08/05/17 15:56:24 Wp8HnyZQ
(>>147続き)
前半に宗の者を倒したという表現があり、後半にそういった表現がなく、そして武田の宗の者が死んでいるなら
順当に考えれば前半に死んだとなるはずだろう。
いきなり考察に値せずとされてもこまるのだが。北条が後方から襲いかかる流れが不自然だとなぜいえる。
君もそこまで軍鑑信者というわけでもあるまい。書状では前半で普通に北条先衆が襲いかかり、さらには宗の者を討ち取ったと
言っているのだから全然矛盾しない。北条が一切口をつぐんでいる後半部分に無理やり当てはめようとするから
矛盾になるだけ。浅利が後半に死んだという根拠自体が一切書状にはない。
前半にしっかり宗の者を討ち取ったといっているのだから素直にそれを見ればいいだけだろう。
書状でそれと矛盾する記述が一切ないというが、書状には武田軍の編成について一切述べていないではないか。
肯定する根拠が一切ないよ。むしろ何故前半に宗の者を討ち取ったとしっかり言っているのに
後半に一切記述がないのに浅利が死んだ事にするのかね。講談でも書状でも一切ないよそんなの。
全然十分ではないよ。あなたは自分に都合が悪いと講談にも書状にもなくても浅利が後半に死んだとするくせに
その言い方は不可思議で仕方ないよ。だから日付が異なっていて武田軍が移動を続けている記述があるのだから
必然的に山と山を移動する事になるだけではないか。
先衆と戦うのと山の上からの攻撃は一日後だという事を考えれば移動してると考えるのが自然。
そして三増峠はあちこちに山や隆起が存在してる地点だとも述べた。ここを戦いながら移動すれば必然的に
上り下りを繰り返す事になる。無理やり混同させようというのが無理ありすぎる。
全然①を示してはいないよ。その事に一切触れていないんだから。
軍鑑ではそんな事をいってないでしょ。無理に切り離そうとするから無理がでる。
前半でしっかり宗の者が死んでいて後半に死んだ根拠が一切ないのなら状況証拠として
浅利の死は前半で十分だろう。
とりあえず>>147にあげたあなたの論旨の矛盾点の説明を求めたい。