12/05/25 15:43:26.62
赤樫と馬刀葉椎の下は暗かった。足元は枯れ葉ばかりである。
そんな山地を半日ほど駆け、二十重の尾根を抜けて扇状地へ降りると、
讃の眼前には湿地が広がった。正午である。
強烈な陽が水たまりの水面を輝かせ、葦の隙間から目を射ぬいた。
葦原ははるか先の斜面まで伸びて、その境界には川が流れているらしかった。
讃はほとんど発作的に沼地へ体を躍らせた。地面などというものはなく、
足はしぶきをあげてのめり込む。「しまった」と思う間もなく、
そのまま腰まで泥に浸かり、慌てて手元の葦をつかみよせると岸へと這いずった。
測るかのように湿地のふちをしばらく駆けたが、途切れる気配はない。
とうてい進めぬ土地である。それを知ったとたん、冷たい汗が頬を流れた。
「吾れはあなたに逃れねばならぬ」
目的地と思える方向を睨みつけながら讃は歯噛みした。追手はいまにも現れるだろう。