幕末(19世紀後半)の軍事全般4at ARMY
幕末(19世紀後半)の軍事全般4 - 暇つぶし2ch485:名無し三等兵
12/03/14 13:17:08.67
>>481
火縄銃にも「二つ玉」というのがあった。杉谷善住坊が信長狙撃に使ったのもこれ。
井沢元彦が間違いを指摘されてた。

137 名前: 武田研究家 投稿日: 01/10/10 00:55
> 善住坊も,六角承禎にえらばれるぐだいだから,名人だったろう.
>「二つ玉(弾丸が二発)」というところに御注目願いたい.
>この時代の火縄銃はすべて先込めの単発銃であり,二発続けて撃
>つことは不可能だ.それでも二発撃ったということは,あらかじめ火縄を点
>火した銃を二挺用意しておいた,ということだ.
> そんな「名人」が十二間つまり約二十二メートルの至近距離から狙撃し
>たのに,かすり傷で済んだというのだ.

井沢氏はもう少し砲術の勉強をするべきですね.
『信長公記』に「二ツ玉にて打ち申候」とあり,「にて」という表現は
「二つ玉」という方法で射撃したことを示しています.
でこれはどんな射撃法かといいますと,銃身に小さ目の玉を二発,紙で
包んで装填する方法です.言うなれば「散弾」の発想でしょうか.
当時の火縄銃というのは破壊力はあっても命中精度が低く,
雑賀衆の一人で佐武伊賀守というものが敵を10間まで引きつけてから
狙撃した話を書き残していたり,あるいは西洋の火縄銃が60フィートで
かなり大きな目標に当てることが出来たという記録があることなどから,
狙撃が可能な距離は18メートル程度であったと考えられます.
となるとこれを越える距離で確実な命中を狙うのは難しく,善住坊も
それを知っていたからこそ「散弾」で狙ったのだと言うことになります.
「日本初のスナイパー」というネタは井沢氏にしては面白いですが,
細かい知識の誤り,古文献史料すら訳せない実力の露呈など,ネタを振った
ばかりに墓穴を掘っているようにも思えてなりません.


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