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海軍反省会第四巻(35回)で、中島参謀は、深く読み直すと興味深い証言を残した。
p270から、中島証言が始まるが、その冒頭部分。
「連合艦隊における艦船通信は、緊急時にある艦船が【電波規制のほとんどない】超短波電話機。
利用電波が30乃至300メガヘルツ。で、【随時直接通話を行った】ほか、
必要な場合、所定電波、一般通信系電波、及び旗艦通信系電波等によって放送し、
これを受信した通信隊は、中核通信隊に転送して、その放送にかけることにした。
大和の超短波受信機のアンテナが海上40mに設置されてたと仮定し、
高度5000mの飛行機からの超短波は、どの程度の距離まで到達するかを、
レーダーの探知距離の試算値から見込むと、4.12×(√20m+√5000m)≒317kmとなり、
ミッドウェー基地から350km以上離れた地点にある赤城の上空5000mにある艦載機と、
赤城の300km後方に位置していた大和との超短波交信は、理屈上は成立するし、
逆のケースで大和上空5000mから超短波は、赤城(20mにアンテナ設置と仮定)に物理的に届く。
どちらのケースであっても、赤城がミッドウェーから350km離れていれば、交信電波はミッドウェー基地に届かない。
連合艦隊と一航艦どちらかに、緻密な計算ができる通信参謀がいて、かつ艦載機にそれなりの出力の超短波交信機があれば、
交信電波をミッドウェー基地に届かせることなく、意思疎通を図れた可能性があった、ということ。