11/06/29 20:59:19.73
◇被爆地で開く意義 明示できず
広島市で2020年夏季五輪の開催を目指したヒロシマ五輪招致構想は、5月の招致検討
委員会で断念する方針を決め、松井一実市長が6月13日、日本オリンピック委員会(JOC)に
伝え、正式に幕が下ろされた。秋葉忠利・前市長の構想発表から1年8カ月。
頓挫した最大の理由は、肝心の市民に賛同が広がらなかったことだ。招致活動は、被爆地開催
という「平和五輪」の理念を強調したが、世界最高峰のスポーツ大会を開くという自覚を欠き、
五輪そのものの魅力を十分にアピールできなかった。
◇20年「核」廃絶へ相乗効果狙う
そもそも、この構想はトップダウンで始まった。09年10月、当時の秋葉市長と田上富久・長崎
市長が、広島、長崎両市共催による20年五輪招致を唐突に発表した。その後、「1都市開催」
という五輪憲章の原則から長崎市は共催を断念し、広島市単独での招致検討に切り替えた。
広島市長が会長を務めるNGO「平和市長会議」は、被爆75年に当たる20年を核兵器廃絶
の実現目標として掲げていた。「招致検討をすれば、(核廃絶の)世界的機運は高まる。五輪を
同時に掲げて努力することで、20年までに(核廃絶を)実現できる可能性がある」。
秋葉前市長は招致検討発表の際にこう述べ、昨年の原爆の日(8月6日)に読み上げた平和宣言
でも五輪招致に触れるなど、並々ならぬ意欲を示した。
「被爆地五輪」が、賛意を得やすいコンセプトだったのは確かだ。賛同する自治体でつくる招致検討
委員会には、大阪市など国内26自治体が名を連ねた。JOCにとっても、世界にアピールでき、
招致レースが盛り上がるという算段があったのだろう。「平和の理念はスポーツ界にも共通する」
(竹田恒和・JOC会長)など歓迎の声が相次いだ。私も被爆地での「平和の祭典」は世界的に受け
入れられるのでは、と一時は考えた。
しかし、広島市民に浸透させられなかった。開催に伴う巨額負担に広島市が耐えられるのか。
94年の広島アジア大会開催に伴う都市整備は財政悪化を招き、03年に出された「財政非常事態
宣言」は継続されたままだ。その宣言を出した秋葉前市長が、アジア大会と比べようもない巨費が
必要な五輪招致に乗り出したことは、政策の整合性を問われるものだった。
>>2に続く
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