10/09/27 03:05:04 NpVIX0k9
>>844
でもこんなのあったぜ・・・?
アシックスの創業者
アシックスの鬼塚喜八郎が机の上で時折、ふさぎ込むようになったのは、自社がスポーツシューズで日本のトップメーカーに躍り出たところである。
戦後、履き倒れの町・神戸の永田で、靴製作を一から学んできた。休日返上で売り歩く。創業九年目の1958年(昭和33年)には、中小企業庁から優良企業として表彰を受けるまでに。売り上げも急速に伸びていった。
しかし収益がふくらむと、ある疑念が首をもたげてきた。利潤の追求が企業のすべてなのか。果たして会社は自分のものなのか。
毎日、夜遅くまで社員は汗を流してくれる。経営者の自分だけ、いい思いをしてはいけない。悩む日々。トップは孤独である。
近所の美容師さんが学会員だった。
“髪結いおばさん”と呼んで、長く慕ってきた。
「もっと会社を立派にしようと思ったら、あんたの生命力を強くする信仰をせなあかん。人間革命することや」
ずばりと踏み込んでくる。
「それが従業員を幸せにしていく根本の道やで」
座談会に足を運んだ。だれもが苦労を背負っているが、屈託がない。からりと陽性。笑顔で励ましあっている。
これや!
池田SGI(創価学会インターナショナル)会長の思想を学び、経営理念に反映させた。
「自分の幸せだけではいけない。同時に他者の幸福を可能にすることで、社会に寄与する経営でありたい」
1グラムでも軽く、衝撃をやわらげるシューズを開発し、スポーツ文化の向上に貢献した。
“裸足の王様”と呼ばれたエチオピアのアベベにシューズを履かせ、マラソンで優勝させた。
シドニー五輪の金メダリスト高橋尚子も、鬼塚に「靴がピッタリでした」と感謝した。アテネのマラソンで優勝した野口みずき、イチロー(シアトルマリナーズ)の足元も守った。
執務の合間に手を休め、 よく聖教新聞に目を通した。つと目を上げ、秘書に話しかける。
「池田先生は、こんなに世界から顕彰されて、ほんまにすごい。こういう人は、二度と出てこうへんわ」2007年(平成19年)9月29日に永眠した。池田会長と共に写った記念写真を生涯の宝とした。
【平和と希望の大城 池田大作の軌跡】潮/08・4月号