なぜ東上線は中途半端な場所が終点なのかat RAIL
なぜ東上線は中途半端な場所が終点なのか - 暇つぶし2ch557:名無し野電車区
11/01/19 18:46:51 US9/W3JI0
>>556
あんたの妄想世界と現実は別物なんだからいい加減目を覚ました方がいいよ

558:名無し野電車区
11/01/19 20:05:36 edU2rbkO0
>>557
俺の妄想世界って何だよ?

559:名無し野電車区
11/01/19 23:55:45 w9QoDPIS0
>>558
気にする必要はないよ。>>557のいう「あんたの妄想世界」ってのは、
本物の現実世界で、「>>557の現実」が妄想世界だから。

>>555
根津嘉一郎ってのは東武を大企業に育てた社長なんだろ。
その名社長が見込みの無いぼろ計画なんか引き受けるのか?


560:名無し野電車区
11/01/20 00:26:57 xsvuhsbU0
>>547
これはどうも、結論を急ぎすぎました。
撤回します。申し訳ないm(_ _)m

事実関係というのは、東上鉄道が高崎~渋川間について認可された免許と
上越線の政府原案の高崎~渋川間が、金古経由であるという事実です。
しかし結果として上越線は新前橋経由になってしまいましたけど。


>それを示して頂ければいいだけです。
現在自分が調べている限りでは、東武が高崎~渋川間について工事施工認可を
申請したという記述は、どこにも見当たりません。
この状況ですと、東武の建設の意思が不明な状態で免許が失効したことになります。


>だから「天敵」、「西武野郎」、あなたは間違っていたということね。
いいえ。
ここで言いたいのは、貴方が>>517で述べている「小川町~寄居間の工事施工が
認可されていることから、この区間については工事竣工期限の延長をしている」
ということが推測でしかなかった点について、自分が提示した資料によって
それが"合っていた"、事実であることが証明されたということです。
貴方がどれだけ「こうであるはず」と言っていても、それを"直接"示す資料がなければ
推論に過ぎませんから。
なお、この点については貴方が初めて話題に取り上げ、その後自分がレスをつけているだけで、
「天敵」氏、「西武野郎」氏は触れていないと思います。


561:名無し野電車区
11/01/20 00:57:57 xsvuhsbU0
>>552, >>554
かみ合っていませんね…。
自分がまとめたので、一応見解を示しておきます。

>1917(大 6)12月26日 坂戸町以北の工事竣工期日延期の申請が認可(1920(大9)05月31日まで)
これは、坂戸町から先のルート選定等の理由から、当初の竣工期日(これがいつかは定かでは
ありません)に間に合わないと判断し、上記の申請をしたものと考えられます。

>1920(大 9)11月09日 着工認可申請(坂戸町~寄居)
上記申請区間のうち、寄居までについての着工認可申請です。
寄居~高崎間を申請していない点については、議論の余地があります。

>1924(大13)05月05日 免許失効(寄居~高崎)
>          施工認可(坂戸町~寄居)
上記の着工認可申請について、だいぶ時間が空きますが申請が認可されました。
同時に、着工認可が申請されていない寄居~高崎間については免許が失効となっています。
着工認可を申請していない状態での免許失効であるため、東武の意思が判断できません。

以上から、寄居~高崎間について東武に建設の意思があったかどうかが焦点になるのではと
考えます。


562:名無し野電車区
11/01/20 01:59:59 e8NPcv350
>>561
素朴な疑問ですが、1924年の施工認可及び免許失効は1920年の
申請に対応する物ですか?この間に坂戸ー小川が開業までしていますが、
認可前の着工、開業は可能なのでしょうか?

>>525の引用では
>「東武鉄道百年史 資料編」によれば、1924(大13)年05月05日に坂戸町~高崎間の工事竣工期限
>延長申請のうち、坂戸町~寄居間について期限付きで施工を認可するとの記述があります。

ですので、この時に改めて高崎までの期限延長を申請しているのではないでしょうか。
いずれにせよ議論されている申請と認可(不認可)の対応関係に抜けが有るか、
元資料の記述に何らかの誤りが有るように思えます。

563:名無し野電車区
11/01/20 07:55:20 rbzvNS380
>>558
>>559
>気にする必要はないよ。>>557のいう「あんたの妄想世界」ってのは、
本物の現実世界で、「>>557の現実」が妄想世界だから。

>>557は事実関係、法律(地方鉄道法)を元に論議している。

>>558
>>559
は戦前の国と軍部は悪い奴だから、国と軍部は東武東上線の延伸
を阻止したと言っている。
論理性0




564:名無し野電車区
11/01/20 07:59:48 rbzvNS380
>>555
根津嘉一郎ってのは東武を大企業に育てた社長なんだろ。
その名社長が見込みの無いぼろ計画なんか引き受けるのか?

免許を取った時は、細かいことが決まっていないことが考えられる。
細かいルートは実測(測量とか現地調査)をしないと決められない。
それに、
1910年、6月に、東上鉄道発起人総会で、根津嘉一郎に対して、一切の権利を
委任する内容の委任状が提出される。
という事実があるのだから東上線をどうするかは根津嘉一郎の考え次第
>見込みの無いぼろ計画
川越、東松山までであれば有望路線という考えもあったんではないかい。

565:名無し野電車区
11/01/20 08:11:59 rbzvNS380
>>562
抜けや間違いがあるとは思うので、そこらへんは、
>>525
「東武鉄道百年史 資料編」、「彩の国さいたま 埼玉鉄道総合年表」によれば、
なのだから、それを編集した部署に聞くのが一番だと思うよ。


566:名無し野電車区
11/01/20 23:50:07 3TMKsju40
>>563
> は戦前の国と軍部は悪い奴だから、国と軍部は東武東上線の延伸
> を阻止したと言っている。
> 論理性0

そういう妄想振りまいてるのはあんただけだろ。
あんたの天敵は事の善悪は論じないと明言しているし、
スレリンク(rail板:120番)
あくまで政策上の優先度の違いが原因で、私鉄の妨害が
目的でないともいってるし。理屈で応戦できなくなると
そうやって、根も葉もない中傷や罵詈雑言流してばっか。
まともに資料を当たって議論してる人らを冒涜してるよな。
所詮"クズ"はどこまでいっても"クズ"って事か。


567:名無し野電車区
11/01/21 00:19:49 heMWg0OH0
>>566
何の論点もないってことだろう。
>まともに資料を当たって議論してる人らを冒涜してるよな。
「天敵」はどんな資料を用いているのかな?W

568:名無し野電車区
11/01/21 00:55:01 aTHGWi3J0
論点は、東上線はなぜ寄居で打ち切られたか、
という単純事実の原因追求だろ。その論点
忘れて、意味不明な政治的主張?の仮想敵を
勝手に相手に押しつけ、一人で害毒
撒き散らしているのがあんたの姿。


569:名無し野電車区
11/01/21 01:31:40 heMWg0OH0
>>568
高崎、渋川延伸は採算性に問題があると判断した。
それだけでしょう。
東武が儲かってるとか儲かっていないとかは関係ない。
八高線や上越線の計画が進んだのは東武の延伸が進まなかったため。この
延伸が進まなかったのは、
>当時は欧州大戦の好況の時であり、物価・労賃の昂騰が甚だしく、請負附託は困難であった
> ので、直轄方式が採用された。
> とあり、国鉄にとっても東武にとっても、物価・労賃の昂騰が甚だしく、すなわち建設費用の
> 高騰は頭の痛い問題であった。
は、1916年から1922年間の坂戸以遠の延伸ができなかった空白の6年間の原因のひとつ、
そして東上鉄道が東武鉄道と合併した理由。
ですね。
また上越線にはソビエト共産主義に対抗するための軍事路線という意味もあったし、
URLリンク(homepage1.nifty.com)
川上幸義の上越線鉄道史
(新日本鉄道史より鉄道建設部分の抜粋)
によると、
地元の陳情は続けられ明治43年3月議会で、”上越線建設に関する建議”が採り上げられたが、
大正7年3月に至りやっと、”群馬県下高崎より新潟県下長岡に至る鉄道”が鉄道敷設法第一期予定線
となり、大正7~14年の継続事業として予算が承認された。
のように地元の陳情もある。


570:名無し野電車区
11/01/22 01:28:27 CRReY5GS0
>>569
>高崎、渋川延伸は採算性に問題があると判断した。

それを裏付ける事実は今の所無いでしょう。物価の高騰は
保留の理由にはなるかも知れませんが鎮静化を待てば済む話です。
事実大戦終結の翌年には恒例の大不況がやってきます。
>>525で東武自身が正史で最期まで高崎延長の申請し、認可されたのは
寄居までであったことを明らかにしていますし、根津嘉一郎が東上線を
入手する前にも、東上線延長が消えた後にも(むしろ上越線建設決定と
入替りに)本線系統の延長を志していたそうですから。
一大プロジェクトを自ら中途で断念したと主張する根拠が分かりません。

国家的な要請が勃発して計画線が国鉄の手に渡ったというなら、
あなたの「天敵」が主張する「官が民に優先した」
「国の許可が降りず寄居以北を断念させられた」が
一番現実に近いのではないですか。


571:名無し野電車区
11/01/22 01:40:57 n+y+Q2ow0
>>562
当該記述について、本日改めて確認しましたが、>>525に書いたとおりでした。
坂戸以北の区間については1917年に竣工期限の延期が申請され、認可されています。
この竣工期限は1920(大9)年05月31日までであり、直後の06月03日には高崎~渋川間が
失効となっています。
しかし同年11月09日には、坂戸町~寄居間についての着工認可が申請されています。

おそらく、05月31日の竣工期限までに、坂戸町~寄居間については何らかのアクションが
あったのではないかと推測します。
また、坂戸町~武州松山間の工事着手は1922年(大11)11月です(「東武鉄道百年史 資料編」
年表より)ので、1920年(大9)11月09日の着工認可申請後に申請の認可があったのではないかと
推測します。

しかしいずれも推測の域を出ませんので、何とか裏づけが取れればとは考えているのですが…。


572:名無し野電車区
11/01/22 02:17:40 RgsIcLnW0
>>570
>高崎、渋川延伸は採算性に問題があると判断した。
それを裏付ける事実は今の所無いでしょう。

>>542このような人口希薄な地での路線建設に東武自身が躊躇するのは当たり前
八高線で高崎までの沿線で寄居以遠で大きい街といえば、児玉(現本庄市)、藤岡であるが、
藤岡は北藤岡が高崎線に近接しているように高崎線に近い。だから狙える街といえば児玉だけ。
そして高崎には線形面で高崎線に劣る。これでは採算的に問題があると考えたんでしょう。

をよく読んでこれに反論して。

>>>525で東武自身が正史で最期まで高崎延長の申請し、認可されたのは
寄居までであったことを明らかにしていますし、

坂戸町~高崎間の工事竣工期限
延長申請のうち、坂戸町~寄居間について期限付きで施工を認可するとの記述があります。

の「工事竣工起源延長申請」と「施行認可」とは意味が違うと思うけど。
>>548にその違いが書いてあるけど君はどう考えるのかな。

根津嘉一郎が東上線を
入手する前にも、東上線延長が消えた後にも(むしろ上越線建設決定と
入替りに)本線系統の延長を志していたそうですから。
一大プロジェクトを自ら中途で断念したと主張する根拠が分かりません。

東上線から本線系統にプロジェックトとを変更したんでしょう。
「一大プロジェクト」は東上線高崎渋川延伸のことですけど。

>(むしろ上越線建設決定と入替りに)
本線側から渋川延伸を画策したんであれば、「上越線建設決定」とは
関係ないんじゃないかい。

573:名無し野電車区
11/01/22 02:39:58 RgsIcLnW0
>>570
>国家的な要請が勃発して計画線が国鉄の手に渡ったというなら、
あなたの「天敵」が主張する「官が民に優先した」
「国の許可が降りず寄居以北を断念させられた」が
一番現実に近いのではないですか。

上越線は東上線建設計画とは無関係みたいだね。
「官が民に優先した」というけど、

URLリンク(homepage1.nifty.com)
川上幸義の上越線鉄道史
(新日本鉄道史より鉄道建設部分の抜粋)
によると、
地元の陳情は続けられ明治43年3月議会で、”上越線建設に関する建議”が採り上げられたが、
大正7年3月に至りやっと、”群馬県下高崎より新潟県下長岡に至る鉄道”が鉄道敷設法第一期予定線
となり、大正7~14年の継続事業として予算が承認された。

となっていて、「明治43年」といえば、東上鉄道発起人総会で、根津嘉一郎に一切の権利を委任する
という内容の委任状が提出され、その翌年に東上鉄道設立総会が開催される。

ということで上越線建設には「地元の陳情」があった、東上鉄道設立前に、「上越線建設に関する建議」
が採り上げられた
のだから、「官が民に優先した」
とは一概に言えないな。

574:名無し野電車区
11/01/22 02:40:42 RgsIcLnW0
「国の許可が降りず寄居以北を断念させられた」は、
坂戸町~高崎間の工事竣工期限延長申請のうち、坂戸町~寄居間について期限付きで施工を認可するとの
記述があります。
をどう解釈するかだな。繰り返すけど、
「工事竣工起源延長申請」と「施行認可」とは意味が違うと思うけど。
>>548にその違いが書いてあるけど君はどう考えるのかな。

後ね
>高崎、渋川延伸は採算性に問題があると判断した。
>それを裏付ける事実は今の所無いでしょう。物価の高騰は
保留の理由にはなるかも知れませんが鎮静化を待てば済む話です。
事実大戦終結の翌年には恒例の大不況がやってきます。

とは結びつかない話だけど。
>当時は欧州大戦の好況の時であり、物価・労賃の昂騰が甚だしく、請負附託は困難であった
> ので、直轄方式が採用された。
> とあり、国鉄にとっても東武にとっても、物価・労賃の昂騰が甚だしく、すなわち建設費用の
> 高騰は頭の痛い問題であった。
は、1916年から1922年間の坂戸以遠の延伸ができなかった空白の6年間の原因のひとつ、
そして東上鉄道が東武鉄道と合併した理由。

と書いているけど、「物価・労賃の昂騰」によって、
>高崎、渋川延伸は採算性に問題があると判断した。
わけではないことがわかるよね。


575:名無し野電車区
11/01/22 02:54:40 RgsIcLnW0
>>571
坂戸町ー高崎間の工事竣工期限延長申請が
>坂戸以北の区間については1917年に竣工期限の延期が申請され、認可されています。
>この竣工期限は1920(大9)年05月31日までであり、
なので、それ以降少なくとも
1924 東上線 寄居-高崎 失効
までは、小川町ー高崎の「工事竣工期限延長申請」を更新して、それは認可されていたと思うよ。
そうでないと、
1920(大9)年の
>しかし同年11月09日には、坂戸町~寄居間についての着工認可が申請されています。
の意味が通らなくなる。
>この竣工期限は1920(大9)年05月31日までであり
だから更新していなければ失効して「着工認可が申請されています。」はできない。

576:名無し野電車区
11/01/22 03:13:15 RgsIcLnW0
>>570
>「国の許可が降りず寄居以北を断念させられた」が
一番現実に近いのではないですか。
が正しいとして
東武高崎駅をどこにどのように作るという青写真みたいなものはあったのかな。
探してみたけど、どこの文献にもウェブにも載ってなかった。
東武が高崎までの施工を認可を申請していたとして、東武高崎駅構想に
具体化したものがないのはおかしいね。

577:名無し野電車区
11/01/22 08:59:40 RgsIcLnW0
>>572に対して「高崎の重要性」を主張すると思うけど、
だったら、>>576の「東武高崎駅」の構想が重要に
なってくる
で、そして、上信電鉄沿線の富岡製糸場からの繊維輸送
を貨物輸送として考えていたのであれば、東武と上信電鉄
との接続はどうしたかったのかも興味深いね。


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