【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】at OCCULT
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】 - 暇つぶし2ch850:巨人の研究後編コピペ6
12/02/24 12:32:02.21 AVSsPknX0
師匠は「いいよ、いいよ。会わせてくれるだけも本当にありがたいことでございます」と卑屈にお追従し、ますます野村さんの溜め息が大きくなる。
「ここ」
廊下を歩き続け、立ち止まったのは四人部屋の前だった。前二つのベッドは空いているのが見えた。
「待っていなさい」と先に野村さんが部屋に入り、奥のベッドにいる誰かと話をしているようだった。衝立でよく見えない。
やがて戻って来て、ゆっくりとした口調で言う。
「いい? 余計なことは絶対に言わないこと。何が余計かは、判断できるでしょうね」
「大丈夫。信用して。でもわたしはどんな立場って設定?」
「医学部の学生が、実習の一環で入院している患者一人一人とお話をしに来たってことにしてる」
「ありがとう」

851:巨人の研究後編コピペ7
12/02/24 12:33:37.49 AVSsPknX0
師匠が目で合図したので僕も一緒に病室に入る。薬品の香りが入り混じった、甘ったるい廊下の匂いともまた少し違う、何と言うか独特の匂いがする。
野村さんは外で待っているようだ。
衝立の向こうにはベッドが二つあった。片方は布団がめくれており、住人は不在のようだったが、もう片方には小学校高学年か、あるいは中学一年生くらいの坊主頭の男の子が興味津々という顔でベッドの上に上半身を起こしていた。
「こんにちは」
師匠が愛想よく首を傾けると、小さな声で「こんにちは」と返事があった。
循環器科ということは心臓でも悪いのだろうか。痩せてはいたが血色は良く、重い病気のようには見えなかった。
ベッドのそばにあった丸イスに腰掛けると、師匠は男の子に「いつごろから入院しているの? 退屈?」と親しげに話しかける。
男の子は「退屈」と言って、はにかんだ。

852:巨人の研究後編コピペ8
12/02/24 12:37:46.83 AVSsPknX0
それからしばらく入院中のことや好きな漫画のことなどを話題にして話が弾んでいたが、やがて師匠から「ここ、夜はお化けとか出るんじゃない?」という何気ない一言が零れ落ちた。
隣のイスに座り、ただ二人のやりとりを聞いているだけだった僕も、師匠が本題に切り込んで行ったことが分かって緊張する。
男の子は何か重大な隠し事をこっそり告げるというような仕草で師匠の耳元に口を寄せた。
「出るよ」
「え? ほんとに?」
わざとらしく驚いて見せている。男の子は頷きながら、入院してからこれまでに見た幽霊の話を始めた。
どの話も妙な臨場感があり、夜に聞いていれば相当怖かっただろうと思える内容だったが、僕が期待したようなキーワードが全く含まれていなかった。
小人に関する話が一つもなかったのだ。
師匠も一切水を向けることもなく、ただひたすら男の子の話に怖がって見せているだけだった。一体どうするつもりなのだろうと思って、やきもきしながらも口を挟めないでいると、師匠はふいに持参した荷物をあさり始めた。

853:巨人の研究後編コピペ9
12/02/24 12:44:30.69 AVSsPknX0
そしてさっき買っていた缶ジュースを取り出す。そう言えばまだ飲んでいなかった。もう温くなっているんじゃないだろうか。
師匠はベッドの男の子からは見えない角度で缶ジュースを持ったまま、「ちょっとクイズをするけど、受けて立つ?」と訊いた。
男の子はうんいいよ、と頷く。
「じゃあ目を閉じて。今から渡すものがなんなのか当てられたらキミの勝ちだよ」
「分かった」
素直に目を閉じる。師匠は男の子の右手を取り、缶ジュースを握らせる。ほっそりした手に三百五十ミリリットルの缶はやけに大きく見えた。
「あれ~。これなんだろう」
男の子は目を閉じたまま首をかしげている。
師匠はもう笑っていない。真剣な表情で缶を見つめている。
「う~ん」と唸って考え込んだ男の子に、師匠は一言ささやいた。
「ヒントは、かん、ナントカ」
それを聞いた瞬間、男の子の顔が綻んだ。

854:巨人の研究後編コピペ10
12/02/24 12:45:51.41 AVSsPknX0
「分かった」
そしてその口から出た答えは、僕の予想していたものとは違った。
思わず「え?」と言いそうになって、慌てて口を塞ぐ。しかし師匠は「せいか~い」と言って笑顔を作ると男の子の手から缶ジュースを素早く抜き取り、後ろ手に隠す。
男の子は目を開け、「あれ?」と言ってキョロキョロしている。師匠のジェチャーに気づいた僕はこっそりとその手から缶ジュースを受け取り、荷物の中に隠す。何故か分からないが、もう男の子に見せたくないらしい。
それは、彼がクイズの答えを間違えたことと無関係ではないだろう。
「ご褒美はこれだ。えいっ」
師匠は誤魔化すように素早く男の子のほっぺたにキスをした。
「じゃあ、もうわたしたちは行かなきゃ」
目を白黒させている男の子を置いて僕らは慌しく病室を出て行く。
廊下では野村さんが腕組みをして待っていた。
「なにか変なことしてなかったでしょうね」
「してないしてない。してないよ、な?」
「ええ。まあ」
「とにかく、本当に余計なことは言わないでよ」

855:巨人の研究後編コピペ11
12/02/24 12:52:35.66 AVSsPknX0
野村さんは何度目かの釘を刺すと、さらに廊下の奥へ歩き始めた。僕は後ろをついて行きながら、さっきの不思議なやりとりのことを考える。その横で、師匠は視線を尖らせながら前を見据えている。
「ここよ」
病室の前に到着し、また野村さんが一人で先に入る。すぐに出てきて、「さっきと同じで医学部生ってことにしてるけど、本当に……」と言い掛けた所に、「余計なことは言いません」と師匠が言葉を繋ぐ。そして待ちきれないと言うように病室の中へ消えて行く。
僕もすぐに後を追う。
今度も四人部屋だったが、手前の二つのベッドには老人がそれぞれ布団を被って寝ていた。その奥にはやはり衝立があり、回り込むと、女の子がちょうどベッドから身体を起こすところだった。
「あ、寝ててもいいよ」
師匠が慌てて手を振ると、「大丈夫です」と静かな声が返って来た。
向かいのベッドは空だった。今度は住人がいるような気配はない。僕の視線に気がついたのか、女の子は「隣の人、昨日退院しちゃった」と言って笑った。
さっきの男の子よりは少し年上だろうか。やはり痩せていて顔や服の袖から出ている手がやけに白い。

856:巨人の研究後編コピペ12
12/02/24 12:54:46.93 AVSsPknX0
「どんな人だったの?」
丸イスを引き寄せながら師匠が口を開いた。
「う~ん。お母さんくらいの年の人」
「そうなんだ」
そんな会話から始まり、また当たり障りのないやりとりがしばらく続いた。僕はすべて師匠に任せきって、邪魔にならない程度に相槌だけを打っている。
「病院って、お化けが出るっていう人いるけど、どうなのかな」
「あ、私見たよ」
さっきの再現のように女の子が体験談を語る。しかしさっきの男の子と同じ話は一つもなかった。
横で聞いているだけの僕には師匠が何を考えているのか分からなかった。
「ちょっとクイズを出すけど、いい?」
「いいですけど」
「今から渡すものが何なのか、目を閉じたまま当ててみてね」
それを聞いた女の子は少し緊張したような顔をする。何かの検査だと思ったのだろうか。
それでも「どうぞ」と言って目を閉じたので師匠は荷物からまた缶ジュースを取り出した。
女の子の右手を誘導して、それを握らせる。

857:巨人の研究後編コピペ13
12/02/24 12:56:16.11 AVSsPknX0
「どう? 何か分かる?」
缶ジュースを右手で握ったまま女の子は考え込む。分かりそうなものなのに、どうしてだろう。
「ヒントは、かん、ナントカ、だよ」
師匠はささやく。さっきと同じ言葉。これでもう分かるはずだ。
分かるはずなのに。
女の子は恐る恐るという様子で、目を閉じたままぽつりと言った。
「かんでんち」
それを聞いた瞬間、鳥肌が立った。
頭が事態を理解する前に、直感が告げたのだ。
乾電池。
さっきの男の子と同じ答え。偶然じゃない。絶対に。
分かった。分かってしまった。一体何が分かったのか、その頭の中の嵐が形になる前に師匠が言った。
「正解だよ。じゃあ今度は目を閉じたまま耳を塞いでみて」
そっと缶ジュースを右手から抜き取る。
そして言われるがままに両手で耳を塞いだ女の子から視線を逸らし、師匠は僕の顔を見る。その瞳が爛々と輝いている。

858:巨人の研究後編コピペ13
12/02/24 13:00:56.59 AVSsPknX0
「これが最近になって急に現れた、精神科にかかる人が訴える奇妙な症状。触覚の異常により、物の大きさを誤認するという事例。目を開けている時には感じない。
つまり視覚により補正される時や、あるいは事前にそれが何なのか認知している時には現れないが、それらを遮断されるとたちまちに現れる不可思議な現象。
小さい。小さい。小さい。何もかもが、実際の大きさよりも小さく感じられてしまう。
缶ジュースを握っているのに、それが乾電池に思えてしまうくらいに」
僕の目を見つめたまま、師匠はささやく。
「わたしは巨人を六つに分類したな。
 第一の分類は『伝説上の巨人』
 第二の分類は『巨人症による巨人』
 第三の分類は『UMAとしての巨人』
 第四の分類は『人類の縁戚としての巨人』
 第五の分類は『妖怪としての巨人』
 第六の分類は『フィクションとしての巨人』
 …………」
言葉を切って、師匠は手のひらで恭しく女の子を指し示す。
「彼女たちこそが、そのどれにも当てはまらない、第七の巨人」
僕は師匠の言葉のそのわずかな隙間の中で息を飲む。


859:巨人の研究後編コピペ15
12/02/24 13:03:33.59 AVSsPknX0
「Giant sensory syndrome, 巨人感覚症候群の発症者だよ」

女の子は目を閉じて耳を塞いでいる。
師匠は彼女に視線を向けもせずに僕を試すように見ている。
巨人感覚症候群…… ジャイアント・センサリー・シンドロームだって?
「ちなみにわたしがつけた名前だ。捻りがないところが気に入っている」
満足げにそう言った時、足音が聞こえて振り向くと野村さんが病室に入って来た。
「なにをしているの」
声が不審げだ。
女の子に耳を塞がせているのは、はたから見るとやり過ぎだったかも知れない。
「いや、もう終わったよ」
師匠は慌てたように立ち上がった。何ごとかと女の子も目を開ける。
「ごめんね、急に用事が出来ちゃって。もう行かなきゃ」
師匠は手を振ると、ベッドに背を向けた。僕も急いで後に続く。
「待ちなさい」
追いすがってくる野村さんに廊下で捕まった。

860:巨人の研究後編コピペ16
12/02/24 13:06:53.29 AVSsPknX0
「あれほど言ったのに何をしているの、あなたは」
かなり怒っている。
「何もしてないよ。余計なことも言ってないよ、な?」
「ええ、まあ」
言い訳はあまり通用せず、それから二人してギュウギュウに絞られた。
やがて他の看護婦の視線が気になったのか、野村さんは来た時に乗ったエレベーターに僕らを押し込んだ。そして自分も乗り込んで一階のボタンを押す。
「だいたい、いつもいつもあなたは……」
僕は際限なく続く説教に、野村さんに普段どれだけ迷惑をかけてるんだこの人は、と唖然としていた。
さすがにシュンとしてうなだれた師匠に少し声のトーンが落ちる。
「そう言えばあなた、最近また検査をさぼってるでしょう。真下先生も心配してるんだから、ちゃんと受診しなさい」
野村さんがそう言った瞬間、到着を告げる音と共にエレベーターのドアが開いた。一階に戻ったのだ。
師匠がバネのように顔を跳ね上げる。

861:巨人の研究後編コピ17
12/02/24 13:21:09.64 AVSsPknX0
そしてエレベーターから我先に出ると、くるりと向き直るや顔を突き出して舌を伸ばした。
「い・や・だ。べろべろべろ~ん」
そして逃げた。
走って。
「ちょっと、待って」
僕も一緒に逃げ出す。
野村さんが後ろから何か大きな声で怒鳴っているが、良く聞こえなかった。「院内を走るな」だろうか。
病院のスタッフや来院の人に何度かぶつかりそうになりながらも、僕らは無事に正面玄関を抜け出した。
少し胸が苦しい。ハアハアと息をつきながら横目で見ると、師匠もこちらを見て笑った。僕もつられて笑う。
それから追っ手が来る前にと、すぐに自転車に乗り、家の方へ向けて出発する。夏なのでまだ日は高いが、街には夕方がひっそりと近づいていた。空の色で分かる。
五分ほど走ってから、街なかで師匠は降りた。僕も自転車を降りて並んで歩く。そして歩きながら考えをまとめた。
巨人感覚症候群。まるで自分が大きくなってしまったかのような感覚を生じている、他者からはけっして目に見ることができない巨人たち。

862:巨人の研究後編コピ18
12/02/24 13:34:15.84 AVSsPknX0
「あの子たちは、目を開けていると普通なんですか」
「そうだな。視覚や知識など、本来そうあるべき大きさを補正できる手段があるならその触覚の異常は起こらないみたいだ。
いつもつけている下着なんかも視覚には入っていないから大きく感じられそうだけど、それは自分がつけているものがどんなものなのか知っているから大丈夫なんだな。
あ、そうか。愛用のコップって書いたのはまずかったか」
アンケートの最後の設問のことらしい。
あれで巨人感覚症候群に罹患しているかどうか調べるつもりだったのか。手に持った時にコップが異様に小さく感じられると? どちらにしてもピンと来る人には通じただろうから、今日アンケートに回答してくれた人の中にはいなかったに違いない。
「でもな。視覚や知識で補正できるって言っても、病状の初期段階に過ぎないからなのかも知れない」
ぞくりとした。
足が止まりかける。周囲には色々な人が所狭しと歩いている。駅前の大通りだった。
「噂を聞いた時からわたしはそれを懸念していた。何か恐ろしいことが起こるなら、そこから先じゃないかと。さっきセンセイに確認したんだ。精神病床の入院患者の中には、実際に『すべてが小さく見える』と訴える人が、わずかながらいるらしい」
まさか。と思った。それが小人の目撃談と関係しているのか。
「最初に、巨人が増えているって言ってたのは、このことですか」
冗談だと言っていたのが、まるきり真実をついていたというのか。まさか、本当に彼らは症状が進むことで触覚や視覚だけでなく、実際に巨人化して行くとでも言うのだろうか。
師匠は笑い出した。

863:巨人の研究後編コピ19
12/02/24 13:39:22.60 AVSsPknX0
「おいおい。それこそフィクションだよ。そんな無茶苦茶なこと起こるわけないだろ。
まあ二メートル半ばくらいまでなら成長ホルモンの過剰分泌による巨人症でも起こりうるから、一概には言えないが。
でもそんな視覚にまで症状が進行している人自体もまだごく少数だし、それに彼らがその目で他の人間を見て、小さい人がいる、と思ったとしても、それが今街じゅうで湧き出している小人目撃談のオリジナルになりえるかな」
そう言われてみると確かにおかしい。
そこまで病状が進んだ人が、人口に膾炙する噂を流す環境におかれているだろうか。精神病床に入院中ならもちろんそんなことはないだろうし、入院していなくとも、これは人間が小さく見えるどころの話ではないのだ。
すべてが小さく見えるのなら、そんなことを言う人の話を周囲がまともにとりあってくれるだろうか。
それに僕自身が否定しているのだ。小人の話を普通の学生の友だちから聞いたのだから。彼らに取り立てておかしなところはなかった。
特に二人目の女の子の話は、小人が牛乳配達の箱の中にいた、というものだった。箱は普通なのに、人だけが小さく見えている。
まるで噛み合わない。
では一体どういうことだ。巨人感覚症候群と、小人目撃談。嵌りそうで嵌らないパズルのピースだ。
「今日のアンケートで小人を見たという人たちの共通点に気づいたか」
「共通点、ですか」
少し考えたが、まだ集計していないのではっきり思い出せない。
「小人を見たという人たちは全員、今までに体験した心霊現象の項目で小人以外にもチェックを入れていた」
「えっ。そうでしたっけ」
そう言われればそうだったかも知れない。小人の話だけ詳しく訊いたので他の話には食いつかなかったけれど。

864:巨人の研究後編コピ20
12/02/24 13:46:13.17 AVSsPknX0
「全員、幽霊を見ていたな」
そうか。僕もそうだ。
足元の小石を軽く蹴り、師匠は自分のペースで歩き続ける。僕はその横に並んで人の波を避けている。
「今日の巨人感覚症候群の発症者二人も幽霊を見ていた。この符合の意味するところが分かるかな」
かぶりを振る。しかし頭の中にはぼんやりした答えのようなものが浮かびつつあった。
「私は巨人感覚症候群の発生原因には、霊感が関係していると考えている。
ある地域に限定して起こっているという部分で、その原因がある程度は絞られてくるだろうが、細菌やウイルスの飛沫感染や、なんらかの公害、そして特定の多層建築物を媒介とした高周波による脳への影響など、どれもしっくり来ないんだ。
それは私自身感じているある感覚の存在のせいだ」
「ある感覚?」
オウム返しに訊く。
「衝動。叫び。そうだ。咆哮のようなもの。説明しにくいが、耳には聞こえず、幻聴ですらない何かそういうものが、頭の中を通り抜けている気がする。今も」
思わず耳を澄ましたが、ざわざわした雑踏の音しか聞こえない。
「霊感の強い人間はこういうものに影響されやすい。そしてその中でも、普段から心の病を抱えている者や、入院中で心身が弱っている者はそれが如実に現れるんじゃないだろうか」
「それが巨人感覚症候群だと?」
言葉とは裏腹に、師匠は確信めいた表情で頷いた。

865:巨人の研究後編コピ21
12/02/24 13:50:17.59 AVSsPknX0
「だけどまだ分からないことが多すぎる。何故自分が巨人だと感じてしまうのか。それが進行した時に何が起こるのか。その衝動、咆哮の主体は一体何なのか…… でも現時点で推測できることが一つある」
「それはなんですか」
ドキドキする。師匠と出会ってから何度味わったか分からない高揚感。
「それはね」と師匠は僕の方を向いて言った。「その衝動、咆哮に影響を受けているのはそういう弱い人間だけではないんじゃないかってこと。
浮遊する霊体。地縛される魂。人間の死後に現れるそうした存在も、影響を受けうると考えている。幽霊に、その者が生前信じていた宗派の経文や祝詞を唱えると苦しがったり嫌がったりする。これはもちろん『幽霊はこういうものに弱い』という生前の記憶がそうさせるんだ。
そして人間が怖がるものを同じように怖がるというパターンも多い。犬がその代表か。そんな幽霊にこの得体の知れない存在からの咆哮はどう影響されるのか」
「同じ、なんですか」
「そうだ。人間と同じように、この街に存在する幽霊も、その一部がこの巨人感覚症候群と同じ症状に陥っている」
空はまだ高く、夕闇にはまだ時間がある。アスファルトは日中の熱をこもらせて、分厚い空気を足元から立ちのぼらせている。
なのに、どこからともなく寒気がひたひたと押し寄せて来ている気がした。

866:巨人の研究後編コピ22
12/02/24 13:53:22.66 AVSsPknX0
「霊体たちが、巨人化をするとでも言うんですか」
師匠は「違う」と首を振った。
「お前は知っているはずだ。霊はあるべき姿で現れると。若く美しいころの姿で現れる女性の霊。その後に殺された時の血まみれの姿で現れる場合。生命活動が停止し、腐乱した状態で現れる場合。腐敗が進み、骸骨となった姿で現れる場合。
どれもありうる。選ぶのは霊自身だ。己のあるべき姿を。生きている人間のようにはこの物質的世界に束縛されないからこそ、そんなことが起こる。中には生前にはなかった姿へと変貌を遂げる場合もある。四肢の増減や五体の変形。動植物との融合。
怪物化。様々なケースがある。そんな霊が、巨人感覚を得てしまったらどうなるか。想像してみるといい。己の周囲にあるものすべてが小さい。小さい。小さい。まるで違う世界にいるようだ。己が望んだわけでもないのに。その時、あるべき姿はなに?」
寒気が。意思を持ったように体中を這い回る。
師匠が僕を試すように見つめている。
「あるべき姿は…… その小さな世界に適合するための身体」
僕は震える声で呟く。その後を師匠が継ぐ。
「そうだ。そのためにみんな小さくなる。彼らはみな、巨人であるがゆえに、小人なんだ」
師匠と僕の間にあるわずかな空間を、見ず知らずの人々が通り抜けて行く。僕は息を止めてその瞬間を目に焼き付ける。

867:巨人の研究後編コピ23
12/02/24 14:01:25.29 AVSsPknX0
向かい合った師匠が真っ直ぐにこちらを見ている。
小人を見る人が増えているということは、巨人が増えているということだ。
自ら冗談だと苦笑した師匠の言葉が頭の中に蘇る。
冗談だって?
ただの方便だ。師匠は始めから分かっていたに違いない。
アンケートで小人を見たと答えた人たちが、全員幽霊を見たことがあったということもこれで説明がつく。彼らは、そしてこの僕も、ただ幽霊を見ていただけだったのだ。
巨人であるかのような感覚を得てしまったがために、小人になってしまった霊体を。だから目撃例がパターン化されない。幽霊の現れ方など、それこそ千差万別だからだ。
師匠は講義終了とでも言いたげな表情を浮かべ、再び前を向くと歩き始める。僕はそれを呆然と見ている。
その周りを沢山の人々が行き交っている。誰も僕らのことを見ていない。スーツ姿の師匠が自転車の後輪に立ち乗りしていた時にあれほど集まっていた視線が、今はもうない。
女が一人ただ歩いているだけでは、大通りの中の取るに足りない景色の一つに過ぎないとでも言うように。
けれど僕は雑踏の中で立ち止まり、自転車のハンドルを支えたまま、彼女の後ろ姿を見つめている。
どうしてみんなは見ていないのだろう。僕と同じように。
信じられなかったのだ。
この人を知らないで、平気でいられる世界が。

(了)

868:巨人の研究後編コピ24
12/02/24 14:02:16.04 AVSsPknX0
(幕のあとで)


―わたしはしっている

ハッとして周囲を見回す。師匠の背中を見つめたまま、つかの間ぼうっとしていたところから現実に引き戻される。
なんだ今の声は?
どこからともなく聞こえた気がした。けれど、本当に声だったのだろうか。耳に声色が残っていない。白昼夢、いや、幻聴だろうか。
雑踏の音が大きくなった気がする。そばを歩くビジネスマンの肩が当たる。よろけそうになりながら、僕の目はある存在に気づいた。
やはり幻聴だったのだろう。それを見たことにより、頭の中でその言葉が連想されたに過ぎない。
大通りを歩く人々の中に、たった一つこちらを向いている顔があった。道路を隔てた向かい側の歩道に、それはいた。身じろぎもせずに、じっと師匠の方を向いている。
白い仮面。のっぺりとして目鼻の形に表面が凹凸している。目の部分が開いているのかも判然としない。距離が離れているせいか、服装もよく分からない。ただ行き交う歩行者の群の後ろに白いその顔が浮かび上がって見えている。
師匠もいつの間にか立ち止まっている。その存在に気づき、睨むようにそちらを見ている。
ただならないものを感じて、僕はゆっくりと師匠のもとへ近寄った。
「なんです、あれは」
「見たことがある。あの仮面」
師匠の声が高ぶっている。震えているようだ。
「なんとかっていう劇団のポスターにあった」

869:巨人の研究後編コピ25
12/02/24 14:02:59.06 AVSsPknX0
劇団?
そう言われてみると覚えがある気がする。確かあまり有名ではない小劇団だったはずだ。街なかでちらほらとポスターを見かけるが、どこの劇場で公演しているのかも知らない。ただ、全員が白い仮面を被って演じている舞台写真が載っていた。
前衛的なのか、それともそういう手法が一ジャンルとしてあるのか。
「ずっと感じていた視線は、あいつか」
猫の毛が逆立つように、師匠の身体の周りに針のように尖った空気が発散されているのを感じる。
今日出発した時から師匠が言っていたのはこのことだったのか。
どうしてこのタイミングで?
そう思った瞬間に、もう答えはあった。どう考えても、一連の巨人あるいは小人に関する出来事と無関係ではない。
白い仮面の人物は少し俯いたかと思うと、クックッ、と小刻みに顔を上下させた。
笑っている。
間を隔てる片側三車線の道路を沢山の車が通る。前が詰まり、大型バスがゆっくりと僕らの視線を遮った。
十秒。十五秒……

870:巨人の研究後編コピ26
12/02/24 14:03:28.76 AVSsPknX0
やがて動き出したバスが去った後には、もう白い仮面は見えなかった。初めからいなかったかのように。
僕は師匠の性格は知っているつもりだ。
気にいらない相手に対してキレると、すぐに行動に移す。たとえ相手が誰であってもだ。何度もそれを見てきた。道路を車が走っていようが、それをかわしながら最短距離で向かって行くのが師匠のはずだった。
その師匠が動かない。
いや、動けないでいる。
顔色が蒼白だ。唇からも血の気が失せている。僕にもあの仮面の人物のただならない雰囲気は感じられたが、師匠はそれ以上に異様とも言える反応をしていた。
僕は何か話しかけようとして、それが出来ないでいる。雑踏に立ち尽くしている僕らを、みんな迷惑そうに避けて行く。
やがて師匠がこちらを向いて、蒼白い顔のまま口の端だけを上げて笑った。
 
(完)


871:本当にあった怖い名無し
12/02/24 14:06:02.40 +cmV2pb50
ウニじゃないけど、ホンモノ?

872:本当にあった怖い名無し
12/02/24 14:32:56.67 EH7aJe9u0
>>871
しね

873:本当にあった怖い名無し
12/02/24 15:20:22.50 wr6Svuj/0
コピペ乙
中編も頼むよ

874:本当にあった怖い名無し
12/02/24 17:19:21.51 +cmV2pb50
>>873
中編は師匠シリーズスレにあり。

875:本当にあった怖い名無し
12/02/24 18:48:28.32 Mvr8MTsJ0
何なの嵐なの?それとも週末に先手打ってウニに嫌がらせ?

876:本当にあった怖い名無し
12/02/24 18:53:13.02 HeOpYb1f0
中編かと思ったら後編やないか~い
乙と言って良いのか?
中編を頼む!

877:本当にあった怖い名無し
12/02/24 18:53:19.86 HA7DpqHN0
ドヤ顔でコピペしてるの想像すると笑えるなw

878:本当にあった怖い名無し
12/02/24 19:07:23.96 3H2tRJA+0
ウニへの嫌がらせなのかみんなに褒めてもらいたかったのか

879:本当にあった怖い名無し
12/02/24 20:00:55.34 IH5pgSvN0
>>845
ひでぇーーー!!!

ウニ本人が投下してるのに、なんでコピペ投下してんだよクズ!!!

お前一般常識ねぇの?!
信じられない!!!

ひっこんでろ!!

本気で頭きたわ!!

880:本当にあった怖い名無し
12/02/24 20:12:37.94 w7rrlyVk0
おk


881:本当にあった怖い名無し
12/02/24 20:31:45.49 w7rrlyVk0
ウニさん待ちです

882:本当にあった怖い名無し
12/02/24 21:24:12.81 ifwssBWvO
>>845

最悪だな…
ウニさんを追い出したいのか!?



883:本当にあった怖い名無し
12/02/24 21:37:23.39 jm7jY4ba0
そんなことで追い出されるようなタマじゃないと思うがw
でも感じ悪いのは確かだな‥‥

884:本当にあった怖い名無し
12/02/25 06:43:04.96 Hq0Hh0qW0
うん(笑)
それにスレ全部読んでないかも

885:本当にあった怖い名無し
12/02/25 13:52:57.58 ZCwwJmZn0
僕の目を見つめたまま、師匠はささやく。
「わたしは巨人を六つに分類したな。
 第一の分類は『伝説上の巨人』
 第二の分類は『巨人症による巨人』
 第三の分類は『UMAとしての巨人』
 第四の分類は『人類の縁戚としての巨人』
 第五の分類は『妖怪としての巨人』
 第六の分類は『フィクションとしての巨人』
 …………」


886:本当にあった怖い名無し
12/02/25 18:41:11.79 HtknXnxa0
何ここの信者・・
読めれば誰がコピペしても一緒だろ
頭来る、って何に対して頭にくるの?「ウニがコピペしなきゃヤダー」ってか?馬鹿じゃん
そもそもpixivで読めるものをここにコピペする意味が分からん
わざわざ忍法帖のレベル上げを地道にしてまですることじゃないだろ

887:本当にあった怖い名無し
12/02/25 20:46:35.15 zwuyLi5C0
>>886
うーん、自分の場合は、カラオケを聞かされてる気分
本人じゃないけど、同じ歌詞、同じメロディーなんだから一緒だろ?

いーえ、違います

または、友達に喜んでもらおうと買っておいたプレゼントを
あれ、渡すつもりだったんでしょ?自分が家の前に置いてきたよ、
って無断で勝手なことされたら

金も出してねーおめーが、ふざけたことしてんじゃねーよ!
訴えるぞ!

ですかね
だからあんまやってほしくないなー




888:本当にあった怖い名無し
12/02/25 20:56:39.45 arB4wzmX0
あなた本人なの?

889:本当にあった怖い名無し
12/02/25 22:32:53.02 vXqws/Dg0
著作権って知ってるかな

890:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:24:13.77 KKcRHKWO0
師匠から聞いた話だ。


大学一回生の冬だった。
その日僕は朝から小川調査事務所という興信所でバイトをしていた。
バイトと言っても、探偵の手伝いではない。ただの資料整理だ。そもそも僕は一人で興信所の仕事はできない。心霊現象絡みの依頼があった時に、その専門家である加奈子さんの助手をするだけだ。
助手と言っても、僕のオカルト道の師匠であるところの彼女は、ほとんど一人で解決してしまうので、なかば話相手程度にしか過ぎないのではないかと、思わないでもなかった。
「おい、どうした」
声に振り向くと所長の小川さんが奥のデスクで唸りながらワープロを叩いていた。
雑居ビルの三階にある事務所にはデスクが五つあるが、いつも使われているのは小川さんが座っている奥のデスクと、そのすぐ前に二つ並んでいるデスクだけだった。あとはダミーだ。
いや、見栄というやつなのかも知れない。僕は県内最王手のタカヤ総合リサーチを除いて、小川調査事務所以外の一般的な興信所というものを知らないが、そんなに何人も所員を抱えている興信所なんて普通にあるとは思わない。
しょせん自営業だ。依頼客もそのくらい分かっていると思うのだが。
その使われているデスクにしたところで、師匠の指定席はたいてい開店休業状態。
何日も資料集めをして必要な情報を得る、というようなスタイルではなく、お化け絡みの話とくればとりあえず出向いて、そのままたいてい即解決、という実に効率の良い仕事をしているのでデスクは依頼完了後に報告書を作るためにちょろっと使うくらいだった。
「まじかよ、おい」
小川さんはのけ反るように椅子にもたれかかり、天井を仰ぎながら左手で顔を覆った。その指には煙草が挟まれている。
僕は新聞記事のスクラップを整理する手を止め、振り向いた。
「どうしました」
そう問いかけると、小川さんは忌々しそうにワープロを小突きながら深い溜息をついた。
「作りかけの報告書が消えた」
「保存してなかったんですか。まめに上書きしないと」
「……」
それには答えず、煙草を消してから伸びをして立ちあがる。そして洗面所の方へ向かった。

891:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:26:21.42 KKcRHKWO0
小川さんは世に出回りはじめたばかりのワープロのような現代の利器には疎いのだが、字を書くのがあまり得意ではなかったので苦心して使っているらしい。
それでもこうしたトラブルのたびに毒づいて、「エデンのリンゴ」だとわめいた。
知らないなら知らないで良かったのに、なまじ知ってしまったがためにその功罪のすべてを身に背負うことになってしまったことを嘆いているらしい。
やがて洗面所から出てくると、小川さんは幾分さっぱりした顔で「昼飯食いに行こう」と言った。
もうそんな時間か。
「奢りなら」と言うと、すました顔で胸ポケットを叩く。
そんなところに財布が入っていないのは知っているし、どうせボストンなのだろう。いつもツケで飲み食いしては、翌月の支払いの時に、親を殺されたような哀しそうな顔をして払っているのも知っている。
しかし僕も労働基準法違反ではないか、という低時給で働いている身の上なので、奢ってくれるというのなら遠慮などしない。
「服部もどうだ」
もう一つの席にも水を向ける。
服部さんは僕と同じバイトの身だが、本格的に小川所長の助手として働いていて、お化け担当の加奈子さんと異なり、『まともな』興信所の仕事をしている。
「……」
服部さんは無言のまま、弁当が入っているらしい包を手に提げて見せた。
「そうか」
小川さんも苦笑いをして、無理には誘わなかった。
僕は未だにこの服部さんという男性のキャラクターがつかめないでいた。
年齢は加奈子さんと同じくらい。いわゆるフリーターで、この小川調査事務所では無難に仕事をこなしているようだが、いかんせん無愛想でニコリとも笑っているのを見たことがなかった。
自分からは話しかけてこないし、こちらから話しかけても反応がないことが多い。電話対応など、事務的なものはそれなりにやっているが、この事務所にいる人間についてはその全員を嫌っているかのような冷たさだった。
特に眼鏡の奥の目が怖い。

892:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:27:42.30 KKcRHKWO0
つねに物静かで存在感が薄く、事務所内に一緒にいてもいつの間にか彼がいることを忘れていることがあった。
一度など、小川さんと加奈子さんと僕とで一全員緒に外出した時、留守にするので当然事務所に鍵をかけて出て行ったのだが、戻って来て鍵を開けると服部さんが一人でデスクに向かって仕事をしていた、なんてこともあったりした。
尾行が得意で、かつて所属していた大手興信所ではエースとして鳴らしていた小川さんに言わせても、「あいつはあれだけで食っていける」とのことらしいが、エース云々からして自己申告なのであてにはならない。
そして加奈子さんは服部さんのことを陰で『ニンジャ』と呼んでいた。名前とも掛けているらしい。
この興信所のバイトに本腰を入れているところを見ると、将来はこの道に進みたいのか、とも想像するが、この仕事はいわば客商売であり、この対人スキルで大丈夫かと他人事ながら心配になる。
「じゃ、ちょっと出てくる」
そう言ってドアに向かう小川さんの後を追いかける。服部さんは顔も上げなかった。


ボストンは小川調査事務所の入っている雑居ビルの一階にある喫茶店で、五十年配の脱サラ組らしい髭のマスターがやっていた。いつも客のいないカウンターを「塗装が剥げるんじゃないか」と心配するほど丁寧に拭いている。
アルバイトで女の子を一人雇っていて、ひかりさんという僕より二つ年上の専門学校生のその人のことを、加奈子さんは「マスターとできてるんじゃないか」と下世話な想像を活発に働かせてニヤニヤしていた。
「いつもの」
カウンターのお気に入りの席につくと、小川さんはそう注文する。これでナポリタンが出てくるはずだ。
僕は少し考えて「メープルトーストとアメリカン」と言った。
この店はコーヒーも料理もたいしたものは出てこないが、メープルトーストだけは別だった。
使っているメープルシロップは市販のものではなく、なんでもマスターにはカナダに移住している親類がいて近所の農家が作っているものを分けてもらっているらしいのだが、それをわざわざ空輸で送ってもらっているのだそうだ。

893:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:29:11.22 KKcRHKWO0
親類に「日本で出てくるのとは全然違うから」と、一度おすそ分けでもらったものを食パンに塗ってみると、これが想像以上においしかったため、無理を言って定期的に送ってもらうようにし、喫茶店のメニューに加えたのだった。
確かに美味い。ふんわりとキツネ色に焼き色のついたトーストの食感と、甘みのなかにメープルの独特の苦みと風味があり、これをコーヒーで胃に流し込むのは至福のひとときですらあった。
並べられたものを無言で食べていると、カウンターの奥のテレビが連続通り魔事件の続報を告げていた。
「これ、まだ捕まってないんですね」と僕が言うと、マスターは口髭を撫でながら「みたいだねえ」と心配そうな口調で返した。「でも変な事件だよね」
このところ市内では弓矢を使った通り魔事件が連続して発生しており、その凶器の特殊性からすぐに犯人は割り出されるものと思っていたが、思いのほか未だにその犯人は捕まっていなかった。
「どうです、名探偵」
いたずらっぽくマスターにそう振られて、小川さんは手をひらひらさせる。
「警察を出し抜いて事件を解決する探偵なんて、あれはドラマの中だけの話ですよ」
「でも、そういうのにあこがれて今の仕事についたんじゃないんですか」
僕からの側方射撃にも動じず、「まったくないね。生まれついてのリアリストだから」と言った。
加奈子さんのような心霊現象専門の調査員を雇っておいて、リアリストが聞いて呆れる。
「だいたいメリットがないでしょう。家賃の支払いにもキュウキュウしている自営業の悲哀でしてね。依頼人もいないのに社会的道義で動くような正義超人にはなりたくてもなれません」
「では、依頼があったら?」
マスターにそう訊かれ、小川さんは口ごもった。そしてしばらくして、ふ、と鼻で笑うだけだった。
昼のニュースが終わって、なにかのドラマが始まったのでマスターはテレビを消した。
相変わらずほかの客は来ない。ウェイトレスのひかりさんもカウンター席に腰掛けて暇そうにしている。
食事を終えて一服をしていた小川さんが「よし」と短くなったタバコを灰皿に押し付けようとした時だった。

894:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:30:15.03 KKcRHKWO0
ふいにカウンターの隅にある電話が鳴った。クラシックな黒電話だ。
マスターが受話器を取り、「喫茶ボストンです」と出る。二言三言交わした後、黒電話をカウンターの上に持って来て、「君に」と受話器を向けた。
驚いたが僕はそれを受け取り、「もしもし」と言った。
『喫茶店で昼飯か、いい身分だな。またメープルトーストだろう。好きだなお前。それより今からちょっと仕事手伝え』
加奈子さんだ。
漏れた声が聞えたのか、横にいた小川さんがクスリと笑う。
『いいか。まずマスターに紙とペンを借りろ』
顔を上げると、すでにマスターが半紙とマジックペンをこちらに差し出していた。先に伝えていたのか。有無を言わさず、というやつだな。
「で、どうするんです」ひかりさんにメープルトーストの皿とコーヒーカップを片付けてもらって、カウンターの上に半紙を置いた。なぜかわくわくして来くるので不思議だ。
『紙にトランプのマークのスペードとハート、クラブ、ダイヤを並べて書け』
「は?」
妙な指示だ。
「並べるのはタテですか、ヨコですか」
『どっちでもいいけど、じゃあタテに書け。で、スペードのヨコに東、ハートのヨコに西、クラブのヨコに南、ダイヤのヨコに北と、漢字で書く。いいか、東西南北だ』
言われたとおりにする。
「書きましたけど」
『OK、じゃあ次は空いてるところに同じようにまず1から13までの数字を書け』
「タテでいいですか。……はい。書きました」
『次はその数字のヨコに、それぞれこう書くんだ。1には山、2には川、3には野原の野……』
師匠は次々に一文字の漢字を口にしていった。僕は言われたとおりにペンを走らせる。
完成したものを確認すると、こうなっていた。


895:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:39:29.60 KKcRHKWO0
スペード 東
ハート  西
クラブ  南
ダイヤ  北

1  山
2  川
3  野
4  沢
5  森
6  村
7  岡
8  田
9  崎
10 口
11 方
12 條
13 尾

なんだこれは?
首を捻った。なにがしたいのだろう。
『いいか。この電話を切って、十分か二十分かしてからまた電話が掛かって来る。小さな女の子からの電話だ。その子がある名前を告げて、その人はいますか? と訊ねてくるから、誰あてであってもマスターに電話を回してもらって、お前が出ろ』
「誰あてでも、ですか」
『そうだ。もちろん女の子以外だったら別件だ。その場合普通にボストンに掛かって来た電話だから関係ない』
「その、女の子からの電話に出て、どうするんです」
『トランプのカードを読み上げるんだ』
「カードって、ハートのエース、とかですか」
『そうだ。今作ったその表を見て、呼ばれた名前に対応したカードを読むんだ』


896:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:42:50.87 KKcRHKWO0
名前?
そう言われてじっと紙に書かれた文字を眺める。
やがて気づいた。なるほど。スーツが名字の一文字目、そして数字が二文字目に対応しているのか。
例えば西山であれば、スーツはハート、そして数字は1だ。つまりハートのエースと言えばいい。
南野であればクラブの3、北條であればダイヤのクイーン、東尾であればスペードのキング、という具合だ。
「カードを読み上げる、それだけでいいんですか」
『ああ。それでもう電話を切っていい。いいな。頼んだぞ。あ、あと所長もいるんだろ。ちょっとお前を借りるから、って言っといて』
そう言い置いて電話は切られた。いつものことだが一方的だ。
マスターとひかりさんは興味津々といった様子で僕を見ている。小川さんは「面白そうだな」と言った後、席を立ちながら「先に戻っとくから」と僕に手を振って、その返す刀でマスターに『ツケデヨロシク』のブロックサインを送る。
慣れたものでマスターの方は『リシガツクヨ』というブロックサインを投げてよこす。小川さんはひかりさんにも妙なウインクを送ってから、店のドアを開けて出て行った。カランという可愛らしい音がした。
残された僕はマスターとひかりさんに愛想笑いをしてから、またカウンターの紙に目を落とす。
師匠がなにをしたいのか、それを読み取ろうと奇妙な暗号表を睨んでいると、マスターが「いる?」と言ってトランプを差し出してきた。
喫茶店のカウンターには本当にいろいろなものが置いてあるものだ。
「ああ、いや、たぶんいらないです。すみません」
そうして僕は紙と睨めっこを続ける。
名前か。トランプに対応した名前。その名前の人物に電話を掛けて来る女の子。その子は何者なのだろう。仕事を手伝ってくれ、といっていたが、小川調査事務所の仕事なのだろうか。なんだか遊んでいるようにしか思えない。
トランプか。手品か何かでもしたいのだろうか。
そう思った瞬間、閃いたものがあった。

897:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:46:50.06 KKcRHKWO0
そうか。手品だ。相手の選んだカードを当てるマジック。自分で選んだように思わせて、その実、最初から決められたカードを手に取らせている。
あるいは、どれを選んでも残ったカードの山に戻した時点で巧妙にすり替えられている。
そう、ある決められたカードに。
選んだカードを見もしないで当てるのだが、単純に「あなたが選んだのはハートのエースですね」などと言ったり、あるいは山から抜き出して見せたり、といったものはありきたりだ。
かわりに、カードを選んだ人のポケットから出てきたり、レモンの中から出てきたり、といった演出をテレビで見たことがあった。
あるいは、「あなたが選んだカードをあらかじめ予知していました」などと言って密封された封筒から出して見せたりもする。
これはその一種だ。
たぶん師匠はこう言うのだ。
『わたしには予知能力者の知り合いがいて、その人はあなたが選んだカードのことをあらかじめ知っている』と。
あるいは透視能力者かも知れない。
そしてその透視だか予知だかの能力者の名前と電話番号を告げて、その子自身に掛けさせる。
もちろん名前はこの暗号表の法則に従っている。
最初からカードが決まっていないということは、ある決められたカードをテクニックで選ばせるのではなく、その子がランダムに選んだカードを何からの方法で盗み見て、そのカードを名前の暗号を使って僕に知らせるのだ。
師匠はすました顔で黙ったまま、女の子が自分自身でそれと知らずに答えのキーを運ぶのを見ている、という寸法だ。
さっき自由に抜き出して選んだばかりのカードを、電話に出た見ず知らずの人が当ててしまう。
これは確かに驚くだろう。
師匠の仕掛けに気づき、僕は満足して顔を上げた。
カウンターの向こうでは、僕が使わなかったトランプを箱から出してマスターとひかりさんがババ抜きを始めていた。
まだほかの客は一人も来ない。
平日とはいえ、昼時にこれでは経営が心配になってくる。


898:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:48:34.64 KKcRHKWO0
もっとも、このボストンは昼は喫茶店だが、夜になると酒と簡単なツマミを出すバーに変わるのだ。そちらは多少客が入っているらしい。
謎を解いてしまった僕は、その女の子からの電話が掛かって来るまで手持ち無沙汰になってしまった。
仕方なくカウンターに頬杖をつきながら、目の前で白熱するババ抜き勝負を見るともなしに見ていた。
タイマンなので、自分が持っていないカードは必ず相手が持っている。ようするにババ以外を引けばペアが成立するのだ。おかげで見る見る両者の手札は減っていったが、だんだんとババを引く確率が上がってきた。
ひかりさんが「あ~」と言ってくやしそうに引いてしまったババを自分の手札に入れ、入念にシャッフルを繰り返す。
お互い手札が残り四、五枚、というところで店の電話が鳴った。
マスターがカードを伏せて電話に出る。
「はい。喫茶ボストン」
「……」
電話の相手はしばらく何も喋らなかった。
思わずそちらに耳を寄せる。
僕はその無言の中に、なにか警戒をしているような空気を感じ取っていた。
やがてボソボソという声が漏れ、マスターが奇妙な表情を浮かべた。そして首をかしげながら、僕の方を見てこう言った。
「浦井さんはいますかって。女の子から」
浦井さん?
僕は思わず聞き返した。マスターは頷きながら受話器をこちらに差し出す。
浦井と言うと、加奈子さんの名字ではないか。
これはどういうことだ。
東西南北と1から13の数字に対応した漢字を合わせた名前で呼んで来るのではなかったのだろうか。
まったく関係のない電話かとも思ったが、タイミングが合い過ぎている。電話をして来たのが女の子であること。そしてここにいない人物の名前を呼んだこと。
それなのにどうしてそれが暗号表に出てくる名前じゃないんだ。

899:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/25 23:50:05.55 KKcRHKWO0
これではなんと答えていいのか分からない。
受け取ったものの、送話口を手のひらで塞いだまま僕は途方に暮れた。
もしかすると、その師匠になにかあったのかも知れない。考えもまとまらないまま、恐る恐る受話器を耳に当てる。
「はい」
すると女の子の声が聞えて来た。
『……あ、浦井さんですか。私が選んだカードはなんですか?』
無邪気な声。
マジックだ!
僕が予想した通りのマジック。女の子は、電話口に出たのが予知能力者か、あるいは透視能力者だと思っている。
なのにどうして、『浦井』なんだ。どうして。
手元の紙に目を落とす。なにか見落としていたのだろうか。
次第に高まっていく鼓動を抑えながら、目を皿のようにするがなにも見つからない。
『もしもし?』
女の子の声が不審そうな声色を帯びたのが分かった。
早くなにか答えないといけない。
ああ、ちょっとまってね、だんだん見えてきたよ、もう少し。などと言って間を持たせた方がいいのだろうか。しかし予知能力者だか透視能力者だか知らないが、どんな触れ込みで紹介されたのか分からない現状で、余計なことは言いたくなかった。
どうしよう。どうしたらいい。
師匠は僕に『頼んだぞ』と言った。どうすればその師匠の期待に応えられるのか。
うろたえて僕は喫茶店の中を見回す。狭い店内だ。マスターの趣味で帆船の模型がいくつか飾られている。
そのマスターはひかりさんと一緒に僕のことを見ている。カウンターにババ抜きのカードは伏せられたままだ。
四枚と五枚。ひかりさんの方が一枚多い。ああ。考えがまとまらない。
余計なことばかり考えている。奇数の方にババがあるのだろう。つまりひかりさんが今ババを持っている状態だ。どうしよう。どうしよう。あてずっぽうでも何か答えた方がいいのだろうか。ひかりさんが今ババを…… ババ……?

900:本当にあった怖い名無し
12/02/26 00:52:42.89 IBODFeIx0
ウニ来てたのか!

901:トランプ 前編  ◆oJUBn2VTGE
12/02/26 01:18:17.84 qCTJ1d4N0
その時、僕の脳裏に直感がやって来た。
ゆっくりと、電話の向こうの顔も知らない女の子に返事をする。
「きみが選んだカードは、ジョーカー。ジョーカーだよ」
電話口の向こうから息を飲んだような気配がした。
「それじゃあ」
僕はそう言って電話を切った。
ひかりさんが自分の手札からジョーカーを取り出して、不思議そうにそれを見ている。
僕はホッとして力が抜けた。思わず笑いが込み上げて来る。
「ジョーカーですよ。ジョーカー。あの人、ジョーカーを抜き忘れたんです。それを女の子に引かれたものだから、苦し紛れに暗号表に出てこない自分の名前を教えたんですよ」
「ああ」
とマスターは大袈裟に手のひらを打って頷いた。
「とっさに馬場さん、という名前にしなかったのはさすがに露骨過ぎたからですかね」
僕はひかりさんの手の中のジョーカーを指さした。
カードの中では道化師の恰好をした男が滑稽なポーズを取っている。
ひかりさんはそのカードを手札に戻し、軽く切り混ぜた。そしてマスターに向かって裏面を広げ、「かかってこい」と言う。
再開されたババ抜きを尻目に、僕は自分でコップに水を注いで息をついた。
さあ、新聞のスクラップの整理に戻ろうかな。と考える。もう少しサボっていたい気もするが、師匠の方の用事はこれで終わりだろう。
あの大量の新聞記事のことを思うと少し憂鬱になった。
もともと日付ごとに小川所長の興味を引いたローカル記事がきちんと並べられてファイリングされており、その日になにがあったかを調べるには都合が良かったのだが、ある特定の事件を遡って調べるには向いていなかった。
そこで今ある記事をすべてをコピーして、内容の種類ごとに分類したうえで、さらにそれを日付ごとに整理して別々のファイルに閉じる、という作業を命じられたのだ。
殺人、傷害、窃盗、詐欺、事故、火事、イベント、政治、行政などといった大まかなインデックスを小川さんが作ったので、それに合う記事を僕が片っ端から並べていくのだ。

902:トランプ 前編 ラスト  ◆oJUBn2VTGE
12/02/26 01:19:03.11 qCTJ1d4N0
しかしなかには分類が難しい記事もあり、単純に『その他』に放り込めればいいのだが、例えば強盗殺人のあと放火した、なんていう複合的な記事はどこに入れていいのか分からない。
小川さんに訊くと、少し考えた後で「それぞれの分類のとこにコピーして閉じといて」と言う。
余計に仕事が増えた。ファイルの数も倍になるかと思いきや、倍ではきかないようだ。
時給さえちゃんともらえればいいのだが、あまり客の訪れない事務所や、小川さんのだらしないスーツの着こなし方、そしていつもの半分ふざけたような態度を思い出すにつけ、バイトを三人も使うような甲斐性があるとは思えなかった。
今のところ、バイト代は雀の涙にせよちゃんと月末にもらっているが、いつ遅配になるかわからない。
その事務所を通して依頼のある心霊現象に関する事件は、師匠のライフワークとも言える仕事であり、水を得た魚のようにいきいきと動く彼女を見ているだけで僕は幸せな気持ちになれた。
しかしそうした依頼で助手を勤める以外では、あまりこの零細興信所に深入りしない方がいいかも知れないと思い始めていた。
さあ、憂鬱な作業に戻ろうかと腰を浮かしかけた時だった。
カウンターに奥に戻されていた黒電話がふいに鳴り始めた。
「はい。喫茶ボストン」
マスターがいつもの調子で電話に出ると、「ああ」と言って僕に受話器を向ける。
「加奈子ちゃんから」
なんだろう、と思いながら電話に出ると、明るい声が聞こえてきた。
『悪かったな。ミスっちゃって。ジョーカーのことをすっかり忘れてたよ。しかし、とっさに良く気づいたな。助かったよ、ありがとう』
「貸しですよ、貸し」
加奈子さんは、生意気な、と言って電話の向こうで笑っている。
「ていうか、仕事とか言って何を遊んでたんですか?」
『いや、遊んでたわけじゃないぞ。あれも立派な仕事で……』
『浦井さんはいますか』
え?
師匠が電話の向こうで何か言い訳をしている。
しかし、その声に重なるように、別の声が聞こえたのだ。



903:本当にあった怖い名無し
12/02/26 01:26:16.93 IBODFeIx0
ウニ乙!さっき来たばかりだから支援できなくてすまなかった。

904:本当にあった怖い名無し
12/02/26 05:21:05.27 H19IHJnJ0
ウニZ!


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