12/04/01 19:52:25.36
駅前通りの商店街。石畳に列車の汽笛が響いています。
朝から奥さんと喧嘩して額にタンコブのある花屋さんがお店の前を掃除していると、どこからか口笛が聞こえてきました。
「誰だ、のん気に口笛拭いてやがるのは」
花屋さんが目を向けると、口笛を吹く青年が楽しげに歩いてきます。
「バラを六本くださいな、可愛いリボンで花束にして」
青年はバラを愛するマリーについて熱心に話しています。いつのまにか花屋さんは青年の熱意に負けないくらいの花束を奥さんに贈ろうとドキドキしていました。
弟子がケーキを焦がしてしまって機嫌の悪いケーキ屋さんに青年がやってきました。
「ケーキを一つ。ローソク六本付けてくださいな」
青年はケーキ作りが大得意のマリーのことを身振り手振りで話しています。ケーキ屋さんは弟子と一緒にマリーに負けないくらい美味しいケーキを作ろうとウキウキしていました。
ほんとうはお酒が嫌いなワイン屋さんに青年がやってきました。
「シャンパンください、うんと甘めの甘口の」
青年は甘いお酒に目のないマリーのことを愉快に話しています。ワイン屋さんはお酒を売ることが誇らしくなってワクワクしてきました。
青年は電車に乗って田舎の教会にやってきました。そして、白いお墓の前に花束とケーキとシャンパンを置きました。
お墓掃除をしていた近所のおじいさんが青年に気が付きます。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……そうかいもう六年かい」
「はい。彼女と別れて六年です」
「毎年来るからもう顔を覚えてしまったよ」
「ここは僕の一年の始発駅なんです。僕の一年はここからいつも始まります。彼女の想い出で一年分たっぷり幸せになれるから。一年頑張ることができるから。でも今日は片道切符を受け取りに来ました」
おじいさんは首を傾げました。
「今度の春に結婚します。ここには僕はもう来ません」
おじいさんは手を振って帰っていく青年を見送りながら思いました。きっと彼は電車で、優しいマリーの想い出がたくさん乗っているんだと。
そして想像しました。想い出がいろんなところで幸せに変わって下車しているところを。
「マリーや、お前は素敵な人に愛されていたんだね。おじいちゃんは鼻が高いよ」
おじいさんはマリーのお墓にニッコリ微笑むとお墓掃除を再開しました。