かな京都は悪くない、グローバル資本主義が一時的にスローダウンしたこと自体はむしろいいことだ、アーティストまでビジネスマンのように飛行機で世界を飛び回っていたのがおかしいので、環境のためにも健康のためにも飛行機旅行は最小限にしたい、vegan(徹底した菜食主義)は行き過ぎかと思っていたが、肉の生産は大量の二酸化炭素を排出することになるし、健康のためとあわせ肉食もほどほどにしたい」というような話になりました。

24:吾輩は名無しである
21/03/27 16:01:07.83 rps01wP+.net
[NEWS|太陽光発電の顔に坂本龍一氏を起用 ギャラリー
 CMでは昇る太陽を背にした坂本氏が自然エネルギーの活用を呼びかける]
なにしろ↑ですからね。
この先生も、利権あさりは、たいがいにしてもらいたい、と思うのは、わたくしだけではないでしょう。

25:吾輩は名無しである
21/03/27 16:08:56.79 rps01wP+.net
数千件におよぶ太陽光発電設備に係る地域住民の苦情(資源エネルギー庁に受付窓口はあった)をうけて、
事業者に対し再エネ特措法にもとづく行政処分がなされたのは、
(1年半前までのことしかしらないが)、ゼロ件だったのです。
行政指導でさえ、10件とか20件とか、数えるほでした。
苦情の内容は、法令に照らしてもっともなものが大半なのにもかかわらず、
このように、おそるべき出鱈目さがまかり通っているわけです。

26:吾輩は名無しである
21/03/27 16:15:44.94 rps01wP+.net
資源エネルギー庁のお役人が、本音トークでは、太陽光は、原発よりもひどい、
といったこともあるのです。

27:吾輩は名無しである
21/03/28 01:52:27.21 JNqbecHQ.net
>>19
>もう少しまともな脚本を用意し、一応それらしく演技のできる俳優を選ぶべきなので、
こういう5ちゃんねに溢れている紋切り型な感想は本当にウンザリする。
お前ならどういう脚本を書いて、どういうキャスティングをするのか。

28:吾輩は名無しである
21/03/28 10:11:34.42 6rNG4WxX.net
庵野:「一番好きな映画監督はどなたか」と聞かれたら、考える間もなく「岡本喜八」と言ってしまうほどでして…
逆に、『日本のいちばん長い日』とか『沖縄決戦』は何度も何度も観てるんですよ。一時期、絵コンテをやってる時のBGVにしてまして、BGVのつもりがついそっちの方を観てしまい、「ああ、3時間つぶしてしまった」ということになるんですが(笑)。『沖縄決戦』は、僕が生涯で一番何度も観た映画なんです。のべ100回以上観てますね。

29:吾輩は名無しである
21/03/28 16:26:05.42 XuYtnfiy.net
ハスミンは岡本喜八にまったく言及してないな。

30:吾輩は名無しである
21/03/28 17:05:39.20 +0OXOpQR.net
黄金期でも日本映画はテンポが遅いと言われていた(今も?)が
喜八、中平康、沢島忠、増村あたりがデビューし、細かいカット割りと早口のセリフ回しで「テンポの良い」作品を連発した。
批評家蓮實はそういうのを好まない(特に中平にはやたらキツい)が、それでもウエスタンカーニバルで上映された「結婚のすべて」には学生だった当時「驚いた」と語る。
蓮實系でも決して一枚岩ではなく、山根は岡本喜八を好むし
上野も山根ほどではないが評価していた。
岡本喜八の個性を箇条書きして考えてみると、憎むべき要素はないのだが鈍臭いというか、それも味だと思えるほど好きでもないというか…

31:吾輩は名無しである
21/03/28 17:15:36.71 +0OXOpQR.net
三軒茶屋で上映してたような「埋もれた職人」監督らと比べ優れているとは思えない。
映画に興味持つようになってから観たリアルタイムの作品は「大誘拐」だけど、ダサいサブタイトルはご愛敬にせよキャスティングからして違和感あったし
批評家たちの「これぞ活劇」「久々の喜八節」という持ち上げ方も「日本映画は悲惨だなぁ」と思い納得いかなかった。
同じ原作の前田陽一「喜劇・大誘拐」にはぬけぬけとした面白いカットがあったが、これも全体的には大した作品ではない。
ドラマ版は未見。
この原作が3度も映像化されてる事も解せない。

32:吾輩は名無しである
21/03/28 17:26:36.98 +0OXOpQR.net
オタク第一世代と名乗る輩が岡本喜八を持て囃してた印象も強い。
庵野もその一人(代表格)だが、さすがに「オタク第一世代」などと名乗って利権を主張したりはしないしその必要もない。
あとはロック誌時代の宝島が「あぁ爆弾」「殺人狂時代」「斬る」などを「日本にもこんな狂っててアナーキーな映画があるんだぜ?」と言わんばかりにピックアップしてた。
岡本喜八本人にはそんな意図がなかったのにオタクとサブカルの両方から支持されてたわけだ。

33:吾輩は名無しである
21/03/28 17:28:57.42 +0OXOpQR.net
宝島が取り上げてたのは三隅版の「斬る」でした。堪忍。

34:吾輩は名無しである
21/03/28 17:41:15.80 hEfXf76j.net
岡本監督作品にも「斬る」があるのですか。
それは知りませんでした。
「大菩薩峠」は、大映のよりも、岡本監督作品のほうがいいと思うので、
「斬る」のほうも見たいものです。
そういえば、おとといだったか、
時代劇専門チャンネルか日本映画専門チャンネルかで
「座頭市と用心棒」をやっておりました。
おもえば、わたしがさいしょにみた岡本監督作品なのですが、
そのときは監督の名前など意識しませんでした。

35:吾輩は名無しである
21/03/28 17:46:42.52 hEfXf76j.net
岡本監督の「斬る」は、柴田錬三郎原作ではないのですか。
予告編を見たらば、ちがう筋のようですが。

36:吾輩は名無しである
21/03/28 20:46:01.21 z+WovM+9.net
対談 岡本喜八×庵野秀明 1996
URLリンク(youtube.com)

37:独り言\(^o^)/
21/03/30 03:46:41.95 GtSpcYNY.net
>>30
中平康はキャリアの後期になるほど作品がテキトーになるが(田山力哉が書く様に
濫作とアルコールのせいだろう)、初期~中期は冴え渡っている。
『夏の嵐』『誘惑』『街燈』あたりは本当にビックリする。
特に『誘惑』で銀座の一角の通りを挟んだこちらの画廊と向こう側の喫茶店の双方を
丸ごと作り込んだ壮大なスタジオ美術(松山崇)など本当に信じ難い。
そしてその空間の広がりを見事に捉えた撮影(山崎善弘)照明(岩木保夫)の凄さ。
日本映画にもこんな画が撮れる時代があったんだなあ、、
蓮實は美術監督・カメラマンに取材する割には意外と映画の技術面に冷淡だよね。
「映画としては感心しませんが美術や撮影は素晴らしいです」みたいな評価も有り得る
のに、それはやらない。
だからフォロワーが勘違いする。大仰に全肯定するか全否定するか、どっちかしか
ない感じ。
まあこれは蓮實だけじゃないね。評論家・研究者・映画通はみんなそんな感じ。
みな結局は「映画の好悪をバッサリと裁断できる神としての自分」にしか興味がないん
だろう。

38:独り言\(^o^)/
21/03/30 03:47:21.99 GtSpcYNY.net
>>31
岡本喜八の『大誘拐』はつまらないですが、但し「昔ながらの細かいカット割のテンポ」
「サスペンスに見せ掛けたコメディファンタジーと国家批判」と岡本のやりたい事だけ
は伝わってくる。でもつまらないのはその通り。
この隔靴搔痒感は80年代以降の日本映画はみなそうですが。
ベテランから新人まで「やりたい事は分かるけど積極的に面白くはない」、、
そこをどう突破できるか、でも結局は誰も出来ないままにあっという間に2021年に
なってしまったねえ、、
ちなみに前田陽一の『喜劇 大誘拐』76は原作は天藤真ではないですね。
天藤の原作は78刊の様なので、、
公に刊行される前に何らかの形で出た原案が松竹に買われた可能性もありますが、
映画のクレジットに天藤の名前はない。

39:吾輩は名無しである
21/03/30 08:23:03.24 q+MOavXS.net
脚本はいいけどとか悪いけどとか美術がどうとかキャメラがどうとか夾雑物入れると一貫した批評が成り立たないからね
蓮實王国の王としては信者を統治するためには断定的な一貫性が大事

40:吾輩は名無しである
21/03/30 10:23:09.75 LvdKgB0B.net
>>39
いい悪い、ランク付けがちゃんとしてあって信者にはわかりやすい。
文章が面倒くさいだけでわかりやすい。
嫌いだけど好きとかたまに言うけどほとんど言わない。
黒澤明、ベルイマン、ヴィスコンティ、大島渚。
本当に嫌いなのは無視。パゾリーニとか。
豚小屋、メディア王なんていいと思うけどな。

41:吾輩は名無しである
21/03/30 12:26:11.73 zcbEhjns.net
BBC「女性映画監督による優れた映画100」
2019/11
蓮實重彥
ヒッチハイカー(アイダ・ルピノ,1953)
長い見送り(キラ・ムラートワ,1971)
ウェンディ&ルーシー(ケリー・ライヒャルト,2008)
クール・ワールド(シャーリー・クラーク,1963)
恋文(田中絹代,1953)
子猫をお願い(チョン・ジェウン,2001)
息の跡(小森はるか,2017)
鉱 ARAGANE(小田香,2015)
ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン(シャンタル・アケルマン,1975)
ラ・ポワント・ クールト(アニエス・ヴァルダ,1955)

42:吾輩は名無しである
21/03/30 12:32:16.11 zcbEhjns.net
>>40
まず蓮實先生は黒澤を評価していないわけでなくあまりにも過大評価されすぎてると指摘しただけ
日本ではある一時期まで海外の黒澤評価も手伝って黒澤史上主義になっていて黒澤以前の過去の名匠や巨匠がある時期まで黙殺されていた
実際先生は黒澤の蜘蛛巣城は一定の評価もしてるし、ベルイマンの初期作品も評価してる

43:吾輩は名無しである
21/03/30 13:35:32.19 ZPkMLfPp.net
ヴィスコンティでもベルイマンでも初期の何本かは評価してる。
大島についてもちょくちょく言ってるけど、ひとつの作品を集中的に語った事はほとんどない。
マックスモンアムールの時にインタビューしたのが最もまとまった仕事かもしれない。
パゾリーニについてはちょくちょく否定的な事を言っていた。

44:吾輩は名無しである
21/03/30 13:48:43.64 zcbEhjns.net
蓮實先生はパゾリーニよりレオーネのほうが好きそう レオーネのイーストウッドとの仕事には批判的だけど、ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウエストとかは絶賛してたし

45:吾輩は名無しである
21/03/30 15:14:07.06 ZPkMLfPp.net
ウエストじゃなくてアメリカ。
「ウエスタン」も褒めてた。
でもそれはわりと最近のこと。
(持ち上げ過ぎた)ヴェンダースやや下げレオーネやや上げという感じで評価の軌道修正しているのか。
松本人志が高須との会話で「ワンスアポンナタイムインアメリカみたいやな」と(ウケ狙いでなく)言ってたのが忘れられない。

46:吾輩は名無しである
21/03/30 15:35:27.84 q+MOavXS.net
浅田と四方田がパゾリーニで盛り上がってた時は蓮實はフンって軽蔑してたのかな?w

47:吾輩は名無しである
21/03/30 17:56:33.94 LvdKgB0B.net
レオーネは嫌う要素がないからな。
黒沢清が夕陽のギャング達に言及していたな。

48:吾輩は名無しである
21/03/30 18:17:28.33 LvdKgB0B.net
山の稜線について蓮實はよく取り上げるけど、
稜線を舐めるように撮るなら、やっぱパゾリーニじゃないのかな。

49:吾輩は名無しである
21/03/31 00:10:39.05 9YMBYi8H.net
ウエスタンような執拗なクローズアップがないからワンスはいいし
ワイルドバンチのようにはスローモーションがないから昼下がりがいいわけで
レオーネもペキンパーも条件付き肯定の監督で、両者よりドンシーゲルの方が上だと思うけどね

50:吾輩は名無しである
21/03/31 00:40:54.27 VA1ZhjR4.net
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ「」は、くだらないでしょう。
レオーネ監督もヤキが回っていとしか思えない作品だ。
「ウエスタン」は傑作でしょう。
しかし、どちらも、テーマ音楽の使い方が、執拗すぎて、
非常によくない。音楽によって情感を盛り上げようという意図が、べたべたな感じである。
これは思えば、イタリアの巨匠の何人かに共通する欠点のようなかんじもする。
たとえば、、ビスコンティ(とくに「ベニスに死す」のマーラー)、ベルトルッチ、フェリーニは少々。
なお、パゾリーニ監督作品には、抒情性そのものがないようなところがあるので、
逆にそういう欠点はまったくないだろう。

51:吾輩は名無しである
21/03/31 01:08:03.67 hIHMzW3P.net
蓮實:これは、過去の作品ですが、
それを映画の現在として論じたいのは、イタリア映画において、セルジオ・レオーネと
ピエル・パオロ・パゾリーニのどちらを
選ぶかという問題です。すでにいったように、
そのどちらかを否定することが問題では
ありません。ただ、私は、セルジオ・レオーネの方が、パゾリーニとは比較しようもない
ほど重要な映画作家だと思っています。
パゾリーニの評価って、どこかガス・ヴァン・サントの評価と同じようなものに思えてならない。勿論、初期の『マンマ・ローマ』(1962)
ほか何本かのパゾリーニは大好きです。
また、イーストウッドと一緒に仕事をしていた時期のレオーネには疑問もあるし、
批判もしてきました。しかし、
彼の晩年の3本は、映画に対してきわめて貴重な貢献をしている。とくに、『ウエスタン』(1968)と『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)は、その自己破壊性において素晴らしい作品です。ことによると、
ヴェンダースの『パリ、テキサス』(1984)
以上の強い意志で「最後のアメリカ映画」
を撮ろうとしている。それにくらべると、
パゾリーニの後期の作品は、どこかで
映画を甘く見ている。というより、ひとりの
個性ある芸術家が、映画を使って自分を
表現しているとしか見えない。
ですから、私は、いまこそ、映画の現在
として、パゾリーニに対してセルジオ・レオーネを擁護すべきだと思うのです。

52:吾輩は名無しである
21/03/31 01:33:59.39 G4c4VOW0.net
>>51
パゾリーニの晩年は映画を自分のものにして芸術家となった。映画をなめていたんじゃなくて、そういう適性だった。映画をアートにできる才能があったんだ。
王女メディアもソドムの市も、戦艦ポチョムキンと同列に位置する完全なアート作品だ。
芸術家の主題も理念も十全に映画の中に込めることができた。

53:吾輩は名無しである
21/03/31 01:46:13.71 VA1ZhjR4.net
「デカメロン」、「カンタベリー物語」、「アラビアンナイト」、これは大変に好きだ。
とくに「アラビアンナイト」。
「ソドムの市」は、最高傑作だろう。
わたしは、サドの小説の翻訳を読む前に、「ソドムの市」を見ており、そのせいか、
サド文学の理解から、パゾリーニ監督映画の影響を除くことができない。
ちなみに、パゾリーニ監督は、「ソドムの市」を製作する上での参考文献として、
バルト「サド・フーリエ・ロヨラ」、ドゥルーズ「マゾッホとサド」を揚げていたはずだ。
いまは、「奇跡の丘」は、メル・ギブソン監督「パッション」と並べてみるのが、
面白いのではないか。
なお、両方とも福音書に忠実に作っているのだが、
いうまでもなく、印象は全然違う。

54:吾輩は名無しである
21/03/31 01:52:10.50 VA1ZhjR4.net
「ソドムの市」にバルトの影響がはっきり出ていると思われるのは、
サディズム=立法主義というところでしょう。
映画の中でも、規則を決めると、
支配者の四人も例外でなく定言命法的に守るというところが描かれている。
これはパゾリーニ監督が参考文献として挙げていたかどうかは定かでないが、
ラカンの「カントとサド」もおなじ理解でしょう。

55:吾輩は名無しである
21/03/31 02:03:54.71 VA1ZhjR4.net
蓮實「伯爵夫人」には、サド、アポリネールの作品からの影響、というか、
確信犯的な利用というべきか、それははっきりあると思う。
ついでにいえば、「バタイユ」からのそれもありそうです。

56:吾輩は名無しである
21/03/31 02:59:30.74 OX4JPJVM.net
ソドムの市は、映画的なものを求める者からも、スキャンダラスな内容やゲスな映像に好奇心を持って観た者からも「大したことがない」と言われたが
そうした期待など破産させる不毛さや退廃をこそパゾニーニは望んでいたのだ
なんて言えばそれらしく聞こえる。

57:吾輩は名無しである
21/03/31 04:58:24.85 VA1ZhjR4.net
たしか「豚小屋」も、「去年マリエンバードで」とおなじく、
ルードィヒ2世の建てさせたバイエルンの宮殿でロケをしているでしょう。
アンヌ・ビアゼムスキーは、シャネルではなくとも、サンローランとかディオールとか、
そのあたりの服を着ていたのではないですか。
しかし、「マリエンバード」と違って「優雅」やら「エレガント」やらという感想はなさそうです。

58:吾輩は名無しである
21/03/31 05:14:42.37 VA1ZhjR4.net
×ルードィヒ
〇ルードウィヒ

59:吾輩は名無しである
21/03/31 09:46:04.49 hIHMzW3P.net
蓮實御大の2006年のベスト10
『ブロークン・フラワーズ』ジム・ジャームッシュ
『カルメン』ジャン・ピエール・リモザン
『こおろぎ』青山真治
『父親たちの星条旗』クリント・イーストウッド
『ミュンヘン』スティーブン・スピルバーグ
『叫』黒沢清
『Still Life』ジャ・ジャンクー
『太陽』アレクサンドル・ソクーロフ
『These Encounters of Theirs』ストローブ=ユイレ
『百年恋歌』ホウ・シャオシェン

60:吾輩は名無しである
21/03/31 09:48:19.58 hIHMzW3P.net
蓮實御大の2007年ベスト
『コロッサル・ユース』(ペドロ・コスタ)
『カイマーノ』(ナンニ・モレッティ)
『デス・プルーフ』(クエンティン・タランティーノ)
『デ・ジャブ』(トニー・スコット)
『鳳鳴』(王兵)
『接吻』(万田敏邦)
『恋人たちの失われた革命』(フィリップ・ガレル)
『サッド ヴァケイション』(青山真治)
『州議会』(フレデリック・ワイズマン)
『ゾディアック』(デビッド・フィンチャー)

61:吾輩は名無しである
21/03/31 09:50:14.41 hIHMzW3P.net
蓮實御大の2008年ベスト10
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(アレクサンドル・ソクーロフ)
『我が至上の愛 ~アストレとセラドン~』(エリック・ロメール)
『ダージリン急行』(ウェス・アンダーソン)
『アンダーカヴァー』(ジェームズ・グレイ)
『シルビアのいる街で』(ホセ・ルイス・ゲリン)
『アンナと過ごした4日間』(イエジー・スコリモフスキ)
『ジャン・ブリカールの道程』(ストローブ=ユイレ)
『スウィーニー・トッド』(ティム・バートン)
『トウキョウソナタ』(黒沢清)
『コッポラの胡蝶の夢』(フランシス・コッポラ)

62:吾輩は名無しである
21/03/31 09:51:01.72 hIHMzW3P.net
蓮實重彦2009年ベスト
『チェンジリング』(クリント・イーストウッド)
『コロンブス 永遠の海』(マノエル・ド・オリヴェイラ)
『谷中暮色』(舩橋敦)
『スペル』(サム・ライミ)
『グラン・トリノ』(クリント・イーストウッド)
『私は猫ストーカー』(鈴木卓爾)
『イングロリアス・バスターズ』(クエンティン・タランティーノ)
『パブリック・エネミーズ』(マイケル・マン)
『サブウェイ123 激突』(トニー・スコット)
『ユキとニナ』(諏訪敦彦&イポリット・ジラルド)

63:吾輩は名無しである
21/03/31 09:51:31.32 hIHMzW3P.net
蓮實重彦2000~2009年
トップ10
『ヤンヤン 夏の思い出』(エドワード・ヤン)
『ミスティック・リバー』(クリント・イーストウッド)
『アワーミュージック』(ジャン=リュック・ゴダール)
『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(アレクサンドル・ソクーロフ)
『労働者たち、農民たち』(ストローブ/ユイレ)
『我が至上の愛~アストレとセラドン~』(エリック・ロメール)
『家路』(マノエル・ド・オリヴェイラ)
『アンナと過ごした4日間』(イエジー・スコリモフスキ)
『石の微笑』(クロード・シャブロル)
『コラテラル』(マイケル・マン)

64:吾輩は名無しである
21/03/31 09:54:01.74 hIHMzW3P.net
蓮實御大2010年ベスト10
『刑事ベラミー』 (クロード・シャブロル)
『第9地区』(ニール・ブロムカンプ)
『ゴダール・ソシアリスム』(ジャン=リュック・ゴダール)
『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(ジョニー・トー)
『ゲスト』(ホセ・ルイス・ゲリン)
『ナイト&デイ』(ジェームズ・マンゴールド)
『アウトレイジ』(北野武)
『テトロ』(フランシス・フォード・�


65:Rッポラ) 『ブンミおじさんの森』(アピチャッポン・ウィーラセタクン) 『アンストッパブル』(トニー・スコット)



66:吾輩は名無しである
21/03/31 09:55:29.19 hIHMzW3P.net
蓮實御大の2011年ベスト10
『ボクシング・ジム』(フレデリック・ワイズマン)Boxing Gym
『無言歌』(ワン・ビン)The Ditch
『エッセンシャル・キリング』(イエジー・スコリモフスキ)Essential Killing
『ファンタスティック Mr.FOX』(ウェス・アンダーソン)Fantastic Mr. Fox
『奇跡』(是枝裕和)I Wish
『果てなき路』(モンテ・ヘルマン)Road to Nowhere
『SUPER 8/スーパーエイト』(J・J・エイブラムス)Super 8
『東京公園』(青山真治)Tokyo Koen
『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』(マルコ・ベロッキオ)Vincere
『ザ・ウォード/監禁病棟』(ジョン・カーペンター)

67:吾輩は名無しである
21/03/31 09:56:50.92 hIHMzW3P.net
2012年蓮實重彦ベスト10
『灼熱の肌』フィリップ・ガレル
『メカス×ゲリン 往復書簡』ジョナス・メカス&ホセ・ルイス・ゲリン
『ホーリー・モーターズ』レオス・カラックス
『J・エドガー』クリント・イーストウッド
『ムーンライズ・キングダム』ウェス・アンダーソン
『アウトレイジ ビヨンド』北野武
『贖罪』黒沢清
『Playback』三宅唱
『Virginia/ヴァージニア』フランシス・フォード・コッポラ
『戦火の馬』スティーヴン・スピルバーグ

68:吾輩は名無しである
21/03/31 23:29:36.63 9YMBYi8H.net
イタリア人監督の音楽の使い方は非ハリウッドを強調するかのようでもったり重たい
パゾリーニ好きはホドロフスキーや寺山修司あたりも好き?
見てると恥ずかしくなってきてダメだったな
暗黒舞踏とかもダメだったな演劇が苦手なのかも『異国の丘』は好きだったけど

69:吾輩は名無しである
21/04/01 00:35:49.96 aEoV3Rs4.net
「ホーリーマウンテン」はホドロフスキー監督作品だったろうか。
それしかみていないが、あの映画は嫌いですね。独りよがりなかんじで嫌だ。
美術的にもさえないし。
寺山監督映画も何本かはみているけれど、いやだね。
「上海異人娼館」なんてくだらなすぎるでしょう。原作のほう「o嬢の物語」は好きだけれどね。
暗黒舞踏なんてのは、たんなる芸無しのこけおどしだと思いますよ。
だから、好き嫌い以前ですね。

70:吾輩は名無しである
21/04/01 00:38:47.33 aEoV3Rs4.net
「エル・トポ」もみていた。しかし、どういう映画だったか思い出せない。

71:吾輩は名無しである
21/04/01 00:42:59.48 aEoV3Rs4.net
パゾリーニ監督作品は「ヨーロッパ文学」的だけれど、
ホドロフスキー監督作品というのは、よく知らんけれど、
ヒッピーカルチャー的ではないですか。

72:吾輩は名無しである
21/04/01 01:19:19.19 zZgF+5tn.net
>>67
寺山修司は映画がヘタクソだと思う。
映画を見続けることがつらい。
ホドロフスキーは感性にまったく共感できない。
マルドロールの歌の作者の国の出身だからだろうか。
だからつまらないのではなく、
それゆえ新鮮だったりする。

73:吾輩は名無しである
21/04/01 01:23:34.90 zZgF+5tn.net
ホドロフスキーの映画には、必ずキリスト教に似たパチモノ宗教団体がでてくるけど、あれは何が狙いなのか。
自分は仏教徒だが、まがまがしい集団に見えてかなり不快である。
だからキリスト教信者ならなおさらではないか。
単純におちょくっているのか。

74:吾輩は名無しである
21/04/01 08:25:28.38 BMXGlHTN.net
ヌーベルバーグが評価した中平康
ヌーベルバーグを酷評した中平康
ヌーベルバーグは好きだけど中平康は全く認めない蓮實重彦
ややこしいですねえ(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)

75:吾輩は名無しである
21/04/01 09:11:15.23 Kx3LRJSf.net
ソドムの市は見なおさないとダメだな
スカトロジーに目眩されたかホドロフスキー寺山修司系のエログロアングラ映画と片付けてしまってた
ハスミも相対的に軽視してたからなおさら
ここのレス読んでるとどうやらそこに収まる映画じゃないようだし

76:吾輩は名無しである
21/04/01 09:32:18.41 mIsvxAwc.net
>>73
蓮實重彦はカイエの作家主義と言う評論方法を輸入しただけで必ずしもカイエと映像作家の評価が全て一致するわけではない むしろ今のカイエには否定的だし

77:吾輩は名無しである
21/04/01 16:47:03.57 v1Hi61dq.net
ばふりばふり

78:吾輩は名無しである
21/04/01 17:00:04.14 Kx3LRJSf.net
エリックロメールが中平推しだったのもカイエ内での政治的なものからだった的なことも言ってたね

79:吾輩は名無しである
21/04/01 18:17:29.06 BMXGlHTN.net
仏ヌーヴェル・ヴァーグへも影響を
~ところで、中平作品が仏・ヌーヴェル・ヴァーグの誕生に影響を与えたという話もあるそうですが?
斉藤 ええ、個人的にはそう言っても構わないと思います。ただ、影響というより何らかの芸術的なインスピレーションを与えたという意味で。
ヌーヴェール・ヴァーグの父といわれるアンリ・ラングロウが主宰するシネマテークがパリにあるんですが、ここに57年、日本映画として初めて「狂った果実」が収蔵されたんです。
 トリュフォーもゴダールもこのシネマテークから巣立ってヌーヴェル・ヴァークが生まれました。「狂った果実」を見たトリュフォーは、ある雑誌の中で非常な共感を示していますし、
ゴダールにいたっては、「勝手にしやがれ」の製作直前に、わざわざフィルムを持ち帰って何度も参考試写していたようなんです。
旧態然とした映画の改革に闘志をみなぎらせていた若き批評家トリュフォーやゴダールたちにして、ヌーヴェール・ヴァーグへ疾走させた映画が「狂った果実」だった、少なくとも霊感を与えた一本であったのは間違いないでしょう。

80:吾輩は名無しである
21/04/01 19:23:47.12 aEoV3Rs4.net
原作・脚本 石原慎太郎
主演 石原裕次郎
このような映画がヌーヴェル・ヴァーグ映画の生みの親というのは、
すごいことです。

81:吾輩は名無しである
21/04/01 19:37:22.97 aEoV3Rs4.net
「気狂いピエロ」にもあるような太陽と海と死のモチーフというのは、
わがほうでは、三島由紀夫→石原慎太郎、こういう影響関係でしょう。
あちらでは、カミュ→サガンとか、そんなのに似ているでしょうか。

82:吾輩は名無しである
21/04/01 19:37:30.32 Kx3LRJSf.net
石原兄弟というか慎太郎が評価されないのは
椿三十郎が評価されないのと同じ文脈かな
椿三十郎がマッチョ過ぎるってのはわかるけど
名前をもた/てないって、ジョンフォードイーストウッドが描く傷とは、また違うスティグマでしょ

83:吾輩は名無しである
21/04/01 19:43:05.43 aEoV3Rs4.net
ところで、山本周五郎の原作では、あの浪人は、あんなに三船が演じたように精悍ではなかったはずだ。
ほんと、うらぶれている、と感じを受けた記憶がある。

84:吾輩は名無しである
21/04/01 19:46:38.01 aEoV3Rs4.net
×感じを受けた
〇感じた

85:吾輩は名無しである
21/04/01 19:59:35.67 J0r+Rtvg.net
慎太郎は東宝に就職内定していたが撮影所を見学してすぐにケツをまくり
その前に発表していた作品が芥川賞を獲ってから異業種監督としてデビュー。
トリュフォーワイダと並ぶオムニバス作品まで日本代表として監督。
華々しくもあるが結果はショボいという意味で村上龍に先駆けている。

86:吾輩は名無しである
21/04/01 20:03:10.78 J0r+Rtvg.net
異業種監督と言えば青島幸男もカンヌで審査員特別賞を獲っており、こちらは蓮實もちょっと言及して褒めてた。

87:吾輩は名無しである
21/04/01 20:23:37.54 sV5z2EY4.net
蓮實教の白痴共が蠢いてやがるなw

88:吾輩は名無しである
21/04/02 10:29:57.62 d


89:8on0bwZ.net



90:吾輩は名無しである
21/04/02 13:25:51.57 Tnszhgv5.net
蓮實はゴダールやトリュフォーやロメールが感受した中平康の新しさを理解出来なかったの?

91:吾輩は名無しである
21/04/02 16:43:05.75 d8on0bwZ.net
蓮實が革新的であったことあるかな。
そんな使命を持ったことは一度もないはず。
結局は映画好きなおじさんと総括できるんじゃないかな。

92:吾輩は名無しである
21/04/02 16:51:27.55 0VZSE/JB.net
蓮実重彦が「革新」的なところは、
思想・批評が、「革新」的だということはありえない、「革新」的だと思っても、
それは一時の錯覚に過ぎない、ということを知っており、
それゆえ自ら「革新」的であろうとしなかった、ということであろう。

93:吾輩は名無しである
21/04/02 16:56:00.65 iuI0+mh+.net
岩井俊二に一定の評価を与えながら似たようなこと言ってたな

94:吾輩は名無しである
21/04/02 16:59:57.84 d8on0bwZ.net
>>90
そんな考えをして安全圏にいて、
そこからモノを見るという姿勢は
良くも悪くも蓮實にはある。
理想はないが欲望はある。

95:吾輩は名無しである
21/04/02 18:16:06.01 Tnszhgv5.net
そんな中平康はゴダールを酷評して古典的な技法を踏まえたトリュフォーは認めた
ロブ=グリエは全く逆の評価をした

96:吾輩は名無しである
21/04/02 18:57:20.22 0VZSE/JB.net
志紀島啓「ドゥルーズと法」
今考えなければならないことは、マゾヒズムの戦略を権力サイドが取ったならばどういうことが
起こるか、ではないだろうか? そして何よりも悪いことに権力側がマゾヒズムの戦略を取るならば、その
力は強大であるため、彼らのファンタスムは単なるファンタスムに留まらないで、近代的法体系が実際に根
本からねじ曲げられてしまうのだ。
近代的な国家制度は憲法によって国家権力の行使に一定の歯止めを掛けている。これを立憲主義という。
国家機関や政党や政治家が憲法の規定を超えて政治を行うことは基本的に許されていない。憲法と国家権力
との関係において、国家権力の側がマゾヒズムの戦略を取ったならばどうなるのか? 憲法違反が罷り通り、
憲法は有名無実となる。国家の根幹となる構造がなし崩し的に解体されてしまう。これは今我々の眼前に繰
り広げられている光景ではないだろうか

97:吾輩は名無しである
21/04/02 19:09:38.98 0VZSE/JB.net
カント「実践理性批判」
法が善に依拠するのではなく、善が法に依拠する
サディズムは、「善」とされていたものに基づく法を否定し、
あらたに「自然」(「多型倒錯的」欲望)に基づく法を立て、
それを定言命法的に遵守することによって「超越」を試みる。
ドゥルーズの理解では、マゾヒズムには、サディズムとちがって、否定がない。そのかわり否認がある。
法の「超越」は目指さず、法からずれることを択ぶ。
蓮實話法は、「東大話法」だという批判が、このスレッドでは何度かあったが、
「東大話法」といわれるものが、志紀島氏のいう、権力や財力や知名度を有する側のマゾヒズム戦略のひとつ
だとすれば、たしかに、類似点もあるかもしれない。

98:吾輩は名無しである
21/04/02 19:18:59.09 0VZSE/JB.net
サディズムとマゾヒズムの根本的な違いは、
一方では否定性と否定、他方では否認と宙づり
という対応関係にある二つの過程としてあらわ
れている。所与ではけっしてありえない死の本
能を把握する思弁的で分析的な方法を前者が代
理=表象するなら、後者は神話的で弁証法的で、
かつ想像的なまったく別の方法を代理=表象し
ているのである
(ドゥルーズ「マゾッホとサド」)

99:吾輩は名無しである
21/04/02 19:25:24.95 0VZSE/JB.net
ナチス時代のドイツの裁判官の最重要な仕事というのは、ナチ党の定めた法が合憲であること、
ナチス政府の政令や施策が適法であること、
そのような解釈をひねり出すことだったそうだ。
ちょっと「ディコンストラクション」みたいですな。
「東大話法」を極めるとナチスドイツ裁判所話法になるでしょうか。

100:吾輩は名無しである
21/04/02 19:29:21.23 iuI0+mh+.net
ハッスは高い城の男だったのか

101:独り言\(^o^)/
21/04/02 22:09:00.57 zGa96Kfs.net
>>73 >>93
実際に観れば分かるが、中平康の映画は一貫して50~60年代当時の日活撮影所の「撮影照明」
「美術」の制作力に最大限に依存している。
初期の掌編(公開は遅れたが確か撮影は『狂った果実』より先)『狙われた男』56の
時点で舞台となる銀座の街の一角をセット美術(松山崇)で創作。
『狂った果実』56も実際に作品を観ればあくまで「撮影所」の機構あっての映画だよ。
後の『月曜日のユカ』64などもそうだね。
「ヌーベルバーグの開祖」と賞賛されはしたが、当の本人はあくまで「撮影所」あっての
商業映画を作っていたのだから、それはいざ向こうのヌーベルバーグを観ても「でもこういうのは
違うな」という事だったのでは?
蓮實重彦の中平康嫌いは別にいいが、シネフィルまでが観もしないで中平康を腐すみたいなのは
滑稽だよね。それも上辺は「自分は蓮實なんかに影響されてないよ」風でね(わらい)
どうせ「狂った果実を実際に観たら言われてるほど大した事なかった」ということなんだろうが、
50~60年代頃の中平映画はむしろそれ以外の作品の方が凄かったりするんだけどな。
自分も全て観たわけではないし、「でもこの程度なら往年の日本の撮影所映画の水準
なのでは?」と言われればそれまでではあるんだが、、

102:吾輩は名無しである
21/04/02 23:15:26.52 d8on0bwZ.net
>>75
映画は全部監督のものではないし。
全然監督のものでなかったのもある。
だから映画を全部作家のものとしてもるのは無理があるし。
現在読むと、あの頃は熱くなっていたと昔のプロレスを見るような
気持ちになる。これもガチじゃなくてショーだったのだと。

103:吾輩は名無しである
21/04/02 23:38:33.21 d8on0bwZ.net
表層批評は従来の批評のアンチテーゼであるが、
何も目指さす、何も生まないことを志向していたゆえ。
弁証法的な成長とは無関係であり、
ひたすら横穴を掘り続けることに終始し、やがて止まり、
朽ち果てていった。

104:吾輩は名無しである
21/04/02 23:48:33.46 Tnszhgv5.net
蓮實は映画も小説ももちろんお好きなんだろうけど一番好きなのはヌーヴェルクリティックなんだろうなというのはある

105:吾輩は名無しである
21/04/03 00:48:53.15 vUGh+aGT.net
黒澤と共同脚本書いてた人だって「手柄はぜんぶ黒澤のもの」だと気づいてやる気を無くし組まなくなったし
黒澤だけで書いた脚本の作品はあんなもの。
ヒッチコックも他人の手柄まで自分の事にしてしまうようだし
清順に脚本を無断でいじられて、それを現場で目撃した取材中の評論家が「さすが清順」と感激してるのを見てしらけたのは田中陽造。「面白く改変してるのならともかく」

106:吾輩は名無しである
21/04/03 01:29:14.40 vUGh+aGT.net
中平康レトロスペクティブもすっかり昔のこと。
渋谷系的な評価(月曜日のユカ)も、宝島→秘宝的な評価(危いことなら銭になる)もあった。
蓮實が評価していないからこそ、アンチ蓮實は中平康を盛り上げれば良いのでは?
「映画をメッセージやテーマで評価するのではなく、どう演出したかで評価すべき」というのは、求めて


107:るものこそ違えど蓮實の主張と遠いわけではない。



108:吾輩は名無しである
21/04/03 01:37:30.61 vUGh+aGT.net
蓮實は家族ゲームを年間ベストテンに入れたり
竹中直人「無能の人」を褒めたりしていたけど
蓮實系の批評家は森田芳光や竹中直人を嫌う。
なんでも褒める為にとりあげるような高橋源一郎が森田芳光(あと武田鉄矢と暗夜行路)の事はボロカスに貶していた。

109:吾輩は名無しである
21/04/03 02:00:18.22 HRlbcgfr.net
黒沢監督作品は、小国脚本、三船主演、これがなければ何もないのと一緒でしょう。
鈴木清純は、共同でも脚本を書いていないでしょう。書いていましたか。
蓮実映画批評の最大の問題は、よくいわれるように、脚本軽視でしょうが、
動機は何なのでしょうか。
外国映画を理解するためには、語学ができないとダメ、みたいな欧米文学者らのエリート主義を解体しようとか、
そういう意図でもあったのでしょうか。
くわえて、日本の歴史劇・時代劇を理解するには、古典語や能。歌舞伎やあるいは有職故実がわからないとダメ、みたいなエリート主義も解体し語ったとか。
自分がヨーロッパ文学者で初等科から学習院ということの反動でしょうか。

110:吾輩は名無しである
21/04/03 02:01:48.38 HRlbcgfr.net
×し語った
〇したかった

111:P
21/04/03 02:26:41.05 rF+DhKjo.net
よく考えたら俺の名前が入ってるな。この嫌がらせ異常だよね。

112:吾輩は名無しである
21/04/03 07:17:05.36 9V+TBJ42.net
シネマヴェーラのボギー特集
マイケルカーチスもジョンヒューストンも悪くないじゃないと観てたらウォルシュの初見の夜までドライブがなんかやはり際立ってた
なんでかわからんがワンショット、ワンショットが全然違うんだよなあ脚本はまあデタラメだなと思ったけどそれはそれで面白い
女優はあれはみんなアイダルピノ言うんだろうけど個人的にはアンシェリダンの魅力にやられた何であんま売れなかったのかなあ
ハードボイルドスターになる前のボギーは微妙な役どころだけどそれはそれで興味深く観賞

113:吾輩は名無しである
21/04/03 08:11:12.72 kZTqrv6g.net
ボギーは内面を持った役者の第一人者になるのかなディーンチブルスキー裕次郎の先駆けというか
ボギー作品だとハイシエラ三つ数えろカサブランカを見てて三つ数えろはかなり好き
しかしクサい演技だよね

114:吾輩は名無しである
21/04/03 08:48:58.42 vUGh+aGT.net
マイケルカーティスは特権的には扱わないにせよ肯定的に語ってるだろう。
ヒューストンだって「身体(ガラ)ばかりデカい虚弱児」と貶してもいるが「勇者の赤いバッジ」「ファットシティ」など評価してるし、「男と女の名誉」ですらそれなりに楽しんでいる。
キーラーゴは悪くない(ただしエドワードGロビンソンのメイクは失敗と指摘)とか。

115:吾輩は名無しである
21/04/03 08:51:05.51 vUGh+aGT.net
ボギーは顔がウザい。
中谷美紀はボギー嫌い。

116:吾輩は名無しである
21/04/03 08:53:45.38 vUGh+aGT.net
エドワードGロビンソンのメイクがあれなのはホークス「バーバリーコースト」だったかも。

117:吾輩は名無しである
21/04/03 09:06:42.53 vUGh+aGT.net
鈴木清順は日活時代に裕次郎作品を任せられなかった事に不満を抱いていたので、テレビCMで裕次郎を撮れて嬉しかったそうだ。
しかし、中平だけでなく舛田や蔵原らの作品を観てがっかりする最大の理由は石原裕次郎の顔だったりする。
蓮實に言わせると「自分の見せ方をよく知ってはいる」そうな。

118:吾輩は名無しである
21/04/03 09:11:18.51 vUGh+aGT.net
「裕次郎現象」がいろんな事を動かしたのは認めるが、下膨れで歯並びの悪い面だけは受け入れがたい。
それが長身で(当時の日本人として)足長というのも腹が立つ。
顔色の悪いブルドッグ風になる前からそう。

119:吾輩は名無しである
21/04/03 09:17:34.01 9V+TBJ42.net
ボギー好きだなあw
原作のマーロウはボギーじゃねーだろと思うがボギーの映画として楽しんじゃうw

120:吾輩は名無しである
21/04/03 09:21:52.56 4wkfkbIw.net
>>106
表層批評するゆえか。脚本はなおざりになる。
物語という紋切り型から自由になりたいからだろうか。

121:吾輩は名無しである
21/04/03 09:26:30.31 9V+TBJ42.net
大好きなホークスですらモンキービジネスは途中ギャグがやり過ぎ感ありすぎて観てて白けちゃった

122:吾輩は名無しである
21/04/03 09:33:01.27 kZTqrv6g.net
裕次郎を初めて見たのは幼少期に見た西部警察の再放送だったけど
こんなデブのどこがいい男なのかさっぱりわからなかった
後に見た白黒映像の裕次郎はスラっとはしてるが
猫背気味で滑舌悪くてリアルな若者ではあったのだろうと思う
いわゆる二枚目役者とは雰囲気が全く違う
宍戸錠勝新太郎小林旭の語る裕次郎は兄貴とは正反対の気遣いと配慮の人で
そういう人は早逝しがちね

123:吾輩は名無しである
21/04/03 09:36:56.20 kZTqrv6g.net
エドワードGロビンソンは深夜の告白が好きだけどみんなワイルダーに厳しいからなw
サンセット大通りも好きだな

124:吾輩は名無しである
21/04/03 09:41:13.19 9V+TBJ42.net
>>120
俺も深夜の告白のエドワードGロビンソンは大好き
キーラーゴのギャングのボスはなんかなあw

125:吾輩は名無しである
21/04/03 09:50:06.56 4wkfkbIw.net
>>106
当時はそうかもしれないが。
今は橋本忍以外は忘れられているんじゃないか。
小国英雄も菊島隆三も久坂栄次郎も
井出雅人、植草圭之助も名前を目にするのは
黒澤明の共同脚本家としてだけだ。
これは皮肉と言わざるを得ない。

126:吾輩は名無しである
21/04/03 10:34:33.17 Ed06d61A.net
蓮實はワイルダーのコメディの野暮ったさと地獄の英雄や第十七捕虜収容所などを貶していたけど
サンセットは認めている(イヤな言い方だけど)し深夜の告白も好きなのではないか?
情婦辺りはどうなのか?
アルドリッチの事も最初(おそらく処女作から順番に観てたわけではない)はなかなか受け入れられなかったと言っていた。

127:吾輩は名無しである
21/04/03 12:04:51.78 HRlbcgfr.net
蓮実重彦は、英仏伊語は(世間並みの尺度では)堪能、独西を理解でき、
その他、オランダ,デンマーク、スウェーデン語なども、読む分にはさほど苦労しないだろう、
という人です。欧米映画を語るうえで、原語で理解できる、というその自分の能力を封印しているのですから、
なにか自らに課した命法があるのではないですか。
また、むかしの学習院の出ですから、古典語や有職故実については、並よりはずっとわかっていたはずだ。
しかし、日本の歴史・時代劇を論じるにあたって、その能力も封印している。

128:吾輩は名無しである
21/04/03 12:35:22.77 Ed06d61A.net
「でもあの人は外国語が出来ないから」と、蓮實が自分のことを評していたのを知って激怒した自称スーパーエディター。
鈴木清順も「カタコトなら、フランス語はまったく喋れないという事にしておいた方が良い」と蓮實からアドバイスされた事があると本人に言い
蓮實はそれを否定。

129:吾輩は名無しである
21/04/03 13:30:39.99 HRlbcgfr.net
「自称スーパーエディター」というのは、安原顯
この人ですか。それとも別の人ですか。

130:吾輩は名無しである
21/04/03 15:44:24.24 Ed06d61A.net
ヤスケン。
蓮實がアイドル文化人となるきっかけを作った一人だが、晩年は蓮實の悪口ばかり。
「蕎麦を食べに行ったら勘定は俺持ちで、しかも夫婦して礼のひとつも言わない」

131:吾輩は名無しである
21/04/03 16:31:13.78 z/fHMtrb.net
>>124
自分のスタイル、好き嫌いをハッキリさせているよね。
読む側が読みやすくしている。

132:吾輩は名無しである
21/04/03 16:35:31.76 z/fHMtrb.net
>>127
やっぱヤスケンだけど、
外国の映画祭とかでみんなで会食した際も、食事が終わると何も言わずに立ち去っていった。
東急の映画関係者の女の子だけが残された。
その子が領収書もらって払ったらしい。
そういうたかり癖がついてる人でもあるんだろうね。
みんなが忖度してくれる。

133:吾輩は名無しである
21/04/03 17:09:38.20 HRlbcgfr.net
むかしから、芸能人(古典芸人はとくに)、文化人、知識人、将棋指し、碁打ち、等々は、
ご馳走さま、というくらいで、お金は払いません。
水商売感覚ですから。
官僚体質、文壇体質、映画村体質の三つ併せ持っている方でしょうから、払いっこないでしょう。

134:吾輩は名無しである
21/04/03 18:39:26.76 M3wqsbZC.net
>>125
たけしがアキカウリマスキをボロクソ言った評論が入ってる映画評論本が
文庫化するとき外させたハスミらしい

135:吾輩は名無しである
21/04/03 18:42:43.47 M3wqsbZC.net
プライベートじゃないなら映画会社や出版社が持つのは当たり前でしょ
北方謙三は接待される店のランクで出版社にとっての自分のランクをはかってて
銀座に呼ばれたときは出世したと喜んだと言ってた

136:吾輩は名無しである
21/04/03 18:47:00.01 Ed06d61A.net
カウリスマキとパラジャーノフを批判したのを単行本化にあたって「外させた」のではなく、森あたりが勝手に削ったのではないかと思う。

137:吾輩は名無しである
21/04/03 18:51:39.28 HRlbcgfr.net
むかしのマスコミ商売の関係者は、私的な飲食であっても、ごちそうになろうとすることが多い。

138:吾輩は名無しである
21/04/03 18:52:41.48 Ed06d61A.net
ゴダールからも昼飯を奢ってもらい車代まで貰っていたけど、それは遠慮したり(断ったりお礼言ったり?)するタイミングも与えないほどスムーズで自然な振る舞いだったようだ。
そのゴダールに対して「今のゴダールは金で動く事は間違いない。『03』が村上龍でやったでしょう?でも僕はゴダールでも誰でもタダで(インタビュー)とりましたよ」

139:吾輩は名無しである
21/04/03 18:53:00.82 HRlbcgfr.net
河原乞食根性、戯作者根性、そういうものが根強かったわけですよ。

140:吾輩は名無しである
21/04/03 18:56:39.38 Ed06d61A.net
海外の映画祭でノルマをこなすのに必死で食事を取る暇もなく、山根か誰かに
「いいところが見つかりましたよ!」
と言ってマックに向かって駆け出す蓮實。

141:吾輩は名無しである
21/04/03 19:05:44.05 HRlbcgfr.net
俳優なんか、本人を飲食に招待すると、取り巻きを連れてくるような人がザラでしょう。
とくに歌舞伎俳優。
なんとか犯科帳の方なんか、わたくしの知り合いのおばさん(正確にはおばあさん)が、
舞踊の会が終わってから本人を招待したら、弟子までぞろぞろ連れてきていました。
そのしゅの経験は、ほかにも少なからずあります。

142:吾輩は名無しである
21/04/03 19:08:21.61 M3wqsbZC.net
モリだったか
北野・森・蓮實のようなトリオは今後もなかなかでないだろうな
松本・大崎のようなコンビはいてもハスミのポジションを担える活動家がいない

143:吾輩は名無しである
21/04/03 19:15:57.84 M3wqsbZC.net
ベストセラーになると懇意の出版関係者を連れて海外旅行がてら悪所で遊蕩してきた団鬼六先生は特殊例外か

144:吾輩は名無しである
21/04/03 19:25:08.32 Ed06d61A.net
相撲上がりではない長州力にしても、高い食事に招待されて数十万の小遣い貰うのが当たり前だった。
小遣いが予想より少なかったり無かったりすると関係者に不平をもらす。
K-1旗揚げの人柱にされたお調子者の佐竹雅昭も、タイ行って練習して来いと言われたら、食事の時にジムのタイ人が家族や親戚やその知り合い(らしき連中)までみんな連れて平気な顔して毎回佐竹に奢らせていたという。

145:吾輩は名無しである
21/04/03 19:25:11.85 HRlbcgfr.net
欧州人に金をばらまいたのは、北野、蓮實、森、ではなく
なんとか父子の息子さんのほうではないでしょうか。

146:吾輩は名無しである
21/04/03 19:26:44.75 HRlbcgfr.net
もちろん、その父子のお金ではなく、私物化?していたという会社のお金でしょうけれど。

147:吾輩は名無しである
21/04/03 19:38:38.45 Ed06d61A.net
「(金獅子賞は)林加奈子さんたちの尽力もあってその成果と言えます。もちろん作品そのものが良いので受賞に至ったわけですが」

148:吾輩は名無しである
21/04/03 19:39:02.39 M3wqsbZC.net
金ばらまいてたの?
もちろん映画祭でパーティ打ったりのお金はかかるのだけど
それ以外にもタケシには大きなタニマチがいたってこと?
となるとトリオですら足りないのか

149:吾輩は名無しである
21/04/03 19:45:36.79 HRlbcgfr.net
ある映画会社の社長とその子息のプロデュ―サーが解任された事件についてのうわさですよ。
真相は知りません。ただし、クビにした側のトップ責任者、つまり、父の上司は、
縁戚のおじさんですが。

150:吾輩は名無しである
21/04/03 19:53:02.17 HRlbcgfr.net
盛大なパ―ティーを催して飲ませる食わせろその他の接待をするのも、
ばらまきの一つではないですか。
どっかの役所など、何人もが某社から数万円ほどの飲食をふるまわれた、とかで問題になっているではないですか。

151:吾輩は名無しである
21/04/03 20:25:11.70 M3wqsbZC.net
バラマキの一つではあるね
線引きが難しいところだけど映画祭中にする作品のイベントとそれ以外での接待はまた違うのかなと
カンヌ映画祭は松本人志の大日本人を招待作として歓迎したのに吉本は映画祭中に何のイベントもしてない
映画評論家に売り込みもしないし映画評論家の推し監督作品の配給をするわけでもない
吉本興業は興業が苦手なのかと揶揄されたくらいで
最近なら麻雀をした官僚も賭博はけしからんと怒られてました
確かにカケゴトの一つではある

152:吾輩は名無しである
21/04/03 20:36:36.19 HRlbcgfr.net
社長と専務兼プロデュ―サーが、自己満足的に映画を作り
その広義の宣伝のために金を使うが、採算ははなから度外視、というのでは、
創業者一族と会長以下の役員も我慢できない、とうことになるのではないですか。
なお、私の縁戚(血縁はない)のおじさんというのが、その会長です。

153:吾輩は名無しである
21/04/03 20:37:12.02 Ed06d61A.net
奥山和由と関係あったのはソナチネまでなのでHANA―BIの受賞とは関係ない。
その男~はアメリカの小さな映画祭、あの夏~はイタリアの小さな映画祭、ソナチネがカンヌ「ある視点」部門。
日本のミニシアターに相手にされなかった塚本晋也が、海外の小規模な映画祭にどんどん出品し賞を獲るなどして「逆輸入」的に凱旋し「鉄男」を成功させた。
塚本はHANA―BIが出品された時にはコンペ部門審査員として招かれており、「もちろんたけしさんに入れました」と語る。

154:吾輩は名無しである
21/04/03 20:41:33.66 Ed06d61A.net
塚本作品は苦手だが、海外のミュージシャン(たとえばミックハリス、ナインインチの人かマリリンマンソンのどちらか)からカルト的な支持をされていた。
現代日本映画としてはこうしたリアクションを受けた先駆者ではないか。

155:吾輩は名無しである
21/04/03 20:51:52.89 zwgrBDzh.net
>>145
タケシの受賞は金と蓮實の力じゃないのかな。
どっちが欠けてもだめ。
もちろん、あの作品はグランプリとる力はあった。

156:吾輩は名無しである
21/04/03 21:10:55.94 M3wqsbZC.net
ID:HRlbcgfr 氏は広義の意味で業界人なんだね
通りで詳しいはずだ
あなたにとっては当たり前のことでもどんどんレスしてね
こちらは知らないことばかりだから
ビョークが北野作品を好いてたみたいな話もあったね
dollsは確かにある種の女性アーティストには刺さる作品だった

157:吾輩は名無しである
21/04/03 21:19:39.60 HRlbcgfr.net
このスレッドの面々の中で、映画に関しては、わたしが、もっとも詳しくないと思いますけれどね。

158:吾輩は名無しである
21/04/03 21:26:21.05 HRlbcgfr.net
金獅子賞を受賞する前から、ヨーロッパでは、北野監督映画について、
一定の評価があったでしょう。それが受賞に結びついたとはいえるでしょう。
その点では、奥山氏の貢献は大きいのではないですか。
しかし、株主や同僚の役員・社員に対しては、おそらく良くはなかったのでしょう。

159:吾輩は名無しである
21/04/03 21:43:19.02 HRlbcgfr.net
ビョークは三島由紀夫作品の愛読者ですよ。
来日した時に、そう言っています。

160:吾輩は名無しである
21/04/03 21:48:24.35 HRlbcgfr.net
ビョーク 金沢21世紀美術館での作品展示で来日した際の三島由紀夫についてのコメント
「すばらしい作家だけれど、10代の頃に読むものでしょう」
リップサービスの部分を除けば、子供の読み物ということでしょうか。
子供向けというのは、当たっていると思います。

161:吾輩は名無しである
21/04/03 22:16:07.88 4wkfkbIw.net
ヨーロッパはコネ社会だから実力だけじゃダメなんだよ。

162:吾輩は名無しである
21/04/03 23:59:23.71 M3wqsbZC.net
ユルスナールも三島を好いてた
ビョークの言う耽美な作家としてではなく
アンガージュマンとしての三島を好いてた感じ
なんとなくパゾリーニと三島って似たイメージ

163:吾輩は名無しである
21/04/04 00:44:10.24 mlNutFHK.net
映画は戦争(サミュエル・フラー)
一将功成りて万骨枯る(曹松)

164:吾輩は名無しである
21/04/04 00:53:07.92 mlNutFHK.net
松竹自社製作部門の縮小、
松竹邦画系のブロックブッキング制の廃止とフリーブッキング制への移行、
洋画配給部門である松竹富士の解散及び松竹本社との統合、
大船撮影所の売却、旧本社&松竹セントラル跡地を東京都に委託し再開発
この費用が掛かって、ほぼ唯一の成果は、
北野武氏国際的な映画監督になる
日本映画は、産業として成立していない、
どころか、そもそも産業として成立させようとしていない、一部の人たちの名誉や自己満足のためのもの
ということの証左ではないでしょうか。

165:吾輩は名無しである
21/04/04 05:24:41.95 BZjDC2lx.net
中平康を持ち上げるとアンチ蓮實になるのか
とするとアンチ中平康はアンチゴダール、アンチトリュフォー、アンチロメール?
しかし言うまでもなく蓮實よりゴダールやロメールのほうが大事だからなあ
信者は逆なんだろけど

166:吾輩は名無しである
21/04/04 06:00:18.15 iIQb8YIV.net
中平康の映画にショットがあるなら言ってみろ。まずはそれからだ。『月曜日のユカ』は雰囲気映画にすぎないし、薄っぺらで空間が表象できていない。

167:吾輩は名無しである
21/04/04 13:42:53.67 mlNutFHK.net
内田樹
@levinassien
·
2019年3月29日
車内の読書はミチコ・カクタニ『真実の終わり』�


168:B面白いです。トランプの思想的基盤が頽落したポストモダニズムであるという指摘にびっくりしました。ポール・ド・マンがどれほど脱構築という営みの知的・倫理的威信を傷つけたかは日本ではよく分かりませんでしたが。 内田樹 @levinassien · 2019年3月29日 自らの親ナチス知識人としての過去を隠蔽しておきながら「作家について伝記的事実を探るのは時間の無駄だ」と言い切ったのはやっぱり人としてまずかったですね。ソーカル事件とポール・ド・マンのせいでアメリカのポストモダニズムは致命傷を負い、その破壊的なウェポンは右派の手に渡った。



169:吾輩は名無しである
21/04/04 14:34:58.97 mlNutFHK.net
ギルバート・アデア「作者の死」についての猫額洞さんの書評
主人公のモデルは、ポール・ド・マン
第二次大戦中に青年期を過ごしたフランス人が主人公だ。作家・
批評家になろうという意志と才能のある、若い男だったが、彼には
対独協力の過去がある。戦後のフランスで知識人として存在する
道は閉ざされた。
 彼は過去を隠してアメリカに渡り、生き直そうとする。書店の店員
から始まり、書いたものが認められて大学に招かれ、少しずつ評価が
上がり、遂には新批評の権威としてアメリカ文学界に君臨してしまう。
 アラモードな、ファッショナブルな新思考の文芸批評家として有名に
なったことは、彼が怖れていた過去の汚点にスポットライトが当たる
可能性も高まることだ。
 伝記を書きたいという女子大生が彼の前に登場してきたとき、彼は
自分の文学理論を援用して、若書きとはいえ彼が書いたことには
違いない、ナチズム擁護のテクスト及び作者である彼自身を救おう
と試みる

170:独り言\(^o^)/
21/04/04 19:00:45.42 H+BZ6+kL.net
>>163
「ショット」とは具体的に何の事ですか?
「空間」を「表象」とは具体的に何がどうなっている事なんですか?
それ、実際に中平の現場にいた峰重義・中尾駿一郎・横山実・姫田真左久・間宮義雄・
山崎善弘、、この人たちに聞いてきてよ。
あるいは美術の松山崇や佐谷晃能などでも可。
助監督だった蔵原惟繕や松尾昭典でも可。
「中平さんの映画は画が撮れてない、空間の広がりもない、つまらないですよね?」と。
みんな「なにこのインテリぶってる馬鹿はアタマでっかちな事を言ってるの?」と( ゚д゚)ポカーン
とするだろうけど。
、、もちろんいま存命なのはたぶん山崎さんだけだろうから、どうせ聞けないけどね。
あれだけセットとロケを駆使して東京の都市空間を大胆に再創造した『街燈』『殺したの誰だ』
『誘惑』57を観てなお「ここにはショットもない、空間の表象(ってなんだそれ?)もない、
何もない、凡庸!」とか言いきれる根拠とは何だろう?
個人的には近年だと例えば東京藝大の黒沢清の弟子(わらい)が監督した『寝ても覚めても』18
などいかにもイマドキの日本映画らしい低予算の凡庸な画と単調な(それでいて監督だけが
オレすげ~とご満悦の)シナリオ・演出の繰り返しにウンザリしたけど、ハスミ大先生とフォロワー
たちにはあれが現代日本映画を代表する屈指の傑作に見えるらしいしね。
そんな日本映画なんか要らんわ。はよ滅びてくれや\(^o^)/オワタ

171:吾輩は名無しである
21/04/04 19:57:27.17 mlNutFHK.net
蓮実重彦本人は、自分の趣味で評価をしているのだろう、
義理褒め・仲間褒めや教え子筋を褒めるなどのことを除けば。
しかし、その「フオロワー」は、自分の趣味を
蓮実重彦と同一化してしまうことによって、失ってしまっているかのように見える。
これが問題。
それから、「ショット」にこだわるのもいいけれど、
映画はもっと多角的に見ないと面白くないのではないでしょうか。
場合によっては、映画そのものから離れて、
歴史や社会や経済やその他もろもろとの関係を見ることが
面白いことだってあるでしょう。
それとわたしとしては、蓮実重彦は資質的に、思想の人、または文学の人だと思う。
映画の人ではないですね。映画はたんに好きなだけでしょう。

172:吾輩は名無しである
21/04/04 20:04:40.97 mlNutFHK.net
とにかく意味から離れたがるという、ド・マンの批評スタイルには、私的な理由があるように見える。
新ナチだった過去を忘れたい、という秘められた切実な理由。
蓮実重彦のほうは、わたしとしては、理由がよくわからない。むかしからわからないのです。

173:吾輩は名無しである
21/04/04 20:06:03.05 mlNutFHK.net
上の「意味」は、「真意」のこと。

174:吾輩は名無しである
21/04/04 22:11:29.24 cabeYILx.net
>>164
トランプの思想的基盤が頽落したポストモダニズムであるという指摘に
これが2019年のツイートなのかw
ポモは対ソビエトに機能する言説でしょ
ソビエトへの緊張の欠けたポモって資本主義を礼賛するだけじゃん

175:吾輩は名無しである
21/04/04 22:29:31.78 mlNutFHK.net
それを今活躍中の50歳以下の日本の現代思想家に言ってあげてください。

176:吾輩は名無しである
21/04/04 22:33:39.18 cabeYILx.net
蓮實重彦は天皇が好きなんでしょ
それを隠したい
真や善に執着(漢心)しないで、美や知を愛でる(やまとごころ)って
源氏物語の紫式部っぽい女性原理で、そのまま天皇制への回路になってる
篠沢教授以上に天皇が好きで横恋慕してる人がハスミ

177:吾輩は名無しである
21/04/04 22:37:20.64 mlNutFHK.net
しかし、ミチコ・カクタニ、内田両氏は、
右派であるはずのトランピストがポストモダニストだ、というのではないですか。
資本主義を礼賛する、ないし、少なくとも是認する、というのは、たいがいの左派も同じことだが、
両氏は、それをポストモダニズム的だとはいっていないでしょう。

178:吾輩は名無しである
21/04/04 22:47:18.66 mlNutFHK.net
たしかに、蓮實重彦は、本心では天皇が好きだ、というのは、
むかしから、ちらちら見えていたところはありますね。
最近の熱心なトランピストの行動は、リバタリアンというよりも、
右のアナキストみたいなのですよね。
じっさい、アナキストと呼んでいるアメリカの「識者」も多いようです。

179:吾輩は名無しである
21/04/04 23:24:45.19 2Ofqe9vP.net
おそらく、日本にはもはや語の「ヨーロッパ的」或いは「歴史的」な意味での宗教も道徳も政治もないのであろう。だが、生のままのスノビズムがそこでは「自然的」或いは「動物的」な所与を否定する規律を創り出していた。
これは、その効力において、日本や他の国々において「歴史的」行動から生まれたそれ、すなわち戦争と革命の闘争や強制労働から生まれた規律を遙かに凌駕していた。
なるほど、能楽や茶道や華道などの日本特有のスノビスムの頂点(これに匹敵するものはどこにもない)は上層富裕階級の専有物だったし今もなおそうである。
だが、執拗な社会的経済的な不平等にもかかわらず、日本人はすべて例外なくすっかり形式化された価値に基づき、すなわち「歴史的」という意味での「人間的」な内容をすべて失った価値に基づき、現に生きている。
このようなわけで、究極的にはどの日本人も原理的には、純粋なスノビスムにより、まったく「無償の」自殺を行うことができる(古典的な武士の刀は飛行機や魚雷に取り替えることができる)。
この自殺は、社会的政治的な内容をもった「歴史的」価値に基づいて遂行される闘争の中で冒される生命の危険とは何の関係もない。最近日本と西洋世界との間に始まった相互交流は、結局、日本人を再び野蛮にするのではなく、(ロシア人をも含めた)西洋人を「日本化する」ことに帰着するであろう。
『ヘーゲル読解入門』アレクサンドル・コジェーヴ、上妻精・今野雅方訳、国文社、1987年 246-247頁

180:吾輩は名無しである
21/04/04 23:28:33.94 2Ofqe9vP.net
というのは、一九八〇年代において高度情報・消費社会に入った日本にあらわれたポストモダン的な傾向は、ある意味で江戸時代の三百年の平和において洗練されたスノビズムの再現でもあったからである。
それまで、日本の近代文学や思想は、基本的に西洋的な理念や意味を規範とし、いわば「人間的な主体」たらんとするものだったといってよい。
 八〇年代に顕著になってきたのは、逆に「主体」や「意味」を嘲笑し、言語の形式的な戯れに耽ることである。むろんそれはアメリカ的なポストモダニズムと無縁ではないが、コジェーブが見抜いたように、こうした生の形態にかんして日本人には「伝統」がある。
少数の例外をのぞけば、現在の日本文学においてドミナントな傾向は、何一つ達成すべき理念や意味をもたない生を肯定すること、そして差異の戯れの結果としての無=関心(差異)にいたることである。
 一九七〇年の三島由紀夫の自殺は、コジェーブがいう意味での「自殺」であった。つまりそれは切腹や特攻隊を想起させるものだ。だが、八〇年代においては、三島の行為は、政治的な意味や伝統的なものと切り離されて、ポストモダニズムの先駆者として評価されてしまう始末なのである。だが、それこそが「伝統的」なのだといってよい。
 いうまでもなく、近代日本は「歴史的な」闘争や労働なしにありえなかった。それがないかのように見える時期には、いわば「江戸時代」的なスノビズムが復活する。西洋に追いつこうとしてきた日本人がなんらかの達成感や自己充足感をもったときには、そうなるのだ。
それは八〇年代においては最も顕著になる。「世界と自己を理解する」思弁的必要性をもたないがゆえに、哲学も批評もスノビズムと化している。つまり、何をいおうと、装飾的な言葉の戯れでしかない。
ポストモダン=ポスト歴史的な状態は、ある意味で、八〇年代の日本に実現されたのである。(柄谷行人『終焉をめぐって』p148-149)

181:吾輩は名無しである
21/04/05 01:10:30.64 XYSGiOd9.net
蓮實に軽蔑されるの怖くて過去の教養だけで良く出来た映画なんて作ってて面白いのかね
蓮實に囚われると全く冒険出来なくなるんだろうな
しかしここまで自分の趣味を読者に強要するのに長けた批評家も珍しいのかもしれない

182:吾輩は名無しである
21/04/05 01:14:54.25 zscCiGU0.net
>>177
蓮實に軽蔑されるのがお洒落という時代になりつつある。
テレンスマリックのツリー・オブ・ライフは面白かったぞ。

183:吾輩は名無しである
21/04/05 01:51:07.96 SF6d9OkF.net
蓮實重彦の映画評論は、エンターテインメントであって、どう考えても、
実用書ではないでしょう。
そもそも脚本を軽視して、まともな映画が作れるはずがありません。
ある頃からの日本の映画監督の問題点というのは、
娯楽産業の商品制作の現場監督だということを忘れてしまって、
みょうな「自己表現」型の芸術家意識で凝り固まってしまったことにつきるでしょう。
映画作家とか、映像作家とか、肩書も普通に映画監督といいたがらない人が、
いつごろからか増えました。そして、そういう人は、原作ものよりも、
自分の書いたオリジナル脚本で映画を作りたがる。

184:吾輩は名無しである
21/04/05 04:36:51.85 3agz93YU.net
そうやって名高い職人の名前を列挙するのは蓮實重彦譲りの権威主義なんだろうなー

185:吾輩は名無しである
21/04/05 04:38:33.87 4hjNoQQm.net
>>20
浅田さんは「豊富な常識」に基づいてごく妥当なことを言ってるだけ
それすら日本では希少

186:吾輩は名無しである
21/04/05 04:41:59.35 4hjNoQQm.net
>>40
天皇は毒味してランクをつけるのが仕事だからな

187:吾輩は名無しである
21/04/05 04:47:56.99 4hjNoQQm.net
>>87
映画評論って独裁者の品評会がおおっぴらに出来る場所なんだね
政治家を「こいつは素晴らしい独裁者」と称賛したら問題になる

188:吾輩は名無しである
21/04/05 04:49:03.34 4hjNoQQm.net
>>90
保身に長けた東大官僚の一人

189:吾輩は名無しである
21/04/05 04:52:17.18 4hjNoQQm.net
>>97
だから志紀島啓は愚かで、憲法なんか何の歯止めにもならない。

190:吾輩は名無しである
21/04/05 05:13:42.59 4hjNoQQm.net
最近のゲームアニメではいろんなものが擬人化されているが、シネマ娘を作ろうとしたのが蓮実

191:吾輩は名無しである
21/04/05 05:15:20.72 4hjNoQQm.net
寝ぼけて間違えた
シネマ娘として蓮実評論を捉えてもよいかもしれない

192:吾輩は名無しである
21/04/05 08:27:47.48 XYSGiOd9.net
庵野なんかは過去のアニメ、特撮の膨大な教養を駆使すれば技術的に簡単に作れちゃうんだろうけどそれには飽き飽きしてて他人にいろいろやらせたり新しいこと探究してるわけだ
出来に関しては賛否あるだろうけどそっちのほうが生産的じゃないかな?
批評家の目を気にしてほどよく出来た映画なんて作ってもしょうがない
北野さんなんて褒めてくれるから愛想良くしてるけど貶されたら一転蓮實のヤロー、バカヤローってなるんじゃないかな?
アーティストならそうじゃなきゃw

193:吾輩は名無しである
21/04/05 08:50:13.83 /3OLq6Dc.net
映画を撮る前のビートたけしにもちょくちょく言及してたけど、吉本隆明とか浅田彰とは違って余計な感情移入などすることなく距離を置いて語っていた。
相対的には優れているけど彼の発言が正しいから支持されているわけではない。「面白い」人物かもしれないが自分にとってはあまり興味を持てる存在ではないといったニュアンス。
だから、仮にたけしが蓮實の言ってる事を読んでいたとしても吉本や浅田に対して吼えた(もちろん著書で)ような真似はしなかったと思う。
中野翠なんて、同世代人たけしに共感し過ぎてるために「たけしのためを思っての苦言」を呈して「大きなお世話だ。てめえの心配しろ」と舐められてしまった典型だろう。
北野武監督作品が蓮實にとってつまらなかったとしてもほとんど(たけしの気に障るような事は)何も発言しなかっただろう。
柄谷行人も蓮實とは違った意味でたけしにほとんど興味がなく「なんでビートたけしが社会時評をしているんだ?」と、野暮だがストレートな発言をしている。

194:吾輩は名無しである
21/04/05 08:56:49.45 /3OLq6Dc.net
たけしも映画批評における記号論(らしきもの)に対する胡散臭さを指摘したり
「教祖誕生」の続きを書かなかった(ゴーストがいたにせよ)理由も、今の小説は内容ではなく形式重視になっているようだとでも嗅ぎ取ったのか「数学みたいになってる」からと語っていた。

195:P
21/04/05 20:38:20.35 A+oLhEAv.net
>>178
でも正直あれはわかんないな個人的に。難しすぎる。

196:P
21/04/05 20:38:50.15 A+oLhEAv.net
>>181
超わかるわー

197:吾輩は名無しである
21/04/05 23:19:26.77 D2h50pxk.net
柄谷行人は真っ当なポモ批判してるんだね
ポスコロ・カルスタに厳しく言ってるのは知ってたけど
「今活躍中の50歳以下の日本の現代思想家」は柄谷行人をスルーしてるのかな
しかし、じゃあ今の柄谷が面白いか?というと岩波文化人みたいで退屈なのは否めない
アメリカの右派はアナーキストといえど
労働組合を嫌うからサンディカリストにはならないだろうけど
ミリシアから果てはアーリアンブラザーフッドまで多様な連帯はある

198:吾輩は名無しである
21/04/06 00:06:11.53 6JdQiw1j.net
「芥川君の説に依ると、私はなにか奇抜な筋と云うことに囚われ過ぎる、変てこなもの、奇想天外的なもの、大向こうをアッと云わせるようなものばかりを書きたがる。それがよくない。小説はそう云うものではない。
筋の面白さに芸術的価値はない。と、大体そんな趣旨かと思う。しかし私は不幸にして意見を異にするものである。筋の面白さは、云い換えれば物の組み立てかた、構造の面白さ、建築的の美しさである。此れに芸術的価値がないとは云えない。
勿論此ればかりが唯一の価値ではないけれども、凡そ文学に於いて構造的美観を最も多量に持ち得るものは小説であると私は信じる。筋の面白さを除外するのは、小説と云う形式が持つ特権を捨ててしまうのである」(谷崎潤一郎『饒舌録』)
物語形式の表現である映画や小説から物語を抹消する批評を書く蓮實重彦は反谷崎的な存在

199:吾輩は名無しである
21/04/06 01:41:35.54 7IKtFuO4.net
谷崎の言ってることなんて支離滅裂というのが蓮實のスタンスだと思う。
「谷崎が言う『芸術』って何を指しているのでしょう?」
谷崎のそうした部分を否定しているわけでもなく、蓮實の言う「愚鈍さ」に当て嵌めて飼い殺しにしてるようにも思えるけれど。

200:吾輩は名無しである
21/04/06 14:01:18.15 9MWeUHZw.net
>>167
蓮實の表層批評は当時は目新しかったのかもしれないが、今となってはそれこそ凡庸なものに成り下がったよね
なにより映画制作の現場も知らずに、ショットがどうとか画面がどうとか言うのがもう終わってる
今やデジタルやソフトで画面なんていくらでも加工できるというのに
蓮實が「これは素晴らしいショット」と思ったショット、実はパソコンで補正されまくった画面かも知れないぞw

201:吾輩は名無しである
21/04/06 14:41:13.95 vgEsRK16.net
橋田壽賀子先生が亡くなりました。
橋田氏は、松竹の若手脚本家時代に、セリフが長い、映画は画面で説明するんだ、
とある巨匠に言われたウラミがずっとあったようです。
しかし、橋田氏は、日本のテレビドラマ史上最高視聴率の記録保持者で、テレビ屋さんたちからみれば
神様です。いまやそのテレビ屋さんたちに仕切られている日本映画界というのはどんなもんなんでしょう。

202:吾輩は名無しである
21/04/06 14:59:42.43 vgEsRK16.net
いまや日本映画は、セリフで説明するどころか、画面に表示される文字で説明しています。
「シン・ゴジラ」は、その文字による説明がやたらと多かったらしいですね。
極端を言えば、日本映画における表現とは文字である、といった傾向は、いったいどんなもんなんでしょうか。

203:吾輩は名無しである
21/04/06 15:26:50.89 WAhZOyL2.net
蓮實がありがたがっている映画よりもバットマンやトム・クルーズのアクション映画のほうが面白いからな
そこを無視しできないと思うな

204:吾輩は名無しである
21/04/06 22:23:33.38 xld7E/TQ.net
いやノーランはつまらんわ…
トムの映画は蓮實も認めてるの多くね?

205:吾輩は名無しである
21/04/06 22:46:48.52 jgKsDdAw.net
ランキングだけ見て評論を読んでないか読めない人なんだろ
ハスミはトムクルーズが出てるだけで喜んでる人だろ
むしろ映画評論家がほめないような大衆作品をほめたのがハスミなのに
ALWAYS 三丁目の夕日やアメリカンアウトローに嬉々としてるわけで
ラストサムライも要はトムクルーズのキスシーンが良かったから褒めてる
ノーランのバットマンが好きならアメリカンニューシネマあたりが好きなのかな
映画秘宝と町山智浩が喜びそうな映画だ

206:吾輩は名無しである
21/04/06 23:53:12.51 ThXLUu+/.net
ジョン・フォードやハワード・ホークスの映画もゴダールやストローヴ=ユイレよりはスターウォーズやゴジラ対コング側だからな

207:吾輩は名無しである
21/04/07 00:44:03.16 y0pyQtKv.net
>>176
これは蓮實批判だね
浅田彰も蓮實を日本的スノビズムの法王とか言って馬鹿にしてたっけ

208:吾輩は名無しである
21/04/07 01:52:38.88 oD3Lq+ga.net
バットマンでもバートンのリターンズには言及しており
精神を病んだキャラクターばかりを「エンターテインメント大作」風の作品にしれっと出すぬけぬけとしたところは面白いと。
柳下のような社会のはみ出し者への過剰な(感傷的な)思い入れというのではなく。

209:吾輩は名無しである
21/04/07 02:09:41.39 40QgZdTM.net
≫精神を病んだキャラクターばかりを「エンターテインメント大作」風の作品に
≫しれっと出すぬけぬけとしたところは面白い
こういう斜に構えた批評が、とうに時代錯誤だというのが大方の見方なのでしょう。
蓮実重彦が「しれっと」「ぬけぬけと」と感じるようなことが、なんのインパクトもなくなっていて、
あまりにありふれていて、いまさら「面白い」わけでもない、ということに気づいていないと思う人は多いだろう。
けっきょくは、70年代、80年代のある種の知識青年層の、平凡な俗物根性に過ぎないシニシズムを、
「自分のセンスは独特だ」と思い込みたがっている心理には受けたスタイルのまま、という感を強く持つ。

210:吾輩は名無しである
21/04/07 02:13:27.86 40QgZdTM.net
蓮實重彦自身は、至極まっとうな、ぜんぜん「はみ出さない」知識人であって、「しれっと」も「ぬけぬけ」もしていないのが、
わかられているのです。

211:吾輩は名無しである
21/04/07 02:20:55.68 40QgZdTM.net
蓮實訳のドゥルーズのマゾッホ論にある「否認と宙吊り」の「上昇」を望まず横にずれる「戦略」が、
上でどなたかおっしゃったように「ソビエト(正統的マルクス主義の意味だろう)に対するもの」でなければ、大した意味がないのとおなじで、
ハイカルチャーやプロレタリア芸術思想な「真面目さ」がなくなると、蓮実的な斜に構えた批評スタイルも、
対すべきものがなく、大した意味をなさない。

212:吾輩は名無しである
21/04/07 02:34:10.61 40QgZdTM.net
福田和也の、若いころの横紙破りだったころの気分のいまだ抜けない、
体制内で功なり名をとげた老人、というかのような蓮実重彦についての評は、およそ当たっている。

213:吾輩は名無しである
21/04/07 02:49:00.36 oD3Lq+ga.net
福田は蓮實でも江藤でも柄谷でも中上でもバカにするのは良い(効果はある)けど
では誰を毎回持ち上げてるかと言えば慎太郎とか村上春樹だったりするので結局ダメ。

214:吾輩は名無しである
21/04/07 03:04:23.54 40QgZdTM.net
福田和也は、自分のことを棚に上げた外野からのちょっと面白いヤジのごとき批評スタイルだし、
存在感にも差があるので、蓮実重彦と同列には扱えません。

215:吾輩は名無しである
21/04/07 08:58:34.92 dRGsriWR


216:.net



217:吾輩は名無しである
21/04/07 09:16:34.48 mztavYdQ.net
芸人が師匠のおかしい話をネタにするのは良くあること

218:吾輩は名無しである
21/04/07 09:17:10.26 oD3Lq+ga.net
尊敬してるとは言ってるけど、チラチラと馬鹿にしてた。
同じく評価はしてる柄谷に対してもプライベートの冴えなさを具体的に挙げたりして。
ただひたすら嫌われてその上でボロカスに言われてる蓮實の方がダメージなさそう。

219:吾輩は名無しである
21/04/07 09:24:12.31 oD3Lq+ga.net
村上龍を「流行を7年遅れで追いかける田舎者」とし、最高傑作は「テニスボーイの憂鬱」というのも…
テニスボーイは本宮ひろ志のマンガのナンパ路線よりはずっと面白い(愛と幻想のファシズムは「お勉強」した本宮ひろ志みたい)けど。
あまりにも調子づいてる時の罵詈雑言には、いくら冷酷さを装っても福田自身のコンプレックスが滲み出てるような気もする。

220:吾輩は名無しである
21/04/07 09:48:26.91 mztavYdQ.net
>>214
田舎者だから良い小説は書けない、ということはない。

221:吾輩は名無しである
21/04/07 10:13:35.18 oD3Lq+ga.net
大江が妹と結婚するのに大反対したと言われる伊丹十三。
宮本信子が持ち込んだ嫁入り道具をすべて捨てたスタイリッシュな男。

222:吾輩は名無しである
21/04/07 10:15:18.85 oD3Lq+ga.net
福田が「あらゆる遊びに飽き果てた」だの慶應ボーイだの元パンクスだの言っても…

223:吾輩は名無しである
21/04/07 10:57:55.62 7WDCpmtN.net
デブは何言ってもデブ。

224:吾輩は名無しである
21/04/07 11:02:06.91 oD3Lq+ga.net
デブですらなくなって、どこかへ消えてった。

225:吾輩は名無しである
21/04/07 21:36:36.88 y0pyQtKv.net
奇妙な廃墟とボヴァリー夫人論てどっちが凄いの?

226:吾輩は名無しである
21/04/07 23:09:08.82 RGk8rcQx.net
『子猫をお願い』の映画評は『ボヴァリー夫人論』を応用したように読めた

227:吾輩は名無しである
21/04/07 23:37:19.65 dRGsriWR.net
福田先生って離婚したんですか?

228:吾輩は名無しである
21/04/08 01:44:50.03 6jbzpFkr.net
死んだぜ?

229:吾輩は名無しである
21/04/08 02:58:03.32 chugXC72.net
>>201
ニューシネマは好きだけどノーランは嫌い
アクションの殺陣もカット割りもくそじゃん
アクションコーディネーターが悪いのかも知れんが、どっちにしろそれを監督する立場にあるんだからノーランの責任だわな

230:吾輩は名無しである
21/04/08 07:31:42.32 To82/QrS.net
福田和也は図書新聞でイキってるデブだったな。

231:吾輩は名無しである
21/04/08 14:39:17.54 lhFxlLwO.net
蓮実重彦はかつて、蓮実重彦を受取人として振り出された小切手を
近所の銀行に持参して、そこにある蓮実重彦名義の口座に記載の金額を振り込むよう手続きをしてほしいとの旨を行員にいった時のことを日経新聞に書いた。
蓮實氏は、行員から身分証明書類の提示を求められ、わたしは運転もしないので免許証もない、などのことをいったところ、それでは手続きできない決まりです、云々ということになり、そこから少々押し問答になったというのである。
その件について蓮實が言うに、蓮實重彦その人を受取人とする小切手に記載の金額をその蓮實重彦その人の名義の口座に振り込むよう手続きするに、際して、小切手を持参した者の身分証明はいらないだろう、ということだ。たしかにそのとおりだろう。たとえ、小切手を持参した人間が、別人であっても、何の問題も生じない。
そして、蓮実氏は、こういうわけのわからない決まりを、なにも疑わずにいる様な不合理的な心性がはびこっているから、本州四国間に橋が3本もかかるようなおかしなことになるのだろう、といったことを書いて締めくくっている。
わたしとしては、蓮実重彦が書いた内容は、一般論としてもっともだと思うが、一方で、その応対をした銀行員がかわいそうだ、とも思うのだ。
銀行員は、決まりどおりにやらないと上司に怒られるとかというような目に合うのだろう。
その客である蓮実重彦は、当時、東京大学総長である。
東大総長のお客の要望(クレーム?)と会社の決まり事との間に挟まれて、行員は困った立場になっている。このように地位の高い客の正論にもとづく「強硬」な態度は、広義のパワハラになりかねないのである。
蓮実重彦は正論よりも、その銀行員にたいする世間並みの思いやりを優先すべきだったのではないか。

232:吾輩は名無しである
21/04/08 20:09:04.42 UwJ5Hhtc.net
個人商店じゃなく一応銀行だからねー
文章で銀行自体にケチつけるのはいいとして受付係も個人の裁量で勝手なことは出来ないからな
しかし蓮實先生、車も運転出来ないで映画を語ってたのか

233:吾輩は名無しである
21/04/08 20:59:33.24 FYcxKEtv.net
フランスのTVシリーズ「現代の映画作家」でたけしの回にインタビュアーで
出たときの、蓮実のハイヤーの運転手に対する態度はドン引きするレベルだよな

234:吾輩は名無しである
21/04/08 22:41:12.91 XYS4QeMg.net
吉本隆明「彼は伯爵か何かなんですか?」

235:吾輩は名無しである
21/04/08 23:04:08.00 lhFxlLwO.net
「伯爵夫人」は、さすがに傑作ですよ。
蓮実重彦が書いたすべてのもののなかで、ベストです。
とにかく完成度が高い。思想の水準はもちろん、構成の巧みさ、パロディの秀逸さ、文章、どれもぴったりはまっている。
それと作品の背景、あの雰囲気をだせる人が、
もういないでしょう。
マネできる人は、まずいない。
日本のポストモダン文学史上の最高作なのはまちがいないです。
21世紀の日本文学で、同等の作品というと、笙野頼子の「だいにっほん三部作」くらいしか思いつかない。

236:吾輩は名無しである
21/04/08 23:05:27.57 lhFxlLwO.net
×思いつかない
〇思い浮かばない

237:吾輩は名無しである
21/04/08 23:21:47.38 XYS4QeMg.net
蓮實重彦「わたしは無爵である」

238:吾輩は名無しである
21/04/08 23:24:04.50 PNQ/zxG7.net
>>230
あのエロ小説よくできてるよね本当に
太平洋戦争開戦前夜という時代設定も秀逸

239:吾輩は名無しである
21/04/08 23:24:28.10 lhFxlLwO.net
母方の祖父が男爵ではなかったですか。

240:吾輩は名無しである
21/04/08 23:34:10.46 UwJ5Hhtc.net
 私自身は、文学賞の候補になったりする以前、文芸誌に掲載された時点で当の『伯爵夫人』を読み始めたものの、その惨憺たる内容に呆れ果て、半ばほどで読み進めることを放棄したのであった。
 とはいえ、これは、『伯爵夫人』という小説が完全に無価値であることを意味しない。むしろ、ある程度の価値が担保されてしまっているということにこそ、この小説のタチの悪さがあるのだ。……
『伯爵夫人』という作品を構成する言語を技術的に分析する限り、どこがどのようになりどのようなことがなされどの程度の技術的水準にあるのかということは、どの点から見てもそこそこ高い評価を下さざるをえない。
しかし、そこで駆使されている技術は、既存の文学研究において提出された技術面での理論的言説において、既に明確に定式化されているようなことばかりなのである。
ここにあるのは既知の技術の組み合わせでしかなく、小説家としての蓮實重彦自身の取り組みによって従来の理論的研究からはみ出した部分は、全くない(とりあえず、私が読んだ前半までの範疇では)。
 言ってみれば、これはリヴァース・エンジニアリング小説とでもいうべきものであって、文学研究・文学理論の成果をそのまま適用しさえすれば誰にでも書けるはずのものなのである。
その意味では、プロの書き手でも批評家・研究者の類でも、この小説から学べることは何一つない。『伯爵夫人』より低水準の小説しか書けない実作者などというものは単に不勉強でトレーニングが足りないのだからプロ失格だし、批評家・研究者がこの小説の読解を通して新たに生み出しえる知見などというものも存在しない。
 にもかかわらず、ここに何か語るべきことがあるかのように振る舞ってあれやこれやの論外の駄弁を労する連中の醜態を鼻で笑っていたりもしたのだが、さすがにこんな茶番が文学の名の元に行なわれるのはあんまりなのではないかとも思い、
『伯爵夫人』を最後まで読み切ってその技術的成り立ちを全て明確に示した上で「この小説に何か取り立てて語るべきことがあるかのように考えている者は、全員、単なる馬鹿である」という結論に至る文章を書こうかなどとも考えたりしたのだが、後半を読むのは完全に時間の無駄であろうと判断して結局やめておいたのであった。

241:吾輩は名無しである
21/04/08 23:38:22.62 UwJ5Hhtc.net
 そんなことがあるうち、なんだかこの小説が文学賞の候補になって大きな話題になりつつあったのだが、そんな中、ただ一人、この小説に関して非常に的確であり私にも妥当であると思える評価を下した人物がいた。
これまでも、それなりに信頼に足る業績を積み上げてきており、その仕事にも一定の評価を下している批評家……そう、蓮實重彦である。この小説に対して述べる機会がなぜかあった批評家・蓮實重彦は、
この程度の作品であれば文学研究者であれば大した労力もかけずに誰でも書ける程度のものでしかなく取り立てて価値もないことを、辛辣ながらも的確に評していたのであった。……いやー蓮實先生、やっぱりさすがですね~。
 さて、やや脱線が長くなってしまったが、セリーヌやジュネやベルンハルトの手になる小説は、文学研究のリヴァース・エンジニアリングによって完全に説明がついてしまい正当な手続きさえ踏めば誰にでも構築できてしまうようなしょうもない小説とは、まさに対極にあるものである。
 既存の文学理論の方法論なりそこで積み上げられた分析方法なりをセリーヌなりジュネなりベルンハルトなりに適用してみて明らかになるのは、むしろ、なぜそのような文章をそのように長大に書き連ね連結することによって長篇小説を構成することができるのか、全く理解不能であるということだろう。
 むしろ、セリーヌやジュネの場合、純粋に技術的な見地からのみ見ると、そこにそれまでの文学史で登場していなかった高度な達成があるとも思えない。にもかかわらず、作品全体としては、高度な達成がなされていると評価せざるをえない。
……以上のような、明確な分析を拒む異様な散文を改めて丁寧に読み続けることによって私が改めて実感するようになったのは、セリーヌとジュネがあれだけの分量を持つ長篇小説を平然と何作も書くことができたのは、全くわけがわからないということだ。

242:吾輩は名無しである
21/04/08 23:46:06.49 XYS4QeMg.net
確か戦前戦中の映画鑑賞についての話でかな
吉本)戦前戦中に映画を見てる人なんていなかった
蓮實)いやいや普通に見てた、『モロッコ』が売れると『トロッコ』が出てきたりしてた
吉本)そんな文化豊かな生活ができたなんて、あの方は伯爵か何かですか?
蓮實)何か言ってる方がいるけど、わたしは無爵である
こんなヤリトリがあったのよ(もちろん直接の対談ではないよ)

243:吾輩は名無しである
21/04/09 00:06:09.48 bJQokckT.net
「伯爵夫人」の文学理論や文章技巧やポストモダン的な構成などのことばかりいう人が多いが、
それは一面的だ、と私は思う。
あの作品は、おそらく蓮実重彦のお祖母さんへの思いが書かせたものではないですか。
「伯爵夫人」の底にあるものを一言でいえば、愛だと思いますよ。

244:吾輩は名無しである
21/04/09 00:10:25.90 vTnBvD+i.net
新垣隆「私は、お金とか名声が欲しいのではありませんでした。佐村河内の依頼は現代音楽ではなく、調性音楽でしたから、私の仕事の本流ではありません」、「彼の申し出は一種の息抜きでした。あの程度の楽曲だったら、現代音楽の勉強をしている者だったら誰でもできる。どうせ売れるわけはない、という思いもありました」
この発言を真似したかったとしか思えない

245:吾輩は名無しである
21/04/09 00:11:52.95 bJQokckT.net
≫『伯爵夫人』より低水準の小説しか書けない実作者(中略)はプロ失格
職業作家では、一人もいないから、日本の文学界は全滅でしょう。

246:吾輩は名無しである
21/04/09 00:13:28.01 bJQokckT.net
ところで、235,236は、いったい誰が書いたものですか。

247:吾輩は名無しである
21/04/09 00:17:54.22 c1ou19yg.net
238、蓮實重彦が最も忌み嫌った評価で絶賛するってなかなか意地悪ですね

248:吾輩は名無しである
21/04/09 00:27:34.53 bJQokckT.net
≫文学文学研究・文学理論の成果をそのまま適用しさえすれば誰にでも書ける
すぐにこういうことを言う人が出るけれども、
書けませんよ。
だいたい、あの時代のあの階級の女性たちに特有の言葉遣いが、文壇の現役では、
もはや蓮実重彦くらいしかわからないでしょう。
生きていいたら100歳以上の太宰の「斜陽」でさえ、三島由紀夫に言葉遣いが変だ、とか言われたんだから。

249:吾輩は名無しである
21/04/09 08:17:26.15 JkhaIUJ6.net
戦場の描写なんてうまいけど、全体的にチープなのは通俗的な文学性を回避したわけなのか?
性器の名を連呼するのは「やんちゃ」がしたかったのか?
あの短さ(長さ)にこだわったのかもしれないが、細部が膨張して収拾がつかない状態になる事を夢見たりしないのか?
それは「批評家としての自分の倫理」が許さなかったのか?

250:吾輩は名無しである
21/04/09 19:16:27.10 vTnBvD+i.net
蓮實:いや、黒田さんは、これは傑作であり、私の書いたものは到底傑作と言えるものではありません。あの程度のものなら、私のように散文のフィクションを研究してる者にとってはもういつでも書けるものであるわけですが。あの程度の作品というのは、すなわち相対的に優れたものでしかない、ということだと思っております。

蓮實:いや、情熱やパッションはまったくありませんでした。もっぱら知的な操作によるものです。
蓮實:評価については先ほど申し上げたとおりです。相対的に優れたものであり、あんなものはいつでも書けるということです。それから、最初の質問はなんでしたっけ?
蓮實:いや、まったくなにも書いてません。お読みになってくださったんでしょうか? そしたらなにが書かれていましたか?

251:吾輩は名無しである
21/04/10 00:29:08.06 ez1w/iVa.net
235,236の方は、The Red Diptychの方でしょう。
ちらちら拝読したところ、ひじょうに優れた批評が多くて、
ただ感心しました。

252:吾輩は名無しである
21/04/10 00:53:36.35 yacoVYpO.net
アメコミの評論もやってた人かな
アルファビル、惑星ソラリスを並べて「見立てる」ことについて語ってたり
今見たら見れなくなってた
蓮實重彦等のコピペを接続して文章を完成させていくブログも好きだった
書きたいことはすでに書かれているってノリのね
評論DJみたいで面白かった
こちらも見当たらないな

253:吾輩は名無しである
21/04/10 07:12:02.40 26PwdZtN.net
蓮實さんは細部が膨張して収拾がつかない状態になるフリしか出来ないでしょ
どこまでも相対的な聡明さの人であって愚鈍なる野蛮な知性からは徹底的に見放されてる人ですから
批評ではその聡明さが威力を発揮するけど小説ではその限界が激しく露呈する
伯爵夫人は読んでないけど陥没地帯をそれなりに期待して読んだ時のガッカリ感は忘れられないな

254:吾輩は名無しである
21/04/10 08:40:32.42 T5KPGYr+.net
>>233 大東亜戦争な



256:吾輩は名無しである
21/04/10 12:01:18.74 ez1w/iVa.net
僧正遍照『古今集』『小倉百人一首』
天津風(あまつかぜ)雲の通ひ路(かよひじ)吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむきのつらゆき
紀貫之の評は、絵にかける女を見ていたづらに心をうごかす、ようである、というもの。
こぬひとをまつほのうらのゆふなぎにやくや藻塩の身もこがれつつ
後鳥羽院の定家評は、定家は生得の上手にてこそ、こことなにとなけれども、うつくしく言ひつづけたれば
殊勝のものにてあれ
「伯爵夫人」についての蓮実重彦本人の評も含めた世の大方の評は、
こういうのに似ているのです。
日本ポストモダニズム=「伝統」・プレモダニズムという批評は正当だろうが、
そういうものへの批判にしても同じくらい古くから「伝統」的にあるのです。

257:吾輩は名無しである
21/04/10 12:02:25.81 ez1w/iVa.net
引用の藤原の定家の歌は、「新古今集」「小倉百人一首」に自選

258:吾輩は名無しである
21/04/10 12:04:51.60 ez1w/iVa.net
×天津風(あまつかぜ)雲の通ひ路(かよひじ)吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむきのつらゆき
〇天津風(あまつかぜ)雲の通ひ路(かよひじ)吹き閉ぢよ をとめ(乙女)の姿 しばしとどめむ

259:吾輩は名無しである
21/04/10 12:50:10.12 ez1w/iVa.net
かかるものを幽玄というならば、幽玄の冒涜だと思っている。
屏風に向うて歌をつくり白氏文集の句を唱して歌をつくるは、尊からざるごとく
(斎藤茂吉「定家の歌一首」)
紀貫之の僧正遍照の歌への批判とおそらく同趣旨でしょう。
なにも近代になってはじめて日本ポストモダン的「伝統」が批判されたわけではなく、
批判のほうもおなじく「伝統」的なのです。

260:吾輩は名無しである
21/04/10 12:58:21.84 ez1w/iVa.net
後鳥羽院は承久の乱を引き起こしました。
しかし、その寵臣の藤原定家は、「紅旗征戎吾事(わがこと)に非ず」といって、
関わりませんでした。そして、鎌倉幕府よりだった義弟が乱ののちに太政大臣になったおかげで、
破格の正二位にまでなりました。
なお、三島由紀夫は晩年、定家のように「紅旗征戎吾事(わがこと)に非ず」といった「政治」に対する諦念を自分は持てない、といっていました。

261:吾輩は名無しである
21/04/10 14:02:25.29 ez1w/iVa.net
ちなみに、後鳥羽院の西行評
「こころ殊に深し」
定家評とは逆です。

262:吾輩は名無しである
21/04/10 14:04:59.37 cFfQIylI.net
ICレコーダーに西落合1-18-18 更生施設けやき荘にたった数日入居していた間偶々偶然に録音したのをみつけその内容の酷さに公表する事を決意しました、文字起こしします。
西落合1-18-18 更生施設けやき荘勤務の柳沢は、職員に対して「ここの入居者に対してはどれだけ酷い事をしても、第三者委員会も設置してあるだけ、施設の苦情にここの入居者の「人間以下」が訴えたら「事実と異なる」と本当の被害であったとしても、そのように言い切れば「こちらの言い分」を裏付けも取らずに鵜呑みにするよ「世間」は・・・職員が「ここの人間以下のゴミクズ以下の入居者」を殴ってごらん・・・殴られた入居者が警察に訴えたら「こんなところに入居している「人間じゃあない生き物の言い分」を信用するのか」と言えばいい・・・土下座して謝罪してくれるよ「警察が」
そう言って柳沢は近くに居た入居者の女性の髪を引っ張り平手打ちした(平手打ちをした音声が入っていた)
「これを世間に訴えても「映像証拠」でもない限り「こちらの言い分」を世間は鵜呑みにする・・・ここに入居している人間は生活困窮者でもあるからスマートフォンは所有していない・・・「映像証拠」等撮れない」
そう言うと柳沢は、平手打ちをした入居者に対して馬乗りになり激しく殴打した(殴打していると思われる音声が入っていた

263:吾輩は名無しである
21/04/10 14:09:25.34 ez1w/iVa.net
紀貫之 古今集仮名序
やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける 
世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、
心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり 
花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける 
力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり・・


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