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不況のさなかに襲った東日本大震災で、全国的に消費が冷え込む中、連日にぎわいの絶えないまちがある。JR新大久保駅の
東側に広がる首都圏最大のコリアンタウン。韓国のポップミュージック「K-POP」の人気で勢いに乗り、路地には新たに「コリアン
タウン通り」なるものも出現した。幅広い世代の女性がとりこになる理由を探りに、私も行ってみた。【黒田阿紗子】
◇路地裏、観光コースに急変身
ハングルの看板が立ち並ぶ新宿区の大久保通り。平日のランチタイムを過ぎたころでも、歩道はすれ違いざまに肩をぶつけるくらい
の人であふれていた。
韓流スターのグッズ店で、会計の列が軒先まで続いていた。東方神起の写真入りうちわを握り、満面の笑顔を見せる女性たち。
ここは27歳の私(記者)より年下の10~20代と、母親世代に二極化しているようだ。
コリアンタウンは、約400メートルの大久保通りと、それに並行した職安通りが中心となる。大久保通りを半分くらい行くと、
職安通りに抜ける路地に人の流れができていた。車1台がやっと通れるほどの狭さ。流れに従って歩くと、ふと甘い香りがした。
ハチミツ入りの韓国のお焼き・ホットクの屋台に行列ができていた。
経営するのは外食、広告事業などを幅広く手がける会社「巨山」。16年前、早大留学生だった韓国人の社長(37)がこの屋台
から始めたというから驚きだ。忙しそうに走り回るマーケティング事業部次長、林佑憲(イムウヒョン)さん(34)をつかまえて景況感を
訪ねると「不況? 関係ないね。震災の後も客が減ったのは1週間だけで、毎月、売り上げは過去最高を更新してる」と頼もしい。
釜山市出身の林さんは、兵役の後、アジア通貨危機による韓国の就職難から日本に留学。07年に入社した。同社がこの路地
に事務所を構えたのはその翌年。当時周辺はラブホテルばかりだった。「通るのは会社員の男ばかりで行きたくない、怖い道って感じ
でしたよ。この建物も元はラブホテルだったんだから」
ところが、その後メーン通りに韓国系の店が次々開店。物件が足りなくなり路地への進出も急加速したという。ちょうど日本で
K-POPの東方神起が大ヒットし、KARA、少女時代がデビューした時期と重なる。屋台村も現れ、ここ1年で立派な観光コース
になり、世代を問わず女性でにぎわうようになった。
ところで路地の名前は?「正式に決まってないけど『大久保の竹下通り』とか呼ばれる。僕らは『コリアンタウン通り』って言ってるな」
夕方になっても、ホットクの屋台は一時も行列が途絶えない。1個200円。焼き続けるおじさんに聞くと休日は2000個は出るとか。
友人と立ったままほおばっていた川崎市の会社員、小野理絵さん(33)が「新大久保に来る一番の目的は食と化粧品かな。
化粧品も安くていい物が多いのよ」と教えてくれた。やっぱり女性が好きなものがあふれている。
午後7時。駅への道を戻ると韓国の食料品を扱うスーパー「韓流館ソウル市場」がひときわ混雑していた。管理部長の〓喜貞
(ベヒジョン)さん(40)は「スーパーが繁盛するのは韓国料理が身近になった証し」と胸を張る。「日本人は外食する時、和食、
洋食、中華って言うでしょ。ここに『韓食』を加えるのが私たちの目標。横浜中華街の韓国版を作りたい」
チャイナタウンか。でも、それと比べると牌楼(パイロウ)のようなシンボルもなければ観光案内所さえない。そもそもコリアンタウンの
商店主が結集した組織もないみたいだし……。「痛いこと言うなあ。わかってるんだけどね」と〓さんが苦笑いを浮かべる。「このまま
じゃブームで終わる。まとまって行動しようって声はあちこちから出てるんだけど、お金が絡むからうまくいかなくって」。次の展開を
模索中のようだ。
取材を終え、売り場を一周した。「あ、これは」。知人の在日コリアンの家で食べたことがある韓国の餅・トック。スープで煮るだけ
だし、これなら私でも料理できるわ、と思わず手が伸びる。ソウル旅行の時、最後まで買うか迷った有名メーカーのキムチもあった。
いつの間にか気分が弾んで、かごの中にあれこれ詰め込んでいた。
(以下略)
ソース(毎日新聞) URLリンク(mainichi.jp)