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なんかなー
たしかに過渡期の人だ
間宮純一
マミヤ光機製作所の創業者間宮精一の甥である。
間宮精一の父の養子である間宮徳次郎(旧姓原田)の長男が間宮純一(久夢斎)六段。
1946年、四段で順位戦C級に参加。その後もC級に在籍し続けたが、ついに勝ち越す事はなかった。
「間宮久夢斎」と称していた事もある。
放浪の棋士として知られ、また借金の無心を繰り返したため、
しまいには日本将棋連盟から退会勧告を受けて1957年に退会。
弟の間宮登(登也)が生活の面倒を見ていた。
弟はアマチュアながら有段将棋棋士。