【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッドat ARMY
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド - 暇つぶし2ch290:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/22 14:04:58.23 cZy/GrqD0.net
>>274
誤記というのは昭和17年5月以降の体系表で「九七式」が「一式」に置き換えられた件を指してると思うんですが、あれは本当に誤記の訂正だったのかなあ、と
昭和16年度中の相模造兵廠の報告書(昭和17年4月作成)等でずっと「試製九七式中戦車」という名称が延々と使われてるのを見ると、
昭和16年度まではチハ・チホ・チヘが纏めて「試製九七式」とされていたのが、昭和17年度からチヘ車を「一式」と呼称するようになったが故にああなった、とも思えるのです
旧軍兵器の制式名称は基準がアヤフヤでよくわかりません…
>>276
開戦当初は「予算増えたしチハでいいや」というよりも「思い切ってチハを試してみよう」だったんじゃないか、というのが自分の考え
実際にチハ車を(主に内地に)配備した結果や支那事変での戦訓を盛り込む事でチハ車・チニ車をより最適化しようとしたものが昭和14年初頭の技本案・参本案だったものの、
スペイン内戦での戦訓等から昭和14年6月に方針が大きく変わってしまった事で当初の予定通りにいかなくなったが故の混乱だったんだろうと

当時の兵器開発のペースのゆっくりさを考えると、三菱チホ車よりも先行して設計されていたという自工チホ車=技本案で、チハ車の製造ペースに変化のあった昭和13年9月あたりから設計されていたのではないか、と疑ってみたり

291:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-OI7i)
16/10/22 20:14:50.89 H9rHwsZ60.net
でもチハ車って、3号A型と比較すると、装備砲以外は、結構先進的で
纏まっている様な気がするのは、私だけかな

292:名無し三等兵 (ガラプー KKca-QKId)
16/10/22 20:50:37.92 xOihEwoIK.net
>>279
III号A型なんてまだ試作車の範囲だろ。

293:名無し三等兵 (スプッッ Sdc8-YT5Q)
16/10/22 21:07:08.35 3YkottZGd.net
いやそれどころか鋲接という一点を除いて全てにおいて優越しているよ
和製4号たるホイもあるしね
バトルオブブリテンでゼロ戦があれば…とよく言われるように、独軍初期の主力に新砲塔チハがあれば38(t)以上に活躍していただろう

294:名無し三等兵 (ワッチョイ 534a-YT5Q)
16/10/22 21:35:46.47 RX1tnOCF0.net
そりゃ初期ドイツ軍の主力戦車は1号と2号ですしおすし

295:名無し三等兵 (ワッチョイ fdcb-AIfR)
16/10/22 21:44:19.66 tl83VRwd0.net
新砲塔チハのデビューは1942年なのだが…

296:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/22 23:29:20.64 cZy/GrqD0.net
>>279
性能は良くても当時の陸軍としては重いし作りづらいしで運用しづらいのさ 八九式ですら大陸戦線では重くて扱いづらかったという位で
発動機も予定通りの出力が出ない(200hp→150~170hp)し、同じぐらいの性能でもっと軽い車両の方が都合が良かった

297:名無し三等兵 (ガラプー KKca-QKId)
16/10/22 23:36:31.16 xOihEwoIK.net
既に幾度も言われていることだが、開戦時点では、チハもハ号も列強の戦車とそれほど性能の差は無かったけど、後の爆発的な他国の戦車の性能の進化に対して
日本は割けるリソースが少ないし、どうしても艦船や航


298:空機の開発が優先されて戦車は後回しになったから、最後までチハが主力だっただけの話。 零戦の後継機問題と一緒だな。



299:名無し三等兵 (スップ Sdc8-F3cc)
16/10/23 05:09:53.40 ZVIa/+p3d.net
チハの後継が遅れたのは
計画が二転三転し
その中で技術的壁にぶつかったからで
リソース云々以前でしょ

300:名無し三等兵 (ワッチョイ 17e0-7LPj)
16/10/23 08:08:21.42 p5NHlvRU0.net
リソースあっても恐竜的進化を前もってわかってもいない
技術の壁とか戦線拡大しすぎで首が回らない状態をどうにかしない限り
限り何も変わらないと思う

301:名無し三等兵 (オッペケ Sr89-p/Rc)
16/10/23 13:40:04.46 q3c/Qe/Tr.net
開戦後すぐに入手したであろうKVの対策が終戦時ようやく試作に入ろうか、
こんな感じだからなあ…

302:名無し三等兵 (ワッチョイ 9e04-j/2i)
16/10/23 15:25:56.15 9eZWB85D0.net
まあ最後はもう達観しちゃって
105mmで高初速のフルスペック莢砲と成形炸薬弾って極端な方向に行っちゃったけどね
L7もソ連の115mmもHEATとAPFSDS前提の軽量砲だからね……(トオイメ)
火砲の開発ペースも併せて見てると
日本の研究リソースがむっちゃくちゃ細いというよりも
それまでの蓄積がゼロだから何でも一からやらないといけない感が凄い
特に高初速対戦車砲・戦車砲なんかで、そんな感を強くする
まあ、リソース注ぎ込んだと言われる航空機も大本になる発動機に関しては火星・誉がやっとこさ主力の一角になった程度
三式中戦車は「ありものの組み合わせ」と言われるが
実はあの時期まで行かないと要素が全部出揃わないんじゃないか?と
三式戦車砲にしても、九〇式野砲そのままーとか言われるけど
そのままでOKと見做せたのは、一式自走砲で時間かけて散々データ取った後だからではないかなーと

303:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/23 15:39:29.13 EGeO4z0B0.net
>>289
対戦車砲・戦車砲に関しては元々ドイツの技術をアテにしてたんだろうな、という気がしなくもない
75mm長砲身搭載の四号戦車やPAK40を買う話もあったというし
三式戦車砲も本当なら電気発火装置やきちんとした照準・射撃機構を備えたかったんだろうなあ

304:名無し三等兵 (ワッチョイ 9e04-j/2i)
16/10/23 15:47:55.88 9eZWB85D0.net
なんか色々おかしな文章になってしまった、恥ずかしい
酔っぱらいの戯言なんでスルーしてくだされ

305:名無し三等兵 (ワッチョイ 9e04-j/2i)
16/10/23 15:55:19.29 9eZWB85D0.net
遅かったか(涙
>>290
7.5cmPakや7.5cmKwk40 L/48はちょい重めの弾を九〇式野砲等よりちょい速めの初速で撃ち出す砲なので
首尾よく潜水艦で持ち込めてコピーできたとしても砲弾規格が違うから一から射表作んないといけなくなって
結局間に合わない気がしなくもないのよ
なんせ四式高射砲があの体たらくなので

306:名無し三等兵 (ワッチョイ 9e04-j/2i)
16/10/23 16:02:40.62 9eZWB85D0.net
だめだもう寝る
射表はオリジナルの弾頭のコピーをそのまんまコピーした砲で打つにしても
日本の75mm弾頭に合わせて設計しなおしたとしても
どっちも作らんといかんし
どの道車台やら砲塔に据え付けた時の反動のかかり方とかその他諸々も試験しないといかんし
冬にかかれば冬季試験もやりたくなるだろうし
その辺もショートカットできない限りまず間に合わないのでは
だから多分ドイツからの新規輸入火砲をアテにしてたってことはないと思うの
どっちかって言ったら車体やら懸架装置とかエンジンの冷却周りとデフとか、そういうとこなのでは

307:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/23 16:19:48.60 EGeO4z0B0.net
>>292
そのままコピーして配備、ってのは遣独潜水艦以前の柳船で工作機械ごと持ってこれても厳しい気もするが
PAK40やKwK40の現物が日本に届いていれば、ボフォースの高射砲よりも良い技術サンプルになったと思うんだ
やっぱり柳船の洋本買おうかなあ、積荷が気になる

308:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/23 16:21:41.60 EGeO4z0B0.net
追伸:三号・四号戦車自体もチト車以降の車両を作る上では大いに参考になるだろう 少なくともストラウスラー戦車の変速装置を研究しなくて済む

309:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-l6JH)
16/10/23 18:45:05.45 fyW+BEXl0.net
砲そのものは正直言ってどうでも良いんだけど
砲架の構造とかデザインに弾丸は素晴らしい参考資料になったろうな

310:暫編第一軍 (ワッチョイ 3f04-lF6N)
16/10/23 19:52:03.46 ojq6gOs70.net
>>278 
 まったくアヤフヤですよね。
 お説については否定も肯定もできる資料を持ちませんが、
その試製九七式と似たような話で「一式砲戦車」についても本当に制式化されたのかどうかさえ定かではない
(単に制式化関係書類が破棄又は散逸しただけか、元々そんなものはないのか)、
のにも拘わらず、「一式砲戦車」と呼称する公文書(もしかしてホイ?という気もしますが)も残っていたり。
 陸軍部内でも部署によって扱いや呼称が違うような気もしますね。そうなるとあんまり拘っても仕方がないような感じです。

311:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/23 22:29:06.73 EGeO4z0B0.net
>>297
その公文書というのは少し前に火砲スレの方でも出ていた「昭和18年度新規整備主要兵器資材一覧表」だと思うのですが
あれの「一式砲戦車」はホイ車を指しているのではないかなー、という気がします
同表(C12121554100 15P)では
一式中戦車 140
一式砲戦車 60
と書かれている訳ですが、
その後の「17.造兵廠現況説明/作業課長会同提出書類 相模陸軍造兵廠 昭和19年2月6日(2)」(C12121793500 7P)
付属の「完成車両整備現況表」(昭和19年2月4日付)では
一式セK 訓令標準数140 手配数390 既生産数0 製造所 三菱
砲戦車 訓令標準数60 手配数60 既生産数0 製造所 三菱
自走砲 訓令標準数70 手配数70 既生産数14 製造所 日立
と記載されています。
ホニ車の製造は日立でしか行われていませんし、標準数が同数である事から見てもこの砲戦車が一式砲戦車であり、ホイ車なのではと

312:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-QJxm)
16/10/23 22:35:06.06 EGeO4z0B0.net
またやり取りの中で出ていた
「6.40部の内第2号 昭和18年度軍需動員計画更改実施要領(第1案) 昭和18年7月10日 軍事課」(C12121547900)
ですが、自走砲とは別途に「中戦車」の整備数を3/4に減らす旨(14P)が記載されています。
チヘ車・ホイ車の車体は同一のものですから、先程の資料での一式中戦車と一式砲戦車の標準数を合計した上で
一式砲戦車の分だけ引いてみると200→140両となり、おおよそ3/4(10両分余分に少ないですが)となります
つまり「一式砲戦車」は「一式七糎半自走砲」に改名した訳ではなく、「一式中戦車」共々「中戦車」として纏められていたのではないか、とも思えるのですがいかがでしょうか

313:名無し三等兵 (スプッッ Sdc8-YT5Q)
16/10/24 14:59:27.06 50zZG2zKd.net
>>289
ありものの組み合わせじゃないか?と思う最たる物は個人的に試製47mm自走砲だなあ
隠蔽しての待ち伏せ攻撃自体m4が出現してからの発想だとは思うが

314:名無し三等兵 (ワッチョイ df04-j/2i)
16/10/24 19:59:41.65 xyZdgDgI0.net
47mm自走砲はありものの組み合わせというより
俎上に上っては消えていった駆逐戦車の末裔


315:的な匂いがする そもそも履帯幅が全然違うということは足回りが新規なのでは



316:名無し三等兵 (スップ Sdc8-F3cc)
16/10/25 10:11:45.92 VlOn69cTd.net
>>300
陸戦隊の十二糎自走砲と十二糎砲戦車は?

317:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-OI7i)
16/10/25 18:57:26.23 xFIbtkaS0.net
海軍の十二糎自走砲と十二糎砲戦車もありものの組合せだはな
陸軍でいうところのホロといったところでしょうか

318:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-OI7i)
16/10/25 19:11:03.65 xFIbtkaS0.net
>>289
戦後のL7って、重量約1.3トンしかないのね
同じ10.5糎のホリ砲が4.7トンもあるのと比べると、隔世の感が。
でも、あの航空優先・海上輸送優先・物資不足の中で、試作とは、言え
ホリ砲・大威力十加等の陸戦兵器を完成させていた(少なくとも図面は、完成していた?)
のは、驚異的とも思うのですが

319:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-OI7i)
16/10/25 19:20:22.14 xFIbtkaS0.net
304ですが
訂正:(少なくとも図面は、完成していた?)=ホリ車
   試作は完成: ホリ砲・大威力10加

320:名無し三等兵 (ワッチョイ df04-j/2i)
16/10/25 19:48:50.44 nwnhsQ870.net
>>304
ホリ砲が重たいのは、ものすごく端折って言うと
10.5cm軽榴と同じAP弾頭を高速で叩きつけて相手を貫通させるためにあの重量が必要になるわけ
L7以降の戦車砲は、言わばAPDSとHEATに特化した特殊投射機で、普通のAPとかは扱わない
だから隔世の感というか、砲弾の世代差ですな
あと、大威力十加は、なんというか本来なら開戦前に作れていても全然おかしくない兵器なんで
むしろ諸々の事情のせいであそこまで遅れてしまったことが当時の日本の限界なのかなあと思う次第であります

321:名無し三等兵 (ワッチョイ 17e0-7LPj)
16/10/25 19:53:55.97 7uxPBere0.net
ありモノの組み合わせながら中途半端な十二㌢砲戦車の開発意義・理由が分からん
47㎜砲の代用?

322:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-OI7i)
16/10/25 20:10:49.92 xFIbtkaS0.net
そうかな、戦中に65口径の10糎加農がそうそうあるとは、思えない
腔圧も相当なものになるはずで、それに耐えられる砲身を製造するためには
それ相当な肉厚・材質・技術が必要になるはず。
それを牽引する又は、車両に搭載するとなるとものすごい重量になり
運用する社会資本も必要になってくる。
だから、諸外国でも、少数派という事か?
96式十五加が攻城・要塞砲として整備されたのも、その為ですよね。

323:暫編第一軍 (ワッチョイ 3f04-lF6N)
16/10/25 21:53:04.33 XsiQogwW0.net
>>299
 それこそ否定も肯定も出来ないのですが、先の文書の「一式砲戦車」は新規整備兵器、
改訂版は単に全整備計画の中の縮小か中止を指していて直接の言及関係にあるわけではありませんね。
(改訂版と新規整備で挙げられている兵器は殆ど重ならない)
 一式砲戦車は新規整備である以上ホイであれホニであれそれ以前に整備されていないことになります。
 ホニはあれを整備と言って良いかわかりませんが16~17年度辺りから少数作っている様子があるので新規整備兵器と見て良いかと言われれば苦しいかなと。
それまで作っていたものを自走砲、18年度新規整備の物を砲戦車と呼称したのかも知れませんがそれだとホニが自走砲に遅れて砲戦車として制式化されたことになります。
しかし個人的には否定は出来ないものの多少懐疑的です。
 そもそもホニが一式砲戦車として制式化されていない説を採れば、呼ばれたことも無い名称で公文書に出てくるのも変です。せめて試製時代か通称でそう呼ばれていないと。
 制式化したかどうかとは別に、ホニを砲戦車として代用しようとする構想が一部に残っていた可能性はあるとは思いますが。
 しかしホイなら試製一式砲戦車と呼ばれていた時期もあり、生産型が19年度になってやっと出来てきたので18年度に新規整備するつもりだったと見るとすっきりはしますよね。
これも断言できる話ではありませんが。

324:名無し三等兵 (ワッチョイ df04-j/2i)
16/10/26 19:02:21.91 5bAHdE+O0.net
>>307
陸戦隊的には必要な兵器だったんだろう、としか言いようがない
短い砲弾で弾殻が薄い代わりに炸薬いっぱい充填されていて、歩兵の近接支援するならうってつけではある
(弾頭重量も一般的な90mm砲と同レベル、10cm榴より軽いくらいで狭いところでの運用に適していると言えなくもない)
砲塔をもうちょい大型のに載せ替えていれば文句なしの日本版CSだったのに
同心駐退器の設計までやってる割にそこは流用かよ、とツッコミたいのはみんな同じだと思う
以下妄想
多分先に短12cm砲を移動可能な形にしようという要求があって、それがあの形になったと思ってる
なんでホロみたいな形にしなかったかはよくわからないけど
海軍は12cm高角砲も旋回可能な形で積んでるところを見ると
あくまで艦砲みたいな全周射界を持った移動砲台という感覚だったのでは、と
島嶼に置いた短20cmや短12cmが移動できていればなあという現場的発想もあったかも
射程の短い大砲だからこそ機動性が欲しいというやつ

325:名無し三等兵 (スッップ Sdb8-F3cc)
16/10/26 20:20:48.50 eIDzo5+nd.net
じゃあ、十二糎自走砲方式でええやん
砲塔式にしたのは陸軍の砲戦車から着想を得たのか?
単純にチハの武装強化案だったのかも
砲塔そのままなのはターレットリングを広げられないから砲塔だけデカくしても大して代わらんって考えなのかどうかだがが

326:名無し三等兵 (スッップ Sdb8-YT5Q)
16/10/26 20:40:34.39 tVpu7Lu5d.net
車体の必要以上の損耗を嫌ったのでは
元から無理をしてチハに載せているからね
陸軍に比べて整備は大変そうだ

327:名無し三等兵 (ワッチョイ df04-j/2i)
16/10/26 21:17:57.77 5bAHdE+O0.net
すごいしょーもない考え方なんだが
実はギリギリ砲塔内に収まる見積もりになったからそのまんま砲塔に入れた、ってことじゃないかと思ってたりする
12cm高角砲とは対敵距離が違うから、砲塔式にできればそれに越したことはないし
操作人員が入れない程じゃない、一応行ける
旋回部と防楯作るのもそれなりに手間かかるから、狭いけどまあできた!的な感覚だったのではと

328:名無し三等兵 (ワッチョイ f25b-l6JH)
16/10/26 23:23:12.41 ldURGNnJ0.net
手間かけないで作れそうだった
入りそうだから入れてみた、砲塔に入りそうな砲があれだった、程度なんじゃねえかな
海軍は艦艇や航空機でも現地や部隊で改造したとか作ったとか結構あるから
そこらの裁量とか現地仕様が通りやすい環境だったと思うし

329:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-1X0s)
16/10/27 10:17:21.16 BtW572eZ0.net
>>314
陸戦畑は狭い世帯だったみたいだし
各兵器の購入や製造について、細かいこと言わず装備予算で一括りにできるような部署だったのかも
自走短12cm砲が元々付けてた47mm戦車砲はどうなったか気になるところではあるけど
・初めからチハのドンガラしか買わなかった
・チハは完品で購入し、砲だけ外して特内火艇用や予備品等に持って行った
どっちなんだろうねえ

330:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/10/28 09:56:41.25 tJtTOQcTd.net
チハに37mm砲を搭載する計画があったことはスレ住民には常識?
最近知って結構驚いたんだが
対戦車能力の付加を安く達成するのが目的らしいが火点制圧力を下げてまですることなのだろうか

331:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-1X0s)
16/10/28 19:55:18.99 Bb6JnyHs0.net
一式三十七粍相当の試製砲を旧砲塔チハに砲身挿替式で装着、貫徹力試験をした話なら知っている。
全車旧砲塔チハの戦車連隊があるとして、5個中隊のうち3乃至4個中隊を換装するなら悪くない手では?
あくまで試験した時点での話だが。

332:名無し三等兵 (ワッチョイ df5b-YQ0W)
16/10/28 20:44:36.54 j5MqKihY0.net
それだったら47mm砲の整備急いだ方がいいんだよなあ。正直な話あれは野山砲や戦車砲の砲身換装研究の一環でやってたって程度の物だと思うんだ

333:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/10/28 22:20:27.12 tJtTOQcTd.net
>>317
そうそれ。
時期が違うのかもだがハ号の榴弾火力を補うための兵器が、砲身とはいえ軽戦車由来の装備をするのは矛盾する感じがしてね。
戦時下でなかったら一式四十七粍戦車砲の代わりにこれになっていたとか。

334:名無し三等兵 (スププ Sdff-O9pn)
16/10/29 00:18:17.94 FClTEDypd.net
もしも47mmが何らかの理由で実用化が大幅に遅れてたら、新砲塔チハとして37mmが前線に出てきてた可能性があったのかも

335:名無し三等兵 (ワッチョイ ef17-UMbS)
16/10/29 08:39:10.63 8t696REG0.net
>>319 戦時下「だから」出てきた案じゃないかな。ソ連でもT-34に長砲身57mm砲付けたやつを200両ほど作ったことがあるし。

336:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/10/29 09:56:21.67 KRSqvLsBd.net
>>321
それもそうかも…
実際開戦後も研究はされていたようだ一式三十七粍戦車砲でね
旧砲塔装備の部隊に砲身と砲弾だけ供給してパワーアップさせてくれなんてしようとしてたのだろうか

337:名無し三等兵 (ササクッテロレ Sp7f-O9pn)
16/10/29 11:34:29.49 ztq0WqM3p.net
>>321
57mmのZis対戦車砲だな
初速も速いけど砲身磨耗の早さも結構だっけか?
砲身潰れる前に撃破されるとかは言うなし

338:名無し三等兵 (ガラプー KKff-Utdh)
16/10/29 11:38:47.10 ZzvWkt2iK.net
>>323
WoTでオートローダーで大活躍してる主砲だな

339:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-1X0s)
16/10/29 14:31:04.56 ZZtwqVkY0.net
>>319
チホあるいはチヘがすんなり開発生産できていればチハの砲塔載せ替えは当面起きず、新規に製造する四十七粍は全部新型に流れていたはず。
そうなっていた場合、チホ・チヘ配備までの間のストップギャップとして
既存のチハの一部になるべくそのままの形で対戦車性能を持たせる意義はあったかと。
もちろん>>318の言うように、単に実験の一環だったかもしれない。
(ただ、本命の野砲の換装試験もやっており、わざわざ研究のためだけにより小口径のチハでも実験したかは疑問)
BTやT26に対応した兵装という点では三十七粍もそれなりに意味はあるところが悩ましい。
もっとも現実には諸事情重なってチハ改が急ぎ整備されることになる訳だが。

340:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-1X0s)
16/10/29 14:47:33.95 ZZtwqVkY0.net
そもそも四十七粍砲を採用した後のある時点で、榴弾効力はある程度諦めたのかもしれない。
四十七粍砲での榴弾威力低下が懸念されたのか、鹵獲したソ連の四十五粍砲で榴弾威力が試験されている。
その結果、要約すると「まあ実用上大差ないだろ」という判定をしているのだが
これに使われた榴弾は弾頭重量がチハの砲弾とほぼ変わらない、所謂長榴弾だった。
四十七粍砲でも長榴弾は一応制定されているが、通常使われたのは徹甲弾とほぼ同重量の短榴弾。
この短榴弾は大初速ゆえか、九四式三十七粍砲の榴弾とほぼ同等の効果範囲しかない。
戦訓から、この効果範囲でも直射が主用途の戦車砲用としては十分と考えるようになったのか
あるいは致し方ないと目を瞑ったのかはわからない。

341:名無し三等兵 (ワッチョイ df5b-YQ0W)
16/10/29 15:57:21.42 fp0tHy7F0.net
>>326
もしくはソ連がやってるように砲戦車(七五粍短・旋回砲塔式)の火力で補うつもりだった、とか
対米戦が起こらないか当初の予定通り早期に終結していれば、五七粍長・七五粍短の配備でその辺の問題も片付いただろうにねえ

342:暫編第一軍 (ワッチョイ 7b04-4EbH)
16/10/30 15:09:58.87 AKAfD/d60.net
 主力の中戦車が47mmにしても37mmにしても野山砲級の砲戦車で火力支援するのは当時の構想でしょうから。
 戦況にもよるのでしょうが、戦車連隊に新設された砲戦車中隊も単独で用いるよりは
中戦車中隊に小隊ごとに配属する想定で訓練されていた節があります。
 戦車第二師団の戦車連隊内の砲戦車(実態は代用のチハ57mm)が中戦車中隊に小隊ごとに配属
(砲戦車中隊には一部中戦車を配属)して用いられたりしたのは、
本物の砲戦車が間に合わなかった苦肉の策だけが理由ではなく元々の訓練内容にも沿っていたのかもしれません。

343:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-1X0s)
16/10/30 15:44:12.72 42eIcYv10.net
機動戦車・砲戦車混合の構想は四十七粍砲の採用決定と同時に出てきたのだろうか。
ある意味、ノモンハン当時の戦車第四連隊のようなハ号・イ号混合に類似した形というのが面白い。
終戦前のチヘ・チヌ・自走砲混成の戦車部隊とはまた違うのも興味深い。

344:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/10/31 10:37:36.50 +lmJE3+id.net
なぜ試作というか搭載実験程度の代物であるにも関わらず、三式軽戦車という仮制式名称が与えられんだろう

345:名無し三等兵 (ワッチョイ df5b-YQ0W)
16/11/01 00:04:41.69 aaLzI6Bo0.net
>>330
この間の丸の付録に書いてあったように三式軽戦車=ハ号の改修型、四式軽戦車=二式軽戦車の改修型を指してたって気がするんだ
44年以降の制式名称の数字の付け方はよく分からん

346:名無し三等兵 (ワッチョイ ef04-1X0s)
16/11/01 15:30:08.22 2uIZhFEh0.net
制式名称に突っ込んだら迫撃砲とかもう…。

347:名無し三等兵 (スップ Sdff-0rO6)
16/11/02 12:51:00.65 Av1nJYNdd.net
>>331
便宜的に付けたらそのまま制式名扱いになったとか

348:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/11/02 13:27:54.60 UCA1RSOzd.net
>>331
なるほどねー、戦中の新型はかなり混乱してるみたいだし気にしないのが吉なのかな

349:名無し三等兵 (ワッチョイ 133c-MeP2)
16/11/02 20:54:46.08 KgmYlaRl0.net
三式中戦車の主砲、三式砲は暫定でやっぱ本命は五式砲だったのだろうか?
三式中戦車自体、応急品のようなところもあるけど

350:名無し三等兵 (ワッチョイ 9be0-p8ij)
16/11/02 21:40:36.89 ad0Im/4V0.net
三式七糎半で無理をしてるからそりゃないんじゃ

351:名無し三等兵 (スッップ Sdff-Jz20)
16/11/02 22:18:13.64 UCA1RSOzd.net
本命となるとどうかな
長砲身の計画って四式の射撃試験の副産物だったと思う

352:名無し三等兵 (ワッチョイ e63c-DVlP)
16/11/03 00:06:21.97 WNqaGt0G0.net
試しに載せて試験してみるかという程度のものなのかな

353:名無し三等兵 (ワッチョイ e604-lkhv)
16/11/03 06:29:39.84 CWNPQbsM0.net
最初から、チト鋳造砲塔の保険になるかという確認的な意味合いだったのでは。
チヌへの搭載はそこからの副産物だろうが、実際のところバレルの生産が間に合わない分には画餅と言うしか。
しかし、バレルが三式戦車砲で薬室以降が五式の折衷砲というのは作る意味があったのか。
拉縄式�


354:ェ解消される程度の効果しか無いのでは。



355:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/03 15:26:08.24 gDlkYu250.net
使える資材は全部戦力化するって方針だから…

356:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-KjJO)
16/11/03 15:45:19.72 ByoPFKgy0.net
Kwk40の43口径と較べても、ほぼ同じ砲身長の90式野砲はかなり初速が低い
(ドイツのは尾栓からなので薬莢分長く表記される)
薬室拡大して初速上げる余地が相当あったということなんじゃねえの

357:名無し三等兵 (ワッチョイ 7bc9-A9qr)
16/11/03 22:16:14.94 8lbrhg6Y0.net
余地があったとしても技術も設備も経験も無い

358:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/04 00:12:36.84 2T23AKvn0.net
そもそも日本の戦車開発はアメリカ相手の戦争の準備を始めた時点でもうダメだった感がある

359:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-KjJO)
16/11/04 01:00:58.28 rmKkwXzg0.net
>>342
経験は1式47mmで積んでるのだ

360:名無し三等兵 (ワッチョイ 71cb-8n5s)
16/11/04 01:14:57.16 WaC9w1FW0.net
690m/s 76.2mmF-22(L/48.4) 
740m/s 7.62cmPak36(r)(※76.2mmF-22砲身+7.5cmPak40薬莢)
780m/s 76.2mmF-22強化改造試作砲(※76.2mmM1938高射砲薬莢)
680m/s 76.2mmF-22USV(L/39.3)
720m/s 7.62cmPak39(r)(※76.2mmF-22USV砲身+7.5cmPak40薬莢)
九〇式野砲砲身+五式七糎半戦車砲薬莢はどこまで伸びるだろうか?
装薬量はほぼ倍になるようだが

361:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-KjJO)
16/11/04 02:22:49.25 rmKkwXzg0.net
海軍の40口径8糎砲が常装685m/sで、強装742m/s
90式野砲も約40口径なんで極端な速度までは無理だろうけど
まあ740~750ぐらいまでは装薬や弾丸次第ではいけるんじゃないかな

362:名無し三等兵 (ワッチョイ e604-lkhv)
16/11/04 08:12:22.43 sr8TjSjF0.net
じっくり撃ち込んで射表を作るだけの時間があればいいのだが、なければ(というか無い)
・若干の初速低下と多大な不規弾の発生・弾道不安定を忍んで五式弾薬そのまま
・三式と同程度の装薬(薬室容積を勘案して加減)で三式戦車砲と同等品として使う
このどちらかになりそうな気がする。

363:名無し三等兵 (スプッッ Sd28-BK8g)
16/11/04 10:30:25.11 oVTtzMN2d.net
あれ、前もこんな話しあったな

364:名無し三等兵 (ワッチョイ 13e0-/dsW)
16/11/04 21:53:19.64 AcGLwxAx0.net
>>347
後者の方がありえそうだけど
薬莢が長くなった分装填速度が遅くなりそう
でも引き金式になる分、拉縄式の三式砲と変わらないのかどうかだが

365:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-KjJO)
16/11/05 01:41:22.97 c77bzmLQ0.net
高射砲そのままの薬量性能を使い切れるとは思えない以上
薬莢共有で装薬量調整したものが本則で
高射砲・5式の弾薬も性能が出ない、不都合がある懸念はあるけど
一応は撃てるぐらいのことになるんだろうな
94式山砲が薬莢が38/95野砲と共有で中スカスカなのと同じようなw

366:名無し三等兵 (スプッッ Sd28-BK8g)
16/11/05 07:59:42.11 uBB1dZTUd.net
代用砲身案はもともとナト車のもので
三式改もそうなる可能性があるって話しだったから代用砲身案はナト車のみで
三式七糎半の撃発方式を改良して終わりっていうオチになりそう

367:名無し三等兵 (スップ Sd28-DGmA)
16/11/05 08:31:34.77 PW+RSPsnd.net
それでも三式の生産は300輌前後で打ち切って四式チトに移行する予定だったんだよね?
量産化までに五式戦車砲ii型の砲身が揃ってるとは思えないし、チトも代用砲身装備になったりして…

368:名無し三等兵 (スプッッ Sd28-BK8g)
16/11/05 08:37:56.62 uBB1dZTUd.net
チト車は生産中止になると思うんだが

369:名無し三等兵 (ワッチョイ e604-lkhv)
16/11/05 09:34:09.51 AbuPuztL0.net
そしてドンガラだけ確保できたチトに古い重砲を固定式で載せる計画ができたところで敗戦とかありがち

370:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/05 12:26:52.41 1jABvlrE0.net
チトはドンガラすら確保できるかどうか…チハに乗せて終わりになりそう

371:名無し三等兵 (ワッチョイ c9da-/dsW)
16/11/05 16:28:14.89 YskXiz5p0.net
昔はエンジンの製造に難があってチトの製造は断念したみたいな話でしたけどね
三菱がエンジンの製造可能数に合わせて量産を提案してたり、砲塔の製造が続いていたり終戦時
には量産計画が動いていたような話がチラホラありましたが。
相模原造兵廠&三菱相模原が終戦まで空襲の対象にならなかったから継続できたのでしょうけど

372:名無し三等兵 (ワッチョイ 71cb-8n5s)
16/11/05 18:06:17.28 IGnsOvnU0.net
修正前はチトの分を確保した上でだったみたいだけど、修正後はチヌと食い合ってる?
新七糎半戦車砲(長)
 修正前 チト車用
       他の火砲を整備したる上余力ある場合にはチヌ車用として更に多数整備す
 修正後 九〇式野砲々身を以て代用差支えなきを以て
       試製七糎半対戦車砲の能力を本砲に転換し
       本数以上「300」迄整備に努む
       20 . 5 . 14 . 兵政造機密10
試製七糎半対戦車砲
 修正前 他の火砲を整備したる上余力を抽出し成し得る限り「200」迄整備す
       状況に依り九〇野砲々身を以て代用することを得
 修正後 本砲「200」以上の能力は新七糎半戦車砲(長)に注入す
       20 . 5 . 14 . 兵政造機密10
チヌ車
 十九年度初度生産より210台(19年度50台 20年度160台を予定す)は3式7.5糎戦車砲II型を装備し
 残り140台は「チト」車と整備状況を勘案し新7.5糎戦車砲(長)を装備す

373:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/05 19:44:38.84 1jABvlrE0.net
昭和20年の6~8月にまた変更が入ってそうな気もするなあ…

374:名無し三等兵 (ワッチョイ e604-lkhv)
16/11/05 20:12:31.24 AbuPuztL0.net
これを見た限りでは対戦車砲の200号砲以降を代用砲身とし、戦車砲は全て計画通りの砲身を利用する予定なのか。
実際の8月迄の生産数と比べると暗い気分になれるな。

375:名無し三等兵 (ワッチョイ 3e8d-3zVf)
16/11/05 23:38:18.69 Gk6Ue3Qk0.net
ナトの分も必要なんですよね
完成する可能性まで達してるのが約30両

376:名無し三等兵 (ワッチョイ 71cb-8n5s)
16/11/05 23:54:12.35 IGnsOvnU0.net
昭和20年度整備計画
新七糎半戦車砲(長) 250門
試製七糎半対戦車砲 200門
試製七糎半対戦車砲は200門まで竣工してなおも余力がある場合に、
新七糎半戦車砲(長)へ生産能力を転換して増産するという話だから
試製七糎半対戦車砲については200門で製造打ち切りだと思われる

377:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-KjJO)
16/11/06 02:45:05.20 MVWPy4uj0.net
限られた砲身生産力を自走対戦車砲に使うより戦車に使う方が良いってのは納得なんだが
>九〇式野砲々身を以て代用差支えなきを以て
> 試製七糎半対戦車砲の能力を本砲に転換し
この「代用差し支えなし」がどの程度のことなのか知りたいね
性能的に全く低下しないなら戦車用も野砲砲身にしてるはずだから
相応に性能低下はあるはずなんだが、果たしてどの程度の性能だったのかね

378:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/06 03:29:16.25 pt1R21GO0.net
九〇式の砲身使ってでも良いから沢山作れ、って意味にも取れるから困る

379:名無し三等兵 (ワッチョイ e604-lkhv)
16/11/06 04:11:21.73 XPe1RX2H0.net
なるほど。
>九〇式野砲々身を以て代用差支えなきを以て
ああそうか、戦車砲も代用砲身で構わない、とも読めるな…。
対戦車砲が努力目標的だった200門整備をあっさり予定数に変えてあるのも、極端な話全部代用砲身にするつもりだった可能性もあるのか。

380:名無し三等兵 (ワッチョイ 71cb-8n5s)
16/11/06 08:27:08.70 8ugye6u60.net
性能変化は載ってないから判らないけど、状況的には>>363のように思える
何故なら、昭和20年度整備計画は以下の様になっている
チヌ車台 300台(※昭和20年度分)
チト車台. 200台
ナト車台. 200台
合計    700台
三式七糎半戦車砲II型. 210門(※昭和20年度分)
新七糎半戦車砲(長)  250門(※代用砲身込みで300門まで増産検討


381:) 試製七糎半対戦車砲  200門 合計.            660門 増産しないと載せる砲が足りないのである



382:名無し三等兵 (スプッッ Sd78-DGmA)
16/11/06 09:45:36.45 /HDiWaAsd.net
かなりの数が代用砲身搭載になるとしても、車種ごとに正規砲身をまわす優先順位みたいなのは考えていたんだろうか
普通に考えればチトを優先すると思うけど
それとも区別なく混在させて配備する予定だったのかな

383:名無し三等兵 (ワッチョイ 2617-jEze)
16/11/06 10:38:14.63 webNmDwm0.net
机上では考えていても、実際のところそんな余裕はないんでなし崩しに混在ってオチしか見えない。

384:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/06 14:52:23.30 pt1R21GO0.net
再び一式砲戦車ネタ:少し前に他の人が出してた資料なんだが
「昭和19年資材整備要領(陸軍省案)」(C12121786100)
20Pの"昭和十九年度戦車、自動車等整備標準表"上に「砲戦車(短七五粍砲)」、「砲戦車(長七五粍砲)」の記載あり
このうち「砲戦車(短七五粍砲)」は昭和18年度整備標準数が60とある(昭和19年度は0、長七五粍砲の方は昭和18・19年の両方が0)
また同じ資料簿冊にある
「昭和18・19年度軍需品推移状況表」(C12121786500)
では砲戦車の昭和17年度末の在庫数は0と記載されている
これらからして昭和18年度中に60両作ろうとしてたのはやはり短七五粍砲搭載の一式ホイ車で、
その整備が中止となった為に急遽一式七糎半自走砲を砲戦車として改修(装甲の追加etc)したものが砲戦車(長七五粍砲)こと一式砲戦車ホニ(とされているもの)だったんじゃないかと
そしてその際既生産分(26両?)を改修するのみで新規生産は行われなかった、とすれば辻褄が合うような、合わないような…

385:暫編第一軍 (ワッチョイ 3e04-Yp7G)
16/11/06 20:28:16.07 MtmVqchj0.net
>>368
 火砲スレでも書いたように「昭和十八年度新規整備主要兵器資材一覧表」で一式砲戦車60とされているものは実はホイかもしれないという感じはしますよね。
 もっとも、私の常として一旦そう考えても、今度は敢えてそれを逆に見ることが出来ないかとも考えていたりもしています。
 戦車類としては一式中戦車140、一式砲戦車60、装甲兵車500がありますが、
武器としてはテラ銃15,000、タ擲弾30,000、七糎戦車砲80、十二高50、対潜中迫20、自走十榴50。まあこの数実現はしていないんですが。
疑問1
 砲戦車と七糎戦車砲の整備数に20も違いがある。予備用としても多いのではないか? 
砲身ではなく火砲全体が20も多いのは予備以外の用途があるのではないか? この頃まだクセは形になっていない筈。
 ⇒ホイとして考えると余分20は多いが、ホニとして考えれば新規生産分60+既成車体の改造用20と考えるか、新規生産60+改造用80のつもりだったとか。
 しかし>>368氏の挙げる短75mm砲戦車との60という数の一致を簡単には無視できない。
疑問2
 「1」に関連し、七糎戦車砲80は砲戦車整備数60とは別なのか? 
一式中戦車140に対し武器としての47mm戦車砲はカウントされておらず、同じ基準で考えれば砲戦車は主砲込で数字に挙げられるはずで、
武器としての戦車砲は別用途例えば既成車体改造用か?
⇒チヘの47m戦車砲はチハ改のものとは型が違うとは言え、
陸軍省軍務局軍事課の資料ではそこまで厳密に区別せず新規整備と見做されなかったため武器の項目に挙げられていないだけか?
疑問3
 同じ資料から数字を挙げたと思われる「帝国陸軍機甲部隊」では一式砲戦車をホニⅠであるとしている。
著者である加登川氏は確かこの軍事課に勤務していた時期があった筈。その言も簡単には無視できないのではないか?
⇒書類上制式化されていたかどうかは別として、当時ホニⅠのことも砲戦車(ことによ


386:ると一式砲戦車)と認識又は呼称する部署や部隊があったための混同に過ぎないかも知れない。



387:暫編第一軍 (ワッチョイ 3e04-Yp7G)
16/11/06 20:49:45.84 MtmVqchj0.net
 なーんてなかなか断言しない私の悪い癖ですね。
 元々ホニⅠが一式砲戦車であると明言しているのは古い資料では「帝国陸軍機甲部隊」とプラモデルが代表的で、
肝心の「日本の戦車」ではそこまでは書いていなかったかと。
 80年代のツクダSLG「九七式中戦車」が一式七糎半自走砲としてデータ化したのは恐らくはそうした流れ、
「日本の戦車」を基礎資料としたためでしょう。当時から一式砲戦車とという制式名には少なからず疑問も持たれていたのでしょう。我々もツクダゲームを入手した当時そんな会話をしたような気がします。
 2chでも2011年頃にはそういう趣旨の書き込みをされる方もチラホラ居られた様子もあります。目新しい話題ではないのでしょうね。
 ただ制式化されていたかどうかは別に戦車隊側で貴重な砲戦車として使うつもりであったことは確かのようです。
戦車第三十連隊が恐らく自走砲中隊のホニⅠを砲戦車として扱っている他、
戦車第十四連隊も「砲戦車小隊」にホニⅠをチハと共に配備。自走砲部隊の不足品の代用は九〇式野砲が用いられますが、チハと混用しているのは砲戦車部隊としての代用と思えます。
 >>368氏の睨み通り、ホイが間に合わない又は物にならないと判明した後のことでしょう。
 今後どなたかが新資料を見つけてくれるのが楽しみです。

388:名無し三等兵 (スプッッ Sd78-DGmA)
16/11/07 00:51:24.84 3xMbVwfgd.net
三式の砲塔ってチリ初期案の設計使い回したらしいけど、砲含めもっと時間かけて設計できれば独iv号並の容積でおさまった可能性はある?

389:名無し三等兵 (ワッチョイ 7bc9-A9qr)
16/11/07 00:57:57.01 ptelrtCh0.net
駐退複座装置を下じゃなくて左右に配置、なーんてミラクルが起きれば上下は縮める事は可能だろうなあ
けどミラクルよミラクル

390:名無し三等兵 (スプッッ Sd28-BK8g)
16/11/07 19:25:12.14 RY9HmJ1Xd.net
激闘戦車戦の240p辺りにも一式七糎半自走砲絡みのこと書いてるけど
一式砲戦車=仮制式名称らしいがどれぐらい信用して良いのだろうか?

391:暫編第一軍 (ワッチョイ 3e04-Yp7G)
16/11/07 20:25:40.66 mlq93Jex0.net
>>373
 土門周平氏は定説に沿った著作が多い代わりに大きく外さない印象はありますね。
自軍側の記述に関しては一応信用していいのではないでしょうか。
 仮制式止まりかも知れない、と現時点では考えておいても良いかも知れません。
 ホニⅠには確か試製一式七糎半自走砲(砲)と試製一式七糎半自走砲(新)(砲)が少なくとも存在しているとする属品表を見た記憶があります。
本体がどう違うのか知りませんが、もしかしたら>>368氏ご想像のように他にも砲戦車としての(仮制式時?)
改修型のようなサブタイプもあるのかもしれませんね。

392:名無し三等兵 (ワッチョイ 13e0-/dsW)
16/11/08 19:11:20.51 fcOZ//Ul0.net
ホニIの改修があったとして
その改修箇所って装甲はりつけたことか
それともあれは元々だったか
改修型=製造予定のホニIIIだったり?

393:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/09 23:37:04.68 y/LlIGOr0.net
>>369
・疑問1・2の「七糎戦車砲」について:
確かにクセ車のプランは昭和18年6月の研究方針改訂までは存在すらしていませんでしたが、
それまでは九九式の砲身換装型である試製五十七粍戦車砲(長)が四七粍戦車砲の後継として開発されていた上、
九九式・試製五七粍長を備砲とする各種新型車両(中戦車甲・乙・丙、ホチ車etc)の計画も存在していましたから
この20門の砲はそれらの試製・試験用の物だったとも考えられるかと。
またこれらと同じ時期にチヘ車ベースの車体に七五粍野砲・十榴級を搭載する車両が「自走砲(ジホ車)」として研究されていたり、
昭和18年2月の一研の報告書で既成火砲・既成車体を利用する自走砲は"応急的"なものとされている(C14011059600 10P)事からしても
一覧表の作成時期(=方針改訂前)からホニ車が砲戦車として、なおかつ80門も生産される予定だったとするのは難しいように思えます。
・疑問2の四十七粍戦車砲について:
これは単に昭和18年度からの新規整備品として扱われていなかったからではないかと。
九九式とは違って一式四十七粍戦車砲は昭和17年度中から生産されていますし、
昭和17年9月の兵器研究方針(C12121561700 8P)では整備補給上の留意点として
「同一部類に属する兵器の種類を努めて減少すること」とある他、
昭和18年3月時点の資料(C14011078300 3P)でも
「特に性能威力に於いて著しく不十分ならざる限り既存兵器と同一種類の兵器の研究はこれを行わず兵器の種類の増加を防止す」
とある事から、例え大規模な変更が加わったとしても既存品の派生型である限りは新規整備品扱いにはならないのでは。(制式改正ならともかく)
それと話の本筋からは外れますが、「チヘ用の47mm戦車砲」というのは恐らく一式四七粍戦車砲II型の事だと思いますが、この砲の計画もクセ車と同様に昭和18年6月からの登場(C14011076200 5P)
ですから、それ以前のチヘ車の備砲として想定されていたのは別の47mm砲であったと考えられます。
恐らくは通常の一式戦車砲か、一式II型の登場と同時に計画中止となった試製双連四十七粍戦車砲を搭載する気だったのでは。

394:名無し三等兵 (ワッチョイ ca5b-XLma)
16/11/09 23:38:41.07 y/LlIGOr0.net
・疑問3の「帝国陸軍機甲部隊」の記載について
加登川氏は確かにホニ車を一式砲戦車としていますが、同書では昭和18年7~8月の方針に触れた折に
「一式自走砲の意が判別せぬが、一式砲戦車(これは自走砲に属する)のことと思われる」(203P)と書いていたり、
九九式戦車砲に関しては開発年表まで出している一方でその搭載車両には全くのノータッチだったりと、何だかホイ車とホニ車の区別がついていなかったのでは、と感じさせるものがあります。
これも昭和18年6月の変更が絡んでいて、一式ホイ車の整備が中止された代わりに用意されたのが同じ一式の名がついたホニ車だったせいで、両車の存在が混ざって認識されていたのかも
しれない…というのが今手元にある改定前の物を読んでの推測なのですが、増補改訂版だとホイ車についても書かれているんでしょうか?

395:暫編第一軍 (ワッチョイ 8f04-M1Ou)
16/11/10 20:42:22.74 wwq4DhXe0.net
>>377
 「そういえば」と思って自分の「帝国陸軍機甲部隊」を見てみたら、旧版でした。
30年位?前増補改訂版を持っていたようにも思いますがいつの間に入れ替わったか。新版処分してしまったのかも知れません。
 でも確か「戦車 理論と兵器」から少し転載されているだけで内容はあまり変わらない筈ですよね?
 まあいずれにしても「永年業務要綱」後もホニⅠを砲戦車として使う構想が生き残っていたか、
再発したかした可能性はかなりありそうですが、
制式にしろ仮制式にしろ仮制式さえ無かったにしろ、まともな数が装備されていそうもないことに疑う余地は無さそうですね。
 といって「実は」と想像をひっくり返す資料が提示されたらそれはそれで嬉しかったり。

396:名無し三等兵 (ガラプー KK3f-V06a)
16/11/11 01:20:06.55 GZcXWbsUK.net
なんていうか、このスレの住民マジで日本軍の車輌に詳しいんだな・・・

397:名無し三等兵 (ササクッテロロ Sp2f-9MLS)
16/11/11 01:25:38.01 XXJiFynKp.net
そこは逆じゃないかね
詳しいから集まるんじゃね

398:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f5b-w/u9)
16/11/12 17:13:43.66 1MlBpCHG0.net
>>378
自分としてはそうした


399:構想が生き残ってはいたものの、それに用いられる予定だったのはホニ車ではなくジホ車だったのではないかと考えています。 というのもジホ車と同時に開発されていた専用の照準眼鏡の研究要項に 「間接照準及"移動目標に対する直接照準"共に容易なる「パノラマ」式照準眼鏡とす」(C14011078500 4P) という一文がある為で、この「移動目標に対する直接照準」というのは砲戦車の開発において重視されていた点でもある事から ジホ車は砲戦車としての運用、もしくはそれに類似した使用法も想定していたと考えられます。 また昭和17年5月28日以降の「永年業務要綱」等に付属する国軍機甲兵器整備体系表において自走砲車の主要諸元は「当分九七式 将来は○○式に準ず」とされていますが、 同年8月26日の「主要兵器体系」(C12121562100 8P)では自走野砲に該当する兵器として「新火砲"又は"ホニ車」とあるのに加え、 続く11月の「火砲、牽引車体系」(A03032095200 3P)ではホニ車は臨時充当のものとされている事、 そして前述の一研の報告書の内容を合わせて考えると計画の改訂前から本命はあくまで新様式のもの(ジホ車)であり、ホニ車はその代用品程度の存在だったと見ることが出来ます。 ホニ車については以前>>147でも書きましたが、正直最初から最後まで間に合わせ的な存在だったように思えるのです。 対米戦の勃発やその長期化、そして戦局の悪化により本来の計画が進まず、遂には潰えてしまったが故の兵器の一つだったのだろうと。



400:暫編第一軍 (ワッチョイ 8f04-M1Ou)
16/11/12 19:09:27.30 y2aEIs7g0.net
>>381
 なるほど私とは論点が異なっているわけですね。
 ジホ車は構想としては存在していても実車はとてもあの急場に間に合いません。その意味では永年業務要綱と同じで、構想としては理解できるが現実の戦況にマッチしていない。
といって砲戦車(甲)は更に間に合わず、ホイは開発中に周回遅れが確定してしまったようなもの。
 ホニを砲戦車として用いる話は、初期の突撃法的想定が一旦廃れた後、
結局どれも間に合わない本当の砲戦車の実用化までの間の代用構想だと思います。
 ジホどころかチヘさえ事実上戦況に間に合ったとは言えない状況の中で、
それでも現実に対応を迫られた用兵者には既に形になっているホニしかなかった。(そのホニさえ現実には殆ど間に合っていない)
 「開発史」としての話とは別に用兵者の「現実的対応」が必要になったというお話でしょう。
 戦艦系スレなどで時々話題となる「超大和」「モンタナ」「H」などは正当な後継艦ではあっても形になっていませんし、建造を続けても多くは間に合いそうもない。
 一方「大和」「アイオワ」「ビスマルク」は建艦計画の最終到達点ではないですし、特に後二者は本来の計画では戦艦戦隊の主力を構成する艦ですらありませんでした。
が、現実に建造配備できたのはそこまで。だからそれを使って戦うしかない。
 少し飛躍しますが似たような話かと。

401:暫編第一軍 (ワッチョイ 8f04-M1Ou)
16/11/12 19:16:28.29 y2aEIs7g0.net
 少し長くなってしまいましたが、お説のようにチヘ車体が物になればそれを基本としたシリーズ化が図られるのは当然のことです。
 中戦車、砲戦車、自走砲、時代の流れがもっとゆっくりなら工兵車輛や回収車、観測車なども登場したかもしれません。
 幾分暫定的ですが、チハ車体がホニや各種自走砲に使われたように。
 「開発史」に拘るか「用兵者の現実」に目を向け続けるかの違いだけで、私たちは結局同じ話をしているような気がしますね。
 

402:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-5CcE)
16/11/13 09:55:07.27 VeylT7QG0.net
昭和二十年度火砲調達計画そのものがどこまで実現可能だったのか気にな�


403:チてきた。 かなりの部分まで作れてるものもあれば全く進捗のないものもあって様々。 空襲等による誤算・遅延なのか、最初から無理筋のお花畑だったのかよくわからない。



404:名無し三等兵 (ワッチョイ 6be0-Ub5S)
16/11/13 16:22:32.96 HV6eGfVs0.net
>>384
後者にも思える。戦争おっぱじめた人々がまさにそれだし

405:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f17-g1Lm)
16/11/13 19:11:10.39 tMo+EwEL0.net
そもそも鉄がない。

406:名無し三等兵 (スプッッ Sd1f-PwKp)
16/11/13 20:54:31.28 cnVQmEdnd.net
足らぬ足らぬは工夫が足らぬ

407:名無し三等兵 (ガラプー KK3f-V06a)
16/11/13 23:42:12.81 1IOBM/9RK.net
物量は有限だが必勝の信念は無限である!
byつじーん

408:名無し三等兵 (ワッチョイ 6be0-Ub5S)
16/11/14 06:42:16.18 Fzg7uExB0.net
被弾径始を考慮してリベットを尖らせたってネタじゃなくて実話なの?

409:名無し三等兵 (ワッチョイ 4bc9-UXqH)
16/11/14 08:21:40.83 g6phlV2j0.net
そらもう

410:名無し三等兵 (スプッッ Sd1f-V4fa)
16/11/14 12:36:40.28 6oip1DVdd.net
チハ車だけでしょ。

411:名無し三等兵 (ワッチョイ 4bc9-UXqH)
16/11/14 13:32:34.41 g6phlV2j0.net
かくのとおり
チハ(改)
URLリンク(farm8.staticflickr.com)
ハ号
URLリンク(2.bp.blogspot.com)
TK車
URLリンク(upload.wikimedia.org)

412:名無し三等兵 (スプッッ Sd1f-PwKp)
16/11/14 14:53:17.55 PLAxE2I0d.net
「効果は無く生産性を阻害しただけであった」みたいな説明を読んだ時はワロタ
まあ全てが手探りの時期だし仕方ないよね

413:名無し三等兵 (スップ Sd1f-H8Ht)
16/11/14 21:30:04.76 H8iJpBiVd.net
URLリンク(www.itnsource.com)

414:名無し三等兵 (ワッチョイ 2361-MJQ8)
16/11/14 21:38:42.85 33gbisZE0.net
>>394
最初に映ってるチヌの隣にあるのホハだよね?

415:名無し三等兵 (スプッッ Sd1f-PwKp)
16/11/16 01:51:06.91 3jAdjAhAd.net
>>394
この動画が貼られてるなら住人のほとんどが知ってるだらうけど、チト1両とチリの最期がアバディーンということが遂に判明したね。
Twitterの一部で盛り上がってる。

416:名無し三等兵 (ワッチョイ 4bc9-UXqH)
16/11/16 02:18:17.42 cXKL/b8r0.net
チヌチトホハケトじゃね

417:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-5CcE)
16/11/16 05:35:43.58 VP1PCxYI0.net
なんか嫌な想像が…
リベットを尖らせてたのは94式軽装甲車かそれ以前からの対機関銃弾防御で
チハでも、ただなんとなく前動続行でそのまんま、とかだったりして
チハクラスになっても実際に効果あると思ってやってたんなら仕方ないけどさ…

418:名無し三等兵 (ガラプー KK3f-V06a)
16/11/16 08:25:37.76 vMq10ayBK.net
>>396
えっマジで!?今ガラケーからだから動画観れないんだけど、チトが写ってるの!?

419:名無し三等兵 (ワッチョイ 4bc9-UXqH)
16/11/16 16:18:29.73 cXKL/b8r0.net
リベットは頭の真ん中に当たっちゃって車内に飛散することを恐れたんじゃないのかなと
装甲強化とかじゃなくて


420:、んまあ溶接にしたらいいんですけどね



421:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f5b-w/u9)
16/11/16 17:41:10.56 qXzvph8p0.net
大体のことは支那事変が長引かなければ出来たと思うんだ ただ長引く以外の道が無かったようにも思えるから困る

422:名無し三等兵 (スフッ Sd1f-PwKp)
16/11/16 17:48:52.78 sPJwW4r0d.net
近衛を就任前に暗殺で一つ

423:名無し三等兵 (ガラプー KK3f-V06a)
16/11/16 19:49:37.24 vMq10ayBK.net
戦争前に尾崎秀実を暗殺で一つ

424:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f17-g1Lm)
16/11/16 21:13:30.14 k74bBqAz0.net
そもそも日中戦争が始まってなければ、普通にチニ車が97式として制式化されてた可能性が…
流石にこんなもん使えんとなって、一式あたり目処でもっとまともな新戦車が開発されてたかなその場合?

425:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-5CcE)
16/11/16 22:06:50.96 VP1PCxYI0.net
チニ車の場合は途中で10t切ってるから『九七式軽戦車』になったかも
チハ車の場合と異なってくるのは、こんなもん使えん、となるのがどの時点かによると思われ
多分ノモンハン時点ではまだ使えない判定は出ないと思う

426:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-5CcE)
16/11/16 22:16:54.99 VP1PCxYI0.net
むしろハ号と比較して額面最大速度が8-10km/h程度遅いだけで装甲は強力、主砲の榴弾威力も強力
よく無駄扱いされる砲塔機銃は最初から割愛、とメリットが大きいので
'40-'42年度にかけてハ号の代わりに大増産される可能性まである
まともな新戦車案は史実でもチホ→チヘ→チトと推移していくのだから
チホやチヘが遅れた理由が変速機その他にある以上、チニ車が採用されていても変化があるとは思えない

427:名無し三等兵 (スプッッ Sdb8-2XGH)
16/11/17 00:41:38.34 szL2mRHRd.net
>>399
URLリンク(t.co) URLリンク(t.co)
ごめん画像の貼り方はわからない…。

428:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-DGos)
16/11/17 01:03:14.16 7xDqGwcR0.net
89式→89と95併用→89の分を新型って流れなんだし
ハ号はつまりは巡航戦車なんだから、あれはあれで開発されたんじゃね?
それこそチニのように「遅い」戦車じゃ代替にはならないわけで

429:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/17 01:08:17.48 xzdPir4f0.net
>>404
日中戦争が始まらなかった場合、その後の国際関係にも変化が現れるわけだから
他国製の兵器の輸入や技術の導入が支那事変勃発の場合よりも緩やかに行われ、結果マシな車両が出来たかもしれない
その一方で国内の情勢も変わってくるわけだから、戦争にならなくても新しい戦車をのんびり作ってるような場合じゃなくなるかもしれない

430:名無し三等兵 (スプッッ Sdb8-2XGH)
16/11/17 04:09:37.08 szL2mRHRd.net
>>408
ハ号は元々軽戦車だった八九式の後継では?
まあ砲は弱体化してるけども
チニが別の目的で開発されたというのはその通りだと思う

431:名無し三等兵 (ワッチョイ 5e04-m4Kr)
16/11/17 07:05:13.44 g8UBKnxT0.net
開発目的はともかくとして
事実としてハ号は新設戦車連隊の主力としても配備されてるんだよ
チハの増産が間に合わない分の穴埋めとして生産・使用された側面はある
大東亜開戦時の戦車第四・第十四連隊のような軽戦車連隊や八九式装備の戦車第五連隊は、チハの生産が間に合わなかったせいでそういう編成になったわけで
チニが目論見通り廉価で生産性が良好だったら、あの時期の生産数量の按分自体が変わると思うけどなあ
まあ全ては妄想だけどね

432:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/18 00:28:12.13 zqvFbLGJ0.net
>>406
ちょっと本筋から離れるが、チヘ車の遅れに関しては油圧サーボの件もあるんだろうけど、独ソ戦の勃発で統制型発動機の生産体制が早期に整えられなくなった事や、開発してる最中に急遽対米戦に備える必要が出たこととかもかなり影響してると思うんだよなあ。
ああ資料が欲しい

433:名無し三等兵 (ガラプー KK0a-8/o2)
16/11/18 02:23:15.53 6eJiEz7dK.net
ここの住民ってさ、日本陸軍の車輌に限れば、そこらの大学教授より詳しいんじゃね?w

434:名無し三等兵 (ワッチョイ 9fd2-MfQN)
16/11/18 16:39:02.82 T3AJV8qh0.net
そこらの大学教授は日本軍の車輌みたいなミクロな分野は研究してない定期

435:名無し三等兵 (スプッッ Sdb8-RUi6)
16/11/18 17:16:00.39 shCMoExgd.net
チニってマチルダⅠにそっくりだよね
参考にしたのかな

436:名無し三等兵 (ワッチョイ 159a-Alw2)
16/11/18 22:40:45.40 CncJS3By0.net
なお装甲厚は

437:名無し三等兵 (ワッチョイ 3fc9-w7k2)
16/11/19 01:01:01.45 LXQzIqjg0.net
まー似てなくもない、けどそれほど似てるわけじゃないよ
おおむね足回りと一人用砲塔のせいだ

438:名無し三等兵 (アークセー Sxa9-2BAc)
16/11/19 15:10:42.77 MH15SkScx.net
四式中戦車試作一号車って正面装甲75㎜で400馬力ディーゼル搭載なのだろうか?
それとも根本的に異なる別な戦車だったのだろうか

439:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/19 16:44:51.89 2mM6n7BP0.net
>>418
別冊歴史読本「戦車機甲部隊」に載ってる竹内昭氏が書いたチト車についての記事に昭和17年4月時点での設計要件が載ってるんだけど
これだと装甲は最大50mm、トン辺り最大馬力20HPの空冷ディーゼル(全備重量は約20トン=400HP)と書かれてるねえ。
中戦車の前面装甲厚が75mmと定められた昭和18年6月の時点でチト車は試作に移っていたともいうから、当初は装甲厚50mmの仕様だったのかもね(どうも普通鋼板製だったらしいが)
そういえばチト車で思い出したが、「空冷ディーゼル・エンジン」にチホ車のSA8160VD発動機とチト車のAL型発動機には
「油圧式自動噴射時期調整機(Hydraulic automatic injection timer)」なるものが備わっていた、と書かれてたなあ。(チヘ車のAC型には無かった模様 参考:同書332,335-336P)
チホ・チト車で油圧って言うとやはり操向装置の方が思い浮かぶが、当時は燃料噴射ポンプで大分苦労していたようでもあるから、中戦車の開発難航にはこの辺の事情も絡んでそうな気がする

440:名無し三等兵 (ワッチョイ f604-m4Kr)
16/11/20 09:25:20.40 bQC0y1Up0.net
チハのアンダーパワーはだいぶ堪えてたのかねぇ
エンジンも駆動系も問題ありとなれば
後にホイになる車台が別途(保険?)で作られていてもおかしくはないか
ただ、統制系の機関とチハの足回りを流用、駆動系もチハ系、箱型のオーソドックスな車体という組み合わせは
戦車用に保険で作ったというより、その後の自走対戦車砲用車台の作り方のはしりみたいにも見える
最初から自走砲用車台としてホイ用に作りましたと言われてもまあ納得できなくもない
資料たくさん持ってる人、その辺はどうなの

441:名無し三等兵 (ガラプー KK0a-8/o2)
16/11/20 10:04:48.00 eRtXM59gK.net
ところで、日本が8月に降伏せず、10月以降にダウンフォール作戦が実行されて、米軍が本土に上陸していたら、一式中戦車や三式中戦車はどのくらい役に立ってたかな?

442:名無し三等兵 (ワッチョイ 77e0-cP7M)
16/11/20 14:59:15.42 mG0dJ43g0.net
三式は一式七糎半よりは役に立ってたんじゃねえの(適当)

443:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/20 19:42


444::07.94 ID:TKiQfIX70.net



445:名無し三等兵 (ワッチョイ 5e3c-zwsz)
16/11/20 22:36:19.94 rKH0oB8o0.net
>>421
パーシング相手に獅子奮迅の活躍をしますん

446:名無し三等兵 (ワッチョイ 5e3c-zwsz)
16/11/20 22:36:28.51 rKH0oB8o0.net
>>421
パーシング相手に獅子奮迅の活躍をしますん

447:名無し三等兵 (スップ Sdc8-RUi6)
16/11/20 22:51:31.07 /dGHNZmXd.net
実際あり得なくもないよ。
シャーマンでさえ太平洋・アジアの軟弱な地盤では足を取られて苦戦したみたいだから。

448:421 (ガラプー KK0a-8/o2)
16/11/21 00:46:59.64 cgKE6huYK.net
確かに、山岳地で徹底的なハルダウンと偽装をした上で待ち伏せに徹すれば、三式の主砲でもパーシングを撃破できるかもしれんな

449:名無し三等兵 (ササクッテロロ Spa9-VGtq)
16/11/21 00:49:34.86 LnRyDDcwp.net
そもそも日本のインフラでパーシングがマトモに動けるんだろうか……

450:名無し三等兵 (ワッチョイ 9e17-Ja3x)
16/11/21 01:14:40.01 IsnkKgZS0.net
まともに動けるインフラを造っちまうのが当時のアメリカという話も。
パーシングったって、日本にぶっ込んでくるのは105mm榴弾砲のM45(1945年 7 月 生産開始、185両完成、朝鮮で重宝した)が主力になっただろうから、
肉薄攻撃に警戒しつつの対歩兵移動要塞みたいな使い方になっただろうな。日本戦車相手ならチリ車でもM36の90mmでアウトレンジ出来るという事で。

451:名無し三等兵 (ワッチョイ 3fc9-w7k2)
16/11/21 10:44:36.33 RnDh91al0.net
重くて走れないようなところはM24が出てきてぎゅんぎゅん走り回るんじゃないかな
それこど一式や三式がついていけないくらいに

452:名無し三等兵 (ガラプー KK0a-8/o2)
16/11/21 12:31:46.43 cgKE6huYK.net
>>430
チハやチヘならチャーフィーでも余裕で相手になるしな。
ていうか、ぎゅんぎゅん走り回るチャーフィー想像したら萌えたw

453:名無し三等兵 (スプッッ Sdc8-hqew)
16/11/21 12:57:15.81 yGZ+9RFLd.net
つチャーチル

454:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-DGos)
16/11/21 14:52:29.66 F8WEiBSW0.net
どうせ一発撃ったら数分後には重砲と空襲が来るだけだろうしな

455:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/21 18:42:39.59 4Kqe56hU0.net
というか一発撃つ前に航空偵察か焼夷弾が…

456:名無し三等兵 (ワッチョイ f604-m4Kr)
16/11/22 23:27:51.37 q9Q8LiGE0.net
>>423
車台共用が図られてたからこそ、ホイ用の車台を別途作っていたって線はないかね。
チヘは次世代の戦車だから新規開発の高性能車台を充てる方針。これは間違いないはず。
翻って、ホイ車はそれより前の計画の引きずりだから、現用のチハと足回り部分で共通部品を多用。
但し問題のあったチハ機(三菱200馬力)から若干高出力の統制240馬力へ変更、そのために車体寸法も変える。
上部車体は九九式戦車砲二号砲を砲塔形式で搭載した場合を満たせる大きさ・形状。
そんな風にも見えるんだけどな。

457:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/23 15:47:55.73 XhAXKNVP0.net
>>435
しかしホイ車は初期の資料だとチホ車と同一車体を使う構想だったり、ホイ車の次のホチ車はチト車と同一車体を用いる予定だった事からして
砲戦車の車台はその時々の新型中戦車の物を用いる事を想定していて、40年9月にチヘ車の計画が開始された後はその車体を使用する気だった(チハ車台の使用は


458:試験目的の為でしかない)んじゃ?というのが自分の考えだ 砲戦車の任務は中戦車に付随して行われる訳だから同等の性能を持つ車台が必要になる筈だが、 75mm短砲身(後に57mm長砲身も)を搭載し、チヘ車以上に重くなる事が明らかな車両に搭載するのであれば昭和12年のチハ車北満試験の時点で「扱いに熟練を要する」ものと言われていた遊星式操向装置を用い続けるとは考えづらいし 昭和14年から車種や部品の統制化の構想が存在し、その後それに準じた兵器体系が考案されている事も考えると チヘ車とホイ車で別々の車台を用いる気でいた(後にホイ車体をチヘ車に流用)というよりも元からチヘ車(新中戦車)もホイ車も同じ油圧式操向装置の車体を使う気だった、と考えたほうが自然だと思うのさ 前に>>376で「当初のチヘ車は双連47mm砲を載せる気だったんじゃないか」と書いたが、その場合チヘ車・ホイ車の備砲となる双連47mm・九九式75mm・57mm長の3種全てが同時に開発されていた事になり その中で一番目に車体への装載試験(昭和17年5月)に漕ぎ着けたのが九九式75mm(2号砲)だったせいで「チヘ車よりも前にホイ車が存在していた」という事になっちゃったんじゃないかなあと(推測に推測を重ねちゃっててアレだが)



459:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-scVe)
16/11/23 15:49:41.78 XhAXKNVP0.net
訂正:
x:チヘ車(新中戦車)もホイ車も同じ油圧式操向装置の車体を使う気だった
o:チヘ車(新中戦車)もホイ車も油圧式操向装置の導入を主眼に置いて同じ車体を使う気だった

460:名無し三等兵 (スップ Sdaf-/sNf)
16/11/24 19:41:46.32 jhQ2yyGpd.net
チへ・ホイの話、エンジンの違いで車体形状が大きく変わる可能性はある?

461:名無し三等兵 (ワッチョイ cf04-8gAY)
16/11/24 22:36:49.13 f8EKVjK10.net
>>436
ふーむ、砲が粗方出来ちゃったからその時点で仕上がりの早い方の試作車体を採用した、ということか
そういうのもありそうな話だよね
俺はホイというのは時期的(開発開始の世代的)にチヘじゃなくチホの同期で
流用する予定のチホ車体がポシャりそうなんで
ある意味「有り物」の寄せ集めでホイ用に短期に開発したやつかなと想像してたんだけど
その辺が間違ってたってことかなあ

462:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-AvBw)
16/11/25 00:40:10.32 PKUhQBkz0.net
>>439
いや、主砲の開発の話はチヘ車が遊星式になった事とはあんまり関係ないと思うな。
どちらかと言えば巷で言われてるように油圧式操向装置の開発難航がその原因で、昭和17年度中の完成が見込めなかったが為にチヘ車への油圧式の導入は見送られ、次の新型戦車であるチト車に積む事になったんでないかと
昭和19年5月に試験が行われた試製チト1号車の油圧式操向装置の評判はかなり良かったみたいだが、それでも万が一の為に予備の操縦機構を備える気だったともいう その2年前にチヘ車に積もうとしてたのはどんな代物だったのやら。

463:名無し三等兵 (ワッチョイ 5b3c-yHww)
16/11/30 13:08:30.55 /cjxRvUd0.net
>>419
>>420
制式の四式は当初の計画と比べて大分アンダーパワーになってしまった訳ね
五式用とされる過給機付きALエンジン、ひょっとしたら四式にも積む気だったかも?

464:名無し三等兵 (スッップ Sda8-yaSi)
16/12/04 19:44:16.43 Z+1scQF+d.net
1式47mm砲って八九式以外の量産車体全てに搭載されてるんだな
九八式改とかいうのが試作されたのは最近になって知った

465:名無し三等兵 (スプッッ Sdf8-yaSi)
16/12/05 03:13:54.11 g4XtWm5vd.net
チホと五式軽戦車ケホってどういう関係にあるんだろう
コンセプトは酷似している気がするし、なぜ本土決戦が迫っていた時に設計を流用、もしくはそのまま生産しなかったのか
チホの試験結果が芳しくなかったんかな
双連についてはチヌ換装で余った一式砲塔


466:を載せるんだろうし納得はできるが



467:名無し三等兵 (ワッチョイ 6a5b-QizS)
16/12/05 23:45:33.79 xlz5h8dL0.net
双連って?

468:名無し三等兵 (スプッッ Sdf8-yaSi)
16/12/06 01:27:33.16 hA7GqS5Bd.net
>>444
書き方悪かった
前から試行錯誤してた双連砲塔をケホに採用しなかったのは余剰部品を使うからだろう、ってこと

469:名無し三等兵 (ワッチョイ 6bc9-5gNI)
16/12/06 08:33:36.48 9JsJuQh40.net
同軸機銃のついた砲架、日本ならではの呼び方

470:名無し三等兵 (ワッチョイ 6a5b-QizS)
16/12/06 18:11:08.11 1P/nncHH0.net
>>445
ケホ車は元々47mmの短砲身戦車砲(佐山先生の歩兵砲・対戦車砲他の本に写真あり)を積む気でいたし、双連47mm砲の計画中止後もそれは変わってないみたいだからあんまり関係ないと思うなあ…

471:名無し三等兵 (スプッッ Sdf8-yaSi)
16/12/06 20:05:39.61 mFLPpBuqd.net
>>447
そうなんだ…砲が全く同じじゃないなら色々変わってくるんかな
やっぱりそのままじゃ上手く行かないのね

472:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-vN+8)
16/12/08 21:10:31.22 +T/1pBWr0.net
乗員数の少ない軽戦車やら各種トーチカ向けには
各種37mm砲や五糎七戦車砲みたいに手軽で、かつ貫通力もある火砲が欲しかったのかな
一式四十七粍戦車砲は砲身長に対しての威力面はかなり頑張ってるんだけど
完成弾は結構嵩張る感じで、装填手いないと厳しいからなあ

473:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f17-lUOb)
16/12/09 11:42:28.33 COdQsKTw0.net
土浦で37mmと47mm見ると、砲としての体格が完全に違うからなぁ。

474:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f04-vN+8)
16/12/09 14:43:37.11 acSUa6ou0.net
ただ短47mmってそれほど軽便とも思えない部分もあるんだよね
弾頭は確実に一式と共用だからこれだけで1.5kg確定
初速も740m/sってことだからそれなりに強装=薬莢長は37mmやら五糎七みたいな訳には行かないはず
まあそんな中途半端なトコが、ケホと短47mmが量産にこぎつけなかった原因の一つかもしれないけど

475:名無し三等兵 (ワッチョイ cf4e-ff1P)
16/12/09 19:38:16.59 17xTXnI60.net
わざわざ47mmを短くして載せてるってことは
チハやチヘの砲塔を載せても、小さい車体ではオリジナルの47mmは扱いにくかったのかな

476:名無し三等兵 (スップ Sdaf-pLJ5)
16/12/09 21:39:45.51 xTpxtMnEd.net
重量軽減か、生産性向上のためじゃね?(池沼並感)

477:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/09 23:10:41.43 BzeyjMw30.net
>>452
佐山本によれば四十七粍短の後座長って三七粍戦車砲と同じ200mm(一式47mmは280~300mm)とあるし
あれはあくまで軽戦車クラスの砲塔に(後部バスルの延長等の必要な改良を加えた上で)47mm級を装載する為に作られてた砲だったんだと思うな
ケホ車に関しては殆どが詳細不明ではあれど、個人的には「日本の戦車」掲載の推定図や某ゲームに出てるような代物では無かったように思える(少なくとも砲や砲塔に関しては)

478:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/11 10:43:13.69 sYW3tWPq0.net
退却長200mmだと多分五糎七戦車砲の砲身換装37mm砲と同程度
チハ砲塔でもどうにかなる範囲かな
逆にハ号程度の砲塔では後部機関銃を卸しても厳しい
というかハ号にしろテケにしろ94式/98式37mm戦車砲がギリの設計だから換装余裕は皆無
他にワンオペというか狭隘な一人砲塔でのネックは
放列砲車重量っていうのか砲の全備重量と弾薬長か

479:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/11 12:48:19.29 mvtllpJa0.net
>>455
ハ号・チハ旧砲塔への装載は難しいんじゃないかなあ、47mm短砲身は左右に駐退機が設けられてるんで九八式以前の砲よりも横幅が長くなってるし(一式三七粍と同程度?)

480:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/11 14:51:22.62 sYW3tWPq0.net
砲架が幅広ならチハ砲塔での換装は無理ですな
載りさえすれば方向射界前提の砲塔だけに操作余裕はありそうだけど
仮に一式/100式と同程度の幅だとすると、それらとの換装を睨んでいたようにも思えるけど
>>454>>456読むに資料沢山の人(いいかげんトリつけて良いと思う)はそういう風に見てるのかな?
あれなら一応二名用砲塔だから装填の問題もそれほど大きくない(車長に装填補助させる是非はともかく)

481:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/11 15:14:18.52 mvtllpJa0.net
>>457
自分としては、ケホ車は昭和16年に行われたケニ車への試製47mm戦車砲の装載試験の結果を踏まえ、ケニ砲塔を基本としつつ後部バスルをBTのように延長(そうすると弾薬庫が設けられる)
した改良砲塔に一〇〇式・一式37mm砲と同様のサイズの47mm短砲身を載せる計画だったんじゃないかなー、と思うんだ
ただケホ車は相模造兵廠の昭和16年度資料(昭和17年3月発行)で自工が試作担当とされている訳だが、その後の昭和18年頃に日野重工に改めて発注され直されていたようでもあり、
計画が開始された昭和16年3月から昭和18~19年度の間に大規模な変更が加わってた可能性もあるかなとも(あくまで個人的考え)
ケニ車・ケト車・ケホ車に関しては本当によく分からない
トリについてはちょっと考えさせて欲しい

482:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/11 21:51:10.67 sYW3tWPq0.net
バスルはどうなんだろう??
100式37mm搭載の新軽戦車=ケニという位置づけとすれば
戦訓からその武装強化を図ったのがケホ
どうもパッとしないor砲の見通しが立たないからケホ砲塔(仮)を利用して再度37mmに戻したのがケト
というのもありそうな気はする
(もっとも、ケホとは無関係に、特二式内火艇用の容積拡大砲塔を流用したケニ後期生産分をケトと呼んだ、とかの方が有り得そうだけど)
そういや以前、戦鳥で某御大が「98式軽戦車は試作車のみで、2式軽戦車が生産型」みたいな説を書いてたなあ
トリについては了解
でもまぁこのスレ実質引っ張ってるんだから付けてもいいと思うのよ
昔ほど変な人もいないし

483:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/11 23:07:54.35 mvtllpJa0.net
>>459
その辺の事を調べていくと余計に訳が分からなくなってくるんだよなあ…
九八式ケニ車は昭和16年中に30両分の資材が用意されて自工と三菱で組み立て作業も行われてたりもするのに、説明書が作成された(北満試験に3両が供されたって話もあるとか)のは
昭和18年になってからだし、同年初頭頃の造兵彙報を読んでみると"試製二式軽戦車の砲塔(37mm砲)・履板検査具の規格制定"に関する記載(ずっと意見照会中)が延々と載ってたりもするし…
昭和16年~18年というと海軍向けにカミ車を開発生産する必要があった頃でもあるし、その影響が絡んでるんだろうか?
あと昭和18年7月の装甲兵車関係の資料(C12121564000)に「九八式が出つつある~」(35P)とあるが、これは軽戦車の事なんだろうか

484:名無し三等兵 (ガラプー KK9f-CEax)
16/12/11 23:21:07.89 eDbkRNjTK.net
>>460
もうあなたは旧軍兵器の本書いたらいいと思うよw

485:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/12 16:28:04.13 2LNPOWjn0.net
ケニ車の棚上げについては
・本来ケニを生産開始すべきところ、日米開戦の関係でハ号の生産拡大が優先された
・ハ号に九八式戦車砲を積む事態になり火砲性能も大差なくなってしまい、旨味が更に減った
って線は無いかな
何度も書くけど
昭和16・17・18年度のチハとハ号の生産数は
どうも中戦車と軽戦車の関係っていうより
チハの生産が需要に追い着かないのをハ号で帳尻を合わせたような感じなんだよね
同時期の火砲生産と同じく、生産現場の都合というよりは予算の関係だと思うんだけども

486:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/12 19:53:01.46 gIKg5h0/0.net
ケニ車に搭載される予定だったのは一〇〇式・一式すなわち機銃双連式の戦車砲だった訳だから旨味が減ったかどうかは疑問だが
>・本来ケニを生産開始すべきところ、日米開戦の関係でハ号の生産拡大が優先された
ってのは大いに影響してると思うな、そもそも対米開戦やその為の準備自体がそれまでの軍備計画の想定外だった訳だし…
あと統制型発動機はケニ車用のモデルが原点とされているとも言うから、その生産体制が整わなかった事も関係してそうだ

487:名無し三等兵 (ワッチョイ 5b68-xm+r)
16/12/12 21:10:54.79 nCH3EVV90.net
イギリスの博物館で日本の戦車みたことあるけど、これで外国の戦車に立ち向かうのは無謀って感じがした。
それに比べて米軍M4は思ってた以上にでかかった。

488:暫編第一軍 (ワッチョイ 5304-XZqt)
16/12/12 22:42:57.41 rwffSoXc0.net
>>462>>463
 太平洋戦争開戦時点ですでに軽戦車だけの戦車連隊が存在している状態ですからね。終戦時にも軽戦車連隊が幾つもある始末で。
 予算も生産能力もチハのみでは需要に達していなかったのでしょう。
 ケニに関しては本土のみに配備されていた(「帝国陸海軍の戦闘用車両」)とのことですから、
北満試験がのんびりなのはそういう事情もあるのかも知れません。
 ハ号は必要に迫られたといいますか惰性なのかS18年9月までは作っていますが、
ケニ(S17年度24輌S18年度89輌)やケト(S19年度29輌)は時期を失して大量生産する気が無くなっていたように感じます。(特に後半は用意した資材分だけ無駄にしないよう生産して終了しようとしているように見える。)
 もはや軽戦車に期待できる戦局では無いことを認識したのではないでしょうか。
 もっとも沖縄戦のようにチハが前線に進出出来ずハ号は攻勢に参加できるという条件も時にはあるようですが。

489:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/13 11:51:29.98 K2PK1Egz0.net
18年度のケニの89輌っていうのはハ号(17年755輌、18年前半期234輌)との並行あるいは切替なのでは
チハの補填分でハ号の増産をかけてた面もあるなら、一段落着けた程度でさほど少なくはないと思うのですよ
むしろ戦車大隊本部用の軽戦車としては全部で100輌も必要なかったわけで、規定の数だったのかも
チハ改が在満/在支の戦車連隊に行き渡り始めるのがその時期(〜44年末にほぼ改編されている)なので
その辺りで漸くチハが既存部隊に充足する目処が立ち、損耗を差し引いてもハ号が一時的に余り始め、留守部隊とかにある程度回ったんだと思います
まあ、そんなこと言ってる内に戦車師団の根こそぎ動員が企図されてぐっちゃぐちゃになっちゃうわけですけど

490:暫編第一軍 (ワッチョイ 5304-XZqt)
16/12/13 21:01:47.29 cPZ7Vzzx0.net
 幾つかある軽戦車連隊も本来は中戦車主力の戦車連隊にしたかったものと思われますが、
編制自体は軽戦車装備で定められていますから直接的には中戦車代用としての軽戦車という訳ではないですね。
もっと上の兵備、戦備の段階で中戦車の充足が難しいと見た判断でしょう。
 戦車第四連隊や第十四連隊は後に中戦車連隊に改編出来ましたが、
古い連隊でも第十五、十六連隊は軽戦車連隊のまま残り、
S20年にはまあ根こそぎ動員ですが第45、47、48(この連隊は異説あり)が軽戦車連隊として動員されています。
 一方軽戦車の新たな需要は関特演師団の師団戦車隊や捜索連隊(捜索隊)、
後には海洋編制師団の戦車隊、挺進戦車隊などの連隊より規模の小さい部隊には残っていますが、
これは他部隊にチハが充足してくれば押し出される既成の軽戦車でも済んでしまうかもしれませんね。
 ところがチハはひとまず置けるとして、チハ改に限定すれば充足はなかなか完了せず、
戦車第一師団はS20年の本土転用時にもまだ57mm装備チハ74輌を残しており、47mm装備は33輌に過ぎませんでした。
 また砲戦車もチハですらなくハ号で代用している状態です。
比島の戦車第二師団では砲戦車中隊以外のチハは47mmに換装済であったのに比べ遅れていますが、
これは南方派遣の第二師団を優先したということでしょうね。

491:暫編第一軍 (ワッチョイ 5304-XZqt)
16/12/13 21:51:52.15 cPZ7Vzzx0.net
 ハ号とケニ、ケトの生産ペースにも考えさせられるものがあります。
ハ号
 S17年度は合計755輌、月産10~85輌で平均62.9輌/月
 S18年度は6ヶ月で生産終了していますが、合計234輌、月産28~45輌で平均39輌/月
ケニ
 S17年度は6月から生産開始し10ヶ月で計24輌、月産0~7輌で平均2.4輌/月
 S18年度は合計89輌、月産5~15両で平均7.4輌/月、内ハ号生産終了後の6ヶ月では月産5~15輌で平均9.3輌/月
ケト
 S19年度に8月20輌と3月9輌の合計29輌
 ハ号はS18年度にも相当作っていますがペースは前年度と比較して相当スローダウンしています。
ところが一応後継のケニはS18年度に入っても、更にハ号生産終了後も同車ペースダウン後と比較しても大きめに見て1/4程度、
前と比較すれば1/6の生産ペース。S19年度のケトはもうまともに作っていません。
 
 軽戦車(37mm装備)の戦力を見限ったのか、単に軽戦車はもう充足したと考えたのか、
見解は分かれるとしてもケニケトはもうハ号の直接的な転換生産とは言い難い。
 といってケニやケトに期待でき、ハ号には期待できない用途は挺進戦車隊位です。しかしその需要に対しては過大な生産数です。(挺進戦車隊はハ号も装備していますが訓練目的ではないでしょうか)
 そのあたりから、「これまでの成り行きで作った」ように感じてしまいます。「用意した資材をそのまま使用できる」から、或は「予算を獲得」してしまったから。勘ぐり過ぎですかね。

492:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/14 09:49:48.38 aODEn1qP0.net
詳しく語って頂き感謝です
終戦時の在九州の戦車部隊は、恐らく陸軍が(暫定で)これが配備したいと思っていた編成に近いと思うんですが
あんな風に中隊単位でなく本部付として軽戦車を数輌ずつ置きたかった
(実際は九州の戦車部隊でも二個連隊から軽戦車を抽出して独立軽戦車中隊を作っちゃったりしてますが)
ケニの90輌弱というのはそのために手配した数量ではないかなぁと思ったわけです
快速戦車部隊の編成やら、主力の数合わせのための旧式装備増産の延長線上ではなくて、偵察・連絡用としてテケ車の後継で
(テケも軽戦車代わりの豆戦車扱いでしたが、それはそれとして)
昭和15-16年の段階では快速軽戦車としてのケニの魅力はだいぶ薄れてしまった
砲力ならば98式戦車砲装備のハ号でも似たようなものだし、ぶっちゃけ装甲12mm程度の軽戦車自体にメリットがない
それが一応復活して100輌の上作られたというのは
戦車部隊の指揮偵察連絡といった(本来テケが担っていた)用途に使いたかったのではないかと
まあ、それが「これまでの成り行き」なのかもしれませんが

493:名無し三等兵 (ワッチョイ d304-vN+8)
16/12/14 10:00:50.36 aODEn1qP0.net
あーなんかわかりにくいな



494:つまり、ケニは開発時の意図はともかく、惰性とか無目的に、あるいはハ号の補填として製造されたわけじゃなくて 発注時点では別目的、言わば「戦車部隊の偵察軽戦車」としての生産であったのでは、ということです 18年度までのハ号の生産とはまた別の括りに見た方がいいのでないかと このあたり、開発時点と発注時点、配備時点でめまぐるしく情勢が変動しているので 開発だけ、製造数だけ、配備先だけ見てたり、時系列を誤解してると変な見方になってしまうのではと ※なお、レス主自身の見方が全く見当はずれなことはしょっちゅうなのでキニシナイ



495:名無し三等兵 (ワッチョイ d3c9-bV9i)
16/12/14 14:22:15.98 51wY8q0a0.net
あるいは空挺戦車とか

496:名無し三等兵 (ワッチョイ 3f5b-ZLZP)
16/12/14 21:27:43.22 KOqeDC7M0.net
確かにハ号は昭和18年には生産中止となり後続の車両(ケニ車あるいはケホ車)に置き換えられる流れだったようだけど、そもそもそれだけのケニ車を作れていたのか、という点は怪しい気が
昭和17年に24両、昭和18年に89両という数字は恐らく戦後に戦略爆撃調査団提出用に作成された生産実績表(C14011034700 46~49P 等)がその出処だと思うが、
この資料は元々兵器行政本部が単独で作成していたのがそれだと難しいという事で造兵廠(相模・小倉)の方でも調査をさせた(C15010529700)結果、
行政本部と造兵廠とで実績表の品目や数字が大きく異なり双方の対照表が作られる(C15011298200)程だったといい、実際その中から九八式軽戦車の項目だけを見てみても
・行政本部側資料
昭和17年:24(35)両 昭和18年:89両
・相造側資料(相造第一:C15011260200・三菱:C15011260300・日野:C15011260400・神鋼:C15011261000 に記載された数を合計)
昭和16年に1両(相模)、昭和17年に計24両(行政本部側と同数だが月毎の生産数は全く異なる)、昭和18年に計13両
と大きく異なる上、戦中の相造の報告書(C1212179350 7P >>298で出したのと同じ物)の内容(昭和19年2月4日時点で九八式ケニ車(98セK軽)の既生産数は15両、2~3月の予定数は0と記載)ともまた合致しなかったりもする
対照表の中表紙(C15011298400)にはこうした相違の原因やその修正が困難な理由として元となる記録の不備に加え「双方とも大部分が推計である」等と書かれている事や、
戦略爆撃調査団提出資料そのものが終戦から間もない時期(=相当数の資料が喪われた後)に作成された物である点を考えるとちょっと信用しづらいのではないかと(あくまで個人的見解)
(余談:最初に挙げた行政本部の資料でも若干差異のある数字が2通り記載されてるのは何故? 片方は提出後に米軍側で修正を加えた物?)

497:名無し三等兵 (バックシ MM40-AUQK)
16/12/17 12:58:49.81 MJker8VcM.net
>>464
>イギリスの博物館で日本の戦車みたことあるけど、これで外国の戦車に立ち向かうのは無謀って感じがした。
ドイツ軍:ソ連に侵攻して2700万もの犠牲者を出すほどの打撃を与えるも、反撃されてベルリンに赤旗。
日本軍:中国に侵攻して一方的にどつきまわし3500万もの大戦果を挙げ、終戦まで余裕で南京に日章旗。

498:名無し三等兵 (スップ Sdc8-WKCd)
16/12/17 16:16:27.45 oqJdU2M3d.net
>>471
空挺戦車説もなんだか眉唾なんだよなあ
九八式から微細な変更でどこらへんが空挺仕様になったのかわからんし

499:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-f3VZ)
16/12/17 19:47:09.51 Ymx/g7NT0.net
本当によく分からんなあ、ケニ車以降の軽戦車は…
ケニ車は昭和16年度中に生産しようとしてた痕跡がある(C15120358800 1P・7P、C15120358900 9P・25P等)と>>460で書いたけど、
・昭和16年2月にケニ車の備砲とされる一〇〇式三七粍戦車砲の実用試験が行われ、その後制式化されている事
・同年3月から開発が開始されたケホ車は昭和18年度計画において「九八式軽戦車に比して優良なる」ものとされている事
も考えるとケニ車はこの辺りの時期にはほぼ完成してたのではないか、と思うんだがどうだろう

500:名無し三等兵 (ワッチョイ bf04-CHXs)
16/12/18 21:20:32.03 NVcRoPQ70.net
18年度の生産数13輌が正しいとすればまた違ってくるかもしれないけど
素人目にはやっぱり16から18年度前半まで既存車輌の生産が優先され
同時に開発畑も飽和しちまって、後回し後回しの殆ど不急装備みたいな扱いだったんじゃないかなと
もちろん開発はほぼ終了していたんだろうけど、冬季試験日時とか1年繰り延べっぽくないかい

501:名無し三等兵 (ワッチョイ bf04-CHXs)
16/12/18 21:30:01.38 NVcRoPQ70.net
しかし軽戦車の状況見てると
並行してたチホ・チヘが試作どまりでグズグズしてるのとどっちが良かったのかよくわからなくなってくる
最初からチヘ・チヌ用車体の仕様ですんなりモノにできてたとしても
やっぱし生産はチハとハ号が優先されて現実と同じような顛末だったんじゃないかとか

502:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-f3VZ)
16/12/19 00:10:44.19 P8VfWqNZ0.net
>>476
その時期の動きについては南方への本格的な侵攻準備を行う必要が出てきたことが大きく関係してると思うんだよなあ、ケニ車に限らず

503:名無し三等兵 (ワッチョイ bf04-CHXs)
16/12/19 04:26:53.88 AkPOvSUC0.net
試製57mmも開戦準備のあおりで半年以上遅れてたっけ
南方作戦準備に限らず、兵器開発が飽和してた影響もありそう
時期は前後するけど、似たような遅延は多分九九式戦車砲とかにもあったんじゃないかと
開発停止じゃないけど取り敢えず後回しみたいな

504:名無し三等兵 (ワッチョイ 325b-f3VZ)
16/12/19 21:18:53.67 P8VfWqNZ0.net
>>479
元々南方作戦は短期かつ一時的なものとして捉えられていて、さっさと引き上げて元々の方針(対ソ戦準備)に戻るつもりだった訳だし
すぐに用意できるもの・すぐ欲しいもの(既存兵器に加えホニ車や新砲塔チハ車あたり)は即急なる多数整備の上前線へ送り、まだ時間がかかる物(砲戦車とか五七粍長とか)は無理に投入しようとせず旧来の計画通り、って流れだったんでないかね
しかしそこから抜け出せなくなり…

505:名無し三等兵 (ワッチョイ 40ce-WKCd)
16/12/21 07:39:24.76 ap8BZySI0.net
そういえばTK車って海軍で使われた奴は九七式車載重機が開発された後も九一式のままなんですかね?

506:名無し三等兵 (ワッチョイ bf04-3CZF)
16/12/23 10:37:08.06 uY2Mu9sy0.net
>>480
でもホニ車の開発スケジュールとハ号・チハあたりのそれ並べて見てると
そう急いでもないように見える不思議
後座力の関係で難しそうな十榴型のほうを後回しにしてるのは、確かに急いでるっぽく見えるけれども
あれって本命は十榴型だったとか書いてるのをたまに見るけど
師団砲兵よろしく混成で配備するつもりじゃなかったん?

507:名無し三等兵 (スップ Sdff-NjV4)
16/12/25 16:54:29.14 v6/MWK2Wd.net
五式七糎半の開発前の予想値、1000mで80mm程度の貫通を見込めるって
複雑な計算とかぬきで単純に、
初速800くらいあれば砲口径分ぐらいの垂直装甲板を貫通できるって考えから来たんじゃないかと今更気が付いた。
実際、同じ800m/s前半の47mmや試製57mmも1000mでの貫通力も口径と大体同じだし

508:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/27 23:41:58.02 KYjTfcOf0.net
多分もうちょっと具体的な計算はしたんだろうが、そんなものだと思う

509:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/28 11:49:37.89 dlijb4YA0.net
典型的なAPで、ライフリングや砲身長、装薬が(当時の水準で)それなりに適切であれば
大体どの程度の初速ならどの程度の装甲厚を射貫できるかはデータの蓄積と経験則で見当がついていたと思う
800m/s(±50m/s)程度なら1000mで80mm/90d(±5mm)くらいとかの、ごく大雑把な範囲での話だけど
というか、ある程度の目鼻がついていなければ開発が始められない…

510:名無し三等兵 (ワッチョイ 8fcb-i5Qz)
16/12/28 15:12:18.52 0Bx4GNo00.net
57mm機動砲の60mmや五式戦車砲の80mmは弾着角60度の貫通値じゃないかと疑った事がある

511:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/28 18:18:41.74 dlijb4YA0.net
そう疑う根拠を知りたい
煽りでなく、比較資料的な意味合いで

512:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/28 18:48:48.57 dlijb4YA0.net
昔のチトスレより(以下引用)
625 :名無し三等兵:2012/10/18(木) 08:49:34.86 ID:???
 砲の名称  弾の名称 重量 初速  100  500 1000  1500
四一式山砲  HEAT   ---- ----  60  75  75  -- ※後、100mmに向上した
7.5cm Kwk37 HEAT Gr38 4.80 450  116  116  116  116
75mm M3   APC M61  6.79 617   --  79  68  64 APCBC
75mm M3   AP M72  6.32 619   --  88  73  59
九〇式野砲  AP Type1 6.62 668   --  100  85  -- ※5mm単位で丸めた数値
7.5cm Kwk40 PzGr.39  6.80 740  114  105  94  83 APCBC
76mm M1   APC M62  7.00 792   --  112  104  94 APCBC
五式戦車砲II AP Type1 6.62 850   --  --  --  --
QF 17Pounder APC MkIV 7.71 884  162  150  137  125 APC
7.5cm Kwk40 PzGr.40  4.10 920  146  125  101  -- APCR
7.5cm Kwk42 PzGr.39  6.80 925  159  143  128  114 APCBC
76mm M1   HVAP T4  4.26 1036  --  185  154  135 APCR
7.5cm Kwk42 PzGr.40  4.75 1120  224  201  173  147 APCR
QF 17Pounder APDS MkI 3.71 1284  255  236  214  193
日本以外の数値は30度傾斜に対する貫徹力を1.155倍して単純計算したもの
よって実際は更に上回る場合あり
日本の砲の諸元は佐山氏の著作に拠る
ドイツの砲の諸元はpanzerworld.netに拠る
アメリカの砲の諸元はwwiivehicles.com、Wikipedia英語版等に拠る
イギリスの砲の諸元はTarrif.netに拠る(但し当該サイトのデータは信頼性に乏しいため修正求む)
独米のデータは一応典拠を示しているサイトの数値を引用してみた
(引用ここまで)

513:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/28 19:06:02.98 dlijb4YA0.net
佐山本によれば九〇式野砲の貫徹力は
一般的な弾丸鋼弾頭一式徹甲弾の場合80mm/500m、70mm/1000mとのこと
↑の85mm/1000mというのは所謂特甲の数字なので注意
九〇式野砲のデータから、弾丸鋼の場合約20%ほど落ちるとして
初速800〜850m/sの75mm砲で弾丸鋼製弾頭の一式徹甲弾の場合、1000mでだいたい80mmくらい
他国の砲弾と同等の金質なら1000m/100mm程度、というのは少し低めだが大きく外してない感

514:名無し三等兵 (ワッチョイ 9f04-3CZF)
16/12/28 19:12:48.42 dlijb4YA0.net
しかしなんで1.155倍なのか
1.2くらいじゃないのかこれ
連投すまんかった

515:名無し三等兵 (ワッチョイ 8fcb-hW6p)
16/12/28 21:47:12.00 0Bx4GNo00.net
>>487
長々とレスして貰って悪いのだが根拠は全く無いよ
低すぎないかなとかつて思ってて勘繰っただけの話だから

516:名無し三等兵 (ワッチョイ 23e0-P7Fv)
16/12/29 06:27:03.33 nJDFP4sh0.net
>>490
垂直に対し30度傾けた装甲板の水平方向の厚さの上昇値がそんぐらいだから
戦車と戦車戦には、同条件に対しては垂直と比較して20%減衰って記述してたな

517:名無し三等兵 (ワッチョイ 8a04-U0Z1)
16/12/29 17:54:44.22 aJzW7FjF0.net
前掲のスレにあった各国の対戦車砲や戦車砲の貫通力
> 669 :名無し三等兵:2012/10/19(金) 21:32:28.64 ID:???
> 便利な貫通力一覧典拠つき
> ただしWebArchive行き
>
> 米軍
> URLリンク(web.archive.org)
>
> ドイツ
> URLリンク(web.archive.org)
>
> その他主要国のデータもあるよ
> Tarrif.netよりは数段マシだがRangeが統一されていないのと
> 元資料に記載のない距離は歯抜けになっているので注意
Tarrif.netも今は移転したか閉じちゃったみたいだ

518:名無し三等兵 (ワッチョイ 2bc9-3vJe)
16/12/29 19:07:24.34 b22zXAGB0.net
↑移転先あったよ
URLリンク(amizaur.prv.pl)

519:名無し三等兵 (ワッチョイ 8a04-U0Z1)
16/12/29 22:26:59.21 aJzW7FjF0.net
そこ404出たりテーブルがちょっと崩れてたりするね
移転先じゃなくて、誰かがローカルに保存してたサイトをそのまま上げてるみたいな感じ
ウェブアーカイブの方がまだまともに見れそう

520:名無し三等兵 (ワッチョイ 4a3c-pjTr)
16/12/29 23:00:43.80 p7LRnvjf0.net
一式徹甲弾ってそんな他国の徹甲弾に劣ったっけ

521:名無し三等兵 (ワッチョイ 065b-Eko0)
16/12/29 23:04:39.21 2QkRGgGU0.net
被帽も風帽もないAPHEだから、優れるかというと違うとは思うけどな

522:名無し三等兵 (ワッチョイ 8a04-U0Z1)
16/12/30 11:45:29.78 UklNVL4v0.net
良くも悪くも平均的な蛋形APじゃないの
炸薬も大して充填されてないし

523:名無し三等兵 (スプッッ Sd4a-EzRd)
16/12/31 18:47:58.44 8C12hv3ld.net
>>496
被帽とかがあっても貫通力は伸びない
てかむしろ落ちるな
日本の徹甲弾が弱かったのはニッケルなどの希少金属を使えなかったせいだよ

524:名無し三等兵 (ガラプー KK16-Kgdd)
16/12/31 18:58:07.55 K+G3mIujK.net
今年一年ありがとうございました。
来年も是非ここで皆さんの知識を教えてください。

525:月月雨雨 (ワッチョイ 2b5b-+KY4)
16/12/31 19:10:48.01 7cMG6IyP0.net
日本は低い貫通力をタ弾補えるから貫通力は少し低くても大丈夫

526:名無し三等兵 (ワッチョイ 3b61-Eko0)
16/12/31 19:23:16.80 kaBzS+gd0.net
そういや冬コミで売ってたJタンク読んだ?
大陸に送られた水陸両用戦車とか興味深い写真あったけど

527:名無し三等兵 (ガラプー KK16-Kgdd)
16/12/31 20:37:31.34 K+G3mIujK.net
>>501
貫通力が低くなければそもそもタ弾を使う必要がない

528:名無し三等兵 (ワッチョイ 8a04-U0Z1)
16/12/31 21:49:30.21 xPiuWc820.net
>>497
存速が同等なら一般的にAPBCの方が貫通力は落ちる
これは先端に仮帽という無駄なものを装着しているせい
APBCの強みは空気抵抗が少ないので存速が低下しにくいこと
だから無駄なものをつけていてもなお遠距離での貫通力はAPを上回る
もうひとつは弾頭自体の形状は空気抵抗をあまり考えなくて良いので、ある程度最適化できること
拳銃のワッドカッター弾のような形状にして斜撃に強い弾頭にする、というような芸当が可能になる
ドイツのようにAPCBCを主力に近距離必殺のAPCRを少数配給というのは一応理屈に合ってはいる
(なおAPCRが行き渡らない場合も多々あったりする)
日本は希少金属の関係でAPHEである一式徹甲弾一本で勝負せざるを得なかったけど
幸か不幸か対戦車砲も戦車砲も大抵500m以下での交戦を余儀なくされたわけで
結果的には現場の実情と合致していたと言えなくもない

529:名無し三等兵 (ワッチョイ 065b-79D1)
16/12/31 23:57:56.59 8QIgjHai0.net
>>502
内地に行けない自分は通販待ち(さっき24号と間違えて23号を買いそうになった)

530:名無し三等兵 (スップ Sdaa-eQhN)
17/01/01 19:31:02.82 8uHrD9L2d.net
>>504
国軍戦車砲・速射砲自体、700m以遠はあまり想定してなかったような

531:名無し三等兵 (スプッッ Sd4a-B/Xn)
17/01/01 19:47:58.53 W6UzUaMYd.net
>>505
離島とかなんだろうけどこの板だと別の意味に聞こえる

532:名無し三等兵 (ワッチョイ 8a04-U0Z1)
17/01/01 22:27:12.82 /xwU92bB0.net
>>506
そうでもないよ
デメリットを知った上でなお仮帽付徹甲弾も試作するくらいには遠距離戦闘を考えている
700m以下の戦闘が多くなったのは、原因は複数あれど想定云々とはまた別ではないかと

533:名無し三等兵 (ガラプー KK16-Kgdd)
17/01/02 00:40:37.99 kKrcKQoCK.net
>>507
今でもサイパンとかトラック諸島が日本領なら、Amazonとかの通販の送料とかどうなっていたんだろう・・・

534:名無し三等兵 (ササクッテロレ Spa3-1JH5)
17/01/02 00:57:29.27 L/oMjqy8p.net
本土(周辺離島含む)以外は別料金乗ったんじゃない?

535:月月雨雨 (ワッチョイ 2b5b-+KY4)
17/01/02 20:18:52.89 B1NUFXaO0.net
タ弾って怖いね低速野砲でもM4貫通可能あー怖い

536:名無し三等兵 (ワッチョイ 23e0-P7Fv)
17/01/04 08:16:12.37 EMyc++Yi0.net
75㎜タ弾と47㎜徹甲弾
貫通後の加害威力はどちらがましだったのか

537:名無し三等兵 (ワッチョイ 9fcb-YJ6l)
17/01/04 09:01:21.72 q/twFOzb0.net
装甲抜けなきゃ意味ないからドイツじゃ三号L型よりもN型の方が評価高かったね

538:名無し三等兵 (ワッチョイ 2bc9-3vJe)
17/01/04 21:55:09.29 0XFhVizD0.net
T-34は車体側面に剥き出しで砲弾並べてたからな
URLリンク(www.bnamodelworld.com)
弾薬配置を変えて湿式弾庫を使ってる後期のM4じゃHEATだと辛くなる

539:名無し三等兵 (ガラプー KK16-Kgdd)
17/01/04 23:00:38.02 O1giBfTFK.net
>>514
ソ連戦車の車内の砲弾が無防備なのはこの時からの伝統か

540:名無し三等兵 (スップ Sdff-M8kO)
17/01/06 08:25:57.37 8vS1W9Dnd.net
チリ車の原型になった新中戦車乙って
新中戦車甲と車体を共用にするつもりだったのかな

541:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f5b-jIgK)
17/01/06 22:44:00.37 D8tw7DgZ0.net
>>516
もしそうなら新砲戦車(ホチ車)のように「新中戦車(甲)車体を利用し~」と書かれてると思うんよ
昭和18年計画における新中戦車(乙)は「舊(旧)駆逐戦車」という名称も併記されてる訳だけど、
前年度の機甲車輌整備体系表にある「駆逐戦車」の主要諸元は「一式中に準ず」とされてるんだよね
昭和17~18年の間に何がどうなってたのか これも謎だ

542:名無し三等兵 (スッップ Sdff-kWmC)
17/01/10 01:42:43.42 SdZPvpDwd.net
九五式野砲が戦車砲になる可能性ってあったと思う?
75mm級の中で九〇式野砲より軽量なことを考えると、速力重視の時代にもしかしたらと思っちゃうんだけど

543:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f5b-IbiL)
17/01/10 02:00:14.83 iS2vvPSb0.net
95式野砲を戦車に積むぐらいなら
95式の生産で置き換えるはずの38式野砲を積めば良いんじゃね?

544:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-e3g3)
17/01/10 09:24:57.72 ZU+EmJ6Z0.net
対米開戦前の段階では、6馬牽引に問題のない野砲の自走化や戦車砲化は期待できないと思う
馬匹牽引のために性能を妥協して九〇式を軽量化したのが九五式野砲なので
自走させるなら九〇式の方が良いし、車台に搭載したり車輌に牽引させる分には重量差はさして問題にならない程度だった
戦車砲としてはチヌ用に当初検討されてたけど九〇式で行くことになった
細かい理由は資料いっぱいの人にお任せするとして、この時点でのネックはやっぱ初速不足かなあと思わんでもない

545:名無し三等兵 (ワッチョイ 6f5b-jIgK)
17/01/10 21:11:34.36 25WxA2oY0.net
「砲戦車ノ諸元ニツキテノ理由」(A03032102700)だと現制改造野砲級の主砲が必要、と書かれてたりもするから可能性はあったかもしれんが
性能面では九〇式野砲の方が良く、旋回砲塔に載せるのであれば山砲級の方が都合がよく、と微妙な立ち位置になりそう(だからボツった?)

そういや砲戦車で思い出したが、>>298で上げた昭和18年の書類を見返してみたら、9Pの表だと昭和18年度の砲戦車の整備数は90両となってるんだな
15Pの表にある砲戦車(60両)と自走十榴(30両)の数を合わせ�


546:驍ニちょうどその数になるが、生産側では一緒くたに扱ってたってことなんだろうか



547:名無し三等兵 (ワッチョイ df17-CIob)
17/01/11 00:37:05.91 /nwssl+y0.net
中戦車だと車体に迷彩まで施してから砲を取り付けるはずだけど、砲戦車/自走十榴だとどうなんだ?
中戦車と同じなら、生産側としては一緒くた扱いにしても差し支えなさそうだが。

548:名無し三等兵 (ワッチョイ fb04-e3g3)
17/01/11 10:59:14.96 oTHjoWEo0.net
>>521
99式7.5cmの2号砲で初速向上が求められたのはその辺も関係してるんかな
完成品は改造三八式の1割減くらいまで頑張って初速上げてるし

549:名無し三等兵 (ワッチョイ bb7b-wcJq)
17/01/12 12:59:15.99 fJq6a+jQ0.net
89式も中国軍が37mm持ってること考えると
正面装甲がせめて35mm程度欲しかったな

550:名無し三等兵 (ワッチョイ 3e5b-YL17)
17/01/12 13:49:24.60 jTyEzFwF0.net
チハの時に戦車や歩兵は30mmは最低欲しいって主張してたしな

551:名無し三等兵 (ワッチョイ 4f04-CkrA)
17/01/12 14:13:03.59 W6JYE/rw0.net
新戦車第一案(=チハ)は新型装甲鈑(表面硬化装甲)の25mmは従来の30mm以上ということで通過してるから
少なくとも昭和11年頃の時期には浸炭鋼鈑30mmくらいは欲しかったんだろうな
ただ、八九式の出現時期に30mm必要という意見は出るかなー?とも思う
林少将
「唯今お話のありました装甲鈑で御座いますが、
 お手許にあります此の書類に書いて御座いまする装甲鈑の厚さと申しますのは之は従来の装甲鈑で御座いまして
 新たに出来たものは先程町尻委員にお答へ致しましたやうに、
 古い甲鈑の三十粍と最近出来た二十五粍とを較べますと寧ろ最近出来た二十五粍の方が強いといふ結果になつて居りますから
 唯今御心配になつたやうなことはなからうと思ひます。
 それだけ申上げて置きます。」

552:名無し三等兵 (スプッッ Sd07-Y3Tz)
17/01/12 16:21:42.41 VCWr0cYTd.net
>>526
チハじゃいがハ号の装甲はべらぼうに硬いが、硬ければいいと思っていたのでバキバキに割れたらしいな
92式7.7mmの鋼芯弾を近距離でも難なく弾き返した表面硬化装甲だが、タイに輸出したところ気温の激しい変化で割れた

553:名無し三等兵 (ワッチョイ 4f04-CkrA)
17/01/12 17:01:44.05 W6JYE/rw0.net
所謂第II種装甲、表面硬化装甲は上にも書いたとおりチハの開発時点で漸く出てきた
ハ号の装甲は最後まで浸炭鋼だと思うよ
チハより一世代前の装甲
当時は徹甲弾も装甲も硬ければ良い的な風潮だったと言う人も居るのは確かだけど
少なくとも一式徹甲弾を開発する時点では構造的に強くしないと駄目という認識は持っていたと思う

554:名無し三等兵 (ワッチョイ 4fc9-N9RE)
17/01/12 17:12:33.41 zhUCSNHX0.net
世代とかじゃなくて熱処理の方法がうまくなかったんよ
薄い板なら硬い方がいい

555:名無し三等兵 (ワッチョイ 3e5b-YL17)
17/01/12 17:36:08.12 jTyEzFwF0.net
硬さと伸びの両方が必要なのは事実だけど
薄板だと両立は難しいよな

556:名無し三等兵 (ワッチョイ 3e5b-Omdc)
17/01/12 20:39:25.60 rJdmL+S80.net
>>526
軽戦車でかつ装甲厚30mmのルノー乙型って先例があるからなあ。
ハ号の検討段階あたりでそうした機動力よりも防御力を優先させたような案って出なかったんだろうか?

557:名無し三等兵 (ササクッテロロ Sp37-rG+u)
17/01/12 20:47:55.24 t5bP1LJ8p.net
ぶっちゃけいくら装甲が厚かろうが鈍足車両なんてその当時の日本陸軍的にはNG以外の何物でもないでしょ

558:名無し三等兵 (ワッチョイ 4f04-CkrA)
17/01/12 21:53:58.92 W6JYE/rw0.net
言うほど鈍足戦車は見限られてなかったのでは
上で挙げた「陸軍軍需審議会に於て審議の件」で
矢崎中佐 (戦車部隊将校)
「速度の問題に対しましては現在の八九式程度で以て歩兵協力用としては間に合ふものと思つて居ります。
 若し万一機械化部隊の為に使ひたいといふことがありましても
 第一案で参りますと相当に機関の余力がありますので機械化部隊用としても相当に間に合うんぢゃないかと思ひます。」
※ここで言う機械化部隊とはトラック乗車部隊=自動車化歩兵のこと
 以下、矢崎中佐は
 (第一案の速度なら)舗装道路ではトラックより遅いが、不整地を含む実際の戦場では却って速いこともある
 従って機械化部隊に十分追随できる、という趣旨を続けている
というわけで、現場部隊としても
中戦車としての趣旨である歩兵直協には八九式程度でOKという認識だったらしい
第二案(=チニ)の速度要求は路上27km/h、路外10km/hで八九式の25km/h、10km/hとほぼ同じ
第一案も路上速度は35km/hとなっているけど、路外速度は12km/h、特に際立った機動性は求められてない

559:名無し三等兵 (ワッチョイ dbda-GBI4)
17/01/13 10:02:37.88 3qcGvCpB0.net
考えてみたら89式中戦車で問題になってるのは地形阻害か。
熱河作戦で92式重装甲車を先兵に使ったのは道路上での進撃速度の問題も
有ったのだろうけど歩兵直協を


560:任とする車体にそこまで負わせるつもりは なかったということなんだろうな。



561:名無し三等兵 (スッップ Sdd2-PaHi)
17/01/14 12:36:47.66 IeKwKWp/d.net
>>519
なるほどたしかに砲兵への充足が優先になりそう
輸入戦車の頃は砲の変更も割と柔軟だったのに時代が進むにつれ変更しなくなったね、やはり歩兵砲時代とは労力比べものにならんか
>>520
速力最重視の時代ならあるいは、と思ったがやっぱり無しかあ
わざわざ99式七糎半戦車砲開発してる位だしね、用途は違うけど
初速は廉価版だけあって九○式より遅いし、なんだかんだ陸軍は与えられたカードの中で最善の選択してることがわかるよね

562:名無し三等兵 (ワッチョイ dbda-GBI4)
17/01/14 13:27:07.44 dryF3eTr0.net
焼嵌式砲身時代は予算が付けば、少数の砲身生産も比較的簡単だったらしいですけど。

563:名無し三等兵 (ワッチョイ 4f04-CkrA)
17/01/15 20:48:15.49 QBEzM3Lh0.net
>>535
砲戦車の備砲として初速500m/s前後の初速の75mm砲が欲しかったのは山々だが
ホイ作ってた当時の認識としては嵩張って砲塔が巨大化するのが嬉しくなかったのかもしれない
九九式戦車砲は四一式山砲と同じ薬莢で取り回し良くした上、退却長も300mmに抑えている
その上で初速も頑張って野砲に近付けようとしたと思しい
いろいろ頑張ってはいるが重量問題が脚引っ張りすぎてる感
チト以降まるっきり無視したような諸元にいきなり発展するのが不思議なほど
北支・中支から外蒙の侵攻作戦でなく満洲内での防御戦に大転換したのか


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