10/12/23 00:13:55 oUONmywyO
>>883
結果論的に待ったような形になっただけだよ。
2000年頃の社内事情で、新製台車を発注するまでもない(そこまで急は要さない)
で保留となってるうち、3000系初期車が廃車となったので乗っかることとなった。
6100系の更新時にそういう社内事情がなければ6300の台車は新品となってた可能性もあるんだけどね。
そもそもは、南海線で1000系がもっと大量増備されて、捻出される南海線鋼製車の台車を
6100系の台車へ流用しようというのが更新構想の発端。結果的に鋼製車の置き換えが進まず
かといって新造もままならんので保留状態になってたのが、3000系廃車は渡りに船だったんだな。
近年はまた関係が近くなってきてるけど、6100の更新が打ち立てられた頃は、泉北側も
南海は南海、泉北は泉北と関係を明確化してた頃。南海側が3000系の台車を譲受しようと画策しようとも
具体的にその時期が明示されるわけでもないし、南海側もそれを期待して更新を画策という事はできなかった。
但し100系は全廃がその時点で決定してたので、当て込む事は可能だったわけ。
後に南海と泉北の関係も変化しタイミング的に上手く3000系廃車の向きとなり、また
南海線の鋼製車廃車もあって新造は行わず、全編成を旧来台車の流用で賄えることになったという由。