10/10/23 17:09:59 iUDpPZLb
いくらなんでも緩慢になりすぎなのでスピード入れます。
『「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい想定できるだろうという話です。 』
この『「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい想定できるだろう』は何か。
「想定できる」は「考えられる」と言葉を置き換えても良いよね?
入れ替えると、「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい考えられる」
誰が考えるのか、>>309で『人間の思考に関する一般論です。 誰の問題意識としてもありえます。 』と
いってることから誰か特定の人間を指し示すものではないよね?
{『「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい考えられるだろう』は誰の
問題意識としてもありえます、}とID:AlXuiCW0は言う。
ありえるは、>>319で ID:AlXuiCW0が、『私が用いた文脈では、「有る場合が想定できる。」 って感じかな。 』と
言っているので、有る場合が想定できるとする。
この元の文章は、{『「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい考えられるだろう』は誰の
問題意識としても、有る場合が考えられます}とID:AlXuiCW0は言う、となる。
「言葉を都合良く解釈できる」ことは「誰の問題意識としても」、と一般論に置き換えながら、
「有る場合が考えられます」と中途半端な言いまわしに変えているのは何故なんだろうか?
これはID:AlXuiCW0がこの、{『「言葉を都合よく解釈できる」にID:ZItVLT/E自身が当てはまる 場合ぐらい
考えられるだろう』は誰の問題意識としても、有る場合が考えられます}の発言に自信を持っていないから。
自信がないから中途半端な物言いになるんじゃないの?