【創価・学術立ち入り禁止】 ドストエフスキー ①at BOOK
【創価・学術立ち入り禁止】 ドストエフスキー ① - 暇つぶし2ch67:吾輩は名無しである
19/08/12 02:09:16.43 PmYN5xkx.net
精神分析ではスピノザはバイオフィリアらしい
とにかく生に惹かれるタイプで、悪霊で言えば自殺を考え出す前のキリーロフに近いと個人的には思っている
ドストエフスキーが好みそうなキャラクターだねw
合理主義者は仕事の内容にもこだわりそうだけど、メタ合理主義者なら貰った報酬にしか興味がない
金に溺れた脱税するような経営者もそれと似ている気がするよ

68:学術
19/08/12 08:18:18.89 gAGVN4sM.net
スピノザより定理がどう国をまたいで伝承したかなどだよ。

69:吾輩は名無しである
19/08/12 15:13:48.53 Vk9j6Cve.net
「穴を掘って埋める仕事」自体に大した意味が無くとも
それを生業とする人間が一定数存在して
この人間集団が経済システムに一定の地位を占めているのなら
社会は「穴を掘って埋める仕事」を必要とするだろうね
働かないでうろうろしている蟻と似たようなものだね

70:吾輩は名無しである
19/08/12 23:04:16.36 PmYN5xkx.net
意味のない作業繰り返す、そう言われるとシシュポスの神話を思い出す
それと同時に、人間の一生もまた繰り返す作業のように思われて、そのことで少し虚無感を持ったりもする
シシュポスは、繰り返される作業の中にある一瞬の休息に力強い生を見つける
その一瞬は繰り返される運命をしのぐのだと
時間よ止まれ、おまえは美しい
この世の栄冠の限りを味わったファウストもまた、積み上げる壁という作業の中にある一瞬、休息を留めたいと願った
社会には、実は意味のない作業など存在しないのかもしれないね
ーー神々がシシューポスに課した刑罰は、休みなく岩をころがして、ある山の頂まで運び上げるというものであったが、ひとたび山頂まで達すると、岩はそれ自体の重さでいつも転がり落ちてしまうのであった。
無益で希望のない労働ほど恐ろしい懲罰はないと神々が考えたのは、たしかにいくらかはもっともなことであった。ーー
「いわばちょっと息をついているこの時間、彼の不幸と同じく、確実に繰返し舞い戻ってくるこの時間、これは意識の張りつめた時間だ。
かれが山頂を離れ、神々の洞穴の方へと少しずつ降ってゆくこの時の、どの瞬間においても、かれは自分の運命よりたち勝っている。かれは、かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ。」カミュ シシュポスの神話より

71:吾輩は名無しである
19/08/13 01:05:29.74 sl6IlaYA.net
諸君は犬を飼ったことがあるかな?
早朝と夕方に毎日1時間ほど散歩にいくのだが、当時は時間を取られると煩わしく思うこともあった
しかし犬というものは、あるいは子供というものは習慣を愛する生き物である
いつものメンツで、いつものルートを一緒に散歩することを飽きることなく喜ぶ
そこに意味や目的、成長は必要とされない
「こんな日がずっと続くといいのにね」という充実感だけがある
もし人間が現状を肯定できる生き物であったなら、文明は発展しなかっただろう
虚無感は変化を促す意志の源でもあるのだ

72:吾輩は名無しである
19/08/13 01:41:24.19 Po8tdI3S.net
すげーわかるきがする
多分文学から引用とかすると難しくなっちゃうけど、なんか小学生くらいの頃の家族でやる夏の花火とか、このまま寝ちゃうのが嫌で必死に起きていた気がする
でも子供だから結局は寝ちゃうんだけど、このまま時が止まったらいいなー、みたいな気分があって、意味がどうとかなんて子供の頃は考えもしなかった
だけどここは一応ドストエフスキースレなので、該当すると思われる部分は引用しときますw
あのキリーロフ だけど、そういう気持ちで読んだら意外と的を射てる気もしなくもない
>>71
現状を肯定する、とは、すべていい、という事にとてもよく似ているとおもう
「すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。
叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい、すべてがです。
すべてがすばらしいことを知る者には、すばらしい。もしみなが、すばらしいことを知るようになれば、すばらしくなるのだけれど、すばらしいことを知らないうちは、ひとつもすばらしくないでしょうよ。
ぼくの考えはこれですべてです、これだけ、ほかには何もありません」

73:吾輩は名無しである
19/08/13 01:54:51.25 Po8tdI3S.net
もしくは卒業式とかね
あの卒業歌の練習煩わしくてしょうがなかったけど、なんかこのままでいたいような気もしたのは覚えている
あのオウムみたいに無理やり同じ歌を散々と練習させられた煩わしさが後々よく思えたりもするw

74:吾輩は名無しである
19/08/13 02:26:59.00 sl6IlaYA.net
そうそう、ニーチェの永劫回帰、カミュのシジホス、ドストのキリーロフのアレの話ですな、へっへ!

75:吾輩は名無しである
19/08/14 23:50:28.95 y8lyc6a6.net
書きたいことはいろいろあるけど書き写すのが面倒くさいんだ

76:吾輩は名無しである
19/08/15 00:58:40.03 2gaZ1YFk.net
なら暇潰しに代理しようw
ドストエフスキーはある予言を残した
彼はディストピア作家ではないが、その未来に自由と人間の独立はないと想像している
これはもちろんソビエト社会主義含むが、嘆かわしいことに現代の私たちからすると、近い過去は近い未来に似るらしい
人びとはやがて空中を歩いたり飛んだりするかもしれない。いま鉄道で旅行している速度の十倍の速さで、非常に広い空間をひとっ飛びということになるかもしれない。
土の中から信じられぬくらいの収穫をひきだし、化学によって有機体を作りだし、わがロシヤの社会主義者たちが夢みているように、牛肉が一人一キロずつ行きわたるようになるかもしれない。一口に言って、さあ飲め、食え、楽しめというわけだ。
さあ、すべての博愛主義者たちは絶叫するに違いない。今こそ人間は生活を保障された。
今こそはじめて人間は本領を発揮することだろう! もはや物質的窮乏はないし、すべての悪徳の原因だった、人間を蝕む《環境》ももはやない。
今こそ人間は美しい、正しいものになるだろう!
もうこれからは、どうにかこうにか暮らしてゆくための絶え間ない労苦はなくなり、今やだれでも高尚で深遠な思想や普遍的な現象に関心をもつようになる。今、今こそやっと最高の生活がやってきたのだ!
だが、おそらくこうした歓喜は人間の一世代ともつまい! 人びとは突然、自分たちの生命がもはやほろび、精神の自由も、意志も個性もなく、だれかが何もかも自分たちから一遍に盗んでしまったのだということに気づくだろう。
人間らしい顔つきは失せ、畜生のような奴隷の姿、形、畜生の姿が、やってきたのだ。
(作家の日記より)

77:吾輩は名無しである
19/08/15 01:01:08.50 2gaZ1YFk.net
自由には独立、個々の人間の自立が必要であるけども、人は未来でさえ隷属したい欲動はどうやら消せないのかもしれない
そしてディストピア作家の多くもまた未来想像する
ハクスリーはすばらしい新世界を書くにあたり一つの予言を書き記している
嘆かわしいことに、この国もまた、後者ではなく前者の道を、金を払って選んでいるのかもしれない

真に効率的な全体主義社会というのは、強大な権力を持つ政治的権力を持つ子集団と、それに奉仕する事務方の軍団が、隷属を愛するゆえに強制されなても働く奴隷の大集団を管理する国家だ。
ユートピアはほんの15年前に私が想像したよりもずっと近いところにあるようにみえる。
ひとつは、ナショナリズムに凝り固まった軍事優先主義社会的、全体主義的な国々が、恐ろしい原子爆弾みずからの基礎に据え、文明を破壊する社会。
もう一つは、個々の国家を超越した全体主義の世界で、急速な科学技術の発展、とりわけ原始革命から生じた社会的混乱をきっかけに現れ、効率性と安定性が追求される中で専制的福祉国家へと発展するユートピアだ。
さあ皆の衆!金を払って、好きな方を選べ!(マックトゥエンより引用)
オルダス ハクスリーより

78:吾輩は名無しである
19/08/15 01:21:05.91 2gaZ1YFk.net
あくまで後者や前者というのは、マシなディストピアかディストピアかの違いしかないけどねw

79:吾輩は名無しである
19/08/15 03:09:13.64 H7TM9ugA.net
前者は旧帝国主義や民族主義、戦時体制から抜け出せなくなったソ連系社会主義(=失敗した共産主義)
後者は『素晴らしき新世界』の共産主義が成功した世界のディストピアだね
しかし過去の人々からみれば我々の今も十分にディストピアかもしれない
さて後者の観点だが、現代社会の悲劇は過去の社会において夢物語とされた理想の結果として生じている
何かが解決すると弁証法的に次の問題が生じ、世の苦難は決して絶えることはない
(ので、プルードンは変革に悲観的であり、マルクスと対立した
 マルクスは変革すべく戦うこと自体に人間存在の価値があると見ていた)
ディストピアは文明発展の副作用として生じ、あるいは人間が不幸の概念をわざわざ新しく発明することにより生じている
こんにち、不幸とされている概念は昔は存在しないか、些細な問題と見なされていたものばかりだ
「貧しさは豊かさにより生じる」(フーリエの弁証法)

80:吾輩は名無しである
19/08/16 00:24:00.19 9clBPBwM.net
過去の人から見れば、現代の社会がディストピアに見えるというのは確かにそうなのかもしれない
ただしディストピア社会とは管理された社会という意味においてだけど
ネットの発展により、情報の共有化並列化で人は均等になってしまった
技術の特化が優遇される場では、能力は価値をもたらさないのかしれないね
どこか社会の正当性もまた、正しさよりも世論と多数という数によって決められる現代は、もはや人間の自我に拠らないディストピアと言われても過去の人間に反駁できない気がする

81:吾輩は名無しである
19/08/16 00:48:41.70 9clBPBwM.net
ディストピアにも種類がある
オーウェルが描くような官僚的管理者なのか、ハクスリーの描く階級的福祉社会なのか
そういえばフーリエも愛の新世界を描いてみせた
いわく、情念という性愛の共産主義化になる
家族とは人類からの最大の孤立である
隣人愛において、その隣人を愛するならば一夫一妻制という特定の第三者「のみ」を愛することは調和という全体の愛からはほど遠くなる
共産主義の理想とは私有財産の廃止であり、共生・共有こそが理念になる
よって、情念の共産主義においては、特定の第三者を問わないフリーセックスが愛の共有であり、欲望を否定せずその方向を調和に向ける理想社会の可能性がそこには存在する
ドストエフスキーやトルストイも似た思想があるね
もちろん性愛の共有化ではなく性愛そのものの消滅という思想だけども、本質的には同じなのかもしれない
ドストエフスキーに限ってはフーリエに傾倒していた時期があるので説明もいらないだろうけど
作家の日記(4月16日-マーシャの死)でドストエフスキーは書き記している
めとったり、とついだりすることはない、彼らは天にいる御使のようなもの(マタイ22-30)、として生きることを調和の理想としている
個人的には性を厳格に規制された1984みたいな社会より、すばらしい新世界や愛の新世界のフリーセックスがある社会のほうがディストピアであってもマシだと思うけどw

82:吾輩は名無しである
19/08/16 12:33:20.31 AeIlj3Me.net
こういう本の根拠って何なのかな
本当なのだろうか
釈迦は反出生主義者だった?
古くは仏教の開祖ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)がスッタニパータで「子を持つなかれ」と説いている[2]。
Hari Singh Gourは彼の本The Spirit of Buddhismの中で、とりわけ四諦とパーリ律の始まりを考慮し、以下のようにブッダの教えを解釈している。
ブッダ曰く、人生が苦しみである事は忘れられがちである。人が子供を作る。従ってそれが老いと死の原因である。彼らが苦しみの原因がその行いにあると気付いたならば、彼らは子供を作るのを止めるだろう。そうして老いと死のプロセスを止めるべし。

83:吾輩は名無しである
19/08/16 17:07:33.04 qzqiOGte.net
生まれてこぬが最善、次善は死ぬことであるみたいな名言残したのはキュロス王だっけかな
当時は反出生主義があちこちで湧いてた気がするけど釈迦は死後の世界を認めた認めぬとか
デマや後世の修正が多いから判断が難しい

84:吾輩は名無しである
19/08/17 01:03:18.88 ES4u3mJ9.net
今ある、ということは何物にも変えがたい恩恵なのに、生まれてこない、死を賛美するなんて悲しい
ざっとググったらこんなに出てきた、なんて世の中だw
しかもショーペンハウアーばかりじゃないかw
結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかったし、七十五年の全生涯において、真に幸福であったのは四週間とはなかった、とさえ断言できる。
私の生涯は、たえず転がり落ちるので永遠にもち上げてやらなければならぬ岩のようなものでしかなかった。
(ゲーテ)
もし子供が純粋に理性の働きによって作られるなら、人類はそれでも存続しえたであろうか?
むしろ誰もが来たるべき世代に対して深い同情を感じて、なるべくなら彼らには存在の重荷を背負わせるような真似はしたくはないと思ったりはしないであろうか。
(ショーペンハウアー)
人間は死の恐怖と生の苦痛とのはざまを漂流している悲惨な存在である。生きることを嫌悪しつつ、死ぬこともできないでいるのだ。
(セネカ)
子どもを産むことは、災いを増大させることにほかならない。
存在しないよりは存在する方がマシだということを証明するいかなる方法も存在しない。
赤ん坊を他人に見せ、潜在性のこの災厄を見せびらかしては悦に入る。
これはもう理解を絶した狂気の沙汰だ。
(シオラン)
私は死を恐れない。私は産まれるまで何十億年もの間死んでいたのに、少しの不自由も感じなかったのだから。
(マーク・トウェイン)
人生は無意味なものである。これが真理だった。自分の前には滅亡のほか何物もないことを発見したのである。
生に酔いしれている間だけは生きても行けよう、が、さめてみれば、これらの一切がごまかしであり、それも愚かしいごまかしであることに気づかぬわけにはいかないはずだ!
(トルストイ)
赤ん坊が生まれたときに泣くのは、この大いなる阿呆の舞台に上がってしまったからなのだ
(リア王)

85:吾輩は名無しである
19/08/17 01:03:51.02 ES4u3mJ9.net
人生とは裏切られた希望、挫折させられた目論見、それと気づいたときにはもう遅すぎる過ちの連続にほかならない。
(ショーペンハウアー)
人生は苦痛と退屈のあいだを、 振り子のように揺れ動く
(ショーペンハウアー)
眠りは良い、死はもっと良い。でも一番良いのは生まれてこないことだ。
(ハインリッヒ・ハイネ)
死は我々から意識を永遠に奪うものであるが、不思議な利益もあって、深い夢のない眠りは最も幸福な人生のいずれの日よりも好ましい。
(プラトン)
幸福は夢に過ぎず、苦痛は現実である。
永遠の生命というのはどのようなものか私は知らない。
だが、これはよほどたちの悪い冗談だ。
(ヴォルテール)

86:吾輩は名無しである
19/08/17 01:04:00.71 ES4u3mJ9.net
なぜ我々は出産を喜び、葬儀で悲しむのか?当事者ではないからだ。
(マーク・トウェイン)
この世は、苦悩と不安に苛まれている生物が、互いに食い合うことによって生を繋いでいる修羅場である。
墓石を叩いて、もう一度生き返りたいかと死者に問えば、彼らは首を横に振るだろう。
そして、ソクラテスの意見もこれと同じである。
(ショーペンハウアー)
もし魂が肉体とともに死滅するのであれば、死は一つの救いである。
(キケロ)
貪り食う動物の喜びと、今まさに貪り食われている側の動物の苦しみを足してみたまえ。世界には苦痛のほうが多いことが容易に判るだろう。
(ショーペンハウアー)
人生はとるに足りない夢だ。いつかは消え去ってしまうのだ。
(ナポレオン)

87:吾輩は名無しである
19/08/17 01:06:32.41 ES4u3mJ9.net
そしてドストエフスキーだけど、ドストエフスキー読者なら本の中の一部を切り取って、その人の本質だったと言わないけどねw
本には全体という構成がある、モノローグではない
人を幸福にし、最後には人々に平和と安らぎを与える目的で、人類の運命という建物を作ると仮定してごらん。
ただそのためにはどうしても必然的に、せいぜいたった一人かそこらのちっぽけな存在を、例えば例の小さな拳で胸を叩いて泣いた子供を苦しめなくてはならない、
そしてその子の償われぬ涙の上に建物の土台を据えねばならないとしたら、お前はそういう条件で建築家になることを承諾するだろうか。
(カラマーゾフの兄弟)


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