日露戦争を語るat ARMY
日露戦争を語る - 暇つぶし2ch1:名無し三等兵
11/12/11 21:52:40.45 raqO7+7e
Z旗上げ!

2:名無し三等兵
11/12/11 21:54:30.66
2ゲット

3:名無し三等兵
11/12/11 21:55:08.80
戦争は何も語らないよ
体験した人が、知った人が語るだけ

4:名無し三等兵
11/12/11 22:05:37.51
日露戦争経験者はさすがにいない

5:名無し三等兵
11/12/11 22:30:58.39
おちんちんきもちいいお(´;ω;`)

6:名無し三等兵
11/12/11 22:39:09.71
このお腹の痛みが消えるなら征露丸でもヒロポンでも何でもいい
とにかく助けて…

7:名無し三等兵
11/12/11 22:55:17.95
韓国人のイメージ100年

「上流階級は不正でまひし、無駄食いしている。
出世への道を閉ざされた中産階級にはエネルギーを発散できる職場が見つからない。
下層階級は飢え死にしない程度に働く」。
英国の地理学者イザベラ・ビショップ氏が『韓国とその隣国』に書き記した朝鮮王朝時代末期・大韓帝国時代の韓国人の姿だ。
ビショップ氏は1894年から97年にかけて4回も来韓し、韓国の問題点として三つのことを指摘した。
国家システムの崩壊、官僚の腐敗、寄生虫のような両班(貴族)階級だ。

同氏は、韓国人が最も劣った民族で、その状況が改善される見込みはないと考えた。
そうした中、ロシアの自治区で韓国人の移住者に出会った。
「政府の干渉なしに村を興そうとしている彼らは美しく活気に満ちあふれ、豊かに見えた。
国を後にした男たち特有のしょげた姿はみじんも感じられなかった。
疑心と怠惰、自分よりも恵まれた人をねたむ奴隷根性は、主体性と独立心に変わっていた」。
さらに「母国の韓国人たちも、正しいことを行う政府の下で生計の保護を受けることができれば、真の市民として発展するだろう」とつづった。

日本占領軍司令官のダグラス・マッカーサーは1947年、次のように話した。
「韓国人は日本人と違って、民主主義を行う用意ができていない。韓国人には権威的で力強い統治者が必要だ」。
さらに、血生臭い韓国戦争(朝鮮戦争)を経験することで、韓国に対する世界の人々の否定的な見方はいっそう深まりを増していく。
しかし、戦争ドキュメンタリー作家のジョン・トーランド氏はピュリツァー賞を受賞した『大日本帝国の興亡』で「韓国人は嵐のように強烈な性格を秘めている」と表現した。
URLリンク(www.chosunonline.com)

8:名無し三等兵
11/12/12 02:25:43.60
フィリピン獲られて悔しくて大騒ぎした坊ちゃん爺が何言ってんだよ
米軍内でもめんどくて扱いに困ってたようなアホだろ

9:名無し三等兵
11/12/12 04:36:37.80
真珠湾攻撃は日米合作の八百長戦争

URLリンク(s1.shard.jp)

日本は、戦争から相撲・野球まで何でも八百長。
問題は、生まれた時から八百長を「正義」と教えられて大人になる多くの、
「気持ちの悪い」日本人がいることだ。
もちろん、こいつらは、天皇・徳川一族の下部組織の者たちで、
多くは、伊賀・甲賀などの多くの流派に分かれた現代版忍者部隊だ。
(仮説を含む)
( URLリンク(park.geocities.jp) )


10:名無し三等兵
11/12/12 21:18:08.84
アウ・・ォォォウ・・
○    ○ グッポグッポ
( ヽ  ○/l ))
)))」 ̄[ 乙

11:名無し三等兵
11/12/12 23:32:31.33
関連スレ

もし日露戦争が起こってなかったら
スレリンク(army板)l50

12:名無しでいいとも! @放送中は実況板で
11/12/14 23:17:29.78 PNj5myx6
28センチ榴弾砲ぱねぇ~

13:名無し三等兵
11/12/15 00:35:40.15 9a4nGqcj
安濃豊のラヂオ学門所 ”嫌なら聴くな" 戦勝国は日本だった
URLリンク(www.ustream.tv)

14:名無し三等兵
11/12/15 17:22:44.57 qIBZPt3+
「三笠・長門見学」

船は横須賀の波止場へ着いた。ポーッと汽笛が鳴る。私達は桟橋を渡つた。薄曇りで、また酷い暑さの今日は、海迄だるさうだ。
併し、僕達は元気よく船から飛び出す。三笠の門の前に集合し、そして芝生の間の路に歩を運ぶ。艦前に来て
再び集まり、三笠保存会の方から、艦の歴史やエピソォドを伺つた。
お話が終ると私は始めて三笠を全望した。
見よ! 此の勲高き旗艦を。そしてマストにはZ信号がかゝげられてゐる。
時に、雲間を割つて出でた素晴らしき陽は、この海の館を愈々荘厳ならしめた。艦頭の国旗は、うすらな風に
ひるがへり、今にも三笠は、大波をけつて走り出さうだ。一昔前はどんな設備で戦つてゐたのか、早く見たくなつた。
やがて案内の人にともなはれて急な階段を上り、艦上に入る。よく磨かれた大砲が海に向つて突き出てゐる。
こゝで日本の大きな威力が世界に見せられたわけだ。伏見宮様の御負傷の御事どもをお聴きして、えりを正した。
其処此処に戦士者の写真が飾られてあるのも哀れだ。
(続く)

平岡公威(三島由紀夫)中等科一年、12歳の作文

15:名無し三等兵
11/12/15 17:23:08.67 qIBZPt3+
「三笠・長門見学」

私達は最上の甲板に登つて東郷大将の英姿を想像してみた。手に望遠鏡、頭上には高くZ信号。……皇国の興廃
此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ……。とは単なる名文ではなくて、心の底から叫んだ愛国の声ではないか。
士官の室が大変立派なのにも驚いた。又会議室へ行つて此処でどんな戦略が考へられたかと思つた。艦の全体に
ペンキで戦痕が記されてある。こんなに沢山弾を受けたのに一つも艦の心臓部に命中しなかったのは畏い極み乍ら、
天皇の御稜威のいたす所であらう。艦を出て、暫時休憩し、昼食を摂る。休憩が済むと、再び海に沿うた道を歩く。
そここゝにZ信号記念品販売所等と看板があるのも横須賀らしい。さうする中に海軍工廠の門内へ入つた。
クレーンや、色々の機械の動く音と、金槌の音が、あたりを震はせてゐる。「今造つて居る戦艦は、十一月に
進水式をするのです」と案内の人が言つた。あちらでは古い旗艦を保存してゐるのに、こちらでは新しい軍艦が
どんどん生れて来てゐる。一寸面白く思つた。
(続く)

平岡公威(三島由紀夫)中等科一年、12歳の作文

16:名無し三等兵
11/12/15 17:23:35.51 qIBZPt3+
「三笠・長門見学」

其の内にランチへ乗る。さうして五分も経たないで長門につく。先づ此れを望んで、さつきの三笠と較べて見ると、
余りにその設備の新式なのに驚いた。艦上には四十糎(サンチ)の素晴らしい大砲がある。其の太い砲口から
大きな大きな砲弾が出たらどうであらうと思ひ乍ら、案内の人にともなはれて下へ行く、水兵さんの頭を
刈つて居る所、色々な室、何も彼も物珍らしく面白い。時間が無かつたので、ゆつくり見学することが出来ず
残念であつたが、記念撮影をして再びランチに帰つた。あゝ日本の精鋭長門、こんな軍艦があつてこそ、
日本の海は安全なのであらう。ランチが着き菊丸まで歩いて、かうして今日の有益な見学を終つた。

平岡公威(三島由紀夫)中等科一年、12歳の作文

17:名無し三等兵
11/12/17 01:09:36.99
伊地知 幸介は評価されるべき。

18:名無し三等兵
11/12/17 04:15:41.11
評価ならちゃんとされてる。
あれほど悪評ふんぷんの人物も滅多にいるもんじゃない。

19:名無し三等兵
11/12/19 16:02:21.14
乃木批判家はうそつきしかいない。

根幹的にうそしかかかない。



あれ、乃木無能なら間違いなく部隊全滅。
乃木ががんばったから無理で極端な奉天追撃戦ができた。
単に最初から自爆するのわかってて、乃木自殺命令だしただけだよね。で乃木がおしきって勝ったんだよ。

20:名無し三等兵
11/12/23 12:23:28.67
20

21:名無し三等兵
11/12/23 15:39:58.25
>>19
司馬史観に沈んでる老人が沢山いるからな。そして中高年は現在は「平成の開国」という言葉に酔ってる。

サイエンスの記事の中に司馬をけなしてる一文があったけど、かなり毛嫌いしてるのだと思った。


22:名無し三等兵
11/12/24 06:10:15.66
F-22

23:名無し三等兵
11/12/30 08:54:06.74
日ロ戦争で日本がロシアに勝ったことが
第ニ次大戦で日本がロシアに負けたことの最大の原因である

24:名無し三等兵
11/12/31 05:02:36.99
シベリア出兵はスルーかよ

25:名無し三等兵
12/01/07 21:24:06.27
おれもかなり長い事、乃木無能説に組していたし有能説には抵抗を覚えるけど
もしかしてもしかして、
チェルノブイリで軍30万人を投入して火消しの決断をした赤軍将軍と同じ心境だったんじゃないか

だって

26:名無し三等兵
12/01/08 11:07:40.59
自分が犯した戦略のミスを、前線まで出向いて自ら処理した
ヒトって児玉さんくらいかな。



27:名無し三等兵
12/01/08 12:00:39.15
まあ聞いてくれ
最近、フクシマで大惨事があって、いまだあーでもないこーでもないと原因が入れ替わっているが
203高地論争、旅順論争ってのはそういうもので
おれは結局、乃木は、誰かが人殺しとして人命を投入しなければいけない時に
甘んじて人殺し将軍、無能将軍の汚名を着て、「木石」となって汚れ仕事を引き受けたのではないのかと
ふっと寝しなに思って・・・乃木の生前の気持ちを思うとたまらなくなってしまった

もしかして乃木は、まさしく
>満州軍児玉の旅順要塞戦力算定ミス
(でも最新刊の歴史人とかよむと、当時、旅順要塞は開戦後も急速造成中で外郭要塞未着手、内郭のみ急造)の
で第一回総攻撃で、死傷15000人を出して、以降、外債募集、第三軍の北方への完全転用、大連補給港の安全の為に
児玉ともども旅順決戦に勝利しなければいけなくなってしまったのではないのか

そのためには旅順要塞を完全攻略しなけれなならないし
以後、大本営と海軍の稚拙な203高地早期攻略圧力をのけて・・・

そうだな、11月26日に予備兵力の白襷隊3000人を投入した時点で名将でも何でもなく
本当に人間の限界まで知力を振り絞って以降、児玉に指揮権を譲ったんだろうな

そこら辺が、おれは昨今の乃木名将論には違和感を覚える

28:名無し三等兵
12/01/08 12:05:34.45
たぶん明治帝の更迭拒否、終生の敬愛は
統帥中枢だからこそできる俯瞰で、
乃木が明治37~8年戦役で果たした機能を
純粋に評価しての結果だろうし

そして乃木の殉死は西南戦争の連隊旗などではなく
やはり自死を禁じた明治帝の不在にともない

心おきなく自分が死を命じた爾霊山(二〇三山)の同胞への
過不足ない自分への罰だった・・・としたら浪花節か

29:名無し三等兵
12/01/08 12:23:33.96
乃木の無能はババから逃げなかったこと。
明治帝が自決を禁じたのは、任命者責任を追求されるのを嫌がったからだろ(w

30:名無し三等兵
12/01/08 12:40:53.38
>乃木の無能はババから逃げなかったこと。
ごめん。こっちはババ(JOKER?)の意味が判らない

>明治帝が自決を禁じたのは、任命者責任を追求されるのを嫌がったからだろ(w
なるほどな そういう見方もあるわな
乃木が有能・名将という説には違和感を覚えるが
第一回強襲は、満州軍総司令部の敵要塞戦力算定ミスで、死傷者15000で総攻撃中止
第二回総攻撃(塹壕・坑道延長による強襲)は、死傷4000程度で、露軍死傷5000で拮抗でややまさっている
第三回総攻撃 (塹壕・坑道延長による強襲)で・・・このあたりから第三軍司令部は死傷者の多さに
たぶんPTSDとかストレスで機能停止したんだと思う
攻撃目標203高地転換のあたりから、満州軍総司令部の派遣参謀が徐々に第三軍の指揮権に浸食し
結末として大山さんが指揮権割譲の書類をこさえて、児玉が最終、名目的に派遣されたのだろう

ちなみに第三軍と満州軍の意見の対立はそれほどなかったはず


31:名無し三等兵
12/01/08 12:56:16.64
戦術的にはミニWW1の塹壕戦だからね。
敵の一線を占領しても通信が間に合わずに敵の逆襲部隊に奪回される。
これの繰り返し。
203高地のときはロシアの逆襲の前に援軍が間に合った。

32:名無し三等兵
12/01/08 13:36:53.91
予備兵力の抽出合戦で、203高地でついにロシア軍の予備いうか戦意がつきたということかな

昨今、戦略的には黄海海戦で旅順艦隊は戦意を失い戦略的には日露戦争の帰趨が決まったいうし
早計にも203高地、引いては旅順戦の意義を否定する誤解も多いが

「同兵力のバルチック艦隊は、遠征疲れの分、日本GFに必敗し、ロシアは制海権を失う」は
かならずしも主戦場の満州への補給を、陸路シベリア鉄道に頼るロシアの敗北条件ではない。

やはり旅順要塞を陥落させ、外債募集に好影響を残し
反転、第三軍は奉天会戦にまにあい、左翼で包囲延翼運動をして
クロパトキンの後退動機にならなければ、そのあとの日本海海戦、革命運動のコンボで
講和には至らなかったろう

いろんな要素が同時進行して、奇跡的に日露戦争は短期決戦講和がなった
そのなかで・・・やはり203高地は戦争全体の中の天王山だったんだろうな

33:名無し三等兵
12/01/08 13:43:47.19
たまたまNHKで先日、(あきらかに東電の資料提供で)福島原発事故の回避の可能性を
遠からずガンで死ぬであろう現場職員のECCS系作動ミス(点検のための停止)に矮小収斂させようとする番組を見て
反吐が出た
(違うだろ、そもそも重心の高い軽水炉が津波以前の震災で配管が破れて(つまり耐震設計ミスだ)
放射能漏れを心配しての停止じゃねえか)

あの事故の後、ありとあらゆる情報操作、印象操作があふれて真相が見えにくくなったが

日露戦役後、乃木の没後の、神格化と、すでに大正時代から始まった愚将批判は
長岡外史はじめとする生存者の名誉欲とか、海軍の旅順港封鎖失敗の責任回避とか
いろんな要素が多すぎてなあ

34:名無し三等兵
12/01/08 13:46:17.52
>>30
君は第三軍司令長官を引き受けるか?
自分なら全力で辞退する。


35:名無し三等兵
12/01/08 13:57:47.67 IEA0NjXf
日露戦争体験者の本なら「肉弾」桜井忠温、「此の一戦」水野広徳が
手元にあるんだが、軍上層部が本音でどう考えていたかは「日露戦争:
英国参謀本部機密文書集 全5巻」でも読まないとわかんないよな。


36:名無し三等兵
12/01/08 14:05:45.74
まじか そんな本があるのか
図書館とかで借り出せないかな

いやさ、先日の坂の上の雲第三期の神ぶりに驚嘆してさ
とくに「203高地」は、2000年代以降の軍事研究家が参加している時点で
児玉督戦という見せ場をつくるための、悪役伊地知のポジションとか怒りとか、要所要所でよく研究しているなと思ってさ

あと村上連隊の高地奪取に至る最後の突撃「決別!命の落とし所は戦場(いくさば)じゃ」以降
NHKは一線を踏み越えた よくもわるくも別時代、戦前の価値観、突撃の高揚感と歴史的評価を
うまく映像化したなと思った

超望遠で、豆粒のような日章旗が榴散弾破裂する丘陵を、延々のぼっていく様でちょっと泣いた

37:名無し三等兵
12/01/08 14:24:36.87
>>36
その後の村上連隊長のいく末を考えると嫌な気分になるのは、
俺だけ?

38:名無し三等兵
12/01/08 16:48:01.01
いや、村上のその後を知っていれば現代の多くの人は嫌な気分になるだろうよ
後の「生きて虜囚の辱めを受けず」という価値観は当時からあったにしても
「肉弾」として先頭で戦った人には敬意を払うべきとは思うわな
流石に無礼を働いたのはごく一部の将校だけとは思いたいが…

39:名無し三等兵
12/01/08 17:59:39.90
こんな話もあったそうな。


陸軍少将守永弥惣次が日露戦争の捕虜についての思い出として語っているところによると
彼が歩兵第三連隊付の大尉のころ、開戦いらいはじめての捕虜が連隊本部に送られてきた。

大隊からロシアの捕虜が見たいものは許可するから本部まで来いと言ってきた。
命令ではないので希望者だけを行かせることにして、兵を整列させ、見たいものは手を挙げろと言うと、半分の者が手を挙げた。

そこで、手を挙げない兵に、守永中隊長が「どういう理由で見たくないのか?」と尋ねると
いろいろ答えが出たが、兵の一人金子亀作という一等兵が

「気の毒でありますから」

と答えた。なぜか? と聞くと

「敵とは言えロシア軍人として懸命に戦った者が、武運つたなく捕らわれの身となりました。
それがあちらこちらに引き回され、見世物扱いにされては無念でしょう。
自分は捕虜を辱めたくありませんから見物に行きません」


その答えを聞いて、それでも見物に行こうという兵がいなくなった。
守永中隊長も「自分も同感である」と誉めたという。

日本捕虜志  長谷川伸



40:名無し三等兵
12/01/09 01:40:47.31
URLリンク(battleshipmikasa.blog.fc2.com)
日本元気劇場の三笠セット問題③

更新来たよ。 マジで酷い三笠セットw



41:名無し三等兵
12/01/09 17:10:00.08
煙突の太さと位置に命をかけるキチガイさんのサイトか

42:名無し三等兵
12/01/10 12:53:23.35 b4wyIDZj
日露戦争で日本が勝利したことが、親ロシア感情を持ったロシア・東欧
出身ユダヤによるコミンテルンという組織を作ってしまったからな。
 その後明石将軍がやった手口で日本に対する工作を続ける事になる。
日本国内の不満分子を指導組織化し、多額の工作資金をつぎ込み国内を
混乱させる。共産党や社会党がクレムリンからもらっていた政治資金の
一部はソ連崩壊の後に判明したが、戦前のソ連大使館、上海、モスクワ
経由の資金についての全体像は不明。


43:名無し三等兵
12/01/12 17:41:30.48
>>39
WW.2で、んな事言おうもんなら
この非国民めッ!とボコボコに殴られるか即、銃殺www


44:名無し三等兵
12/01/13 00:27:25.38
>>43
日露戦争は国家の名誉のための戦いでもあったからね。
WW2には名誉はないから。

45:名無し三等兵
12/01/15 12:30:36.86
二〇三高地で督戦隊があったときいたけど
誰か詳細知りませんか?

いや、まじあれ
仏映画スターリングラードでおなじみのあれ
おい、あそこに喝をいれてやれ

46:名無し三等兵
12/01/15 12:33:21.66
>>45
ギニューの連中があの戦場に居たのか知らなかったゾ
チェンジ!

47:名無し三等兵
12/01/15 12:39:32.91
最近何冊か旅順モノ読んで、機密日露戦史の分析で、
どこかでたった1行 「●●17大隊についてその機能は研究の余地あり」は督戦隊と思われると
誰かが言っていたんだ


48:名無し三等兵
12/01/15 13:15:20.43
督戦隊とは異なるかもしれないが、
よく引用される志岐守治少佐(後の中将)は、
攻撃の際に各部隊に補助憲兵が配置された事に不満を述べている。



49:名無し三等兵
12/01/15 15:35:01.70
日露戦争でまぁちょっと有利に講和

時は流れてWW1では英仏露に日本も加担して連合国 ← ここが大日本帝国の天井

アメリカの横槍で日英同盟破棄 ← 終わりの始まり

50:名無し三等兵
12/01/15 18:23:44.79
PHP文庫の別宮本「旅順攻防戦の真実―乃木司令部は無能ではなかった 」探しに
きょう書店行ったけど見つからないorz

大庭二郎日記とかも見つかったらしいし、読みたいなぁ

51:名無し三等兵
12/01/16 16:03:23.90 J/xVS4rV
なんだよ 乃木有能説いうけど
203高地への攻撃変換は、すでに第三回総攻撃前に
東北正面攻撃失敗時の予備案として、すでに満州軍大山巌元帥の命令があったんだね
これじゃあ「最初から203高地だけ落としていればよかった」いう
海軍~長岡・井口~大本営~司馬遼太郎の説が正しかったことになる

52:名無し三等兵
12/01/18 12:28:46.53
203高地占領作戦って海軍の要請に応える為だけの作戦だろ
陸軍の面子だけで殺された兵隊はタマラン

53:名無し三等兵
12/01/19 00:16:25.50
一応、11月26日の第三回総攻撃まで要塞東北正面2保塁を抜いて
最高地点の望台を落し、もっと旅順要塞を制するというのは
満州軍児玉の意志だしね

児玉督戦の正体は、児玉の主導で第三軍が東北攻撃を重ねていたら
とうとう12月になってしまった。
ここでせめて203高地を落して旅順港の観測射撃をしなければ責任問題になる
「私が行って乃木を指揮してきます」
「行けよ児玉さん、行って落さなければ、乃木に東北正面攻撃を継続させた、おはんの責任だぜ、はっきりいって死んでもらわなければならない」という
大山巌の冷たい視線による

54:名無し三等兵
12/01/19 00:36:48.74
児玉が来る前に乃木は203高地を主攻にしてますがな

55:名無し三等兵
12/01/20 05:18:19.08 QU/rGfR3
 
黄海海戦と黄海海戦を記念する誕生日

URLリンク(akiba.geocities.jp)

黄海海戦には、日清戦争の黄海海戦(1894年)と日露戦争の黄海海戦(1904年)の二つがある。

だが、この両方の日付が西暦・旧暦でクロスするめでたい年が約20年に一度来る。

( URLリンク(book.geocities.jp) )

56:名無し三等兵
12/01/21 11:21:09.96
手元に旧刊の類しかないので断言できないが・・・

旧参謀本部編さん「日本の戦史/日露戦争」(徳間文庫)によれば
明治37年11月 東郷GF長官→伊東海軍軍令部長→山県陸軍参総長質問
「12月までに旅順が落ちなければ、艦隊整備休養修理の為、港湾封鎖を一時解く(バルチック艦隊向けにGFを引き上げる)」
これに対して山県⇔大山巌満州軍司令官
「12月初めまで旅順要塞攻略(望台攻略)ができなければ、港湾を見下ろせる高地(203高地)をとり、市街軍需施設+旅順艦隊を砲撃するつもりだ」
と回答したとの一文がある

かりに11月26日に第三回総攻撃が失敗し、総予備の第7師団さえ全消耗する直前なら、
いちおう満州軍の総意として、乃木も、戦術ではなく国家の戦略として
「203高地攻略」を<えらばざるをえなかった>と思うな


57:名無し三等兵
12/01/21 11:37:51.05
もっとも、よりジャーナリスティックで、
昨今の旅順戦再評価(黄海海戦時点で旅順艦隊は機能を失い、第三軍もそれを把握している)、
あるいは日本海海戦再評価(バルチック艦隊の接敵直前位置の誤報により、東郷はやむをえず敵前回頭を行うしかなかった)についての材料も
すでに記載している児島穣『日露戦争』なんかよむと・・・。

11月初旬 GFの「対バルチック艦隊戦に備えて旅順港湾封鎖作戦を解きたい」→
海軍軍令部「203高地をとれば旅順艦隊を俯瞰射撃できる」→
参謀本部次長長岡外史「旅順を陥落させるのがベストだが、できないなら203高地とって敵艦隊を処分するが次善だ」→

                      →(論点衝突)←

←満州軍「旅順を落とせばおのずと旅順艦隊は全滅する」
←(多少の温度差あり)第三軍「要塞外の203高地は、要塞攻略とは無縁」で
<203高地をおとす>という満州軍≒第三軍回答は、ついになかった・・・

58:名無し三等兵
12/01/21 11:56:42.97
その他、第三軍は清国密偵を使用して
旅順港内の敵艦位置の「素人目測による通報」をうけ
予測半径内への「28センチ砲推測射撃」を10月にも実施し
被弾見込みもうけている

だから203高地主攻撃でなく旅順完全攻略に固執したんだろうけど
でも結局、11月27日に東北正面を抜けず
日本国最後の予備総兵力第7師団いよいよ投入しようとしている時
203高地主攻変更を命じた瞬間、
「現場のプロ」としてどんな見込みがあったというのか

とれば維持ができるものなのか
敵の逆襲、隣接敵保塁からの防御射撃、回復攻撃の有無は?

11月29日なると敵歩兵の回復攻撃がはじまり
予備兵力の消耗合戦になり、自然「決戦になる」と第三軍司令部(津野田)も
見込みを立てられたけど

11月26日の乃木の203高地攻撃主軸転換の重さというのはどんなものなのだろう
検討モトム ヲワリ

59:名無し三等兵
12/01/22 12:48:02.07
二百三高地争奪戦って
旅順要塞攻略じゃなくて、あくまで要塞の外で決戦したって事だよね?

60:名無し三等兵
12/01/22 14:06:16.85
203高地の奪取成功にはそれまでの正面攻撃での戦果があってこそってのが完全に無視されてるよね
最初から203高地攻撃してればロシアも予備兵力潤沢なんだから泥沼でしょ


61:名無し三等兵
12/01/22 15:09:50.43
攻撃目標を203高地に変えずに望台のままならどうなったのかな。
1月1日までに開城させられたかどうか。
実際望台を攻略出来て開城の決め手になったのだから、正攻法を続ければ攻略できたのか。
或いは203高地で消耗戦に持ち込めなかった分、予備兵力があるロシアに更に苦戦して1月1日以降になるか。

62:名無し三等兵
12/01/22 18:22:08.20
               兵力        死傷者数
第一次総攻撃 日  50765        15860
          露  33700         1500
第二次総攻撃 日  44100         3830
          露  32500         4532
第三次総攻撃 日  64000        16936
          露  31700        17000


第三次総攻撃で、ロシア軍の死傷者数が17000に飛躍したのは
やはり27日から要塞外の二〇三高地に「予備兵力を派遣」して
決戦したからでしょうね

これが望台占拠の為の前哨砲台争奪戦だけで、ロシア軍の被害は増えたかどうか?
ブルアリモン式要塞として、一旦、陣地を後退させ、側面からの回復攻撃
(要塞からの一方的な射撃)で、肉弾の日本軍を撃退させるだけでしょう。

旅順要塞内の露軍は、攻囲下ゆえ人的資源の再補給を受けられないのに比べ
日本軍は内地からの増援を受けられる
31700人から17000人も死傷者を出したら、これは降伏するしかないんだろうな
もっとも旅順要塞内の野戦病院のロシア兵の仮病率(=厭戦率)も相当なものらしいけど




63:名無し三等兵
12/01/22 18:33:18.32
まあ9000人が壊血病にやられてるわけだが。


で、開城の後入った日本人が一言
「もやし食ってればよかったのに…」

64:名無し三等兵
12/01/22 19:22:39.13
豆は食うけど、芽が出たらロシア人は食わないんだっけ

65:名無し三等兵
12/01/22 19:23:15.01
日本軍は脚気で相当死んだんだろ?

66:名無し三等兵
12/01/22 19:24:03.15
ロシア側にとってそこまで203高地にこだわる必要はあったのかね
後知恵で見たら、要塞外でいたずらに予備兵力減らしてるように思える

67:名無し三等兵
12/01/22 19:30:49.95
>>65
まあ、あっちは兵士の補充が出来ないわけで

68:名無し三等兵
12/01/22 22:26:46.49
陸軍の面子が203高地だろ

69:名無し三等兵
12/01/22 23:04:45.94
一応、第二回総攻撃の頃から
二〇三高地は「旅順港=旅順艦隊を見下ろせる西北側の瞰制地」で
これをとられると、旅順艦隊を観測射撃され、要塞の存在意義を失うと
反ステッセルの、スミルノフ要塞司令官=コンドラチェンコ陸正面防衛司令官で認識されている

だから11月27日から12月5日にかけて日露両軍の第消耗戦がおきたけど

・・・でも要塞の更に1ヵ月後の先の降伏は、食料とか弾薬は一応あるし
壊血病といっても兵隊もけっこういるから
やっぱ旅順艦隊全滅や主戦派コンドラチェンコ中将戦死による士気の低下と・・・

2月まで頑張って全滅するより正月明に降伏して、無事に帰国したいって突き上げで
ステッセルも1月1日降伏したんだろな


70:名無し三等兵
12/01/27 22:24:36.25
>>67
旅順戦だけ考えればその通りなんだが、日露戦全体で考えると
日本の方も補充は効かなかったわけで。そう考えると、日本軍に
大被害を与えた旅順守備隊はいい仕事をしたとも言える。

71:名無し三等兵
12/01/27 22:29:20.19
>>70
>そう考えると、日本軍に
>大被害を与えた旅順守備隊はいい仕事をしたとも言える。
軍港が落ちちゃ、バルチック艦隊もマジで困るわけだが。

わざわざ大公開した後、ウラジオストックを拠点に活動?
無事にウザイ艦隊かわせたとして。

72:名無し三等兵
12/01/27 22:57:40.40
>>71
旅順が維持できなきゃバルチック艦隊の有効な活動はほぼ不可能だったわな
往路で連合艦隊にボコられても、乾ドックのある修理施設すらなかったんだし
旅順に逃げ込んでも、ユトランド海戦後のドイツ艦隊と同じ状況だったろうさ
半壊状態の浮かぶ鉄塊が狭い軍港に雪隠詰、と
旅順陥落でバルチック艦隊の回航取りやめって意見少なからず出たみたいだが、まあ当然だよな


73:名無し三等兵
12/01/29 09:22:52.50
ロジェントウェスキーはウラジオに逃げ込む予定だったんでしょ

74:名無し三等兵
12/01/29 09:24:58.57
>>73
そうなの?
何時の話?

75:名無し三等兵
12/01/29 10:39:44.24
カムラン湾を出た時点で
決戦意図に欠けて

76:名無し三等兵
12/01/29 17:21:45.37
>>73
ああ、72は旅順とウラジオ書き間違えたw
? 旅順に逃げ込んでも
○ ウラジオに逃げ込んでも

77:名無し三等兵
12/01/29 19:24:21.21
いいさ、おれだって
×ロジェントウェスキー
○ロジェストウェンスキーと書いている

78:名無し三等兵
12/01/29 19:58:06.89
菊田愼典「東郷平八郎 失われた五分間の真実」(光人社)読了
内容は・・・黄海海戦で2時8分
島村参謀長と秋山参謀との間で南東に舵を切るか、北東に舵を切るかで
3分ほど意見が分かれて、東郷は島村案に賛同
しかし、その3分がたたり結局、日没まで3時間以上、敵を砲撃距離に収めるまで苦労したという
山本英輔の見分記事(水交社)を引用し

東郷は秋山を嫌った
だから日本海海戦では敵前大回頭以降
「司令長官と参謀長以外は、みな艦橋からおりろ」(史実)と
秋山を除けた・・・と信じると作者は言う

さらに上村艦隊(第2戦隊)の独断専行を
第一戦隊の射撃を妨害した5分間だと切り捨てる

筆者は防衛研究所戦史部OBというけど・・・・うーん、そんなものかね
無闇に通説への反論をこじつけているようにしか読めなかった

79:名無し三等兵
12/01/29 20:52:33.27
>>78
みなおりろ、だったら誰かを嫌ったのか、それが誰だったのか断定できねえじゃねえかなあw
追っかける進路とか、博打みたいなもんだし
論理の飛躍と牽強付会がひどすぎるわ

まあ秋山は行儀の悪い札付きの秀才みたいなとこあるから、東郷が好む要素もないけどな
間に島村くんがいてくれてよかったところはあるんでね

80:名無し三等兵
12/02/04 21:21:21.73
日本の歴史の真の国賊、本居宣長ねえ

魏に知られてしまっている邪馬台国の王統や血統と皇室との
関連を庶民にまで疑問視される事態を怖れて、「やまと」とから
「やまたい」と読むように仕向け、おまけに当時の中国に
朝貢していた事実までも認めたくないという、学者とは掛離れた
下衆の我の強さ故に、邪馬台を神夏磯姫の国に無理やり比定する
低脳国賊ぶり。

こうい奴らの過ぎた真似が、その後日本玉砕への直接間接の原因に
なってるんだからな。
そろそろ、A級ばかりじゃなくて、このあたりを総括しろよ。

81:名無し三等兵
12/02/06 22:16:44.42
日露戦争も100年を過ぎてしまうと
さすがに語る奴も少なくなったのが寂しいね

82:名無し三等兵
12/02/07 00:27:50.08
三国干渉されても、中国みたいにトチ狂ったかのように列強に戦争吹っかけまくるのではなく
10年間耐えに耐えて忍びに忍んで大国ロシアに勝ったってのが大東亜戦争よりもずっと格好いいところなんだけどな

83:名無し三等兵
12/02/07 00:36:39.85
太平洋戦争(第二次世界大戦)は大規模過ぎるんだが、日露戦争はコンパクトだからわかりやすい
そろそろ自分の専門分野にしようと日露戦争を勉強しようかなあと思ったり

84:名無し三等兵
12/02/07 00:43:51.93
>>80
三国人は日本から出ていけ

85:名無し三等兵
12/02/07 02:35:22.73
>>81
「坂の上の雲」の映像化で、もっと盛り上がっていいはずなんだが。

86:名無し三等兵
12/02/07 21:33:52.67
だよね
司馬の行過ぎたプロパガンダをそっと静かに訂正して映像化した
奥ゆかしさがよかった

87:名無し三等兵
12/02/08 08:10:20.91
あと、司馬がおそらく意図的にスルーしたであろう
日清戦争の旅順虐殺をにおわせる描写を入れたり。

88:名無し三等兵
12/02/08 14:08:12.75
あれか・・・「日本の兵隊さん有難う」だっけ?
大江志乃夫の研究あたり、紛れ込んでいるのかなと思った

旅順戦は別宮暖朗とか兵藤二十八とか絶対ベースに入っているはずだけど
タイトルクレジットには出なかったのかな

89:名無し三等兵
12/02/08 20:24:11.65
>>78
極端な新説出さないと本が売れないからね
史実だけならもう腐るほど本が出てるわけで

露天艦橋から退けたのはもし自分が戦死した時のためだろうどう考えても
第二戦隊がいなきゃどうなってたんだか

敵前大回頭前の航跡図見てもわかるけど第一戦隊は結果オーライとは言え褒められた機動してないだろw
映画とかドラマになるとなぜか敵前大回頭前の機動が触れられずにガン無視になるけどさ

90:名無し三等兵
12/02/08 22:15:14.73
例の連携機雷・・・つまり黄海海戦でT字戦法が有効に機能しないと判った時に・・・敵艦隊の進路にばら撒き
陣形を乱して肉薄水雷を挑むか、進路を限定し決戦を強制するかのあれ。
「天気晴朗ナレドモ波高シ」で実は、当日荒天で水雷出撃困難、
実施不可を暗に大本営に通知したんじゃないかというアレ。

秋山が考えた苦肉の策というソースだけど、
『明治37・8年機密日露海戦史』なんだね

全150巻×3セットのみ印刷して 海大、軍令部、皇室に配布。
昭和20年8月敗戦時に、前2セットは焼却したけど、皇室だけは保管
昭和天皇が昭和40年代に、防衛研究所に下賜されたので公になった

酸素機雷出現以前、昭和初期までの海軍の決戦時の「秘密兵器」として
その存在を消されて、その代わりといっては何だが
「日本海海戦のプロパガンディスト」「東郷の腰巾着」小笠原長生が
「日本海海戦は肉を切らせて骨を断つ!必殺の東郷ターンことT字戦法で勝った」と大衆に宣伝しまくった

でも『公刊 明治37・8年日露海戦史』(全4巻)にも『機密海戦史』にも「T字戦法が日本海海戦で使われた」とは
1行も書いてないんだよね

91:名無し三等兵
12/02/08 22:33:52.74
>映画とかドラマになるとなぜか敵前大回頭「前」の機動が触れられずにガン無視になるけどさ

そうなんだよな
本当はバルチック艦隊の進路左右いずれか(ウラジオ入り妨害が主なら大陸側だから左)を
日本艦隊はそもそも占位しなければならない
ここから取り舵(左回頭)して、敵の頭を抑える。
回頭時には艦が遠心側に傾斜して砲が使えない(俯角上限でも海面を撃ってしまう)から
できれば敵の砲撃距離から遠いところで済ませたい

ところが通報艦の誤報で敵位置を東西1万m間違え、会敵時、正面に見てしまう
だから東郷は間合いを取るため、まず・・・
13:40 面舵・右回頭して西に行き、
14:02 取り舵左回頭(A)バルチック艦隊と並行=反航針路をとる
・・・ついで安保砲術長「どっち側で戦をなさるのですか!?」の大声で
14:05 さらに取り舵左回頭(B)いわゆる東郷ターンを開始する・・・



92:名無し三等兵
12/02/08 22:46:32.02
もちろん基本戦策はT字戦法、あるいはイの字で
なぜかというと敵艦縦列の前方砲のみに
味方側面砲の全力を集中して、
火力比で圧倒できる陣形だから

でも風力のトラファルガル海戦と違い、蒸気時代、敵艦隊は縦横に進路を変えられるから
いずれにせよ並航戦には、最終なる

なるが東郷はやはり、敵砲撃距離内で、うまく敵艦の頭を抑えられる回頭時期を
14:02から14:05 じりじりと待ったんだろうな

よく「実質、あれは同航戦、並航戦」「いやα運動だ」というが
緒戦のT字の基本戦策(教導艦スワロフへの初弾集中)は動かないと思うんだ
そこから延々、同航戦にならざるを得なかったろうけど佐

93:名無し三等兵
12/02/08 23:15:15.20
>>90
第三艦隊のお陰でロシア艦隊の隊列乱れたんだっけ?

94:名無し三等兵
12/02/09 00:04:26.27
>>92
T字戦法から同航戦への移行は難しいぞ。バルチック艦隊が逃げる気なら、
日本艦隊とは逆方向に針路を変えるだろうから、同航戦にはなりにくい。
だからこそ敵前回頭で、相手に逃げる間を与えずに同航戦に持ち込んだんだよ。
日本の方が速度が速いので、同航戦でも結局「イ字」になって有利に戦える。

T字戦法は陣形を維持できる時間が短い。そしてこの時代は、大砲より装甲の方が強い。
よって敵戦艦を沈めるためには長時間の砲戦が必要で、T字戦法は適しない。
というのが黄海海戦の戦訓なのでは。

95:名無し三等兵
12/02/10 18:39:16.51
>日本艦隊とは逆方向に針路を変えるだろうから、同航戦にはなりにくい。

しばらく考えたが、黄海海戦の図譜をみて納得した
一応、開戦から3回、連合艦隊戦策は改定されて、最終4月12日(日本海海戦が5月27日?)
いずれもT字戦法の記載はあるけど
そういわれると東郷が「実質目指したものは同航戦」という物言いがやっと納得できた


96:名無し三等兵
12/02/11 07:25:04.41 8SaBVPZq
本当かね?

97:名無し三等兵
12/02/12 10:21:11.69
丁字戦法をT字戦法と書くニワカに言われても

98:名無し三等兵
12/02/12 18:49:50.18
どっちでも変わりやしない。

99:名無し三等兵
12/02/12 20:19:17.17
どっちも普通に使われてないか?

100:名無し三等兵
12/02/12 22:26:54.75
あのさ・・・なんか揉めるの好きじゃないんで頭のいい人はいい人同士でやって欲しいんだけど
安保砲術長「どっち側で戦をなさるのですか!?」って
以前から、史実の台詞なのか疑問を持っていた

結論から言うならもちろん実在の台詞らしいけど
砲撃時間を長くしないと打撃を与えられないなら
反航戦(左砲撃戦)は明らかに取り逃がすから
同航戦(右砲撃戦)しかない

じゃあ右舷で合戦やるのは自明だから、なんでそんな台詞が出るんだろう
ようは有速を生かして敵の頭をおさえつの同航戦が決着点なら
東郷ターンとは02:05「左17点敵前回頭」じゃなく
01:40から始まる長大な「α運動」全体を指すことになるのか

するとT字(丁の字でもええや)の結成が、必殺技=東郷ターンとなったという
小笠原長生のプロパガンダは難だったんだろう

101:名無し三等兵
12/02/12 22:56:06.89
T字戦法を完全に実行したのはレイテのオンデンドルフ
東郷のやったのは同航戦

102:名無し三等兵
12/02/13 05:54:12.11
安保が分かりきったことをわざわざ確認するか?と言う話?
安保の質問の意味が「転舵をいいかげん決めてくれ」と言うことだった場合、
それは驚くにはあたらないのではないかな

103:名無し三等兵
12/02/13 08:37:06.74
ま、みなさん1977年に公開された日露秘密海戦史をもとに
幾多の研究者の論文を読んでおられるから
回頭ではなく「転舵」という時点で
読者として結論はお分かりでしょう

ただnHKの例のドラマは、なかなか陸戦もそうだけど
例の津軽への移動命令、石原軍団の中でも島村参謀長の突出振りから
秋山神話にも結構切り込んでいるなと、今になって感心したわ

104:名無し三等兵
12/02/13 09:03:30.38
>>103
あのドラマって秋山兄は別として弟は大して優秀に見えなかったねw

105:名無し三等兵
12/02/13 14:14:13.21
秋山は黒島亀人タイプで理論先行
脚本書いている連中も苦慮したろうな

旅順戦は、第三軍および乃木伊知地の再評価だが
日本海海戦については・・・「日本を救った兄弟のより救った弟の方」については
島村参謀長役の館ひろしの巴投げとか、東郷の冷たい視線とか
・・・「最新の史実」を判っているけど直接には描かないのがいいよね

106:名無し三等兵
12/02/15 02:17:30.74
日露戦争ってもうちょい早く始めれなかったのかねって
端的に言えば旅順要塞が完成される前に

107:名無し三等兵
12/02/15 17:13:10.76
旅順要塞は未完成言うか造成中でしょ
分派堡塁式要塞いうの?

司馬の書き方だと城壁都市みたいにイメージするけど
実際は縦深防御で堡塁間を抜いても、突出部として後方から切りはなされ
堡塁からの側面射撃で全滅する

だからべトンの堡塁を、いやでもひとつひとつ潰していくしかなかった


108:名無し三等兵
12/02/15 18:35:44.42
第3軍が乃木じゃなくて黒木ならどうなってただろうね


109:名無し三等兵
12/02/16 04:11:04.97
大差ないだろ
時間に追われた条件で力攻強いられるわけだし
緒戦の被害がどの程度か、ぐらいじゃね?

110:名無し三等兵
12/02/16 04:16:23.62
>>106
それを言うならむしろシベリア鉄道だろ

まあ日露戦争は龍岩浦事件でのロシア側の協定破りが端緒だから、時期は動かんよ
まともな理由なく日本側から戦争仕掛けたら、せっかく味方についたイギリスに見放される
戦機を伺ってのある程度の調整はできるけどね


111:名無し三等兵
12/02/16 07:58:54.64
第一次総攻撃前に大弧山からの観測で、旅順艦隊に重大な損害を与える砲撃をしてるんだよね。
旅順要塞の当初の計画では、大弧山も含めた大規模なものになる予定だったらしいけど、予算と期間の関係でできなかったとか。
艦隊を防御できなかった段階で、要塞としては片手落ちの感じはする。

112:名無し三等兵
12/02/16 10:13:44.09
8月7日が最後でなく、その後も第三軍は前進のたびにできる限り観測点を設置して
港内を砲撃している
死角部分は地図上で格子に区切って全砲撃もしているし
10月にはほぼ9割がた被弾機能停止と中国人密偵その他で情報も得ている
実際9月にロシア艦隊も水兵を上げて陸戦隊に組み込んでいるしね

でも確かに港内東北側が死角となり、そこに生き残りの1割、稼動戦艦もあったのも事実
仕方ないから北西の「旅順港湾1望の」203高地を獲れいうのも、まあ


113:名無し三等兵
12/02/16 10:20:47.90
南山まで死者4200を許容して(でもこのころから海軍砲艦の支援射撃でようやくおとせた。ようは火力不足)
すすめたけど、もうそこが分岐点だったんだろうな

人死許容、歩兵強襲で敵陣を攻めて、ついに旅順で第一回総攻撃(M37.8/19)で
死傷者15000で失敗してしまった。死者5000余

以降、官僚として長岡ー井口ライン(井口は伊地知と犬猿の仲)が
「命令出したのは俺たちだが、乃木が無能だから死傷者が増えた」
「おれらは西北主攻を主張していた」と戦後まで手を変え品を変え
宣伝しまくったから、なあ

谷寿夫の日露秘密陸戦史だって、陸大講義用だけど、ずいぶん派閥におもねって
偏向しているぜ



114:名無し三等兵
12/02/16 13:11:28.14
日露戦争時のハバロフスクやウラジオストクってどうなってたか知らない?
旅順以上の要塞になってたのか?

115:名無し三等兵
12/02/16 21:39:53.07
>>112
海軍重砲隊の黒井中佐が区画に仕切って順々に砲撃して、たまたま貯水タンクの近くに当たって
もしこれがやられたら水なしで降参となるので、ステッセルが「知ってて砲撃したのか?」と
大慌てした、って話を歴史群像で読んだ記憶がある。

116:名無し三等兵
12/02/17 05:46:52.72
>>103
敵艦隊の捕捉が出来ず、転進を検討するシーンじたいは司馬の原作にも出て来るよ。
伊東實の研究が明らかにしたのは、実際に連合艦隊が1回は津軽海峡方面への転進を決めていたということ。
ただ移動の日時を遅らせた結果、発見の報が入ったに過ぎないということでしょ

東郷の「それは対馬海峡よ」と言うセリフはあり得なかったんだよ

117:名無し三等兵
12/02/17 05:48:01.76
×伊東實 ○野村實

118:名無し三等兵
12/02/17 05:51:07.12
実際に津軽方面に移動してたらビアクの陽動に引っかかって
マリアナで壊滅した連合艦隊と一緒だったろうね

119:名無し三等兵
12/02/17 11:00:45.13
絶対本命がある一方で、相手が奇策にでる可能も完全には拭い切れない。
こういうときは集結位置を壱岐にしてどっちの選択にも対処
できる体制にしとくのが良かったんじゃないかなと思う。

120:名無し三等兵
12/02/17 15:53:09.54
>>115
その貯水タンクを破壊していたら飲料水なしで旅順は降伏。
陸軍も多大な死傷者出さずに済んで、海軍重砲隊は殊勲甲だったね。
たられば話しを言っても仕方ないけど。

121:名無し三等兵
12/02/17 15:58:44.34
児島譲(こざとへん)の「日露戦争」(文春文庫全8巻)は、
連携水雷への言及とか<機密戦史>公開後の著作で悪くないんだけど
28センチ砲による10月の港湾射撃、これは気球による観測射撃なんだってね

気球使用のソースを知りたいわ


122:名無し三等兵
12/02/18 04:21:52.65 RdCq43zl
●国会で地震津波兵器を暴露!
URLリンク(www.youtube.com)
●311地震が起きた3月11日。内閣は極めて重要な法案を閣議決定していた。
 URLリンク(ccplus.exblog.jp)
●実際の人工地震動画(W71によるカニキン実験)
URLリンク(www.youtube.com)
●2008年時点で海洋の深さ10kmで水爆を正確に爆発させる技術が存在した
URLリンク(mblog.excite.co.jp)
●NZ地震一ヶ月前出版、中丸薫氏著書に対談相手が「NZと日本で特別な地震が起きる」の発言
URLリンク(benjaminfulford.typepad.com)
・明治維新の真相「ロスチャイルド→ジャーディン・マセソン(中国インド撃破)→グラバー→坂本龍馬→薩長(実働)」
URLリンク(nanohana.me)
●何故、日本広告界のトップが在日朝鮮人なのか?ようく考えてみよう。戦後在日に武器を供給したのは誰だ??
●偽ユダヤ→米国→CIA→創価学会→公明党→日本国民(奴隷)
           →統一協会→自民党 →日本国民 (奴隷)  
●『目覚める検索シリーズ』「911 CG」「人口削減」「経世会狙い撃ち」「311人工地震」「間接支配」
 「アーロンルッソ」「日銀株主」「電通 成田豊」「MKウルトラ」「正力松太郎」「コシミズ 中国」
 「東電OL殺人事件真相」「天皇の金塊」「根路銘国昭 」「衛星サーベイランス」「FEMA強制収容所」
 「携帯電話移動履歴監視」「対日超党派報告書」「カルト指定」「オウム 真相」「2ch 統一教会」
 「東日本ハウス 竹中」「ワクチン利権」「サイコトロニクス」「RFIDチップ移植」 「ユダヤ国際金融資本」
 「ベクテル」「恫喝殺人」「マグナBSP」「黒い手帖」「地下経済」「123便墜落の真相」「橋下 米国」
 「エイドリアンギブズ」「非殺傷兵器」「ケムトレイル」「国際勝共連合」「統一産経」「共同通信 CIA」

123:名無し三等兵
12/02/18 19:36:05.11
早朝4時に妄想こじらせると厄介だな
お大事に

124:名無し三等兵
12/03/01 22:21:37.12
九州小倉第十二師団は、気前が足りん。第一軍で逃げるロシア兵を
追う鬼ごっこならイケイケの九州人じゃが戦闘が膠着すると、敵の後が
無あし、九州人得意のハッタリ虚勢の勢いが止まるけんのう。
まあ、九州兵団は負けっぷりも見事で、熊本第六師団が第二次長沙作戦で
中国軍に敗北し遁走したよう踏ん張ることが出来ん。朝鮮の文禄役の
加藤・小西の肥後熊本勢も李如松の遼東軍に敗北し遁走した歴史は、
繰り返された云うことじゃのう。
 一方広島師団は、日清の平壌でも、日露の奉天、日華事変の忻州でも
敵軍の反攻に踏ん張り通したんとの違いよのう。正面のガチンコ戦闘に
強い広島師団ゆえの激闘よのう。攻撃でも>>418のよう九州の熊本第六師団
と違い、広島第五師団は突破口を築いて攻略する器用さも含め、
九州人の奥司令官の誉める通り。

125:名無し三等兵
12/03/02 19:26:58.52
キチガイヒバゴン、コテ外したのか?

126:名無し三等兵
12/03/08 06:50:52.61 aQkPE2cR
日露戦争勃発で動いた特務機関員がいた。

URLリンク(music.geocities.jp)

その特務機関員は、レーニンに多額の工作資金を渡していた。


127:名無し三等兵
12/03/08 08:57:41.73
>>126
今さらの常識だな

128:名無し三等兵
12/03/08 20:46:14.59

『日露戦争、資金調達の戦い ―高橋是清と欧米バンカーたち―』
URLリンク(www.shinchosha.co.jp)

129:名無し三等兵
12/03/13 02:57:00.26 U3GUS9a5
奉天会戦でロシア軍を殲滅しておけば世界史は変わったかもな。
日本軍はロシアの援軍の移送阻止のためにバイカル湖南部に要塞を築くことが可能となり、
ロシアはいかに大軍を送ろうが軍事的に極東奪還は困難となる。沿海州は日干しとなって容易に
屈服可能。そして、バイカル湖以東は日本領土となっただろう。
シベリア極東部およびシベリア鉄道極東部が日本のものとなれば、満州は日本の領土になることは
なく、南北満鉄はロシアから譲渡されたとしても清国との間に使用期限があるから、日本としては、
米国の満鉄共同経営案に軍事的にも経済的にも心理的にも十分乗れただろうし、そう決断したはず。
満州が日米共同運営になり、ロシア極東が日本領土となれば、日本としては韓国併合の意義は
薄くなるから、日韓併合はなかったかもしれない。
やがて満州で米資本は大慶油田を発見するなどして、満州の中国からの切り離しを日本に打診して
きただろう。そして、米国を中心に国際社会の許容の下で、満州国建国。
日本は米国の経済・技術支援を受けて、高度経済成長を辿り、今頃、核武装をして国連安保理の
常任理事国として世界に君臨しているかも。

130:名無し三等兵
12/03/13 03:58:32.11
終わり間際に樺太取ったから、お返しに4島取られのでは

131:名無し三等兵
12/03/14 22:14:57.39
28サンチ砲を荷車押して運ぶのはえらい大変じゃった

132:名無し三等兵
12/03/15 03:13:12.95
丁字戦法が大東亜戦争ではアメリカ海軍の必殺戦法として日本海軍を壊滅させてるのがな・・・
制空権のない戦艦部隊の末路というか

133:名無し三等兵
12/03/17 02:54:37.34
>>132
そりゃあ東郷さんへの恩返しでしょ

134:名無し三等兵
12/03/18 01:04:18.11
スリガオ海峡の西村ドンなら
喫水の深い大型艦で島嶼水路を抜けようとすれば
どうしても縦列になってタコ殴りぞナ

135:名無し三等兵
12/03/18 03:08:28.37
西村さんはあくまで栗田艦隊との同時突入前提だからなぁ
俺の叔父さんが扶桑で戦死してるだけにもうちょっと自制して欲しかった
翌日の栗田艦隊の突入時に調整攻撃できてればキンケイドは大混乱だったろうに

136:名無し三等兵
12/03/18 10:52:33.34
確か失敗の研究とか、中公文庫で出たケーススタディの古典で
捷1号作戦(レイテ)の項目で、奉天会戦を引用並列し
「日本軍の作戦は、いずれも「高度な平凡性」を欠いている」と
批判されていたな

まあ、そら奉天での戦力比は4:3~5:3くらいだからな

敵の片翼を攻めて「敵がビックリして中央から戦力を抽出したら中央突破だ」って
ワーテルローでもナポレオンの初手だけど
それを右翼もやる、左翼もやるって満州軍の参謀はちょっとおかしい

137:名無し三等兵
12/03/20 04:08:59.47
>>129
ひえー。イルクーツクまで進軍するってこと?一体何年かかんのw開戦から1年半かかってハルピンにもついてないんだよ?
第一ロシアの予備兵力400万からしたら、たとえ日本が奉天で30万殲滅しても全然致命的じゃない。
泥沼化→莫大な戦債→満州どころか日本国内まで外国資本が浸透→働いても働いてもすべて外人に利益が吸収される奴隷国家日本の完成ですね。
要はヒトラー出現前のドイツ。

138:名無し三等兵
12/03/20 12:46:16.19
そんな凄いんだったらシベリア出兵で頑張ればいいのにね

139:名無し三等兵
12/03/24 22:24:11.20 5hMkMJ1D
奉天

140:名無し三等兵
12/03/25 20:34:56.90
奉天会戦でクロパトキンが早逃げせずに死守命令を出していたらどうなっていたかな?
やっぱり日本側はどこかで敗走に追い込まれる?

141:名無し三等兵
12/03/25 21:13:52.51
32万と25万じゃな
ひかなければロシアが勝っていたんじゃね
そら当たり前だ

しかし史実はクロパトキンは戦線を後退整理して、予備兵力をどんどん抽出
攻勢主軸を右翼の乃木第三軍(日本軍左翼)にぶちあてようとした
ところは早すぎて「勝ってるのになぜひくんだ」と
全線に渡ってロシア軍の士気崩壊が一時的におきた

142:名無し三等兵
12/03/25 22:26:45.05
奉天会戦でロシア軍勝利となると日本側は一気に厳しくなるんだろうなあ。
ロシアの革命機運はしぼんでしまうだろうし、戦債の販売もままならなくなる。
日本海海戦の結果にかかわらず日本敗戦になってしまいそう。

143:名無し三等兵
12/03/25 22:37:38.12
つまり乃木は旅順を落す事で第三軍を北方総軍に転用し
日本軍15~20万人を25万人に増やし、左翼攻勢を支える事で
日露戦争を勝機に導いた名将だな

日本海海戦は・・・長距離の航海疲労をべつにしても
石炭だきの艦隊の航続距離を考えれば
最短の対馬を通らなければならないだろうし
日本海軍が内戦作戦を取れるのに対して
バルチック艦隊は戦闘速度を出せば、いずれ燃料切れでウラジオ到着前に漂流船が出る

旅順~奉天会戦を支えた乃木第三軍は評価すべきじゃな
そうじゃろ?松川
そうじゃろ?井口

144:名無し三等兵
12/03/25 22:41:45.80
長岡にも言っとけよ

145:名無し三等兵
12/03/25 22:58:48.33
奉天でロシアが勝てば・・・つまり奉天を守りきれば
もう日本軍に継戦能力(兵弾薬ほか)は6ヶ月先までなくなるからな
ロシアは補充を待って夏季攻勢で南下すれば事済む

日本海の制海権は、仮に日本が獲ったにしても、
その補給路をつかって送る、日本の国力が尽きてるからな
1年戦争じゃなく、2年戦争となれば日本は自滅よ

146:名無し三等兵
12/03/25 23:19:01.07
奉天戦での秋山支隊の評価を知りたい
3月7日夜には奉天北方まで進出し、鉄道線遮断を恐れたクロパトキンが
過敏に撤退を始めたと、俗にいうけどどんなものなんだろ?

147:名無し三等兵
12/03/25 23:25:03.60
劣勢の日本軍が両翼包囲という時点でなんかあれだよね
ロシア軍が日本軍の兵力・配置をしっかりと偵察できてれば
長篠の武田軍並の大敗になってた可能性もあると思うが

148:名無し三等兵
12/03/25 23:35:45.28
あれ松川・井口作戦なんだけど>両翼包囲

右翼は1階の攻撃で撃退され、中央も前進できず
結局、左翼の乃木軍の片翼延伸作戦になるんだよね

149:名無し三等兵
12/03/25 23:45:50.51
>>147
ハンニバルにでもなったつもりだったのかねえ?

150:名無し三等兵
12/03/26 02:07:40.18
>>148
ロシア側にまともな戦略眼があれば突出した左翼が壊滅させられて終わりじゃね?
ロシア側には予備兵力あったんだし

151:名無し三等兵
12/03/26 13:12:41.99
大東亜戦争でも日本軍は奇策ばっかりだっただろ

152:名無し三等兵
12/03/26 13:25:24.94
大東亜戦争では初期のマレー攻略戦は運動戦だし奇策ってわけでもない
島嶼戦は水際撃滅、陣地戦
ガダルカナルではある程度戦力増強を待って攻撃してるし案外オーソドックスじゃね?
フィリピン戦も台湾沖航空戦の過大評価がレイテ決戦になっちゃったけど
実際はルソン島での決戦を志向してたわけで

奉天での劣勢からの両翼包囲程酷い作戦ではないと思う
負け戦だから大東亜戦争での日本軍首脳部は叩かれてるけど作戦内容とか見れば
大東亜戦争の日本軍の作戦>>>>>日露戦争の日本軍の作戦だと思うぞ
要するに相手のレベルが違っただけの話でしょ

153:名無し三等兵
12/03/28 21:44:29.83
マレー作戦にしてもガダルカナルにしても兵站を全く軽視している時点で、
日露戦に比ぶべくもない。近代戦を理解していないじゃん
奉天会戦では乃木軍が到着しもう自軍戦力の増強が見込めない以上攻勢に
出るのは当然だと思う。
それに作戦の本旨は両翼攻勢でロシアの予備隊を釣りだして、第1、2、4軍が
中央突破するというものだったはず
ただ見込みが浅くて中央突破できなかったあげく乃木軍の包囲運動に望みを
託さざるを得なかった。
とはいえ、飯と弾がなくても大和魂で敵を粉砕し敵の物資で現地自活だ
みたいな、つじーんやむちゃぐちよりよっぽど理解できる

154:名無し三等兵
12/03/28 22:43:50.79
つーか銀輪部隊だのジンギスカン作戦だの特別攻撃隊だのが奇策じゃなかったら一体何なの?

155:名無し三等兵
12/03/28 23:46:59.52
開戦直後の銀輪部隊はべつに奇策でもなんでもないだろ
ふつうに使える軽二輪を使用しただけだ

156:名無し三等兵
12/03/29 00:01:18.32
大東亜戦争の話になると盛り上がるね~

157:名無し三等兵
12/03/29 00:08:21.55
黒木大将とか戦上手が居ても硬直化した陣地戦に近い奉天会戦とかになるともう活躍できないからね
遼陽辺りで補足撃滅出来なかった時点でもうね

158:名無し三等兵
12/03/29 00:12:23.87
「勝ちに不思議の勝ちあり、 負けに不思議の負けなし」
とはよくいったものだよな。

奉天会戦というのはまさに不思議の勝ち。
日本軍の行動はお世辞にも妥当とはいえないのに敵将の不可解な早逃げのせいで
勝っちまったんだもん。

159:名無し三等兵
12/03/29 00:59:45.04 AcWBpBlK
コン河南岸の日本軍への補給路は①営口、②大連、③義州の3本あったけど
コン河南岸(奉天防衛線)のロシア軍の補給路は、長春-鉄嶺-奉天を結ぶ東支鉄道南満線1本きり

ロシアは補給線が1本きりだから迂回され、これを遮断されると確かにロシアは戦わずして負ける
また即席野戦陣地といえど、正面から攻勢をかければ、かけた方が負ける
だからクロパトキンは最初から、31万程度では、
100kmの戦線に散らばった日本軍25万に攻勢をかけるのは無理と判断
すなわち防御作戦を最初から念頭に置いていた
(実際、奉天会戦で、ついに日本右翼は敵撤退まで露軍左翼陣地を抜く事が出来なかった)

乃木第三軍がロシア軍右翼で片翼包囲作戦を開始したら、
クロパトキンは左翼を維持しつつ、戦線100km31万から予備兵力を抽出し
乃木軍殲滅にかけねばならなくなった

乃木軍は善戦し、クロパトキンは純粋に軍事的観点から、
1本の長い補給線(東支鉄道南満線)をいたずらに防衛して、片翼包囲の圧力を受けるよりはと
戦線整理を考えて、さらに北方の四平街まで友軍主力を後退させ・・・
結果、日本軍は奉天に突入した

あとは奉天占領の戦略、政治的意味を宣伝した日本軍の勝利
実際、ロシアは後日、クロパトキンを更迭することで「奉天陥落=ロシア軍の敗北」と認めたしね

160:名無し三等兵
12/03/29 01:01:47.40
しまった 上げちまった
つうわけで、203高地を落せばいいんじゃなく
乃木第三軍は、旅順要塞を落して後顧の憂いなく北方に転用
総軍に合流、もって奉天の決戦に勝利しなければならなかった

みんな今日、日本があるのは乃木さんのおかげ

161:名無し三等兵
12/03/29 07:31:48.52
実際、旅順艦隊の壊滅も旅順を落とさないと確実には分からないわけで
203高地だけおとしてあとは放置ってのは難しい
補給がないとはいえ要塞守兵は腐っても4万だし
それに早期陥落を目指すなら鉄道、道路から近い要塞正面を強攻せざるを得ない

陸軍悪玉論の槍玉にあげられた乃木さんは気の毒という他ない

162:名無し三等兵
12/03/29 07:36:56.86
要塞はどこも正面じゃないか

163:名無し三等兵
12/03/29 07:49:31.41
別に西側は「側面」だとか言うつもりはないが、少なくとも203高地は永久要塞じゃなかったんだから「正面」じゃなくね?

164:名無し三等兵
12/03/29 12:34:56.23
>>155
機動化するなら常道は自動車化でしょ

165:名無し三等兵
12/03/29 13:29:15.40 Hf/kAe8E
機械化がまにあわず
自転車が大量に調達可能なら使うだろ?
自転車化軽歩兵部隊なぞ世界中でげんようしています

166:名無し三等兵
12/03/29 13:59:45.25 LTHTWBCZ
日露戦争では、露軍が機関銃の有効性を他の国よりもいち早く証明した、というのは本当なんですかね?

167:名無し三等兵
12/03/29 14:28:19.60
電撃戦という概念は機動の問題であって機械化部隊でも銀輪舞隊でもどーでもいいんだけどな

168:名無し三等兵
12/03/29 15:00:57.68 Hf/kAe8E
南雲機械化動力部隊と理解しています
機械化動力戦士ガンダムと解釈していますので

169:名無し三等兵
12/03/29 17:24:30.09
>>160
RSBCいわく、日露戦争に負けた方が日本が発展するそうですが
ホンマですかね?

170:名無し三等兵
12/03/29 19:01:09.43
>>165
その考え方がもうね。
はじめから物量に対する諦めがあるじゃん。
一応列強国なのに銀輪とか安易な代替で満足する考えがおかしいといってるわけ。
世界では自転車軽歩兵で800km攻勢するのが普通なわけ?せいぜい後方警備でしょ
装備と兵力が調達ができないなら自重して好機にむけ策動すべき。三国干渉に自重して、軍拡と日英同盟を達成したように。

171:名無し三等兵
12/03/29 19:10:08.30
>>163
203高地は正面とか側面以前に主要堡塁外だよ

172:名無し三等兵
12/03/29 19:20:58.17
>>171
別に203高地を要塞正面とも側面とも言ってないけど?
というより言いたかったことは>>171と同じ。

173:名無し三等兵
12/03/29 19:21:51.42
>>169
たぶん朝鮮半島、台湾、満州のインフラ整備とかに突っ込んだコストを国内に全部突っ込む計算じゃないかな

174:名無し三等兵
12/03/29 19:23:37.42
>>172
ああスマン読み間違えた

175:名無し三等兵
12/03/29 19:25:34.27
>>173
国内と国外で投資乗数がそんなに違うとも思えないのですが…

176:名無し三等兵
12/03/29 19:43:22.08
植民地のお陰で安価な食料、原料や石炭が手に入り、かつ独占的な市場を確保出来た
単に資本収支を比較して、植民地は足手まといだったとか恩着せがましく言う人もいるけど違和感覚える

177:名無し三等兵
12/03/29 19:49:20.73
朝鮮半島経営は終戦まで赤字だったわけだが

178:名無し三等兵
12/03/29 20:04:55.05
いや、だから、植民地経営には有形無形の経済的利点があったでしょという話
たんに投資以上の利益を投資事業で回収できなかったからって日本の植民地経営は
慈善的だったみたいな考えって視野が狭い
例えば満鉄を経営すれば、経営部門に日本人が大量に雇用されて日本の利益に
なるけど、そういう人件費は植民地経営上は支出になるわけでしょ

179:名無し三等兵
12/03/29 20:41:37.83
>>178
”日本の”国民経済にとっては、資本の逃避であり雇用の喪失であり、全くのマイナスでしか無いな
現地法人やその関連企業で得られる日本人の雇用なんて微々たるものでしか無いし、それは現地で消費され日本には益をもたらさない
いまの日本企業の中国投資と長期不況の関係みたいなもんだ
中国朝鮮半島ってほんの少し前まで絶望的に貧しかったから、生産拠点にはいいけど市場になんてならなかったし
中国で売れる商品なんて、台湾産の阿片だけ
逆にそれでも市場にしようとすれば、マッチポンプなインフレ投資をせざるを得なかったともいえるが
資源なんて、国の貿易収支には購入先は重要だが、消費者にとってはどこから買っても同じ
むしろ紐付きの割高な資源を強いられることのほうが国際競争力には致命的
中国の炭田なんてみんな内陸奥地で、輸送だけでも条件最悪だし


180:名無し三等兵
12/03/29 20:48:59.99
その割にアメリカは中国の市場に執着してるよな

181:名無し三等兵
12/03/29 21:35:11.55
>>179
微々たるって満鉄の社員数知ってて言ってるの?
加えて朝鮮の主要行政ポストは当然日本人だぞ?朝鮮総督府って知ってる?
そして植民地を根本から理解してない。流通や行政を握って市場として独占してるからこそ、
現地で金を落としても、日本製品がガンガン売れて金は本土に還流するの。
中国が世界の工場化して中国人は自国製品で自給できる現代とは事情が違う。
当時の中国は市場として魅力ないとかいってるけど、ならなんでアメリカが
門戸開放政策でしつこく中国市場参入を迫るわけ?
中国の資源が割高って、フーシュン炭鉱もアンシャン鉱山も知らないの?

質問返しばっかで申し訳無いが前提知識が根本的に違うんで説明しようがない。

182:名無し三等兵
12/03/29 21:47:09.29
たぶん植民地は貢献したよ派は一人なんだろうけどさ
そういう話の展開するなら満州国の建国による防衛正面の増加と軍事コストの増加
日本の国際的信用力の低下とかも考慮しないとねぇ

183:名無し三等兵
12/03/29 21:57:53.87
なんだそりゃ。満州国建国で守ろうとしたのは植民地と結び付いた日本の経済圏全体であって
植民地経営の収支なんて低レベルなものじゃない
「満蒙は日本の生命線」ってのはそういう意味。石原莞爾が泣くで。

184:名無し三等兵
12/03/29 22:17:19.03
満州が日本の市場として機能したという数字を見たことがないなぁ

185:名無し三等兵
12/03/29 22:19:55.48
>>183
石原莞爾と仲間たちが守ろうとしたのは、自分たちのメンツとマスターベーションの
産物であって、「日本の経済圏」なんて上等なものじゃない。
経済のケの字すら知らない奴らがそんなこと考えるかよ。

186:名無し三等兵
12/03/29 22:27:08.86
南満州 綿織物 日本とかでググるとたくさん出てくるよ

187:名無し三等兵
12/03/29 22:28:11.05
>>181
>>満鉄の社員数
具体的に何人で日本人の占める割合どれぐらいよ?
満鉄関係の書籍は幾つか読んだが随分前だし具体数まで覚えてないわ
>>朝鮮総督府
要するに無駄飯食いの役人が大量発生しただけだろ

夢の植民地経営の幻想に取り憑かれてる奴は絶えないけど、そんないいもんじゃないよね
ガンガン売るどんな製品があったの?
戦前だって石橋湛山みたいにその問題を冷静に指摘した人はいた
アメリカの門戸開放政策って要するに自由貿易の要求だからね
特別なことじゃないし

188:名無し三等兵
12/03/29 22:38:01.51
>>185
経済を知らんて・・・当時の日本経済を支えたのは統制派と呼ばれる軍官僚だぞ。

189:名無し三等兵
12/03/29 23:06:19.42
統制派扱いされたら、石原莞爾は激怒するだろうな。

190:名無し三等兵
12/03/29 23:16:26.20
>>188
支えたんじゃなくて勝手なことやってガチャガチャにしただけだけどな
統制派だけじゃなくて戦前の革新官僚だが

191:名無し三等兵
12/03/29 23:24:54.34
うーむ。軍板でも小日本主義で独立自衛できたなんて思ってるふくしまみずぽみたいな人
結構いるのかな

>>187
南満州鉄道株式会社のウィキをみると、たくさんの日本人を養ってくれたことが分かるよ

>朝鮮総督府
こいつらがインフラ整備して朝鮮半島で食料増産したお陰で日本は重工業化に邁進できた
実際39年に朝鮮が干魃で凶作となると日本の米流通が麻痺し、時の阿部内閣総辞職へ
ついでに大学令以後増えた大学出の受け皿にもなった

自由貿易を推進したのはイギリスやアメリカなど自由競争でも打ち勝てる自国資本の豊かな国。
GATTができるまでは世界の常識として自由貿易というわけではない

だいたい、植民地によって儲からないなら植民地争奪戦争なんて起こらないと思うのだが。

192:名無し三等兵
12/03/29 23:39:26.14
世の中、経済的合理性だけで動くわけじゃないんだが。
大体、市場から締め出された契機の一つが大日本主義なわけで、
本末転倒もいいところだ。
朝鮮半島への投資だなんだで、国内に投じるべき金が出て行った
わけだし。

193:名無し三等兵
12/03/29 23:45:13.96
>>190
日本が大恐慌から脱出できたのは軍需と保護政策中心の財政出動のおかげ
革新官僚と統制派の提携あってこそ

194:名無し三等兵
12/03/29 23:46:03.73
>>191
聞く前にWiki程度確認してるが、具体的な数は書いてないから聞いてるんだが
言い方からしてちゃんと把握してるんだろ?
約40年も存続して資本金で最終的に7倍にもなってるから、最初と最後じゃ全く数も違おうが
まあそれよりも、設立当時で2億円という当時の国家予算クラスの巨費が資本金として流出した事のほうが大問題だわな


195:名無し三等兵
12/03/29 23:55:18.36
>>193
支那事変下の大財政支出下でGNP縮小というちょっとありえない醜態を晒してるわけだが
不況脱出なら、高橋財政は革新官僚関係ないしな

196:名無し三等兵
12/03/30 00:05:53.75
坂の上の雲を文章で読むと
(そして90年代まで司馬遼太郎の孫引きで大江シノブあたりまで)、
旅順要塞を「ベトン20万樽の<城壁>」という風に誤解するんだよね
日清戦争ではまさに城壁要塞だから、ひとたび城砦を越えて内部に入れば
それだけで防衛機能を失い陥落する

ところがロシアの旅順要塞は、最終的には
港湾機能を拠点として防御する、
ベトンの堡塁間を連絡塹壕でつないだ「縦深防御陣地」なんだよね
堡塁間を(それこそ白襷隊のように)抜いても、結局は両側面からの十字砲火を浴びて全滅する
いやでも一つ一つの堡塁を、火力で、弾がなければ肉弾で潰していき
十字砲火を、せめて一文字砲火に減殺しなければ「抜けない」

だから乃木軍は堡塁一つ一つに攻撃をかけた
それが「ベトンの要塞に肉弾で正面攻撃の愚を犯した」という風に
後世、歪曲誹謗中傷されるのはたまらんなぁ

197:名無し三等兵
12/03/30 00:06:19.19
>>192
いやいや、実は締め出されたんじゃなくて領土分割による中国経済の規模縮小で
中国の経済力が弱まったから、という研究もある。加藤陽子の本だったと思うけど

いずれにせよ、確かに本末転倒の面はあると思う。
ただ、そうはいってもこの頃の大半が小作人の日本にまともな内需なんぞないわけで
ブロック経済下で自国ブロックまで放棄したら7000万総コジキ化するよ

というか逆に考えたらわかると思うんだけど、植民地に投じた資本を国内に投じて
生産力拡大したところで売る相手がいなければ内需も拡大しないわけ。
20世紀初頭は大概の列強が産業革命を経て生産力が向上し、世界中で売る相手を争奪してる。
当時の安かろう悪かろうの日本製品が世界中で売れまくるなんてありえんのよ
だからこその経済圏確立と拡充なわけ

198:名無し三等兵
12/03/30 00:10:55.80
>>197
クソの役にも立たない「植民地」を獲得するために、顧客に一生懸命喧嘩を売っていたんだが。
締め出しってのは、欧米市場からの締め出しの事だよ。

199:名無し三等兵
12/03/30 00:17:09.13
>>194
資本金2億円が「流出」って。ウィキにも内1億は炭鉱や鉄道といった現物と書いてあるやん
従業員数も書いてあるからちゃんと読んで

200:名無し三等兵
12/03/30 00:35:34.81
>>198
ABCD包囲網は仏印進駐が直接の原因
仏印進駐は援蒋ルート遮断が目的
日中戦争が大日本主義を原因とするかは微妙じゃね?
政府の不拡大方針を貫徹できなかった、日本の政治機構の問題が大きいのでは?

それにリットン調査団が何だかんだで日本の権益に配慮したように、列強は帝国主義=悪とはしてないよ

201:名無し三等兵
12/03/30 00:48:25.10
さすがにもう日露戦争と関係無さすぎるね
賛同者いないとこみると説得力のある議論できなかったようだしスレ汚し失礼しました
消えます

202:名無し三等兵
12/03/30 01:55:53.78
日露戦争までは自存自衛のための戦いといっても過言ではない
しかしその後の満州の利権への固執と朝鮮半島の併合という二つの過ちが日本をダメにしたってことでしょ

203:名無し三等兵
12/03/30 02:03:10.88
>>196
むしろ司馬さん的にはどうするのが正解だったんだろうか

204:名無し三等兵
12/03/30 02:31:53.36
要塞は東北の正面に鉄壁の防御火線があったけど
西北には203高地という裏口があったから
最初からここを占領して山頂に28サンチ砲を据え付ければ(原文ママ 直接射撃)
二階から石を落とすが如く旅順艦隊を撃滅できる

・・・と司馬が敷衍したのが種本の谷寿夫「機密日露戦史」だけど
それは海軍の観測所設置趣旨であって、海軍はそれ以上の結果は考えないし
司馬も考えてない

東京の参謀本部が9月ゴロから203高地攻撃を唱え始めたのは
あくまで作戦主攻撃軸であって、ココを抜いて新市街地になだれ込み
要塞を降伏せしめるという発想だけどそれはむりだろ




205:名無し三等兵
12/03/30 02:58:37.44
旅順要塞自体は落とさず放置って現実的にどうなの?
陸軍の当初計画はそうだったんだし可能ではあったのか、
それとも一度攻囲した以上引けばロシア優勢の評がたって戦債が売れなくなったりしてたのか

206:名無し三等兵
12/03/30 07:41:36.75
>>205
一度要塞に突っかかって跳ね返されてから放置(というか閉じ込め) → ロシアの格好の宣伝
最初から閉じ込め → ロシアが宣伝しても日本側は当初の作戦通りだし大して意味はない

じゃないの?
逆にロシアが要塞から出撃するはめになりそうだがw

207:名無し三等兵
12/03/30 09:06:20.09
203高地だけ奪取して艦隊砲撃後撤退、放置
としてもロシアは「旅順艦隊は健在である」とか「日本は優秀なロシア軍によって要塞奪取を諦めた」と主張して
宣伝合戦になったりして

米英は味方だから情報合戦では日本に分があるか?

208:名無し三等兵
12/03/30 17:37:02.75
当時は観戦武官がいるんだから「旅順艦隊は健在」なんてのは通用せんでしょ
要塞は健在とは言えるだろうけど

209:名無し三等兵
12/03/30 18:42:39.11 GVvMaJHe
日本軍は従軍記者がいたけどロシア軍は要塞内に記者が…いたな。
いたいた。
厳しく報道管制したろ
日本だって八雲初瀬の触雷沈没報道管制したんた
当たり前じゃないか

210:名無し三等兵
12/03/30 21:31:11.78
>>203
外周を小兵力で包囲して拘置
主力は満州で決戦、だろ

旅順艦隊の存在はスルー
打って出られて解囲されて北方野戦軍主力に合流、挟撃の危険も無視で

211:名無し三等兵
12/03/30 22:08:17.11
報道管制もクソも日本側が203高地から取材させれば終わりじゃん

212:名無し三等兵
12/03/30 22:38:00.85
北の老虎溝山堡塁
南東の椅子山堡塁、
南の案山子山堡塁から
203高地観測所が撃たれるだろうな

213:名無し三等兵
12/03/31 00:21:31.68
歴史群像 2012年 02月号

従軍イギリス人記者が見た日露戦争の最前線
旅順攻囲戦レポート
 旅順要塞の状況
 乃木軍司令官の印象
 第1回総攻撃の失敗について
 負傷者の対応
 野営風景
 戦線の膠着と日本軍の自信過剰
 形勢逆転から旅順陥落へ
 ロシア軍はなぜ降伏したのか
 旅順包囲戦を振り返って

読んだけど、なかなか面白かったよ


214:名無し三等兵
12/03/31 13:42:09.56 Kg+rqATe
>>213
・旅順の攻囲軍に脚気が大発生した
・脚気は米に住む菌が原因で発生する
・脚気を予防するためにパンを配給した
・パンの製造能力の制約から米とパンの比率は1:5

と書いてあった。
当時の陸軍軍医はそういう説を採っていたのかと興味深い。
そして対策は海軍の後追いだ。

215:名無し三等兵
12/03/31 13:45:14.46
>>214
誤)・パンの製造能力の制約から米とパンの比率は1:5

正)・パンの製造能力の制約から米とパンの比率は5:1

216:名無し三等兵
12/03/31 14:43:42.99
経験則的に、陸軍軍医総監部は
戦時中満州軍に、「兵隊はあまり精米するな、5分ヅキくらいで食え」と命令したけど
「あんちゃん、白い飯は甘くてうまい脳ラララ」
「ほうじゃ、わしこんな白い飯、国では食った事なかったけんのう」と
勝手に、7分ヅキ、9分ヅキと脱穀して食ったらしい

乾燥味噌くらいしかろくに副食もないところで
そら栄養バランス崩れるさ

男たちの大和でも、白米ばかり食って、本来混ぜて消費すべきだった麦を
こっそり袋単位で捨てるエピソードがあるじゃん

217:名無し三等兵
12/03/31 14:45:11.65
実際、麦飯は臭い
食べたくない

218:名無し三等兵
12/03/31 15:02:19.51
2年くらい前、新米30kg貰ったんで
うまいんで毎日、おかずなしでおにぎりばかり食ってみたら
2~3日目でふらふらになった

なんつうか腹に異物いれて空腹感おさえるだけで
栄養も何もない感じ

219:名無し三等兵
12/03/31 15:06:07.89
かといって、現代では玄米食は有り得るのかな
残留農薬がありそうだが

220:名無し三等兵
12/03/31 15:21:23.91
記念館「三笠」復元の思い出 吉原栄一
URLリンク(up.null-x.com)
URLリンク(up.null-x.com)
URLリンク(up.null-x.com)
URLリンク(up.null-x.com)
URLリンク(up.null-x.com)
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221:名無し三等兵
12/03/31 15:30:52.21
いわゆる東郷ターンの直前って
みんな息をつめて東郷の命令を黙って待つわけでなく
東郷がしきりに加藤と打合せをして
秋山もごにょごにょ物言い
ともかく自信なさげに「話し合っていた」と思うんだけどな
どこかで当日艦橋に詰めていた誰かの談話を読んだ記憶があるんだが

同航戦はもう前提なんだから
どこらへんで相手の頭を押さえて反転するか
そこへ安保さんが「どっち側で戦をなさるのですか?まさか左舷じゃあるまいですよね!!」とたたみかけたんだろう

軍神安保さんの功績を奪った東郷&小笠原コンビに呪いあれ

222:名無し三等兵
12/03/31 16:54:32.45
まぁその辺りは軍神化されてるからなぁ
東郷が朝から夕方まで一歩も動かずに足跡が残ってたとかもどこまで本当なんだか
敵前大回頭前の航跡とか明らかに焦りが見えるし

223:名無し三等兵
12/04/01 13:26:23.74
陸軍の大山といい、大将は黙して語らず泰然自若がいいんだみたいな悪い神格化だよな
戦場命令の最上位なんだから参謀なりスタッフと積極的にコミュとって司令官自身が果断に決断しないと

224:名無し三等兵
12/04/01 16:17:15.25
>大将は黙して語らず泰然自若がいいんだ

チマチマピリピリしていると部下、参謀が動揺するから。

225:名無し三等兵
12/04/01 16:32:32.21
そうはいっても限度があるでしょ
武士道的精神主義も相まって、下から命令案があがってくるまで何のイニシアチブも
取らない劣化乃木みたいな軍司令官が大戦中たくさんいたじゃん。

スプルーアンスみたいに参謀と四六時中議論しろとは言わないからせめて
作戦失敗なんかの緊急時には果断に「転進」の決断をしてほしかった

226:名無し三等兵
12/04/01 17:00:19.81
下から命令案があがってくるまで何のイニシアチブも
取らない劣化乃木みたいな軍司令官が大戦中たくさんいたじゃん。



227:名無し三等兵
12/04/01 17:01:27.33
>>225
>下から命令案があがってくるまで何のイニシアチブも
>取らない劣化乃木みたいな軍司令官が大戦中たくさんいたじゃん。

例えば誰?

228:名無し三等兵
12/04/01 17:17:09.25
ノモンハン事件の植田関東軍司令官とかインパールの寺内南方軍司令官とか。
坂の上の雲でも大山さんが「負け戦にこそ大将が必要。勝ちは児玉サンに譲ります」みたいなこと
言ってたけど本当にそうだと思う

229:名無し三等兵
12/04/01 17:31:31.58
>ノモンハン事件の植田関東軍司令官とか
>インパールの寺内南方軍司令官とか。

この両名は上がってきた情報を意図的に無視しての
作戦強行というイニアシチブは取っているよ。
もちろん悪い意味での。
だからイニアシチブを取っていないという表現は
少し違う気がする。

>坂の上の雲でも

これは小説なので(苦笑

230:名無し三等兵
12/04/01 17:46:55.96
情報に対して唯々諾々なのはイニシアチブなの?植田寺内が強力に作戦を推進したとか初めて聞いたわ(苦笑)
小説であの大山の発言は何度も出てくるがあれは軍事専門家的には苦笑物なんですねお見それしました

231:名無し三等兵
12/04/01 17:58:20.37
大山の黒溝台会戦時の「今日は大筒がなっとりますなぁ」みたいなエピソード
本当かどうかは知らないけど事実なら参謀に対する凄い嫌味じゃね?

232:名無し三等兵
12/04/01 18:04:53.75
言われた参謀はどうか知らんが俺の中では大山元帥はドラえもんみたいなマスコット的存在だから全然嫌味じゃない

233:名無し三等兵
12/04/01 18:20:19.07
>>230
>植田寺内が強力に作戦を推進したとか

増派要求をしていますよ。

>軍事専門家的には苦笑物なんですねお見それしました

いや小説なので、資料的価値としてどうかと。




234:名無し三等兵
12/04/01 18:21:05.90
>>231
実際は暗い雰囲気の司令部が明るくなったとか。

235:名無し三等兵
12/04/01 18:27:13.79
増派要求したのは辻と牟田口でしょ?
それとも植田と寺内が独自に増派要求したことあったの?逆に独自の作戦中止命令でもいいけど

資料価値について言うなら件の大山の発言は創作だとか明確に指摘してくれ

236:名無し三等兵
12/04/01 18:28:23.02
別宮本とか読むと日本軍は軍令はお世辞にもよいとは言えないとか何とか
ようは世界最先端のプロシア参謀本部に何人か留学させたけど
参謀のレベルはかなり低いとか何とか

237:名無し三等兵
12/04/01 18:30:07.55
大山「こ~だ~ま~ボックス~」
明治「これは何?オヤマえもん」
大山「困ってる戦場を教えると中の人が(列車で)飛んで行って火消ししてくれるでゴワス」

238:名無し三等兵
12/04/01 19:33:30.56
>>235
第7師団と第2師団及び野戦重砲兵連隊を6軍指揮下に入れる
許可をもとめてなかったっけ?植田司令官。

寺内司令官は援軍は送らなかったけど、ビルマ方面軍の兵力移動
を認可しているよ。

>大山の発言は創作だとか明確に指摘してくれ

創作かどうかはわからないが、その小説には
間違いがそこそこある。たとえば天保銭の引きちぎられた相手とか。


239:名無し三等兵
12/04/01 20:17:49.80
日露戦争に関係ない長文レスですみません。

>>238
>>238的には植田寺内両名は作戦において実務的統率力を発揮したわけでしょ。
なら、第6軍なんて事件発生から3ヶ月後にできた軍の編成の話を出すのおかしくね?
その一月後には事件自体収束してるんだが。どうみたって23師団が消耗して
ソ連軍も充実しちゃったからっていうただの泥縄的対策じゃん

寺内の例にしても、声がでかい牟田口が第15軍の司令官になった43年3月からずーっと
主張してうるさいからやらせてやった(兵力移動を許可した)だけ

一人の軍人として自身の合理的理性的判断を示したものには見えないんだが。
そんなわけで日露戦争の神格化はその後の将官の堕落に繋がっています
オワリ

240:名無し三等兵
12/04/01 20:25:53.93
>>239
>ソ連軍も充実しちゃったからっていうただの泥縄的対策じゃん

そのとおり。でもそれは参謀の作戦案に唯々諾々としてたという
ことにはならないのでは?

>そんなわけで日露戦争の神格化はその後の将官の堕落に繋がっています

それはどの本にそう書いてあるのか教えてください。
日本軍の参謀は司令官の願望に忠実な索案をするか
弱気な策案が嫌なので強気の索案をする2タイプが居る
というのは理解できますが。


241:名無し三等兵
12/04/01 20:35:42.44
薩摩人が上に立つほど無の風格を取り入れるとか
多分に、現実の薩摩人というより、
そういう幕末の東洋思想や王道思想があって
司馬が「そうであろう、そうであってほしい、なぜなら講談的に日本人の快楽原則にそのほうが合うからだ」と
書き散らしているってことはない?

大山巌はけっこう神経質で情報全把握のために
部下を細かくせっついて怒鳴っていたという話もあるが

242:名無し三等兵
12/04/01 20:56:22.98
>>240
自軍を過大視し敵戦力を軽視した関東軍参謀が暴走(この時点でおかしい)

7月攻勢失敗

参謀達は作戦失敗を認めたくないのでさらなる戦力を集中し攻勢の再興を図る

この時点で参謀たちがいかに敵を蔑視し戦力見積もりが誤ってたのかが明白なんだから、
軍司令が参謀べったりじゃないとしたら、問いただして作戦を中止し防勢に移るなり
事変収拾へ策をうつでしょ。なんですぐ第六軍創設して戦力増強なのよ

>本
いつから2ちゃんは自説を披瀝しちゃダメになったの?w
大山さんや東郷さんみたいに人の上に立つものはここぞという時だけ動いて余計な容喙をすべきじゃない!

部下の暴走(特に陸大出の参謀)を止められない大将だらけ
と俺が思っただけです。

243:名無し三等兵
12/04/01 21:06:38.82
>>242
>軍司令が参謀べったりじゃないとしたら、問いただして作戦を中止し防勢に移るなり
>事変収拾へ策をうつでしょ。なんですぐ第六軍創設して戦力増強なのよ

これこそ軍司令官も乗り気だからという証左では?

>いつから2ちゃんは自説を披瀝しちゃダメになったの?w

いやその文言はどこかで読んだ記憶があったので。
 
>部下の暴走(特に陸大出の参謀)を止められない大将だらけ
>と俺が思っただけです。

イメージってことですね。
でも実際は参謀って上司の思惑にかなり忠実ですよ。
現場に引きずられてというのは一面しか見ていないと
思います。



244:名無し三等兵
12/04/01 21:09:58.59
>>241
それは多分にありえる。
要は軍自身もそういう講談的な神格化に荷担し軍人教育に役立てていたのではという話。
東郷ターンや丁字戦法みたいな俗説を広めたのだって軍人の小笠原長生による伝記でしょ?

245:名無し三等兵
12/04/01 21:26:36.38
>>243
あなたは自分で決断できるリーダーシップのある司令官です。あなたの作戦が失敗しました。
どうやら参謀達は誤った情報で作戦を立てています。反省の色もありません。
どうしますか?
 すぐに同じ参謀でリトライ!
 作戦を再考する

植田が乗り気かとか関係あるの?

>イメージ
なんという徒労感・・・何のために辻や牟田口を交えて植田や寺内の例を出したんだ。
参謀スタッフなり下級司令官の暴走の実例じゃん。

246:名無し三等兵
12/04/01 21:28:15.36
>>241
というか官僚が物分りのいい親分の下好き勝手やりたいって願望を正当化するための屁理屈だなありゃ
小西郷-山本ラインになるとそれが一層顕著になるが
司馬遼太郎がソースにした連中の言外の主張や、あとは新聞記者時代の取材の官庁の空気だったんじゃないの?


247:名無し三等兵
12/04/01 21:35:19.21
大山巌は、実際には茫洋とした大人物とは程遠い、細かい人だったと
いう話もあるけどね。
西郷隆盛にしても、出自からすると、本来は非常に細かい人間だった
んじゃないかな。切れ者のつもりの殿様が、便利な手足として取り立て
たわけだし、本人もそのつもりで奔走していたわけだから。

248:名無し三等兵
12/04/01 21:46:07.25
>>245
>植田が乗り気かとか関係あるの?

大有りですよ。参謀は上司の顔色を伺っているんだから。

>何のために辻や牟田口を交えて植田や寺内の例を出したんだ。
>参謀スタッフなり下級司令官の暴走の実例じゃん。

インパールは牟田口の暴走だけど寺内も共犯でしょう。
止めるどころか乗っかって作戦の認可を大本営にお願いしてますよ。
むしろ司令官が内心消極的に判断しているのに
参謀に引きずられたという事例が知りたいですね。
ただ参謀も消極的な作案は嫌なので積極案を出すことが多いのはありますが。



249:名無し三等兵
12/04/01 21:48:38.34
>>247
全国の士族の立場を代弁し最終的には生死を共にした英雄が、こまごました実務家だったとはさすがに信じがたいなあ
若い頃は自分で動いてたとしても終生そうだとは言えないだろう

250:名無し三等兵
12/04/01 21:53:17.29
大山も児玉も軍人というより元老、政治家だしね

乃木が旅順で伊地知を抑えられなかったという風説が本当なら
大山、児玉も、終始、井口、松川を戦争の全期間を通じて同じ程度に抑えられなったと思うよ

伊地知が悪役となったのは、終始、攻城弾薬不足の正論で満州軍の作戦指導に抗ったからだし
その上、井口と犬猿の仲。
谷寿夫が取材した「日露機密戦史」は、長岡、井口、松川のラインで
第三軍は取材から外されたから

昨年F1で惨事が起きた時、最終的にはTDはNHKに情報を提供してまで
現場のECCS操作ミスに問題を矮小化、<現場の責任>に事をおさめようとしたろ?
私企業も含めた高級官僚たちの神経は、常人には計り知れないよ

251:名無し三等兵
12/04/01 21:56:02.17
>谷寿夫が取材した「日露機密戦史」は、長岡、井口、松川のラインで
>第三軍は取材から外されたから

この機密日露戦争史も参謀教育のテキストだから
意図的に問題点をクローズアップしているんだね。
事実かどうかは重視していないんだ。



252:名無し三等兵
12/04/01 21:59:57.42
いや正確に言うと、満州軍総司令部の児玉ラインは、乃木第三軍とほぼ一体化していたけど
何分第一回目の総攻撃、死傷者15000は、帝国陸軍始まって以来の大惨事だったからな
誰かがスケープゴートにならざるをえなかった

東京の長岡外史からの「203高地に攻撃転換を」電報を見ながら、
親分の児玉が、終始、要塞東北正面の攻撃を乃木に指示しつづけたにもかかわらず
巧みに井口、松川は、付和雷同の「公文書記録」残したんだろうな

下種な世界だよ

253:名無し三等兵
12/04/01 22:16:05.83
>>248
はい。わかりました。仮に植田さんは乗り気です。仮に植田さんがやる気なので参謀も攻撃再興案を出したとします。
で、無能を晒した参謀を使い続ける理由はどこにあるの?

>インパール
たぶん勘違いしていると思うんだけど、南方軍か推進したのはビルマ防衛を目的とした攻勢防御
牟田口が強行したのはインド侵攻を目指す純粋な攻勢
なので攻勢の重点からして違う

作戦の経過も知らないでしょ?
44年3月に作戦開始し、4月末には戦力が40%に低下し5月末には攻勢持続の不能は
誰の目にも明らかになったにも関わらず、牟田口が観念する6月末まで作戦続行。
この事からも作戦のリーダーシップが牟田口一人にあったことは明らか。

254:名無し三等兵
12/04/01 22:25:52.69
>>252
それ以前に4万人がこもる近代要塞をたった三個師団で攻めろってんだから。
まず責められるべきは編成を決めた中央だよね。

255:名無し三等兵
12/04/01 22:49:20.94
>>253
>で、無能を晒した参謀を使い続ける理由はどこにあるの?

だから無能という評価はしてないんでしょ。軍司令官は。

>作戦のリーダーシップが牟田口一人にあったことは明らか。

そのとおり。軍司令官の牟田口がリーダーシップを握っていた。
軍参謀もそれに従っていた。
でも作戦中止は方面軍の河辺が下したんだよね。



256:名無し三等兵
12/04/01 22:59:52.37
それとディマプール進撃命令取り消したのも河辺中将でした。


257:名無し三等兵
12/04/01 23:01:28.94
>>252
巧みに事実を隠蔽したというわけですね。

258:名無し三等兵
12/04/01 23:09:04.25
>>255
河辺は6月上旬にも会ってたのに作戦中止出来なかったけどね。
河辺「牟田口の口から言ってもらいたかった」
牟田口「顔で察してもらいたかった」
お前ら初恋か!
まともな組織じゃない。

第15軍司令官のリーダーシップはあった。ではより上級のビルマ方面軍や南方軍のリーダーシップは?
そいつらはお飾りか何かなの?

極めつけは、敵を軽視して師団主力規模の渡河作戦を軍橋一本でやった挙げ句渡河一日半で挫折した作戦に
植田司令官は満足していたと。いやーその可能性は考えてなかったわ。参った。もうあなたの勝ちでいいです。

スレチすまんね

259:名無し三等兵
12/04/01 23:40:26.60
だいたい近代陸軍の軍司令官が部下に丸投げとかあり得る訳がないわなぁ
参謀がやりたい放題するために大山の話を作ったってのはあり得るけど
逆に大東亜戦争の方は参謀の暴走のせいで指揮官は被害者みたいな情報操作を感じなくもない

260:名無し三等兵
12/04/01 23:54:00.18
大山巌の場合、参謀長が児玉源太郎だったからお互いに遠慮していたという
ことはあるだろうね。
児玉は長閥で大臣経験もあるから、大山としても遠慮せざるを得ないし、
実力的にもがみがみいう相手ではないから。

261:名無し三等兵
12/04/02 00:01:06.98
常識が通じる軍隊ならあんなぼろ負けしないでしょw

262:名無し三等兵
12/04/02 00:04:11.80
だいたい、大臣経験のある藩閥の領袖が野戦軍の司令官で出征ってのがかなりの異常事態だもんなあ
手下に任せてなんかおけない気分だったんだろうさ
それこそ、下手な総司令官じゃ児玉とその部下どもがどんな暴走やらかすか分かったもんじゃないし


263:名無し三等兵
12/04/02 00:10:18.77
今風に言えば総務大臣→満州軍総参謀長って感じかな

264:名無し三等兵
12/04/02 00:12:21.73
田村怡与造が死なずに参謀総長になってたら戦争はどう経過したろうか

265:名無し三等兵
12/04/02 00:47:15.65
そもそも日本陸軍は、対露戦を朝鮮半島防衛戦と捉えていて
開戦直後の満州作戦そのものを考えていなかったんじゃなかったっけ?

山本ゴンベイが海軍の開戦劈頭、旅順艦隊奇襲作戦(極論すれば海軍は封緘命令一つで出撃できる)にこだわりすぎて
陸軍(召集動員令で準備期間が数ヶ月必要)参謀本部に開戦を秘密にした
明治37年2月8日海軍駆逐艦で旅順口奇襲
以降、旅順艦隊は逼塞し、主戦場はいっきに満州に北上、
そして冬季寒冷で、陸軍は北朝鮮の移動が不可能になり
田村怡与造策定の「明治36年国防計画」そのものが無効になった
陸軍が遼東半島に上陸を開始したのは、ようやく5月
その間、ロシア陸軍は懸命に満州群を増強した

杜撰な戦争らしいね

266:名無し三等兵
12/04/02 01:02:55.50
>>265
当初の予定はなし崩しに崩れてるよね
まあ戦争なんてそんなモノっちゃあそれまでだが
逆に、事前の予定の遂行に固執すれば、シェリーフェンプランみたいな無理筋を通さなきゃならなくなる

満州で本気で戦争やる気あるなら、朝鮮半島に南北縦貫の鉄道線を軽便鉄道鉄道でもいいから敷設しとかなきゃならないとこだし
てか、朝鮮半島を主戦場と考えてもその程度の準備は必要なんだけどな
この際韓国の主権は棚上げの方向でw

267:名無し三等兵
12/04/02 01:03:52.78
海軍に引っ張られてああなったなら田村が生きていても大筋は一緒か。

268:名無し三等兵
12/04/02 01:06:12.88
>>266
あれ釜山から義州まで普通に無かったっけ?>鉄道

269:名無し三等兵
12/04/02 02:30:32.83
ソウルを真ん中として05年に南半分が、06年に北半分が全通したらしいな

270:名無し三等兵
12/04/02 09:50:31.76
結局のところ結果オーライなんでしょ
日露戦争は勝ったからさ
スケープゴートとして乃木と伊地知だけ叩かれてるけど
大東亜戦争では負けたから悪い面ばっかり探して戦争責任を参謀や第一線に押し付けてる

作戦の内容なら明らかに大東亜戦争の方が優れてる
でなぜ負けたかといえば貴族軍隊や軍閥とは違ってアメリカが本物の軍隊だったという相対的な問題でしょ

271:名無し三等兵
12/04/02 10:00:50.42
大東亜戦争における貴族軍隊や軍閥ってなによw
2・26事件がなんで起こったかくらいは日本人として知っておこうな

272:名無し三等兵
12/04/02 10:24:33.47
頭悪いなぁ
文脈からして
日露~支那事変・・貴族軍隊・軍閥
大東亜・・本物の軍隊
って分かりそうなもんだが
ここまで説明しなきゃ理解出来ない時代なのかね?

273:名無し三等兵
12/04/02 10:24:39.18
大東亜戦争の明らかに優れた作戦力とやらは何をさしてるの?

274:名無し三等兵
12/04/02 10:29:07.54
>>272
日露~支那事変のころアメリカ軍と戦った国の話でしたかw
これは失礼しましたwww

支那事変入れてるってことは2・26事件が何年に起きたのかも知らないのかw
朝から和んだわありがとう

275:名無し三等兵
12/04/02 10:58:02.25
>>272
あなたがあなたの言ってることを分かってるか不安だから解説すると

大東亜戦争で負けたのは米軍が本物の軍隊だったから

比べ日本軍は貴族軍隊、軍閥
ただし作戦力は日露時以上

という話なんでしょ?対米戦時に軍閥(藩閥のこと?)じゃないとダメじゃん
てっきり厨房だと思ってたがいい年してこの日本語力じゃ先が思いやられるぞ、おっさんw

276:名無し三等兵
12/04/02 17:02:14.93
しっかし軍板にいるのに日中戦争と226事件の時系列も知らないとか高等教育を受けたと思えんな
中卒が顔真っ赤にしてウィキペディアを必死に手繰りながらレスしてたんだろうな。いじめてごめんな笑

277:名無し三等兵
12/04/02 22:37:08.52
うーん、もはやスレ違いとしか
(あんま下品な方向に持っていかないで欲しいな。煽っているほうも言うほどレベルは)


278:名無し三等兵
12/04/03 01:27:39.38
ん?
貴族軍隊=帝政ロシア軍
軍閥=民国軍
じゃねえの?
相手が悪かった、って話だろw

279:名無し三等兵
12/04/03 02:03:28.65
ところで明治37年2月8日に旅順口奇襲の海軍作戦で日露戦争は始まったけど
陸軍が本格的に戦争を開始したのは5月1日の鴨緑江を第一軍が越えた時でしょ?

なんでタイムラグが3ヶ月もあるの?
この間、敵が防備を調えないと 思わなかったのかな?

280:名無し三等兵
12/04/03 14:52:31.56
「まさか日本がロシアに戦争を挑むなどあるまい」とロシアが戦争準備を怠っていたので
ある程度ロシアが兵力を溜めるのを待っていた。
空き家を攻めても仕方なく、ある程度兵力が溜まった所を叩かないと意味がないでしょ。

281:名無し三等兵
12/04/04 00:44:06.91
陸軍は動員(召集令状の郵送、兵営出頭、終結、訓練)がどうしても4~8週間必要だから
市井に知れ渡れば、敵国外交筋にも知られる。
動員=開戦意図だから、モルトケ以来、宣戦布告の同義語になる。
(だからWW1では、動員合戦が宣戦布告の連鎖反応となり、世界戦争になった)
陸軍の開戦~奇襲攻撃は、基本的に不可能

ところが山本権兵衛は、連合艦隊によって開戦~奇襲攻撃をしようとした
開戦劈頭、旅順+ウラジオ艦隊を撃滅すれば
ロシアは極東で海上兵力を失い、継戦意思を大いに失う=短期決戦が可能とふんだ
海軍は乗艦将校さえ秘密を守れば、GF規模で動いても秘密を守れる。


282:名無し三等兵
12/04/04 00:44:23.92

海軍の奇襲を成功させるには企画意図の隠蔽が重要。
①陸軍に動員させ、ロシアに開戦意図を悟られてはいけない
②ゆえに山本は、元老会議で伊藤、小村寿太郎らとくんで、終始、山縣、桂の陸軍早期動員令=開戦意図をおさえた

ところが、山本が万全の備えで望んだ開戦当初、旅順口奇襲=旅順艦隊撃滅~旅順口封鎖は、結局失敗した
陸軍は海軍の意を組んで開戦直後まで動員をかけられなかった
だから・・・
(制海権、兵員輸送の船舶量、朝鮮半島北部の悪路、冬季氷結で北朝鮮の上陸不可その他)

このスレで流行の方式で、無関係の時代をぱっと思い付きのアナロジーで引用するなら
ラムズフェルドが空爆と特殊部隊群の投入だけでイラク軍の指揮系統を分断できると思ったら
できずに、米軍は陸戦に望んだらどうなる・・・・いう、イラク戦争当時のIFみたいなものかな・・・


283:名無し三等兵
12/04/04 00:46:02.50
ガダルカナルみたいに海軍の違約(制海権を取れず補給が続かない)で作戦総崩れですね

284:名無し三等兵
12/04/04 13:48:21.22 WE6MzJLo
あのさ、もしかして日本陸軍って対ロシア作戦なしで開戦した可能性ない?

285:名無し三等兵
12/04/04 14:13:22.34
このスレ、レベル高いな!

一例

>>105
>日本海海戦については・・・「日本を救った兄弟のより救った弟の方」については
>島村参謀長役の館ひろしの巴投げとか、東郷の冷たい視線とか
>・・・「最新の史実」を判っているけど直接には描かないのがいいよね

禿同ですたw

286:名無し三等兵
12/04/04 14:23:12.05
旅順要塞での決戦や日本海海戦の同航戦とか、もう感動

287:名無し三等兵
12/04/04 14:39:09.02 8ykvUsoB
 
日本の戦争は、一般人のいないところで激戦
URLリンク(ichiba.geocities.jp)
日本のかかわった歴史上の戦争で、「市街戦」はほとんどない。
大平原、ジャングル、離れ小島、洋上、・・・・・・。
これは異常だ。
武士の城の攻め落としでも、激しい攻防はない。
常に敗者が火を放ったり、自決する。
実際、城下町での城の攻防は、ほとんど市街戦にもつれ込むはずだ。
城に籠城するくらいなら、民家に地下壕でも掘って、背後から奇襲攻撃するほうが、
作戦的に優れていることは、誰でもわかる。
だが、この、「誰もいないところで戦う」ことに、
古代文明からの、特徴的な「八百長戦争」がある。
( URLリンク(book.geocities.jp) )

288:名無し三等兵
12/04/04 16:09:55.22 Jc1ixIXQ
日露戦争なんて、そもそもやるべきではなかった。シナ朝鮮は放棄して、対馬を盾に10年頑張れば、第一次大戦でロシアは崩壊していた。海軍増強にカネが掛かったろうが、日露戦争の戦費と朝鮮満州に投入したカネより少なくて済んだと思う。

289:名無し三等兵
12/04/04 17:33:11.51
>>288
アホかお前
どうせ第一次世界大戦では朝鮮・満州からロスケを駆逐するまで戦わされるんだよ

290:名無し三等兵
12/04/04 17:39:08.84 WE6MzJLo
教科書的には日露戦争ってなぜ起こったの?
昔習ったはずだけとわすれちまった

日本の南部仏いん進駐と同じでロシアの朝鮮侵略?

291:名無し三等兵
12/04/04 20:37:23.03 vJyR9v10
まあそうだけど
アレクセーエフがニコライからの電報を握りつぶしたのは残念だったね

292:名無し三等兵
12/04/04 20:46:20.20
逆命利君って便利な言葉でさ
どこの国の官僚も自分こそが国益の体現者、
たとえ命令に逆らっても、東方を征服する事こそ、神と祖国と王室の為になるって
結構本気で思いこんでいる

293:名無し三等兵
12/04/05 00:28:33.94
>>287
一向一揆を知らないとは
愚かな

294:名無し三等兵
12/04/05 12:23:58.55 EAQM18J+
満韓交換、つまり朝鮮の領土保全を日本は求めたら、ウィッテみたいに外交的にやんわり誤魔化すかわりに、大国意識剥き出しで軍人上がりの極東総督一派が、保証しないと乱暴に言い切ったから。
当然、日本は反抗しないという前提だから不意討ちになる。

295:名無し三等兵
12/04/06 14:51:49.42
こまけえこたあいいんだよ
あれはロシアの侵略戦争
日本の自衛戦争

296:名無し三等兵
12/04/06 17:59:24.38
バルチック艦隊を完膚なきまで撃滅して、そこが大日本帝国の頂点だったな

297:名無し三等兵
12/04/07 05:18:43.44
日本の頂点は第一次大戦でドイツの植民地を毟り取った所だ

298:名無し三等兵
12/04/07 05:23:36.73
シベリア出兵から下り坂だしな

299:名無し三等兵
12/04/07 08:28:45.68
>>297
馬鹿
1942年の5月だよ

300:名無し三等兵
12/04/07 23:09:16.24 ihwBC3Lz
よく海軍の旅順口封鎖失敗の結果としての乃木の旅順攻略戦というけど、むしろ海軍戦略だけで早期開戦して、封鎖に失敗したとたん、戦略なき陸軍に丸投げ。
乃木と第3軍はその不始末を15000の人命で火消ししたと思うよ

301:名無し三等兵
12/04/07 23:29:25.34 3sO7s6A9
>>299
1989年12月だろ。。。。

302:名無し三等兵
12/04/09 00:26:49.99
学研歴史群像シリーズ24 日露戦争/陸海軍進撃と苦闘の500日(初版1991)に
元防大教授 桑田悦(陸士58期)が旅順攻略戦について短文を寄せているけど
この頃からかね、一般に以下の視点が流布したのは?

①第三軍を北方に転用するには、要塞完全攻略が必要
②ゆえに要塞の外側の高地にすぎない203高地攻略だけでは、陸軍作戦の目的(要塞攻略)が達せられない
③いずれにせよ旅順艦隊は、203高地陥落前、すべてキングストンベンを抜いて自沈していた
④1月1日に旅順要塞が陥落したのは、203高地争奪戦で、ロシア軍が逆襲兵力(予備兵力)を枯渇させた




303:名無し三等兵
12/04/09 13:34:39.90
>>299 コレヒドール米軍陥落をもって東南アジア全域を制覇?

>>301 29日、東証の大納会で日経平均株価が史上最高値の38,915円87銭を記録?


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