08/08/01 19:53:57 Tc1elaAi
天下を取るとは言っても、上洛当初の信長も最初は足利義昭を擁立して、
その補佐役として実権を握る、多分鎌倉幕府での北条氏のようなものを想定したと思うけど、
そういうのを模索していた節があるよ。
将軍を追放したと後も、一度呼び戻そうと試みていたりもしているし。
結局、時代の流れの中で、将軍が不要な、平氏政権のようなものを構想する方向へ、
考えが変わっていったんだと思うけど。
三好長慶も、将軍なしでの政権樹立を模索した向きはあるけど、
当時はまだ幕府の権威がそこそこ残っていたから失敗している。
信長の時代に、とうとう将軍なしでも政権が樹立できるまでに、幕府の権威が失墜したんだと思う。
その前に、管領を目指しながら管領代に甘んじざるを得なかった大内義興なんかも含めて、
秀吉、家康までの流れは、それぞれが一段階ずつ前に進んだように見える。
信長はもちろん重要には違いないけど、一人だけ突出しているとは思わない。