11/03/25 13:20:24.08 RpT+VMZR0
新潟の田中角栄と岩手の鈴木善幸がいなければ
「整備新幹線」そのものが存在しなかった。
1969年に策定された「新全国総合開発計画」では
「仙台・福岡間の高速幹線鉄道を建設し、順次、全国的高速幹線鉄道網を整備する」(44ページ)
URLリンク(www.kokudokeikaku.go.jp)
つまり当時の国鉄が建設しようとしていたのは
仙台から福岡までの東海道・山陽・東北新幹線のみだったわけだ。
新潟はもちろん、博多以南や仙台以北の新幹線を具体的に計画しはじめたのは
田中角栄の「日本列島改造論」があったからこそ。
その意志を鹿児島の小里貞利、青森の津島雄二が引継いで、ようやく完成した。
北陸は森喜朗によるものだろう。
民主党政権になってからは、新幹線建設に熱心な議員や
財源が根こそぎ消えてしまったようなものなので、
新たな着工は今後は難しい。