12/03/08 23:28:47.26 drgxBEgu0
>>120
ってことはザナドゥに渡った徒は自身の欲求に見合うだけの文化的価値を人間に求めるってことだよね。
でそれは全ての徒が一つの文化を共有していける類の欲求なの?
或いは現世でしていたように存在をかけても追求してしまうような欲求なの?
前者ならば円満解決だろうけど後者ならば必然、徒の数だけ欲求の形があると言える
(一人の徒が作った文化で複数の徒が満足できるのなら各々が追求することもない)わけで
とすれば当然そこに意識の齟齬ができるわけだ。
意識の齟齬、価値観の違い、宗教観の違い、社会性の違い、なんでもいいけどそれは全て争いに直結している。
例え徒が争いを望まなくとも徒の望む形にされた文化(人間)は他に攻撃的であったり逆に侵略されることもあるだろう。
自分の子飼いの人間が争い始めたら、自分の存在をかけて作り出した文化が滅ぼされそうになったら、
その徒は傍観するの?それとも戦うの?
徒が戦闘を望まなくてもかかる火の粉は払う主義なら当然後者だよね。