【KAREN】カレン・ホーナイの精神分析【HORNEY】at UTU
【KAREN】カレン・ホーナイの精神分析【HORNEY】 - 暇つぶし2ch578: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 07:58:05.65 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 69 ///////////

しかし、今われわれに関心があるのは、他人のためには無際限とも見えるエネルギーを
費やすのに、自分の個人生活に関しては、建設的な興味や関心を欠き、この二つの間に
著しい食い違いを示す人々のことである。彼らが分析を受けている時でさえ、その分析から
本人よりも親戚や友人や生徒の方がいっそう利益を受けるということがよくある。そうで
あっても、われわれは治療者として、成長に対する彼らの興味は、たとえかたくなに外在化
されていても、なおそれが生き残っているという事実に期待をかける。とは言え、彼らの
興味を自分自身に向けさせるのは容易なことではないであろう。彼ら自身のなかに建設的な
変化を妨害する強い力があるうえに、外に向かっていることが一種の均衡状態をつくり出し、
それが自分自身を価値あるものだという感情を与えているので、彼らはこのような建設的な
変化のことをあまり熱心に考えないのである。

///// Karen Horney ///

579: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 07:58:58.95 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 67 ///////////

 これらの障害が、患者の生活にとって一般的にはどのような意味をもつかは、かなり明白
である。彼が自分自身の生活において、積極的な決定要因になっていないということは、
表面がどれほど強迫的な硬さで包み隠されていようと、深い不安感をつくり出していく。
自分自身の感情を心もたないということは、うわべがどれほど生き生きと見えてしても、
彼を生気のないものにする。自分自身に対して責任をとらないということは、彼から真の
精神的独立を奪う。さらに加えて、彼の真の自己の不活発さは、神経症の過程に重大な影響を
及ぼす。自己疎外のもつ「悪循環」の面が最も明瞭になるのはこの事実においてである。
自己疎外自体は神経症的過程の結果であるが、それはまた以後の過程の発展の原因でもある。
なぜなら、自己疎外がひどくなるにつれ、その神経症者はますます誇りの体系の策謀に対して
無力な犠牲者となり、それに抵抗する活力をますます失っていくからである。

///// 原著 1950年発行 ///

580: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 08:18:03.62 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 68 ///////////

 ここで、いくつかの場合に、次のような重大な疑問が起こってくるだろう。すなわち、
この最も生き生きとしたエネルギー源はまだ完全に枯渇していないのだろうか、それとも、
永久に静止してしまっているのだろうか。私の経験からは、それをどちらか一方に決めて
しまわない方が賢明であると思う。分析家の十分な忍耐と熟練によって、真の自己が追放から
戻ってきたり、「よみがえってくる」ことがしばしばある。例えば、エネルギーが自分の
個人生活のためには利用されなくても、他人のための建設的な努力に注がれている時は、
それは有望な徴候である。言うまでもなく、このような努力は、よく統合された人々が
なすことができ、また実際にしている。

///// Neurosis and Human Growth ///

581: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 08:29:34.38 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 69 ////////

しかし、今われわれに関心があるのは、他人のためには無際限とも見えるエネルギーを
費やすのに、自分の個人生活に関しては、建設的な興味や関心を欠き、この二つの間に
著しい食い違いを示す人々のことである。彼らが分析を受けている時でさえ、その分析から
本人よりも親戚や友人や生徒の方がいっそう利益を受けるということがよくある。そうで
あっても、われわれは治療者として、成長に対する彼らの興味は、たとえかたくなに外在化
されていても、なおそれが生き残っているという事実に期待をかける。とは言え、彼らの
興味を自分自身に向けさせるのは容易なことではないであろう。彼ら自身のなかに建設的な
変化を妨害する強い力があるうえに、外に向かっていることが一種の均衡状態をつくり出し、
それが自分自身を価値あるものだという感情を与えているので、彼らはこのような建設的な
変化のことをあまり熱心に考えないのである。

///// Karen Horney ///

582: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 09:45:03.26 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 70 ///////////

 真の自己の役割は、それをフロイトの「自我」の概念と比較してみると、いっそう明瞭に
浮き彫りにされる。私はフロイトとはまったく違った前提から出発し、まったく違った道を
たどっているが、「自我」の弱さを仮定している点でフロイトと一見同じ結果に達している
ように見える。しかし、理論では明らかな相違があることは確かである。フロイトにとって
「自我」とは、働きはするが、何の主導性も執行力ももたない使用人のようなものである。
私にとって真の自己とは、感情的な力や建設的なエネルギーや指導力や判断力の源泉である。
しかし、もし真の自己がこれらの潜在力のすべてをもっており、健康な人においてはこれらが
実際に働いているとしても、神経症に関する限り、私の立場とフロイトの立場との間にどれほど
大きな差異があろうか。一方は、神経症の過程によって自己が弱められ、麻痺され、「見えなく
なっている」のだと言い、他方は、自我は生まれつき建設的な力をもっていないのだと言って
みたところで、実際上はその二つは同じことではなかろうか。

///// The Struggle Toward Self-Realization ///

583: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 17:34:30.48 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 71 ///////////

 たいていの分析の最初の段階を見ている限りでは、われわれはこの問いに肯定的な答えを
しなければならないだろう。その段階では、真の自己の非常に小さい部分しか働いていない
ように見える。われわれはある種の感情や信念がほんとうのものであるという可能性は認める。
また、自分自身を発達させたいという神経症者の欲動には、外に目立った華やかな要素の
ほかに、純粋な要素も含まれているということ、彼は知的に支配したいという欲求のほかに、
自分についての真実に関心をもっているということも推測できる―しかし、それはなお
推測にとどまっている。

///// アカデミア出版会 ///

584: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 18:53:20.35 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 72 ///////////

 しかし、分析を進めていくうちに、この姿は急激に変化する。誇りの体系にメスを入れて
いくにつれ、患者はそれまで自動的にとっていた防衛姿勢をやめ、自分自身についての真実に
興味をもつようになる。彼はこれまでに述べてきた意味で自分自身に対する責任をとり、
決定を下し、自分の感情をもち、自分自身の信念を発達させ始める。既に見たように、誇りの
体系によって奪われていた機能はすべて真の自己の力に復帰すると共に、しだいに自発性を
回復してくる。要因の再配置が行なわれる。そして、この過程において真の自己はその建設的な
力を携えて、今までよりもいっそう強力な味方となるということが分ってくる。

///// 邦訳 1986年10月発行 ///

585: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 20:21:38.59 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 73 ///////////

 この治療過程にとって必要な個々の段階については、もっと後で論じよう。ここではただ
こうした治療過程が起こるという事実を示すにとどめた。もしこの事実を示さなければ、
自己疎外についてのこの議論は、真の自己についてあまりに否定的な印象を与え、つまり、
真の自己は、取り戻したいが、永久につかまらない幽霊であるかのような印象を与えることに
なろう。われわれは、分析のもっと後の段階をよく知って初めて、真の自己が潜在的な力を
もっているという主張が、単なる憶測ではないことを認識できる。建設的な分析のような
有利な条件の下では、真の自己は再び生き生きとした力となることができる。

///////// 対馬忠監修 ///

586: ◆9JwNW1WNKc
13/11/03 22:02:24.39 csyWSQeB
 
/// 自己疎外 74 ///////////

 こうしたことが実際に起こる可能性があるからこそ、われわれの治療は症状を軽くする
だけにとどまらず、個人の人間的成長を助けるという希望がもてるのである。また、こうした
現実の可能性を見通してこそ、前章で述べたように、偽りの自己と真の自己との関係は、
二つの敵対する力の間の葛藤関係であることが理解できる。この葛藤は真の自己が再び活発
になり、人があえて闘いの危険を冒そうと思うようになった時、初めて公然とした闘いとなる
ことができる。そのような時がくるまでは、人はただ一つのこと、つまり偽りの解決法を
見つけて、葛藤のもつ破壊的な力から身を守ることしかできないのである。そのことについては、
次章以下で論じることにしよう。

・・・・

///// 藤沢みほ子、対馬ユキ子訳 ///

587: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 06:43:02.27 fedF7j6Q
 
/////// Neurosis And Human Growth ///

[Neurosis And Human Growth: The Struggle Toward Self-Realization]
 by Karen Horney, Norton 1950, Heather Henderson (Narrator)

Audio CD
URLリンク(www.goodreads.com)

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MP3 CD Audiobook
URLリンク(www.amazon.com)
URLリンク(www.goodreads.com)

/// KAREN HORNEY ////////////

588: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 09:02:18.40 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 1 ///////////

カレン・ホーナイ(Karen Horney)著
原著:Neurosis And Human Growth: The Struggle Toward Self-Realization 1950年発行
邦訳:『自己実現の闘い―神経症と人間的成長―』対馬忠監修
藤沢みほ子、対馬ユキ子訳、アカデミア出版会1986年10月発行 より

・・・・

第7章 緊張緩和の一般的手段

 以上に述べてきたすべての過程は、心を引き裂くような葛藤、耐えられないほどの緊張、
潜在的に恐怖に満ちた心の状態をつくり出す。このような状態では、いかなる人も十分に
機能することも、さらには、生きることさえもできなくなる。そこで、人はこれらの問題を
解決するために、自動的に、葛藤を除去し、緊張を和らげ、恐怖を静める試みをしなければ
ならず、実際にそうすることになる。

///// アカデミア出版会 ///

589: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 10:02:27.37 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 2 ///////////

ここでは、自己理想化過程において働くのと同じ統合力が作用し始める。自己理想化過程は、
それ自体が最も大胆で過激な神経症的解決の試みであって、すべての葛藤やその結果起こる
障害を超越することによって、それらを取り除こうとするものである。しかし、こうした
努力と、これから述べられる試みとの間には、一つの違いがあるが、われわれはこの区別を
正確に規定することはできない。というのは、それは質的な相違ではなくて、「より多く」
とか「より少なく」とかいった量的な違いだからである。栄光の追求も、同じく強制的な
内的要請から生じているが、より創造的な過程である。

///// 邦訳 1986年10月発行 ///

590: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 11:14:44.96 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 3 ///////////

結果においては破壊的であるが、それにもかかわらず、それは自己の狭い限界を超えて
拡大したいという人間の最善の欲望から発している。これと健康な人の努力との相違は、
結局は、栄光の追求が途方もない自己中心性をもっている点にある。栄光の追求による
解決と次に述べる解決との相違について言えば、栄光の追求は空想力の枯渇によって生じる
のではない。そこでは空想力は働き続けている。しかし、それは心の状態を損なう方向に
働き続けるのである。こうした心の状態は、人が初めて太陽に向かって飛翔した時から
既に危険性をはらんでいたが、今では(既に述べたような葛藤や緊張の心を引き裂くような
衝撃のもとで)精神的な破滅の危険が目前に追っている。

///////// 対馬忠監修 ///

591: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 12:26:32.47 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 4 ///////////

 解決の新しい試みを述べるに先立って、緊張を和らげるためにいつも働いているいくつかの
方法をよく知っておかねばならない。それらは本書においても、私の以前の著作のなかでも
論じられており、次の各章でも要約されるだろうから、ここではそれらを簡単に枚挙するだけで
十分であろう。
 この観点から見る時、自己疎外は緊張緩和の一つの方法であり、しかもおそらく最も重要な
ものである。われわれは自己疎外がどのような理由で生じ、強化されるかを既に論じた。
繰り返して言えば、自己疎外は、一つには神経症者が強迫的な力によって駆り立てられることの
単なる結果であり、一つには、真の自己から逃れ、それに反抗する積極的な動きから生じる。

///// 藤沢みほ子、対馬ユキ子訳 ///

592: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 14:49:02.27 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 5 ///////////

この文脈でさらに付け加えねばならないのは、彼が内心の闘いを避け、心の緊張を最小限に
とどめるために、真の自己を拒否しようとするはっきりとした関心をもっている点である。
そこに働く原理は、内的葛藤を解決する試みのすべてに作用する原理と同じものである。
心の内外のどんな葛藤も、もしその一面が抑圧され、他の面が支配的になってくると、外から
見えなくなり、そして、実際にも(人為的にではあるが)減少することになる。このことを、
相反する欲求や関心をもつ二人の人間または二つの集団について言えぼ、そのどちらか一方の
個人ないし集団が制圧されると、あらわな葛藤は消える。威嚇する父親と威圧される子ども
との間には目に見える葛藤はない。同じことが内的葛藤にも当てはまる。

///// 神経症と人間的成長 ///

593: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 21:36:20.96 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 6 ///////////

われわれは他人に対する敵意と、好かれたいという欲求との間に激しい葛藤をもつことが
ある。しかし、敵意と好かれたい欲求とのどちらか一方が抑えられると、対人関係は単一化
される傾向がある。これと同じように、もし自分の真の自己が追放されるなら、真の自己と
偽りの自己との間の葛藤が意識から消えるだけでなく、力の配分も非常に変わるので、実際に
葛藤もなくなる。もちろん、こうした緊張緩和は、誇りの体系の自律性が増すという代価を
支払ってのみ達成されることができるものである。

///// 自己実現の闘い ///

594: ◆9JwNW1WNKc
13/11/04 23:01:36.17 fedF7j6Q
 
/// 緊張緩和の一般的手段 7 ///////////

 真の自己を拒否することは、自己防衛のために命令されたものであることが、分析の
最終段階になって特に明瞭になる。既に示したように、真の自己が以前より強くなると、
心の内部の闘いが激しくなることが実際に観察できる。自分の心や他人の心のなかにこうした
闘いの激しさを経験した人なら誰でも、真の自己がより早い時期に行動の場から退却するのは、
生き残りたい欲求、葛藤によってずたずたに引き裂かれたくないという願いによって命令された
ものであることが理解できるだろう。

///// 原著 1950年発行 ///

595: ◆9JwNW1WNKc
13/11/05 20:46:41.18 TIDpyE+T
 
/// 緊張緩和の一般的手段 8 ///////////

 この自己防衛過程は、主として患者が問題を曖昧にしようとする気持をもっていることに、
はっきりと現われている。彼は表面的にはどれほど統一されているように見えても、心の底
では混乱している。彼は問題を不明瞭にすることにかけては、実に驚くべき能力をもっている
だけでなく、そういう態度を容易に捨てようとはしない。この曖昧にしようとする関心は、
不正直な人、例えば、自分の正体を隠さればならないスパイや、自分の態度を正直なように
見せねばならない偽善者や、偽りのアリバイをつくらねばならない犯人などでは、意識的な
レベルで働くのであるが、神経症者の場合にも、それは同じような働きをしなければならない
ものであり、実際にそのように働いている。

///// Neurosis and Human Growth ///

596: ◆9JwNW1WNKc
13/11/05 20:58:48.68 TIDpyE+T
 
/// 緊張緩和の一般的手段 9 ///////////

しかし、神経症者は自分でもそれと気づかずに二重生活を送っており、自分が何であり、
何を欲し、感じ、信じているかについての真実を、無意識のうちに曖昧にしなければならない。
彼のもつ自己欺瞞は、すべてこの基本的な自己欺瞞から発している。その力学をはっきり
させると、次のようになる。彼は、自由、独立、愛、善良さ、強さなどの意味について単に
知的に混乱しているだけではない。自分自身に取り組めるようになるまでは、彼はこの混乱を
どうしても維持しようと強い主観的な関心をもっているのである。しかも、彼はこの混乱を、
自分がすべてに透徹した知性をもっているという偽りの誇りをもっているために、覆い隠して
しまうであろう。

///// Karen Horney ///

597: ◆9JwNW1WNKc
13/11/05 21:17:20.48 TIDpyE+T
 
/// 緊張緩和の一般的手段 10 ///////////

 次に重要な緊張緩和の方法は、内的経験の外在化である。繰り返して述べると、これは、
内的過程をそのままの形で経験しないで、それを自己と外界との間に起こったものとして認め、
感じるという意味である。これは心の体系の緊張を緩和するためのかなり過激な方法であり、
そのため、精神は貧しくなり、人間関係における障害が増加するという犠牲が常に支払われる。
私はまず最初に、外在化とは、自分の理想像に合わない欠点や病気の責任をすべて他人に
負わせることによって、理想像を維持する方法であると述べた。次に、それは、自己を破壊する
いろいろな力の存在を否定したり、自己破壊力間の内的な闘いを和らげたりする試みである
ことを見た。そして、「私は自分自身に対してではなく、他人に対して行なっている。その
やり方は正しいのだ」とする能動的な外在化と、「私が他人に敵意をもっているのではなくて、
他人の方が私にいろいろやっているのだ」とする受動的な外在化とを区別した。

///// The Struggle Toward Self-Realization ///

598: ◆9JwNW1WNKc
13/11/05 22:29:37.57 TIDpyE+T
 
/// 緊張緩和の一般的手段 11 ///////////

最後に今、外在化の理解をもう一歩進める。私がこれまでに述べた内的過程のうち、外在化
されないものはほとんどない。例外は、神経症者は自分に同情を感じることが全然できない
時でも、他人には同情を感じることがある。自分自身の心の救済を願う心は強く否定されるが、
それは他人の成長の行き詰まりを目敏く見つけ、時には彼らを助ける驚くべき能力となって
現われる。内的命令の強制に対する反発は、契約や法律や支配力に対する無視となって現われる。
自分自身の傲慢な誇りには気づかないが、他人のなかにそれを見出すと、それを嫌悪する―
あるいは、それに魅了される―こともある。自分の誇りの体系の専制の前では畏縮して
しまいながら、他人のなかにそれを見つけると軽蔑する。自分が自己嫌悪のむごい残忍さを
ごまかして生きているとは気づかずに、人生一般に対して楽観的な態度を発達させ、人生には、
どんな苛酷さ、残忍さ、あるいは死さえもないかのように考えている。

///// アカデミア出版会 ///


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