11/01/29 18:28:19 KGH7PbIG
喧騒にまみれた休日の歓楽街は、その瞬間を境にその騒々しさを一層増した。
飛散したガラスは辺りに銀鼠の海を作り出した。
ガードレールに埋もれひしゃげた自動車が、断末の狼煙を上げる。
我先にと安全地を求め駆けだした男が、階段から子供を突き落とす。
勢い余って転倒した青年の顔がガラスの氾濫した地面に、まるでシャチハタで判を押したような深紅の染みを作り出した。
降り注ぐ鉄筋に挟まれた老婆は天に祈りを捧げた後、一向に動かない。
地震であった。
天変地異と呼ばれる類の、そういった規模の地震であった。
あてもなくそれぞれ思うままに逃げ惑う民衆。
目的地さえ判然とせずに四散する民衆をよそに、1人の男がある一方向だけを目指し歩を進め始めた。
男のその確かな足取りからは、四散する民衆に見られる”逃げ”の意思を感じ取ることが出来ない。
この混沌と絶望の街で、男の信念の炎に燃料を注ぎ続けることができるものとは一体なんなのだろうか。
しかしどうだろう、我々は知っているはずだ。
男の目指す場所を。
くらかど。
男がくらかどの門戸を開け放った先には、
店長がいつものように傲岸に不遜に横柄に無礼にそして慇懃に凛凛しさを湛えた面持ちで待ち構えていた。
皿や調度品のいくつかが先の地震の影響で破損はしているものの、そこには変わらぬくらかどの姿があった。
例え世界が終ろうとも、くらかどは決して変わることはないのだろう。
「ラーメン、中盛りで頼むよ」
男は静かに椅子にもたれて目を閉じた。
行こうよ!
くらかどへ