21/03/10 16:02:25.01 YrzJosuC.net
>>65
ニュートンが天と地との質的な区別を取り払い、天でも地でも均質的な時間空間が広がり、同じ物理法則、特に万有引力が成立しているとして、量的な広がりという世界観、宇宙観を提案した。
ヘーゲルがそこに異を唱えたが一蹴され、物理学はついに宇宙の果て、逆に宇宙の始まりに到達しつつある。
ヘーゲルが復活させようとした質的な飛躍のある世界観が、宇宙の始まりの前、あるいは宇宙の外側を考えるには再び必要ではないかとも言える。
量子力学的な問題もあると思うな。
宇宙の始まりから宇宙の果てまでは、要するに人間の思考の限界を確定しているに過ぎないとも言える。思考の及ぶ範囲がすなわち宇宙なのだと。
つまり、宇宙はあらかじめ実在としてわれわれが思考する以前から存在するのではなく、あるいは思考しようが思考しまいが思考と独立に宇宙は存在するのではなく、われわれが思考するから、まさにそれゆえに宇宙は存在するのである。
われわれが思考するから電子がそこにあるのと、それは同じことである。
松原隆彦『宇宙に外側はあるか』_d0262222_08101202.jpg
娘の引っ越しを手伝った。
二人目の子育てが終わったことになる。
お疲れさまと、妻を労った。何度も労った。
ところが、妻からは自分を労う言葉が一言も出て来なかった。
さすがにブチ切れた。
愚かな妻もようやく問題の大きさに気付いて泣いて詫びたが、B型の自己チューもここまでくると呆れる。
あまりにも自然に、当たり前のように、自分は仕事をこなしてしまったとも言える。上手なピアニストが超絶技巧をそれと感じさせないように。
でも、ちょっと考えてみてくれ。前の旦那が放棄した子育てを自分が引き受けたんだよ。それぞれ大学と短大を卒業させた。
もっといい学校に入って欲しかった、もっと勉強して欲しかった、オタクやスマホではなくもっとマシな遊びを覚えて欲しかったというのはあるけど、それらは結局は本人の問題だ。親としては、できることは十分にやってあげた。
こうしたことは決して自然でも当たり前のことでもない。少なくとも遺伝的なメリットは何もない。
まあ、おかげで仏教ランキングは5段階くらい一気に上昇したから、何も得なかったということはない。でも、仏教がなければ、弱い自分は逃げ出していたとも言える。仏教くらいしか、メリットはなかったのである。だいたい仏教ランキングって何だよ。聞いたこともない。自分が勝手にでっち上げたものだ。
そこはでっち上げとはいえ、仏教が確かに自分を偉大にした。これから哲学の本を書こうが、作曲をしようが、二人の子供を世に出す以上のものではないだろう。
だから、彼ら二人には感謝すらしなければならないと思っているが、それでも妻からは「お疲れさま」くらいは言ってもらってもいい状況だろ。それ以外に、それ以上のご褒美などないのだから。
レンタカーでトヨタのミニバン、ノアを借りた。
こんなデカイ車を運転したことがない。練馬区はかつて住んではいたが、車では行ったこともない土地だ。はじめての道は怖い。
それでも何とかなった。
ノアはつまらない車だ。
乗っている人は快適だろうが、運転はしたくないな。やっぱり5AGSのアルト・ラパンがいいね。
でも、これだけ大きく重い車であっても、はじめてでも難しさを感じさせなかったところは、さすがにトヨタだね。CVTも、思ったほど違和感はなかった。