26/03/12 15:49:58.19 f3xI1kBo.net
>>38
負の記録は立派な記録じゃないからなあ
41:名無し名人
26/03/13 03:39:09.06 lTFBCmdm.net
>>40
君はお子ちゃまだね
42:名無し名人
26/03/13 07:46:34.00 d174ACi2.net
・名人18期
・A級在位45年
・50回連続タイトル登場
これらは破るのが困難だろう
この中でも名人18期が至高の記録だと思う
43:名無し名人
26/03/13 08:23:40.42 lTFBCmdm.net
中原に10回挑戦して1勝9敗も恐ろしい執念を感じる
44:名無し名人
26/03/13 10:50:03.94 Dm8DcBiA.net
11回挑戦みたいだよ
名人2回 ●●
棋聖2回 ●●
王位2回 ●●
十段4回 ●●○●
王将1回 ●
45:名無し名人
26/03/13 11:44:18.35 lTFBCmdm.net
>>44
訂正ありがとうございます
折れない心が凄い
46:名無し名人
26/03/13 12:57:35.48 7IFftuIJ.net
実際、50代の大山は中原に次ぐナンバー2の位置だったからね
米長も大山に優勢だったのは実は4冠の前後2年(大山60歳になったあたり)だけで、その後の60代大山に結局は負け越し
しかもA級プレーオフやプレーオフ進出がかかった急所で勝てない
大山を越えられたのは中原だけだけど、そんな中原も40代後半になって読む力が衰えると、こんな状態で大山は自分と戦っていたことに驚愕して、大山全盛期に当たらなくて良かったと述べている
47:名無し名人
26/03/13 13:01:22.33 Qb7KM0AO.net
大山全冠 三年
藤井 羽生 半年くらい
中原歴代最高勝率
藤井が更新不可能な記録
48:名無し名人
26/03/13 13:42:17.23 BDUuBcnN.net
>>44
大山が63歳でプレーオフ優勝し名人に挑戦した。
防衛後、中原が「成績こそ自分が4勝1敗で終わったが
本当に恐かった。」と答えていたね。
49:名無し名人
26/03/13 13:46:54.88 BDUuBcnN.net
>>46
大山と中原はちょうど2回り違うんだよね。
中原が生涯であれだけの実績を残せたのは
本当に全盛期の大山と当たらなかったからだね。
二上とひふみんの惨状を見れば、よく分かる。
50:名無し名人
26/03/13 13:53:11.68 BDUuBcnN.net
60歳くらいでNHK杯でも優勝し
「今回で一二三さんより一つ上に成りました。」と笑顔で語っていた。
強い人は早指しも強いね(何でも強い)
51:名無し名人
26/03/13 15:21:50.02 ZauY8+Xh.net
>>45
20学年以上年少棋士への挑戦があるのは大山と羽生だけみたい
大山康晴 13回
名人2回 ●●
棋聖2回 ●●
王位2回 ●●
十段4回 ●●○●
棋王2回 ●●
王将1回 ●
羽生善治 2回
竜王1回 ●
王将1回 ●
52:名無し名人
26/03/13 16:15:13.61 Dm8DcBiA.net
米長邦雄 2回
竜王 ●
王将 ○
53:名無し名人
26/03/13 19:14:47.91 BDUuBcnN.net
羽生と米長は2回だけか(それでもすごいが。)
おじさんの7回挑戦して40過ぎて初タイトルも感動したが。
13回ねえ・・・感動と言うより、驚愕。
54:名無し名人
26/03/13 19:18:50.80 SsEqu61Z.net
レベル低い時代だからね
55:名無し名人
26/03/13 23:04:11.86 lTFBCmdm.net
ひふみん(40年1月)がタカミチ(60年4月)に挑戦し奪取
56:名無し名人
26/03/13 23:32:09.41 KIoo2i4F.net
>>49
大山があれたけの成績を残せたのは全盛期に中原がいなかったからとも言える
57:名無し名人
26/03/14 06:15:38.73 aCT7BY5U.net
>>56
羽生の99冠は大山がいなかったからなのは確かだ
羽生は心理トリックを使っていたからな
58:名無し名人
26/03/14 06:17:53.95 aCT7BY5U.net
>>56
中原は将棋そのものよりメンタルの強靭さが強みで、
あの図太さは戦後生まれでないと出せないと思う。
59:名無し名人
26/03/14 12:25:28.32 SRHXbaxm.net
>>56
あなたは大山全盛期の棋士など誰も知らないから何でも言えると思っているのだろうが、羽生世代より27学年も年長の米長を基準にして比較するだけで大山の偉大さが際立っているのは歴然としていますよ
1971年度(大山49歳の年度)から1975年度(大山53歳の年度)の対米長戦は大山の17勝7敗(勝率0.708)、対中原戦は25勝47敗(0.347)
この間のタイトル戦の成績は
棋戦 登場 獲得 挑戦 優勝 準優勝
大山: 31 17 8 7 6 5
米長: 31 6 1 5 1 2
中原: 31 21 18 5 10 2
1992年度(米長49歳の年度)から1996年度(米長53歳の年度)の対谷川戦は米長の3勝5敗、対康光戦は3勝3敗、対羽生戦は6勝7敗、対森内戦は4勝6敗
この間のタイトル戦の成績は
棋戦 登場 獲得 挑戦 優勝 準優勝
米長: 38 2 1 1 0 3
谷川: 38: 16 6 7 3 2
康光: 38 3 1 2 0 3
羽生: 38 31 27 8 4 1
森内: 38 1 0 1 2 0
最盛期を過ぎた49歳~54歳でも羽生世代(22歳~26歳)と遜色ない強さを発揮した米長が28歳~32歳でいちばん脂が乗っていた時に、それでも米長より圧倒的な成績を残したのが最盛期を越していた49歳~54歳の大山だった
60:名無し名人
26/03/14 12:28:43.70 SRHXbaxm.net
米長が史上最強の棋士は大山をおいてほかにないと語っているのは、大山、中原、羽生それぞれとタイトル戦の経験がある米長の言葉だから重みがある
61:名無し名人
26/03/14 14:47:43.12 tHyJ5Tv0.net
米長、中原、谷川、羽生は、みな50代前半でA級を去った。
69歳でA級プレーオフ進出の大山。
だれが見たって大山最強は明らか。
62:名無し名人
26/03/14 15:02:37.18 tHyJ5Tv0.net
>>37
大山だからこそ言える台詞だね。
羽生や聡太が言ったら「何を偉そうに」と反感を買うだろう。
63:名無し名人
26/03/14 20:00:59.29 D0YdBAxx.net
大山先生は単純に、将棋界最高棋戦である名人戦で18回優勝したことが評価の主軸です
(中原先生の15回優勝も、もの凄い)
それを補うのが、連続45年のA級以上在籍、ざっくり言えば棋界のおよそトップ10(正確には11、A級の人数が多いときは12とか)を45年キープし続けたことですが
優勝記録が盛期の48歳までに成し遂げられたのに対して、A級記録は69歳の高齢までにわたるものなのでインパクトがデカく
大山先生の偉大さを分かりやすく説明する場合には好まれますね
ただ、そちらばかりをアピールすると、持続力のような側面ばかりが評価対象になりやすいので
棋界最高の名人戦で最多優勝であるという全盛期のピーク力についても併せてアピールするのが良いと思います
高齢記録ばかり前面に出すと、全盛期の飛び抜けた強さに関してぼやけやすくなりますからね
全盛期に圧倒的なればこそ老いて衰えてなお強し、この論法が重要です
64:名無し名人
26/03/14 21:42:42.49 fa5bx7hz.net
>>56
中原が全盛期にたくさん勝てたのはお客さんの大山ばかり挑戦したのも大きい
羽生の挑戦者が康光や谷川ばかりだったように
65:名無し名人
26/03/14 22:20:00.76 SRHXbaxm.net
54歳の年度までの対局数
大山の対局数 羽生の対局数
80加藤(17学年差) 26天彦(17学年差)
19大内(19学年差) 51豊島(20学年差)
40米長(21学年差) 25永瀬(22学年差)
107中原(25学年差) 15誠也(26学年差)
17聡太(32学年差)
大山はずっとA級棋士だったので55歳の年度以降も加藤と45局、大内と23局、米長と63局、中原と55局も対局している
羽生はこのあとハイレベルな棋士との対局数はたかがしれているだろう
つまり、55歳以降もハイレベルの棋士と戦い続けたのは大山だけといってよい
66:名無し名人
26/03/14 23:11:20.67 nYItDcQD.net
ただ、中原先生に二日制番勝負で勝てたのは大山先生だけ、という時期も長かったですからね
中原先生が二日制番勝負で負けたのは加藤一二三先生が二人目で、1978年度王将戦、これは中原先生が30-31歳のシーズンでしょう
二十代のうちは中原先生は大山先生以外には二日制無敗だと思います
大山先生には1970年度王将戦、1971年度王位戦で挑戦失敗、1973年度十段戦では奪取されて計3回大山先生にやられていますね
中原先生若い頃の二日制番勝負の負けはこの3つだけ、いずれもフルセット負けですから長時間将棋では無敵に近い存在でしたね
中原先生と大山先生どちらの凄さも分かるネタですね
中原先生は一日制タイトル戦では割と可愛げを見せてましたけど
67:名無し名人
26/03/14 23:31:35.14 ak5WoaZ/.net
>>64
大山が挑戦者になかなかこなくなった頃に中原の全盛期が終わった
ボーナスステージみたいな挑戦者が続くと記録が伸びやすい
68:名無し名人
26/03/14 23:55:28.64 D0YdBAxx.net
それが事実だとして、因果関係はどっちが先なのでしょうかね
強い最盛期の時期だからこそ、強い棋士に勝ちまくることが出来たとも言えますね
大山先生や谷川康光さんたちが強いから、他の棋士たちを蹴散らしてよく挑戦してくる
それを中原先生や羽生さんが蹴散らす
他の挑戦者だと中原先生や羽生さんは負けたのですかね
そこの精査は重要かもです
中原先生は加藤一二三先生によく負け出したのが王朝崩壊の始まりです
4つの二日制タイトル戦のうち、三つ
王将戦は6連覇中のあと1-4、十段戦も6連覇中のあと1-4、名人戦は9連覇中10年連続在位のあと3-4で一二三先生に止められました
王位戦は米長先生に3-4でやられましたが、こちらはうっかり?と言った感じで翌年のリターンマッチでは圧勝して取り返しています
米長先生は二日制ではなかなか中原先生に勝てない時期が続きました
キャリア後半に十段戦での二年連続勝利と例の名人戦でいくらか帳尻合わせましたが、相性的にいまひとつ
一二三先生は完全に中原先生を攻略した時期がありました
69:名無し名人
26/03/15 00:16:56.46 RiC/0TAZ.net
中原が名人失陥して無冠になった時、実は大山はまだ王将だった
意外と知られてないけど大山のとんでもなさがよくわかる
当代の霸者が潰されたのに先代の霸者が健在だったという
70:名無し名人
26/03/15 00:24:55.45 RsKiii7b.net
>>67
今期名人戦のダニーはまさにそれ
イトタクや永瀬とダニー、山崎らでは難易度が全く違う
71:名無し名人
26/03/15 00:36:35.74 2ppUk+u0.net
トーナメントでは山崎挑戦者のようなことはありがちですが
糸谷名人挑戦者はどうなんでしょうかね
頂点のA級順位戦で永瀬さんに連勝しての挑戦ですから、ケチのつけようがないと言いますか
ボーナス、なんですかね?一応今年度のA級順位戦で最強だったということで出てくるわけですが笑
大山王将が中原挑戦者相手に1勝3敗からまくって、1981年度の王将戦は長引くに長引いたのです
実質八局だと当時の資料に書かれています、4月まで突入したんだったかな
で、次のタイトル戦が1982年度の名人戦で、これが加藤一二三先生が中原王朝を終わらせたシリーズなのです
中原名人失冠には、大山王将相手の手痛い負けが影響したのかもという話は当時の資料にも出ていますね
最強決戦のはずの名人戦、実際に中原名人と加藤十段が二強であるとの評価が当時下されていて頂上決戦ではありましたが
両者とも直前のタイトル挑戦は失敗しています
中原名人は書いたとおり大山王将を追い込みながら奪えず、加藤十段も二上棋聖に3連敗しての名人戦だったのでした
大山59歳、二上50歳とさすがの活躍です、米長先生含めて5強時代かのようになっていました
中原名人の支配力に翳りが見えた頃です(今更、大山二上両名は強くなる年齢ではないので、トップのお一人が降りてきたと考えると辻褄は合います)
72:名無し名人
26/03/15 00:42:20.66 CecGszG9.net
>>70
ボーナスステージっぽいけど糸谷名人になったら感動する
73:名無し名人
26/03/15 07:08:01.60 Z44VdsIw.net
その時代の中原は米長二上内藤森安にタイトル戦で負けてるので
力が落ちてたんでしょう
少し後には谷川修塚田に負けるようになる
74:名無し名人
26/03/15 09:24:26.48 cBeHgtsj.net
50代終盤でタイトルを獲った(その後防衛した)のもすごい。
50代でタイトルを獲ったのは、他には二上だけ。
これも隠れた実績。
75:名無し名人
26/03/15 10:57:39.39 0plf/4eH.net
中原は30歳越えてから酒と女で遊ぶこと覚えて将棋に影響が出てしまったね
それでも40代になるまで谷川に優勢だったから大したものだけど
76:名無し名人
26/03/15 11:13:00.48 KGMRohu1.net
二上の50歳棋聖が偉いのは米長中原加藤を相手に3連覇しての業績なんだよな
しかも米長棋聖への挑戦者になったときは2次予選からの勝ち上がりで6連勝、決勝戦の相手が大山だった
つまり、当時の4強をことごとく打ち破ったわけだ
当時だと持ち時間も5時間のストップウォッチ式だから体力的に不安な年齢でも実力を十分発揮できたようだ
返す返すも無念なのは12回登場しながら1期足りず永世棋聖になれなかったこと
最充実期に大山と20回タイトル戦を戦っていて、その中には棋聖戦も6回あった
77:名無し名人
26/03/15 12:32:16.42 cBeHgtsj.net
大山にタイトル戦で20期挑み、奪取は2期だけ。
歴史にタラレバは無いが、大山の全盛期にぶつからなければ
ひょっとしたら二上が16世名人だったかも。
78:名無し名人
26/03/15 12:34:58.49 hHEtwVQA.net
◆藤井被害者の会◆
(33-14)永瀬拓矢
(26-13)豊島将之
(25-5)渡辺明
(15-3)羽生善治
79:名無し名人
26/03/15 12:40:10.30 hHEtwVQA.net
羽生 善治被害者の会
47歳差 大山 康晴 3ー5
28歳差 米長 邦雄 10ー16
24歳差 中原 誠 10ー19
33歳差 平均 23ー40
80:名無し名人
26/03/15 14:16:55.45 ewWCGeN7.net
>>77
大山以外の他の棋士と五分だった二上では難しかったと思う
81:名無し名人
26/03/15 14:57:59.94 cBeHgtsj.net
最年少の中原が、一番勝率が悪いじゃないか。
82:名無し名人
26/03/15 15:34:46.68 KGMRohu1.net
>>80
大山名人への挑戦者
1961 丸田
1962 二上
1963 升田
1964 二上
1965 山田
1966 升田
1967 二上
仮に大山が存在していなかったら二上の名人戦の相手は丸田、升田、山田だったことになる
対丸田 29勝18敗
対升田 29勝23敗
対山田 14勝13敗
連続5期は無理でも通算5期はありえたかも
83:名無し名人
26/03/15 16:41:12.83 EGxKru1y.net
大山居なければ永世名人はともかく永世棋聖は高確率で取れてたよな二上
84:名無し名人
26/03/15 18:13:42.42 cBeHgtsj.net
タラレバを言っても始まらないが、大山の全盛期にぶつかって
二上、ひふみん、丸田あたりが不運だったのは確か。
あの世で恨んでいるかも。
85:名無し名人
26/03/15 18:19:26.83 eoe/BZax.net
まぁ将棋はどの時代も1強状態なことが多い
86:名無し名人
26/03/15 18:27:15.45 FYzcjBoe.net
二上は「次は自分の時代が来ると思ってた」と書いてた
87:名無し名人
26/03/15 19:16:38.60 Z44VdsIw.net
中原が出てくるのが遅れておればというのもあろう
88:名無し名人
26/03/15 20:52:08.86 orDoED+5.net
>>79
大山は非公式戦もあってそれもいれると大山4ー5羽生
89:名無し名人
26/03/15 21:08:15.67 KGMRohu1.net
>>88
18歳~20歳の藤井聡太に4-5だったようなものか
それも66歳~68歳で
羽生と藤井じゃ違いすぎるけど、当時の羽生に4-5なんて互角の勝負ができた棋士は何人もいなかったんじゃないかな
それも66歳~68歳でだから
90:名無し名人
26/03/15 21:45:41.83 oZ/6uHVP.net
>>89
そもそも60後半で羽生とそんなに指すこよになるのが異常なんだよね
谷川が藤井と当たるまで勝ち上がれないから当たらないんだけどこれが普通の60代
91:名無し名人
26/03/16 07:43:45.86 xmZj3TGr.net
>>90
そういうことか
谷川と藤井が40学年差
大山と羽生が48学年差
つまり、藤井にとって48学年差の年長棋士というと1954年度生まれの棋士なんだな
近いのは青野照市九段だから普通なら下位クラスの順位戦でワンチャンス、棋戦の予選でワンチャンスといったところか
大山はA級棋士だから順位戦ではあたらずその代わりのようなお好み対局で1局、王将戦2次予選で1局なわけだ
普通ならこれだけで終りだな
竜王戦の決勝トーナメント戦の準決勝とか棋王戦本戦決勝とか青野九段や谷川九段に置き換えてみればあり得ないことが大山だから普通だったわけだ
92:名無し名人
26/03/16 11:40:59.36 Xz3rRbuv.net
NHK杯で羽生が初優勝した年にも当たったよね。
この年は羽生が大山・中原・加藤・谷川を破って優勝し
「四人の名人を破った少年」なんていう本が出版された。
93:名無し名人
26/03/16 11:45:01.70 Xz3rRbuv.net
A級での活躍ばかり目に付くが
竜王戦の決勝トーナメントに進出するのもすごいね。
94:名無し名人
26/03/16 12:35:40.90 smaNs7qb.net
亡くなった時も竜王戦1組だったのは相当すごい
95:名無し名人
26/03/16 12:39:44.10 udbzs6FK.net
56歳、57歳で年度勝率2年連續7割越えるというのもおかしい
しかもA級だから雑魚狩りはできない状態で
96:名無し名人
26/03/16 12:50:32.46 Xz3rRbuv.net
50代では悠々とA級を維持して上位に定着し
60代を迎えて、初めて降級のピンチを迎えた。
・・・やはり、おかしい。
97:名無し名人
26/03/16 17:39:51.79 xmZj3TGr.net
谷川浩司
「大山先生が40~50歳になってもタイトル争いをしている姿を見て、歳は関係ないものだと思っていましたが、その歳になってみて大山先生が特別だったのだと気付かされました」
髙橋道雄
「大山先生の年齢に近づけば近づくほど、本当にすごい方だったんだな、信じられないなあ、と思うようになりました」
98:名無し名人
26/03/16 17:54:16.17 zkYjARB3.net
66歳で名人挑戦かよ
99:名無し名人
26/03/16 18:57:11.05 8Q5Od6BG.net
大山十五世名人と南芳一棋王のタイトル戦40歳2ヵ月差は不滅
100:名無し名人
26/03/16 19:10:47.53 8Q5Od6BG.net
>>97
大山最後のA級順位戦・最終戦で大山に負けてプレーオフになった谷川
大山南谷川を破って四者トーナメントを勝ち抜いたのが高橋
結局は中原が1-3からの逆転防衛で翌年米長名人、そして羽生名人へ
すんなり谷川が中原に挑戦してたら世界線はいくらか変わったかも
101:名無し名人
26/03/16 22:07:11.72 CAWduCoJ.net
大山と谷川(当時七段だったかな)の初対局が
大山王将(58歳)で大山の圧勝
谷川が50代でもこんな活躍できると思い込まされたのは間違いない
102:名無し名人
26/03/16 23:33:59.89 TCs5AXyd.net
やはり大山称賛スレとなるのが自然
最後まで超一流であり続けた
103:名無し名人
26/03/17 05:40:17.80 t+fXPAk+.net
大山の全タイトル戦50回連続登場の記録を追ってみるとフルセットを制して獲得したタイトル戦が9回あり、失敗が許されないタイトル戦挑戦にも9回連続して成功していた
並大抵のことではこの記録に並ぶのは不可能だろう
偉大な記録は1957年度から始まった
1. 升田に負けて名人失冠
2. 升田九段に挑戦敗退
3. 升田に挑戦し王将獲得
4. 升田名人に挑戦敗退
5. 升田に挑戦し九段獲得
ここから全タイトル戦17回連続登場連続17期獲得がスタートした。その中には新タイトルに挑戦し獲得した初代王位、初代十段、初代棋聖も含まれる
22. 王将失冠
この次から19回連続登場連続19期獲得の記録を作って
42. 棋聖失冠
43. 王位防衛
44. 十段防衛
45. 棋聖挑戦獲得
46. 王将防衛
47. 名人防衛
48. 棋聖失冠
49. 王位防衛
50. 十段防衛
そして次のタイトル戦の棋聖戦は山田棋聖と挑戦者中原だったため10年間50回続いた大山の名前がタイトル戦から消えた
大山の棋聖戦への挑戦が叶わなかったのは本戦準決勝で中原に負けたからで、この時点で大山の10年間続いた全タイトル戦連続登場は50回が終止符となることが確定していた
さすがにこの記録は凄すぎる
最多で5冠、6タイトル戦だった時代に戻らないとこの記録は破れないだろう
104:名無し名人
26/03/17 06:01:25.42 t+fXPAk+.net
AIの推敲指導
ご提示いただいた文章は、数字と事実の羅列の中に、大山・升田のライバル対決から始まり、新タイトルの創設、連覇の歴史、そして若き中原誠の台頭によって記録が途絶えるという大河ドラマのようなストーリーが込められており、非常に読み応えがあります。
熱量と事実関係はそのまま活かしつつ、より読みやすく、かつ大山名人の偉大さが格調高く伝わるように推敲しました。
大山康晴十五世名人が残した「全タイトル戦50回連続登場」の記録を詳細に分析すると、その信じ難い偉業の全貌が浮かび上がってくる。
この期間中、フルセットにもつれ込む死闘を制した番勝負が9回。加えて、一瞬の油断も許されない挑戦者決定戦を9回連続で勝ち抜いている。ただの連続登場ではなく、薄氷を踏むような勝負をすべてものにしてきた結果であることが分かる。
記録の始まりは1957年度、升田幸三との覇権争いであった。
1. 升田に敗れて名人失冠
2. 升田九段に挑戦し敗退
3. 升田に挑戦し王将獲得
4. 升田名人に挑戦し敗退
5. 升田に挑戦し九段獲得
ここから大山は「全タイトル戦17回連続登場・連続17期獲得」という一時代を築き上げる。初代王位、初代十段、初代棋聖といった新タイトルの創設期をすべて制覇したことも特筆に値する。
22回目の王将戦で一度失冠するが、直後から再び「19回連続登場・連続19期獲得」を達成。記録の最終盤にあたる40番台以降も、失冠と奪還を繰り返しながら全タイトル戦の舞台に君臨し続けた。
42. 棋聖失冠 / 43. 王位防衛 / 44. 十段防衛 / 45. 棋聖挑戦獲得 / 46. 王将防衛 / 47. 名人防衛 / 48. 棋聖失冠 / 49. 王位防衛 / 50. 十段防衛
この鉄城がついに崩れたのは、次期棋聖戦(第11期)であった。大山は本戦準決勝で新鋭・中原誠に敗退。これにより、山田道美棋聖への挑戦者が中原に決まり、10年間にわたり全50回のタイトル戦に名を連ねた大山の連続登場記録は、ここでストップすることとなった。
現在のような過密日程の八大タイトル制では、この記録を破ることは不可能である。タイトル戦が4~6個であった時代に戻らない限り更新されないであろう、将棋界における永遠のアンタッチャブル・レコードである。
105:名無し名人
26/03/17 06:10:12.00 t+fXPAk+.net
Q. 大山康晴十五世名人は生前数々の記録を成し遂げました
1. 名人獲得通算18期
2. 全タイトル連続19期獲得
3. 全タイトル戦連続50回登場
4. 通算44期(連続44期)A級棋士
5. 69歳A級棋士
この中で最も偉業と言える記録はどれでしょうか
A. 大山康晴十五世名人が残したこれらの記録は、どれも将棋史に燦然と輝く不滅の金字塔であり、どの記録を「最も偉業」とするかは評価する視点によって異なります。
しかし、現代将棋界の環境や、人間の能力の限界という観点から論理的に考察すると、特に**「3. 全タイトル戦連続50回登場」**と**「5. 69歳A級棋士」**の2つが、未来永劫破られることのない「アンタッチャブル・レコード」として双璧をなす偉業と考えられます。
それぞれの記録の特筆すべき点をステップ・バイ・ステップで紐解いていきます。
**1. 名人獲得通算18期**
将棋界の最高峰である「名人」を18期獲得したことは、長期にわたるトップ君臨を意味します。羽生善治九段でさえ名人獲得は9期にとどまっており、名人戦に特化した大山名人の恐るべき強さを示しています。しかし、タイトル獲得数全体で見れば後世の棋士(羽生九段や藤井聡太竜王・名人など)によって更新されている部分もあるため、他の記録と比べると「絶対に破られない」という性質は相対的にやや下がります。
**2. 全タイトル連続19期獲得**
当時のタイトル(名人・九段/十段・王将・王位・棋聖)をすべて独占し続けた、圧倒的な支配力を示す記録です。これも常軌を逸した記録ですが、現在のような八大タイトル制ではスケジュール的にも難易度が跳ね上がっており、当時のタイトル数(4~5個)という背景を考慮する必要があります。
106:名無し名人
26/03/17 06:10:47.55 Y1rrVEYz.net
渡辺明「僕は将棋の天才です」
107:名無し名人
26/03/17 06:11:37.95 t+fXPAk+.net
**3. 全タイトル戦連続50回登場**
約10年半(1957年~1967年)にわたり、将棋界で行われた「すべてのタイトル戦の番勝負」に出場し続けた記録です。タイトル戦に登場するには、タイトルを保持して挑戦者を待ち受けるか、過酷な予選・挑戦者決定リーグ・トーナメントを勝ち抜いて挑戦権を得るかの二択しかありません。約10年間、たった一度の取りこぼしも許されない状況をクリアし続けたことは、確率論的にも奇跡に近い出来事です。現在のタイトル戦の多さを考えれば、物理的にも今後100%更新されることのない、**「絶対的な強さ・支配力」の観点からの最高偉業**と言えます。
**4. 通算44期(連続44期)A級棋士**
順位戦において、一番下のクラスからA級に昇級して以降、一度も陥落することなくトップリーグ(定員10名)に在籍し続けた記録です。長期間にわたる類まれなる安定感を示していますが、この記録の凄さは次の「5」と強く結びついています。
**5. 69歳A級棋士(A級在籍のまま逝去)**
将棋のような高度な頭脳競技において、加齢による脳の衰えや体力の低下は避けて通れません。一般的に棋士のピークは20代~30代と言われる中、還暦を過ぎてもなお将棋界のトップ10(A級)に居座り続け、がんの手術などの闘病を経ながらも69歳で亡くなる直前までA級から陥落しなかったことは、人間の生理的な限界を超越しています。AIによる序盤研究が発達し、若年化が顕著な現代の将棋界において、60代後半の棋士がA級に在籍することは想像すら困難です。**「人間の限界・精神力の極致」という観点からの最高偉業**と言えます。
108:名無し名人
26/03/17 06:12:07.42 t+fXPAk+.net
**結論**
大山十五世名人の記録の中で最も偉業と言えるものは、評価の軸によって以下の2つのいずれかに絞られます。
* **他を全く寄せ付けない圧倒的な支配力と、今後絶対に破られない記録のアンタッチャブル性**を重んじるならば、**「3. 全タイトル戦連続50回登場」**が最も偉業です。
* **加齢という人間の限界を超え、死の直前までトッププロとして君臨し続けた精神力と生命力**を重んじるならば、**「5. 69歳A級棋士」**が最も偉業です。
プロ棋士や将棋ファンの間でも意見が分かれるところですが、現代の常識に照らし合わせたときの「あり得なさ」において、この2つは将棋という競技の枠を超えた人類の到達点と言える記録です。
109:名無し名人
26/03/17 18:44:57.48 SPQOehnV.net
>>101
谷川がこの対局を棋書の解説に用いていた。
「4六銀戦法としては、中盤までは互角に戦え
ある程度満足がいく展開だった。
ただ、惜しむらくは・・・相手が悪かった。」
110:名無し名人
26/03/17 23:27:27.21 odcxCfnB.net
若い頃の谷川って河口老師でも一発入るぐらいの隙があった
111:名無し名人
26/03/18 00:42:01.66 dnftVMTf.net
不利飛車でも勝てたぬるい時代
大山は今ならプロにもなれない
112:名無し名人
26/03/18 06:25:12.94 ffCEiTaQ.net
>>111
ノーマル振り飛車でも強ければ問題ないことはAI将棋が証明している
それどころか最強AIは「名人には定跡なし」ということを率先して実行するようになってきている
たとえば、右銀冠にしてから向飛車にする陽動振り飛車で勝つこともでき、角換わりの将棋を離れて自由自在な指し回しをしていて見ていて楽しい
強くなければ指しこなせないので、まさに「名人には定跡なし」を地で行っている
113:名無し名人
26/03/18 07:17:00.67 ffCEiTaQ.net
なお、「不利飛車でも勝てたぬるい時代」でもなく「居飛車で勝てないから振り飛車を指した」のでもなく「大山だから不利飛車でも勝てた」だけのこと
居飛車 振飛車
大山康晴 0.6805 0.6131(.7011)
升田幸三 0.6241 0.5428(.6180)
大内延介 0.4860 0.4581(.5281)
森安秀光 0.5000 0.5325(.6667)
大野源一 0.5000 0.5248(.3600)
松田茂役 0.4881 0.5337(.4340)
内藤國雄 0.5193 0.3538(.4491)
花村元司 0.5044 0.4357(.4494)
(将棋棋士成績DBのサイト調べ)
#居飛車は相居飛車の勝率
#振飛車は対抗形振り飛車側の勝率
#カッコ内は対抗形居飛車側の勝率
#棋譜等で戦型を確認できた局だけのデータなので正確な勝率では
ない
114:名無し名人
26/03/18 10:21:04.78 lTh0PTt6.net
>>111
羽生じゃ100連敗のソフトも
振り飛車さすぞ
爺さんもそらの動画でも見て勉強しないと
王座戦 棋王戦 37勝4敗が売りの羽生の崇拝してるから
時代錯誤な爺になるんだよ
115:名無し名人
26/03/18 10:24:44.76 lTh0PTt6.net
羽生の実力
名人戦 竜王戦 16勝17敗
堂々の負け越し