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■憎悪の源
大阪市内の焼肉屋で、私は岡本祐樹(20歳・元鮮魚店店員・注1)と会った。岡本は在特会大阪支部運営という、今も現役の
幹部会員であり、やはり徳島事件で逮捕されている。
「友達の大半は金や女のことしか興味がない。みんな政治に無関心だ」と彼は嘆いた。そして焼けた肉を口に運びながら、彼は
いかに学校教育が日教組主導でおこなわれてきたかということを訥々と私に訴えた。
そんな岡本が、戸惑いの表情を浮かべた一瞬があった。在特会によっておこなわれた大阪・鶴橋での街宣活動について私が聞いた
ときである。鶴橋は日本有数のコリアンタウンだ。在特会はそこで「朝鮮人を叩きだせ!」と例のごとく喚きながら、デモ行進した。
そして岡本もそこに参加している。
「正直言うと……あれはキツかった」
岡本はうめくように漏らした。鶴橋には、彼の親戚が大勢、住んでいたからである。実は、彼の父方の祖父は韓国籍だった。その後、
日本に帰化しているので岡本自身はずっと日本人として育ってきたが、いまでも在日の親戚は少なくないのだ。
「僕も『朝鮮人をブチ殺せ』みたいなことを叫んだ記憶があるけど、本音じゃないです」
どことなくヤンチャな雰囲気を漂わせている岡本だが、その時ばかりはやけに幼い表情で、しかも消え入りそうな声で話すのである。
当然ながら私は「なぜ?」とたたみかけて聞いた。係累に在日を抱え、あるいは自分自身が在日の血を受け継いでいながら、
どうして在特会の活動に参加するのか。
だが彼の口からは「右翼に興味があった。そのなかでも在特会が入りやすかった」といった答えしか返ってこない。逃げるでもなく
受け止めるわけでもなく、岡本は私の問いかけをさらりとかわした。それ以上重ねて聞くと、なにか彼が抱えている大事なものを
壊してしまいそうな気がした。
私たちは言葉の接ぎ穂を失い、ぎくしゃくしたままに焼肉をつついた。そして、気まずい話から逃れるように近くのガールズバーへと
繰り出し、ただひたすらエッチな話で盛り上がったのだった。
私に対してきちんと敬語を使い、楽しそうにグラスを口に運ぶ岡本を見ながら、彼の胸奥に巣くう「日本」を思った。彼が目指すべき
「日本」はどんな形をしているのか。なぜ、そこまで彼をひきつけるのか。
私が接した多くの在特会会員やネット右翼の顔が、岡本の優しい表情に重なった。もっともらしい理屈を口にしながら、それでも
彼らは「何か」を抱えている。絆を求めて、矛盾を引きずり、彼ら彼女らはその実像すら明確でない「敵」に憎悪をたぎらせる。
私は結論を急がない。だが、これだけは断言してもかまわない。ネット右翼は決して右翼や民族派なんかじゃない。それらしい
味付けを施しながら、自らの存在を国家に投影しつつ、ダイナミックに自分自身を描こうとしているに過ぎないのだ。そして集団で
他者を貶め、「正義」に酔っているだけだ。
東日本大震災の日―揺れが収まった直後、私に連絡してきたのは、その岡本だった。
「大丈夫ですか? 無事ですか?」
電話口から伝わる息せき切った岡本の声が、私の耳に優しく響いた。「安心しました」と彼が電話を切った後に、思わず熱いもの
がこみ上げてきた。一生懸命に背伸びしながら、それでもどこか幼さを引きずった彼の姿が目に浮かんだ。在特会の活動を続けながら、
在日の親戚を気づかう岡本の心情を思った。同時に「非国民、腹を切れ!」と徳島県教組の女性職員を怒鳴りあげたという岡本の、
私の知らないもうひとつの顔を想像した。
だからこそ、もっと知りたいのだ。岡本や、彼の仲間たち、あるいは私を激しく罵る桜井誠も含めて、その憎悪の源に何があるのか。
私は時間をかけてでも、その正体を探し出したいと思っている。
注1 岡本祐樹
徳島事件で懲役8月(執行猶予3年)の判決を受けている。逮捕されるまでは大阪市内の鮮魚店で働いていた。将来の夢は
「自分の店(居酒屋など)を持つこと」。好きな作家は隆慶一郎。それをもじって、ネット上では「慶次郎」のハンドルネームを使って
いた。
ソース(G2、ジャーナリスト・安田浩一氏)
URLリンク(g2.kodansha.co.jp)