13/06/18 07:37:31.69 urisjpev
>>663 こういうことでしょうか。
因果関係まで含めてことを論じることによって問題が拡散し、社会問題の
俎上に上げたときに論点が定まらず実のある議論ができない。
例えば、何故虐待親がいるのかということを論じた場合「虐待親の親が
そうだった」とします。その祖父はどうしてそうなったとなり「戦争へ行
ったからからそうなった」となり、問題はとらえどころが無くなってしまう。
議論したとしても 議論のための議論に落ちるのではないか。
そういうことで、問題を虐待のみに限定して社会でのコンセンサスを形成
しなければならない。 ということでしょうか。
そういうことなら、あなたの考えは行動学的であり、今後の虐待児の問題の
解決に一歩を踏み出したいという意思を感じますから、そのことに敬意を
表したいと思います。
ただ、問題が社会学として論じられるとなると、どうしても定量的になり
客観化されることで私たちは記号化されるのではないかという危機を感じ
るのです。
つまり、この問題は社会的側面を持つと同時に、生身の人間に訪れた不条理
という云わば文学的側面も無視できないと思うのです。 それば最終的には
自分で解決するほかない問題かもしれませんが、やはり、誰かの理解やサポ
ートがあれば随分救いになるのではないかと思うのです。
その点を、置き去りにされては浮ばれないという意味で述べたことでした。