【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る24at ARMY
【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る24 - 暇つぶし2ch1:名無し三等兵
15/12/21 09:43:41.62 da01mHy6.net
旧日本軍の火砲全般を語りましょう。
・火砲と無関係な雑談(政治話など)や脱線はご遠慮下さい。
【重要】
荒らしの相手をする者も荒らしです。
スルーを心掛けましょう。
■前スレ
【加農・榴弾・高射・速射】旧日本軍の火砲を語る23
スレリンク(army板)
■関連スレ
【6.5】旧日本軍の歩兵火器を語る13【7.7】
スレリンク(army板)
要塞・重火砲について語るスレⅡ
スレリンク(army板)
【陸軍】旧日本軍の陸戦を語るスレ6【海軍陸戦隊】
スレリンク(army板)

2:名無し三等兵
15/12/21 09:46:13.45 da01mHy6.net
前999-1000
耐用年数とか関係なく組み立て時に不要な応力が残ってて
高温ないし低温で割と頻繁に割れていた

3:名無し三等兵
15/12/21 12:57:10.52 ZQABwnmw.net
アメリカまで届く砲を作れば富嶽とか要らなくね?

4:名無し三等兵
15/12/21 13:18:16.61 b2klzqBZ.net
>>3
おうムカデ砲やめろや

5:名無し三等兵
15/12/21 17:31:34.06 Yr6miHnr.net
>>1
スレ立て乙!

6:名無し三等兵
15/12/21 22:11:42.96 wf6odGDE.net
所詮ロケット、迫撃で弾幕量稼いで麺制圧で重火力でつすのが当時最も効果的な方法論だったんだな
あくまで戦後、いや44年ドクトリン以降のアプローチでみれば
・列国75mm砲は対戦車戦を兼任しなければ砲兵としては無用兵器で、砲兵としては81mm迫撃に投射量で劣り、92式歩兵砲のように直射前提でなければすべての75mm砲は役に立たない
・100mm砲+75mm砲の砲兵連隊は実質対戦車砲大隊+直説支援砲中隊の組み合わせでしかない
・100mm砲中心のドイツや日本でアプローチされた砲兵連隊はただの連隊支援火力にしかならず全般支援兵器にはなれないのでただの旅団砲兵団としての火力しかない
・世紀の全般支援砲兵は155mm砲複数門+ロケット十数門くらいくみあわせないと火力不足で
師団砲はそれ規模の火力がないと全般支援には火力不足
・軍団規模の戦線は十分な打ち合いをする場合砲兵師団の支援が前提
・日本軍単位の師団であってもロケット、重迫、などでリーチは度外視しても火力密度が十分にあって麺制圧戦術を積極的に行わないと戦線が成立しない

7:名無し三等兵
15/12/21 22:20:19.69 wf6odGDE.net
そこから各種兵器の特性を考えれば
・75mm歩兵砲
WW1の兵器で一定的に有効運用できるがあくまで歩兵傾向簡易戦車砲であり多目的対物砲直射武器としての性質が強く、麺投射力はカス
但し戦車がない戦線では無反動砲や迫撃が揃っていてもコスパと射程的に一定的に弾薬の心配のない多用途砲として必須
連隊砲兵の任務には不向き
91式野砲であっても改歩兵砲、正規歩兵砲であってあくまで大隊向けの直射火器にしかなれない
・81mm迫撃砲
もっとも量産された大隊火力であり一定の制圧力があるのは確実だがあくまで点制圧しか行えない兵器
射程以前にパワー不足
・中口径迫撃砲
面制圧を行える最小、ローコストの武器、戦前、戦後で連隊を維持するための必須の連隊砲となった
なければ話にならない歩兵連隊用直接支援火力
・ロケット車
旅団などにおいて連隊を支援する火力、全般支援砲
100mm野砲
・75mm砲よりましだが連隊でも81mm迫撃のようなr点制圧の支援しか行えなかったため中途半端な武器で十分な面制圧を行えなかったおもちゃ
150mm榴弾
・面制圧ができる有効な武器、これの数が直接戦闘力を刺したのがWW2
・それ以上のでかいやつ
特設砲、即席巨大迫撃ロケットなどであったが非常に中途半端な規格

8:名無し三等兵
15/12/21 22:31:47.39 wf6odGDE.net
効率的な編成としては
歩兵大隊火器
無反動砲+81mm迫撃砲
連隊火器
大隊直接支援直線火力の75mm砲は75mmハーフトラックのような機動支援火力に
(戦後のオントす砲が類似の火器にあたる)
この種の突撃砲なども運用されたがこれらはあくまで駆逐戦車のような直線戦闘火力としての趣が強かった
+120mm迫撃
全般支援火力
ロケット車、155榴弾
所詮戦前の敗者側の戦術的敗因は基礎的な火力がカスで膨大に作ったメイン火力がパワー不足で
155榴弾、120迫撃をベースにした重火力に以降すべきで火力編成で敗北した
これは弾薬や補給の効率とかからすれば自動化云々以前の致命的なミスだったと思うよ
個人的には155榴弾1000門に対して100mm、75mm砲1万門は戦力価値が同等で
コスパは5倍も開きがなかった
戦車というものはある程度旧式、雑多なものでもよく量数単位で戦える武器であったため質的優位性は極端になく、極論で30年代にも製造可能であったホニ戦車程度のおもちゃでも最低限戦力になり得た
しかし補給、生産負担、輸送及び車両負担、人数負担を劇的に改善できる155mm榴弾を大量運用する効果性に気づかなかったことは致命的なミスだったんだろうな
もっとも単純にできそうな装備体型を考えるならば91式野砲ハーフトラック、155自動化砲兵、81mm迫撃砲、無反動砲、ロ弾、120mm迫撃と155榴弾以外は負担にならない簡素な装備にしてリソースを開けて
なんとしても155榴弾自動化砲兵を大錬成しなければ行けなかったんだな

9:名無し三等兵
15/12/21 23:03:47.70 ZQABwnmw.net
あー麺食いたくなってきた

10:名無し三等兵
15/12/21 23:06:13.61 OL5LJeXC.net
>>6-7
戦前からそうした機械化十五榴の思想があったんならともかく、戦後得られた戦訓からこーすりゃ良かったんだって言われてもなあ
堀越は零戦じゃなくてF-86を作ればよかったんだ!って言ってるようなもんだ
どうでもいいが麺投射力、麺制圧と聞いて腹が減ってきた あっさり系のラーメンが食いたい

11:名無し三等兵
15/12/21 23:50:35.61 bKP8ivPW.net
アジ歴 大東亜戦争経験録 第2号 (昭和16.4~17.3) 昭和17.5 C15120356900
個人的には附表/表一覧(1)~(4)が見所だろうか
附表/表一覧(2) C15120358800 34ページ 九五式軽戦車に使用される装甲の種類 第二種BKは12mm厚のみ その他は第一種BK
附表/表一覧(4) C15120358900 11ページ 九七式指揮戦車シキ車? 日野重工にて昭和16年度生産数60両

12:名無し三等兵
15/12/21 23:53:09.01 bKP8ivPW.net
大東亜戦争経験録は第2号(昭和16年度)のみしか公開されていないようだ

13:名無し三等兵
15/12/22 00:17:59.14 8oacKvvn.net
>>11
附表/表一覧(4) 24P 九七式の前面強化作業ってなんだろ

14:名無し三等兵
15/12/22 01:24:20.46 j9i9appG.net
やっぱホロで良かったじゃねーかよ

15:名無し三等兵
15/12/22 05:18:43.14 MUhCOEi9.net
仰角取れない直射砲じゃん

16:名無し三等兵
15/12/22 08:24:24.43 YeIYoufz.net
>>13
兵器調達の件 C04123454500
前面強化には、第一種鋼板を利用した部品が使われてますので、増加装甲のようです。
資材不足のためか普通鋼板製の47mm砲塔の計画といい、
開戦前から、いろいろ考えてたみたい

17:名無し三等兵
15/12/22 09:21:17.86 hXAjk3gU.net
>>10
大口径砲を作っても弾を運べなきゃ使えない

18:名無し三等兵
15/12/22 15:15:01.89 WxceYP/7.net
チハに短十二糎榴弾砲って積まれたっけ?
榴弾の炸薬量が連合軍105mm榴弾に比べてやばかった記憶が

19:名無し三等兵
15/12/22 16:31:00.07 hXAjk3gU.net
>>18
写真が有るよ

20:名無し三等兵
15/12/22 16:47:11.41 WxceYP/7.net
>>19
サンクス やっぱりあったのね

21:名無し三等兵
15/12/22 19:13:25.14 osCRXOjN.net
リエンガ湾での重見支隊の戦闘だと8mという超至近戦闘を新砲塔チハが行ってるが
それでもM4には勝てなかったから改良でどうこうなる差じゃなかったんだろうな

22:名無し三等兵
15/12/22 19:16:04.20 K036TSVn.net
爆弾満載で突っ込むしかないな

23:名無し三等兵
15/12/22 23:26:43.46 GJ8tQ1xl.net
>>21
あの戦闘事例は相手にしたのはM4A3小隊だからなぁ
車体正面上部の傾斜部は新型圧延装甲63ミリ、垂直換算で92ミリ厚超
車体正面下部でも鋳造100ミリ厚超で一式四十七粍では貫通しない
それでも最終的には引き分けたけど(両者とも2両損失)

24:名無し三等兵
15/12/22 23:31:07.58 1u9KuN2b.net
M4E3って言えばイージーエイトか
そりゃ無理だわな

25:名無し三等兵
15/12/22 23:36:56.99 GJ8tQ1xl.net
厳密にはHVSSサスペンションに改良されたM4A3がイージーエイト(M4A3E8)
M4A3もM4A3E8も車体そのものや装甲厚自体は同じだったはず

26:名無し三等兵
15/12/22 23:48:48.65 GJ8tQ1xl.net
>>23は勘違い
日本側は1両損失だった

27:名無し三等兵
15/12/23 00:21:07.31 xN4UdYj7.net
短20糎砲搭載チハで
50kg弾炸薬12.9kgの凄いやつだよ

28:名無し三等兵
15/12/23 00:36:51.20 lG538sMK.net
でも75mm砲より遥かに照準も装填も難しいよ

29:名無し三等兵
15/12/23 00:52:20.85 xN4UdYj7.net
至近弾で脚回りと随伴歩兵を吹っ飛ばせれば大体良し
数発撃ったら、戦果にかかわらず陣地転換

30:名無し三等兵
15/12/23 02:09:22.86 bx2FkimW.net
まぁチハは後年にネタとして盛り上げてくれたよね

31:名無し三等兵
15/12/23 08:57:16.66 kEXYqurB.net
かわいい知波単

32:名無し三等兵
15/12/23 09:51:23.75 kDK3JAz/.net
11月にニューギニア砲兵隊戦記が光人社NF文庫から出てたんだな

33:名無し三等兵
15/12/23 10:41:12.11 cQoofF8G.net
>>32
四一式山砲で豪軍との砲兵戦やった話だよね
ニワカ観で申し訳ないけど読んだ時は豪軍というかオーストラリア自体が当時から遅れた工業後進国扱いされてたのが以外だった
砲弾の炸薬の質もすごい悪かったのと砲兵の錬度も大したことなかったけどどんどん錬度は目に見えて上昇していったとか

34:名無し三等兵
15/12/23 11:10:49.98 utYubDIB.net
艦船はイギリスに頼り航空機と車両は米英
オーストラリア自体はそういう産業自体あまり無かったんじゃないかな

35:名無し三等兵
15/12/23 11:43:06.88 5WRtl6ot.net
てめえカンガルーなめんなよ

36:名無し三等兵
15/12/23 12:32:10.73 PuVUygFH.net
アボリジニ「カンガルーなど唯の小物よ」

37:名無し三等兵
15/12/23 13:08:22.76 TTbMaYo1.net
え、まだ読み切ってないけど41だったのあれ?
てっきり94かと思ってた

38:名無し三等兵
15/12/23 14:18:17.11 cQoofF8G.net
>>37
手元で確認してみたら九四式でした申し訳ない
工兵教範の山砲用砲掩体壕には四一式しか書かれてなかった云々で勘違いしていました

39:名無し三等兵
15/12/23 19:20:26.54 uERGv9Zi.net
>>33
九四式山砲だね。
旧軍関係者や歴代火砲研究者大御所からは名砲とされるのも、かくあるかなの
活躍ぶり。
重砲や機動砲以外は機械化牽引がお寒い状況の日本陸軍としては軽砲のホープ
だったろう。
戦後に米軍の十榴、十五榴を供与された旧軍砲兵経験の陸自関係者が射撃試験の精度にがっかりしてるんだよね。

40:名無し三等兵
15/12/23 19:27:46.17 uERGv9Zi.net
大昔の戦車マガジン掲載、知られざる日本の兵器の九四式山砲記事が活躍貢献への最高オマージュ
だろう。
近年、グランドパワー別冊で再録されてる。
添付砲図面は変更されている。

41:名無し三等兵
15/12/23 19:32:04.48 xNQXkkAj.net
>>39
貧乏性が染み付いて抜けないだけやないかいとw
エリア射撃するための砲に制度求めてもねえ…
まあその後の陸自の事情を鑑みれば伝統継承は間違いじゃなかったわけだけど

42:名無し三等兵
15/12/23 19:35:55.96 uERGv9Zi.net
「知られざる日本の兵器」は鹵獲一号戦車やら、奉天接収十四年式十榴とか、
現在の研究成果から照らしてまったく話にならない記事内容のものは、当然グランドパワー再録から漏れて
いるようだ。

43:名無し三等兵
15/12/23 19:42:06.15 vRyh5IrS.net
タマが貴重なんだな。

44:名無し三等兵
15/12/23 19:42:55.13 wT5fVLoQ.net
貴重なんだよ

45:名無し三等兵
15/12/23 19:46:32.86 uERGv9Zi.net
>>41
じっさい貧乏で支那事変勃発で砲弾消費のカネ、動員費を無茶な国債でやっとこさ
充てるしかなく、戦時増産の掛け声も陸軍だと航空に生産ソースをおおかた取られてしまったん
だから、乏しい砲弾の命中精度に賭けるしかないだろう。
バカスカ撃って当該地域制圧が一次大戦以後の定石なんだが。
無理やりまくって努力したとて、がんばっても到底達成できないもんはどうしようもない。
最悪のなかの最善の選択がベストなやりかた。
平時の需要が貧乏で限られるから、いざ、大戦争に遭遇してもおいそれ生産規模倍増とかできないんだよ。
それができたのは、ほかを犠牲に傾斜生産した航空、高射、速射、山砲のみ。

46:名無し三等兵
15/12/23 19:58:58.22 uERGv9Zi.net
支那事変の戦費でさ。弾薬の額が嘘かホントか知らんが、本で読んだ話によると
予算全体の七割だったとかあったぞ。
それで、兵隊の命は一銭五厘になるわけだ。
もちろん召集令状葉書一枚のオーバー表現なことはいうまでもないけど。

47:名無し三等兵
15/12/23 20:17:24.61 ESDGHeXs.net
ノモンハンに行く直前に、中隊長がおまえら兵隊は一銭五厘と訓示した話があるから
兵隊の自嘲だけじゃなく士官もそういう認識だったのは間違いないな

48:名無し三等兵
15/12/23 20:24:27.98 D5spP2r/.net
まぁ、覚悟を促す為の強い訓示な訳で、ハートマン軍曹の
「オマエラは両性生物のクソをかき集めた程度の値打ちしかない!」
みたいなもんだけどな。

49:名無し三等兵
15/12/23 20:40:18.60 bx2FkimW.net
知れば知るほど日米開戦に踏み切った理由が分からない

50:名無し三等兵
15/12/23 20:46:10.91 R0Hpk/wM.net
簡単に言うと権力闘争とチキンレースの果てに、というところかな。

51:名無し三等兵
15/12/23 20:46:50.11 xNQXkkAj.net
じんけんひ、があるから全体の7割はいくらなんでも嘘だな
いつの時代も結局人のコストが最大
日本の場合、基本外地の戦争で、大量動員した兵士をまともに食わせる給与だけでもとんでもない負担だし
まあ基本勝ち戦だから、装備の消耗は航空以外は少なくて、弾代の比率が大きくなるのは確実だが

52:名無し三等兵
15/12/23 20:52:10.26 LGJQHbNd.net
>>49
アジア解放のために戦っただけ

53:名無し三等兵
15/12/23 21:18:49.69 D5spP2r/.net
>>49
日本側からだけ見るからわからないんだよ。
相手あっての事なんだから、相手の状況も学ぶべし。
戦争ってのは、どっちかが望んだらそれで始まるんだ。

54:名無し三等兵
15/12/23 21:20:38.47 YpqBCGbO.net
>>51
せめて質はともかく飯を満足に食わせないと、人心掌握で無茶振り戦闘は尋常なら無理だからな
飢餓状態で任務を全うした先人には飽食の現代人は頭を垂れるほかない

55:名無し三等兵
15/12/23 21:42:00.02 YpqBCGbO.net
一銭五厘というと現在の貨幣価値換算で三百円くらいか?
召集令状は役所の兵事係が配達で、いまの郵便書留と比較するのは無理があるけど。
映画館、カフェー、遊郭など娯楽に関して、兵隊は一般より大幅割引があったし。

56:名無し三等兵
15/12/23 21:56:10.07 D5spP2r/.net
>>55
葉書一枚だから52円じゃないの?
ちなみに昭和10年代前半の物価は、
公務員初任給 75円
米10kg 3円50銭
素蕎麦一杯 12銭
鉄道初乗り 10銭
銭湯 6銭
くらいが標準価格だそうな。

57:名無し三等兵
15/12/23 22:05:42.99 lG538sMK.net
>>49
てけとーな本だけ読んで>>52みたいな主張をする連中も最近は特に多いが、結局のところ「支那から手を引けなかったから」からだと思うんよ
米英から禁輸措置を取られて今後の対支戦争継続が難しい→じゃあ短期決戦で産油地ごと奪ったれや ってシンプルかつ無理のありすぎる発想が内々の事情のせいで通っちゃったという

58:名無し三等兵
15/12/23 22:15:01.97 LGJQHbNd.net
>>57
代々木からの書き込み乙!
お前みたいなアカが大東亜戦争の理由を曲解して反戦思想植え付けてるんだろ

59:名無し三等兵
15/12/23 22:20:26.94 D5spP2r/.net
>>57
英国はそんな好戦的じゃないよ。
対日禁輸措置なんて実質ほとんどやってない。
惜しむらくは英国が抱える油田は中東まで行かないとなくて、39年以降はドイツとの戦争で
輸出どころではなかった事。
ビルマ援蒋ルートも、「止めて」って交渉したら一頃は止めてくれたりしたのよ。

60:名無し三等兵
15/12/23 22:38:11.64 ygjv5PNH.net
>>57
>米英から禁輸措置を取られて今後の対支戦争継続が難しい→
米英はドイツ打倒へ向けるべき貴重な戦争資源を、対日戦争で浪費してしまっても良いのか?
ステイムソンは6月19日,ボレロ計画を支持する理由をしたためたFDRへの手紙を,英米首脳会談が行われている
ハイドバークに届けさせた。マーシャルが「名作(a masterpiece)」とほめたこの手紙を読むと,陸軍長官の対独戦に
対する並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
…着実かつ敏速にして容赦のないボレロ作戦の実行は,ヒトラーの対ソ戦をくじく意味でも,ドイツを敗北させ
戦争を終わらせる意味においても,最も確実な方法(the surest road)である。ボレロ計画は…敵の心臓の中心部
(the center of our chief enemy's heart)に届く一番容易な方法でもある。…ボレロ実施における最大の危険は,
太平洋における日本軍の存在であったが,…最近の太平洋中央部での(アメリカ軍の)勝利がこの懸念を
取り除いた。…戦争中に,より良いグリップを求めて手につばを吐きかける(筆者注:手をはずして握り直す
という意味か)ことは非常に危険である。
URLリンク(dspace.bunka.ac.jp)

61:名無し三等兵
15/12/23 22:39:48.73 6C+MaO3H.net
>>54
>せめて質はともかく飯を満足に食わせないと、人心掌握で無茶振り戦闘は尋常なら無理だからな
「第二の罪 ドイツ人であることの重荷」(ラルフ・ジョルダーノ 白水社)P201
 西部方面においてと同様に、ドイツ指導部は東部においても電撃的な攻撃と
勝利を見込んでいた。そのため、それに対応する数の捕虜が生じることになった。
東部経済本部部長だったヴィルヘルム・シューベルト陸軍中将の報告からは、
飢餓による捕虜の集団死亡が計画に入れられていたことが明らかになる。
各省の次官に宛てたこの報告は、征服されるべきソ連地域の農業搾取を扱った
ものだった。その中には一九四一年五月二日付けで次のように記されている。
 「戦争の三年目(一九四一年から一九四二年にかけて)において全国防軍を
ロシアからの食料で養いうる場合のみ、戦争を継続しうる。この場合、
われわれが必要とするものをロシアから持ち出せば数千万の人間が餓死
することは間違いない。最も必要なのは油種子・油粕の確保と搬出であり、
穀物はその次だ。現存する脂肪と肉は軍が消費すると推定される。」

62:名無し三等兵
15/12/23 22:41:35.54 6C+MaO3H.net
>>45
>乏しい砲弾の命中精度に賭けるしかないだろう。
スターリングラード攻防戦に投入される以前、チュイコフは軍事顧問団の団長として、中国で日本との戦いを支えていました。
チュイコフがスターリングラードで取った戦法は、中国での日本との戦いの経験から得られたものだったのです。
 このように、スターリングラード攻防戦を勝利に導いたのは、ノモンハンや中国での、日本との戦いの経験があったためです。
URLリンク(cccpcamera.asablo.jp)
チュイコフは、このとき四二歳。大戦勃発のとき、中国の大使館付き武官をつとめており、一九四二年三月に帰国した
ばかりであった。彼は七月まで作戦に参加しなかったが、それ以後は、非常によく活動した。果断、誠実、そして楽天的な男であった。
 スターリンは、もちろんこの任命を承認した。彼はエレメンコに「君は、彼をよく知っているかね」と訊ねただけであった。
 エレメンコは「チュイコフは指揮官として信頼できる男だとおもっています」と答えた。
URLリンク(ktymtskz.my.coocan.jp)

63:名無し三等兵
15/12/23 23:03:20.39 8O0jv8Ya.net
延々コピペとかしてると大澤になっちゃうよ

64:名無し三等兵
15/12/23 23:17:04.88 lG538sMK.net
>>59
んじゃ米英じゃなくて米国って言ったほうががいいな
ともあれ、支那方面だけでも兵隊も将校も足りんのにさらに手を広げるってのは軍事的面だけで言えば>>49の言う通り訳の分からん話だ

65:名無し三等兵
15/12/23 23:49:10.28 vRyh5IrS.net
>>59
イギリスの保守党内部には、まだ日英同盟の記憶が残っていて、日本と対立せず
英植民地を守りたい勢力が居たようだ。まあ、チャーチルが保守党政治家として
は、おかしいんだよ。

66:名無し三等兵
15/12/23 23:55:52.18 cVxc9jXw.net
米の禁輸は実は完全禁輸じゃなかったりする。正式な決定降りてないし。
許可制に移行後、ルーズベルトが外遊中に代行していた財務長官が対日強硬派で、圧力かける為に輸出の許認可を出さなかったのが始まりで、
その後中立法の改正、レンドリース開始で東海岸で石油不足が発生。結果、対日積出港の西海岸に輸出用の石油が廻ってこなくなった為、
結果として完全禁輸になってしまったってのが真相。
そんな有様だから、ちょっとくらい止まっても大丈夫だろうって米がかなり楽観していたりする。

67:名無し三等兵
15/12/23 23:58:49.10 D5spP2r/.net
チャーチルもわりと親日よ。
満州事変に際して
「日本が満州でやっている事は、大英帝国がインドでやっているのと同じ事だ」
ってコメントしてるし、カイロ会談の席上では、「日本軍人にとって名誉ある形での終戦」
を提案していたりする。
ルーズベルトが極端に反日なだけ。

68:名無し三等兵
15/12/23 23:59:32.87 cVxc9jXw.net
オランダに関しては、購入契約交渉でなんか大チョンボを日本側がやらかして契約がご破算になったって聞いたけど、
裏付けが取れてない。
もし誰かソースを知ってたら教えて欲しいっす。

69:名無し三等兵
15/12/24 00:20:22.28 osPy8EzS.net
オランダに関しては、当時オランダ本国がないから(ドイツに占領されて英国に亡命政府状態)
出何所不明の怪しい話がいっぱいあってさっぱりわからん。
オランダ政府関係者と交渉してるつもりが、オランダ政府関係者じゃなかったとか。

70:名無し三等兵
15/12/24 01:07:01.51 cqVX7UZ3.net
>>67
名誉ある形での終戦、って「日本軍部のメンツ潰すとこじれる」って判断の上での提案だったりしないのかね
その場合チャーチルが親日ってよりは日本側の事情を理解していただけって風にも取れるが

71:名無し三等兵
15/12/24 01:08:36.99 osPy8EzS.net
>>70
そう言う事だよ。
断固無条件降伏にこだわったルーズベルトより親日だろ。

72:名無し三等兵
15/12/24 01:10:46.20 wak1t/nO.net
>>70
>その場合チャーチルが親日ってよりは日本側の事情を理解していただけって風にも取れるが
イギリス国民に勝利を宣言するウィンストン・チャーチルのスピーチ「明らかな国家元首である
デーニッツ元帥」という部分は事実上、少なくとも無条件降伏の瞬間までフレンスブルク政府を当局として
認識していたことの証拠であった。しかし、連合国はフレンスブルク政府を即座に解体することを決定した。
5月20日、ソ連政府はそれまでのフレンスブルク政府について考えられていたことを白紙にした。
彼らはデーニッツ政府(彼らは「デーニッツ・ギャング」と呼んだ)がどんな権力を持つことも許さず、
どんな考えでも厳しく批判、これを攻撃した。プラウダには以下の通り記述された。
デーニッツ周辺のファシストギャングどもの威信についての議論はまだ続いており、いくつかの目立っ
た連合軍の集団はデーニッツとその協力者の「活動」を利用することを必要と考えている。イギリス議会
でこのギャングどもは「デーニッツ政府」と呼ばれている。(中略)反動的な新聞『ハースト』の記者は
デーニッツの兵籍編入を「政治的に賢明な行為」と称した。このように、ファシストの物書きどもはヒトラー
の弟子たる略奪者と協力することを正しいと考えている。同時に、ドイツの右翼が差し迫った混乱に
似たおとぎ話を作り出したとき、1918年のドイツが条件付けたことを大西洋両側のファシスト報道機関
は広めようとしている。その後、降伏の直後、無傷のドイツ軍部隊が東方で新たな冒険に使われた。
現在の政治活動にも似たようなものが存在し、連合軍の多くの反動的な集まりはクリミア会議に基づ
いた新たなヨーロッパを作ることに反対している。これらの集まりはファシスト体制の維持を考えており、
すべての自由を愛する国々の民主主義の成長を阻害する手段を取ろうとしている。・・・(後略)
URLリンク(ja.wikipedia.org)

73:名無し三等兵
15/12/24 01:14:57.37 MBLtYw4R.net
毎回毎回長文垂れ流しやがって
もっと簡潔にまとめろキチガイ
ここはお前の落書き帳じゃないんだぞ

74:名無し三等兵
15/12/24 01:25:33.33 cqVX7UZ3.net
>>71
「親日」って言葉は日本に好意を持つって意味だけど、ルーズベルトより穏健的な事を言っただけのチャーチルをそう言っていいものか…
そろそろ火砲の話に戻そう

75:名無し三等兵
15/12/24 01:29:15.28 osPy8EzS.net
>>74
まぁ、相対評価だけどね。
ルーズベルト・チャーチル・スターリンの中では、チャーチルがずば抜けて親日的。
好意を持っているレベルには達していないにせよ、融和的。

76:名無し三等兵
15/12/24 07:41:45.59 iMvTX4QN.net
結局、イギリスもアメ公も形だけの経済制裁をしただけなのに日本がガチになっちゃたって事でおk?

77:名無し三等兵
15/12/24 07:57:11.18 nF5b8PK7.net
米に関しては石油以外はガチの経済封鎖。ナチスにすらしていない資産凍結とかやってるくらい。
石油だけはおこぼれ程度には供給するつもりだったけど、不手際で実際には一滴もやらなかったんで、
日本にとってはガチの経済制裁と変わらないよ。
だから、これまでの米の経済制裁による日本の判断に関する考察は、今まで通りの前提で差し支えない。

78:名無し三等兵
15/12/24 11:17:12.85 YD12QZPc.net
イギリスも有力政治家に親日派なんて一人もいない。ネヴィル・チェンバレンは日本の意志を過小評価してて、
英国が強くでれば中国侵略は諦めざるを得ないと思ってたし、
チャーチルが日本に融和的な姿勢を見せる時があったのは彼の第一戦略が対ドイツで、極東で余計な揉め事起こして戦力を割かれたくなかっただけ。
大戦期の英国の政治家の対日姿勢を分析した「大英帝国の親日派」(アンソニー・ベスト著)より。

79:名無し三等兵
15/12/24 11:55:09.68 9C/5qOVl.net
まあ戦前日本の製鋼能力からして、スクラップ禁輸でほぼ詰んだようなもんだからねえ
通商条約は破棄されちゃうし
資源禁輸はアメリカが戦争体制に移行し世界戦争に参入するためのステップでもあったけど、現実にローカル戦争戦ってる日本にはそんな事情知ったこっちゃないわな
追い詰められた状態と被害者意識だけで対米戦争を是認する空気だけは醸成されちゃうね

80:名無し三等兵
15/12/24 12:56:52.02 osPy8EzS.net
禁輸プラス日本にとって地味に痛かったのが、パナマ運河通行禁止。
当時は米国の管理下にあったので、経済制裁の一環で通行禁止にされた。
これが解けるのは1950年の事。

81:名無し三等兵
15/12/24 16:57:31.82 Oz3FBMLh.net
そういう人種差別的政策が大日本帝国を激怒させアジア解放の戦いを繰り広げることになったと
なんだ、全部白人が悪いんじゃん

82:名無し三等兵
15/12/24 17:07:41.34 m1lPv/jk.net
ブリカスとか言う諸悪の根源

83:名無し三等兵
15/12/24 17:11:25.08 2V3/uBWR.net
親日家が一人もいないって事はないだろ
ただ当たり前に自国の方が大切って事だ

84:名無し三等兵
15/12/24 18:38:06.84 qVBEktJh.net
>>78
日本は、第一次大戦で欧州戦線に陸軍を派遣してないから、欧米の人間が日本
の力について認識を改める機会が無かった。ナチスドイツだけが中国への軍事
顧問派遣で、ドイツ人将校達がドイツ製兵器ドイツ式戦術で指導した中国軍が
撃破されるのを見て、認識を改める事が出来たのだ。

85:名無し三等兵
15/12/24 18:49:19.74 gmh+eUwo.net
逆に、欧米の力を日本が認識出来なかったとも言えるな

86:名無し三等兵
15/12/24 19:02:39.23 lEP2VM1w.net
>>84
>>85
それ言うなら、何故ドイツ人はソ連を侮ったのかということになるわけだが。

87:名無し三等兵
15/12/24 19:05:10.16 2V3/uBWR.net
俺がやれば上手くできる!という落とし穴

88:名無し三等兵
15/12/24 19:06:01.73 lEP2VM1w.net
>>72
>ウィンストン・チャーチルのスピーチ「明らかな国家元首であるデーニッツ元帥」
ソ連と比べれば、イギリスの貢献は目くそでしかない。

89:名無し三等兵
15/12/24 19:10:09.50 pirQMuRv.net
ソ連軍の主力はヨーロッパではなくて極東にあり、ソ連の実力が正しく認識されなかった。
キエフは簡単に落ちたが、モスクワはシベリア方面軍に阻まれてしまった。

90:名無し三等兵
15/12/24 19:13:41.47 wtONAsQu.net
「1941年の秋、モスクワ攻防戦の一番危機的な時期にゾルゲが獲得に成功した情報のおかげで、
ソ連指導部は極東、シベリア、中央アジアにいた師団の一部をモスクワへと配置換えする決定を
とることができました。この師団らが私たちの首都へ迫ろうとしていたドイツ軍を撃退する上で計り
知れない重要な役割を演じたのです。」
URLリンク(jp.sputniknews.com)

91:名無し三等兵
15/12/24 19:23:41.11 cPjc1xDM.net
一方イギリスの極東方面軍は

92:名無し三等兵
15/12/24 19:38:20.50 fGK/biTv.net
おもな油井放火魔のうちフセイン政権イラク軍兵士が
イラクISISへと流れていったような常習犯はともかく
日英双方とも石油流通枯渇のうえ守備隊全滅必至な状況で
よっぽど切羽詰っていた状況で無ければ腹を括って
背水の陣なんてまずやらないよ
バーマーBP石油 アラカン油田 1942年1月 大英帝国インド軍部隊
ブルネイシェル石油 セリア油田 1945年6月 大日本帝国陸軍部隊
クウェート国営 ブルガン油田 1991年2月 フセイン政権イラク軍部隊
イラク国営 アジル油田 2015年3月 イラクISIS部隊 バイジキルクーク間のイラク軍放棄地

93:名無し三等兵
15/12/24 19:42:06.51 qVBEktJh.net
>>86
ドイツ人が知ってたのは帝政ロシア軍だよ。

94:名無し三等兵
15/12/24 19:44:57.77 DdMUCiEt.net
>>84
ドイツ人将校達がドイツ製兵器ドイツ式戦術で指導した中国軍が撃破されるのを見て、
米軍はなぜ、朝鮮戦争でチャンコロ相手に勝利できなかったのか。

95:名無し三等兵
15/12/24 19:50:39.40 WYPFNVxt.net
いつからここは政治戦略スレになったんです?

96:名無し三等兵
15/12/24 20:00:19.72 osPy8EzS.net
>>94
制限戦争だったからでしょ。

97:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/24 20:06:21.67 j6I0S042.net
>>95
>いつからここは政治戦略スレになったんです?
近接戦を重視する日本陸軍のドクトリンは正しかったということだよ。それは政治戦略と切っても切り離せない。
赤軍のチュイコフ将軍は日本軍との戦いで学んだ経験を、ドイツとの戦争で生かすことができた。
5 ドイツ軍は近接戦が不得手 top
 またドイツ軍の歩兵は、近接戦闘を好まないということに気がついた。ドイツ兵は、
一〇〇〇メートルもさきから、自動火器の弾丸をばらまきながら前進する方法を好んでとっていた。
 これら二つの要素―つまり協同戦闘と、近接戦の不得手―にたいしてとるべき戦法は、
できるだけ敵に近接することだ、と彼は結論した。
 そうすれば、ドイツ空軍は、友軍部隊にも損害をあたえることを覚悟しなければ、
ソ連部隊を爆撃することはできない。
 ここで、第一の連繋がくずれ、ドイツ軍歩兵をいやでも近接戦に巻込むことができるだろう。
 チュイコフがのちに「全ドイツ兵に、ソ連軍の銃口をつきつけられて生きていると感じさせなければ
ならない」といっているように、町のなかでは、この近接戦法をとることは容易だ、と、彼には思われた。
 こうすれば、ドイツ軍は、その切り札―つまりドイツ空軍をうしなうことになる。
 もちろん、部下がこの戦法を理解し、ドイツ兵を近距離につかまえておければ、という条件を
つけなければならないのだが。
URLリンク(ktymtskz.my.coocan.jp)
>>96
>制限戦争だったからでしょ。
ノモンハンだって限定戦争だが?

98:名無し三等兵
15/12/24 20:12:35.83 osPy8EzS.net
>>97
限定戦争と制限戦争は違うだよ。
制限戦争ってのは、やれ鴨緑江以北は爆撃してはいかんとか、北朝鮮の港に入港する
中国ソ連船は攻撃してはいかんとか、そう言うの。

99:名無し三等兵
15/12/24 20:12:52.30 Zarcj/ZL.net
                     下町ロケットで話題を盛り上げて、翌日はイプシロン
         政府や三菱が狙ってるのは、民生用ロケットのオブラートに包まれた悪魔のICBMミサイル
               今や、安倍晋三政権=三菱は核ミサイル開発を政権の命題としている
                           原発推進は核ミサイル開発だ
        三菱商事の核ミサイル担当重役は安倍晋三の実兄、安倍寛信 三菱重工の重役でもあるらしい 
      これがフクイチで核弾頭ミサイルを製造していた疑惑がある 書けばツイッターで速攻削除されている
           安倍晋三の兄が関与している三菱重工 核開発疑惑についていくつかツイートしたが、
         反応がないから変だと思って、自分のタイムラインを調べてみたら、完全に削除されていた。
      私のツイートで、安倍政権に都合の悪い情報は速攻削除されている これは驚いた ここまでやるのか
                 URLリンク(twitter.com) iamada/status/664017453324726272

           《《 さっさと原発を閉鎖しろ! 国民を死なせている高学歴バカを、死刑にしろ! 》》

    『副島隆彦・リチャードコ シミズ・中矢伸一・藤原直哉・鎌田實・江川紹子。全員、安全デマ吹聴に回った。』  by東海アマ
                       省庁移転先候補地は、なぜか西日本ばかり。
    なんで福島復興のために双葉・大熊町に移転しないの?住民を帰還させるくらいなんだから安全なんだろ?
                 URLリンク(twitter.com) aiamada/status/679594274942418944
              後々、健康被害が出たら、ウソを言った御用学者や政治家は、全員死刑だ。
                 URLリンク(twitter.com)

100:名無し三等兵
15/12/24 21:42:43.71 DC+R3F5w.net
>>84
チャンコロって日本人の軍刀に斬り伏せられるためだけに生まれてきたみたいな生き物だよなw

101:名無し三等兵
15/12/24 22:17:02.75 eDBQjONb.net
>>75
好意を持っていない親日って一体どう言うw
チャーチルは単に自国に有利な状況判断をしたのみ

102:名無し三等兵
15/12/24 22:21:28.03 osPy8EzS.net
>>101
だから相対評価だって。
例えば好意をパラメーター化して1~100まであるとしたら、
ルーズベルト 5
スターリン 8
チャーチル 40
とかで、あの時代の西洋列強指導者の中では親日的って話。
単に自国の利益だけなら、満州事変に好意的な発言する必要なんてなかっただろう。

103:名無し三等兵
15/12/24 22:22:58.05 eDBQjONb.net
>>77
ドイツには米系資本が相当投下されていたので、完全禁輸はそもそも出来ない話
殆ど全ての財閥が民族系だった日本に対しては、ガチ禁輸をしても米国民から非難される事はない

104:名無し三等兵
15/12/24 22:27:56.39 eDBQjONb.net
>>102
イギリスは中国を良く分かっているから、如何に日本の影響力が強くなろうとも、商売のやりようはあると踏んでいた
アメリカは進出が遅れた事もあって、このままでは日本に市場を囲い込まれるとの焦りがあった
親日反日関係なく、自国ベースの状況判断の問題に過ぎない

105:名無し三等兵
15/12/24 22:34:30.52 osPy8EzS.net
>>104
支那事変については中国における英国の権益が脅かされると懸念を表明してるけどな。

106:名無し三等兵
15/12/24 22:43:17.07 eDBQjONb.net
>>105
支那事変では大陸南方の沿岸封鎖をしちゃってたからね
珠江デルタでも海軍がバリバリ臨検して本気度が違う

107:名無し三等兵
15/12/24 22:50:09.33 osPy8EzS.net
イギリス国旗を掲げた船の臨検はしてないけどな。

108:名無し三等兵
15/12/24 23:44:45.70 s26RnPwA.net
スレタイ読めない人は帰ってくれない

109:名無し三等兵
15/12/25 00:21:46.20 qVcwvrBI.net
>>102
言葉遊びになるけど、そういう場合って日本寄りって表現のほうが打倒だと思うの
少なくとも親しんではいないし

そういや今月の丸は日本戦車特集らしいが、砲の方はどれだけ書かれてるのやら

110:名無し三等兵
15/12/25 01:05:59.45 zzSt4ZgT.net
捕獲した九○式野砲をアバディーン試験場にもちこんで試験してみて、
射撃精度の高さに米軍が驚嘆したとか昔の本で呼んだが、これのソースを知ってる人
いる?
当該砲は写真に残ってるフィリピン由来の機動砲のはずだけど

111:名無し三等兵
15/12/25 01:09:01.86 zzSt4ZgT.net
たしか戦車マガジン記事だったはずだけどね…

112:名無し三等兵
15/12/25 01:09:09.52 UESiJmZD.net
>>102 満州事変に好意的な発言する必要なんてなかっただろう
イギリスは、満州事変の一年半前に起きた中東路事件で、張学良がソ連に戦争
仕掛けてボロ負けして、東清鉄道を獲られたのに一枚噛んでるからね。ソ連の
南下を満州事変が抑えた事を理解していた。

113:名無し三等兵
15/12/25 01:21:53.22 zzSt4ZgT.net
日本は照準器がかなり優秀だったせいもあると思う
陸のトーコー、海のニッコーで東京光学と日本光学が供給してたから
最先端ドイツの模範生水準だった
戦時中製造のトプコン、ニコン、小西六(コニカ)、フジのレンズなんてカメラ
マニア垂涎の品だぞ
ニコンの優秀性を戦後宣伝したのは、写真家のダンカン
酷寒の朝鮮戦争でライカやコンタックスが動作不良続出するなか、カメラボデイの堅牢さと確実な動作性の広告塔であった

114:名無し三等兵
15/12/25 01:24:31.25 iMfUOgwL.net
逆に照準機のショボさに定評があったのがソ連だけど、寒い所での照準機って動作不良起こし易いのだそうな。
戦闘機用も寒い高空で使うので、色々難儀したとか。

115:名無し三等兵
15/12/25 01:28:50.89 zzSt4ZgT.net
キャノン、当時のカンノンは日本光学からレンズ供給を受けていた

116:名無し三等兵
15/12/25 01:34:20.92 zzSt4ZgT.net
>>114
鏡筒の加工精度やシール材質、組み立て精度がまったくダメなんだよ
ソビエトカメラの本で細かいことがまったく苦手な横山やすしみたいな連中が組んだ製品とか書かれている。
ロシア人特有のアバウトさからくる欠点

117:名無し三等兵
15/12/25 01:42:05.58 zzSt4ZgT.net
航空関連の著書が多い佐亦さんによると、ドイツ人は日本人にくらべ、はるかに手先は不器用だが
材質もさることながら高精度の治具や工具、工作機械を駆使して造るので製品は高品質とか

118:名無し三等兵
15/12/25 01:56:41.09 1+beBWaO.net
ドイツご自慢のカールツアイスだが、ソ連に持っていかれてしまった。
イエナには世界最大の光学機器メーカー、カール・ツアイスの本部があった。イエナはチューリッヒ州にあるため、
ソ連占領地であることが合意されていた。ところが、ソ連の占領がもたついたため、カール・ツアイスの確保をもくろんだ米国は、
イエナをいち早く占領してしまった。しかし、ソ連の抗議によって、最終的には、イエナはソ連に引き渡された。結局、
実際の現場のドサクサ紛れの占領よりも、首脳間の合意が優先するという、当たり前の結末に至っている。
URLリンク(cccpcamera.asablo.jp)

119:名無し三等兵
15/12/25 02:03:58.37 iMfUOgwL.net
ポーランド侵攻の時のブレストみたいなもんだな。
ドイツが占領したけど、分割協定に従ってソ連に引き渡された。
今ではウクライナの一部。

120:名無し三等兵
15/12/25 02:15:19.84 06kkpps3.net
賠償問題と産業解体
 連合国はすでに、ポツダム会談で、ドイツからの賠償に関しては、総ての占領勢力はそれぞれの
占領地区からの生産物の収納によって満足すべきものである、という合意に達していた、とりわけ
アメリカ合衆国は、ドイツの"工業技術知識"に対して強い関心を抱いていた。たとえばロケット
技術者のヴェルナー・フォン・ブラウン(1912-1977年)などのような、およそ千人の技術者がアメリカ
合衆国に移され、米国内の種々のプロジェクトに携わることとなった。その際の技術の略奪を金額
に換算すれば10億ドルマルクに値すると見積もってよいだろう。その中には、極めて重要なドイツ
の特許のマイクロ・フィルムも含まれていた。
 占領地区からもっとも長く搾取を続けたのはソヴィエト連邦であった。1948年始め、軍事物資生産面
で重要な産業のみならず、平和産業としても不可欠な企業が解体された。これに加えて、賠償を現在の
生産品から徴収すること、鉄道施設の解体も始まった。ソヴィエト連邦もまた、相当数のドイツ人研究者
を自国の業務に携わらせるためにソヴィエトへと連行したが、しかしもちろん、ドイツの産業生産能力
全体に干渉することも、イギリスが占領していたルール地方の原料を獲得することにも失敗した。
"ソヴィエト占領権力の後先を考えない収奪政策"は、直接的な戦争による影響以上に東側ソヴィエト
占領地区の経済能力を破壊したのであった。東側ソヴィエト占領地区の各人の負担は、単純に計算してみても、
西側地区のそれと比べて三倍の高さに上っていた。
<ドイツの歴史【現代史】 (世界の教科書シリーズ) ヴォルフガング イェーガー (著), クリスティーネ カイツ (著) >
 敗戦直後、ソ連をはじめ連合国側は、ドイツの工場施設をはじめ海外資産、
絵画や本まで、あらゆるものを持っていった。英国などは、木まで伐採して持っていった。
全部で2千億マルクになる。ドルにして470億ドル、賠償予定額の倍以上だ。
いまさら賠償請求はないと思うが、これは万一の場合の、内部試算である。
 (ドイツ大蔵省担当官)[6,p35]
URLリンク(www2s.biglobe.ne.jp)

121:名無し三等兵
15/12/25 02:24:58.83 iMfUOgwL.net
一般家庭の家具やラジオなんかまで持って行ったそうだね。

122:名無し三等兵
15/12/25 03:08:42.63 UESiJmZD.net
>>110 九○式野砲の射撃精度の高さに米軍が驚嘆
その代り、砲身命数が短くて生産性が悪いんでしょ。

123:名無し三等兵
15/12/25 05:28:23.56 jeCfqVs5.net
すべてが結局は製鉄所の生産数によるならなんで新たに大規模製鉄所つくらなかったの

124:名無し三等兵
15/12/25 07:31:29.63 YgdLRDJT.net
>>123
一体いくら掛かるんだと…
時間的にも金額的にも
いつ突然終わるかわからない戦争のために作れるようなもんじゃないんだわ
だから平時の生産力が重要なんだが、
WW2はそれ以前に世界恐慌が襲っていて、恐慌への対処が国家間の対立を生み戦争の遠因となったって中学校レベルの知識だろ
日本の場合、支那事変勃発以前は当時なりに生産力過剰
企業の合併統廃合が続いていて生産調整を国家主導のカルテルでやってたような状態
支那事変の特需で既存設備の稼働率は上がったけど、外貨不足や経済制裁に労働力不足で新規設備投資は出来ない微妙な状態で世界大戦に参入しちゃったわけで

125:名無し三等兵
15/12/25 08:08:56.94 UESiJmZD.net
>>123
まず、製鉄と製鋼は違うよ。戦前日本がマシだったのは製鋼の方、クズ鉄を買って
きてそれを溶かして製鋼する。製鉄は、鉄鉱石から大量に石炭を使って一から鉄を
造る事で、戦前の日本は技術レベルが低いし、鉄鉱石と石炭をとにかく大量に使う
ので簡単に出来ません。クズ鉄禁輸が、日本に対する経済制裁になるのはそういう
わけなのです。

126:名無し三等兵
15/12/25 08:16:16.30 zitMdCiP.net
>>118
ソ連占領下でコンタックスのコピーのキエフというカメラが造られた
当初は銘記いがいはコンタックスそのままの製品だったけど、ロシア人に
よって材質やら工作精度が極端に劣化し、旧東側のこれしか替えない人間のほかはキワモノ好き西側マニア以外は
手を出さない情けないものとなってしまった
これは、カールツアイスの中判フィルム イコンタも同じ
ソ連によってモスクワの名で製造した

127:名無し三等兵
15/12/25 08:17:47.66 Paow8U04.net
と言うか製鉄の時にもグズ鉄が必要
当時の日本の製鉄技術は現在よりもはるかに多くのグズ鉄が必要だったんだよ

128:名無し三等兵
15/12/25 08:20:31.37 wyHq0Hq+.net
>>126
>ロシア人によって材質やら工作精度が極端に劣化し、
ガウク大統領は、次のように強調しているー
「1945年5月8日、我々は解放された。我々を解放したのは、ソ連の諸民族の代表者達だったが、そればかりではない。
それゆえ、我々は、感謝と尊敬の念を示さなくてはならない。戦後ドイツが、ベルリンの壁により長い間分断されたという
事実でさえも、そうした気持ちに影響を与えるべきではない。
URLリンク(jp.sputniknews.com)

129:名無し三等兵
15/12/25 08:42:07.79 YgdLRDJT.net
>>127
グズ鉄…

130:名無し三等兵
15/12/25 08:55:55.70 ++I3Al/6.net
それも違うね
日本製鉄が1934年に設立されて他の会社が高炉建造しようとすると、認可の審査が
いつまでも続いたりと国が妨害してる

131:名無し三等兵
15/12/25 09:18:04.18 z+fPnrqm.net
高炉向けの良質炭が無かったからだよ

132:名無し三等兵
15/12/25 09:31:28.48 iMfUOgwL.net
21世紀の今でも、転炉には一割くらいスクラップ(クズ鉄)混ぜるのが基本だからねぇ。

133:名無し三等兵
15/12/25 09:58:08.78 vytD8iBQ.net
世にも奇妙な「空軍であって地上戦闘軍」
<中略>
 ドイツ空軍地上軍の半分以上は,高射砲部隊に属していた.
 いちばん多いとき(1944年末)は100万の兵士(数千人の女性兵士含む)が,2万基以上の空軍
(陸海軍所属の高射砲は別にある)の対空砲とサーチライト部隊に配属された.
 連合軍の進撃にともない,これら後方基地の高射砲部隊が前線に位置する結果になった.
ドイツ軍は地上の敵と戦うことも予想して高射砲をデザインし,兵士をも訓練してあった.
―――第二次世界大戦 あんな話こんな話 / J・F・ダニガン/著 A・A・ノーフィ/著
URLリンク(mltr.ganriki.net)
同じころ、ドイツ空軍戦闘機部隊は中部 ドイツに大々的に兵力を集中させた。九月十二日には四〇〇機以上
が防空任務に 出撃できる体勢にあったが、悪天候のため離陸命令は取り消された。ところが ゲーリングは
この決定に納得せず、自らしゃしゃり出て戦闘機に出撃命令を出 してしまった。この馬鹿げた命令 によって
戦闘機部隊は出撃機の一〇パーセ ントを失ったといわれ、そのため 九月の戦力収支決算はますます落胆
すべき ものとなった。本土防空に投入された 戦闘機は三七一機の損失に対し、敵機撃墜 は三〇七機であった。
ただしドイツ 空域に侵入した連合軍機の数は、防空側戦闘機の出撃数よりも一八倍も多く、 損失率はそれぞれ
〇.七パーセント対一 四・五パーセントとなるのである。 この数字はとても引き合わないどころでは すまないものであった。
<ヴェルナー・ジルビッヒ「ドイツ空軍の終焉」>

134:名無し三等兵
15/12/25 19:22:46.60 UESiJmZD.net
鉄の話だけに限らないが、資源があっても輸送と港湾インフラの貧弱がネック
になって大量生産は無理だった。

135:名無し三等兵
15/12/25 19:31:08.46 NQ5ZxcFu.net
実際問題日本は震災と空襲で重要な生産設備が壊れない
うルツブルグレーダーがとうたつする
ドイツから3号戦車、88mm砲、75mm砲は設計図、現物、生産手配まで届く
というありえないほどご都合的な条件ならどこまでいける?どこまでやれる?
日本の生産状況は改善しようとしてどこまで改善できたのかな?

136:名無し三等兵
15/12/25 20:00:26.58 JvIVteFe.net
それ火砲スレでする話じゃないでしょ

137:名無し三等兵
15/12/25 20:09:15.75 qVcwvrBI.net
>>135
中国と南方に兵員を費やしてる限り無理だ 生産及び教育の効率化で女子工員の熟練化を図るとかそういう方面に力を入れてもどうだか

138:名無し三等兵
15/12/25 20:15:58.62 iMfUOgwL.net
工員は熟練化じゃなくてマニュアル化で成果上げてるじゃない。
主に航空機方面だけど。

139:名無し三等兵
15/12/25 20:30:07.16 KFMjlZ4/.net
ここも火葬戦記かよ…
もう冬休みなんだよな

140:名無し三等兵
15/12/25 20:35:05.60 NQ5ZxcFu.net
多分最大のネックって工業オイルやタイヤを満足に作れないほど
重科学工業が発達してないことだよな?
日本の場合アメリカの本格攻撃が始まる2.5-3年の間十分な錬成期間があったにもかかわらず
生産合理化、共通化できないし、ドクトリンと必要生産、開発要綱すらまともに把握してない
(47mm砲でよいのか57mm砲でよいのか答えは75mm)
重化学工業と工業量産りろんについては基礎ノウハウを確立中
答えを持っていてもそもそも基礎的にタイヤもなんもかんも作れないってんじゃな。
しかもあれだけ製鉄生産力がないのに、よく無駄に戦艦なんか作っちゃうよな
日本の場合水準的に防空砲、砲兵、対戦車砲、突撃砲、航空機を作ってしまうのが生産性、供給性、資源計画上一番効率良かったのかな
そもそも見方次第では開戦後生産総力はもしかしたら生産周辺環境は
開戦後のほうが経済の減衰にあわせて輸入制裁もきいて悪くなった......
とみたほうがいいんだよな
これ今のチャイナが開戦してから実はチャイナは石油輸入国で時給国じゃないとか
生産設備と先進素材を輸入してるという経済人なら知ってる常識に開戦後から気づいた
って感じなのか?

141:名無し三等兵
15/12/25 20:47:53.79 qVcwvrBI.net
>>140
"アメリカの本格攻撃が始まる2.5-3年"のその前から大陸で盛大にドンパチやってるって所から学び直そうか

142:名無し三等兵
15/12/25 20:57:46.76 iMfUOgwL.net
戦時日本の工業生産において、戦後の米軍調査で『空襲より効果があった』と言われるのが
日本側の工場疎開。
生産が数ヶ月に渡って完全に全面停止する。

143:名無し三等兵
15/12/25 21:06:14.21 D6iXnneY.net
>>140
最大のネックは日露戦争に関東大震災の大借金の山抱えてる破産国家ってところ
その頃の子供は生まれた時から一人200万円の借金を抱えてて、それをお国のために返済しなければならないと言われて育ってる

144:名無し三等兵
15/12/25 21:14:26.74 YTJ2LXDv.net
>>143
いまの日本と一緒じゃねーか

145:名無し三等兵
15/12/25 21:58:25.78 TO/0RJRw.net
>>122
当時の技術では、初速700m/s前後の高圧、高温で砲身内部の焼損劣化が激しくて
命数が極端にみじかくなる。
ソ連の初速1000m/s達成した57mm砲など、命数150発だった。
火砲先進国のドイツやフランスのライセンス生産したとて、本国製の性能を
まるまま再現できるわけなかろう?
そりゃシュナイダー製のオリジナルより、耐久性が劣るのは当然。
原型は83mm口径だっけ?
砲身の熱処理や鍛造の最先端技術最重要な部分など、端折って教えるにきまって
おろうが。商売相手がいつ敵国になるか知れたもんでないんで。
実際、二十世紀前半はそんな世界情勢だった。

146:名無し三等兵
15/12/25 22:07:29.06 YgdLRDJT.net
>>143
適当吹くんじゃね~よ
現代の物価が当時の比べ最低1000倍として、どうやってそんな莫大な借金返せとw

147:名無し三等兵
15/12/25 22:09:03.60 TO/0RJRw.net
実際、シュナイダー砲導入十年後に日本はフランスの敵国になったでないのよ。
仏印に九五式野砲、九一式十榴は若干投入したはず。日本陸軍でレアな九○式野砲は未参加と思う。

148:名無し三等兵
15/12/25 22:29:44.70 TO/0RJRw.net
>>146
概ね貨幣価値換算で1500~2000倍くらいだね。
米や卵の価格など、当時にくらべ現代は割安なものもある。
ざるそば一枚の値段や若者一般の月収で比較するのが妥当。
大卒初任給は当時と現在で学士の価値がまったく異なるので比較対象として不適当。
昭和初期の大卒なんて、同世代の2%だから。

149:名無し三等兵
15/12/25 22:32:35.98 /zXYrt5c.net
ほんとスレ違いな話題の時だけ盛り上がるなここ

150:名無し三等兵
15/12/25 23:13:07.79 D6iXnneY.net
>>146
悪い悪い確かに額おかしいよな
今見返したら200円だった

151:名無し三等兵
15/12/26 01:10:12.81 k3kVqKfs.net
なにせ、大和の建造費が一億三千万円な時代だっけ

152:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/26 02:41:01.51 YM+nM9bQ.net
>>145
>火砲先進国のドイツやフランスのライセンス生産したとて、本国製の性能を
>まるまま再現できるわけなかろう?
1914年8月4日、つまり第1世界大戦開始後、3日の段階ですでに、日本企業の数人の代表者
らはロシアに日本製の武器、弾薬の供給の提案を行っている。パヴロフ氏は、ロシアはこの提案に
抑制的な態度をとったと指摘している。この間、ロシア帝国と日本の間では3つの合意が結ばれ、
その中には中国、モンゴルにおける影響の項目も含まれてはいたものの、両国関係は疑惑に満ち、
悪化の兆しが感じられていた。ロシア帝国から見た日本は近隣諸国の中でも最も危険な国で、
おそらく日本は新たな攻撃をしかけ、また新たに露日戦争がはじまるのではないかと深刻な憂慮の念
がもたれていた。それでもロシアは日本の提案を受け入れた。というのも、軍事行為を開始するとすぐに、
ロシアの司令部は戦争までに備蓄された分では足りないことがわかったからだ。こうしたわけで軍
の買い付けのための一連の代表団が日本へと送られ、「有坂銃」とそれ用の薬莢、火薬、大砲、医薬品、
外套、靴が購入された。1914-1917年、ロシアは日本における軍備品買い付けに約8千万ルーブルを費やしたが、
これは外国から買い付けた軍備品の総額の3分の1を占める額だったと思われる。パヴロフ氏の著書では日本
があたかもロシアに対し、自国に必要のない、時代後れの軍備だけを供給したといわれていることに対し、
これが作り話だとして否定されている。
「ロシアの砲兵らは日本製の大砲が軽量で使用しやすく、射撃速度が速いと評価していた。有坂銃は信頼性が高く、
これに類似した米国製の銃の半額でロシアは買い付けることができた。」
URLリンク(jp.sputniknews.com)

153:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/26 03:09:43.84 YM+nM9bQ.net
>>145
>火砲先進国のドイツやフランスのライセンス生産したとて、本国製の性能を
>まるまま再現できるわけなかろう?
○林(百)委員 そうすると、朝鮮事変か擴大されても、六百五十億以上の費用は持たないという、
いかに擴大してもこれ以上日本は費用は持たないという答弁と私は解釈しますが、それでいいかどうか。
 その点とそれからもう一つ、実は本日の新聞にも出ておるところでありますが、国防分担金にからまりまして、
米軍が最近発注する兵器が工場渡しになつておつて、米軍の照明弾二百二十九万四千発、ナパーム爆弾用
タンク十万二千個大阪機工へ注文しておる八十一ミリ迫撃砲四百八十九門、小松製作所及び大阪金属両社の
同砲弾六十二万五千四百発、豊和工業の銃身三千百九十ちよう、迫撃砲弾三十六万三千発、照明彈三万二千発
の入札が在日米軍の調達本部で行われて、
URLリンク(kokkai.ndl.go.jp)
○福井(勇)委員 前回私が佐々木説明員に説明を聞きました場合に、外国から終戦後入つた機種は、
兵器製造用のマザー・マシンとしてわずかに百二十一台しかないようであります。
URLリンク(kokkai.ndl.go.jp)

154:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/26 03:12:41.16 YM+nM9bQ.net
>>145
>火砲先進国のドイツやフランスのライセンス生産したとて、本国製の性能を
>まるまま再現できるわけなかろう?
URLリンク(www.ibiblio.org)
米軍による旧陸海軍の地上無線機の調査分析資料を読むと
特に昭和18年制式の三式車両無線機乙と車両無線丙の評価は高い
(説明するまでもないが丙は大戦後半に製造された戦車の多くの標準装備無線機)
 日本軍の航空用送信機および受信機は、頑丈かつ簡潔に製作され、仕上げおよび
材質は優れている。整備性の難易度よりも、簡潔な設計により多くの配慮がなされ
ているようである。多くの場合、機器はそのように設計されている。いくらかの
真空管には取り外しを容易にするため、皮製の把手が付いていることが言及され
ている。日本製の機器には大量のアルミニュームを使っているので、嵩張った機器
さえ異常に重量が軽い。防錆および菌類に対する予防対策はとられていないが、
1940年以降に作成された機器は、それ以前の形式よりもはるかに優れていると報告
されている。新型無線機器は、電気的および機械的に連合軍の水準に近づいているようである。
 日本軍の飛行機は、すべて無線機器を搭載しているとは限らないことが知られている。
無線方向探知機が中・重爆撃機では標準装備であるのに対し、通常、戦闘機に無線方向
探知機が搭載されているという報告はない。
 いくらかの零式戦闘機(ジーク)には、全部または部分的のいずれかであるが、米国製の無線
機器が搭載されていたことが判明している。部品の大半は日本製であるが、構成部分がドイツ製
または英国製であることも言及されている。米国およびドイツ製の寸分違わぬ模倣も報告されている。
実際のところ、すべての装備は手作りで、出来栄えは良好であった。大部分の無線機器では送信機
および受信機の周波数を制御するため、良質の水晶片が使用されている。
(日本陸軍便覧 米陸軍省テクニカル・マニュアル1944 米陸軍省編 菅原実訳)

155:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/26 03:20:26.66 YM+nM9bQ.net
>>140
>日本の場合アメリカの本格攻撃が始まる2.5-3年の間十分な錬成期間があったにもかかわらず
>生産合理化、共通化できないし、ドクトリンと必要生産、開発要綱すらまともに把握してない
 また,2個の機甲擲弾兵連隊,ひいては師団全体の状況を推測するうえで参考にして
いただきたいのが,SS第26連隊第2大隊は,アルデンヌ攻勢開始当初に装備されていた
105台の自動車のうちの38台を喪失し,1月末の数字では残された67台のうち34台,
つまり最初の数字の32%が稼動状態を保っているという車両装備状態であった。興味深いことに,
保有されていた車両の内幕(牽引車を除く)は以下の通りで,これら6種類のメーカーのうち,
3種が捕獲車両であった。フォードV8 13台,オペル・ブリッツ 10台,ブラガ 1台,
フィアット 14台,スチュードベーカー 2台,ベッドフォード 1台。
 このようにしてみると,部品の交換や修理に相当苦労したであろうことは,想像に難くない。
<ヒットラー・ユーゲント SS第12戦車師団史 下 / フーベアト・マイヤー/著>

156:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/26 03:27:54.66 YM+nM9bQ.net
>>151
>>148
>概ね貨幣価値換算で1500~2000倍くらいだね。
>米や卵の価格など、当時にくらべ現代は割安なものもある。
>ざるそば一枚の値段や若者一般の月収で比較するのが妥当。
工作機械 生産額(千円)
1930年 10,666
1931年 10,216
1932年 25,780
1933年 14,170
1934年 38,929
1935年 46,580
1936年 48,612
1937年 102,276
1938年 256,468
1939年 642,192
1940年 764,658
1941年 873,714
1942年 984,476
表 9 紡織機械と工作機械製造業の工場数・従業員数・生産額及び一人当たりの生産額の推移
URLリンク(www.nids.go.jp)
注)下記は引用者がリンク先グラフから概略数値を読み取って転記 (昭和9年~11年平均を100)
昭和 9年  100
昭和12年  110
昭和15年  180
昭和19年  210
昭和20年  250
昭和21年  400
昭和22年 2500
URLリンク(www.rui.jp)

157:名無し三等兵
15/12/26 05:52:24.82 xeXzbh3z.net
現にsFH18は大陸で鹵獲したのの砲身の国産を試みて、原型の命数に全く及ばずという事になってたと思うが
佐山本に記述が無かったかな?

158:名無し三等兵
15/12/26 09:57:13.64 j+oWXTrP.net
>>157
チャンコロって日本人の軍刀に斬り伏せられるためだけに生まれてきたみたいな生き物だよなw

159:名無し三等兵
15/12/26 11:10:59.14 ycgZCn17.net
>>133
>損失率はそれぞれ〇.七パーセント対一 四・五パーセントとなるのである。
大陸打通作戦は連戦連勝3000キロだが、ここでの米軍機は「ヤーボ」の役割は果たせなかったのか?
あるいは中国人の筋金入りの知能障害は、「ヤーボ」の威力を台無しにしてしまったのか?
それとも日本軍に虐殺される中国人を救うには、米英が「ドイツ打倒優先」を放棄しなければならなかったのか?
何のためのシェンノート空軍だった?

160:名無し三等兵
15/12/26 20:08:47.29 Zajm9tgz.net
そういえば思い出したんだけど海軍100mm65口径対空砲と陸軍127mm対空砲はなんで兼任されてないかなんだけど
あれ致命的な理由があったんだな
元の海軍100mm対空砲は方針寿命が短く、機器が高度で生産性と整備性が悪かった
このため127mm対空砲よりも生産性が悪い。であるため簡素化してレートを下げて、方針寿命と射程延長のために127mm砲を開発してるんだな
寿命、生産性、整備性の都合127mm対空砲こそ完成形の対空システムでしいていえばこれをいくら量産できるかなんだけど43年に正規化されてるんでより早く開発するのも、量産するのも無理だったんじゃない?
最も44年に震災こないか1年早く配備開始されてれば配備や量産状況はしぬほど変わってたろうな
3式戦車は生産性よかったからより早い配備や大量生産の余地はあった
末期でもホにシリーズは年産800両ベースで生産できてるため早期配備も大量整備の可能性もあった
ところが127mm対空砲は量産や大量整備が非常に難しく、100mm砲奈良生産性が追いつかなかった

161:名無し三等兵
15/12/26 20:16:21.31 Zajm9tgz.net
ハードル的に3式ファミリー、155榴弾、牽引トラクターは大量生産や早期配備の可能性がある低いハードルだった
しかし対空システムはウルツブルルグ含めて早期配備や大量生産できた可能性があまりにも低い
日本はウルツブルルグレーダーなくても127mm対空砲と低レベルな国産の追尾レーダーシステムを量産できれば根本的に戦場が変わったろうが
それはとんでもなくハードルが高かった
できたであろうことの順位は
・陸で155榴弾、トラクター、3式ファミリーを早期大量生産する
・127mm対空砲と簡素な追尾レーダーを量産する。
・空中の警戒機、哨戒機の量産
・十分な駆逐艦、船団護衛団の錬成
の順番でハードルが高く難しかったと思う。よくいう船団護衛はアビオニクス類、対空砲の量産、鉄剤の確保の都合で最もハードルが高い高度な要求だった
艦隊に関してはそれこそ潜水艦と特攻くらい有効なリソースでできる作戦がないほどおいつけてなくて実現性がなかった
あれ普通のアプローチなら本土近海に待機してせいぜいバシーまでつなぐくらいの力が限界で南方作戦を達成するためのハードルってのはむちゃくちゃ高かったんだ
逆に火砲と3式の量産のほうが簡単だったから対ロ北方路線のほうがまだハードル低かったのかな?
対米+南方戦力は技術と工業負担が最も大きい選択肢であったのは事実なよう
ここで日本の政治と軍事はアメリカのほうが弱いと共通的に判断を見誤った。
ロシアのほうが補給や国家的負担が大きいため、国力が強くてもまだたくさんの弱点を持ってた

162:名無し三等兵
15/12/26 21:51:22.47 YfnvKKSL.net
>>157
航空機銃だって、ドイツ元設計どおりバネをおなじ寸法発条数で発砲反動利用の同性能達成するのが
無理なんだったね。
おなじ性能発揮しようと思ったら、元より寸法アップバネの太さ長さで稼がなければならなくなるんだ。
当然これは日本冶金技術の遅れ。

163:名無し三等兵
15/12/26 21:53:24.42 x5N0m1Z9.net
機銃なんてブローニングを弱装弾で撃てば良いんです。

164:名無し三等兵
15/12/26 22:04:35.69 YfnvKKSL.net
それだと低伸弾道が売りのブローニングがヒョロヒョロ小便弾になってしまうでないのよ。
長所を潰してどうするよーってツッコミいれておくよ。

165:名無し三等兵
15/12/26 22:05:06.00 5RXEkIcL.net
ヴィッカース0.5インチ機銃って日本が採用するにあたって、なんか問題ある?

166:名無し三等兵
15/12/26 22:07:44.64 x5N0m1Z9.net
>>164
まあ下の人も書いてるが、あの炸裂弾で問題あった?
ドイツのあれもひょろひょろ弾道だろ。

167:名無し三等兵
15/12/26 23:10:29.96 7e8hrsV8.net
>>165
本家が匙を投げる信頼性
>>166
ま~どうせ肉薄しなきゃ機銃なんて当たらんしな
同調させられて機首配置できるメリットは初速と十分引き換えにできるな
ブローニングは箱組で口径の割に重いが、初速を妥協すれば多少は軽くもなる

168:名無し三等兵
15/12/26 23:30:59.39 L5yUcZzr.net
ばねがだめで反動式がだめなら、時代を先取りして外力駆動式でいこう

169:名無し三等兵
15/12/26 23:52:41.68 rAQXwFBH.net
ハンガリーかな?

170:名無し三等兵
15/12/26 23:58:47.30 x5N0m1Z9.net
>>169
これか?
URLリンク(milpas.cc)
URLリンク(milpas.cc)

171:名無し三等兵
15/12/27 01:34:51.96 jXzZ5mLk.net
>>161
後知恵祭りすぎるのを差し引くと、ウルツブルグよりも大量の工作機械をドイツから持ってこれなかった事の方が大きいような…
柳船や遣独潜水艦の積荷の大半は資源と工作機械なんだし

172:名無し三等兵
15/12/27 02:12:19.79 V3FTrntL.net
>>171
>ウルツブルグよりも大量の工作機械をドイツから持ってこれなかった事の方が大きいような…
史実を誤認してないか? ドイツの輸出先は、日本ではなく中国。
 ところが、ナチズムの権力掌握後、独ソ関係の悪化によりこの軍事協力関係
の維持は不可能となり、ドイツ国防軍がみずからの活力を維持するためには、
あらたな軍事的パートナーを必要とするにいたったのである。この面で
ドイツ国防軍、主として陸軍が注目したのは中国であった。・・・中略・・・
 また、国防経済という観点からも、ドイツ国防軍が親中路線を採用する理由が
存在した。なぜなら、両国の経済は相互補完的であったからである。ドイツ国防
経済は、ロシアとの関係悪化後、技術刷新の継続のためにも、また付加的な
輸出の拡大のためにも、あらたな市場を求めていた。一方、中国側は、ドイツから
の工業製品輸入を天然資源の輸出で相殺することができたし、また一九三五~三六年
のドイツの武器輸出総額のうち、実に五七・五パーセント(二千万ライヒスマルク)
が中国に向けられていたのである。
 これに対し日本はその一パーセントにも満たない十七万七千ライヒスマルクであった。
<ナチズム極東戦略 日独防共協定を巡る諜報戦 / 田嶋信雄/著 >

173:名無し三等兵
15/12/27 18:09:47.58 jz9qL0Ei.net
中国はアメリカの金でドイツから武器を輸入して抗日戦争してたからね

174:名無し三等兵
15/12/27 21:25:03.30 fgjvKr6Q.net
>>172
そののち、対ソ牽制の防共で支那から日本に切り替えてるんだけど…
支那事変勃発後のドイツ軍事顧問団撤収要求やら大陸むけ兵器輸出に日本政府
が厳重な抗議をしたんでね。
マキャベリストのヒトラーは日本を選んだ。
いくら有色人種を蔑視してようと、支那よりはまっとうな相手と見做していたから。

175:名無し三等兵
15/12/27 21:36:11.96 fgjvKr6Q.net
見当はずれの長文レスをいつも書き込むのが、荒らしのだつお
支那が嫌いでソ連が大好きって偏向全開モードのやつだ
どちらも同じ穴の狢
中ソ対立なんて共産陣営の醜い内ゲバにすぎないのに
現代の研究成果からは不適切な内容の多い米軍便覧「日本陸軍便覧」引用したり
おなじ原書房から、日本の無線機で正反対評価の新刊は高くて買えないのかい?
前スレでつっこまれていたけどねえ
どちらも日本にとって明治維新以降から最大の外患ゴロツキだろうに
次席は半島

176:名無し三等兵
15/12/27 21:46:14.00 fgjvKr6Q.net
「日本陸軍便覧」の発行は1944年だったはず
米軍マニュアルの邦訳が原書房から出てる
太平洋での対日本軍戦闘がいよいよ苛烈なった時期で
「くれぐれ敵を侮るな!」で正当な評価であるというよりも、弁護士の視点で
じっさいより日本の技術水準が高めに記述されている
たとえば、ケーブル絶縁被覆の水準みたら、日米化学産業の差など歴然のはずだが
検事の視点で評価されるのが、戦後の米軍技術レポートだよ

177:名無し三等兵
15/12/27 21:48:23.12 YGjCPoij.net
 兵士の多くが一八歳の少年だったことから「ダイアパー」(おむつ)師団とのあだ名をちょうだいした
第七十五歩兵師団は、一九四四年の秋、ケンタッキー州ブレッケンリッジ・キャンプで戦闘訓練を
終えようとしていた。元一兵士のハーヴィー・カッツは回想する。
「ある日、われわれは列車に乗せられた。そして、全員じっと座ったまま、列車は西へ行くのだろう
か東へ行くのだろうかと考えていた。東へ向かっているのがはっきりしたとき、誰もが歓声を上げた。
行く先はヨーロッパだとわかったからだ」
<日本殲滅 日本本土侵攻作戦の全貌 トーマス・アレン ノーマン・ボーマー 181頁>
MILITARY      HOSTILE               NON-HOSTILE
ACTION       DEATHS      WOUNDED    DEATHS              
World War II
(1941-45)
Total          293,121        670,846       115,185
European Theater  185,179        498,948       66,805
Pacific Theater    107,903        171,898       48,380
Korean War
(1950-53)        33,741       103,284         2,827
Vietnam War
(1961-73)       47,415        153,303        10,789
Iraq War
(2003-09)       3,444        31,342         857
URLリンク(www.vfw.org)
負傷者と死者の比率を比べてみれば、兵士にとって過酷な戦場はどこなのかは自明であろう。

178:名無し三等兵
15/12/27 21:51:48.65 DhoHmWSm.net
>>176
>じっさいより日本の技術水準が高めに記述されている
日本軍機の航空無線が使い物にならなかったというのは都市伝説だが?
「目下P51を追尾中・・・・・・距離二百五十・・・・・・二百・・・・・・撃てー。<射撃音入る>
・・・・・・敵機、白煙を噴いて降下中・・・・・・発火、分散す・・・・・・。
 P40六機、広東に向けて侵入しつつあり。われこれに接敵中・・・・・・反航優位から
反転・・・・・・間もなく射距離にはいり・・・・・・三百・・・・・・二百五十・・・・・・照準・・・・・・
<射撃音>われ撃墜す」
 これは若松大尉の余裕ある空戦実況無線放送で、広東地域で実際に傍受したものである。
「撃墜王列伝 大空のエースたちの生涯」(鈴木五郎 光人社)

179:名無し三等兵
15/12/27 21:54:43.31 fgjvKr6Q.net
>>178
おまえが荒らしのだつおであることはお見通しだ
前レスとまったく同じ引用レスしてんじゃないよバカ!
認知症絶賛進行中の老害なのか?

180:名無し三等兵
15/12/27 21:56:17.86 TpM3VxyK.net
>>178
陸軍機の無線は使えるというのはいままで言われて来た事で
使えないというのは海軍戦闘機の無線のことなんだが?

181:名無し三等兵
15/12/27 21:56:41.08 zzx3Pwv1.net
>>175
>支那が嫌いでソ連が大好きって偏向全開モードのやつだ
ガウク大統領は、次のように強調しているー
「1945年5月8日、我々は解放された。我々を解放したのは、ソ連の諸民族の代表者達だったが、そればかりではない。
それゆえ、我々は、感謝と尊敬の念を示さなくてはならない。戦後ドイツが、ベルリンの壁により長い間分断されたという
事実でさえも、そうした気持ちに影響を与えるべきではない。
URLリンク(jp.sputniknews.com)
ドイツは、ファシズムからの国の解放で赤軍が決定的な役割を演じたことを覚えている。
ドイツのメルケル首相が、ロシアのプーチン大統領との会談後に述べた。タス通信が伝えた。
メルケル首相は、「ドイツは開戦の責任を負っている。これは私たちの歴史的責任だ。
私たちは、赤軍がドイツ解放で決定的な役割を演じたことを常に思い出すでしょう」と語った。
URLリンク(jp.sputniknews.com)
何故か旧西ベルリン側にあるソ連対独戦戦勝記念碑。左上はソ連兵士、右手前は独ソ戦で
戦勝に寄与した(最初にベルリンに入ったとも言われる?)T-34戦車の実物です(下写真とも)。
ベルリン市民には好かれていないそうですが、ロシアを意識して撤去もできないそうです。
URLリンク(homepage3.nifty.com)
             あ  り  が  と  う  ソ  連  邦  !

182:名無し三等兵
15/12/27 22:02:19.28 fgjvKr6Q.net
まぁだつおは乏しい年金なり給料なりを毎食白メシ、沢庵、梅干、納豆をひと月
続けて倹約して、ガイジン著の日本陸軍装備 原書房近著を買うべきだねwwww

183:名無し三等兵
15/12/27 22:05:07.10 TpM3VxyK.net
だつおは打通さんの劣化コピーなものでねw
ただの資料しか引用しないのさw

184:名無し三等兵
15/12/27 22:11:33.65 fgjvKr6Q.net
なんだ、だつおは資料の信憑性吟味もできない情弱さんだったか
書いてあることをただ鵜呑みにするスポンジクンかよ
いるんだよな
活字の記述は絶対、とか盲信してる愚かなやつが
無知無教養でデタラメな俗論垂れ流してる有害な書き手が吐き捨てるほどいるのに…

185:名無し三等兵
15/12/27 22:26:01.96 TpM3VxyK.net
ましてネットの無料情報ではねw

186:名無し三等兵
15/12/27 23:05:29.31 Q07L+svi.net
>>176
敵の弱点もしっかり書かれているのでは?

187:名無し三等兵
15/12/27 23:31:15.21 fboJUIpf.net
>>186 そりゃ米軍の士気を鼓舞して最大限の戦力を発揮するのが目的だからな。
日本軍をナメた結果、無用な損害をいたずらに出すのは最小限に控えようって戒めだよ。

188:名無し三等兵
15/12/27 23:38:09.25 fboJUIpf.net
「日本陸軍便覧」アッツの米軍優勢で推移したため冷静なのか戦訓評価は正当
と思う内容。
ガダルカナルは半年も日本軍が持ちこたえて悪戦連続だったためか、戦訓例
で触れられていないんだな。
ニューギニアの日本軍防御陣地構築状況には述べているけど。

189:名無し三等兵
15/12/27 23:51:34.04 fx917e6o.net
>>176
> 太平洋での対日本軍戦闘がいよいよ苛烈なった時期で
>「くれぐれ敵を侮るな!」で正当な評価であるというよりも、弁護士の視点で
>じっさいより日本の技術水準が高めに記述されている
対中援助に寄与したアメリカの「フライングタイガー」
フライングタイガーは「中国空軍所属の中国援助アメリカ志願航空隊」の略称であり、1942年4月に創設し、
1946年4月、戦争終了後に解散された。創始者はアメリカ人飛行教官の陳納徳(シェンノート)氏であった。
1938年8月、宋美齢の求めに応じて、シェンノート氏は昆明市の郊外に航空学校を設立し、アメリカ軍の基準
で中国空軍を訓練し、中国空軍の対日戦に積極的に協力した。
1941年、ルーズベルト政府のひそかな支持の下で、シェンノート氏は個人団体の名義で巨額の資金を出して
アメリカ人パイロットとエンジニアを募集した。その年の7月と10月に、200余人もの勇敢で危険を恐れぬ隊員たちが、
対日戦参加のために中国に来た。
31回の空中戦で、フライングタイガーの志願者は5機ないし20機のP-40型戦闘機をもって217機の敵機を撃墜し、
みずからの損失はわずか14機だった。それ以後、「中国空軍所属の中国援助アメリカ志願航空隊」はフライング
タイガーのマークを使い始め、そのサメの頭の形をした戦闘機も世に名を知られるようになり、「フライングタイガー」
というニックネームも知られるようになった。抗日戦争が終わるまでに、フライングタイガーは敵機を2600機撃墜し、
積載量223万トン相当の船舶、軍艦44隻、100トン以下の内陸河川の船1万3000隻を撃沈するかあるいは大破させた。
また日本軍将兵6万6700人を撃ち殺した。フライングタイガーの隊員のほとんどは中国政府から賞を授与された。
10余人の飛行士はアメリカ、イギリス政府から飛行十字勲章を授与された。
URLリンク(japanese.china.org.cn)

190:名無し三等兵
15/12/27 23:53:10.45 fboJUIpf.net
>>182
倹約しても野菜は摂らにゃいかんので、安い玉ねぎともやしも追加するべきだね
肉が買えないボンビーは畑の肉大豆だね。
豆腐、納豆は優れた食品。
炭水化物で米より安くて量があるのが乾麺スパ。ジャガイモとか。
本を買うために栄養失調になってはイケナイ!
知識吸収する脳の機能が低下するから(笑)

191:名無し三等兵
15/12/27 23:53:40.54 fx917e6o.net
>>176
> 太平洋での対日本軍戦闘がいよいよ苛烈なった時期で
 六月二十二日の“威力偵察”にはじまり、二十三日にソ連軍攻勢作戦『バグラティオン』が本格化してみると、
独ソ両軍の優劣の差は、ソ連軍の推算以上に大きかった。
<中略>
 とくに空軍戦力の差は、ひどかった。
 第六航空軍は、約六百八十機を保有していることになっていた。
 ところが、ソ連機をむかえて飛びたったのは、わずか四十機―。
 残りは整備不十分または燃料不足で飛べず、舞い上がった四十機にしても、
ガソリンが無いために三回以上の出撃はできない有様であった。
<児島襄「ヒトラーの戦い 6」の464頁>
 東部では中央軍団の破局的消滅はほとんど完全だった。一九四四年七月六日の正午の会議で、
総統は北方軍団に撤退を命じることで、そこから四個師団引き出せるとのモーデルの見解を再び拒否し、
救えると思うのは幻想にすぎない、どういうことが起るかといえば、軍団は要塞化陣地と重砲と装備を
失うということだといった。ホイジンガーの方を向いてヒトラーは、この災厄でこれまで中央軍団にどれだけ
損害があったか、静かに訊ね、「一二から一五師団が包囲されていますが、全般的損害は二八個師団
に上るでしょう」と告げられた。
 なんと二八個師団である。六月二二日以降わずか二週間で、ヒトラーは三五万の訓練済みのドイツ兵
をロシア側に奪われたのだった。
「ヒトラーの戦争 下」(デイヴィッド・アーヴィング 早川書房 P238、239 )

192:名無し三等兵
15/12/27 23:56:03.80 TpM3VxyK.net
>>190
だつおの脳の機能はとっくに低下しているw

193:名無し三等兵
15/12/28 00:02:34.50 bx8RRyAo.net
今宵は暇つぶしでだつお構いの休日モード。
アホな見当はずれ信憑性がはなはだ疑わしい長文を引用連投してるのが、ご当人だ。

194:名無し三等兵
15/12/28 00:08:40.68 977XXHqS.net
めっちゃスレ伸びてると思ったらまたキチガイか

195:名無し三等兵
15/12/28 00:28:04.10 74EXMPb1.net
ID:fgjvKr6Q=だつお
同一人物の自演

196:名無し三等兵
15/12/28 01:46:46.84 tUdn3rS6.net
>>177
ヨーロッパ戦線では最大の損害を出したのがノルマンディーとその後の一か月で、
あとは進撃するほどにドイツ軍の抵抗が弱くなっていったそうだけど。太平洋では
戦線が日本本土に近づくほど米軍の損害が大きくなっていたから、その時期だと
太平洋行きは嫌だろうねぇ。

197:名無し三等兵
15/12/28 02:08:18.50 7eLnO0Vd.net
>>196
大陸打通作戦の大勝利は、太平洋戦争の大敗北を吹き飛ばしてしまった。

198:名無し三等兵
15/12/28 02:29:52.35 DsWbzMP8.net
>>196
>ヨーロッパ戦線では最大の損害を出したのがノルマンディーとその後の一か月で、
■ フランスはすぐに降伏した。イギリスは全期間を通してひどかった。
  アメリカは間違いなく勝てるという確信を持てるまで様子見してた。
  勝利はすべてソビエトのおかげと言っても過言じゃない。 +5 ロシア
URLリンク(kaigainohannoublog.blog55.fc2.com)
地上に生き残るための戦い
 なぜ対戦相手、参戦国、または戦争地域のことを示唆しない、大祖国戦争という名称がロシアで使われているのだろうか。
ロシア人やソ連諸国の人民にとっ て、この戦争は祖国の戦争以外の何物でもなかった。自由と祖国の独立を求めた戦争であり、
生き残るための戦争だった。
 ではなぜ頭に大がついているのだろうか。それはこの戦争の勝利には多くの国が貢献しているものの、ソ連がドイツ国防軍を
倒した中心国で、その役割を強調しているからだ。ドイツ軍はソ連軍との戦いで、1340万人中74%にあたる1000万人を喪失した。
 アメリカのルーズベルト大統領は第二次世界大戦の最中の1942年5月、ソ連軍の活動とそ の影響を評価してこう記した。
「ロシア軍が連合国25ヶ国の軍隊よりも、対戦国の厖大な兵士と兵器に打撃を与えているという明白な事実を無視することはでき ない」。
 ロシア人がこの勝利を誇りに思い、多くの戦線のひとつととらえたがらないのは当然のことだ。そしてドイツとその同盟国であるイタリア、
ルーマニア、クロアチアが84万人を喪失したスターリングラード攻防戦と、ドイツとイタリアが3万人を喪失したエル・アラメインの戦い
が同レベルの戦いと見なされることを理解できないでいる。ヨーロッパ諸国の多くの歴史教科書では、第二次世界大戦としてこの2つの
戦いが同等に扱われている。
URLリンク(jp.rbth.com)

199:名無し三等兵
15/12/28 02:43:15.97 tUdn3rS6.net
共産主義国って数字水増すの好きなんだな。

200:名無し三等兵
15/12/28 04:11:28.50 Xw+3Jcqg.net
>>199
>共産主義国って数字水増すの好きなんだな。
Losses per theater(戦線別ドイツ軍戦死者統計)
Theater      Dead      %
Africa       16.066     0,3   ←アフリカ戦線ww
Balkans      103.693    1,9
 North      30.165     0,6
 West       339.957    6,4
 Italy       150.660    2,8
Eastern Front
(- Dec 1944)  2.742.909    51,6   ←ソヴィエト赤軍は
Germany (1945) 1.230.045   23,1   ←頼もしいよなぁ♪
Various       245.561   4,6
 Total       4.859.056
URLリンク(www.axishistory.com)

201:名無し三等兵
15/12/28 07:17:38.74 wJ91asWB.net
まーたこの流れか
毎回毎回定期的にキチガイが発狂してるなここ
変な奴が居着いたもんだ

202:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/28 07:57:13.26 v2WeKPF2.net
>>175
>現代の研究成果からは不適切な内容の多い米軍便覧「日本陸軍便覧」
オスプレイ世界の築城と要塞1 太平洋戦争の日本軍防御陣地
著者名:ゴードン・L・ロトマン カラーイラスト:イアン・パルマー
訳編者:斎木伸生
版型:B5変型ソフトカバー
ページ数:72ページ
初版年:2006年05月
URLリンク(www.kaiga.co.jp)
太平洋戦争は島々をめぐる戦いであった。日本軍はいずれの戦争でも、米軍を容易には寄せ付けず、
最後まで苦しめた。北の辺境アッツから、赤道を越えた南方の密林まで、洞窟、トーチカ、そしてたこつぼ
のレベルまで巧みに陣地を構築、カモフラージュして頑強に抵抗を続けた日本軍野戦部隊。防御戦闘を
潔しとしない日本軍は陣地戦について多くを残さず、その実像は謎に包まれていた。だが、太平洋での思いが
けない苦戦を前に、米軍はそれまでの敵との戦いを冷静に分析し、「日本陸軍便覧」というマニュアルを作成、
その戦術を図表と記録に残した。米軍の分析レポートを基に、多数の記録写真・カラーイラストを駆使して
日本軍の戦いを明らかにする。

203:名無し三等兵
15/12/28 09:47:44.39 3/WGIJIw.net
このボケ要約ちゅうことを知らんのか
容量食って迷惑なんじゃ

204:名無し三等兵
15/12/28 15:07:10.65 WqOyGlZO.net
>>176
> 太平洋での対日本軍戦闘がいよいよ苛烈なった時期で
>「くれぐれ敵を侮るな!」で正当な評価であるというよりも、弁護士の視点で
>じっさいより日本の技術水準が高めに記述されている
 9月3日は、中国人全員が心に刻み、大いに気を吐く日である。中国人は抗日戦争のため大きな民族の犠牲を強いられ、
死亡者数が3500万人以上に達したからだ。抗日戦争の勝利は、中国人が日本帝国主義の侵略に対抗した正義の戦争、
世界の反ファシズム戦争の重要な構成部分、中国が近代で初めて外国の侵略に完全に勝利した民族解放戦争だ。
URLリンク(japanese.china.org.cn)
つまり中国の抗戦による直接人口損失の累計可能な見積もり数は2062万人で、累計可能な戦争の直接負傷障害
人口を合わせると、軍民の死傷は最低3480万人となる。同時に、中国の抗戦による直接の死傷人口は計4100万
以上になるはずで、戦時中の行方不明・捕虜などの数字を合わせると、戦争が直接中国にもたらした死亡、
負傷障害、失踪などの人口損失は4500万人を超えると考える。さらに人口損失の見地からは、抗日戦争期の
中国の人口損失総数は5000万人以上にのぼるはずである。
URLリンク(www.china-news.co.jp)
 興隆県が抗日戦争に勝利をおさめたことは、そうたやすいことではありませんでした。抗日戦争の中で中国側は3500万余人、
興隆県の中でこの13年の間に5万人くらいが殺されました。全中国の死者の700分の1です。県の統計資料によると、
興隆県で最後の4年間で15400人殺されました。興隆県公安局の1954年の7つの区に対する不完全な統計によると、
人圏の中の住民が疫病、凍死などで死んだ人が11400余人いました。1941年日本軍の統計数字によると全県の人口は1
6万人くらいいました。日本軍が投降後、全県の人口は10万人くらいになっていました。6万人くらいが殺されたことになります。
URLリンク(www.jade.dti.ne.jp)

205:名無し三等兵
15/12/28 16:25:31.77 RoJQHt7v.net
>>204
中国人は逃げないのねw

206:名無し三等兵
15/12/28 16:29:48.67 1dpdtpyQ.net
きっと1列に並んで律儀に殺されてたんだろ(白目)

207:名無し三等兵
15/12/28 17:21:36.37 8cl+bZaY.net
>>182
個人の著作なんて、それこそ信憑性低いだろうに。

208:名無し三等兵
15/12/28 17:24:20.47 eiE4wB83.net
>>202
>日本軍はいずれの戦争でも、米軍を容易には寄せ付けず、最後まで苦しめた。
米軍からみて、ヨーロッパの戦いと太平洋の戦いがどう違うかは、以下の表が示している通り。
The break-down of German and Italian losses against American,
British, and French forces in the war in Europe follows:
      Battle dead Permanently disabled  Captured    Total
Tunisia     19,600      19,000          130,000    168,600
Sicily       5,000       2,000          7,100    14,100
Italy       86,000     15,000           357,089   458,089
Western Front 263,000   49,000       7,614,794   7,926,794
Total       373,600    85,000        8,108,983    8,567,583
1 Includes 3,404,949 disarmed enemy forces.
The break-down of Japanese losses in the Eastern battlefronts,
including China, since Pearl Harbor is as follows:
        Battle dead  Permanently disabled Captured   Total
Southern Pacific 684,000      69,000        19,806    772,806
Central Pacific   273,000      6,000        17,472     296,472
India-Burma    128,000      38,000        3,097     169,097
China        1,26,000     126,000       1,059      253,059
           [sic]                            [sic]
Aleutians      8,000      1,000         30       9,030
Total       1,219,000      240,000        41,464   1,500,464
Biennial Reports of the Chief of Staff of the United States Army
July 1, 1943, to June 30, 1945 to the Secretary of War
URLリンク(www.ibiblio.org)

209:名無し三等兵
15/12/28 17:31:07.17 eiE4wB83.net
>>178
大戦初期では使えなかった航空無線が、後に大きく改良されたというのは本当だと思う。
四式戦闘機疾風とかも、日本軍機がそれなりに改良された結果を示している。こうした努力により、
零戦神話が薄れていく大戦後半でも、大陸打通作戦を成功させることができた。

210:名無し三等兵
15/12/28 17:41:30.83 eiE4wB83.net
航空戦はもはや勝つことはできなくなったが、それでも負けない戦いはできた。
レーダーと通信機(多くはコピー)を充実させ、攻撃ではなく防御重視で粘る。
 十九年春~二十年初めに実行された一号作戦は、国軍に前例のない大規模
のものであり、陸上戦略指導としては大成功と感じられるものである。しかし
B-29の本土空襲は阻止できず、太平洋方面における我が主作戦の敗勢を救う
べくもなかった。この間における中國航空作戦は、数質ともに次等の戦力で
よく靭軟な奮闘を続けた。中國方面に有力な米陸空軍部隊を吸引牽制し、
しかも彼我主力の決戦方面に対し、その決定的な攻撃威力を及ぼさせなか
ったことは、わが中國方面空地作戦の隠れた戦略的成果と評価すべきである。
 しかし問題は、中國方面にあった陸軍戦力を、国軍主力の決戦作戦方面に対し、
より有効に直接参加させる戦略方策の有無であり、それは更に深刻な別途の研究
にまたねばならない。
 これを要するに、陸軍航空の基本的体質に大きな影響を与えた中國航空作戦は、
支那事変間と大東亞戦争間とにおいて、その様相が著しく変化した。前者は敵が
弱体な中國空軍であり、後者は敵が強力な米陸空軍であり、航空撃滅戦、
制空権の獲得に最大の努力を傾注しなければならなかった。
<中国方面陸軍航空作戦 / 防衛庁防衛研修所戦史室∥著 /朝雲新聞社 , 1974 ( 戦史叢書 ; [74] )>
遅れていた日本軍のエレクトロニクスが、ようやく世界水準に近づきつつあった。

211:名無し三等兵
15/12/28 17:54:19.93 EhCZiwJe.net
>>176
「日本軍の無線機はダメダメ」なんてステレオタイプな考えに縛られていると、
大陸打通作戦における陸軍航空隊の役割が見えてこなくなるぞ。
大陸打通作戦は連戦連勝3000キロだが、ここでの米軍機は「ヤーボ」の役割は果たせなかったのか?
あるいは中国人の筋金入りの知能障害は、「ヤーボ」の威力を台無しにしてしまったのか?
それとも日本軍に虐殺される中国人を救うには、米英が「ドイツ打倒優先」を放棄しなければならなかったのか?
何のためのシェンノート空軍だった?

212:名無し三等兵
15/12/28 18:05:22.19 WJ4iy5ku.net
工業水準は低かった(真空管が劣る)ものの、理論的研究では遅れておらず(八木アンテナ)、
これが大陸打通作戦における電子戦の成功に繋がった。

213:名無し三等兵
15/12/28 21:38:21.77 My3cJu20.net
だつお、だから日本が当時、世界に誇れる技術快挙が八木アンテナぐらいってこと
理解しろよ
大陸打通作戦も敵が近代軍とはいえないダメダメ輩なんだから、勝って当たり前
むしろ戦費と兵員、兵器の損耗が戦争末期の日本軍防御力の多くを割いたんだよ
大陸奥地でなく、マリアナからB29が離陸するんだから
まったく作戦が意味なかったはずではないが、労力兼費用対効果でアジア太平洋戦域
でむしろマイナスだったんでは?
討伐攻勢のみに専念したほうがはるかに日本の国防には有利だったんでは?

214:名無し三等兵
15/12/28 21:39:22.47 2FMmf6w6.net
>>213
戦後考えれば中国ボコっておくのは正解

215:名無し三等兵
15/12/28 21:51:25.87 My3cJu20.net
>>214
二次上海事変で戦闘惹起した無法者を、ここで目一杯懲らしめておけば数十年は
日本に歯向かってはこないだろうって政治判断ではね
ただ、これは後知恵に近い
当時の日本の指導者の大半はそこまで考えてたのは皆無に等しい
棚からぼたもちみたいなもん
ほとんど意図せずして、戦後の日本復興をソ連脅威に備えるだけでよくなった

216:名無し三等兵
15/12/28 21:54:54.87 2FMmf6w6.net
>>215
中華民国がここまで逃げ回るだけのたまなしってのは想定外でしょ?
アンクルサムにとっては、だけど。

217:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/28 22:10:13.90 v2WeKPF2.net
>>213
>大陸打通作戦も敵が近代軍とはいえないダメダメ輩なんだから、勝って当たり前
 一九五〇年の夏、朝鮮戦争が勃発して秋に「中国人民義勇軍」の出動が決まると、私は前線行きを志願した。
抗日戦争にも内戦にも参加していないので、祖国のために奉仕するチャンスがほしかったのだ、内心は中国
に勝ち目はないだろうと思いながら。なにしろアメリカ合衆国のほうが中国よりも格段に発展していたし、
装備がはるかにすぐれていたからである。
 私は戦況をつぶさに追い、中国の「義勇軍」が崩壊しないばかりか、連戦につぐ連戦で「国連軍」のアメリカ軍
を敗退させつつあるのを知って驚き、かつ興奮した。一世紀以上にわたって、中国が外国軍と戦端を開いて
面子をうしなわなかったのは今回がはじめてだった。私はまた、アメリカ軍が朝鮮で細菌を用いているという
報道に唖然とした。戦争が膠着状態に入っても、私は中国人であることが誇らしかった。しかし上司たちは
私の前線志願を却下し、中南海での医療に従事するほうがずっと大切だという主張をくり返すばかりであった。
<毛沢東の私生活(上) 文春文庫  李志綏 P95>
「一九四九年の冬、解放からわずか数か月後にソ連と直接交渉するため、私はモスクワへでかけた」と、
主席は話しつづけた。「ところが、スターリンは私を信用しないんだ。話し合いもしないで二ヶ月もほうって
おかれた。しまいに私も頭にきて言ってやった。『交渉したくないのであれば、交渉するのはよそう。
私は帰国するまでだ』とね。このようにしてやっと中ソ友好同盟相互援助条約を結んだのだよ」
 朝鮮戦争もまた、毛沢東とスターリンとのあいだで緊張関係を生む一因となった。中ソ両国は戦争中
ずっと協力しあってきたと思いこんできた私だけれど、実際はそうではなかったと毛は言いはる。
「朝鮮戦争中、アメリカ軍が中朝国境の鴨緑江に到達したとき、私はスターリンに対しわれわれは
軍隊を派遣して闘わなければいけないと言ってやった」。ところが、スターリンは「ノー」と返事した。
第三次世界大戦を誘発するものと思ったからだ。
<毛沢東の私生活(上) 文春文庫  李志綏 P192>

218:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/28 22:21:11.62 v2WeKPF2.net
>>176
>じっさいより日本の技術水準が高めに記述されている
「敵味方ともに、本格的な航空撃滅戦を実施する条件、環境になかったのではないか。
 すなわち土地の広大なこと、飛行場の数は多いが、保有戦力が少ないこと、たが
いに補給が困難なため現有勢力は虎の子の貴重なもので、のるかそるかの決戦がや
りにくかったこと、地上協力から輸送妨害、哨戒、要地に対する散発的爆撃、防空、
掩護、敵飛行場など任務の範囲がひろすぎ、航空撃滅戦をおこなう余裕がなかったこと、
たとえ実施したとしても効果が期待薄であったこと、などの理由によるものだろう。
 とにかく両者とも、兵力をあまり消耗せずに各種任務をうまく遂行しようとしたよ
うに受け取れた。
 しかし、少数機によるゲリラ的活動はかなり活発で、ちょうど蝿を相手にしている
ような具合で、たたこうと思えば逃げ、ほおっておけばうるさくチョッカイをかけて
くるという、やっかいで気のゆるせない相手だった。
 もうひとつの特徴は、相互に情報網が発達していたため、これを十分に活用して、
きわめて上手な戦闘をやっていたことだ。たとえば、某基地に多数の敵機が集中して
いるという情報でわが方が奇襲攻撃をかけようとすると、離陸とともにその情報が
敵に伝わり、敵機はすばやく対比してしまう。逆に敵側がまとまった兵力でわが方
に攻撃をかけるべく離陸すると、まもなくこの情報はわが方に伝わる。そこで、わが
方が本格的な邀撃をおこなうべく大挙出勤すると、敵編隊はいちはやくそのことを知
って攻撃を断念、途中から引き返すといった具合で、双方がまともにぶつかって大空
中戦を展開する機会がほとんどなかった。
 しかし、パイロットたちはたびかさなる出勤で日を追って技量をあげ、戦場周辺の
地形、気象から敵の戦法にいたるまですっかり呑みこみ、初陣の若武者たちも戦争に
なれて戦果はしだいにあがっていった。
 やはりキ84は優秀で、米空軍のP47、P51などとは互角以上に、B25クラスの爆撃機
に対しては格段の差をもって戦うことができた」
<在支第5航空軍整備隊長の中村大尉の証言 >
「決戦機 疾風 航空技術の戦い」(碇義郎 光人社NF文庫)

219:だつお ◆t0moyVbEXw
15/12/29 01:07:22.22 +VfpAh5D.net
>>175
>支那が嫌いでソ連が大好きって偏向全開モードのやつだ
バグラチオン作戦と大陸打通作戦、ベルリンに翻る赤旗と南京に翻る日章旗。
ナチスドイツとその愉快な仲間たちを撃破してベルリン入りを果たしたソヴィエト赤軍>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>( 越 え ら れ な い 壁 )>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>大陸打通作戦でドツキ回された中国チンピラゴロツキ
第二次世界大戦について、中国は日本に対して非難ごうごうだが、ロシアはドイツに対してそういう態度はしない。
中国の態度は見苦しい一方、ロシアの態度は凛々しい。勝った国と勝たせてもらった国の差だ。

220:名無し三等兵
15/12/29 07:59:51.37 ymNcNUz1.net
固定がバカな長文を書くなw

221:名無し三等兵
15/12/29 10:04:49.36 OBgSlRy/.net
>>213
「だつお」を会話しようなんてかなり物好きだなw

222:名無し三等兵
15/12/29 19:58:33.68 //y2vuta.net
ひまな正月休みで精神異常者に試しにいちど触れてみようなチャレンジャーなノリと思う
触れたあとの始末は自己責任でつけてくださいってとこ
飲食店のデカ盛りに軽い気持ちで挑戦するより難易度がはるか高いことをつついたあと知っても
後の祭りだ……

223:名無し三等兵
15/12/29 20:05:52.95 r1HDQgZY.net
いやテラ盛りかな?無謀な挑戦に当然のごとく玉砕
食い残して挫折、店に三千円以上請求される口だろう(笑)
数千円で済めば傷は浅い
だつおを相手するとあとあとトラウマで残るんだからなwwwwww

224:名無し三等兵
15/12/29 20:17:41.61 r1HDQgZY.net
火砲の話に戻そうよ
九○式野砲とソ連F22の性能比較とか
38口径と50口径で同等の射程性能発揮できたなら、かなり九○式のメリットが
ったと思うけどね
同じ重量でも砲身長が短いほうがかなり取り回しは容易
牽引状態で市街地通過とかで砲身ぶつけて、損傷させて精度を台無しにしてしまう
事態が多いから

225:名無し三等兵
15/12/29 20:27:23.21 r1HDQgZY.net
戦車砲に改修、T34に搭載して41口径にしても、初速はそれほど落ちてないしね
装薬量、初速に比して50口径は無駄な長砲身だった
げんにF22が高価で複雑機構だったとして、後継砲では短砲身化してる
廉価版で1941年6月 独ソ戦開始後の生産品は尾栓強度が不足して発砲危険とのことで、装薬大幅増やした
ドイツPAK39対戦車砲に改造禁止通達でるくらい品質強度は落ちている

226:名無し三等兵
15/12/29 20:27:24.82 KLAOCeID.net
朝まで生討論:三式中戦車には当初本当に九五式野砲を載せる気だったのか否か

227:名無し三等兵
15/12/29 20:36:45.24 r1HDQgZY.net
>>226
当初はそうだったでしょ
でも見積もりが甘いのに気づき、M4対策の危急対応で実際はすこしでも対装甲威力の高い九○式改造砲を搭載した
さらに詰めの甘さにボフォース原型高射砲改修を真打ちの四式戦車五式戦車に載せようとして
終戦だろうよ

228:名無し三等兵
15/12/29 20:43:39.85 h9f/Uuv+.net
57mm→75mm高射砲系統→90式野砲改修って流れじゃなかった?

229:名無し三等兵
15/12/29 21:36:28.65 AT/buW1F.net
装備砲が二転三転し高射砲改修の作業が遅延して暫定措置で九○式野砲を戦車搭載に改修だね
ずっと前から開発してた真打ちチトより暫定三式戦車がよりはやく戦力化した

230:名無し三等兵
15/12/29 21:40:33.50 Loepl96i.net
チヘ車台のターレットリングを弄らずに全周旋回砲塔で野砲が搭載可能かまずは九五式野砲を検討してみて、
結果駄目そうだったんでターレットリング拡大させて本命の九〇式野砲改造砲に載せましたというオチだったりして
以前に九五式野砲試したとかいう試製100式砲戦車って途中まではチハ車台で全周旋回形式じゃなかったよね

231:名無し三等兵
15/12/29 22:15:31.11 qwsv7V7Q.net
>>224
砲の射程は基本砲身長とそれに合わせた装薬量に因るから、同口径で砲身長が極端に違って同クラスの性能はどうあがいても無理だろ
九〇式で面白いのは、運用危惧して参謀本部側が導入に消極的だったのに、
現場はその威力を評価して配備拡大に積極的だったことだな
現実に苦労するほうが重く扱いにくいものは嫌いそうなのに
参謀本部の判断は、いかにも日本的貧乏性で泣けてくるが…
トータルの運用コストやその他大局的な見地が必要ではあるから無理もないが
それでより前時代的な九五式が開発採用されちゃうあたりがさらに泣ける…
九五式みたいなハンパな性能の野砲だったら、いっそ山砲でいいじゃんと思っちゃうんだけどなあ…

232:名無し三等兵
15/12/29 23:17:36.83 KLAOCeID.net
>>230
野戦機甲廠編制に関する意見(C14010847600)の記載からして当初はチホ車体を用いる気だったらしいけど、元々砲塔はあった
ホイ車は初期の頃から主砲(75mm山砲級)が初速足りん移動目標に当たらん貫通力もないから野砲級のがいいと言われ続けてて
それを補うためか42年頃研究開始のチト車と車体・部品共用の砲戦車や直協戦車では105mm山砲級(初速330m/s程、九九式山砲ベース?)の戦車砲を載せるはずだったのが
18年8月の方針変更で砲も車両も計画中止となり… って流れだったようだから、もし本当に九五式野砲載せて試験してたんだったら
九九式に代わる砲戦車用の砲として検討されてすぐにボツった(九〇式使用の方針に)とかそういう想像も浮かぶけど、どうなんだろう実際


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