10/06/18 09:13:52 RA3y6ihc
自分も気分屋でヒステリックな母親から怒りをぶつけられる毎日で折檻同様に躾けられ、
精神的虐待や言葉による虐待も受けコンプレックスの塊になった。
面倒が嫌いで自分の保身が第一、自己都合で動きマニュアルや世間体を気にする母親で、
そこには愛情は感じられなかった。
やり方は一切教えず、ただ怒るだけだったが、子供の頃からメモを取ることと小遣い帳を付けること、
身の回り品ををまとめて一ヶ所に置くことは叩き込まれた。
しかし、その反面、不安障害を持つようになり、小学生時代からメモの山に埋もれる生活だった。
教師にも苛められた。
まだADHDの概念さえ知られないころの話。
その後、バブルの真っ只中で就職し、職場でも苛められ色々苦労した。
転職も何回かしたが、負けず嫌いだったから、その職場が嫌でも、やりたい仕事が見つかり、
自分なりに何か成し遂げてから辞めるようにしていた。
今は良くも悪くも初めからADHDの概念があるのが、昔と違う点。
過集中だけでサバイバルしてきたが、そんな自分もやがて人生に行き詰まり、
2年前に初めて専門医を受診、ADDと不安障害の診断が下った。
47歳だった。
まだ人生諦めてない。
長文ごめん!