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東京電力は28日の株主総会への事業報告で、「投資費用削減を徹底するとともに、保有する資産
の売却や事業の整理、組織・グループ体制のスリム化を早急に検討・実施」と述べています。
その陰でほとんど手をつけられてこなかった予算があります。年間、200億円を超える普及開発関係費です。
「広告宣伝費は2010年度実績で約116億円」。東電の西沢俊夫新社長は28日の株主総会で
答えました。東電の財務状況を示す有価証券報告書には、「広告宣伝費」の項目はありません。
東電の広告宣伝費は「普及開発関係費」に含まれています。
「普及開発関係費」とは、東電によると、電力事業のPRのための費用で、広告宣伝費のほか各地の
電力館の運営や各種キャンペーンなどにも用いられる予算です。
1966年7月、茨城県東海村で営業運転を開始した東海発電所(日本原子力発電株式会社)が
日本における最初の商業用原子力発電所でした。その後、福井県敦賀1号機(70年、日本原電)、
福井県美浜1号機(70年、関西電力)と、次々と商業用原子力発電所が営業運転を開始。
東電も71年に福島第1原発1号機の営業運転を開始します。
45年で30倍
原子力の商業利用がはじまる1年前の65年度からの東京電力の「普及開発関係費」の推移を
有価証券報告書で調べました。65年度の7億5000万円から09年度の243億円へ、45年間で
30倍以上もの急膨張をしています。
大手紙を総なめ 原発推進広告掲載
「朝日」から始まった
事故のたびPR費膨張
東京電力の「普及開発関係費」が急増している時期があります。70年代後半、80年代後半、
2000年代前半などです。
広がる「逆風」押さえ込みへ
東電が編さんした『関東の電気事業と東京電力 電気事業の創始から東京電力50年への軌跡』
(「東電50年史」)は70年1月から用地買収に着手した柏崎刈羽原子力発電所の建設について、
「激しい反対運動にさらされた」と指摘しています。
74年9月には原子力船「むつ」が出力上昇試験中に放射線もれを起こし、「むつ事件」の発端と
なりました。また、79年には米国スリーマイル島で当時としては最大の冷却水喪失事故が起きました。
80年代後半における最大の原子力事故は、ソ連(当時)のチェルノブイリ原発事故(86年)でした。
80年代後半から90年代にかけての時期について「東電50年史」は、「原子力開発にとって『逆風』
ともいえる事態が、この時期にはいくつか出現した」と明記。原発の安全性に対する不信感の広がりや
反対運動の盛り上がりとともに、「普及開発関係費」は膨らんでいきました。
00年代では東電を中心に原発事故隠しやデータ改ざんなどが発覚しました。04年には新潟県
中越地震で柏崎刈羽原発が停止しました。
>>2に続く
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