19/11/24 19:51:06.09 WjimAwEq0.net
>>331
さて、小堀がA級の頃という話だから大山が熱海を滞在先として利用していたのは1952年または1953年のようだ
1952年でタイトル戦以外の対局を調べると升田と8局、塚田と2局、松田と2局あった
1953年も似たようなものだ
大野と3局、丸田と2局対局している
羽生オタは、これらの先輩棋士を呼びつけて熱海で対局したと本気にしているのだろうか
逆に対局相手が喜んで同意して熱海旅行を楽しんだのなら何ら問題ない話になる
羽生オタが悪用しているだけか、さもなくば、河口の言の信憑性が問われるのは当然だ
『つまり大山と対局する棋士は、タイトル戦以外の場合、熱海に出かけたのである。当時の名人の日常はそのくらい優雅なもので、特権階級と言えた。だから私などは、大山が対局しているのはもちろん、姿を見ることもできなかった。 』