12/05/18 02:53:39.04 egB6Ff22
>>39
軍を信じて応じなかったというより、できなかった。
食糧労働力をギリギリまで徴発して、14のガキから60のジジイまで動員して、
残りカスの真正老人と真正のガキと女に徒歩で、かつ食糧自弁で遠くて山と
ジャングルだらけの北部へ行けと命じられたところで、応じるのは難しい。
ついでにその北部にはゲリラ戦部隊が配備されて便衣兵やる気だったし、
実際にそうしたから安全地帯でも何でもない
ついでに、首里総司令部陥落後に戦闘継続など、無駄な足掻きでしかない。
武器弾薬も物資も何もかもない。陣地もない。その時点でチェックメイト。
だからこそ首里総司令部の南、北部よりずっと近い南部へ避難する者が
多かった。けど旧軍は総司令部を守れなくなっても抗戦継続、南部撤退を
決定。おかげで軍民混在状態は理想的なものになり、北部等でやったよう
便衣兵もやりまくり。安全区を設定した旨を知事に通告したのは、
安全区への最後の道が戦場になる前日。南部撤退から一ヶ月も経ってから。
完全に手遅れだったよ。