12/05/27 21:36:30.25
帰ってくると電気が通っていなかった。またか……。私はそのままベッドに横たわり目を閉じた。
決断のときだった。バイトのおかげで毎日ほそぼそと食いつないではいるがいつまでもこんな生活を続けるわけにはいかなかった。
小説家になって一発逆転、勝ち組のレールに乗るためには手段を選んではいられない。いまだ一次選考も通ったことのない私には、小説家になるなど夢のまた夢のままだった。一抹の心苦しさを感じつつも、暗闇の中、私は決心した。
ベッドから跳ね起きて月明かりを頼りに本棚の背表紙を目で追う。一冊の古びた本を抜き取る。
『悪魔を召喚する正しい方法』
資料用として買った本の中で最も優れた書物だった。具体的で間違いがない。これまでに千冊以上の資料を揃えてきたが、ルーマニアから取り寄せたこの本が最も役に立った。
バイト代三ヶ月分を払い、数月の間、もやしだけを食べて暮らした甲斐があったというものだ。
今にも砂塵になって飛んでいきそうなページをめくりながら私は戸棚を開く。実際に目で見て触れてみるべきだろうと大方の材料を揃えていたのが功を奏した。生きた雄鳥の血も大家さんちの鶏小屋から失敬してきた。
ついに召喚のときだ。下級悪魔なら何度か召喚したことはあるが上級悪魔は初めてだった。なにしろ召喚の代償は魂、おいそれと召喚できるものじゃない。しかし、今の私にはためらいはなかった。
魔方陣を描き、呪文を唱えると、怪しげな煙がもくもくと室内を包み込んだ。私の胸は期待に膨らんだ。早くもお願いのことで頭がいっぱいになる。なにをお願いしようか。そうだ、まずは一次選考を通してもらえる文章力を手に入れなくては―