12/03/17 11:56:33.59 pvV9RAfs0
流れをぶった切るけど
爺さんの法事の準備に墓掃除に行ってきたんだが、いろいろ興味深かった
まず、墓石で確認できたいちばん古い享年が文久なんだ
つまり、その頃に家を起てたか、墓石を使い始めたか、大改葬があったかだな
次に、明治十年代から年表記が漢数字になってる。それまでは干支だ
いわゆる文明開化の影響かな?干支を使うとわかりにくい、あるいは古くさいってなったのかも
最後に、明治末年を境に墓石の数が激減してた
これはどうも、その頃から分家の自立が流行りはじめたんじゃないだろうか
夫婦墓が多かったんだけど、明治年間のはどう考えても一家の世代数以上の数があったんだ
意識の問題だけじゃなくて、経済力が上がって一家として墓を建てられるようになったのかもしれない
もうすぐお彼岸だし、おまえらもご先祖の供養のついでにちょっと墓石を観察してみてはどうだろうか
過去帳まで使わなくてもちょっとした地方史めぐりができるぞ
オカルト関係なくてすまん