11/11/12 21:05:36.13 SN70kMtN0
>>676
どうもw
希少価値感を出すために、あえて・・・という設定で
オイロフE16はダブルデッカーにして、上下の部屋をひと部屋とした「グランクラス」を
並べるとか、食堂車で豪華ランチを食べさせる・・・とか、いろいろあるかと思いますが
・・・それは成功した場合の第2編成で
679:名無し野電車区
11/11/13 10:07:21.18 7uO4iKBgO
JR東日本371系
あずさや房総特急のE257系化などにより183系 189系が波動用として各電車区に
ばらまかれたがいかんせん老朽化が進んでいる事から特に老朽化がひどい
大宮車を取り替えることになった。
しかし253系はあらかた廃車にしてしまっており、185系で代替しかないと
思われたが、そこへJR東海が371系を来年3月引退に目をつけた東日本は
その車を使おうと言うことになった。253系と同時期に作られている点も
譲渡の決め手となった。当初は金銭トレード的な譲渡を計画したが、JR東海側は
211系のクロス車を交換条件に提示、波動用が欲しいJR東日本と211系の部品取りや
静岡口の編成の増強をしたいJR東海の思惑が一致し、高崎の211系1000番台5連3本と
371系とのトレードが行われた。
譲渡後大宮工場で改修が行われた。
1 全車普通車化
2 座席を200系発生品のに交換
3 台車をC-DT56/C-TR241を253系のものに交換
4 E257系と同一の制御装置に更新
5 パンタグラフをPS35に更新などである
大宮車両センター東大宮常駐配備となり、波動用として使われるが
臨時の特急きぬがわやホリデー快速河口湖号で新宿にも顔を出すこともある。
680:名無し野電車区
11/11/13 21:23:41.24 l+ZVSD820
351系振子式急行形電車
1982年に登場した国鉄最初で最後の振子式急行形電車。
中央西線における急行きそ、赤倉は長らく165系・キハ28・58系が使用されていたが、
これらの車両は老朽化し、また線形上所要時間の短縮の目的も兼ね振子式が採用された。
設計は381系特急形電車とほぼ同じとして部品コストを下げた。
車内設備は910ミリピッチで転換クロスシートが配置され、ロール式遮光幕として
簡易リクライニングシートとべネシャンブラインドの特急形381系との差を設けている・
この形式が投入されたことにより、急行きそ・赤倉は表定速度が65~75km/hと大幅にアップし
所要時間の短縮に成功した。
681:名無し野電車区
11/11/13 23:34:05.21 ei162rg/0
>>671
103系4000番台は紀勢線と山陽線に投入され、北陸には捻出された115系と165系が回されていた。
なので、165系が現在も走っていそう。
682:名無し野電車区
11/11/14 02:08:53.92 /5W59wuoI
>>657
の気動車版
国鉄キハ68、キハ69、キハ64、キロ64、急行型気動車国鉄が1970年代後半に新時代を睨み急行列車の存続と
特急列車との併用存続。新幹線開業後特急列車は新幹線に移行だが並行在来線には
急行列車や夜行特急、夜行急行を引き続き残しエコノミー客に対応
そしてキハ66、キハ67の試験結果を反映した急行型気動車
車体は2扉デッキ付きだが、車体長は21.3mとなり1300mm両開きドアを採用(グリーン車は700mm片開きドア、北海道用は1000mmの片開きドア)、
車内は普通車が910mmピッチの転換クロスシート、グリーン車はリクライニングシートである。
窓は普通車が2連の2段ユニット窓(上段下降、下段上昇)(北海道用は2連の1段上昇窓)、グリーン車が2連の固定窓である。
出入り口はステップ付きである。
正面は貫通型で、前照灯はシールドビームだが顔つきはキハ66、キハ67
やキハ40系の顔つきで。
エンジンはキハ181系の札幌~函館間120km/h~130km/hの高速試験結果を
反映した結果、DML30系を440psに絞り、最高速度はキハ80系と同じ100km/h
として、キハ181系、その北海道運用含めた改良型のキハ183系の120km/h
と区別を付け、在来の置き換え予定のキハ58系との併結も配慮された。
やはり気動車快速や一部普通列車との兼任運用を考慮している設計だが。
普通列車や快速列車運用時はローカル線で珍しい冷房気動車として地方非電化線の
サービスアップや自家用車、高速バスに対抗出来た。
683:名無し野電車区
11/11/14 05:35:09.32 4uZySLv50
国鉄 北海道総局 783系交流専用特急電車
昭和55年、781系900番台の試験結果から「特急列車と普通列車の両方に使用できる車輛」が
いいということになり量産された形式で、事実上の781系900番台を受けての量産車である。
これは、国鉄財政逼迫のおり、千歳線・室蘭本線電化用に投入予定であった711系100番台の生産を
とりやめ、普通列車と特急列車で使用できる形式として1本化されたものである。
高運転台貫通式の3連1編成で、正面は781系900番台に貫通ドアをつけた形である。
車内は転換クロスシートで、ドア付近は1人掛けで吊革が3つついている。
クハ782:パンタつき2ドア
モハ782:パンタなし2ドアモーター車
クモハ783:パンタなし2ドア
684:名無し野電車区
11/11/14 08:43:14.54 /5W59wuoI
>>657
の気動車版
国鉄キハ68、キハ69、キハ64、キロ64、急行型気動車国鉄が1970年代後半に新時代を睨み急行列車の存続と
特急列車との併用存続。新幹線開業後特急列車は新幹線に移行だが並行在来線には
急行列車や夜行特急、夜行急行を引き続き残しエコノミー客に対応
そしてキハ66、キハ67の試験結果を反映した急行型気動車
車体は2扉デッキ付きだが、車体長は21.3mとなり1300mm両開きドアを採用(グリーン車は700mm片開きドア、北海道用は1000mmの片開きドア)、
車内は普通車が910mmピッチの転換クロスシート、グリーン車はリクライニングシートである。
窓は普通車が2連の2段ユニット窓(上段下降、下段上昇)(北海道用は2連の1段上昇窓)、グリーン車が2連の固定窓である。
出入り口はステップ付きである。
正面は貫通型で、前照灯はシールドビームだが顔つきはキハ66、キハ67
やキハ40系の顔つきで。
エンジンはキハ181系の札幌~函館間120km/h~130km/hの高速試験結果を
反映した結果、DML30系を440psに絞り、最高速度はキハ80系と同じ100km/h
として、キハ181系、その北海道運用含めた改良型のキハ183系の120km/h
と区別を付け、在来の置き換え予定のキハ58系との併結も配慮された。
やはり気動車快速や一部普通列車との兼任運用を考慮している設計だが。
普通列車や快速列車運用時はローカル線で珍しい冷房気動車として地方非電化線の
サービスアップや自家用車、高速バスに対抗出来た。
685:名無し野電車区
11/11/14 21:41:24.87 4aR18fiLO
国鉄 EF63-26~27 1001~1005
横軽用ではなく山陽線のセノハチ用として作られたEF63型で、EF59型の内の
EF56型改造グループ及び失敗作で終わったEF61-200番台の取り替え用として作られた。
昭和52年に作られた26 27号機は元々横軽向けの最終配備に作る予定だった
ものを変更したもので、電磁吸着ブレーキなど余計な装備は不要のため
台車や走行系はほぼEF64型と同一に作られている。
昭和55年から製造を開始された1001~1005号機はEF64-1000に準じたものに変更された。
瀬野方に走行解放装置と小デッキを備えている点はEF61-200と共通。
EF61型の大失敗の要因となった過大出力で貨車を押しすぎてしまう点は
出力をEF59型重連時と同じモードに切り替え可能にすることで解決した。
7両のみしか製造しなかったのは当初は重連を考慮して12両の製造を計画したものの
区間的にも横軽とは違って牽引は貨物のみで勾配も緩く、単機で充分であるため。
その後の追加製造は新造をやめてEF60/65型改造のEF67型に移行したために
7両のみで打ち切られた。
平成2年より26号機から随時EF67への改装を開始され、走行解放装置を撤去して
小デッキも取り外され、26 27号機はEF67-200番台 1000番台はEF67-500番台と
なっている。
塗装は国鉄特急色に瀬野 八本松両方にゼブラマークが付くタイプだったが、
EF67へ改装の際に赤14号に変更された。
2010年に202号機が廃車となり、2011年に201号機も廃車にする計画だったが、
先の東日本大震災で首都圏から被災地へ石油などの緊急輸送用としての必要性から
廃車が取り止めとなり、所属を愛知に移籍。上越線向けの緊急物資輸送用と
して使われた。(この関係で旧1004号機の503号機も愛知に一時的に借り入れている[後返還])
201号機は輸送が一段落した8月に正式に廃車となったが、解体はされずに
大宮車両所に保管されている。
686:名無し野電車区
11/11/14 22:10:17.32 4uZySLv50
埼玉高速鉄道/東京メトロ/東急 3000形中間付随車
東京メトロ南北線とその両端で乗り入れしている埼玉高速鉄道と東急目黒線は、沿線の開発が進み
ラッシュ時にはかなりの混雑となっていたが、昼間利用率との落差が激しく予定されている8連化に
なかなか踏み切れない状況であった。
そこで、1両増結する代わりに優等車として特別料金を取るということで共同で製造したのが同車である。
3000形そのものは、現行とおりの「普通車」として製造し、その先(浦和美園方向)の先頭車を転換クロスシート化
ドアも中間2ドアのみとし、それぞれの会社の頭文字を織り込んだ「Smoothシート」に改造された。
各駅は浦和美園方向先頭車付近に柵と自動改札機を設置し、パスモなどで料金を収受するとともに、3000形車内
貫通ドア部分にもパスモの簡易検札機を設置し、車内からの移動も可能なようになっている。
日本の地下鉄では珍しい優等車の登場は、沿線ステータスの向上にもつながり、乗客からはその利便性とともに
好評を持って迎えられた。
687:名無し野電車区
11/11/15 12:23:13.11 BTlY/SPfO
国鉄→JR北海道 キハ56 キハ27 キハ26 1000番台
60-3改正で急行運用を外れて余剰となったキハ56、27、キロ26形に札幌都市圏の輸送力増強のため通勤型化改造を施した車両。
車番は原番号+1000に改番され、キロ26形は普通車に格下げされてキハ26形1000番台となった。
車内はオールロングシートに改造され、デッキ扉も拡張すると共に両開き式に取り替えられた。
また便所、洗面所、冷房装置(キロ26)も撤去されている。
外観は急行列車と区別するため国鉄色に青帯が追加された以外は特に変化は無い。
民営化後は全車が継承された。
そして1988~90年にJR北海道色に全車が塗装変更され、主に札沼線で活躍したが、
老朽化のため1993年からキハ143、キサハ144に置き換えられて1995年までに廃車となった。
688:名無し野電車区
11/11/16 21:13:55.01 96TFsQo60
東武/会津鉄道 300形
JR東海から購入したキハ85形の後継として,JR北海道から余剰となっていたキハ183系を買い取り
200形「スペーシア」の車体を乗せた形式で、「スペーシアあいづ」として浅草~会津若松間に投入された車輛
キハ200:会津若松側普通車先頭車
キハ210:中間普通車
キロ210:中間ハイデッカーグリーン車及びビュッフェ
キロ200:浅草側グリーン個室先頭車
都知事対策として、エンジンをハイブリッド式に換装し、都内乗り入れが可能になった。
このため、「種車で使用されているのは台枠と洗面所の蛇口だけ」という陰口が聞かれることになった。
現在、東武2編成、会津鉄道1編成の計3編成で運用され、好評を博している。
689:名無し野電車区
11/11/18 17:20:00.28 wcMoW566I
くりはら田園鉄道KD95形~ひたちなか海浜鉄道キハ95形
2007年3月31日廃線になったくりはら田園鉄道KD95形3両を
当時茨城交通湊線から転換したひたちなか海浜鉄道が購入し
キハ95形に改めた、
同時期廃線された鹿島鉄道KR500形~ひたちなか海浜鉄道キハ500形との
連結や自社キハ3710形、37100形、ミキ鉄道からやって来たミキ300形
同様新世代を担う。
ひたちなか海浜鉄道での改造内容は。
ステップを改造し、ひたちなか海浜鉄道のホーム760mmの
高さに合わせた。
塗色を茨城交通色に暫定変更。
690:名無し野電車区
11/11/18 17:41:56.91 wcMoW566I
鹿島鉄道KR500形~ひたちなか海浜鉄道キハ500形
2007年3月31日廃線になった鹿島鉄道KR500形を
くりはら田園鉄道KD95形同様にひたちなか海浜鉄道が購入し
形式をキハ500形に改めた。やはり新世代を担う気動車
改造内容は。
塗色は当初鹿島鉄道時代そのままだが、やがて猫おさむの
絵がペイントで貼られた。
当初は非貫通のまま単行中心で運用したが、
やがて連結時の不便から正面を非貫通から、関東鉄道に依頼し
自社3710形、37100形同様の貫通式前面に改造。
それ以外は自社3710形、37100形同様の新潟鉄工所規格形で
機関もDMF13HZと同じで使用しやすいが車体が16mと短いのが難点
なお元くりはら田園鉄道KD95形のひたちなか海浜鉄道キハ95形は
富士重工規格形な事から同じ富士重工規格形のミキ300形との連結運用
が比較的多い。
691:名無し野電車区
11/11/18 21:52:07.71 InibAdfrO
小湊鐵道 KM2100形 関東鉄道キハ3000形
今年起こした天竜川下りの死亡事故により、運営を行っていた天竜浜名湖鉄道の
経営は急速に悪化。2012年6月に全線廃止を決断する。その後浜松市及び湖西市と
愛知県豊橋市及び遠州鉄道が救済に乗り出したことにより、全線廃止の最悪の
結果は回避されたものの、掛川~遠州二俣の廃止によるバス代行は決まってしまう。
親会社となった遠州鉄道は一部廃止に伴い余剰となる気動車の処遇に迫られた。
昨年度に作られたTH2100形等もあるために安易に廃車に出来ない中で事故の
保障の関係上早期の売却が必要になった。
そこへ在来車両に代わる車両の購入が必要な小湊鐵道が購入に乗り出した。
また関東鉄道も水海道~下館間用の車両を求めて打診して来ており、この2社に
売却することにした。
小湊鐵道にはTH2100形の内の2101~2105を、関東鉄道にはTH3000形の3502を
それぞれ売却する方向で小湊と関鉄両者の間で同意する。
急速な老朽化が進む旧式車両を取り替えたい小湊にとっては労せず新型軽快車
の入手に成功する。
(売却費用は1両あたり軽自動車と同じ位の額だったらしい)
購入後小湊は2両は天浜線そのままに、3両はキハ200形と同じ塗装とした。
なおキハ2102形はやはり経営が苦しいいすみ鉄道に無償リースして
いすみ2100形に変更。キハ52形との2枚看板としている。
そのため上総中野駅で旧国鉄キハ52形だけでなく、元天竜浜名湖車との再会もみられる。
関鉄に売却されたTH3502はキハ2300形等と同じ塗装とし、他の両運転台車と
共通運用としている。
692:名無し野電車区
11/11/20 01:28:55.64 9XMa3TWg0
叡山電鉄デオ1000形
デオ900をベースに製造。
京都アニメーション・近畿車輛とのコラボレーションで作られ、デザインにけいおん!などの京アニ作品が生かされている。
足回りは叡電初のVVVFインバータ方式となり機器の小型化が図られている。
1両ずつ「けいおん」「ハルヒ」「らき☆すた」「クラナド」と名付けられている。
693:名無し野電車区
11/11/22 20:43:43.57 au0sQHPV0
クモハネ583
モハネ583を先頭車化改造。
419系や715系と同等の食パン型運転台を接合した。
694:名無し野電車区
11/11/22 21:54:02.02 au0sQHPV0
E653系1000番台
JR東日本が開発したE653系の日本海縦貫線仕様。
クロハ-モハ-モハ-モハ-モハ-クハの6両編成である。
「北越」「いなほ」「かもしか」「つがる」に投入。
団体臨時列車で大阪駅に来たことがある。
695:名無し野電車区
11/11/22 23:19:34.84 fDHW7T8r0
キハ261航送対応版
サハリン直通用にフェリーで稚内~コルサコフ間を航走出来るよう対応した。
後に広軌区間では広軌台車上に乗せて客車扱いできるように改造されている。
現在は夏に上下とも週2回札幌~ノグリキを走行する。
696:名無し野電車区
11/11/23 01:10:27.40 DRTlUhKY0
…もしも飯田線が私鉄のままなら
・伊那電鉄 1000系
老朽化車両を置き換えるために導入される自社発注による新型車両。
日車ブロック工法による先頭車も含めたオールステンレス車体でVVVFインバータ制御である。
これにより塗装設備が不要になる、機器のメンテナンスが容易になる。
ロング&転換クロスシートの2両編成で、車体幅2.8mの18m級2扉車体である。
697: 忍法帖【Lv=33,xxxPT】 【東電 71.8 %】
11/11/23 02:02:22.45 4t4S6fFN0
国鉄115系0番台奥羽本線板谷峠仕様
1964年の福島~米沢間の板谷峠直流電化に際し、福島~山形で直流電化での電車運転により、特急ダイヤを乱さない観点から電車化。
ただ、1968年の交流電化で455/457系に追われ、小山電車区に転属。
698:名無し野電車区
11/11/23 14:36:57.16 nE3D2LXG0
キハ52形1000番台
国鉄末期、余剰となったキハ80形の走行機器を再用し、キハ52形と共通の車体を乗せた近郊型気動車。
地方線区のフリークエントサービス向上のため投入された。
比較的高い出力と、単行運転が可能であることから重宝されたが、もともと経年が高いため
民営化前後の新型気動車の投入に合わせ運用を離脱していった。
699:名無し野電車区
11/11/23 22:40:41.26 B5xa4e6S0
形式・番台じゃないけど、パッチワークキルト工法
新らし目で尚且つ事故や余剰などでやむなく解体された車の破片や欠片を
キルト布のように繋ぎ合せて車体を作る。日本人のMOTTAINAIの精神を
継承していく人材育成の一環である。
700:名無し野電車区
11/11/24 00:36:32.93 onHL44n50
E753系
E751系の後継車
E657系をベースとして製造された
外観やインテリアはE657系そのものであり、大きな違いは見られない
2012年改正で「つがる」「白鳥」で運用され、485系3000番台を置き換えた
北海道新幹線開業後の2015年からは、E751系と共に奥羽、羽越線直通特急に運用され、その際に本形式が増備された
701: 忍法帖【Lv=34,xxxPT】 【東電 62.7 %】
11/11/24 02:18:53.48 TKgi8vji0
東武50030系:
30000系35602号車で試用のPMSM採用車両。
702: 忍法帖【Lv=34,xxxPT】 【東電 58.7 %】
11/11/24 05:07:19.84 TKgi8vji0
東武30000系GE/シーメンス製VVVF試験車:
現在、ドル・ユーロの底値で海外製部品導入によるコスト削減をもくろんで、31402F/31403FにGE製・シーメンス製VVVFを試用。
・31402F:シーメンス製IGBT
・31403F:GE製IGBT
次期通勤車及び特急車へフィードバックされる。
東武50000系/50030系ワンマン運転仕様:
ワンマン運転からの8000系・800/850系の玉突きでの野田線転属前提に、誘導電動機の50000系とPMSMの50030系を投入。
・東武東上線・東武宇都宮線:50000系4連・50030系4連を半々
・東武伊勢崎・桐生・小泉・佐野線:50000系3連・50030系3連を半々
・東武大師線・亀戸線:50000系2連・50030系2連を半々。
703: 忍法帖【Lv=34,xxxPT】 【東電 58.7 %】
11/11/24 05:12:20.18 TKgi8vji0
JR東日本681系・683系:
JR西日本が並行在来線特急廃止で余剰となった車両を譲受。
大宮総合車両センターで交流系統の60Hz→50Hzへの改造及び耐寒耐雪強化を行う。
JR東日本651系・E653系羽越線仕様:
常磐線から離脱した形式を改造。651系はVVVF化及びセクション内無停電化及び耐寒耐雪強化。E653系は耐寒耐雪強化。
上記の4車種は羽越線高速化に伴うもの。
704:名無し野電車区
11/11/24 19:43:30.49 pZS8D0Uk0
185系500・700番台
国鉄が製造した185系の最終形態。
台車がDT50/TR235に変更されている。
117系100番台とは異なりヨーダンパが取り付けられている。
705:名無し野電車区
11/11/25 03:17:20.01 6NBri7WyI
十和田観光電鉄が来年廃線なので。
十和田観光電鉄7700系、7200系~弘南鉄道7700系、7200系
2012年3月廃線した十和田観光電鉄から同社7700系、7200系を弘南鉄道が
引き取り購入した車両、弘南鉄道初の冷房車となる予定。
これにより元東急6000系廃車予定。
弘南鉄道デハ7700形+クハ7900形
弘南線に、デハ7701+クハ7901 デハ7702+クハ7902 の二編成
大鰐線に、デハ7703+クハ7903 の一編成配属
弘南鉄道7200系 大鰐線に、デハ7204 デハ7305配属
通常は二両連結運用、閑散時は単行で運用。
十和田観光電鉄ED300形~弘南鉄道ED300形(大鰐線配属)
十和田観光電鉄ED400形~弘南鉄道ED400形(弘南線配属)
電気機関車が老朽化していた弘南鉄道が自社の
ED33形(弘南線) ED22形(大鰐線)置き換えのために
やはり廃線した十和田観光電鉄から引き取った。
706:名無し野電車区
11/11/25 03:18:01.17 6NBri7WyI
十和田観光電鉄が来年廃線なので。
十和田観光電鉄7700系、7200系~弘南鉄道7700系、7200系
2012年3月廃線した十和田観光電鉄から同社7700系、7200系を弘南鉄道が
引き取り購入した車両、弘南鉄道初の冷房車となる予定。
これにより元東急6000系廃車予定。
弘南鉄道デハ7700形+クハ7900形
弘南線に、デハ7701+クハ7901 デハ7702+クハ7902 の二編成
大鰐線に、デハ7703+クハ7903 の一編成配属
弘南鉄道7200系 大鰐線に、デハ7204 デハ7305配属
通常は二両連結運用、閑散時は単行で運用。
十和田観光電鉄ED300形~弘南鉄道ED300形(大鰐線配属)
十和田観光電鉄ED400形~弘南鉄道ED400形(弘南線配属)
電気機関車が老朽化していた弘南鉄道が自社の
ED33形(弘南線) ED22形(大鰐線)置き換えのために
やはり廃線した十和田観光電鉄から引き取った。
707:名無し野電車区
11/11/26 12:20:54.87 cwuLtBzr0
小田急5000形(2代目)
あの小田急顔で有名だった初代5000の形式を受け継いだ車輌。
4両、6両、8両、10両車が存在しており、各停から快急まで様々な運用につくことができる。
4000形と共に千代田線に乗り入れることができる。
将来計画されている京急大師線との乗り入れにも対応するため、18m車で、フリーゲージトレイン仕様になっている。
1~3次車はシーメンス製VVVF搭載、4次車以降は東芝製VVVFとなっている。
708:名無し野電車区
11/11/26 12:25:28.95 B1e4PKBy0
阪和線に新快速が残っているとして
JR西日本 103系6000番台
103系をラッシュ時の新快速に充当するためにスピードUP改造を行う
編成は、4両編成と6両編成の2種類
昼間時間帯等は、関空・紀州路快速にも充当される(4連車のみ)
JR西日本 201系 103系→201系化改造車
大阪環状線・桜島線10連化のために103系の中間車モハユニットから改造された
改造種車は、N40改造車と30N・N30改造車の2通りがあるため、でこぼこした編成になることがある
一方の103系の10連化は、モハユニットを組み込むことで対応している
709:名無し野電車区
11/11/26 12:59:11.49 86L3xqJR0
国鉄 北海道総局 751系交流専用急行型電車
昭和55年、千歳線・室蘭本線及び函館本線の電化開業により、札幌~函館間の電化が一挙に完成した。
その際、特急北斗用に781系が増備されたが、急行需要も旺盛であるとのことで、本形式が製造された。
これは国鉄最初で最後の交流急行電車であるとともに、最後の急行型車輛となるものであった。
基本仕様は711系100番台と同じであり、車内のボックスシートの窓側に肘掛がついたことと、車端部の
2人掛けのロングシートと吊革がなくなったこと、そして歯車比を急行用にした程度の違いであったが
グリーン車サロ750と半室ビュッフェのサハシ750が形式にあるのが画期的であった。
急行すずらん及びローカル急行ちとせに投入され、好評を博したが、特急北斗のL特急化により昭和62年で
長距離急行から撤退し、サハシ750はサハ750-100に改造され、しばらくの間は急行ちとせ及び空港快速に
グリーン車つきで運用されていたが、721系の増備とともにサロ750の格下げ及び先頭車化改造などを経て、
平成15年に廃車となった。
710:名無し野電車区
11/11/26 13:14:48.93 86L3xqJR0
国鉄 北海道総局 キサハシ25
昭和50年、北海道観光ブームの沈静化とオイルショックによる自粛ムードにより利用客が減少していた
道内急行列車の魅力化として、長距離急行列車にビュッフェを連結することとなり、本州において余剰車と
なっていたサハシ165などを改造した車輛である。
急行宗谷、天北、大雪、狩勝などに連結され、好評を博した。
営業は、札幌発着列車が札幌グランドホテル、函館発着列車は都ホテルが担当し、特に都ホテル営業の急行宗谷では
「ラーメンコーナー」が評判となり、それ目当てで乗車する客も現れるほどの人気ぶりとなった。
しかし、もともと非力な気動車急行に付随車を連結したことにより冬季の峠区間での遅延増大が問題視され、更に急行列車の
特急格上げ等もあり、昭和57年に連結中止され、昭和60年に廃車となった。
現在、キサハシ25-1が小樽の総合博物館にキロ26の隣に連結されて展示されているのは周知のことであろう。
711:名無し野電車区
11/11/26 19:20:05.31 nUd0bVyIO
国鉄 キハ33/34
昭和42年に作られたキハ30系の運転台無し車。33と34の違いは簡易運転台の有無で、
奇数方先頭の一方は必ず簡易運転台車のキハ34を連結する。
一般気動車の運転台無し車はキハ10系のキハ18型以来。
とはいっても用途がまだ非電化で大宮~川越間では30系等を使った長編成も
あった川越線専用車であったことが、直ぐ先頭化されなかった理由でもある。
キハ30型又は35型に1~2両連結して組み合わせて組成した。
16両作られて全て川越線専用として使われた。
しかし川越線の電化が具体化されると、八高線や久留里線等に転用しようにも
運転台がない点があだとなり、全ての車両をキハ38へ拠出する形で廃車された。
当初関東鉄道常総線へ譲渡する案が浮上したが、運転台がない車を
水海道で入替出来ないと言う理由で断られた。
712:名無し野電車区
11/11/26 23:28:31.58 oIyzVwt6i
>>711設定世界にて関東鉄道常総線で
関東鉄道キハ380形
>>711 国鉄キハ17系の車体更新車キハ310系2両編成4編成8両
国鉄キハ20系の車体更新車キハ0系2両編成4編成8両を常総線に
配属した関東鉄道だったが、やがて国鉄キハ30、キハ35、キハ36
の大量導入を決定するが、一つ冷房が無く夏期サービスに問題が
あったが、キハ35系の軽量外吊3扉構造では車体強度上や車齢20年超で
老朽化していた事から冷房改造は当初は困難と仮定されていた。
その頃国鉄末期にキハ35系の車体更新で各国鉄工場でバス冷房付き
通常の3扉車体構造のキハ38が製造されていたのに目を付けた関東鉄道が
キハ35系廃車を譲受し、国鉄大宮工場で車体更新し関東鉄道キハ380形が
誕生した。
国鉄キハ38形との違いは。
・車体は基本国鉄キハ38と同形だが、常総線のホーム高さが高い事から
ステップが無い。
・機関が関東鉄道の意向で旧式のDMH17H機関を暫定流用した。
後々新型機関に換装予定。
・基本はトイレ無しの1000番台が元になっている。
・冷房装置はサブエンジン式AU34で26000kcal/h
1987年からキハ35系の譲受車、キハ300、キハ350形と並行で大量導入し。
自社既存気動車や自社キハ300、キハ350を暫定使用後車体更新冷房化でキハ380形にする計画もあったが。
国鉄民営化後JR東日本では165系の107系車体更新が優先され、
キハ38の製造が中止された事、常総線沿線からもキハ38形そのものの不格好さがそのまま現れ更にバス用部品の耐久性が低く、更に自社でキハ300形、キハ350形を未更新のままそのまま冷房装置取付改造開始した事、更に1992年に取手事故が起きて、
自社中古車や車体更新車の安全性が懸念されて、完全新型気動車導入の方針になったため。導入はやはり2両編成4編成8両に留まった。
1993年には機関が新型のDMF13HZに換装されJR東日本キハ38形より高性能になった、
2011年度現在キハ300、キハ350形全廃後も全車健在だが、車体強度が
キハ0形、キハ310形と比較すると、バス用部品が多用され更に国鉄自社工場製造による強度低下の問題、並行してJR東日本でもキハ38形を置き換え全廃する計画がある事から。
次期廃車予定候補とされ先行きは長くない。
713:名無し野電車区
11/11/26 23:45:07.29 LSI6FHk20
キハE231系
2011年の原発事故で節電が叫ばれる中、電車のハイブリッド気動車化による節電を狙って231系を改造した。
元のクハ・サハにディーゼルエンジンと発電機を搭載し、節電・停電期間中は一部車両の電気を発電機からの電力供給でまかなう。
停電区域が含まれやすい常磐線や総武線などから順次改造されている。
714:名無し野電車区
11/11/27 02:27:13.85 /XC20NqOi
>>707
川崎市営地下鉄計画がグダグダで白紙になるおそれあるし、小田急が何より
輸送力の無い18m車両導入は嫌がるだろに。東京メトロ、東急もだけど。
東京メトロ30000系日比谷線
東京メトロでは将来の東急の日比谷線乗り入れ中止、更に東武側でも
日比谷線規格の18m車両が嫌われつつあるのに焦りを感じ。
将来の日比谷線03系置き換え用車両に日比谷線規格改良工事を
特定鉄道整備法で20m車両7連~20m車両8連を導入すべきか。
あるいは東武、東急との直通運転中止かの瀬戸際にたっていた。
その時日比谷線に手を差し伸べたのが、京成グループ、都営浅草線、京浜急行の
グループの直通運転第二ルートに日比谷線を組み込む計画だった。
計画では新京成松戸~日比谷線北千住まで直通新線を建設、同時に京成金町線も乗り入れ
日比谷線中目黒から東急多摩川線に乗り入れるために新線建設、多摩川線終点から
京浜急行電鉄空港線に四線ゲージかフリーゲージトレイン、日比谷線、多摩川線改軌で乗り入れ
計画が発表された。
東京メトロではこの計画で日比谷線置き換え用車両
30000系8両編成を改軌かフリーゲージトレイン改造準備が
施されている。
715:名無し野電車区
11/11/27 10:58:21.16 SIHLvrbN0
モハE653/E652-100
E653系「フレッシュひたち」の付属編成にに組み込まれる中間電動車。
付属編成のみでの運用を考慮し、モハE653形に喫煙スペース(現在は全面禁煙となったためフリースペース)、
モハE652形に身障者対応設備を設けた。
716:名無し野電車区
11/11/29 16:11:58.34 Bt04Cr8I0
キハ85系3000番台
JR東海が製造したキハ85系ベースのジョイフルトレインで「ユーロライナーII」という愛称がある。
車体はキハ85系ベースのステンレス車体であるが、内装が大幅に変更されている。
717:名無し野電車区
11/11/29 18:56:44.70 48G8x2tA0
JR西日本 205系1500番台
余剰となった205系0番台を、編成短縮化の上で、紀勢線に投入する
クハ+モハ+クモハ(モハ改造)になる
クモハにトイレを設置する
718:名無し野電車区
11/11/29 23:36:26.76 bVYQN3wS0
JR北海道 サハ711 モハ712
平成4年、新千歳空港駅開業に伴い、指定席「Uシート」つきの快速列車を設定した際に
721系の大量増備を行い投入する計画であったが、同時に千歳線内の線路容量が増大し
711系主体の普通列車がダイヤのネックになることが判明した。
そこで、JR北海道は711系のリニューアルを行い空港快速に投入し、高加減速性能の
721系を普通列車に投入し、ダイヤの均一化を図る方針に転換した結果投入されたのが
本形式である。
711系100番台を2本繋げ、中間となるクハ2両をサハ711とモハ712に置き換え、余った
クハ2両にサハ711とモハ712を繋げた、6連貫通の2種類の編成に組み換えをおこなった。
サハ711:3ドア転換クロスシート車で、新千歳空港方にドア付きの車掌室を装備している。
721系のUシート車と全く同じ車輛であるが、併結する車輛の形式に合わせている。
モハ712:モハ721と全く同じ車輛であるが、併結する形式に合わせるとともに、加速性能などを
711系に合わせるための読みかえ装置を搭載している。
先頭車のみ711系の通称「N編成」は、動力車が721系と同じ性能であるため、721系のスジに
乗れるが、クハ711の最高速度の関係で711系ダイヤで運行される限定運用となっている。
快速エアポートは周知の通り好評を博し、JR北海道の看板列車となり活躍することとなったが
711系そのものの車輛寿命から、平成15年にはモハ711を廃車とし代わりにモハ712に換装され
全編成が「N編成」となり、その後785系使用の快速エアポート投入に合わせて最高速度の引き上げの
ために、先頭車のクハ711がクハ721とクモハ721に置き換えられ、全編成が721系に編入され
形式消滅した。
719:名無しさん
11/12/01 21:08:24.64 wPisu3sN0
阪急電鉄の地下鉄乗り入れ用車両5300系を界磁添加励磁制御(回生ブレーキ付き)に改造。
720:名無し野電車区
11/12/01 22:33:06.37 BaOSbre+0
キロ28形3000番台
国鉄でキロ58を1エンジン化改造したもの。
エンジンを1基取り外し、4VKを設置した。
T台車はDT22Tである。
屋根上に水タンクがあるのが特徴。
721:名無し野電車区
11/12/01 23:43:44.22 yuEWnm5J0
国鉄 北海道総局 キサハネ25
昭和47年、小樽~帯広間の寝台付き夜行普通列車(のちの からまつ)の体質改善と
車輛運用の効率化(急行狩勝との共通運用化)のために気動車化された際に、乗客の要望に
答える形で製造された、気動車用寝台車
当時最新鋭のオハネ14と同じ外見であるが、普通列車用であることなどを考慮し、乗務員室を
廃止し、そのぶん寝台区画を増やすとともに、便所を1か所、洗面所を2か所にしてちょうど1区画
6名分の寝台定員の増強を図っている。
塗装は急行用気動車と同じ、クリーム色に窓周りが赤となっている。
全部で3両が生産され、好評を博したが、からまつ自体の廃止に伴い運用離脱し昭和60年に保留車のまま
廃車となった。
722:名無し野電車区
11/12/03 01:30:01.96 tfuBMbPq0
東京都電9000形量産仕様
「6500,7500はそれぞれ前後の6000,7000,8000の中間デザインだったのだから8500が8000と9000の中間デザインにならないとおかしい」
と言う某鉄道ライターの意見を受けてデザインを変更して量産したもの。
8800を極端に丸みを帯びさせたデザインになっており、並べると(8000+9000)/2=8500といえなくもないデザインになっている。
723:名無し野電車区
11/12/03 13:16:22.83 iD21cHOe0
鉄道省 スハフ38
昭和18年、戦局の悪化から優等車輛、特に展望車などはぜいたくだとして通勤輸送用の3等車に
改造されることとなり、公式図面まで用意される事態となっていた。
ときの大阪局管内には「つばめ」で使用していたスイテ38があり、この改造の該当となっていたが
歴史的車輛であるこの展望車をなんとか温存したいという思いがあり、なかなか改造しないでいたが
さすがにそろそろ・・・ということになり、ある奇策にうって出た結果が、同形式であった。
「中央の作った図面は生ぬるいっ!資材欠乏のおりに展望デッキを密閉してドアを付けるなど言語道断!」
といい、展望デッキはそのままの形で残された。
「短距離通勤に窓など不要!兵隊さんたちは外地で風雨に耐えているのです!」といって窓ガラスは全部撤去し
倉庫の奥深くに仕舞われた。そして、窓は全部木製のよろい窓をはめこみ、換気ができるようにした。
「便所など短距離通勤には不要!」といって、便所は閉鎖された。
「短距離通勤に椅子など贅沢だ!」といって、車内のソファを撤去したあとはそのままがらんどうの状態にし、車内装飾や
じゅうたんはすべて撤去し、車内灯のグローブも当然のことながら撤去した。
こうして、原形を保ち貴重な資材や部品を別保管にし、戦争末期まで近郊通勤列車に連結して運行されたが、「よく故障して」
しまうので、実は実際に走行したのは月に1回程度であった・・・
戦争が終わり、進駐軍が優等車輛を専用列車用として漁る時期が過ぎ、そろそろ日本人用の特急列車を・・・となってきた昭和23年に
倉庫の奥から取り外した資材などを取り出し、復旧工事が行われた。
一部、ソファなどが戦後の混乱で紛失してしまっていた以外は、良好な状態で残っており、当時物不足で展望室用の大型窓が手に
入らない時代であっても、ただちに復旧できた。
また、月1回程度走行させ、要部への注油などをこまめにしていたので固着などもなく走行装置も完璧に保たれており
いつでも長距離高速運転が可能な状態でもあった。
そして、便所を閉鎖していたおかげで、しんちゅう製の蛇口も盗難に合わないで戦前の豪華なデザインそのままであった。
戦後復興のシンボルとなった特急「へいわ」1番列車の最後部に、誇らしげに連結された。
724:名無し野電車区
11/12/03 16:24:55.55 fD5OOjAj0
JR西日本 16系客車
JR西日本はトワイライト用客車の老朽化とともに、イ
ベント用客車の老朽化にも悩まされていた。そして、つ
いに少数ながら新造を決定した。
スハフ16 1~3 自車込み6両給電の電源装置搭載緩急車。車内は転換クロスで、側見付は4枚ユニットの連続窓。
オハ16 1~12 中間車。車内構成は同じく転換クロス。
オハフ17 1~3 電源装置を持たない緩急車。
上記の基本番台以外に、外装をレトロ風にした20番台がやまぐち号用に6連2本。
きたぐに置き換え用及び、日本海格下げ用に寝台車を構成に含めた100番台がそれぞれ製造された。
オロ16-100 きたぐに組込用のグリーン車。独立3列シートを採用
スハネ16-100 3段寝台を採用のB寝台車。
オロネ16-100 2段寝台を採用のA寝台車。
車両置き換えに伴い日本海は急行化され値下げ。このため、多客時には最盛期の混雑が復活し、日本海51-52号が
設定されるようになった。また、寝台料金も独自に値下げされている。
725:anorak?
11/12/03 18:14:28.93 BTTyS1kV0
>>490に続く平行世界もの
◎国鉄003系電車
1980年― 標準軌 第三軌条
○高度経済成長期からバブル崩壊まで大阪都市圏の通勤事情は年々悪化し大阪市営地下鉄の市外への延伸と
既存路線への直通を望む世論が益々強まったが、大阪市は、万博の1970年までに市営モンロー主義に依拠し
地下鉄を濫造して財政を悪化させたので、対応困難。
そこで、四つ橋線の堺市延伸は、通勤五方面作戦で実績ある国鉄が代わって担う事になった。
それは、四つ橋線住之江公園駅から堺市内へ南海の堺駅と堺東駅を順に経由し阪和線堺市駅に至り
そこから阪和線の複々線として鳳まで至る新線で以て阪和線の混雑緩和用バイパスを実現し、
また阪和貨物線を杉本町から阪和線に沿って堺市駅に延伸し先の新線と接続させ堺泉北港への貨物輸送にも使う。
よって、当新線は、標準軌第三軌条の四つ橋線直通電車と、狭軌架線の国鉄標準列車共用の為、三線軌条であり、
建築限界は両対応、勾配は貨物列車に対応して緩く、複線、区間大半は地下線。
以上の四つ橋線直通用にと003系が新造された。
本形式の車両形式称号は、標準軌と第三軌条という異種規格なので三桁目を0に。
車両の意匠について、大阪市交の同時期の新車10系に比べて製造費低減を打ち出したものとなり、それは、車体は鋼製だが
同時期の117/185系と同じ40年使用前提の長寿命設計、制御装置は既存の201系や後の203系採用の電機子チョッパではなく、
国鉄としては異例の量産車に界磁チョッパを本格採用、コイルバネ台車、車内床置型冷房などであり、
その他の仕様は、寸法は車長19m弱等の大阪市交第三軌条規格、全電動車台車に集電靴、先頭前面は後の105系新造車等にも
多く踏襲されるバンダ目、戸袋窓無しの両開き四扉など。
車種は、クハ003/002(Tc/T'c)、モハ003/002(M/M')の四種。
1981年、新線は堺線として開業し、003系は4M2Tの六両編成で西梅田~鳳の四つ橋線直通列車に就役開始。
当路線は三線軌条の上に第三軌条と架線併設で地下鉄と貨物が共存する趣味的に超面白い存在。
87年に本形式と当路線はJR西日本に承継。
JR西が株式上場後コストカットと駅ナカ商売に注力してから、異種規格で保守コストが高く、自社の重要ターミナル
直行しない当路線と本形式は冷遇される様になって近年ガムテープで補修が目立つ。
726:名無し野電車区
11/12/03 23:33:44.42 iD21cHOe0
JR貨物 EF510-1000
埼玉東部を走る埼玉高速鉄道とJR東日本、そしてJR貨物の思惑が一致し、池袋~赤羽~川口元郷間と
浦和美園~岩槻~蓮田間に新線を建設し、東北本線のバイパス区間が完成した。
池袋~赤羽~川口元郷~東川口間が地下区間となるため、AA基準とATO運転対応のために製造された
機関車である。
山手貨物線から分岐し、池袋駅手前から地下に入り、そのままちょうど埼京線の真下を赤羽まで走り、そこから
埼玉高速鉄道区間に入る。川口元郷で既存の路線に合流し、東川口から地上に出て浦和美園から先の地上区間を
東北自動車道に沿った形で岩槻を経由し蓮田駅手前で東北本線に合流する運行形態をとっている。
特記すべきは、浦和美園から蓮田間はJR貨物の路線であることであろう。
駅員はすべてJR貨物の社員であるが、運行はJR東日本、埼玉高速鉄道、東京メトロそして東急という、非常に珍しい
形態なため、マニアだけでなく一般にも広く知られていることは周知のことであろう。
727:名無し野電車区
11/12/04 14:43:09.43 9XJSafxW0
415系2500番台
JR九州が製造した415系。
基本的には1500番台と変わらないが、JR東日本車との番号重複を回避するため2500番台となった。
前面にJRマークがあるのが特徴。
1989年に811系が登場したため5編成しか製造されなかった。
728:名無し野電車区
11/12/04 19:42:47.77 OrX7rRUJ0
>>723
野暮なツッコミだけど、戦前の燕に使われていた展望車はスイテ47もしくはスイテ48。
729:名無し野電車区
11/12/04 20:38:11.76 jj0hpHHj0
581/583系改造車「踊り子」
余剰となっていた581/583系を主に伊豆方面へのお座敷列車として改造したもの。
寝台設備をすべて撤去し、全座席車となった。
客室内は大柄な車体を活かしたハイデッカー構造、大型窓として眺望を楽しむことができる。
また、下り方先頭車をグリーン車(1+2列)としたほか、サシ581形をビュッフェに改造して連結している。
730:炬燵熊猫@さいたま
11/12/04 20:41:46.28 mm0QGj650
キハE257系 キハE257+キハE256
JR東日本が所有する、小海線直通用ディーゼル特急車両である。
電車特急E257系と連結して電化区間を走行するため、協調運転装置と500ps級のディーゼル機関を搭載する。
キハE257(1号車) クハE257と同等の貫通路を持つ片運転台車両で、松本寄りにトイレと洗面所を持つ。定員52名
キハE256(2号車) クハE257と同等の貫通路を持つ片運転台車両で、定員は64名
いずれも普通車のみ。
外観は、E257系特急電車とそろえてあるが、小海線内の低いホームに対応するため、客用扉にはステップがある。
731:名無し野電車区
11/12/04 22:21:26.06 Z3oVg+VAO
東武鉄道1770系
1720系DRCの改良型で、昭和49年に6両編成5本が作られた。
製造の時節柄車体の基本構造は当時京成が製造していたスカイライナー(AE形)
となったが、制御系は界磁チョッパではなく、日光線の急勾配などを考慮して
6000系を基本とした抵抗制御式である。
台車 CP MGなどを6000系と共通化することで合理化を図った。
不定期の臨時特急などに用いるため、車内販売準備室はあるものの、
1720系にあるビュッフェは始めから設けていない。
前面の愛称板も幕式となっている。
当初は本線に2本以外は土休日の臨時特急用として東上線に配備される
予定だったが、東上線の特急需要が一般車の8000系などで事足りた関係で、
全て本線配置となった。
100系スペーシアが投入されて1720系が引退後も使われて臨時特急用だけでなく、
1800系が検査時にはりょうもうの代走にも使われていた。
(りょうもうの幕も用意されていた)
その後は修学旅行等の波動用及び日光線の臨時特急用として使われたが
車両更新工事を機に東上線にTJライナーを新設した際にこの車両を
TJライナー専用車に改装されることになった。
6両編成5本からクハ1770形等の中間化改造やモハの電装解除化等により10両編成
3本に更新 組成し直されて本線から東上線へ移籍した。形式も370系に変更された。
元特急列車使用のTJライナーが好評であったために、東武はさらに小泉線などに
使われる予定だった1800系と300系も8両編成に組成して2本投入している。
(この改造により300系は1800系に復元する関係で形式消滅)
しかし1800系改造車の老朽化が否めず、8両編成と言う中途半端さも嫌がれて
50070系が投入されると真っ先に廃車された。
370系も昼間の間合い運用や送り込む際の急行などの運用が出来ない点で
かえって運用難を招いてやはり50070系投入で2012年に引退する予定である。
引退は2012年末とし、370系で行く東武ファンフェスタ号と銘打って
片道のみで川越市~寄居~秩父鉄道線~羽生~東武動物公園~南栗橋の行路で
引退運転が行われた。
なお編成は6両と短縮され、保安装置がない秩父鉄道線内は東上線車両の
入場用牽引車の8500-8600は使わずに秩父鉄道のデキ202型で牽引した。
732:名無し野電車区
11/12/04 23:10:36.82 3Zi2F1ZP0
JR西日本 521系1000番台
2012年3月投入予定の521系の4次車であるが
機器類は521系0番台と共通ながら、車体のみ225系と同一の前面強化タイプとなっている
機器類が521系0番台と共通なのは金沢以東の三セク後に譲渡を見越してコストを削減するためである
このため新形式の523系とはせず521系の番台で区分される
2011年度は10編成20両投入予定(全車金サワ所属)
733:名無し野電車区
11/12/05 01:40:10.23 9Nv35w2w0
>>732
今年度4次車の増備は現実にあるらしいから、これは架空というより予想じゃん
ただ三セク譲渡を考慮してコスト削減なら3次車と同じ顔で出場してくる可能性の方が高いね
三セクを受け入れる各自治体が強化ボディじゃないと譲渡は受け入れないと言っているのなら話は別だが・・・
734:名無し野電車区
11/12/05 06:44:58.47 bZXh7f2d0
>>731
妄想に突っ込んじゃいけないのは解るけど、当時既に1720系に本物の1771Fがあったよ…。
おまけにもし1770系としたところで、3編成作ったらインフレナンバーになるけど…。
俺的には、17100系といきなりインフレしちゃった方がスッキリすると思う(現実の車両と番号もダブらないし)。
735:名無し野電車区
11/12/05 14:31:21.01 rdhvZ9KwO
東武鉄道モハ5750形
5700形の改良型で昭和30年に作られた。
車体がウィンドウシル ヘッダーがなくなった全金属車体となった。
また5700形同様に非貫通運転台のあるモハ5750形+クハ750形のA編成と
貫通式のモハ5780形+クハ780形のB編成があるが、カルダン式は作らなかった。
同年に製造が1700系に移ったためA編成4本とB編成2本の6両編成2本分計12両のみで打ち切られた。
走行系は5700形と同一だが日光線の勾配対応策として回生ブレーキが初めて
取り付けられ、歯車比も多少異なっていたのが特徴。
既に特急から急行へ移行している時期であったことから特急での使用は数年で終わり、
急行用に格下げられた。昭和36年には全貫通式に改造され、さらに昭和40年に
5700形同様にB編成の改番が行われた。
その後は臨時用に使われて5700形引退後も快速「たびじ」や快速急行
「おじか」「だいや」にも使われて回生ブレーキ付きの強みを生かしてなんと
野岩 会津線に入った唯一の57系となったのが記憶に新しい。
しかし末期はパンタグラフが8000系同様の下枠交差式になるなど、美しさは失われていた。
平成5年に引退し、モハ5751+クハ751+モハ5752+クハ752+モハ5754+クハ754以外は解体された。
この6両はしばらく春日部に留置されたが東武希代の特急車両の復活の声が
高かった事から平成10年に廃車になった5000系などの部品を再利用するなどして
奇跡の復活を遂げた。
外観を壊さぬよう家庭用エアコンを利用した冷房も取り付けられて、
臨時用に南栗橋に常駐して懐かしの吊掛けサウンドを轟かせている。
今年の東武ファンフェスタでは船橋から南栗橋まで野田線100周年記念列車を
運転して57系初の野田線に入線して健在ぶりを見せた。
なお昭和58年に5000系の種車になる計画があり、78系でなく57系から
5000系に改造される初のケースになると見られたが改造は見送られている。
なお改造されていた場合は5050系に編入されていた可能性もある。
仮に5050系に編入された場合
5163-5263-5363-5463+5563-5663
(旧5751-751-5752-752+5753-753)
5164-5264-5364-5464+5564-5664
(旧5754-754-5755-755+5756-756)
736:名無し野電車区
11/12/05 23:17:42.35 YYiMrfBn0
JR北海道 キヤ201
2015年、ついにJR北海道は所属する全機関車を廃止又はJR貨物へ譲渡し、機関車を使用する列車はすべて
JR貨物に委託することになった。
その際、運転所内や小規模の牽引機代用として、キハ201をベースに製造したのが、本形式である。
外見はキハ201の両運転台風で、札幌と旭川に2両、苗穂、旭川、釧路、函館に各1両づつ配備された。
一番の特徴は、DE15のラッセルヘッド風のヘッドを連結することにより、ラッセル車代用にすることであろう。
しかしながら、これだけでは重量の関係で空転を起こすため、車内には折りたたみ式の水タンクが設置され
10トンの水を積み込むことにより、除雪可能にしている点である。
冬の宗谷本線で豪快な走りを見せている。
737:名無し野電車区
11/12/06 00:07:51.81 CwW6E9rw0
>>679
211系1000番台は山陽本線の117系の置き換えのためにJR西日本の末期色軍団地域に移っていそう。
>>680
急行型では振り子式にはならなかっただろ。
>>704
後にドアステップと交流機器を取り付け改造(573系?)
738:名無し野電車区
11/12/06 14:33:50.62 biAqsRm+0
>>389>>487>>510>>514>>704
457系2000番台
国鉄が1985年から製造した457系(20m級交直流急行型)の最終形態。
座席が転換クロスシート(シートピッチ910mm)になり台車がDT50/TR235に変更されている。
出入り口はステップ付きで正面は貫通型。台車にはヨータンパが取り付けられている。
739:名無し野電車区
11/12/06 15:10:08.31 biAqsRm+0
>>709
これは463系交流急行型電車。
740:名無し野電車区
11/12/06 22:19:51.61 SA+fNuML0
国鉄 北海道総局 オハ52系
旧型客車の置き換え用に投入された50系51型であったが、増大する札幌圏通勤ラッシュに
2ドアボックスシート車では対応が困難であることが判明したため、50系51型を置き換える目的で
投入された形式
ドア位置を中央寄りに設け、両開きとし、車内は中央部2ボックス以外は全てロングシートとなっている。
酷寒地向けということで、デッキつきである。
のちに721系の登場で、全車JR東日本に譲渡され、仙台近郊で通勤輸送に投入され、701系登場まで
活躍した。
741:名無し野電車区
11/12/06 23:16:43.38 Dwt4hKgG0
738 あぼ~ん
あぼ~ん
739 あぼ~ん
あぼ~ん
742:名無し野電車区
11/12/07 14:28:30.84 7mnS0GUr0
>>741
あぼ~んはこちらのほうだろ。
736 あぼ~ん
あぼ~ん
740 あぼ~ん
あぼ~ん
743:名無し野電車区
11/12/07 14:45:18.14 7mnS0GUr0
>>709
交流急行型電車は車体長が21.3mで、全車両新製冷房車で登場。
ちなみにシートピッチは12系客車やキハ65系気動車と同じ1580mm。
744:名無し野電車区
11/12/08 02:03:14.71 Cv2HKKAH0
サハ204-1000番台
JR西日本がJR東日本に対抗して作った205系1000番台の6ドア車。
外観は基本的には東日本の0番台と変わらないが、ベンチレータが2個しかない。
さらに座席は固定式で収納できず、スタンションポールも設置されていない。
745:名無し野電車区
11/12/09 00:39:24.64 qrusRX6I0
伊予鉄650系
昭和50年に伊予鉄がアルナ工機に発注して製造した初の冷房車。
阪急6000系に準じた車体に600形類似の前面になっている。足回りはWN駆動を採用している。
3両編成2本が導入され、現在も走行している。
746:名無し野電車区
11/12/09 20:12:36.23 IxT03UNhO
東京メトロ 2000系
銀座線の01系を置き換える1000系同様に丸ノ内線に投入される新型車両。
車体や走行系等は1000系に準じているが、前面は500形に準じたものとなり、
塗装は全面赤地白帯にステンレスのサインカーブ入りを継承した。
丸ノ内線もカーブが多いため、操舵式の台車も採用している。
車内も500形の化粧板更新前を踏襲するなど、往年の丸ノ内線を丸々再現した。
丸ノ内線はワンマン運転であるため、それらにも対応する。
02系の置き換えであるが、初期チョッパグループのみが置き換え対象で
増発分を含め11本が中野検車区に配備された。
捻出車両は全てアルゼンチンのブエノスアイレス地下鉄B線へ譲渡される予定。
747:名無し野電車区
11/12/09 20:25:35.94 BEuONznLO
国鉄 スロハフ38
戦後、木造2等車を代替するために、優等車を戦時改造したマハ47形から、スロハ38形と同時に改造したもので、1951・52年に幡生・郡山工場で17両が改造された。
車掌室と手ブレーキ室は3等室側に設け、便所と洗面所は2等室側に設けた。
老朽化した木造ナロ・ナロハに代わって幹線・亜幹線の普通列車で運用されたが、1961年度後半に格下げされ、スハフ38形に改称。1963-67年に廃車されて消滅した。
748:anorak?
11/12/10 11:54:10.93 vr4/+1hf0
>>725に続く平行世界もの
◎東京地下鉄03N系
2006年 井の頭線直通用 ボルスタ付き台車
○2000年、東京圏における鉄軌道整備に関する運輸政策審議会において、地下鉄日比谷線に関して恵比寿から分岐して
京王井の頭線駒場東大前へ至る分岐線の建設、並びに日比谷線と井の頭線との相互直通が答申された。
世間では井の頭線と銀座線との直通を望む声が多いが、規格が違いすぎて無理なので代替として日比谷線との直通に。
東急東横線での日比谷線直通需要は、東京都23区内各地で進められている都市再開発による人の集積地の多様化や
バイパスである目黒線と南北・三田線との直通運転開始及び東横線と副都心線との直通により減少が予想され、
空いた分を井の頭線直通に回せると判断されたのである。
2001年に、日比谷線の虎ノ門駅設置及び恵比寿駅の分岐駅化改造及び井の頭線接続の為の日比谷線分岐線工事、並びに
井の頭線改良工事―直通列車停車駅のホーム延伸(18m車×八両)や信号システム改良や建築限界修正など―が施工開始。
2007年、東京メトロ日比谷線と京王井の頭線との相互直通運転が開始。
井の頭線直通区間は駒場東大・吉祥寺間で、列車種別は快速。
これに備え、東京地下鉄は03系を増備した。
これは8次車となるが、1994年度の7次車から約十年以上経ち、意匠の変更と共に後述の最新の技術を採用した為、
従来の03系とは異質な存在となり、03N系とも呼ばれる。
基本仕様は、日比谷線固有の車体寸法と三扉以外は、05系13次車に準じ、例えば先頭形状は05N系、車体は日立製作所の
A-trainの構体を採用し、また03N系登場直後の10000系の設計思想も共用し、ボルスタレス台車を採用せず、
代わってボルスタ構造のモノリンク式台車に。ボルスタレスからボルスタ在りへの台車の変更に関しては
2000年に起きた日比谷線中目黒脱線衝突事故の教訓だと言われている。4M4Tの八両編成。
2006年度に就役開始し、現在、専ら井の頭線直通運用に充当されている。
749:名無し野電車区
11/12/10 12:01:41.57 n+hjlHF70
JR西日本 225系900番台
ラッシュ時の混雑が激しいところに3ドア・ロングシート車を走らせても問題ないかを確認するために登場
編成は、8連 2本製造される(内1本はワイドドア車)
基本的に225系5000番台や0番台に準ずる性能になっている
最初に大阪環状線に投入される
225系1000番台
大和路線や、阪和線に残る103系を置き換えるために登場
編成は4連と6連
3ドアロングシートとなる
750:名無し野電車区
11/12/10 12:04:19.52 n+hjlHF70
JR西日本 321系900番台
京都線・神戸線・宝塚線・東西線等にワイドドア車を投入したらどうなるかを実験する
ついでに205系も置き換えるため4本登場
編成は7両編成
ドア位置は、変わらず 北新地のホームドアに対応した幅になる
751:名無し野電車区
11/12/10 15:43:18.14 n+hjlHF70
各社 モンハンラッピング車
モンスターハンターのラッピングを行う
行う車両の例
JR西日本 201系
JR東日本 E231系
名鉄2000系
大阪市交通局新20系
東武100系
等
752:anorak?
11/12/10 17:06:37.69 vr4/+1hf0
>>349 >>351 >>748に続く平行世界もの
◎国鉄425系交直流近郊形電車
1986年 クモハ425(Mc) クハ424(T'ac)
○1970年代後半、福知山線と伯備線と共に山陰本線の福知山・知井宮(現・西出雲)区間の電化が計画された。
豊岡・鳥取区間は海岸沿いで線形が悪く電化に難しい狭小トンネルが多く存在し、余部鉄橋などで強風による運行障害が
目立つので、従来線とは別に内陸側に湯村温泉等を経由する線形の良い電化新線を建設し、その開業後は、
長崎本線の喜々津・浦上区間や予讃線と内子線の関係の様に新線と旧線が両立する、
一種の在来線の高速バイパス線のモデルケースとした。
バイパスなので当新線の設置駅は湯村温泉等少なく駅間距離が長く、長大トンネルが連続する単線。
福知山・城崎間と伯耆大山・知井宮間は直流電化だが、費用対効果の関係上、城崎・鳥取間の旧線は非電化のまま、
豊岡・鳥取間の新線と鳥取・伯耆大山間は当時の技術では敷設と維持費が安く済む交流20KV60Hzとなった。
1986年11月の国鉄最後の全国ダイヤ改正で先述の新線開業も含む当電化計画が完成した。
新大阪・豊岡・鳥取・米子・出雲市区間の485系電車特急が運行開始。
以上の山陰線交流区間のローカル用にと同年に新造投入されたのが、425系である。
本形式は、破綻寸前で分割民営化される国鉄の台所事情を反映した仕様となり、同時期登場の各車両交雑の交直流車
と言うべき存在である。
車体は、117系100番台と同様の防錆強化の鋼製、先頭形状と車体断面が121系と同じで裾絞りのない箱形、117・213系と
類似の両開き二扉の側面、乗降扉は低いホーム対応のステップ付き、腐食防止の為戸袋窓無し、二段窓。
走行系は、抵抗制御で勾配抑速ブレーキ、1M方式を採用するがMcに全て集約出来ず、781系の様にT'acにパンタグラフと
共に主変圧器や主整流器など交流区間の走行に必要な機器を集約設置したMTユニット方式を採用し、McT'acが基本編成。
台車は、積雪地域なので安いが積雪時に乗り心地が悪化するコイルバネではなくボルスタレス。
接客設備は、417系と同じ固定セミクロスシート、半自動ドア、T'acにトイレ。
豊岡・鳥取・伯耆大山の交流区間を含む福知山・知井宮区間のローカル運用に就役。
1987年春にJR西日本に承継され、後年、ワンマン運転改造され、現役。
753:名無し野電車区
11/12/11 16:57:53.57 o2NzGHTH0
JR西日本 321系1000番台
大阪環状線に残っている103系と201系(一部)を置き換えるために登場
ドアがワイドドア車となっている
パンタグラフは、シングルアームパンタとなっている
1パンタだが、2パンタ用に台座がある
環状線に合わした8両編成で登場
方向幕は、関空・紀州路快速にも対応したものも含まれている
754:名無し野電車区
11/12/11 19:52:37.76 RE2H1+SD0
サロ185形500番台
国鉄末期に投入された特急「踊り子」用のグリーン車。
キロ182形500番台をベースとしたハイデッカー車である。
基本編成に1両ずつ組みこまれた。
755:名無し野電車区
11/12/12 01:02:59.07 bAN3/XN90
伊豆急行9000系
JR東日本の東北縦貫線開業に伴い、関連各線のダイヤは大幅に変更になったが、
ダイヤ混乱の際のリスクを軽減するほか、先日の大震災以来、節電の要請が強かったこともあって、
北関東方面は、籠原・小金井・土浦でそれぞれ一部乗り換えとなり、それ以遠はローカル用車両が
充当される体制に変更された。
東海道線でも、これに準じたダイヤ体制が検討されたが、東海道線西部よりつながるローカル区間は、
ご存知のとおり東海エリアであるため、ダイヤ調整や乗務員研修などの手間をJR東海が渋る状況であった。
東海道線の付属編成で西部の折返し運転をするのも、それだけではダイヤの都合上難しかった。
そこで、御殿場線や熱海以西は東日本からの片乗り入れとし、小田原折り返しに関しては、
伊豆急および親会社の東急に打診の上、伊豆急車の一部を小田原まで乗り入れることとし、
そこで不足する分を編成短縮で余剰となった9000系中間車を先頭車化の上譲渡した。
(当初は8500系が譲渡される予定であったが、インドネシアからの強いオファーにより、同国への譲渡と
なったため、代わりに9000系が充当された)
改造内容は、先頭車化は伊賀鉄道向け1000系、その他アコモ改良は8000系に準じているが、
8000系と併結できるよう、読み替え装置が設置された。
756:名無し野電車区
11/12/13 05:54:56.00 dCB0nxc6O
国鉄EF19型電気機関車
信越線の横川~軽井沢の碓氷峠用に投入されたアプト式初のF型機で、
昭和28年に作られた最後のアプト式機となった。
基本的にはEF15型を少し小さくした形でデッキは設けていない。
初めて搭載された電磁式吸着ブレーキ等は後にEF63型がベールを脱ぐ際にフィードバックされた。
既に粘着式へ移行する時期に設計されていたため、ED41型の取り替え等による
10両で製造は打ち切られた。
旅客用(電車や気動車も含む)の使用を考えていない貨物列車専用機として使われた。
基本的連結方法はEF19型のみの場合は前本務機に後補機2両の3重連
ED42型と併用する場合は前本務機がED42で後補機2両EF19型が2両の3重連で牽引した。
ED42型の1.5倍の重量の貨物列車の牽引が可能だったが、既に粘着式へ
移行する時期にあたったためにED42型と同重量レベルに抑えられて最後まで
能力を発揮出来なかった。
EF19型を1.4m延長して蒸気暖房を取り付けた旅客牽引用のEF59型も計画されたが
既に粘着式が具体化され始めていた時期にあたったために計画のみで終わった。
(EF59は後にセノハチ用として活かされることになる)
横軽が粘着式となった後の昭和46年までに3両を残して廃車された。
残った3両は1号機は大宮工場にモスボール 5号機が横川おぎのやのドライブインに静態保存され、
7号機は高崎に保存されていた。
碓氷峠鉄道文化むら開館時に5号機が屋外展示されることになり、高崎にあった
7号機がおぎのやドライブインに移っている。
1号機は鉄道博物館開館時に展示用となっている。
なお碓氷峠鉄道文化むらのアプト式のモニュメントには6号機のピニオン部を
ラックレールに噛み合わせた形で展示されている。
757:名無し野電車区
11/12/13 09:30:12.05 9nsa/Dpk0
>>753
3扉でワイドドアだったらホームドア対策で導入してもよいと思われる。
但しその場合は225系になる。