11/03/19 19:00:44.06 KoaQYFA80
>>758
西武鉄道の成立ちを勉強してきてね。
ちなみに鉄道が川越に乗り込んだのは明治の頃の話し。
江戸時代から続く川越の町並みに直接横付けする形で乗り込こむことが許されたのは
西武鉄道の前身というか鉄道会社としての西武の根源である川越鉄道のみ。
川越鉄道は名前の通り、川越の為に川越と国分寺を結ぶために
設けられた鉄道。
東上線は上州(群馬)を目指した鉄道敷設であって川越は経由地に過ぎなかったため
市街地に近寄ることが許されず街外れをかすめるに留まらざるを得なかっただけ。
遅れて昭和初期、敷設された川越線も同様。最初から大宮~日高(高麗川)を結ぶことを目的に
した為、同じ理由で東上線の川越駅に接するに留まらざるを得なかっただけ。
鉄道黎明期における市街地と駅が乖離してる都市は枚挙に暇がない。
街外れの駅と、町並みに横付けできた駅。街にとって
「本当」の玄関口はどっちだったかはまさに名前の通り。
なお、新宿線という名の元に、運行形態が現在のような都心と川越を結ぶようになったのは
開業時とは関係なく、後々の話し。