11/10/23 07:40:09.60 CGfYdVFA
>>426
>生起したもの(実在物、五感で知覚できる対象)を、無理に非実在などと考えようと
>するから、そのような無理・矛盾が生じる。
いやいや、文脈から解釈してもなんの発展性もないかと思います。
実は「生起」そのものの語義自体がすでに矛盾があるのです。
そういうところから先ず疑問を持たんと何ら打開策なないかと思われ。
例えばですが「来るものは来ない」。これは中論の一節でありますけど、
これにしたって矛盾を前提として、龍樹は語ちておるんですね。
では何処に先ず矛盾があるのか?「来るもの」です。
「来るもの」とは、「来ないもの」を論拠として成り立つものですが、
「来ないもの」を前提としてないなら、そもそも「来るもの」などないのです。
ですから、本来ならば龍樹は中論で「来るものは本来ないもの」。と記述すべきを、
何故に「来るものは来ない」と、「来るもの」を前提としたのでしょうか?
これは明らかに「来るもの」は有部に基軸を当てたものと解釈するのが妥当と考えます。
中論の文脈においては、こういった有部におけるアンチを基軸に論が纏められております。
ですから、それを念頭において解釈せねば中論の本来の方向性を見失うことになります。