12/04/01 19:21:15.02
五年がかりで駅ビルが大改装されて、いわゆる複合施設に生まれ変わったものの、もとより地方都市、
オープン当初の賑わいは既に遠く、平日の正午とはいえ閑散としている。
改札口のあるフロアにカフェが一店。店外の席でカフェ・ラテを飲みながらエッセイのネタを思案する
のが最近の私の日課だ。ノートパソコンの電源を入れたとき、声が響いた。
「だから、来んなっつっただろ?」
改札へと続く道の途中で、だぶついたズボンの青年と、地元の高校の制服を来た少女が向かい合っていた。
「なんでいちいち泣くわけ? 電話もメールもするっつってんだろ」
制服の少女はうつむいて黙ったまま。青年の方は両腕を腰にあてて、うんざりしたようにため息をつく。
四月……。私は想像した。青年は高校を卒業して、これから特急列車に乗り、ほかの街へと旅立つのだろう。
後輩の少女は恋人だ。昼休みに学校を抜け出して、見送りに来たに違いない。
私は青年の不貞腐れた、傲慢な態度に不安と不快を感じた。口をへの字に曲げて睨む目に、別れた夫の姿が
ちらつく。亭主関白、九州男児、そんな言葉では軽すぎる、徹底して身勝手な男。
苦労するわね、でもまだ若いんだから、さっさと別れた方がいい……。私は遥か過去の自分に言い聞かせる
ような気持ちで少女を見つめた。
「じゃあな、時間だから。お前もさっさと帰れ」青年はぶっきらぼうに言い放つと、足元の荷物を掴んで改
札へ歩き出した。少女は暫くうつむいたままだったが、やがて諦めたのか、とぼとぼと駅の出口へと歩いて
行った。
このカップルは長続きしそうにない……。私はエッセイの書き出しを考えようと、カフェ・ラテのカップを
つまんだ。
視界の端で、人影が立ち止まり、ゆっくりと振り返るのが見えた。青年の方だった。青年は改札の間際で足
を止め、体の向きを変えた。そして去っていく少女の後ろ姿をずっとずっと、いつまでも見送っているのだ
った。
私は誤解をしていたかもしれない。少女が一方的に、献身的に青年に焦がれているものと、そんな風に、か
つての自分自身を投影して見ていたが、どうやら思い違いだったようだ……。私はなんだかほっとして、他
人ごとなのに嬉しく、同時に少し妬ましくもあり、つまんだカップを唇に寄せ、そっと目を閉じた。