【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】at OCCULT
【霊感持ちの】シリーズ物総合スレ19【友人・知人】 - 暇つぶし2ch411:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 22:51:31.04 HrRb/QUY0
「おい、これちょっと待った」
「二回目ですよ」
「いいから」
溜め息をついて、銀が元の位置に戻るのを見逃す。勝負に熱くなってきて前のめりになった師匠は膝を立てて身体を前後に揺すり始める。僕はとうに勝負の見えている将棋よりも、その浴衣の裾が気になって仕方がなかった。
そんなことをしていると、ドアをノックする音が聞こえた。返事をすると広子さんがお盆にケーキを乗せてやってきた。
「残ったから、あげる」
そして、あたしもう寝るから頑張ってねえ、と言いながら去っていった。
クリスマスケーキが二切れ。師匠は脳天から真っ二つにされたサンタクロースの半分が乗っかっている方を取った。硬そうな砂糖菓子なので、切る過程でかなり胴体が生地にめり込んでいる。
それから師匠が紅茶を淹れて乾杯をした。
メリークリスマス。
今ごろ街を華やかに彩っているであろう、赤と白の二色とは縁遠い、地味な和室の中だったけれど、少しだけ気分が出た。素直に広子さんに感謝する。
ケーキを食べ終わると師匠は言った。
「さきに寝ろ」
朝まで交代で番をするから、と。
時計を見ると夜の九時だった。師匠の案では九時から日付の変わった深夜二時までの五時間が師匠の番。そして二時から朝六時までの四時間が僕の番ということだった。
「僕は別に徹夜でもいいですよ」
そう言ってみたのだが、「一晩で済むとは限らない。いいから先に寝ろ」との仰せ。
「わかりました。でもどうして僕の番が六時までなんです」と訊くと「ここは時の鐘が鳴るって言ってたろ」と返された。
そう言えば、訊き込みをしていた時に女将か誰かがそんなことを言っていた気がする。貯水池を見に行っている時にもその鐘の音が鳴っていた。
今のような時計のなかった時代には、庶民が時刻を知るために時の鐘と呼ばれる仕組みがあった。寺や神社の鐘つき堂などで毎日決まった時間に鐘がつかれるのだ。
明け六つであれば六回、昼九つであれば九回という具合に。それを聴いて、人々は仕事や生活の区切りとしていた。

412:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 22:54:45.21 HrRb/QUY0
例えば昼に八回鐘が撞かれる昼八つであれば現在の午後二時ごろを指すのだが、その鐘を聴くと一度仕事に休憩を入れ、その間に疲労回復のための甘い物などを取る習慣があった。
これが今の「おやつ」という言葉の語源だそうだ。
この松ノ木郷ではくだんの若宮神社に時の鐘があり、今でも一日のうち明け六つ、昼九つ、暮れ六つの計三度、時を告げているのだそうだ。それぞれ朝六時、昼の十二時、そして夕方の六時に。その鐘の音はこの『とかの』へも聞こえてくる。
「こういう、境界を表したものは、古い霊魂には強く影響するはずだ」
師匠は言う。
夕暮れは「誰そ彼(たそかれ)」とも言い、向こうにいるのが誰なのか分からない、という薄暗さを、そして不安な感じを表している。
そして日が落ちきってしまえばそこからはもう人の世界ではなく、魑魅魍魎や悪鬼の類が闊歩する夜の世界へとがらりと変わってしまうのだ。
同じように夜明けのころも「彼は誰(かはたれ)」と言い、向こうに立っているのがいったい誰なのか判然としない、という不安さを表している。
それはやはり夜に住まう人ならぬものたちの支配する時間と、昼に生きる人間たちの支配する時間との境界に位置する時間帯なのだ。
「鶏の鳴き声を耳にして退散する鬼の話を聞いたことがあるだろう」
それは鶏の声そのものに怯えたのではなく、夜と昼の境界を越えてしまったことを知って鬼は逃げ出すのだ。
温かい湯を止まり木の中に流し、無理やり目を覚まさせて鳴き声を上げさせ、まだまだ夜は明けないにも関わらず、鬼を退散させてしまう話もあった。
その鶏の声の役割を果たすのが、この土地では明け六つの鐘というわけだ。
「鐘の鳴った朝六時以降はまず出ないな。今日集めた目撃談でも、暮れ六つより前に『出た』という話はなかった」
 出るのは暮れ六つから、明け六つの間の時間。
つまり、土地の習慣に呼応した古風な霊である可能性が高い。
そう言って師匠は盤上の詰んでしまった自分の王将を爪で弾いた。
「とにかく、もう寝ろ。二時になったら起こしに行くから」
そう言って追い出された僕は自分の部屋に戻り、歯磨きをしてから敷かれていた布団に潜り込んだ。

413:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 22:58:05.50 HrRb/QUY0
明かりの消えた部屋の玄関のドアから小さなノックとともに師匠が顔を覗かせて「今夜は出ないかもな」とぼそりと言った。
「え?」と訊き返そうとすると、「じゃあ見回りに行ってくる」と言ってそっとドアを閉じた。

           ◆

どれほど眠っただろうか。
長時間電車に揺られ、旅館の中を歩き回ったり、山に登ったりという今日一日の疲れがどっと出た僕は、布団に入って目を閉じたとたんに眠りに落ちてしまった。
静かだった。
夢を見ていた気がするが、いつの間にか遠い土地の旅館の一室に横たわっている自分がいる。
身体が重い。疲れがまだ取れていない。
静かだ。そして暗い。
暖房が効いている。部屋の中は滑らかな暖かさに包まれている。しかし外は冷え込んでいるだろう。
冷たい空気が建物を握り込むようなミシミシという音がどこからともなく聞こえてくる気がする。
何時だろうか。
交代の時間はまだか。また眠気が忍び寄ってくる。
静かだ。
天井が高い。見慣れない天井だ。ここはどこだ。
誰かいる。
部屋の隅に。
誰かが立っているのが分かる。
静かだ。息を吸う音。そして吐く音すら聞こえない。
誰だろう。
仰向けのまま身体が動かない。
重い。石を乗せられたようだ。
部屋の中には自分しかいない。それも分かる。
なのに誰かが立っている。
首を動かそうとする。部屋の隅を見るために。
重い。油が切れた機械のようだ。首の関節の間に、小さな無数のゴミが詰まっている。
どうして黙っているのだろう。
ごとり。


414:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:02:07.12 HrRb/QUY0
首が落ちた。
ような音が。
みしりと、隅から一歩踏み出す音も。
ごとり。
また首が落ちた。
みしり。
また一歩。
ごとり。
みしり。
ごとり。
……
近づいてくる。そのたびに首が落ちる。
落ちた首が畳の上を這うように転がる。いくつもいくつも。
そんな音だけ。
布団の端を誰かが踏んだ。
ぼとり。
掛け布団の上に何かが落ちた。
首が動かない。動け。動け。
逆へ。
逆へ、動け。
見たくない。背けたい。
見たくな

「おい」
身体を乱暴に揺すられた。
「あ」眩しい。人工の光が目に飛び込んでくる。
師匠の顔がある。
「交代だ」そんな言葉が聞こえる。
目が覚めた。
旅館の部屋だ。眠っていたのか。
「寝ぼけてるな。お茶でも飲め」
布団から身体を起こして、師匠が入れてくれた湯気の立っている熱いお茶を口に含む。

415:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:04:14.43 HrRb/QUY0
はあ。
頭が覚醒していく。さっきのは夢か? 夢だとするならば、目覚めた夢。経験上、そんな夢は疲れている時によく見る。そして悪夢であることが多い。
「誰か部屋にいませんでしたか」
「いや」
師匠は眠そうに欠伸をすると、深い息を吐いて「もう寝る」と言った。部屋の時計を見ると、夜中の二時を少し回っていた。
「寒み」
と言って、師匠が僕の布団に入ってくる。
「ちょ、ちょっと」
慌てていると、「なにがちょっとだ。早く出てけよ」と、布団から蹴り出される。
「自分の部屋で寝てくださいよ」
「うるさいな。さっきまで玄関と外をうろうろしてたから、寒いんだよ。布団暖め係、ご苦労」
しっしっ、と手で追い払われる。
僕は仕方なく立ち上がり、大きく伸びをする。「なにか出ましたか」布団に包まった師匠にそう問い掛けると、「いんや」との答え。
僕は溜め息をついた。師匠が番をしている間に、なにか起きるような気がしていたのに。この人の中の普通ではないなにかに、引き寄せられるように、だ。
浴衣を脱いで服に着替えていると、布団の中から声が掛かる。
「でも、なにかいるぞ。ここには」
え。なにか感じるんですか。そんな言葉を口にしようとしたが、ふぅ、という布団の中からの疲れきった吐息に会話を拒絶される。
身支度をしてドアを開けようとしたとき、「気をつけてなぁ」という眠そうな声がもぞもぞと聞こえた。
廊下に出ると、少し気温が下がった。部屋の中よりも空調が効いてないのだろう。天井の大きな蛍光灯は消えているが、その横の小さな黄色い電球にほんのりと明かりが灯っている。
裸足のまま履いたスリッパが足の甲に張り付くたびにひんやりとした感触がある。
二階は全部で六部屋ある。今夜は僕と師匠の二部屋しか使われていないはずだ。念のために残りの四部屋の前に立ってドアをノックし、それぞれノブを回そうとしてみたがどちらにも鍵が掛かっていた。
廊下を進んで一階へと降りる階段に足をかける。折り返しの踊り場で首だけを伸ばして階下を覗き見ると、その先の薄暗い廊下には人の気配はまったくなかった。

416:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:06:25.89 HrRb/QUY0
恐々と下に降り、移動できる範囲で周囲を見て回る。一階には事務室の奥に従業員の仮眠室があり、仲居が寝ているはずだが、井口親子は本館のそばの離れに住んでいるはずだった。
そして本館のすぐ裏には戸叶家の住宅が接していて、女将や楓はそこで寝ているはずだ。
昔は家族は多かったはずだが、二人いたという女将の弟もそれぞれ独立して家を出てしまっていて、四年前に楓の祖母を亡くしてからは、母子二人だけの暮らしになってしまったという。
さぞ寂しいことだろう。
そんなことを思いながら事務所の中を覗いてみると、電話機に接続されたFAXが受信可能な状態であることを示す緑色のランプがチカチカと灯っていて、その光だけが暗い部屋に瞬いていた。
遠くから換気扇を回すモーター音が聞こえる。大浴場の方だろう。
そっちも見に行かないと。
そう思ったが思いのほか億劫で、後にしようかと玄関ロビーのソファーに腰掛けると、そのまま立ち上がりたくなくなった。
不思議なものだ。
ついこの四月に、普通の学生生活が始まったばかりだったのに、いつの間にこんな遠くの温泉宿に泊まりに来て、深夜に誰もいない玄関で得体の知れないものを見張るようなことになってしまったのだろう。
空調の機能を時間帯で落としているのだろうか。肌寒さを感じながらしばし物思いに耽っていると、ふいに玄関の外からなにかの物音がした。
どきりとして立ち上がり、恐る恐る玄関の自動ドアにかけられたカーテンの隙間から外を覗き込む。
旅館の敷地の中の、背の高い街灯が丸い明かりを灯しているその下に、なにものかが動く影が見えた。
自動ドアは、電気スイッチが切れている。しかし僕らがそこからも外に出られるように、今晩だけはロックがされていないはずだった。
二枚の厚手のガラスが合わさるその隙間に指先を入れ、力を込めるとドアは手動でわずかずつ開いていった。
瞬間、冷気が顔に吹き付けてくる。通り過ぎようとした人影がびくりとしたように立ち止まる。
「楓さん」
声を掛けられた相手はスクーターを押して歩いていたところだった。
「わ、びっくりした」
それはこっちのセリフだ。まだ帰ってなかったのか。もう時刻は二時半を回ってい

417:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:08:40.21 HrRb/QUY0
「今夜は寝ずの番なの? あの人は?」
「交代で番をしてるんですよ。今は部屋で寝てます」
そばに近づくと、アルコールの匂いがした。
「飲酒運転」
そう言って指でバツを作ってやると、「堅いこと、言いっこなし」と楓は笑った。それから声をひそめて、しばしのあいだ立ち話をする。今夜はかなり楽しく遊んだようだった。
その中でふと、なんの気なしに僕は問い掛けた。
「和雄さんのこと、どう思ってんの」
女将は明らかに二人をくっつけようとしている。そして周囲もそれを追認しているようだ。もちろん和雄自身も。しかし若者にとって重大なイベント日に、女友だちとの遊びを優先した彼女の心理はどういうものなのだろうか。
楓はう~ん、としばし唸った後、ぼそりと言った。
「和にぃは、堅物すぎ」
まあ、そこが今どきの男には珍しいんだけど。そう言いながら両手の手袋を片方ずつ脱いでいく。
「もう少し強引じゃないとね。今日だって……」
そう言いかけたところで、おっと、という表情をした。
「まあ、その上の修にぃよりはまだクダケてるけど」
じゃあ、お休み。
そう言って手を振りながら楓はスクーターを押して旅館の裏手へと消えていった。
表の道路と同じように舗装されているので、道が悪いわけではない。ただ客商売をしているので、深夜に帰宅する時は手前でエンジンを切ってくるのだろう。
酔ってはいても、身についた習慣があるのだ。なかなかしっかりした子に思えた。
そんでもって、脈有りだなあ、和雄さん。
僕はしばらくそこに佇んだ後、周囲になんの気配も感じないのを確認してから旅館の中に戻って行った。
空調は弱いが建物の中はさすがに寒空の下とは雲泥の差だ。生ぬるい空気の流れが周囲を包み、わずかな照明だけがロビーの椅子や置物を闇の中に浮かび上がらせている。
なにかが違う。さっきまでと。
立ち止まった僕の心臓がわずかずつ早く脈打ち始める。
なんだこの気配は。

418:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:11:20.50 HrRb/QUY0
息を殺してあたりに目を配る。なにも見えない。動くものも。静止している異物も。
そっと大浴場の方へ足を向ける。ポケットからペンライトを取り出してスイッチを捻る。暖簾をくぐり、脱衣所、浴場、露天風呂と進む。すべて出入り口のロックは外されていた。
師匠もみんなが寝静まってからこのあたりもすべて見回りをしただろうか。
ブーン…… という換気扇の音が自分の呼吸音と混ざる。露天風呂の湯はまだ温かく、湯気が寒気の中に立ち上っている。黒々とした植え込みの影がそれを囲んでいる。
なにも出ない。風呂場を出て、客室へ向かう廊下を足音を忍ばせて歩く。
窓から中庭が見通せる。どの場所も、どの場所も、神主の姿形をしたこの世のものならぬものが現れたという場所だ。
さほど広くないこの鄙びた旅館で、余りにも多くの目撃談がある。これではかえって探し辛い。どこに重点を置いて良いのか分からない。
場所ではない。場所に憑いているのでは、ない。
では一体なにに?
僕は息を殺しながらロビーに戻る。フロアの中ほどに置かれたテーブル。その椅子に腰掛けて玄関のドアの方を向いて座る。
時間がゆっくりと過ぎていく。
なにかいる。わだかまった気配が、それでも形を成さぬように煙か、あるいは水蒸気のような姿で旅館の中を蠢いているようだ。
その姿勢のまま僕は固まり、永遠とも思える時間が流れていった。
朝は、まだか。
いつの間にかそればかり考えていた。繰り返し、繰り返し、そればかり。外はまだ暗い。未だ夜に棲む住人たちの世界。
異世(ことよ)に棲まうものたちの……
…………
いる。
誰かが廊下の隅に立っている。背後に目をやらずとも、それが分かる。いつの間にいたのか。
音も立てず、声も掛けず。じっとそれは立っている。
どんな姿をしているのだろう。
身体が動かない。夢の続きのようだ。目覚めたと思っていた、あの夢の中の。
いや、自分は本当にその後に目覚めたのか。本当はずっと身体はあの和室の布団の中にいるのではないか。
ではここでこうしている自分は誰だ。
ああ、思考がぐちゃぐちゃだ。

419:本当にあった怖い名無し
12/01/07 23:13:30.07 3QEQkkEF0
ウニおつです
つづき早くよみたい

420:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:13:41.51 HrRb/QUY0
誰だ。自分ではない。立っているのは。誰だ。
トットット…… と早いリズムで胸が脈打つ。
動いた。
近づいてくる。
ロビーの隅の暗がりから、それがゆっくりとこちらに近づいてくる。音はない。畳の上のように、その踏み出す足は音を立てない。
ただすーっと気配だけが玄関へと向かうのが分かる。
その途中に、僕がいる。玄関のドアに向かって座っている僕が。気配は止まらない。なにかが起こる。なにかが。
その予感が自分の中で膨張する。そしてそれが弾けそうになった瞬間、僕の耳は確かにその音をとらえた。
鐘の音。
遠く、そしてたなびく様な微かな音の波が乾いた空気を震わせる。
明け六つだ。境界を超えたのだ。
朝六時と決められた現在のこの土地の時の鐘は、この冬場には『彼は誰(かはたれ)』の薄明よりも早く鳴らされるのだ。
いや、外に出れば山の端の空は白みがかっているかも知れない。しかし、玄関のカーテンを閉めたロビーにいてはその微妙な時の移ろいを感じることはできない。
しかし、明け六つだ。確かに人と物の怪の世界を分ける、狭間の時間が終わったのだ。僕は全身の力が抜けるような安堵を覚えた。
鐘の音は続いた。二つ目。そしてその余韻が消え去った後に、三つ目が。それを数えながら、僕は振り返ろうとする。
さっきまであった背後の気配はとっくに消えてい……
その瞬間、心臓が止まりそうになった。
消えていない。気配は、すぐ真後ろまで来ていた。背筋の皮膚が総毛立つような恐怖に襲われる。
なんで。
頭の中にボールペンの先が目にも留まらないような高速で走る。ぎゅるぎゅるという擬音。
す…… 捨て鐘だ……っ!
なんで忘れていたんだ。僕は知っていた。知っていたのに。
明け六つの六回の鐘が撞かれる前に、これから時を告げることの先触れとして、鳴らされる鐘があった。

421:未 本編2 ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:18:06.02 HrRb/QUY0
三回の捨て鐘。つまり明け六つは九回鐘が鳴らされるのだ。その最初の三回は、明け六つよりも前、つまり境界の上にある時刻。
それが鳴り終わるまではヒトの支配する時間ではなく、未だたゆたう、狭間の時間に属しているのだ。
背中に、氷のように冷たい気配が触れた。つま先から頭の天辺まで、なにかが走りぬけた。
鐘の音。
四回目の。
その瞬間、背後から触れた気配はそのまま僕の身体を突き抜け、突き抜けながら消えて行った。明け六つの始まりと同時に。
その気配は視覚的には全くとらえることはできなかった。しかし確かに、なにか得体の知れないものが、消えながら玄関の外へ向かうのを感じていた。
その気配に突き抜けられた部分の体温が根こそぎ持っていかれたような気がした。いや、体温だけではなく、生気というか気力というのか、なにかそういうものもベリベリと剥ぎ取られたかのようだった。
気配が完全に消え去り、九回目の鐘の音を聞き終わっても僕はその場で動けなかった。椅子に腰掛けたまま、悪寒が全身を駆け回るのをじっと感じている他なかった。
「おい」
いきなり後ろから肩を掴まれる。師匠がいつの間にか息を切らせて後ろに立っていた。「出たのか」と訊かれて必死で頷く。師匠は舌打ちをすると、周囲を警戒するように見回す。
あのなにものかの気配を感じて布団から飛び起き、そのまま部屋から走ってきたのだろうか。
「神主か」
「たぶん」
はっきりは分からなかったが、最後に本物の明け六つの始まりと同時に消え去りながら、その瞬間に神主の着るような装束を身に纏っているのが見えた気がした。そのことを切れ切れに説明する。
「そうか。後で状況を詳しく教えてくれ。とりあえず部屋で休め」
ヒューヒューと胸の真ん中から体内の空気が抜けていくような錯覚があった。
「大丈夫だ。すり抜けただけなんだろう? 襲われた感じでもないしな」
そう言いながら師匠はズボンのポケットから金属製の薄いケースを取り出した。さらにその中から半紙を畳んだようなものを摘み出す。


422:未 本編2 ラスト ◆oJUBn2VTGE
12/01/07 23:20:31.49 HrRb/QUY0
「これ飲んで寝ろ」
蓋の形に折り込まれた部分を捲ると、中には粉薬のようなものが詰まっているのが見えた。
「なんです、これ」漢方薬のようなものだろうか。
「言ったらプラセボにならないだろう」
言っているし…… 偽薬と。
ともかく僕は師匠からその薬を受け取り、コップに汲んできてくれた水で喉に流し込んだ。苦かったが、気のせいか悪寒が溶けていくような感じがした。
少し楽になって、なんとか立ち上がり、二階の階段に足をかけた。そのとき玄関フロアの明かりが完全に灯り、「おはようございます」という声とともに女将がフロントの奥から顔を覗かせた。
僕は蚊の鳴くような返事をして、師匠が女将に何ごとか話かけるのを尻目に階段を上がり、眠るために部屋に戻っていった。

           ◆



423:本当にあった怖い名無し
12/01/07 23:23:47.75 qvkA2zDfO
ウニさん乙!

424:本当にあった怖い名無し
12/01/08 00:03:31.90 Gq4lgI9/0
3の投下が待ち切れない!

425:本当にあった怖い名無し
12/01/08 05:25:31.55 P4VBKsfH0
ウニ乙

426:本当にあった怖い名無し
12/01/08 11:38:05.73 oQ83bdV20
ウニさん乙

427:本当にあった怖い名無し
12/01/08 12:09:31.25 RHNg2v2l0
3が早く読みたくて辛い・・・

428:本当にあった怖い名無し
12/01/08 20:55:39.75 LtHOhocl0
わーお!

429:本当にあった怖い名無し
12/01/09 12:30:05.56 P0PwmQzV0
ウニが来てもこの過疎ぶりw
スレとしては完全に終わってるな

430:本当にあった怖い名無し
12/01/09 13:51:36.62 IEW4kJgI0
いや…別にウニについては大して興味ないし、ウニには感想言わなきゃいけない決まりとかあんの?
他の人来ないかなと思ってたまに覗いてるが、もう赤緑とウニ以外誰もいないのかね

431:本当にあった怖い名無し
12/01/09 14:41:21.96 dxzV95E/0
なんでそんな怒ってんの?

432:本当にあった怖い名無し
12/01/09 15:02:23.89 NHaF6FKz0
投下してくれる人が居るなら必要なスレじゃん。
不要なスレなんて他に沢山あるし。

433:本当にあった怖い名無し
12/01/09 15:24:45.68 iMy14JT40
熱望 超熱望
早く続きが読みたいです

434:本当にあった怖い名無し
12/01/09 19:18:05.90 P0PwmQzV0
>>432
数カ月に一度しか投下されてないのに必要?
ここはお前が運営してる掲示板か?鯖運用にはかねかかってるんだよ
機能してないスレは要らないって言うのがおかしいのか?

435:本当にあった怖い名無し
12/01/09 20:06:50.36 899vLhrt0
タニマチ気取りw

436:本当にあった怖い名無し
12/01/09 20:56:46.71 hMOkgzLCi
なんだ金出してる人か?

437:本当にあった怖い名無し
12/01/09 22:41:25.43 iMy14JT40
機能してないと言ってるレスも無駄だよ
>>432がスポンサーなら謝るが
違うなら来なきゃいいだろ?
本当に無駄なスレなんか沢山あるだろ?



438:本当にあった怖い名無し
12/01/10 00:43:03.59 ioJRn5uH0
ちっちぇえ奴らだな
嫌なら来るなカス共が

439:本当にあった怖い名無し
12/01/10 00:50:36.83 AMCVOjHC0
みんなはさーん

440:本当にあった怖い名無し
12/01/10 00:57:04.99 99CbKArV0
数カ月に一度だろうが投稿する人もいるし待ってる人もいるんだから必要だろう
>>434みたいに運営が心配ならもっと使われてないスレもあるんだから、それを必死に探して削除依頼でも出してれば良いんじゃない?

441:本当にあった怖い名無し
12/01/10 03:07:45.69 AMCVOjHC0
そもそも2chが不必要だよね

442:本当にあった怖い名無し
12/01/10 15:03:40.14 /uREldn/0
>>440
だから、ここは公の掲示板であっててめえの掲示板じゃないんだよ
機能してないスレは落ちてしかるべきなのが理解できないのか?
他のいくらでもスレはある。
ここがなければ他の該当スレに投下すればよいだけの話
運営の心配?あほか。ルールぐらい把握しておけよ

>>441
機能してない、というのと不必要というのとは全然意味が違うだろう
2chのまとめスレは数多くある。それを楽しみにしてる人もいる
お前だってウニキタ━(゚∀゚)━!とか喜んでるんだろ
楽しまれてる時点で必要なんだよ

それと「機能してない」ってのは全く意味が違うって気づけよ

443:本当にあった怖い名無し
12/01/10 15:23:11.07 wT+wBZ4t0
×機能してないスレは落ちてしかるべき
○機能してないスレは落ちる

まーこのスレ機能してんだわw
残念だったねぇ

444:本当にあった怖い名無し
12/01/10 17:41:43.46 Nwgz4L6b0
>>442
すごくブーメランな訳だが

445:本当にあった怖い名無し
12/01/10 19:55:57.40 /uREldn/0
はあ?数カ月に一度しか投下されないスレが機能してる?
残念もクソもねーよ
信者が必死に保守してるだけだろ。
機能してるって言うなら作品以外禁止にしてみろよ
レスが一定期間無いとdat落ちするから試す価値あるな



446:本当にあった怖い名無し
12/01/10 21:13:25.30 CcF2dF+g0
>考察や、好きな話について語り合いましょう。
テンプレが読めない残念な子なんやな
放置で


まあそれは置いといていよいよ怪異との遭遇と相成った訳ですが、
伏線の張り方といい引っぱるタイミングといいレベルアップしてます
自分の中では見えた(ように思える)部分もあるけどはたして真相は?

447:本当にあった怖い名無し
12/01/10 21:35:33.34 FwpbyzknO
くだらない…

448:本当にあった怖い名無し
12/01/10 21:58:17.75 /uREldn/0
>>446
その考察も好きな話も誰もやってないのも込みで機能してないって言ってるだろ
馬鹿なのか?
で、すぐそのあとに

>まあそれは置いといていよいよ怪異との遭遇と相成った訳ですが、
伏線の張り方といい引っぱるタイミングといいレベルアップしてます
自分の中では見えた(ように思える)部分もあるけどはたして真相は?

って、恥ずかしすぎるだろw
いつものように落ちそうになった時にだけ保守しとけよ馬鹿が

449:本当にあった怖い名無し
12/01/10 22:17:58.11 CcF2dF+g0
>その考察も好きな話も誰もやってないのも込みで機能してないって言ってるだろ
しらんがなw
じゃまあコテトリつけて如何に機能して無いか語れば?
坊やも理論()展開しやすいだろうし、興味ない人はNGしやすい
双方良しで万事オッケー!

あ、以降放置するんでヨロ


450:本当にあった怖い名無し
12/01/10 23:10:46.77 22TDDqZR0
ブーメランが怖いんで黙りますってか
まあ、次スレは既にあるんだからここが落ちてもそっちに移ればいいだけだな

451:本当にあった怖い名無し
12/01/11 00:01:52.11 AMCVOjHC0
必要ってのは必ず要るっていう意味だぞ……

452:本当にあった怖い名無し
12/01/11 00:59:12.53 7NkjRE8y0
勝手に削除依頼だせば良いじゃん
判断は任せれば納得がいくだろ?
とりま、黙ってくれると言う事で良かったよ

453:本当にあった怖い名無し
12/01/11 19:53:55.59 PEVHMlVE0
>>451
じゃあいくらでも代わりのスレが有るこのスレは必要じゃないね!
作品投下はもとより作品への感想や考察より住人の争いが賑わってるって凄いね

454:本当にあった怖い名無し
12/01/11 21:10:00.76 PWzQUg4x0
おk

455:本当にあった怖い名無し
12/01/12 03:14:54.74 tztL9qHc0
>>453
だから2chそのものが不要だと

456:本当にあった怖い名無し
12/01/12 03:26:55.85 VUjNGCnl0
お前ら、おもしれーな

457:本当にあった怖い名無し
12/01/12 17:59:55.78 Y4jqHXlf0
ウニさん待ちです

458:本当にあった怖い名無し
12/01/12 22:15:08.07 A4Nw9chW0
グダグダ文句ばかり書いてるカスは全員死ね。

ウニ待ってるぞ。

459:本当にあった怖い名無し
12/01/13 18:07:41.21 LGU9zp5Y0
おk

460:本当にあった怖い名無し
12/01/14 20:52:44.59 cHcvQ7ht0
>>455
2chが賑わってるという事実が見えないほど脳みそ腐ってるの?
不要ということは誰にも必要とされてない状態のことを言うんだよど低能
延命処置のような保守レスしないと落ちるスレとは違うんだよ


461:本当にあった怖い名無し
12/01/14 22:30:24.47 KbBs/C4c0
これが依存症か……

462:本当にあった怖い名無し
12/01/14 22:51:05.16 NfKHGkkX0
2ch無くなったら世界崩壊するぞとか言い出しそうだな
閉鎖したらまた別のコミュニティ探すんだよ

2chなんて必要悪としてもアングラとしても大きくなりすぎたから一度潰れたほうがいい

463:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:37:27.49 PnBJCiQI0
目が覚めたのは朝の九時過ぎだった。
まだ頭が重く、肌触りの良い布団から出るのは億劫だったがなんとか気合を入れて起き上がった。三時間ほど寝ていたらしい。
広い部屋の真ん中に布団が一組だけ敷いてあるのを改めて眺めると、凄く贅沢な気分になる。
大きな窓のカーテン越しに朝の光が部屋の中に射し込んでいる。浴衣の襟のあたりを掻きながらそちらにぼうっと目をやる。
それから自分の身体の様子を確かめたが、特に異常はないようだ。あの謎の薬が効いたのだろうか。
部屋を出て師匠を探すと、一階の玄関ロビーでOL四人組と話をしていた。見るとみんな荷物を持っている。もうチェックアウトするところらしい。
「結局オバケ出なかったなあ」
「なにつまらなそうに言ってんのよ。一番ビビッてたくせに」
「ああもう。変な噂聞かなきゃ良かった! あんま寝られなかったわ」
「でもさ、ちょっと見てみたくなかった?」
OLたちは朝から元気に声が出ている。師匠は笑ってそれを聴いているだけだ。
「じゃあねえ。年下の彼氏くんも、バイバイ」
そんなことを言いながら彼女たちは僕らに手を振って、外にとまっていた旅館のバンに乗り込んでいった。旅館の中が急に静かになった。
勘介さんが運転するバンがゆるゆると発進していくのを見送ってから、僕は広間に用意されていた朝飯を食べた。焼き魚を中心としたシンプルなメニューだった。
しかし温泉たまごが小皿についていて、それがやたらうまそうに見えて、先に食べるか、最後にとっておくか悩んでしまった。
もう一組の親子連れももうチェックアウトした後だったので、客は僕と師匠しかいなくなったことになる。いや、もう客を装う必要もなくなったわけだ。
先に朝食をとり終わっていた師匠に、僕が体験したことをこと細かく説明しながら最後の温泉卵を残ったご飯の上に乗せて、小瓶に入った、だし醤油を垂らす。
「四回目の鐘で消えたか」
「はい」
味付け海苔の袋を裂いて、さらにその上に千切りながらトッピングする。それを勢いよくかき込んでいると、師匠が言う。
「捨て鐘の意味も理解しているということは、やっぱりこの土地の霊だな。昨日今日やってきたような浮遊霊の類じゃないのは間違いなさそうだ」
さらりと言った言葉の中に、師匠の思想が一本の楔のように通っている。


464:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:39:07.67 PnBJCiQI0
師匠は霊の在り方に普遍的なものをあまり認めない。「死後の霊魂とはこういうものだ」という生前の記憶がその存在の濃度、そして特性を規定するのだ、という思想を持っている。
例えば足のない幽霊画が広く知られている日本では足のない幽霊が現れるが、そんな発想のない外国では幽霊にしっかりと足があるものだ。
境界を越えたことを告げる明け六つの始まりのタイミングを正確に分かっているからこそ、そういう消え方をしたのだ、と言っているのだ。
「食ったら、行くぞ」
「はい」
お茶を胃袋に流し込み、口を拭いた。これから若宮神社に行くのだ。テキの本丸かも知れない場所に。そう思うと少し緊張してくる。
連れ立って広間を出ると、事務所にいた女将をつかまえる。
「今夜カタをつけるつもりです」
師匠は真剣な表情でそう切り出した。女将が訊き返すと、やはり同じ言葉を繰り返した。「今夜です」
それに対し、女将はやんわりとした言葉で説明を求めた。
「今日は、泊り客がいないはずでしたね」師匠は説明の代わりに、そう訊ねた。
「ええ」
この依頼のこともあって、大晦日までなるべく宿泊客をとらないようにしていたらしい。OL四人組やもう一組の親子連れのようにかなり前から入っていた予約の客だけはどうしようもなかったが、そんな客も今夜はいないということだった。
昼から他の従業員も休みになり、『とかの』には女将と井口親子だけになるのだという。
確かに今夜はこの旅館に憑りついた霊と対決するには絶好の場面と言えそうだが、いったい師匠はそのカタをつけるためのどんな見込みがあるというのだろうか。
そう思いながら横顔を見ていると、師匠はズボンのポケットを探り始め、折り畳まれた半紙を取り出す。
「ここに書いてあるものを用意してください。重要なことです。できますか」
女将は渡された半紙を怪訝な顔で見つめる。
「だいたいご用意できると思いますが……」そう言いながら、書かれている後半部分に目を留めて困惑したような表情を浮かべる。
「ああ、最後のは若宮神社にあるでしょう。自分が借りに行きます。それで、済みませんが今から電話をしてくれませんか、貸していただけるように」
「分かりました」
女将は電話をかけに行き、ほどなくして戻ってくる。

465:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:40:38.64 PnBJCiQI0
「いつでもお貸しできるそうです」
「ありがとうございます。ではさっそく今から若宮神社に行ってきます。正直どうなるか、まだ手探りな状態です。が、なんとかして見せますよ。これでもこの手のことは専門家ですから」
 師匠はそううそぶいて、下手な安請け合いをした。
「お気をつけて」
女将は期待しているのいないのか分からないような良く統制された表情で、そう頭を下げた。
しかし、何気なく発した自分の言葉になにか思い至ったかのようにハッとして口元を抑えた。なにか不吉なものを感じたのだろうか。気をつけなくてはらないなにかが待っていると? なんだかこっちまで怖くなってくる。
神社までは歩いて行くのかと思ったが、女将が自転車を貸してくれた。宿泊客用に何台か旅館に備えているらしい。
建物の裏手の駐車場から二台を選んで玄関まで回してくる。
「昼ご飯は、いりませんから」
師匠が女将にそう告げた。
「神社で話を聞いた後、調べものがあるのでそのまま町の図書館へ行く予定です。飯もそのあたりで食べます」
自転車に跨りながら、師匠は「楓さんは?」と尋ねた。
まだ寝ています。
女将はそう言って苦笑しながら母親の顔を見せた。「まったくあの子は」
風が冷たい。外はずいぶんと冷え込んでいる。昨日よりも気温は低いかもしれない。厚着をしてきたつもりだが、身体が縮こまりそうだ。
「行ってきます」
師匠の後に続いて出発する。玄関からダンボール箱を抱えた広子さんがこちらを見ながら指先だけで手を振っていた。また顔のパーツを変に真ん中に寄せたような笑顔を浮かべている。
つられてこちらも笑顔になる。
師匠は寄り道もせずに、昨日裏山の上から見た若宮神社のある方角へ真っ直ぐ進んでいった。
師匠は車ではないときは、僕に自転車をこがせて自分はそのうしろに便乗し、あっちに行けこっちに行けと指示を出すばかりで実に良い身分なのだが、珍しく自分で自転車を運転するときはやたらとこぐのが早い。
スポーツ万能と自分で言うほどのことはあり、身体能力やバランス感覚は目を見張るものがあった。

466:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:44:45.72 PnBJCiQI0
借りた自転車の微妙な性能差もあり、その師匠について行くのが精一杯で、なんとか置いて行かれないように、道端の雑草も枯れたような色合いをしている細い田舎道を、頑張ってペダルを踏み続ける。
十五分ほど走っただろうか。遠くに見えていた山が眼前に迫り、道路にはいつの間にか傾斜がつき始めていた。なだらかな山道に入り、その麓付近の集落をいくつか通り過ぎて、一際立派な木々が鬱蒼と茂っている一角にたどりついた。
「鎮守の森だな」
スギやヒノキといった常緑高木が混合林を形成しているようだ。その背の高い木々の枝葉の隙間から、木造の建物の屋根がちらちらと覗いている。
道路が広くなっている所で自転車を止め、鎮守の森の中へ足を踏み入れるとすぐに赤い鳥居が見えてきた。
「明神鳥居だ。副柱もない、一般的なものだな」
シンプルな形をしているが、古びた佇まいは森とその奥の参道を守り続ける長久の時の流れを感じさせてくれる。
「あれ。でもこないだ行った神社でこれと同じ形のを見ましたけど、春日鳥居って言ってなかったですか」
師匠は振り向くと、鳥居の上部を指差しながら言った。
「笠木を見ろ。両端が中央部に比べて反りあがっているだろう。反り増し、と言って、それがあるのが明神系、ないのが神明系の鳥居だ。春日鳥居は神明系。ていうかこないのだのとのは全然形が違うだろ。台石もあるし」
説教が始まりそうだったので、鳥居から目を逸らし、その両脇を固めるように配置されていた狛犬に近寄って「なかなか立派な狛犬ですね」と苔むしたその身体を触った。
鳥居の右側にあるそれは、厳しい顔をして口を閉じ、懐にいる小さな狛犬の頭を撫でている姿をしている。
しかし師匠はそこにもダメ出しをしてくる。
「よく見ろ。それは獅子だ」
「は?」
「頭に宝珠を載せているだろう。そっちの、頭に角が生えてる方が狛犬だ」
そう言われて反対側に配置されていた方の石像を見ると、確かに角が生えている。口は唸りを上げるように開かれ、足元の丸い玉を踏みつけている姿だった。
「元々は獅子と狛犬が一対になっているのが正式なものだが、時代が下るにつれて獅子と狛犬の区別がなくなって、今じゃ両方とも一般的に『狛犬』と呼ぶけどな。

467:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:49:00.19 PnBJCiQI0
本来は社殿に向かって右側が獅子で、左が狛犬。同じく右側が口を開いた阿形、左が口を閉じた吽形。ここのは阿吽は逆配置だな。しかしこの右側は明らかに獅子の特徴を備えている」
言われてまじまじと見比べたが、普通の狛犬となにが違うのか分からなかった。
「まあどうでもいいよ。狛犬なんて神社によって千差万別だ。職人の個性であって、祀っている神様ともほとんど関係がない」
先に行くぞ。
師匠はさっさと鳥居を潜って行ってしまう。僕も慌てて後を追う。
参道は長く、その道の端には比較的小ぶりなクスノキが枝葉を精一杯伸ばして立ち並んでいる。その下を通るとチチチ…… という鳥の鳴き声が頭上から聞こえてくる。
途中で手水舎(ちょうずや)があったので、並んで口をすすいだ。
参道の奥に拝殿が見えてきた。遠くから見た印象よりもかなり大きい。玉砂利を踏みながら境内を進むと、拝殿のそばで箒を持って枯葉を掃いている男性の姿があった。
白衣の上に黒い着物を重ね着して、下は薄青い袴という格好をしている。見るからに寒そうだ。しかし男性は平然とした身のこなしでこちらに向き直り、「お待ちしておりました」と微笑みかけてきた。
この若宮神社の宮司である石坂章一さんだった。和雄の父親であり、彫りの深い顔が良く似ている。もう五十歳は過ぎていると思われるが、背筋はピンと張っていて背もかなり高い。
師匠のことはすでに女将から聞いているようだ。挨拶を交わし、さっそく本題に入る。
「とかのに現れるという神主姿の霊ですが、お心あたりはないんですね」
「はい」
章一さんは溜め息をつきながら、戸惑っております、と言った。
「和雄さんにも訊きましたが、こちらの装束が盗まれるようなことはありませんでしたね」
「ええ」
「まあ、わたしもこれが誰かのイタズラなんていう線は考えていませんが、噂に便乗した誰かが良からぬことを考えるということはありえない話ではありませんから」
拝礼をさせていただいていいですか?
と師匠は言って拝殿に近づいていく。
「御祭神は八幡神、応神天皇ですね? 作法は二拝二拍手一拝でよろしいですか」
「応神天皇と仲哀天皇、そして神功皇后です。作法はそれで結構ですよ」
師匠は賽銭を投げると、丁寧な動きで拝殿の奥に向かって二回頭を下げ、二回拍手を打ち、また一回頭を下げた。腰が九十度折れている。

468:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:53:17.59 PnBJCiQI0
僕も真似をしたが、綺麗に直角に曲げるのは上手くいかなかった。コツが要りそうだ。
「この瑞垣(みずがき)の奥が神殿ですね」
拝殿の向こうには垣根で囲われた空間があり、その中に一回り小さな本殿の姿が見えた。
「この神社は、戦国武将であった高橋永熾が勧請してきたものだと聞きましたが、それ以前からあった神社はこちらへ合祀されたのでしょうか」
「あまり古いものは分かりません。明治以降なら合祀の記録が残っておりますので社務所の方でお見せしましょう」
「では、のちほどお願いします」
師匠は境内を歩き始める。
「末社はあちらですか」
師匠の指さす先には横に長い社殿のミニチュアのような建物があった。
「手前が摂社で、仁徳天皇、日本武尊、武内宿禰などをお祀しております。末社はその奥です」
末社は一つの小さな建物で、軒の下に塗装が剥げかけた朱塗りの扉がいくつか並んでいる。
「祖霊社はありますか」
師匠の問い掛けに、当代の宮司の顔が少し緊張を帯びた。祖霊社というのは、歴代の神職や氏子の霊を祀った社(やしろ)のことらしい。
「この端がそうです」
鍵の掛かった扉の上部にかけられている額を確認しながら、師匠はその正面に立った。
歴代の神職の霊がこの中に……
その意味を考えて、少し背筋に冷たいものが走る。今朝の体験が脳裏に蘇った。
師匠は目を閉じて、そっと扉に右手を触れる。章一さんと僕が見守る前で、しばらくその格好をしていたかと思うと、ふいに肩の力を抜いてこちらを振り返った。
「違うな」
そう言い切った師匠に章一さんは驚いた顔を見せる。
彼もこんな若い自称霊能者など胡散臭い目で見ていたはずだ。ただ『とかの』に対する負い目から、女将が雇った師匠にそれなりの応対をしてくれていたに過ぎない。
しかしその自称霊能者が、祖霊の仕業ではないと言ったのだ。『そういうこと』にしておけば、話がシンプルになり、やりやすいはずなのに。
「あれが時の鐘ですか」
師匠の視線の先に、鐘楼堂がある。境内の隅の方だ。
近づくと大きな鐘がお堂の屋根の下に釣り下がっている。


469:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:55:03.11 PnBJCiQI0
「鐘はあなたが?」師匠は撞く真似をした。
宮司は頷く。
「時の鐘があるのは神社では珍しいようですが、神仏習合のころの名残でしょうな」
「かなり昔からあるのですね」
「当神社が開かれたころから、と伝わっております」
「鐘自体は新しいものですね」
「ええ、これは昭和になってから鋳造されたものです。古いものはあちらに」
境内の一番奥まった場所に、朽ち果てたような別の鐘楼堂があった。打つための撞木(しゅもく)もついていない。
そちらの鐘はいかにも古そうな姿をしていた。錆が全面に浮いていて、元の色もはっきりとしない。
師匠はその古い鐘の下に歩み寄るとぐるぐると回りながら観察し始めた。
「銘はありますか」鐘の反対側から顔だけを出してそう訊ねる。
「いいえ。あった跡はありますが、欠けてしまっているようです。高橋永熾が持ち込んだ最初の鐘だと伝えられておりますのでこうして今でも保存していますが、もしかすると何代目かのものなのかも知れません」
ふうむ、と呟きながら師匠は鐘の下部を指でなぞった。そして指についた錆をしげしげと眺める。
よく見ると師匠がなぞっていたあたりはとくに錆が多い。下から数十センチにかけてぐるりと別の模様がついているような感じだった。
「なるほど」と呟いた後、師匠は章一さんに問い掛けた。「この錆がどのようにしてついたものか、伝わっていますか」
「錆、ですか」
章一さんは戸惑ったように「いいえ」と言った。
「なるほど、なるほど」と師匠は繰り返し、錆を指から払って手を叩いた。「ではその合祀の記録を見せていただけますか」
それから連れ立って拝殿のそばにあった社務所に戻った。
畳敷きの部屋に通され、しばらく待っていると章一さんが丸めた厚紙を持って現れた。
「これは写しですが」と言って広げた大きな紙には神社の祭神や由緒などが細かい字でびっしりと書き込まれていた。写しと言ってもコピーのことではない。書き写したものということだ。
「合祀の記録は…… と、ここからですね」師匠が紙を指でなぞる。

470:本当にあった怖い名無し
12/01/14 23:58:00.89 ZUDr+NZe0
支援

471:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/14 23:59:00.58 PnBJCiQI0
「なるほど、明治以降のものだけですね。合祀したのは七つか。社格は無しか村社…… ほとんどが祭神不詳ですね。単に『カミ』と呼ばれていた村落社会の氏神というわけだ。
記載項目に境内坪数や社殿の間数、それに管轄官庁までの距離まで書いてあるということは、恐らく明治十二年の『神社明細帳』づくりための取調べの際に作成された記録でしょう」
師匠は僕に、明治の「神社整理」に関する簡単な説明をしてくれた。
どうやら明治の初期に、それまで乱立していた全国各地の様々な神社を国策として調べ上げ、仏像を御神体にしているような神社を改めさせたり、由緒も祭神もはっきりしないような小さな神社を
近隣の神社に合祀させたりして統廃合を進めることで地域の神社の機能を再生させようとしたのだという。
この若宮神社もご他聞に漏れず、そうした近隣の「カミ」たちを合祀してきた歴史があった。合祀されたカミは、主に先ほど見てきた末社に祀られているそうだ。
「合祀された七社は、どれも拝殿もないような小さな神社ですね。住み込みの神主などいなかったでしょう。祭りなどの際には恐らくこちらの若宮神社から神主が出向いていたのではないですか」
師匠の推測に章一さんは頷いた。「そう聞いております」
結局この松ノ木郷では、神様に関わる行事はすべてこの若宮神社が関わっていたということのようだ。
「この若宮神社は遷宮もありませんね」
「はい。ずっとこちらに」
「とかのの周辺に分社などもないと聞いていますが」
「その通りです。ございません」
章一さんはそう言った後、慎重に付け加えた。「少なくとも私どもは把握しておりません」
師匠はしばらく社務所の天井を眺めていた。そしてゆっくりと首を戻し、「よく、分かりました」
と言って腰を浮かせた。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げたので、僕は驚いて袖をつつく。
「もういいんですか」
「もういいんだ。聞けることは聞いた」
おいとまします。
師匠がそう言うと、章一さんは「そうですか」と同じように頭を下げ、「あまりお力になれませんでした」と硬い表情で口にした。

472:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:00:55.96 PnBJCiQI0
社務所の玄関で靴を履いていると、章一さんが大きな布袋を抱えてやってくる。
「これを」
師匠は「あ、忘れるところでした」と言ってそれを受け取り、中を覗き込んで一つ頷いた。「どうもありがとうございます。後日返します」
「それ、なんですか」
僕も覗き込もうとすると、「お楽しみは後だ」と見せてくれなかった。ちらりと縄のようなものが見えただけだった。
「そう言えば、和雄さんは?」
話を逸らすように師匠がそう問い掛けると、「少し前にどこかへ出かけましたな」との返事だった。
また『とかの』に手伝いに行ったのかも知れない。まめなことだ。
「この神社は、ご長男の修さんが継がれるんですか」
「いやいや、まだまだ」
そう言って章一さんは手を振ったが、相好を崩している。自慢の息子のようだ。跡継ぎ不足に悩む神社は多いのだろうが、皇學館まで行った息子がいると、まずは一安心というところだろう。
もう一度お礼を言って、僕らはもときた参道の方へ向かう。
鳥居のところまで見送りをしてくれた章一さんの姿が小さくなり、最後に軽く会釈をして自転車を置いてある場所まで歩いていった。
その途中で師匠が呟く。
「もう少しで全貌が見える」
もう少しもなにも、僕には肝心の若宮神社でほとんど収穫がなかったようにしか思えなかった。
師匠はニヤリと笑うと、「さあ次だ」と言った。

           ◆

自転車をこいで西川町の中心街まで出てきた僕らが次に向かった先は図書館だった。
「裏を取るぞ」
師匠はそう言って郷土史のコーナーから本を抱えて閲覧室の一角に陣取った。そして西川町の変遷や若宮神社の歴史などを片っ端から調べていった。

473:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:01:22.55 CLe823bA0
支援!

474:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:03:40.53 PnBJCiQI0
どちらもこれまでの情報の詳細や再確認といったものばかりで、なにか今回の事件に関係していそうなものは見当たらない。
飽きてきて上の空になり始めた僕を尻目に、師匠は楽しそうに頁を捲り続けている。
「お、見ろ。亀ヶ淵のことが載ってる」
あの道路沿いの貯水池のことか。
紙が変色しかかった古い本に、白黒の写真とともに貯水池の歴史が記されていた。
「あんまり詳しくないな」
ぶつぶつ言いながら師匠は顔を近づけて読んでいる。
戦国武将の高橋永熾がこの大規模な土木工事を行った背景と、その効果がどのようなものであったかが、簡単に説明されていた。
かつてこの枝川沿いには亀ヶ淵という名前の沼地があったそうだ。そこを新たに掘り抜いて溜め池として補強し、川から水を引いてくるという工事の工程が図解とともに示されている。
ふんふん、と鼻を鳴らして読んでいた師匠が「うん?」と唸った。
「亀ヶ淵の横に、括弧してショウガブチとカタカナで書いてあるな」
「そうですね」
別の項ではちゃんと「カメガブチ」と振り仮名が振られていたので、読み方としてはカメガブチが正しいはずだ。というかそれ以外読みようがない。
ということはショウガブチというのは別名なのだろうか。
「ショウガブチ…… ショウガブチか。あのあたりではショウガでも採れるのかな」と師匠は首を捻る。
そう言えば昨日の夕食で、山菜の天麩羅の中に薄く切ったショウガを揚げたものがあった。名産なのかも知れない。
その味を思い出すと、口の中に幸せな感触の記憶があふれてくる。今日も旨いものにありつけるのだろうか。
僕が舌なめずりをしていると、師匠は立ち上がって、近くで本を広げていた六十歳過ぎくらいの男性に声をかけた。地元の人のようだった。農協のロゴの入った帽子を被っている。
「このあたりはショウガをやっていますか」
「いんや。ショウガなら隣町だなぁ」
「昔はやっていたんでしょうか。ここに、亀ヶ淵のことをショウガブチと書いています」
「うん?」
男性は老眼鏡の位置を直しながら本を覗き込んだが、首を捻っている。

475:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:06:13.01 a2MmWsar0
「あの溜め池は、ショウガブチなんて呼び方、しねえけどなあ」
そう言いながら近くにいた知り合いの老人に本を見せると、やはり同じような答えが返ってきた。
どうやらショウガブチという呼び名は一般的ではないようだ。もしくはもう廃れた古い名前なのかも知れない。
「ありがとうございました」
師匠はお礼を言って本を抱えると、僕に目配せをした。他の本も片付けろ、と言っているらしい。
「もういいんですか」
「うん」
スタスタと歩き出した師匠を追いかける。
「ショウガブチでなにか分かったんですか」
「たぶんな」
また自分一人理解したという顔ですましている。いい加減じれったい。
「教えてくださいよ」と食い下がると、やれやれとばかりに溜め息をつきながら師匠は指を立てた。
「亀という字の読み方はいくつ知ってる?」
亀ヶ淵の「亀」の字か。
訓読みだと「カメ」。音読みだと「キ」。いくつというか、これくらいしか思いつかない。
師匠は大きな辞典を本棚から取り出して、ペラペラと捲り始める。そして亀という漢字について書いてある頁を開いて見せた。
「他に、亀の手と書いて亀手(きんしゅ)とか、亀裂(きんれつ)、あと中国の西域諸国の中の亀茲(キュウシ)って国も亀の字をあてているな。それから『屈む』の屈(くつ)という字の代わりに亀の字をあてた『亀む(かがむ)』なんて言葉もあるな」
知らなかったが、色々あるものだ。
「人名だとバリエーションが多いな。そういや、わたしの親戚にも亀に司と書いて亀司(ひさし)って名前のオッサンがいたな」
しかぁし……
師匠はもう一度指を立てて左右に振る。
「亀をショウと読む例はどこにも出ていない」
「はあ」
だからなんだというのだろう。


476:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:08:36.15 PnBJCiQI0
「まだ分からないのか」
「はあ」
師匠は溜め息をつきながら首を振った。もの凄くバカにされているらしい。
「いいか。読み方が違っているんじゃないんだ。だったら、間違っているのは漢字の方だ」
「漢字、ですか」
偉そうに言われても、だからどうした、という気がしてくる。
「と、いうわけで、解決だ」
なにが解決なんだか。仮に貯水池の名前の謎が解けたところで、なんの意味もない。
そう思っていると、師匠は満面の笑みで続けた。
「神主の幽霊の謎は、解けたよ」
「はあぁ?」
唖然とした僕の肩をぽんぽんと叩いて師匠は、「さあ、もう少し詰めをするぞ」と言った。
僕はわけの分からないまま、うながされてとにかく図書館を出た。
「腹減った。飯食おう」
師匠が俊敏な動きであたりを見回し、食事のできそうな店を見つけ出した。その喫茶店の前に来ると、どこかで見覚えがあるようなバイクが一台だけ止まっていた。
右のハンドルにヘルメットをぶら下げている。そのヘルメットを見て思い出した。師匠も気づいた様子で、バイクを指さしながら「ししし」と口元に手をやって笑う。
ドアを開けると、からん、と音がした。
小さな喫茶店の中には数人の客がいたが、音に反応してこちらに目を向けた人の中に、見知った顔を見つける。
和雄だった。バイク姿は昨日の夕方に見たばかりだ。
「狭い町だなぁ」
そう言いながら僕らがテーブル席に近づいていくと、和雄は驚いたような顔して、そして次の瞬間、困ったような表情を浮かべた。その向かいの席には見覚えのない女性が座っている。
「参ったな」と言いながら頭を掻いた後、和雄は「妹です」と紹介した。
妹ということは翠さんか。確か楓と同い年のはずだ。髪の長いその女性が丁寧に頭を下げるので、こちらもそれにならう。楓とはタイプが違うが、なかなか綺麗な子だった。
「僕らはもう出ますけど、ゆっくりしていって下さい。ここは昼のAランチが安くて美味しいですよ」
和雄は朗らかにそう言うと、会計を済ませた後で僕と師匠に近づいてきて耳打ちをした。
「ここで僕らを見たこと、誰にも言わないでもらえますか」



477:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:09:33.99 a2MmWsar0
頼みます、とばかり、拝むような仕草をする。
「いいよ」
師匠は特に気にしない様子でそう言うと、大袈裟な身振りでウェイトレスを呼び、早口にAランチを注文した。腹が減って気が急いているらしい。
連れ立って店を出て行く二人を横目で見ながら僕も同じものを頼む。疑問を感じはしたが、Aランチがテーブルに並べられるとそんなものは吹き飛んだ。あれこれ動き回って頭を使っているせいか、昨日からやたら腹が減る。
師匠と二人で、出された料理を黙々と片付けていった。
「満足じゃ」
師匠が箸を置く。そのまま楊枝を探しているようなので、僕の目の前にあった容器を差し出しながら、「神主の幽霊の謎が解けたって、どういうことなんですか」と訊く。
 師匠は楊枝を一本抜き取り、口元を隠しながらこんなことを言った。
「謎が解けた、は言い過ぎかな。フーダニットはクリアになったが、ホワイダニットがいまいち見えてない」
「だから、なんですかそれは」
「まあ、とりあえず、今までの解決手段が間違っていたことが分かっただけでも十分だろう」
最後までそんな抽象的なことばかり言ってはぐらかされた。
納得できていないが、師匠が腰を浮かせたので仕方なく一緒に席を立つ。レジで師匠が領収書をくれ、と言うとウェイトレスは驚いた様子で店長を呼びに行った。
普段は近所の馴染み客ばかり相手にしているから、領収書が欲しいなんて言われたことがないのだろう。僕にしてもこんな興信所のバイトをしていなければ、学生の身分で領収書をもらう機会などそうそうなかったに違いない。
厨房の方から出てきた店長が、レジの下の棚をごそごそ漁っているとようやく未開封の領収書の用紙が出てきたので、それに記入してもらった。こんな食事代も、調査費で落ちるのだろうか。
「一度戻ろう」
喫茶店を出たあと、若宮神社でもらった袋をポンと叩いてから師匠はそれを担いだ。
それからまた自転車に乗って僕らは『とかの』に戻った。相変わらず風は冷たいが、その間師匠はペダルを踏みながら鼻歌などうたっていた。随分と余裕が漂っている。
「余裕ですね」そう訊くと、「そうでもないよ」との返事。しかし、表情はやはり余裕そうだった、
「ピースがあと一つ二つで埋まるって感じ」

478:未 本編3 ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:12:19.34 a2MmWsar0
そんな意味深な言葉を吐いてニヤリとした。実に意地悪そうな顔だ。
旅館に帰り着くと、広子さんが暇そうに玄関先に座り込んでいた。
「あ、お帰り~」
座ったまま手を振っている。今日一日客がいないとなると気楽なものだ。年末のかき入れどきにこれではオーナーは気苦労が絶えないだろうが、従業員としてはほとんど休みみたいなもので、ラッキーとでも思っているのかも知れない。
時計を見ると、昼の二時を回っている。
自転車を玄関前に止めて、師匠は布袋を広子さんに押し付けた。「大広間に置いといて」そう頼むと、広子さんは「いいよう」とえっちらおっちら、それを手に提げて大広間の方へ向かう。
僕らはそれを尻目に二階の部屋に上がった。途中、「他の温泉に入りに行こう」と師匠が僕の方を振り返りながら言う。
「他のって、田中屋ですか」
「とりあえずお隣らしいから、そこかな」
「観光気分ですか」
自分でそう言った後、勘介さんが近くにいないかと首をすくめる。あの人は腹に一物を持ってそうだ。女将のやとった僕ら胡散臭い連中に対し、明らかに敵対心を抱いている。あまり不真面目そうな言動をしていると、いつか怒鳴りつけられそうな気がする。
「人聞きが悪いな。情報収集だよ。古参の温泉旅館は新参者の『とかの』を心良く思ってないはずだからな。その裏を取りがてら、例の噂のことについて訊き込むとしよう」
そうして着替えを持ち出し、玄関先に止めていた自転車に乗ろうとすると、楓が敷地の門のところに立っているのに気づいた。
「お出かけ?」
「あ、どうも」
昨日よりも大人びた感じの服装をしている。
「デートぉ?」
師匠がシナを作っていやらしく訊くと、楓は「そんなんじゃないですよ」と手を広げて左右に振る。
「和にぃが、翠ちゃんと昨日きょうだい喧嘩しちゃったらしくて、仲直りしたいから翠ちゃんの好きなスタンドランプをプレゼントしたいんですって」
そのスタンドランプをどう選んでいいか分からないので、買い物に付き合ってくれと言われたらしい。

479:未 本編3 ラスト  ◆oJUBn2VTGE
12/01/15 00:14:24.67 a2MmWsar0
僕と師匠は顔を見合わせた。それでか。喫茶店での和雄の様子を思い出して、笑ってしまいそうになる。
「あ、きた」
田舎道に控えめな排気音を響かせて、和雄のバイクが姿を現す。なんという車種か知らないが、黒っぽいレーシーなやつで、こうして走っているところを見ると、なかなか様になっていてカッコいい。
旅館の敷地に入り、僕らの前でバイクは止まった。
ヘルメットを取った和雄はすました顔で「昨日はどうも」と僕らにしゃあしゃあと挨拶をすると、座席下の収納スペースからもう一つヘルメットを取り出して楓に渡した。
「じゃあ、行ってきます」
ヘルメットを被りながら僕らに手を振って、楓はバイクの後ろに乗り込んだ。和雄はなにか確認するようにゆっくりと僕と師匠に頭を下げ、それからアクセルを踏んで颯爽と走り去っていった。
それを見送った後で、師匠がぼんやりと言う。「でかいバイクだなあ。ヘルメットが二個収納できるやつだぞ、あれ」
そんなことより、さっきのやりとりに和雄の必死さが伝わってきて、なんだかこっちが恥ずかしくなってしまった。どうやら喫茶店では妹の翠との口裏合わせの作戦会議に出くわしてしまったらしい。
妹をダシにしてデートの口実を作るとは、なりふり構わないというより、その生真面目さが垣間見えた気がして微笑ましかった。
「そんなあれこれ理由つけなくても、もっと強引で良いんじゃないかなあ」
昨日の夜のことを思い出してそう呟いたが、師匠は興味を失った様子で「さあ、行こう。早く汗を流したい」と急かし始めた。
確かにハイペースで自転車をこぎ続けていたので汗をかいたし、しばらく身体を動かさないでいると、寒さで急に服に染み込んだ水分が冷たくなっていく。
「いいですねえ」
僕は本心からそう言った。

           ◆


480:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:19:18.00 3C/Mn++I0
はいはい、乙

481:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:46:42.65 pcUyWILQ0
>>461-462
はあ?依存症?
俺個人がどうこう言ってるんじゃねーよ
不要、という意見に普通に反論してるだけだろ
2chの訪問者数言ってみろよ。何を根拠に不要といってんだ?
大体お前らも覗いてるくせに、何が不要だよw

482:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:48:49.71 pcUyWILQ0
2chなんて必要悪としてもアングラとしても大きくなりすぎたから一度潰れたほうがいい
2chなんて必要悪としてもアングラとしても大きくなりすぎたから一度潰れたほうがいい
2chなんて必要悪としてもアングラとしても大きくなりすぎたから一度潰れたほうがいい
2chなんて必要悪としてもアングラとしても大きくなりすぎたから一度潰れたほうがいい

ww
こういう事一回は言ってみたい年頃ですか?w

483:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:53:05.41 u6PVvARw0
>>463-479
ウニ乙!

484:本当にあった怖い名無し
12/01/15 00:55:08.77 8+FOUEBs0
お~つ

485:本当にあった怖い名無し
12/01/15 01:16:53.63 YU739wL+0
>>481
何にでも噛み付きたいお年頃なんだよね^^
必要ないと不必要の違いぐらい理解してから来てね~


486:本当にあった怖い名無し
12/01/15 01:17:39.01 YU739wL+0
>>479
ウニさん乙!

487:本当にあった怖い名無し
12/01/15 01:18:21.60 9jcrHvZP0
>>481
いらんものはいらんよ
「見てる」=「不要ではない」って意味がわからんのだが……

488:本当にあった怖い名無し
12/01/15 02:35:08.59 uogrp2T80
>>479
ウニ乙
待ってた!

489:本当にあった怖い名無し
12/01/15 19:17:40.06 lABedtCO0
ウニアッー

490:本当にあった怖い名無し
12/01/15 21:24:27.37 pcUyWILQ0
>>487
いらんくせに何故覗きに来てるんだお前?

>「見てる」=「不要ではない」って意味がわからんのだが……

ええ?お前こんな超単純な事すら理解出来ないのか?
見てる人がいるってことは需要があるってことだろ。脳みそないのか?
見てるだけじゃない。数多くのまとめサイト・ブログが作られてる
 
ずっとお前不要って言ってるけど、お前個人がが不要という事以外にどういう理由で言ってるんだよ?
人の意見に反対してるだけでお前の考え全く言ってないからただのいちゃもんになってるんだよ

491:本当にあった怖い名無し
12/01/16 14:34:54.04 0rqUO8E70
要らないとか言ってスレの空気を悪くして投稿しにくい空気作ることが目的なんだから
一々釣られて反応してるやつもそれ協力してるということを理解した方が良いよ

492:本当にあった怖い名無し
12/01/16 15:38:59.59 KaXKdTVE0
投稿者に乙だけしとればええねん
ってことでウニ乙

493:本当にあった怖い名無し
12/01/16 15:52:48.14 eP1XodTx0
>必要ないと不必要の違いぐらい理解してから来てね~

どう考えても同じ事だろ
説明できないくせに逃げやがって

494:本当にあった怖い名無し
12/01/16 16:17:33.89 c+fFWPZqO
いいから投下されたら読んでなくても乙だけ言っときゃいいんだよ

495:本当にあった怖い名無し
12/01/16 22:46:38.34 RmRbi1kJi
ウニ焦らし杉。pixivで4UPしてんだから、コッチにも早く投下してくれよ。

週一投下のペースで5が再来週まで読めないとか、待ち遠しくて辛すぐる・・・

496:本当にあった怖い名無し
12/01/16 22:48:10.63 QTqZ1BDQ0
ウニ乙

497:本当にあった怖い名無し
12/01/17 01:48:56.65 0NmKSODv0
>>490
ずっとお前必要って言ってるけど、「必ず」「無くてはならない」んだよな?
じゃあ2ch無くなったらどうするの? 死ぬの?

498:本当にあった怖い名無し
12/01/17 15:46:48.41 NsZgGooo0
サッカーをするにはサッカーボールが必要。
サッカーボールが無くても、人は死にはしない。

サッカーボールはサッカー専用のボール。
バレーボールはバレー専用のボール。
現在、どんな球技でもできる万能のボールは存在していない。
それ故に各球技は専用のボールを必要としている。


499:本当にあった怖い名無し
12/01/17 20:12:23.23 LnA+fZ0G0
>>497
こいつ日本語できないのか?

何回も「俺個人の事を言ってるわけではない」と言ってるのに「お前は~」って繰り返してるな
馬鹿だろお前

で、お前は絶対必ず無くてはならない、という確信がなけりゃ必要という言葉使わないのか?
面倒くせえな
如何に人とコミュニュケーション取ってないか分かるな
人に「何か必要なものある~?」って言われて「とりあえず〇〇持ってきて」というやり取りしたこと無いんだろうな


500:本当にあった怖い名無し
12/01/17 21:02:56.10 EVe5ovAwO
>>499
こいつドヤ顔でこんな書き込みして恥ずかしくないのかなw

マジで言ってるんだったら小4からやり直した方がいい

501:本当にあった怖い名無し
12/01/17 21:09:51.12 1J3jZJ870
くだらねー流れだな

502:本当にあった怖い名無し
12/01/18 00:21:25.58 WQlD/9Te0
自スレに逃げたのが、ウニが来ると荒らしに来てうぜぇ

503:本当にあった怖い名無し
12/01/18 13:15:24.06 OtP0LGYP0
×ウニが来ると荒らしに来る
○書き手が来ると荒らしに来る

うぜえ同意
ところでこいつの自スレってどこなんだろうな
なんでこのスレ荒らすのかね

504:本当にあった怖い名無し
12/01/18 18:56:47.00 9O6Ogfd10
こいつっつーか、「こいつら」じゃなかろうか?

505:本当にあった怖い名無し
12/01/19 20:32:48.23 r82F6SOK0
必要が「必ず要る」って言ってる奴マジで言ってるのか?
「そんなに必要じゃない」とか「そこそこ必要」とかの意味合いどう捉えてんだよ
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもんだ

2chは必要という発言だけでここまで引っ張るかね?

506:本当にあった怖い名無し
12/01/19 20:43:37.62 hAut/6eM0
それ火曜日の話題

507:本当にあった怖い名無し
12/01/19 22:07:28.18 GdkMZ/Nb0
見事すぎるブーメラン
お前が何を引っ張ってんねん

508:本当にあった怖い名無し
12/01/19 22:13:26.84 CEdchvaq0
おk

509:本当にあった怖い名無し
12/01/19 23:12:44.07 pHR1oIeJO
日付跨いで何度もレスしてる人はよっぽど悔しかったのかな

510:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:45:02.68 YzBQ2/Pe0
[2人は本を読む]

1/14
堀塚家は、地元の名家だ。

町の中心から少し離れた場所に、立派な邸宅を構えている。

現在の当主は、今は亡き先代の堀塚大安(たいあん)の息子、堀塚真人。今年で52になる。
妻の匡子は48で、美人の奥様として有名だ。
彼女は地元の人間ではないけれど、気さくな人柄で地元の集会や催し物などにも積極的に参加し、評判が良いらしい。
厳格な夫である真人とは大違いだ、と言う人もいれば、あれはあれで夫婦でバランスが取れているから良いのだと言う人もいるそうだ。

そんな2人の間には、1人娘が居る。
名前は、堀塚紗希。
今年で19歳になる彼女は、母親に似た細面の美人で、いかにも「お嬢様」といった感じだ。

…ただ1つ残念なことに、彼女は生まれつき足が悪く、歩くことができない。

そのためベッドで横になっている事が多く、外に出掛ける事も稀であることから、深窓の令嬢と言われている。


511:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:47:01.56 YzBQ2/Pe0
2/14
そんなお嬢様と夏休みに帰省して来るだけの私が友達になれたのは、明君のお父さんのお陰だった。
明君のお父さんは堀塚家で使用人をしており、紗希ちゃんのお世話係にもなっていたのだ。

あれは確か数年前―小学6年生の夏休みのこと。
私と明君と、確か美加の3人で近くの川原で遊んでいたところに、明君のお父さんが車椅子の紗希ちゃんを連れて来てくれたのだ。

紗希ちゃんの第一印象は、触れたら壊れてしまいそうな華奢なお嬢様。
肌が白く、着ている服は綺麗で上品で、何となく近寄りがたい感じのする子だった。

今の唯ちゃんに負けず劣らず人見知りなところがあった私は、ちゃんと仲良くできるか自信がなかったけど、
その頃から既に紗希ちゃんと仲が良かった明君が、私たちの仲を上手く取り持ってくれた。

それ以来、私は帰省するたびに紗希ちゃんに会っていたけれど…
彼女を外に連れてきてくれる人は、初めて会った時以降、明君のお父さんではなく、紗希ちゃんのお母さんとなっていた。

―なぜなら、私達が紗希ちゃんと初めて会ったその翌年、明君のお父さんが亡くなってしまったからだった。


512:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:49:47.68 YzBQ2/Pe0
3/14
父親が亡くなり、物心付く前に母親も亡くしていた明君は、堀塚の家に引き取られることになった。

―養子としてではなく、住み込みの使用人として。

なぜ養子として迎えなかったかは、堀塚家の家風にその理由があった。

それは、「堀塚家に子供は1人」というもので、紗希ちゃんのお父さん―堀塚真人には1人も兄弟はおらず、紗希ちゃんもまた、一人娘だった。
…もし病気とか事故で不幸があったらどうするのかな、なんて、変な心配をしてしまう。

とにかくそんな理由があったため、明君は養子にはならず、名前も「物部」のままとなっている。

養子として迎えられなかったことに対し、当の明君はどう思っているのか…と言うと、彼はそのことを大いに喜んでいた。

…なぜなら、明君は紗希ちゃんのことが好きだったからだ。
彼は養子としてではなく、「婿」として、堀塚家に入ることを望んでいる。

そんな話を、私は彼本人から、4年前に祖父の3回忌で帰省してきたときに聞いていた。
広い邸宅で彼女の家族も居るけれど、紗希ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるのは、ちょっと嬉しかったりする、と。


513:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:51:16.68 YzBQ2/Pe0
4/14

私が田舎に帰った翌日、地元のお寺で法事を済ませた親戚一同は、簡単な食事会を終えた後それぞれ自分の家へと帰っていった。
私の両親も同じく。

そのためその夜の杵島家には、お婆ちゃんと正一さん一家、それと私という5人だけになっていた。

夕飯の後お風呂を済まし、私は2階に借りた部屋で彼にメールをする。
内容は―まぁ、みんなに冷やかされちゃったとか、そんなこと。
照れくさいね、という彼からの返信。でもちょっと嬉しいかな、なんて惚気ちゃったり。

…と、そんなことをしていると、コンコンとドアがノックされ、唯ちゃんが顔を覗かせる。
何かな?と思ったけど、用件は一目で分かった。
なぜなら、唯ちゃんは満面の笑みで、大量の絵本を抱えていたからだ。

…私も小さい頃、絵本を読んでもらうのが大好きだった。
でも、もう読む側になっちゃったな、なんて思いながら、唯ちゃんを招き入れて絵本を読んであげる。
こんなとき、自然と優しい声が出てくるのは…母性かな?
小さい子に絵本を読んであげるという行為が、自分を優しい気持ちにしてくれる。

唯ちゃんが持ってきた絵本は、私が小さい頃に持っていたもので、どれも見覚えのあるものだった。

ただその中に、『兵士と森の魔女』という、私の知らない絵本が1冊だけあった―。


514:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:53:48.79 YzBQ2/Pe0
5/14

『兵士と森の魔女』

あるところに、1人の兵士がいました。

ある晩、彼は家に帰るために森の中を歩いていました。

するとどこからか、人のすすり泣く声が聞こえてきます。
気になった兵士がその声の元に行くと、そこには美しい女の人が1人、猟師が仕掛けたであろう罠に足を挟まれて泣いていました。

これは大変だと思い、兵士が近付くと、その女の人はこう言いました。

「私はこの森に住む魔女です。罠に掛かってしまい、外すことができません。助けて頂けませんか?」

兵士は答えます。
「魔女ならば、それくらいの罠は自分の力で外せるでしょう」
魔女は悲しげな顔で言います。
「それが、今夜は新月なので、力が出せないのです」

なるほど、確かに今夜は新月で、月は出ていません。
兵士はそれならばと、魔女の足から罠を外してあげました。

魔女は言います。
「ありがとうございます。お礼に何でも1つ、願いを叶えてさしあげましょう」

願いを1つと言われて、兵士は少し考えます。
そして、こう言いました。
「それならば、私の妻になってくれませんか」


515:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:55:27.39 YzBQ2/Pe0
6/14
魔女はその願いに驚きますが、断ることはせずに、こう言いました。

「私はこの森から出ることができません。それでもよろしいですか?」

美しい魔女に一目惚れをしていた兵士は答えます。
「もちろん構わない、自分も一緒に森に住もう」

魔女は「分かりました」と言い、こうして2人は、森の中にある秘密の家で暮らすことになりました。

―そして、1年が経ちました。

願い事として夫婦になった2人でしたが、彼らは幸せに暮らしていました。
魔女も次第に兵士に強く惹かれるようになり、森から出られないことも苦にはなりませんでした。

…しかしある日、兵士の国で戦争が起きます。

兵士は当然、戦争に行かなければなりません。
魔女は兵士のために、怪我をしないように魔法を掛けて送り出してあげます。
そして秘密の家で1人、兵士の無事を祈り続けるのでした。


516:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:56:42.32 YzBQ2/Pe0
7/14
―やがて数日が経ち、戦争は終わりました。

兵士の国は、攻めてきた敵国を何とか退けました。

…しかし、兵士は帰ってきません。

魔女は水晶玉を使い、兵士を探しました。
すると、敵国で捕虜となっている兵士を見つけることができました。
兵士が生きていることを知って魔女は安堵しますが、しかし同時に、その捕虜たちが明日の朝処刑されることを知ります。

魔女は、どうにかして兵士を助け出さなければと悩みます。

しかし敵国は遠く、自分の魔法は届きません。

しばらく考えた後、魔女は自ら助けに行くことを決意します。
幸いにも今夜は満月で、魔力が最も満ちるときです。

夜になるのを待ち、魔女は兵士への手紙と1つの小箱を置いて、秘密の家を出ました。
目指すは、兵士たちが捕らわれている敵国の城です。


517:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:58:11.74 YzBQ2/Pe0
8/14
満月に輝く夜空の下、ホウキに乗った魔女は敵国へと急ぎます。
明日の朝まではまだ時間がありますが、魔女には急がなければならない理由がありました。

なぜなら、魔女は森から出ると徐々に力を失っていくからです。

それが、魔女が森から出ることができないと言った理由であり、森から出てすぐに、早くも魔女に異変が起きてきました。
自分の身体が、若さを保てなくなってきたのです。

魔女は、今の若い身体のまま、森の中で数百年を生きてきました。
しかし森から出たことにより、急速な老化が始まったのです。

黒く美しかった髪は白くガサつき、肌は艶を失っていきます。
頬はこけ、顔にはシワが刻まれていきます。
それでも魔女は、兵士の元へと急ぎました。

時間と共にホウキも遅くなっていきましたが、魔女はやがて、敵国の城に着きます。
しかしそのとき魔女は、美しかった面影は欠片もない、年老いた醜い老婆になっていました。

魔女は残り少ない魔力で姿を消し、城へと侵入します。
そして地下の牢屋へと行き、誰にも悟られぬように鍵を開け、愛する兵士を含む、捕虜たち全員を逃がします。

そのとき、魔女は兵士の前に姿を現すことはしませんでした。
なぜなら、醜くなってしまった自分の姿を兵士に見せたくなかったからです。


518:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 13:59:34.37 YzBQ2/Pe0
9/14
兵士たちが城から逃げ出すと、流石に敵国も異変に気が付きます。
そして、すぐに追っ手を出します。

捕らわれていた兵士たちは、自国を目指して走ります。
しかし、馬に乗った追っ手からは到底逃げ切れそうもありません。
このままでは再び捕まってしまいます。

兵士たちの背後に迫る敵兵。
そして、もはやこれまでかと思ったとき―
魔女が、追っ手の前に立ち塞がりました。

魔女は戦いました。

兵士たちを追わせないため、残り僅かな魔力で戦いました。
徐々に崩れていく身体で、1人で戦いました。
兵士の事だけを想い、戦いました。
幸せだった月日を想い、戦いました。

そして、やがて月が薄れ、朝日が昇る頃―

魔女はついに力尽きました。



519:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 14:01:07.66 YzBQ2/Pe0
10/14
捕虜となっていた兵士たちは、無事に自国に戻ることができました。

彼らの帰還を喜ぶ声の中、兵士は真っ先に森へと向かい、魔女と暮らしていた秘密の家へと帰ります。

しかし、そこに魔女の姿はありません。
代わりに、魔女からの手紙と、1つの小箱が置いてあります。

その手紙には、魔女の字でこう書かれていました。
「おかえりなさいませ。私を想うなら、小箱を開けて下さい」と。

兵士は迷わず小箱を手に取り、蓋を開けます。
すると中から、不思議な霧が噴き出してきます。

霧を吸い込んだ兵士は、一瞬、頭の中が真っ白になりますが、すぐに我に返ります。
そして、こう思いました。

「なぜ自分はここに居るのだろう。ここはどこだろう。あぁ、早く自分の家に帰らなければ」

兵士は、秘密の家を出て行きます。
そして、二度とそこを訪れることはありませんでした。


―おしまい。



520:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 14:03:17.57 YzBQ2/Pe0
11/14

なにこれ…。

唯ちゃんにその絵本を読んであげた私は、その内容に驚く。
子供には少し難しそうな悲しいお話で、5歳の唯ちゃんには早い気がする。
それとも、最近はこういうのもアリなのかな…?

私「ちょっと難しいお話だったね」
私は横で絵本に見入っていた唯ちゃんに話し掛ける。

唯「絵、キレイ」
私「…うん、そうだねー」

確かに、その絵本の絵は凄く綺麗に描かれていた。
登場人物は全てリアルな人物画で、魔女の姿は本当に美しく、また人物だけでなく、背景など細部に至るまで、きっちりと描かれている。
…でもやっぱり、こんな悲劇的な話より、絵本はもっとお気楽なお話が良いなと思う。
現に、唯ちゃんが持ってきた他の絵本はそういったものだった。
それらは私のお下がりだから、当然と言えば当然だけど…と思ったところで、ちょっと気になったことを聞いてみる。

私「唯ちゃん、この絵本、お父さんお母さんに買ってもらったの?」

すると首を横に振る唯ちゃん。


521:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 14:04:35.83 YzBQ2/Pe0
12/14
私「じゃあ、お婆ちゃん?」
唯「んーん」

これも違う。じゃあ誰かな?と思っていると、唯ちゃんはこう言った。

唯「あきらくんがくれたの」

―あきらくん?

私「あきらくんって…明君?昨日の?」
唯「うん。ちょっと前に、唯に、って」

…あ、そっか。それで分かった。
この絵本の出所がハッキリした。

これは、紗希ちゃんの絵本だ。

「お金持ちのお嬢様が持っていそうな絵本」。
これはまさしく、それだ。

きっと、紗希ちゃんから唯ちゃんに、ということで、明君が渡したのだろうなと思う。
明君のお友達である唯ちゃんのことなら、紗希ちゃんが知っていてもおかしくない。


522:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 14:07:05.72 YzBQ2/Pe0
13/14

絵本を全て読み終わった後、私はしばらく唯ちゃんとお話をする。

先日、幼稚園で「大きくなったら何になりたい?」という質問があったようで、唯ちゃんは「保母さん」と答えたそうだ。
他には、女の子では「ケーキ屋さん」「お花屋さん」「アイドル」なんてのがあったらしい。

私が唯ちゃんくらいの年の頃、私の夢も「保母さん」だった。
小学校に入ってからは、「学校の先生」。
中学に入ってからは…誰にも言ってないけど「占い師」なんてことを考えていた時期もある。
オカルトにハマりすぎていた証拠だ。

でも、いざ霊感を持ってみると、そんなことは欠片も思わない。
お婆ちゃんの話じゃないけど、こんなことは誰にも知られないほうが良い。
あまりに無力な私は、ただ危険な目にあうだけで―

―あ。

そうだ。唯ちゃん。

私は、横でちょっと眠たそうにしてきた唯ちゃんを見る。
この前はちゃんと確かめられなかったけど、”杵島の女”である唯ちゃんは、私やお婆ちゃんと同じように霊感を持っているのかな…?


523:赤緑 ◆kJAS6iN932
12/01/20 14:08:59.31 YzBQ2/Pe0
14/14
私「唯ちゃん、ちょっと良い?」
唯「?」
読むわけでもなく、先ほどの絵本をパラパラと眺めていた唯ちゃんが、こちらを向く。
私はそんな唯ちゃんの目を、ジッと見つめる…。
……

ない。

なしだ。
唯ちゃんからは、何も感じない。
あぁ、よかった…。

私「もう遅い時間だね。お部屋に戻ろっか」
唯「うん」
私は、ふわぁと欠伸をする唯ちゃんを叔父さん叔母さんの居る寝室に連れていってあげる。
そして「おやすみなさい」と告げ、私も部屋に戻って眠ることにした。

明日は美加が来ることだし、きっと夜更かししちゃいそうだから、今日のうちにシッカリ寝ておかないと。
そう思い、お布団に入って眠りにつく。

…その夜。

私は、夢を見る。

それは、私がホウキに乗って空を飛ぶ夢だった。





524:本当にあった怖い名無し
12/01/20 14:17:48.41 0h2BVObh0
赤緑、乙。
なかなか面白かったよ。

525:本当にあった怖い名無し
12/01/20 15:05:37.93 BAZ4FIg10
赤さん乙

526:本当にあった怖い名無し
12/01/20 19:27:42.69 +vjOV7VF0
誰にも必要とされてない赤緑乙

527:本当にあった怖い名無し
12/01/20 21:05:26.12 +vjOV7VF0
>>507
>>509

また都合の悪い事はスルーで、ブーメランとか「悔しかったのか」とか論破したつもりでいやがるwww

必要=必ず要る、って事なら>>505
>「そんなに必要じゃない」とか「そこそこ必要」とかの意味合いどう捉えてんだよ

に答えろって。
よくアンケートにも「ある程度必要」という項目あるだろ。
お前の論調で言え「ある程度必ず要る」ってになるんだが、どういう意味なのか教えてくださいww

528:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/20 23:52:25.86 SywjC5oc0

それから僕らは二人で温泉旅館『田中屋』を皮切りに、その近くにあった他の温泉をいくつかハシゴした。
どの温泉も入浴のみの客でもOKだった。入浴料を払って汗を流し、新しい服に着替えてから旅館の人をつかまえてそれとなく『とかの』の噂を訊き込んだ。
最初はあたりさわりのないことを言っていた古参ぽい従業員も、しつこく話しかけているとまんざらでもないらしく、だんだんとくだけてきて、声をひそめながら、『とかの』に関するゴシップを垂れ流しはじめた。
やはり旅館同士の仲は相当に悪いようだ。その中に例の幽霊騒ぎに関するものもあった。
「呪われてるって話ですよ」
二軒目の『松ノ木温泉旅館』では、女将らしい人がそう耳打ちしてくれた。なんでも『とかの』の初代オーナーがあの土地を買うときに、そこに古くからあった祠を壊してしまったらしい。その祟りだと言うのだ。
しかし、どうして神主が? そう思って訊き返すと、「そりゃあ……」と言いかけた後、考えてもみなかったのか「まあ、ここから出て行けってことですわね」と適当に一人で仕舞いをつけてしまった。
眉唾物の話ではあったが、確かに旅館を建てる前のことはあまり確認していなかったことに気づいた。そこになにか曰くがあるのだろうか。
師匠はそんな話を面白そうに聞いている。
温泉に浸かり過ぎて身体がふやけ始めたころ、三軒めの旅館を出てから師匠が言った。
「よし。もう戻ろう」
「いいんですか。この先にあと一軒あるみたいですけど」
「わたしはもういいよ。まだ入りたいなら、先帰っとく」
「いや、僕も帰りますよ」
どの温泉旅館も『とかの』を良く思っていないのは間違いないようだ。幽霊騒ぎについても噂に尾ひれをつけようとしているのが垣間見えた。
しかし、残念ながらその幽霊の謎について核心に迫るような証言は得られなかった。
師匠はそれを残念がる様子もなく、ほんのり赤くなった顔で口笛を吹きながら気さくに泊り客に挨拶などしている。
僕らが旅館の前に止めてあった自転車に乗ろうとすると、ぽつりと頬に水滴が落ちた。
いつの間にか空は曇っている。「降りそうだな。急ごう」師匠が空を見上げながら手のひらを胸の前で掬うように広げてそう言う。

529:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/20 23:53:51.77 SywjC5oc0
それから二人して来た道を全力で飛ばしたが、だんだんと雨の粒が大きくなり、『とかの』に帰り着いたときにはちょっとした小雨になっていた。
「あー、もう」
自転車を駐車場に戻し、師匠が濡れた髪の毛をかき上げながら悪態をつく。せっかく温泉に入って温まって来たところだというのに、もう冬の氷雨の洗礼を受けてしまった。袖口から水滴の滴る二人で並んで歩いていると、それでもなんだか楽しい。
「いま何時? 四時過ぎか。まだ少し時間があるな」
師匠はそう言いながら玄関ロビーに向かう。
「時間って、なんのです?」
「決まってるだろ。暮れ六つだよ」
お楽しみの対決の時間だ。
師匠はそう言ってほくそ笑む。
暮れ六つか。僕は今朝の明け六つのときの恐ろしい出来事が自然と脳裏に蘇り、足がすくむ思いがした。
ロビーのフロントには広子さんが立っていて、なにか帳面に書き付けているところだった。
「あ、お帰りぃ。雨降ってた?」
「このざまを見てのとおり」と師匠は笑いながら両手を広げて濡れた服を見せる。
「女将は?」
「大浴場の方だと思う。左官屋さんが来てるから」
「そうか。お、ありがとう」
広子さんが出してくれたタオルを受けとる。その広子さんは大袈裟な身振りで師匠に耳打ちする真似をした。
「ねえ。うちのお父さん、かなりカリカリしてるよ。あんたたちが他の温泉に浸かりに行ったって聞いたから。噴火寸前って感じ」
 聞いた、ってそれを告げ口できたの一人しかいないじゃないですか。
「こわ。必要な情報収集活動なんだけどな」と師匠。
冗談じゃない!
僕は首を竦めてキョロキョロとあたりを見回す。周囲には勘介さんの影は見えない。
「そうそう。その情報収集であった収穫なんだけど、この旅館が建つ前にこの土地に祠(ほこら)があったんだって?」
広子さんはそれを聞いてきょとんとしていたが、やがて「あー」と思い出したような顔で頷く。
「あのお堂のことでしょ。ぼろいやつ。駐車場の裏手にあるけど、あれが確か旅館建てるときに場所を移したってやつだったと思う」


530:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/20 23:55:56.74 SywjC5oc0
駐車場の裏手のお堂なら昨日見回りをした時に見た気がする。中に石が祀られていたはずだ。
「もう一回見てくる」
師匠がそう言うので僕もついていく。
借りた傘をさし、小雨が降り続く旅館の外へ出て、駐車場の方へ向かう。その敷地の隅に、朽ち果てたような木造の小さなお堂がひっそりと佇んでいた。
覗き込むと、小さな紙垂(しで)のついた格子戸の向こうに石が安置されているのが見える。
どうするのかと思っていると、師匠がいきなりその格子戸に手を伸ばして手前に開いた。そして無造作に石を掴み出す。
紙垂のついた格子戸は明らかに神域と外界とを分かつ境界だ。その意味を知りながら平然とそれを破るあたりがこの人らしい。
いつかこの人が死んで人々に害を成す悪霊にでもなったら、止める手段があるんだろうかと、僕はそんなことをぼんやりと思った。
「字が書いてあるな」
覗き込むと、石の表面に小さな文字が数行にわたって彫られている。苔むしていることと、古い字体のせいでほとんど読めなかったが、かろうじて「とかの」という平仮名が含まれているのは分かった。
ふんふん、と頷いてから師匠は石を元に戻した。読めたのだろうか。
「なんて書いてあったんです」
「神様に代わってこの地を守るってさ。御神体としては大して珍しいものじゃないよ。」
あんまり時間がなくなってきたな。
師匠はそう呟くと玄関の方へ引き返した。それからフロントのあたりで拭き掃除をしていた広子さんに「電話貸してね」と声をかける。
そしてたった二日しかいないのに、すでに勝手知ったる他人の家、とばかりにフロントの奥の事務所に入り込んでいく。
胸ポケットから手帳を取り出して、それを見ながらダイアルをする。
「あ、教授? わたしだけど、昨日頼んだの、分かった? え?」
声が遠かったのか、電話機の音量を上げながら師匠は続ける。
「うん。うん。ああ、神社明細帳とか大小神社取調べとか、そのあたりのはもういいよ。別で分かったから。
で、古いのではどう? うん。うん。…………あったの? まじで? 延喜式にあった? えっ地誌? うん。……うん。延喜式の八十五座って畿内だけだっけ。そうか。やっぱり式台社じゃないか。
でもさっすが、そんなめんどくさそうなとこに潜ってってなんとかなるなんて」

531:本当にあった怖い名無し
12/01/20 23:56:51.55 c7z//cCf0
くだらないね

532:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/20 23:58:55.16 SywjC5oc0
声が大きくなってきたところで、近づきすぎた僕の視線に気づき、師匠は「しっしっ」と虫を払うように手を振ると電話機を隠すように背中を向けた。
仕方なく少し遠ざかる。
師匠が小声になったので、何を喋っているのか聞き取れなくなってしまった。しかし多分、相手の教授というのはうちの大学の長野教授のことだろうというのは推測できた。
神道や神社に関しては一家言持つその道の大家の一人だ。指導教官でもないのに、師匠はその長野教授と普段から親密なやりとりをしていて、良く言えば教えを乞い、悪く言えば便利使いしているのだった。
どうやって取り入ったのかは知らないが、ほとんどタメ口を利いている。こっちがハラハラするくらいだった。
話している内容が気になるので耳をそばだてていると、いくつかの単語が細切れに聞こえてくる。
『女将』
『神社』
……
あとはほとんど聞き取れなかった。
「どうもありがと。お礼はいずれ、精神的に返すから」
師匠は頭を軽く下げて受話器を置いた。そして「あー」と言いながら両手を挙げて伸びをした。
「順調だなあ」
なにが順調なのか分からない僕は、どうしても気になることを尋ねる。
「女将がどうかしたんですか」
やたらと女将のことを話していたように聞こえたのだが、その理由が分からなかった。
「どうしたもなにも……」
犯人だよ。
そう囁いて、師匠は何ごともなかったかのように手を叩くと「さあ、準備準備」と僕を急き立てようとした。
訳が分からず「ちょっと待ってくださいよ」と抵抗しようとしたとき、さっき切ったばかりの電話が鳴り始めた。間髪入れずに師匠が受話器を取り上げる。
「わたしだけど、なにか言い忘れ? ……って、あちゃあ。ごめんなさぁい。間違えました。そうです。旅館とかのですぅ」
旅館にかかってきた電話らしい。師匠は慌てて取り繕っている。
『こっちこそごめんなさい。家の方にかけたんですけど、だれも出なくて。あの、楓ちゃんいますか』


533:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:02:23.29 sWc1D+bL0
若い女性の声が受話器から漏れている。
「ああ、楓さんですね。ちょっと待ってください」
喋りながら師匠がさっき上げ過ぎた電話機の音量を調節すると、相手の声は聞こえなくなった。
「広子さぁん。楓ちゃん、まだ帰ってないよね」フロントの方に向かって大声でそう確認してから、また受話器に向きあう。
「遊びに出かけていて、今いないんですよ。ごめんなさいね。うん。うん。……あ、じゃあ伝言しておくから」
師匠は卓上メモに走り書きをする。
「え? わたし? 新しい仲居ですよぅ。ゆかりって言います。よろしくお願いします」
適当なことを言っている。
「あ、最後に名前伺っておいていいですか」
師匠がそう言って、頷きながらボールペンを走らせていると、ふいにピタリとそのペン先が止まった。
「わかりました。それでは失礼します」
なにごともなかったかのように挨拶をして電話を切った師匠だったが、その顔を見た瞬間、僕はなにかぞくりとするものを感じた。俯いたまま口角を上げているその薄ら笑いのような表情に、ちりちりと周囲の空気が青く燃えるような錯覚をおぼえたのだ。
「あ~あ。でき過ぎだ。全部埋まっちゃったよ」
パズルの、最後のピースまで。
そう呟いて師匠はゆっくりと顔を上げた。

           ◆

霧雨のような細い雨粒が、旅館の屋根を音もなく叩いている。
外はもう暗い。まだ晩の六時になっていなかったが、雨雲が空を覆い、夕焼けの残滓ももうどこにもなかった。
日が落ちてから、ますます冷え込みが激しい。ここ一週間では一番の寒さだろう。僕は震えながら両腕を抱えると、散策していた中庭から建物の中に戻った。
旅館の中も、昨日よりもほんのりと肌寒さを感じた。客がいないので、暖房の設定温度を落としているらしい。客に相当する僕と師匠はいるのだが、勘介さんあたりが「あいつらは客じゃねえんだ」と無理やり温度を下げたのかも知れない。
一階のフロアの奥に向かうと、宴会場にも使われる大広間の前に全員が集まっていた。

534:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:04:41.60 sWc1D+bL0
女将の千代子さん、番頭の勘介さんと仲居の広子さんの親子。女将の娘の楓。そしてさっき楓をバイクで送ってきたばかりの若宮神社の次男坊、和雄。
この五人に、僕と師匠を加えた合計七人が今この旅館にいるすべての人間だった。
「なにが始まるんです」
和雄が僕に問い掛けてくる。デートはそれなりに上手くいったらしい。機嫌が良さそうだ。楓の方も、和雄の策略を知って知らずか、まずまず楽しかったようだ。表情が柔らかい。
「謎解きだと本人は言ってましたが」
そう答えて、他の人と同じように閉じられたままの襖を見つめる。中では師匠が『準備』とやらをしているらしい。
僕も最初だけ手伝ったので、中がどうなっているのか大体は分かっているのだが、なにをしようとしているのかまでは分からなかった。
「大丈夫でしょうか」
女将は戸惑った表情を浮かべて落ち着かない様子だった。
勘介さんはムッスリと押し黙って腕組みをしている。広子さんと楓は顔を寄せ合って何ごとか話をしていた。
また腕時計を見た。
六時までもう少しだ。暮れ六つを過ぎると、そこからは僕らのよく知るこの世の理が少し変わってしまう。なにが起こるか分からない、人の世の境界の外なのだ。
特に、時の鐘が聞こえるこの土地では。
僕は事務所での師匠とのやりとりのことを思い浮かべた。師匠は確かに女将が犯人だと言った。あれはどういうことなのだろうか。
幽霊は本物だ。遭遇した僕には分かる。人間のイタズラなんかじゃない。なのに、女将がこの幽霊騒動の犯人だというのか。
考えてもよく分からない。あるいは、なにか幽霊の出るようになった原因があり、その鍵を女将が握っているということか。
そっと隣にいる女将の横顔を盗み見る。
娘の楓とよく似ている。綺麗な人だ。夫と死に別れているそうだが、独り身になってから言い寄る男の一人や二人はいただろう。その誘いを断り、女手一つで旅館を切り盛りしながら子どもを育ててきたのだ。
その華奢に見える身体に、どれほどの覚悟が詰まっていることか。
覚悟か。
ふいに、左官屋を呼んだという話を思い出した。僕と師匠が温泉めぐりから帰って来たとき、女将は左官屋と大浴場の方で打ち合わせをしていた。浴場の壁を直したいらしい。

535:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:07:04.57 sWc1D+bL0
壁……
壁に死体を塗り込める話があったな。
いやな想像が浮かんでくる。僕は頭を振って冷静さを取り戻そうとした。
そうしていると、僕らの目の前で、閉ざされていた大広間の襖がゆっくりと開いた。
「お待たせしました。どうぞ」
師匠が神妙な顔をして左手を広げ、みんなを奥へと誘う。全員が広間に入ったところで師匠が襖を閉めた。
ざわめきが起こる。
畳敷きの大広間の真ん中には注連縄が張られていた。およそ五メートル四方を囲む縄が、天井から糸で吊られて宙に浮いている。
ちょうど胸元くらいの高さで、さっき二人で手分けして半紙から作った紙垂も等間隔につけられている。
言うまでもなく、注連縄は結界の役割を果たすものだ。神域を表し、悪しきものの侵入を拒む境界。
それを、今ここで用意する意味とは、いったいなんだ。わざわざ若宮神社から借りてきてまで。
「なにをしようというのです」女将が師匠に歩み寄る。「神式のお祓いならば、これまでもまったく効き目がございませんでしたのに」
「黙って見ていれば、いい気になりおって」
勘介さんが顔を赤くしながら腕組みを解く。とうとう噴火が始まりそうだった。依頼をした女将の手前、抑えてきた癇癪がついに。
思わず僕はしり込みをした。
「ちょっと、お父さん」広子さんがその前に立ちふさがる。相当に危険な雰囲気だった。
「お静かに」
そんなことにはお構いなく、師匠は短くそう言い放つと、頭を下げて注連縄をくぐった。
「暮れ六つが始まるまで、時間がありません。みなさん、速やかにこの中に入ってください」
振り返りながらそう告げる。
「まあまあ。とりあえず言うとおりにしてみようよ」
楓が師匠と同じように頭を下げながら注連縄の内側に入り込む。それにつられるように他の人たちも次々と腰を屈めて中に入っていった。もちろんこの僕も。
最後に残った勘介さんが、鼻息も荒く元の場所に仁王立ちしている。
「クソガキが、なにをふざけたこと言ってやがる」
それを見た和雄が冗談めかして声をかけた。
「勘介さん。注連縄の中に入らないと、危険ですよ。たぶん」


536:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:09:44.51 sWc1D+bL0
広子さんもそれに同調して同じことを言いながら「お父さんってば」と手招きをしている。
「危険?」
師匠が薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「危険なのは、この内側の方ですよ」
そうして畳の上を指さした。全員が息を飲んだ気配がする。
針だ。
畳の上に針がつき立てられている。それも膨大な量だ。女将に用意してもらった針を、こんな形で使うとは。僕も今知って驚いた。
「この針で囲われた空間に入ってください。跨いでもかまいません」
よく見ると、針は円を描くように並べられている。人一人が十分に座れる大きさだ。数えると、その円が注連縄の内側に全部で七つあった。人数分というわけか。
「井口さんはこのまま外にいてもいいですよ。ただし、これから先なにが起こっても、この注連縄の中には入ってこないでください」
師匠は針の上を跨いで、円の内側に入り込んだ。その緊張したような声色に引っ張られるように、他のみんなもそれぞれ畳に刺さった針の円に入る。勘介さんだけは「ふん」と鼻で笑い、その場でそっぽを向いてしまった。
六人が注連縄の中、一人が外。
大広間の中は、これからなにが起こるのか固唾を飲んで見守る雰囲気になっている。
「さあ、そろそろですね」
師匠が時計を見ながらそう言う。
それからほどなくして、遠くから鐘の音が聞こえ始めた。澄んだ冬の空気を震わせて、遠い若宮神社から聞こえてくる時の鐘が。
十秒ほどの間を空けて、鐘の音は休まず続く。二回目。三回目……
最初の三回は捨て鐘。そして次からが暮れ六つだ。
四回目。五回目。六回目……
室内にいる誰もが押し黙っている。ただ微かに聞こえる鐘の音に耳を澄まして息を飲んでいた。
七回目。八回目。九回目……
最後の鐘が鳴り止んで、その余韻が耳の奥にわずかに残り、幻のように反響している。
「さて」
師匠が口を開く。一番奥の円にいて、ただ一人こちらを向いている。他の僕たちと向かい合う格好だ。


537:本当にあった怖い名無し
12/01/21 00:11:45.43 K4MTYSyK0
しえん

538:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:13:34.12 sWc1D+bL0
「暮れ六つが鳴り終わりました。ここからは幽世(かくりよ)のうちにある時間帯です。そこでは人はとてもか弱い存在です。現世(うつしよ)のものならぬモノたちが、ほんのひと撫でするだけで命の灯火が消えてしまうような……
くれぐれもお気をつけください。これからなにが起こっても決して我を無くし、この針の結界から出るようなことをしてはいけません」
いいですね?
師匠は囁くような声でそう言った。
みんな静かに聞き入っていて、素直に頷いている。なんだか僕もぞくぞくしてきた。もったいぶるのは師匠の常だったが、今日は特に念が入っている。
「わたしは、この温泉旅館に出るという神主姿の幽霊の問題を解決するために呼ばれました。依頼を受けた時点では半信半疑でしたが、実際にこちらにやってきて、幽霊を見たという人の話を直に聴き取り、現地を見て回った後の印象は違いました。
ここにはなにかがいます。確実に、この世のものではないなにかが。それがなんであるのかを確かめ、どうすれば出なくなるのか、その方法を探る。それを成し遂げるためにこの二日間がありました。
まず第一のヒントは神主姿であるということ。ここからすべてが始まります。しかし、この地域唯一の神社である若宮神社では、そんな幽霊に全く心当たりはなかった。
それどころか、宮司が出向いてきて御祓いを行ってもその出現が止むことはなかった。お寺に頼んでもそれは同様でした。よほど強い怨念を抱いている霊だったのでしょうか。いいえ。なにか違う気がします。
その神主姿の幽霊は、これまで人に危害を加えるような実害を成していません。訴えたいことがあるのかも判然としない状態です。どちらかというと、そのへんのどこにでもいる、弱々しい浮遊霊のような現れ方です。
しかし一年近くにわたって、同じ建物で頻繁に目撃されているというところには、なにか執着心というか、執念のようなものを感じます。ちぐはぐです。実にちぐはぐなのです」
師匠は首を左右に振る。そしてその場に腰を落とし、他のみんなにも座るようにとジェスチャーをした。長くなると言いたいのだろう。
それぞれ思い思いの格好で、針の円の中に座り込む。


539:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:15:09.19 sWc1D+bL0
「わたしは神職や僧侶のように、霊を祓い、魔を打ち破るようなことはできません。しかし、あらゆる存在には因果というものがあります。その目に見えない因果の糸を解けば、自ずと解決への道が見えてくるものです。みなさん」
師匠は静かな声でこちらに呼びかけてくる。
「みなさんの中に、この『とかの』で神主の霊を見た、あるいはどんな形でも遭遇した、という方がいたら手を挙げてください」
自分も手を挙げながら周囲を見ると、みんな手を挙げていた。師匠を除いて。
おかしかったのは、注連縄の外の勘介さんまで畳の上に胡坐をかいたまま仏頂面で右手をぴょこんと挙げていたことだ。見ているだけで思わず笑ってしまいそうになる。
「いいでしょう。広子さんと勘介さんはどんな風に遭遇したのか詳しくお聞きしていませんでしたね。ここでお話しいただけませんか」
そう言えば昨日みんなの話を聞いて回った時に、広子さんは「見てない」と言っていたことを思い出した。なぜか嘘をついていて、本当は見たことがあったのだろうか。
「いやあ。私のはたぶん見間違えって言うか。まあ、その、炊事場で一人で洗い物している時にスーッて後ろを誰かが通った気がしたんですよね。あれっ、と思ってそっち見たら、出入り口のトコに一瞬だけ後ろ姿が見えたんですよ」
それが神主が着るような服装だった気がする、というのだ。
後で旅館のみんなに聞いても、誰も炊事場には近づかなかったという。それで気味が悪くなって、しばらくはおっかなびっくり仕事をしていた。怖いものだから、自分でもなにか見間違いだと思い込むようにしていたそうだ。
勘介さんの方は不機嫌さを隠そうともしないボソボソとした声だったが、どうやら数回見ているらしいということが分かった。
一人でいる時に、目の前を半透明の人間が通ったというケースが多かったが、他の仲居と一緒に片付け物をしている時に、二人で同時に目撃したという話もあった。
すぐ目の前で、誰もいないはずの柱の影から音もなく人影が現れて、廊下の奥へ消えていったというのだ。
二人以上の人間に目撃される例は又聞きの噂としてはあったが、実際に体験した本人が喋るとそれとは違った臨場感があった。
女将も何度か見たとは言っていたが、すべての体験談を聞いたわけではなかったので、続けて話してもらう。

540:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:17:08.99 sWc1D+bL0
「私が最初に見ましたのは、春先だったと思いますが、夜中に事務所で一人書き物をしておりましたところ、なにかの気配を感じましてふと顔を上げますと、目の前の壁の中に、その、人の姿を見たのです。ええ。壁の中でした」
その人影は神主のような格好をしていたという。悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちそうになって慌てて机の縁につかまると、いつの間にかその壁の中の霊は見えなくなっていたのだそうだ。
その後も女将は何度か神主姿の霊を目撃していた。現れ方は様々で一様ではなかったが、共通しているのは、なにか訴えかけられるようなものを全く感じなかったということだけだった。
楓と和雄の体験談は昨日聞いたとおりだ。
楓は客室の膳を下げている時に廊下の外に神主の霊が佇んでいるのを見ている。和雄の方は露天風呂に入っている時に遭遇していた。
そしてこの僕も、今朝恐ろしい目にあったばかりだった。その時のことを思い出してしまい、身震いする。
「なるほど。みなさん、それぞれになんらかの体験をしている。しかし女将と勘介さんは複数回見ていますが、他の方はみんな一度だけの遭遇です。少なくとも知覚しているものは。
一年ほど前から現れるようになった幽霊が、ここでずっと働いている広子さんに対して一度だけしか姿を見せていない。これはかなり低い頻度です。
出るようになったのは一年ほど前から、と聞きましたが、正確にはいつごろか分かりますか。これは推測ですが、女将が最初に見たという、春先ごろが最初ではないですか」
話を振られた女将は怪訝な顔で首を傾げる。
「あー、でもそのころかも。噂が出始めたの」と広子さんが言った。
「ということは、いちにいさん…… 九ヵ月か十ヵ月というところですか。まあ一年弱という表現でもいいでしょう。この期間、覚えておいてください。さて、その個人単位で考えると遭遇頻度の低い幽霊ですが、今日、これから、この場に現れます」
ええ?
そんな声が上がった。僕も少し驚いた。そんなことをあっさり断言するなんて。
しかし師匠は平然と続ける。


541:未 本編4   ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:18:13.51 sWc1D+bL0
「様々な要因が重なり、その確率は極めて高いと言えます。そうでなくてはこうしてみなさんに集まっていただいた意味もありません。その出現要因はいくつもありますが、例えばまず暮れ六つを過ぎた時間帯であるということ。
これは大きな問題です。それよりも早く現れたケースはこれまでありません。そしてそれは暮れ六つの意味を理解した存在であるということを同時に指し示しています。
次に、噂をすれば影、という言葉があるように、わたしの経験上、霊体は己に興味を示し、その存在を肯定する者の前に現れやすいという傾向があります。
その噂の内容は怯えであったり、からかいであったりと様々ですが、今わたしたちがこうして話をしていることがその出現を誘発しうるというということです。
そしてなにより、この場にわたしがいるということ。また、この場でわたしの次に霊感の強い助手のこいつがいるということも要因の一つです」
師匠の広げた手で紹介される形になり、思わず「どうも」と照れ隠しにみんなに頭を下げた。なにか変な気持ちだ。
しかし師匠は暗に自分の霊感の強力さを自負するような言い回しをしているのに気づいた。これだけ言ってなにも出なければ大恥を晒すことになるが、それを承知で自分を追い込んでいるのだろうか。
「それら多くの要因の中で、非常に重要度の高いものが二つあります。それは今この場に揃っている、ある特別な条件です。そのために、これから間違いなく神主姿の霊は出ます。
約束してください。もし出現しても、けっして動かないで下さい。その針の結界の外には出ないように」
僕は改めて針を見た。どれもかなり長い。良く見ると、畳に刺さっているのは穴のある側だ。尖った方が上を向いている。もしバランスを崩して針の列の上に転んだら、と思うとゾッとする。
「では、これを見てください」
師匠はズボンのポケットから折り畳んだ半紙を取り出した。広げると、そこには漢字が一文字だけ大きく書かれている。
雨冠。その下に口が三つ横に並び、さらにその下に「龍」の文字。
「これは昨日、裏山の谷底で見つけた石に彫られていた文字です。裏山には若宮神社の分社などなんらかの社の類はない、とみなさん口を揃えておっしゃいましたが、これはいったいなんだと思いますか」

542:本当にあった怖い名無し
12/01/21 00:18:49.87 Cgk9Qoqm0
改行しろ
読みづらい

543:未 本編4 ラスト  ◆oJUBn2VTGE
12/01/21 00:24:52.02 sWc1D+bL0
「あ」という声が上がった。和雄だ。なにか気づいたようだ。
「祭祀的な役割のものではなくても、山道の路傍にこうした文字を彫った石を置くことはあります。一里塚のような道標がそうですね。しかし、この見慣れない文字はどうでしょう。一体なにを表しているものなのか……」
師匠は針の円の中に胡坐をかいたまま半紙をひらひらと揺らす。
そのとき、一瞬なにか聞こえた気がした。なんだろう。気のせいだろうか。
「その謎を解くには、まず亀ヶ淵という溜め池の話をしなくてはなりません。みなさんご存知のように、戦国武将である高橋永熾がこの地に侵攻してきたときに領土としての価値を高めるため、水瓶として造ったものです。
元々その場所には沼地があり、その地名が溜め池の名前になったものです。ところがここには実はもう一つの名前があります。
ショウガブチという名前をお聞きになったことがありますか。今や地元の人間ですら知らない、文献にだけ現れる古い古い読み方です。しかしいつからそう呼ばれなくなったのか、推測することができます。
もちろん、溜め池の完成というエポックメーキングのときからですよ。新しい用水路。新しい農法。この周辺で暮らす人々の生活を変えてしまったとき、古いものがひっそりと消えていったのです。
そしてそれは、高橋永熾がもたらしたもう一つのものにも当てはまります」

りん……

ふいに耳にそんな音が入った。なんだ。いまの音は。
僕にだけ聞えたのだろうか。思わず周囲を見たが、特に異変めいたものは見当たらない。
しかし、ざわざわと胸のあたりにざわめくものがあった。
師匠は平然として説明を続け、みんなその一言ひとことに自然と耳がそらせなくなっていった。


544:本当にあった怖い名無し
12/01/21 00:26:23.96 OCgYdyAK0
おわりかいいいいいいいいいいい!!!!!!!
ともあれ乙!

545:本当にあった怖い名無し
12/01/21 01:21:38.07 I05oSMGP0
Pixivの行間の広さになれると確かにちょっと詰まって見えるな

546:本当にあった怖い名無し
12/01/21 04:39:01.78 Aau8GmeE0
>>528-543
ウニ乙!

547:本当にあった怖い名無し
12/01/21 09:36:52.14 dLbr/ePj0
ウニ、よかったよ。!


548:本当にあった怖い名無し
12/01/21 17:04:07.77 6dX/GANj0
オーガニック!


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