12/04/01 19:58:08.67
『引き換え駅』を信じる人は少ない。だが、救いを求める人たちは信じている。
そういう人たちの行き着く場所が『引き替え駅』
プラットホームの長椅子で、酔った男が一升瓶を抱えて寝入っている。
その両脇には姉弟だろうか、小学生くらいの女の子と男の子が座っている。
姉弟の服装は薄汚れ、手足に血のにじんだ擦り傷がある。
電光掲示板に『父と引き換えに母』の文字が表示される。電車がホームに入ってくる。
姉弟は、酔いつぶれた父親を両脇から抱えて車両のなかへ運んでいく。
シートに父親を横たえると、ふたりはホームに戻ってくる。
扉が閉まり、電車は駅を出ていく。それを見送った姉弟は、手を取り合って帰っていく。
白髪頭の老婆と中年の男女が、長椅子で身を寄せるように泣いている。
駅の電光掲示板に新しい文字が浮かびあがる。次の電車がプラットホームに入ってくる。
三人は長椅子から立ちあがる。電車の扉が開き、三人並んで車内に入っていく。
老婆ひとりだけがシートに腰をおろす。男が老婆を抱きしめる。
男女がホームに戻ると扉が閉まる。ガラス窓から振り返る老婆の潤んだ眼差し。
電車が駅から立ち去り、電光掲示板の『親の命と引き換えに子供の命』の文字が消えたあとも、
中年の男女ふたりはホームに立ちつくしたまま泣いている。
次の電車の近づく音が聞こえてくる。ぼくに残された道はもうこれしかない。
贅沢な生活を夢見て、株やFXに投資した。すべてが裏目だった。多額の借金まで背負った。
電光掲示板が次の引き換えを表示する。その時だ。ホームにハイヒールの高い音が響いてくる。
妻が、ぼくの置き手紙を手に持って走ってくる。「あなた、馬鹿なこと考えないで!」彼女がぼくにしがみつく。
電車がホームに入り、背後で扉の開く音がする。電光掲示板の文字を見て、彼女は息をのむ。
「他に方法があるはずよ。ふたりで考えましょう」 ぼくは首を横にふった。
「わたしの為に、こんなことしないで」 ぼくは首を傾げた。
「きみの為に?」
妻の両肩をしっかり掴むと、身体を反転させて彼女を電車のなかへ押し込んだ。扉が閉まる。
彼女は扉のガラスを叩いていたが、電車はそのまま駅を出ていった。
電光掲示板を見上げると『一生分の愛と引き換えに一生使い切れない富』という文字がちょうどいま消えた。