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”「家族」変容 水戸黄門に幕”
読売新聞(2011年8月5日)
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「この紋所が目に入らぬか!」の名文句で親しまれたTBS系の時代劇「水戸黄門」が12月で終了する。水戸藩2代藩主・徳川光圀が越後の縮緬
問屋の隠居を名乗って諸国を漫遊し、お供とともに庶民を助ける勧善懲悪の物語は、1969年にスタートし、放送回数は1200回を超えた。
異例の長寿番組となったのはなぜなのか、そしてなぜ今、終わるのだろうか。(文化部 泉田友紀)
今月2日、東京都港区のTBS本社を、旧水戸藩ゆかりの茨城県の水戸、常陸太田、那珂3市の市長や議長らが訪れた。
「地域の観光振興にも大きな影響が及ぶので、継続に向けて再度検討を」という3市長の訴えに、TBSの難波一弘・編成制作局長は「打ち切りでなく、
全国のファンに惜しまれつつ終了することが引き際として重要」と、余力のあるうちの幕引きを強調した。
「水戸黄門」はスタート当初から人気を集め、第9部の79年2月5日には、最高視聴率が43・7%に。続く第10部は平均37・8%という驚異的な数字を
記録した。中尾幸男・チーフプロデューサーは「マンネリと言われるが、視聴者とともに変化してきた」と主張する。第1部は助さん、
格さんに風車の弥七だけだったお供も、次第にお調子者の町人八兵衛といったユニークな面々が加わった。
「カッコいいヒーローであるだけでなく、ホームドラマ的な側面が受け入れられた。江戸時代から愛好されてきた講談をベースにしながら、
由美かおるさんが演じた女忍者(お銀・お娟)が一行に加わるなど、テレビならではの工夫が盛り込まれたことも長続きした要因だろう」
シンボルとなっている印籠も実は、当初は登場していなかった。時代劇に詳しいコラムニスト、ペリー荻野さんによると「印籠を出すというアイデアは初め、
内部から権威主義的だと大反対を受けた。ところが、放送してみると評判がよかったので続けられた」のだという。
黄門役は、初代(1983年まで)の東野英治郎、二代目(83~92年)の西村晃、三代目(93~2000年)の佐野浅夫、四代目(01~02年)の石坂浩二を経て、
02年登場した現在の里見浩太朗で五代目となる。
ただ、幅広い世代に支持されてきた長寿番組も、近年は全盛期ほどの視聴率は望めず、先月4日に始まった第43部では、10%前後にとどまっている。
「『水戸黄門』が一番見られていた時代は、家の中心にテレビがあり、テレビが家族のコミュニケーション・ツールだった。『水戸黄門』の終焉は、
家族の解体の象徴といえるのではないか」とは、ペリー荻野さんの見立てだ。
第43部では、一行はやがて江戸から水戸へ向かう予定だ。世直しに尽力してきた旅はどんなかたちで締めくくられるのだろうか。
>>2以降へ続く