11/02/06 15:37:25 jNmRiFyI0
朝陽の特急退避は全く無意味だった。
あれはだから須坂で緩急結合させ・・・。と言っても無駄か
まぁ、3500の導入とその後の8500の導入は無駄な投資としか思えんがね。
適当な良い車両が出なかったのが理由だけど、1993?年の鯨導入時点で
地方の私鉄にも100%ではないにしろ冷房車の運行が当たり前に行われていた
時代に冷房の無い車両導入して、その後沿線から批判されて鯨に冷房を付けた
は良いがTOQ8500の廃車が始まってそちらへシフトし廃車。冷房機器はK成3000の中古品とは言え
ある程度の資金は流失している。何か無駄な出費。
富士急は観光輸送があると言っているが、それは昭和30年代までで(3100形やキハ58の新造)昭和40年代後半からは
富士急会社全体では観光輸送の主力は高速バスで鉄道は地域輸送に割り切っていた時代もあるんだぜ。
ここ20年位前から再び観光輸送に力を入れる様になり(特急の運行開始)鉄道従業員の頭も低くなった。
(河口湖駅で鉄道従業員が飲み物やおつまみまで売っている)
長電とて同様な歴史はある(観光地の規模から言えば富士山より小さいが)。
観光輸送(志賀高原)に力を入れていなかったら2000形なんて特急車は産まれていなかった。
但し、長電の場合昭和40年代前半までは地域輸送(=OSカーの新造)で生きていける
程の需要があったのは事実。
屋代線の話でも観光輸送に力を入れ始めたならなぜ、しな鉄開通時にしな鉄との間に
屋代線経由の観光列車の運行とか考えなかったのか?
(実現しても屋代線の赤字は減るとは思えないし、2000形の屋代線の入線試験とかやったが)
なんか長野電鉄って乗せてやっているという殿様商売的な面があると思うんだが・・・。