11/05/07 09:10:13.20 c0HsYzA70
>>67に触発されて
国鉄 北海道総局 キロハ80 キハシ80
昭和48年、北海道観光ブームとなり人気特急筋の混雑が激しくなったが、増車はしばらくの間望めない状況であった。
そこで、一部北斗系とオホーツク系の不人気列車から普通車を減車し、それらの列車に回す方策を取るとこにし、ここに
「北海道標準編成」制度が崩れ、「標準A編成」と「標準B編成」の2種類になった。
「A編成」は、食堂車・グリーン車込みの8連となり、「B編成」は、標記半室ビュッフェ・半室グリーン車込みの5連となった。
キロハ80:全室グリーン車の2エンド側1/3を仕切り、普通席にしたもの。
キハシ80:キシ80の食堂部分を普通席にし、調理室を撤去し本州で好評であった>>67のオートビュッフェを設置した。
種車の関係で、乗客用の乗降ドアは設置されていないが、元レジ台部分に非常用ドアが設置されている。
オートビュッフェは、飲料関係のほか、そばの自販機が設けられ、元通路側窓部分に設置された長手方向の
テーブルで食べることができる。
車内販売が乗務していて弁当を販売していたが、温かい食事が食べられるということで好評であった。
のちに、カップラーメンや調理パン、冷凍食品の自販機も設置されるようになった。
昭和55年、キハ183系が投入され活躍の場が狭くなっていったが、「おおとり」と「オホーツク」1往復に充当されるキシ80
以外の車輛は全車キハシ80タイプに改造され、一部は一般型気動車と併結できるようにして急行「宗谷」「天北」に投入、
一部は客車化され道内夜行急行に投入され、JR化後も全車引き継がれて運用された。
しかし、道内夜行列車、急行列車の衰退と車輛自体の老朽化が進み、代替車輛が登場するなどして平成5年までに全車廃車となった。
現在、小樽の鉄道博物館にキハシ80-1と2が、その他地方の公民館や公園などで休憩施設として数両使用されている。