12/05/06 00:56:12.14
「we will always be together…♪」みほろは目を閉じるとゆっくりと唄い出す。
まっすぐに伸びたライトが、真っ暗なステージに彼女だけを照らしだすのを、僕は客席から見ている。
「もーどーなってんのよ、これ」始まりは3年前、街角のライブ。彼女は突然外れたらしいギターのストラップを直そうと格闘していた。ちょうど近くのスタジオに向かう途中だった僕は、自分のギターのストラップを差し出した。
彼女、一瞬戸惑ったみたいだったけど、すぐに笑顔でストラップを受け取った。その時気づいたんだけど、彼女はすごく可愛い顔をしてるんだ。
やたら大きく見えるギターの後ろで歌い始めた彼女は小学生にも見られそうだった。でもギターのボディに負けないくらい、なめらかな曲線を大胆に描く胸は、男の視線を強奪するのに十分成熟していて…
いや、僕が目を見張ったのはそんな事じゃない。それは彼女の声、彼女の歌。彼女が明るく透き通った声で唄う歌を聞いていると、
日常のほんの些細な出来事が、本当はとても大事な、一度喪ったら二度と戻って来ないものなんだっていうことに気付かされるみたいだった。
母さんの作ってくれる冷たい梅しばスパゲッティとか、屋根の上で日向ぼっこする猫のタンパのあくびとかさ。だから、ライブが終わったあと、一緒にバンドやらない?って声をかけた。
彼女は、僕と同じ高2だった。隣町の女子校に通う彼女が、僕が唄とギターをやってたバンドに入って、僕は専業ギタリストになった。そして、一緒に曲を作ったり食事をしたりするうち、僕らは、恋人同士になった。
元々明るい性格のみほろは歌だけじゃなく喋りもうまかったし、それにあのルックスだからステージを重ねるうちに路上ライブの頃からの隠れファン以外にも人気が出てきた。
そして去年、レコード会社の人が来て、「彼女は」デビューすることになった。僕は作曲が認められて、彼女の為の曲を作ることになった。僕の作ったメロディに彼女が詩を乗せて歌うわけだ。
今や彼女は注目のスターだ。彼女の歌に共感する女の子達は、みんな彼女の真似をしたがるし、男どもは彼女の写真を撮るためなら、彼女が乗るリムジンに轢かれたって構わないって感じだ。
彼女のことをみんなが追いかける。でも彼女を捕まえることができるのは僕だけなんだ。今はまだ人に知られる訳にはいかないけど、彼女の歌に出てくる「we」って僕らのことなのさ。