11/07/15 10:00:17.08 qU9cRnFD
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2:神も仏も名無しさん
11/07/15 10:03:46.87 qU9cRnFD
箱根美術館
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MOA美術館
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明主様略歴と御事跡
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世界救世教教祖 主要未発表論文
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3:万病一元論
11/07/15 10:07:31.27 qU9cRnFD
-663
ズムに変化するのである。即ち、右進左退は破壊であり、暗黒であるから、
その部分は潰滅運動を起すのである。言い換えれば、一部分が潰(つい)え
の道程を辿(たど)り始めるのである。それが、全身的に拡充されたる暁が
死である。故に、曇が部分的の時に、霊光に照らされれば、容易に潰滅して、
健康は恢復するのである。この曇にも、濃淡、種別、形状の、千差万別ある
は勿論である。ちょうど、大空に漂う雲の変化と、ある意味において、同じ
点もあるのである。次に、体的方面を説かんに、曇の物質化は膿である。こ
の膿は、ちょうど、物質を形成する電子でもあるが、ただ違うのは、電子は
左進右退によって、無から有を生ずるに反し、これは、有を無に変ぜしむる
のである。人体を構成している物質は有である。その筋肉臓器骨等を無に還
元するところの右進左退の破壊作用が行われるのである。即ち、膿その物は、
肉体を潰溶すべき性能の物質である。それは、霊体の曇の右進左退に追随す
るのであるから、病気治癒の原則は、霊体の曇の解消より外には、断じて無
いのである。序(ついで)にいわんに、曇の根元は、度々言う通り、罪穢で
あるから、その罪穢なるものは悪であり、悪は、右進左退のリズムであるか
ら、相応の理によって、終局において、そのままのリズムが、病気となって
現わるるのである。故に、膿にも、各種の段階があって、稀薄にして、弱勢
なる物は普通の膿であるが、それが濃度を益(ま)す場合、結核であり、一
層濃度を増し、頑固性になった物が癌である。しかし、これは、別の方面か
4:神も仏も名無しさん
11/07/15 10:14:35.80 qU9cRnFD
ら言わなければ徹底しないのである。即ち、膿の弱勢という事は、肉体の方
の活力の強い為であり、膿の強性となるのは、肉体の活力が衰えている訳に
なる。この理を以て、最初、弱性であった膿も、永い病気の裡(うち)に、
肉体の衰弱を来し、ついに強性に変化するという事が少くないのである。
この理を、医家は知らざるが故、腫物の発生するやその産物を散らさんと、
氷で冷し、又は、散らす性能の薬剤塗布を行うのである。しかるに、これが
恐るべき誤法にして、折角、自然に腫れて、膿汁が排出すれば、容易に治癒
すべき腫物を、この誤法の結果、腫るる機会を失うを以て、その膿汁は、他
の方面を求めて腫るるのである。かくのごとくなれば、その腫物は、大抵の
場合、数ケ所に現わるるのである。しかるに、この際は、患者は、相当の衰
弱状態になるを以て、膿汁を出す程に腫るる勢なく、荏苒(じんぜん)日を
経るに従い、漸次、衰弱の度を増し、生命を失うまでに到るのである。かく
のごとく薬剤のいかに恐るべきかを説いたのである。故に人間の肉体内に絶
対薬剤を入れざれば、血液は純潔なるを以て頗る健康を保持さるるのである。
私の説を聴いて覚醒し薬剤から全く離れたる人が時日の経るに従い年々健康
を増進する事実は例外がないといっても宜(よ)いのである。百の理論より
も一の事実にしかず。国民の保健上到底黙視する事は出来ないのである。も
し統計が作られるならば、結核よりも伝染病よりも、この薬剤中毒の為にた
おれる者の数の方が幾層倍多い事であろう事は私は断言し得らるるのである。」
5:灸、電気、鍼、按摩、手術
11/07/15 10:20:48.21 qU9cRnFD
「灸治法は、確かに相当の効果はあるものであるが、それ以上に不可なる理
由が在るのである。それは、人間の肉体は、神の最高芸術品であるから、そ
の曲線、皮膚等の美は、飽くまで保たす様努めるのが本当であって、いよい
よその若さを保たすべく、いささかも、汚さざる様になすべきが本当であっ
て、これが、造物主に対し奉り、報恩感謝であり、大神心を安んじ奉る、人
間の心構えであらねばならぬ。それに何ぞや、婦人等の艶麗珠のごとき、雪
の膚に見るも惨(むごた)らしき、焼処の極印を、大中小羅列するに至って
は、沙汰の限りである。たとえて言えば、園芸家が、美しく花を咲かしたと
する。その艶(あで)やかな花弁面へ線香を以て、焼穴を作ったのと変りは
ない。その園芸家はいかに嘆くであろう。これを思えば、灸治のいかに、間
違って居るかが肯(うなず)かれるであろう。故に、灸治に依って、病気治
癒の目的は達せられたとしても、神へ対し奉り、冒涜の罪は免るる能わず、
いつかは必ず、その罪の清算に依って、相応の苦しみは脱れる事は出来ない
のである。電気療法も一時的、相当の効果はあるが、病気を根治する事は出
来得ないのである。これは多く説明する必要はない。霊から治す力がないか
らであって、体的に一時は良くするのであって、偶々(たまたま)、その病
6:神も仏も名無しさん
11/07/15 10:27:51.57 qU9cRnFD
気が治癒する様に見ゆるも、必ず他に、悪結果を及ぼすものである。鍼療は、
灸と同じく、神よりの賜り物へ、傷を付ける業であるから不可なのは言うま
でもない事で、又その効果も体的療法であるから一時的であって、根本治療
にはならないから不可である。按摩は、これだけは確かに保存すべきもので
ある。何となれば、人間は、就中(なかんずく)、都会人は、腕と脚の運動
が平均しないものである。いかなる人といえども、腕を使用するより、脚を
使用する方がずっと多いのであるから、腰部より脚部にかけては、良く血液
が循環するのであるが、腕より肩にかけては、自然血液の循環が、非常に悪
いのは当然である。それが為、欝血(うっけつ)して、肩や首筋が凝る結果
になるから、これを補うべく、按摩の必要があるのである。故に、平常出来
るだけ、腕の運動をする方がいいのである。
手 術
言うまでもない事であるが、手術程悪いものはないのである。しかし、医師
に言わしむれば、病症に依っては、手術をせねば、万に一つも助からぬとい
う患者に施すのであるから、これもまた、止むを得ないとの理由があろう。
しかし、私が多年の経験上、手術をしなくてもいい場合、手術をしたり、手
術をした為に、反って病勢を悪化せしめ、遂に、死に到らしめた様な実例が
余りにも多いのである。手術の為に生命が助かった人より、手術の為に、生
7:神も仏も名無しさん
11/07/15 10:33:21.90 qU9cRnFD
命を落した人の方が多いのは、実験上、疑いないところである。西洋医学も
血を出し、肉を切る手術などと言う、野蛮極まる方法を用いないで、病気を
治療する様にならなければ駄目である。それについて、手術療法がいかに誤
謬であるかの一例を挙げよう。近来、よく、扁桃腺抜除の手術をするが、こ
れらも非常に謬(あやま)っているのである。その訳は、人間の血液は、絶
えず浄化作用を行われつつその結果として、血液中の不純物が膿汁となって、
一旦頸部に溜積さるるのである。それが、なおも外部へ排泄せんとする時、
扁桃腺なる最も好適の出口を求めるのである。故に、扁桃腺抜除の暁は、膿
汁は、出口を塞がれたるを以て、淋巴腺又は耳下腺等に、溜積せらるるが故
に、却て、扁桃腺よりも、膿汁排泄に非常に困難を来すのである。即ち、淋
巴腺へ膿汁滞結すれば、瘰癧(るいれき)となり、耳下腺へ滞溜すれば、中
耳炎の原因となるからである。従って、最も簡易なる膿汁排泄機関を抜除し
て得々(とくとく)たる、現代医学の愚や、実に恐るべきものがある。故に、
手術は、自然の自己治病工作の妨害をする医薬と等しく、折角の自然治癒を
妨害して、病気を悪化させるか、又は、より症状の悪い病気に変化させるだ
けのものである。」
8:真の栄養学
11/07/15 10:42:36.30 qU9cRnFD
「今日の栄養学上、ヴィタミンがどうとか、カロリーが幾許(いくら)あれ
ばいいとか言うことは、実は、枝葉末節の問題であって、栄養の根本は食物
の霊気その物にあるのである。しかし、この霊気なるものは、試験管では測
定出来ないものであるから、いかに研究しても今日の学問の程度では判らな
いのである。カロリーとかヴィタミンとか、蛋白とか、含水炭素とかいう物
は、実は、霊気を取除いた後の糟(かす)のごときものである。各項におい
て細説したるごとく、人間は霊と体で成立ち、活動しているものであるから、
食物も、その霊体両方の栄養が必要なのである。あらゆる食物、それらも悉
(ことごと)く、霊体で成っているのであるから、新しい食物、即ち新鮮な
野菜、漁りたての魚程、霊気を多分に含まれているのである。この理によっ
て、食物の腐敗するのは、霊気が放出するからである。食物にも霊気保持期
の長短があって、穀類は一番保持期が永く、蔬菜(そさい)類がその次であ
って、魚が一番短いのである。これは腐敗の時間をみれば、能く判るのであ
る。随って、新鮮な物程、霊気が濃い訳である。しかし、干物にすれば、比
較的長く保持されるのは、塩の霊気を借りる為と、水分を抜く為とである。
水は元来、右進左退の活動であって、空気とは反対の運動リズムである。
缶詰は、密閉して、空気を遮断する為、空気中に放散すべき霊気が、保持さ
れるからいいのである。人間の精霊を養うには、食物の霊気であり、人間の
体を養う物は食物の体である。しかるに、人間の活力の根源は、霊気の充実
9:神も仏も名無しさん
11/07/15 10:50:12.92 qU9cRnFD
にあるのである。体の強弱は、実は、霊気の充実と否とにあるのである。
しかるを以て、健康の根本は、霊の多量に含む物を食えばいい。さすれば、
精霊の活力を益(ま)し、精霊の活力が増せば、肉体の強健を増すからであ
る。彼の各種の滋養剤のごとく精製されたものは、霊気が発散して、稀薄に
なっているから、精霊を養う力はほとんど無くなっている為、何程、滋養剤
を摂るといえども、活力は増さないのである。それよりもむしろ、新鮮なる
野菜のごとき物を食す方が、どれ程賢明であるか知れないのである。今日の
科学は、霊を無視し、体のみに依って研究されたものであるから、間違って
いるのである。最も判り易い、例えば吾人、人間である。手足や五体が心を
動かしているのではない。心が四肢五体を動かしているのであるのと同じ道
理である。人間を構成している、あらゆる物質は、幾百種に上るか判らない。
主なる物としては血液、細胞、筋骨、毛髪、水分、石灰質等、その一つ一つ
の中に、幾種類も成分が含まれてあるのである。又各種の臓器、それらが皆
一秒の間も停止する事無く活動しつつある。そのエネルギーは何に依るかと
言うと、いずれも、食物から抽出されたる、霊素と体素とである故に、あら
ゆる食物の成分には、人間の生活力に必要なる成分を、含有されていないも
のはないのである。故に、理想から言えば、出来得るだけ種々の食物を摂る
のがいいのである。何が薬だとか、何がいけないとか、人間が理屈を付ける
のが、間違っているので、この点からも、食べたいと思う物を、種々食べる
のが、一番いいのである。」
10:肉食と鬼畜
11/07/15 13:09:21.87 qU9cRnFD
信者として明主様からも好きなものを好きな時にたべているのが一番いい
と教えられ、ずっとそうやって生きてきた。なんでも食べたらいいでしょ
うと。本霊と副霊というものがあり悪い副霊というものは動物霊である
と教わりました。しかし、よく考えてみると動物霊がいけないということだ
けれども、豚や鶏や牛を食べるというのはどうかと。おかしいじゃないかと
いうことになるのです。病気を無くすといいながら、動物性の脂をとる
ことによってどれくらいの病気が発生してくるのかと。平和で豊かで皆が
しあわせな天国ですか。だとしたら、そこに、動物の屠殺とそれを商業化した
ベルトコンベア式の解体場ということに目をつむるのでしょうか。
肉食の結果は明主様が証明なさいました。脳血管梗塞から意識不明瞭、
半身不随、癌の発生など肉食の間違いを明主様が証明された。あなたがた
が口にしている動物がどうやって運ばれていくか知ってますよね ?
牛はピストルのようなもので眉間を打ち抜き、転がるようにして落ちていき、
解体作業にまわされます。豚はつるした状態でのどをかききります。
鶏もつるして自動的に連続で流れていき、電流水槽につけて麻痺させたのち、
鋭い刃の回転体によってのどに切り込みをいれられます。一番面白いのは
11:神も仏も名無しさん
11/07/15 13:15:49.54 qU9cRnFD
心臓をハツと言ったり、名称を変えると抵抗なく口にできるという点で
しょう。肉類をたっぷりと食べたのち、酒をのみ脳を麻痺させて陽気に
なります。酔いがさめると決して気分はよくないのですが、この辺で
異様なものをたくさん食べさせられたという潜在意識が働き、不愉快に
なるのです。ここで性的な刺激をもとめたり、破天荒な言動をとったり
して気分をまぎらすのです。食べているときは百獣の王ですが、
食後はヘドロのプールに落ちるのです。その繰り返しです。
穀物菜食はどれほどの病気を予防できるでしようか。人間にとって正常
な食生活です。頭も感覚も澄み切ります。丁度、日本の海の色と南洋の
すみきったマリンブルーほどにちがいます。珊瑚であるとかどういうい
きものがいるのかがはっきりわかるのですが、肉食者のよどんだ感覚では
海中に何があるのかまったくわかりません。そう考えてくると肉食盲目者
といってもいいと思います。あなたがたの生活はトイレすらまともにできない
できそこないであり、たちの悪い雑種犬とたいして変わらないのです。
食生活を変えることにより、幸せな人生がひらけてくる。まさにそういうこ
とでしょう。